笑顔(第二幕)

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笑顔(第二幕) ◆wivGPSoRoE




「動かないで」
 自分の声に震えがないことを確認し、ヒナギクは内心で安堵の息を漏らした。
 喉がからからに干上がり、心臓の拍動が回数を増している。
 素早く男の全身に目を走らせる。
(武器は……。もっていないようね)
 だが、全身凶器という人間、人を超えた異能を持つ人間で溢れかえっているこの場においては、そんなもの、何の慰めにもならない。
(弱くもない、か)
 立ち方自体は素人のそれだが、この男は強い。素手でやりあったら多分負ける。川田と二人がかりでも危ういかもしれない。
 道場の試合だけではなく、実戦をそれなりに積んでいるヒナギクには、それが分かった。
 けれど、所詮それは、些細なこと。
 圧倒的に問題なのは――男の目。
 武道の基本は、相手の目を見、呼吸を読むこと。
 にもかかわらず、目の前の男とまともに目を合わせる気にはなれない。
 怖くてできないのだ。
 男の感情の映さない瞳で、全てを透過するよう瞳で見つめられたら、

 ――見抜かれてしまう。

 全てを。心の動きを何から何まで。
 冷や汗が頬をつたうのを、ヒナギクは感じた。
「おい……」
「な、何よ?」
 自分の口から発せられた語調が上ずっていることに、ヒナギクは心の中で舌打ちした。
「……集団の頭を張る気なら……。もっと場を見なきゃだめだろ」

 ――場?

 男の発する得体の知れぬ気に当てられ、8割方静止していたヒナギクの脳が、回転を始める。
 どうやらそれは川田も同じだったようで、視線をあちこちに飛ばす気配が伝わってくる。
(なんてこと……)
 そもそも、目の前の男に警告を発したのは、男が倒れた人間の側に立っていたからだ。
 一瞬でも早く男が危険かそうではないかを確かめる必要があったというのに、そんなことすら忘れていた。

 ――目の前の男に、完全に呑まれていた。

 焦りを封じ込めつつ、ヒナギクは血溜まりの中に倒れている人間に、目を向けた。
 見事に体中傷だらけだ。
 その傷の異様さといったらどうだろう。何かに噛み千切られたかのようだ。
 性別は男、黒服に、闇夜でも目立つ火のような――

 戦慄がヒナギクの全身を駆け抜けた。隣にいる川田の顔が引きつり、つかさが川田の服をぎゅっと掴む。
 心臓を氷の手で握られたような感覚に耐えながら、
「武器を向けたのは謝ります。とにかく、この場から離れませんか? できれば情報交換がしたいんですけど」
 ヒナギクの提案に、男の瞳が刹那の瞬間だけ、色を変えた。
「……まずまず……かな……」
 男のかすかな呟きが、大気を揺らす。
 何か言ったかと問いかけたい衝動を押さえつけながら、ヒナギクは男を促して、歩き出そうとする。
「ヒナギクさん……」
 ヒナギクの足が止まり、男の視線が川田に向いた。
「悪いがヒナギクさん、つかささんと先にいってくれ。俺は、やることがある」
「……川田君?」
「なあに、すぐに追いつくさ……」
 心細げに川田を見上げるつかさに、川田が心配するなというように、どこかぎこちない笑みを浮かべる。
 ヒナギクの滑らかな眉が、わずかにひそめられた。
(川田君、あなた……)

 ――とどめを刺す気か。

 苦い思いをヒナギクは噛み殺した。
 暴風のようなラオウの気を撥ね退けてみせた、赤髪の男の危険さは、考えるまでもない。
 武道なり格闘技なりの心得がある人間なら、あの男を一目見ただけで、否。経験などなくとも分かる。

 ――絶対に勝てない。

 結局、分かるものなのだ。絶対に勝てない存在と命が脅かされている瞬間というものは。
「行きましょう、つかさ」
「う、うん」
 渋るつかさを引き摺るようにして、ヒナギクは歩き出す。
 傷ついて倒れている者を殺すという行為に、忌避感を感じないといえば嘘になるが、
 そんなことを言っていられる状況ではない。
 殺しに来る奴に容赦していては殺されるのだ。自分が、仲間が。
 それに――
「ごめんなさい、川田君」
 川田の耳元でヒナギクは囁く。
 汚れ役を引き受けようとする川田の覚悟を思えば、こんな程度の後味の悪さなど、飲み下さなくてどうするというのか。
「情報はあって損はないと思うんですけど?」
 足を止めたまま川田の方を見ている男に、ヒナギクは声を送った。
「……その手は……急ぎすぎだ……」
「……え?」
 訝しむヒナギクの方を見ようともせず、男が再び口を開く。
「……簡単に言っちまうと……欲張りすぎってことだ」
 川田のため息が聞えた。
「意味が分からねえんだが?」
 川田の言葉を聞いているのかいないのか、男は淡々と言葉を紡いでいく。
「お前さんの殺意の出所は……恐怖……」
 男が一瞬、視線をつかさに向けた。
 つかさの顔がこわばり、川田の瞳に動揺の色が浮かぶ。
「失いたくない……少しでも危険から遠ざけたい……」
 川田が唇を噛んだ。
「悪いか?」
「冷静に考えているつもりでも、心の芯に震えがある……怯えている……。
だから軽々に勝負を急ぐ……。誘惑に、溺れる……」
 川田とヒナギクの視線が、銀髪の男から赤髪の男へと移動した。
(気絶して……ないわけ?)
 気絶していないのなら、こんな所でのんべんだらりと話している場合ではない。すぐに、逃げるべきだ。
 けれど、それは銀髪の男も同じはずなのだが、男に逃げようとする気配はまったくない。
 困惑の波が、ヒナギクの心の水面を揺らした。
「……その男はまだ終わらない……終わる流れにはいない」
 集中力という集中力を引き出しきったヒナギクの視線が、再度赤髪の男に収束。
(どう見ても、気絶してるようにしか見えないけど……)
 ここで赤髪の男を見逃せば、自分達は千載一遇の好機を逃すことになる。
 けれど、銀髪の男の言葉を無視することも、できそうにない。
 男の言葉は、あまりにも真実の響きを持っていたから。
 込み上げる葛藤に心を揺さぶられ、ヒナギクは川田の様子をうかがった。
 大概のことには動じない川田にも、動揺と困惑の色が濃い。意味もなく銃をもてあそんでいる。
 沈黙の泥が、その場にいる人間達をとらえた。
「……クク……」 
 突然、銀髪の男が笑みらしきものを浮かべた。
「まあ、今言ったのも……理由の一つではあるんだが……」
「……どういうことだ?」
 苛立ちを露にして川田が男に尋ねる。
「やってみたいんだよ、俺が……。その男と……。本当の勝負ってやつを」

 ヒナギクの思考に空白が生まれた。

 全てが白で満たされた空間に、男の声だけが響き渡る。
「仮に……万一……その男が今、死ねば……俺はその男の本当の力を知らずに、ここを去る事になる……。
鬼とみまごう男の本質……その力を見ずして終わる……。せっかくの機会を、逃すことになる……」
「そんなもんを見て、どうするってんだ!?」
 川田の声は驚愕に満ちていた。
 ヒナギクは心の中で川田に同意した。
 銀髪の男であろうと、赤髪の男と闘えば死が待っているだけだ。

 ――それなのになぜ?

「近づけるじゃないか……」
「何にだよ?」
「理不尽な死……その淵に近づける……。ニセの勝負じゃ埋められないものが埋まる……。
クク……。勝負の醍醐味だろう?」
 震えがヒナギクの全身を襲った。 
 ヒナギクは認識する。
(違う……。この男は、違う)

 ――この男は、われわれとは違う。

「行きましょう、つかさ。川田君も」
 この男とかかわってはいけないという思いが、ヒナギクの体を突き動かす。
 ヒナギクは踵を返した。
「間違ってねえぜ、ヒナギクさん」
 隣に並んだ川田がボソッと言った。
「アイツもラオウと同じ種類の人間だ。この状況を楽しんでやがる。
『強い奴と闘いたい』の次は、『勝負の醍醐味』かよ……。
ふざけやがって! 殺し合いの何がそんなに面白いんだっ」
 川田の声音に多量の怒りとともに、恐怖も含有されていることに、ヒナギクは気付く。
 元々、理知的、理性的な二人にとって、銀髪の男の得体のしれなさは、恐怖そのものだった。
 彼はあまりにも、ヒナギクや川田の思惑の外にいる人間であり、言動と感性は常軌を逸していた。
 はっきりいって狂っているとしか思えない。

 ――あの男と居てはいけない。

 あの男といれば、その狂気に引き摺られ、その先にはきっと死が――
「……一つだけ、聞いていいか?」
 振り返ろうとせず、ヒナギクは足を速めた。
「……ツンデレって……なんだ?」

 ――は?

 今の自分は、人生の中で、一、二を争うほど珍妙な顔をしているだろうとヒナギクは思った。
 川田も完全に虚をつかれ、口を半開きにしている。
「……ある男に言わせると……俺は、ツンデレらしいんだが……。
どうにも意味がつかめなくてな……。あんたら、知らないか?」

 ――何なんだコレは?

 目の前にいるものが人間であるかどうかすら、ヒナギクには分からなくなっていた。
「えと……ツンデレっていうのは……」
「つ、つかささん?」
 川田が焦ったように声をかけるが、つかさは頓着せずに続けた。
「周りに人がいる時は邪険にするんですけど、二人きりになったらデレデレっていうか、
急に仲良くしようとする人のこと……じゃないかと」
 つかさの説明に、
「……なるほどね……そんな風に見えたか……。クク……随分的を外してやがる……」
 男の目にわずかに感情の色が宿り、すぐに消えた。
「ありがとよ……」
「ど、どういたしまして」
 何故かペコリと頭を下げるつかさに軽い頭痛を感じつつ、
「行くわよ!」
 つかさの腕を引っ張って、ヒナギクは足早にその場を後にした。




(面倒くせぇ……)
 これが、人の気配によって眠りから覚醒させられた範馬勇次郎の、まごうことなき本音であった。
 アーカードとの闘いは、かつて味わったことのないほどの高揚、満足感をもたらしてくれた。
 拳を交換し合うたびに、肉を裂きあい骨を砕きあうたびに、血が沸騰したかと思うほど熱くなり、全身を歓喜が駆け抜けた。
 最高の美酒と最高の料理を、喰らいきれぬほど喰らい尽くした後にやってきたのは、メス餓鬼二人に、取るに足らぬ男二人。

 ――口直しどころか、口が穢れる。

 瞬時に屠ってしまうかどうかを検討する最中、勇次郎はある事実に気付く。
(あん時の銀髪は……コイツか)
 刃牙とやり合っている時にナイフを投げつけ、そのままどこかへ消えた男だ。
 あの時は間近に居た刃牙の気が強すぎてわからなかったが、男はなかなか面白いものを纏っている。
 凍てついたような気配の中に薫る、濃厚な破滅と死の香り。
 勇次郎の興味は、自然と男に集中していった。
 添え物にすらならぬカスの群れが去り、闇の中に。勇次郎と銀髪の男だけが残された。
 男は去ろうとせず、勇次郎を見下ろしている。
(何故、逃げん?)
 猛禽すら凌駕する銀髪の男の眼光は、刹那の交錯の際に、勇次郎の頭にはっきりと刻まれている。
 彼我の圧倒的な戦力差が読めぬ程度の器では、決してない。
 にもかかわらず、さっきの言動。

 ――解せん。

 落命の際にいると知りつつも去らぬ男の意図が、勇次郎には読めない。
 とにかくこの男は、『意』を読ませないのだ。
 おそらく、愚地独歩の菩薩拳に匹敵する境地。
(面白ぇ……)
 勇次郎の中の獣が、身を起こした。
 獣臭と気配が爆発的に勇次郎の体から流れ出し、拡散していく。
 寝転がったまま、勇次郎は口を開いた。
「キサマ……。どういうつもりだ?」
 しばしの静寂の後、
「……聞いていたんじゃ……ないのか?」
 人を食ったような答えに、勇次郎の唇が釣りあがった。
「……街のチンピラなどでは何人かかろうが、キサマを倒せまい」
 男は無言。
「だが……。逆に言えば、貴様の力はその程度にすぎん。
その程度の力で俺の本気が見たいというのは……。いささかハネっ返りが過ぎるのではないかッッ!?」
 次の瞬間、勇次郎の殺気が炸裂した。
 常人ならばすり潰されかねない殺気の奔流を、男は風と受け流す。
 男が懐から何かを取り出した。
 勇次郎の双眸に、紅蓮が生まれた。
「……まさかとは思うが、その手の中にある玩具で、俺を殺せるとでも思っているわけではあるまいな?」
 勇次郎から放たれる殺気が、さらにその力を増していく。
 男が口を開いた。
「……まんざら……凌げなくもない……」
 勇次郎の頭に業火が生まれた。
 主の意志に反応して、瞬時に体が地面から跳ね上がる。
 さきほどの激闘から、ほとんど時間は過ぎていない。
 アーカードから受けた傷から夥しい傷から血が噴出し、激痛が脳神経を焼く。
 それら一切を意に介せず、
「この俺を前にして、よくぞそこまでほざけたものっっ!!」
 鬼の怒号が天地を揺るがした。

「武装錬金」
「邪ァァァ――っっ!!」

 声が交錯。
 勇次郎の体から大量の血液が飛び散って闇夜に赤い華を咲かせ、男の体が大砲から打ち出された砲弾の如く吹き飛び、壁に激突。
 濛々と粉塵が舞い上がり闇を白く染めた。
 一刹那の後、何事もなかったかのように、白い外套を纏った男が立ち上がる。
 無傷、全くの無傷。
 勇次郎の拳を受ける前と全く変わらぬ姿が、そこにあった。
「ほぉ……。なかなかのもんじゃねえか……」
 必殺の拳を受け止められたにも関わらず、勇次郎の顔には嘲笑があった。
「なかなかの鎧だが、欠陥品だな、オイ。一撃だけ止めても、意味はあるまいによ!」
 ただの一撃。インパクトの瞬間に感じた感触のみで、勇次郎はシルバースキンの弱点を看破する。
 ところが、鉄壁の鎧の謎を解かれ狼狽するかと思いきや、男は毛筋ほどもその気配を見せない。
 やがて、勇次郎の顔に浮かんだ嘲笑に、わずかに困惑の皺が混じり始めた。
「まだ何か、隠してるみたいじゃねえか?」
 勇次郎の問いかけに、男は唇をわずかに動かし、
「……クク……教えてやってもいいんだが……」
 ひとしきり熱のこもらぬ笑声を響かせた後、
「まあ……そいつはやめとこう……。見たけりゃ俺の中から引きずり出せばいい……。 あんたの力でな……」
 再び静寂の川が二人の間に横たわった。
 ややあって、
「エフ……。エフッエフッ……」
 勇次郎の口から妙な音が漏れ始めた。
「エフッ、フッ、フハハハハハハハッッ!!」
 音は次第に哄笑へと変わっていった。

 ――このペテン師がッッ!!

 ラオウやアーカードに比べ、銀髪の男は、あまりにも脆弱。
 範馬勇次郎を相手に、奥の手を隠し続けられる水準には到達していない。
 仮に奥の手があったとしても、二人の間にある圧倒的な戦力差を埋められるはずもない。

 ――なのにどうだ。

 目の前の男の揺るがなさを見ていると、ありえる気がしてくる。
 力の差を埋める、否。それ以上のことをやってのけるのではないかと、思わされる。
 心が勝手に形を取り始める。己の認識が真かどうか、分からなくなる。
 口先では、小手先では、決して不可能の技。
 男から放たれる気が、凄みが、男の言動に底知れぬ力を与えているからこそ、可能。
(この範馬勇次郎を、揺るがせやがるとはッッ!)
 目の前の男に思う存分拳を打ち込んでみたいという欲求が、猛烈に込み上げてくる。
 だが、同時に湧き上がって来る、別の思いもあった。

 ――今、喰っちまうには勿体ねえ。

 肉体を鍛え上げ、力を求め続けた己やラオウとは別領域の高みにいるこの男を、
 今この時、この場で喰らってしまうのは、惜しい気がする。
 昼間遭遇した時、目の前の男は、この防護服を持っていなかった。
 この男は道具を持っていて使わない、使えないという類ではないから、間違いない。
(となりゃまだ……。伸びる余地はあるわな)
 幸いなことに腹は満ちていた。未だかつてないほどに。
(ガッつくこたぁ、ねえか……)
 勇次郎から無尽蔵に溢れ出ていた気の奔流が、止んだ。
 それでも男には何の動きも見られない、ただ無言で立ち尽くすのみ。
 小さく鼻を鳴らし、
「テメエ、名は?」
「……赤木……赤木しげる……」
「そうか……。アカギとやら――」
 踵をかえしつつ、首だけで振り返り、
「せいぜい己を高めることだ。
喰らっても喰らっても、喰らいつくせぬ餌になれッ!! 俺を満足させる餌であれッ!!
そうすりゃ見せてやる、この範馬勇次郎をッッ!!
いつでも歓迎するぜ!? ク、クク、ク、は、は、ハッハハハッハハハっ!!」
 愉悦の笑みを口元にうかべ、笑声を響かせながら、勇次郎はその足先を駅へと向ける。
 歩くうちに、勇次郎は己の足取りが重いことに気付く。
(忘れてたぜ……)
 アカギとの邂逅で昂ぶらされたせいか、アーカードとの死闘で力を使い果たし、甚大な肉体的損傷を受けて昏倒してしまったことを、
 すっかり失念していた。
 勇次郎は一つの民家に目をつけると、無造作にそのドアを蹴り開け、中へと歩みを進めた。
 ベッドを発見し、勇次郎は大の字に寝転がる。
(アカギか……。面白れぇ奴もいたもんだ。つくづくここには喰い応えのあるのが揃ってやがる。
アーカードの野郎、アカギのことを知りゃあ、闘えなかったとことを悔しがるだろうが……。
なぁに、すぐだ。すぐにアカギも送ってやる。楽しみに待ってな……)
 まだ見ぬ、アーカードから聞かされた多くの強者達、その中にはいなかったアカギという別種の強者。
 再び胸が高鳴り始めるのを、勇次郎は感じた。

 ――最高だ。最高の夜だ。

 目を閉じるとすぐに、勇次郎の意識は闇に落ちていく。
 薄っすらと笑みを浮かべたその寝顔は、まるで、明日何をして遊ぼうかと考えて眠る子供のようだった。


 ■


「……生き延びた……か」
 絶体絶命の危機を乗り切ったにも関わらず、アカギの表情には、喜色一つなかった。

 ――死ぬ時がきたら、ただ死ぬばいい。

 命を突き放している男が、命を永らえて喜ぶはずもない。
 足を学校へと向けながら、アカギは思考する。
(勇次郎の向かった方角は駅の方角……鉢合わせしなきゃ、いいが……)
 さきほど出会ってすぐに別れた3人組もまた、勇次郎と同じ方角へと消えていった。
(まあ、二分ってとこだな……)
 いくら闘争本能の塊である勇次郎であろうと、あの傷で駅へと乗り込むことはあるまい。
 何処かで休息を取るはずだ。次の闘争のために。心の底から闘争を楽しむために。
(……赤髪の女と坊主頭の男……資質としては、まずまず……)
 アカギと勇次郎の戦力差を念頭に置いて、アカギの言葉から、アカギが殺し合いに加担していないと判断したのはまずまずだ。
 あの場においては、勇次郎という圧倒的強者から遠ざかるのが第一。戦力的に差のない男の見極めは、後でもできる。
 判断力の速さと鋭さは及第点といっていい。
 坊主頭の殺しに対する腰の据わり具合と、勝ちに行く姿勢も、悪くない。
 やり方こそ最悪だったが、あの場は、攻めなければ生き延びられぬ流れであると、本能的に悟っていた。

 ――仲間に加えても、足は引っ張るまい。

 そう考えたからこそ、アカギは勇次郎の目を己に引き付けたのだ。
 勇次郎が気絶したままである可能性を、アカギは、まったく考えていなかった。
 コンディションだのなんだのという小賢しい理屈を蹴散らし、その時になれば、あの男は必ず起き上がってくる。
 となれば、アカギの打つ手は一つ。
 まず勇次郎の興味を己に引き付け、3人を逃がした後、勇次郎に力を認識させ、その上で、今戦うには惜しいと思わせる。
 これが最善の一手。
 頭を低めてやり過ごすのではなく、こちらから攻め込んでいくことのみが、暗黒の虎口に出口を作る。
(……ツキは……あった……)
 あの場にいた者達にとっての最大の幸運。
 それは範馬勇次郎という闘争を糧とする生物が、食事を終えたばかりで満腹していたこと。
 生物というカテゴリーに入るものは、すべからく、満腹時には闘争本能が薄れる。
 さもなければ、鬼のテリトリーに入ってしまった時点で、あの場にいた者全てが血煙と化していただろう。
 鬼が満腹であるという一点の突破口に、アカギは全てを賭け、その賭けに勝った。
(フフ……嘘だな……)
 一連の思考の流れをアカギは、否定する。
 無論その考えもあるにはあったが、やはり違う。

 ――飛び込みたかったのだ、業火に。

 どう考えても苦渋は必死。匂ってくるのはきな臭い破滅の気配ばかり。
 3人組をあの場から遠ざけるため己の異質さを敢えて表に出したが、口にした言葉は間違いなく本音。
 状況が苦境であればあるほど好ましいという博打好きの習性、アカギという男の本質……。
 範馬勇次郎という極めつけの業火に焼かれて死ぬなら、それもまた……本望。
(正しいさ……お前らは……)
 赤髪の女と坊主頭の男の、異星人でもみるかのような目を思い出し、アカギは悪魔の笑みを浮かべた。
 己が偏っている、狂っている。そんなことは、とうに知っている。
 火の粉が飛んでくる前に逃げようとするのは、人間として正しい。
(……あの嬢ちゃんは……何も考えちゃいねえな……)
 無垢な目を向けてきた少女を思い出し、わずかにアカギは相好を崩す。
 この世に理解できないものはない、あっても少ない、そう思っている人間ほど、理解できないものに恐怖する……。
 そういう意味では、才気すぐれる者ほど脆い。
 理解できぬものをそれとして受け入れるのもまた、心の在り方としては正しい。
 脆そうではあるが、あの様子なら仲間が生きている限りは、逆境においても崩れはすまい。

 さて、ここで疑問が生じる。
 別れた3人のことをそれほど悪くないと考え、3人を虎口から脱させるために命までかけておきながら、
 何故アカギは、最後まで名乗りもせず、名も聞かず、喫茶店や学校といった鳴海達がいるであろう場所を教えなかったのか。

 ――繋がっていない。

(……今のままでは繋がらない……。世界に……)
 世界と繋がらない流れにあの3人はいる。
 まず、「役」になっていない、チームとして、体をなしていない。
 先ほどの接触にしてもそう。
 あの場面で、警告の言葉を発していいのは強者、それも圧倒的な強者のみ。
 仮にアカギが殺し合いに加担する人間で、一瞬にして3人を殺せる人間であったならどうか?
 あのチームは全滅している。それこそ、あっさりと。 
 素手の人間にそんなことはできない、などと考えるのは、この場においては最大の過ち。
 未知の能力と道具が溢れ、強者達が跋扈するこの場において、まだ、そんな考えを抱いているなら、愚か過ぎる。
 要するに、3人で生き残ってきたにしては、先ほどの対応は、ぬるすぎるのだ。
(一枚……欠けている……)
 圧倒的な強者が一人加われば、あの集団は完成形になる。
 逆に言えば、その強者を欠いてあの集団は成り立たなのだ。絶対に。
 手牌が変われば、打ち方も変えなくてはならない。
 にもかかわらず、その強者を欠いて不完全になっているという自覚がない。自覚があったにせよ足りない、不足している。
 そこそこ力があるものだから、坊主頭も赤髪の女も、強者の抜けた穴を完全にではなくても埋められる、という意識がある。
 そこに落とし穴がある。
 分を超えれば、どこかに無理がでる、隙が生まれるというのに……。

 ――流れも悪い。

 集団としてのいびつさから考えて、あの3人が強者と別れてから、それほど時間はたっていまい。
 強者がいなくなってすぐ、集団としての新しいスタイルが出来上がる前に、虎口に飛び込んでしまう運の悪さ。
 ただし、鬼が満腹していたという幸運、アカギというイレギュラーな存在がいたという幸運にも、同時に恵まれている。

 ――ここが、最悪。

(奴らは半ツキの状態にある……。よりにもよって……)
 半ツキ。博徒達にとって、これ以上はないというくらいの最悪の状態。
 それなりによいところまではいく。だが、後一歩で必ず途切れる。決して世界と繋がることはない。
 不運を自覚できぬ分、不運よりもタチが悪い。
(仲間には……できないな……)
 既に、三千院ナギという曲者、運に見放された疫病神を抱えこんでいる。
 この上、半ツキの人間まで取り込めば、待っているのは破滅だ。
 だから教えなかった。名も、仲間の居場所も。
(とはいえ……変わりやすいからな、ここは……)
 多くの人間が持つ流れが絡みあい、流れすらねじ伏せる強者もいる。
 だから一応、助けはした。
(あとは……お前ら次第……。世界に繋がるか……俺達に破滅をもたらすのか……。
どっちだ……?  クク……読めない……こればっかりは……)
 いかにアカギといえど、読めないものはある。

(……これだからここは、面白い……)

 凍てついた熱をもたぬ笑みを浮かべながら、アカギは闇夜を見つめたのだった。

【D-4 /1日目 真夜中】
【赤木しげる@アカギ】
[状態]:脇腹に裂傷、眠気 核鉄で自己治癒中
[装備]:シルバースキン 基本支給品、 ヴィルマの投げナイフ@からくりサーカス (残り9本)
[道具]:傷薬、包帯、消毒用アルコール(学校の保健室内で手に入れたもの)
 始祖の祈祷書@ゼロの使い魔(水に濡れふやけてます) キック力増強シューズ@名探偵コナン
 水のルビー@ゼロの使い魔、工具一式、医療具一式 沖田のバズーカ@銀魂(弾切れ)
[思考]
基本:対主催・ゲーム転覆を成功させることを最優先
1:学校に向かって、自分の情報を伝える。
2:脱出のカードを揃えてから、ジグマールを説得する。
3:対主催を全員説得できるような、脱出や主催者、首輪について考察する
4:強敵を打ち破る策を考えておく
5: このバトルロワイアルに関する情報を把握する
(各施設の意味、首輪の機能、支給品の技術 や種類など。)
[備考]
※ツンデレの意味をつかさから聞きました。
※マーティン・ジグマールと情報交換しました
※光成を、自分達同様に呼び出されたものであると認識しています。
※参加者をここに集めた方法に、
 スタンド・核鉄・人形のいずれかが関係していると思っています。
※参加者の中に、主催者の天敵たる存在がいると思っています(その天敵が死亡している可能性も、考慮しています)
 そして、マーティン・ジグマールの『人間ワープ』は主催者にとって、重要な位置づけにいると認識しました。
※主催者のアジトは200メートル以内にあると考察しています
※ルイズと吉良吉影、覚悟、DIO、ラオウ、ケンシロウ、キュルケ、ジグマールはアルター使いと認識しました
※吉良吉影の能力は追尾爆弾を作る能力者(他にも能力があると考えています)だと認識しました。
※DIOの能力は時を止める能力者だと認識しました。
※ジグマールは『人間ワープ』、衝撃波以外に能力持っていると考えています
※斗貴子は、主催者側の用意したジョーカーであると認識しています
※三千院ナギは疫病神だと考えています。
※川田、ヒナギク、つかさの3人を半ツキの状態にあると考えています。

【E-4 /1日目 真夜中】
【範馬勇次郎@グラップラー刃牙】
[状態]熟睡中。右手に中度の火傷、左手に大きな噛み傷。
   全身の至るところの肉を抉られており、幾つかの内臓器官にも損傷あり。大量出血中
[装備]ライター
[道具]支給品一式、打ち上げ花火2発、フェイファー ツェリザカ(0/5) 、レミントンM31(2/4)
   色々と記入された名簿×2、レミントン M31の予備弾22、 お茶葉(残り100g)、スタングレネード×4
[思考] 基本:闘争を楽しみつつ優勝し主催者を殺す
1:放送まで寝る。
2:アーカードが名を残した戦士達と、闘争を楽しみたい。
  ただし、斗貴子に対してのみ微妙な所です。
3:首輪を外したい
4:S7駅へ向かいラオウ、DIO、ケンシロウを探す。
5:未だ見ぬ参加者との闘争に、強い欲求
[備考]
※シルバー・スキンの弱点に気付きました。
※自分の体力とスピードに若干の制限が加えられたことを感じ取りました。
※ラオウ・DIO・ケンシロウの全開バトルをその目で見ました。
※生命の水(アクア・ウィタエ)を摂取し、身体能力が向上しています。
※再生中だった左手は、戦闘が可能なレベルに修復されています。
※アーカードより、DIO、かがみ、劉鳳、アミバ、服部、三村、ハヤテ、覚悟、ジョセフ、パピヨンの簡単な情報を得ました。
ただし、三村とかがみの名前は知りません。
是非とも彼等とは闘ってみたいと感じていますが、既に闘っている斗貴子に関しては微妙な所です。



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