らきすた ~闇に降り立った輝星 ◆6YD2p5BHYs



……薄暗い部屋の中、その「卓」だけが明かりに照らされていた。
静かである。そして清潔である。
視界が曇るほどに吹かされるタバコの煙もない。酒の匂いもしない。食べ物の匂いもしない。
こういう場には付き物の、ジャラジャラと鳴らされる点棒や牌の音も聞こえてこない。
恐ろしいほど静かで清潔な雀卓を囲んでいるのは、4人の人物。
1人は、若さの割に鋭くも落ち着いた空気を纏った銀髪の青年、赤木しげる。
1人は、一見すると小学生ほどの外見の少女、泉こなた。
残る2人は……これは、「顔が無い」。全身タイツのような奇怪な服に身を包み、表情も覆面に隠されている。

「……さて……リーチだよ……!」

ざわ……! ざわ……!
んふっ、と自慢げに鼻を鳴らす少女に、場の空気が張り詰める。
半荘勝負の南場一局目、親はトップを独走する泉こなた。2位につけるのは北家の赤木しげる。
点差は実に3万点。東場3局目に地和を上がられたのは痛かった。
とはいえ、まだ後半戦の南場は始まったばかり。役満でも来れば逆転できる範囲だ。勝機はある。
むしろ問題は凡庸な手ばかり打っている覆面2人。既に点棒が危うい段階に来ている。
どちらかがハコになってしまえば半荘終了、そんな局面でのこなたのリーチ。流石のアカギも見守るしかない。

1人目が牌を切る……七索(チーソウ)。こなた、沈黙のまま。
2人目が牌を切る……北(ペー)。こなた、やはり沈黙のまま。
幸運にも、リーチ1発を振り込んで3位以下が脱落、という終局は免れた。が、次はアカギの番。
ツモってきた牌は、念願のニ筒(リャンピン)。これでアカギもテンパイとなる。悪くない展開だ。

  三三四四五五(1)(2)(3)(4)2267  ドラ表示牌:四

が……ここに来て切らねばならない牌が、まさに危険牌の匂い濃厚な筒子(ピンズ)である。
現物即降りは論外として、さて、一筒(イーピン)を切るか、それとも四筒(スーピン)を切るか。

卓上を見渡す限り、危険度はほぼ同等と思える。
ここで一筒を切っておけばアカギの役にタンヤオがつく。リーチ・タンヤオ・ピンフ・ドラ2で6飜、跳満は確定。
さらにツモや一発、裏ドラが重なれば倍満にも届きうる。今現在の点差の半分ほどが一気に埋められる。
もしもこなたから倍満の直撃が取れれば、それだけで逆転である。普通なら行かない理由がない。

(が……しかし。そこまで欲を出せる流れじゃぁないな……!)

頭の片隅に浮かんだ甘い皮算用、しかし彼はその「都合の良さ」にこそ嫌な気配を感じ取る。
論理的に見てリスクは同等。ならばリターンが大きい方を選ぶのが自然な判断。
しかしアカギは冷徹に「流れ」を読む。あえて非論理的思考の不条理に身を委ねる。
こちらの流れは悪くないが……それ以上に、相手の流れが良過ぎるのだ。
決して逃げてはいけない。降りたり手を変えたりしている場合ではない。だが、欲張り過ぎては身を滅ぼす。

「クククッ……こっちもリーチだ」

考えを巡らせていたのは一瞬。いつも通りの熱のない笑みを浮かべ、四筒を切る。
こなたは……動かない。こなたの待ちではなかった。リーチ一発の直撃は免れた。
しかし、ここで安心できないのが辛い所。次は、他ならぬこなたのツモ巡。
新たな牌が山から運ばれ、そして。

「追っかけリーチか、流石だね~。でも……そんなお前がスロウリィ!
  ツ  モ  だ  ッ  !  ! 」

喜色満面の宣言と共に、こなたの手元の牌が倒される。同時に示される裏ドラ表示牌。
アカギはそして、己の命運がとうに尽きていたことを知る。

  ニ三四五六七(1)(1)(5)(5)中中中 (1)  ドラ表示牌:四  裏ドラ表示牌:(9)

「ありゃりゃ……こりゃ済まないねぇ。満貫にも届かないかもな~、とか思ってたんだけどさ」
「中のみドラ1からのリーチ……そんな手がそこまで化ける……!
 これだからギャンブルというのは分からない……!」

リーチ一発ツモ、役牌にドラ4。これで8飜まで行って親の倍満。8000点オール。
これでアカギの対面に座っていた「戦闘員1」がハコワレ、終了である。
さりとて、アカギが振り込んでいたなら、彼自身が残りの点棒を全部持っていかれて沈んでたわけで。

振り込んでもだめ、振込みを回避してもだめ。
鳴いてツモ巡を変える手立ても無かった。ここまでの打ち筋でもミスらしいミスは何も無かった。
一筒が危険、という直感は正しかった。ただ、気付いても間に合わない状況でもあった。
つまりは。

「クククッ……つまり、俺が迷っていたときには、既に終わっていたということ……!
 なんたる幸運……! なんたる豪運……! 生半可な技術など軽く凌駕する程の、圧倒的な運気……!」

言い訳ならいくらでも出来る。
半荘1回で取り返しのつかなくなるような取り決めは交わしていない。大したものは賭けていない。
だから、この半荘はあえてくれてやったのだ、と言い張ってみてもいい。
アカギが本気を出してないのも確かだ。彼の本領とも言える、精神的な駆け引きは意図して控えていた。
普通の雀卓ではなく、アカギにとって生まれて初めて触る「機械」越しのゲームだったのもキツかった。
それでも……それらの理由は、どれも些細なこと。彼は改めて認識する。

泉こなたの強運を。そして、その強運に素直に乗れてしまうカンの良さ、筋の良さを。
そして――この「運」こそが、アカギが最も欲していたもので――!

 オンライン雀荘『場団荘』
 南一局
 立直・一発・門前清自摸和・役牌1・ドラ4    倍満  24000点
   東家 こなた 52000+24000+2000=78000
   南家 戦闘員1(CPU) 6000-8000=-2000
   西家 戦闘員2(CPU) 18000-8000=10000
   北家 アカギ 22000-8000=14000
 半荘終了

        *    *    *

「――だからさ、あれは『最高』とは呼べないけど、『最善』の判断ではあったと思うんだよね」

……時間は少し遡る。
ケンシロウたちと別れたアカギとこなたは、そのまま学校に向かって――しかし何しろ、足は消防車。
地図上で1マス分の距離などさほどの時間も掛らない。すぐに到着してしまった。
外は雨が降っている。いつまでも車内にいる理由もない。
2人は校庭に消防車を止めると、そのまま校舎に走りこんだ。
夜の学校には、しかし人の気配はなく。どうやらアカギたちが一番乗りのようだった。
で、学校のどこで皆の到着を待つことにしようか、と考えながら歩き始めた所で、こなたの上の発言である。

「ふふ……『最善』、か」
「そりゃ、シェリスや鳴海のことは残念だし、悔しいんだけどね。
 独歩さんや、ナギとケンシロウのことも気になるんだけどね。
 でもじゃあ他に何が出来たかなー? って考えると、何も思い浮かばないんだよねぇ」

誰もいない校舎。湿った空気が2人の足音をやんわりと吸い取っていく。
特に目的もなく歩きながら、こなたは考える。

DIOとの戦いで、半ばパニックになりながら逃げ出したこと。
その時にシェリスとはぐれ、結果的に彼女がDIOの手下と化してしまったこと。
喫茶店に助けを求めに行って、でもこなたが人質になって、DIOと1対1で戦った鳴海が死んでしまったこと。
そして、つい先ほど。独歩を残して逃げ出し、ケンシロウとアカギと出会い、そして――
思い返せば、それぞれの場で別の判断もありえたはずだ。他にも取れた選択肢はあったはずだ。
しかし。

「シェリスも、最初っから何か企んでる雰囲気はあったしねぇ……。
 あそこでDIOと2人きりにならなくても、結局どっかで似たような結果になってた気がするんだ」
「クククッ……確かに、自ら死地に飛び込もうとする奴を止めるのは難しい……」

「鳴海もね……これはカンでしかないんだけど、DIOって何人かで掛っても仕方ない相手だったと思うんだ。
 一斉にに襲い掛かっても、適当にはぐらかされて結局は1対1になっちゃうイメージ、ってのかな……?
 う~~ん、我ながら上手く言えないんだけどね。格闘技経験者の直感としてさ」
「その直感、分からんでもない……。
 奴は『時間を止める』能力を持っていたらしいからな……。複数で囲んでも、すぐに優位は崩れ去る……。
 各個撃破され、囲みを抜かれて終わり……下手をすれば、味方を『利用』され、相討ちを強要されうる……。
 捨て身で単身飛び込んだ方が、まだ勝機を見出せるはず……あくまで鳴海ほどの力があればこそ、だが」

始めから破滅への道を進んでいたシェリス。どうやっても犠牲無しには倒せなかったであろうDIO。
そう考えれば、こなたの取った行動は確かに『最善』だ。
誰もが笑って満足だ、と言えるような『最高』の結果ではないにせよ、『最善』ではある。
無理にその結末を曲げれば、もっと被害が大きくなっていたような、そんな予感もある。

「まーなんつーか、カンは悪くないんだよね、私って。
 普段は勉強とかしないけど、テストは大抵一夜漬けでなんとかなっちゃうし。いつもヤマ張ったとこ出るし。
 ネトゲとかでも、まー要領よくやれちゃうんだよねー」

試験勉強やネットゲームの経験を、この殺し合いと同列に扱うのは問題かもしれない。
けれど、いつも「なんとなく」上手く行く。いつも「なんとなく」幸せでいられる。
心地よいぬるま湯の中で、いつまでもふわふわと漂い続けているようなイメージ。
その「なんとなく」な普段の調子を、今でもこなたは崩してはいない。パニックになったのも僅かな間だけだ。
そしてその、「なんとなく」な感覚が、今までの選択が『最善』であることを告げている。
あれ以上の結果は無かったのだと言っている。

いや――あるいは、自分でもそう思いこみたいだけなのか。

だからこの一連の会話は、こなたの感覚としてはアカギに「説明」しているのではない。
こなたが自分の気持ちの整理をつけるために、ただ話を聞いて貰っている格好。
そんな彼女の内心を知ってか知らずか、隣を歩く青年は小さな含み笑いを漏らす。

「……カンは悪くない、か……。ならばその自慢のカン、見せて欲しいものだ……」
「見せるって……どーやって?」
「誰かが学校に来るまで、ただボーッと待っているのもヒマだろう……。
 かと言って、今俺たちだけでできる事はさほど無い……。
 ここは1つ、気分転換でも図っておくべきだ……そう、適当なゲームか何かで」

……意外だった。思わずこなたはアカギの顔を見上げる。
そこにあるのは、相変わらず底の知れない薄笑い。
どこまで本気でどこからが戯れなのか、まるで分からない。ただ、不思議と不快ではない。

「とはいえ、ここは学校。花札もトランプもないというのは、痛いな……」
「ん~、この学校、将棋部とか囲碁部とかあるのかな~。
 挟み将棋とか五目並べ程度なら、私でも出来そうだけど」
「そういうゲームも悪くはないが……たぶん、それでは『俺の見たいもの』が十分には見れない……!
 挟み将棋にも五目並べにも、運の要素は介在しない……純粋な判断力勝負になる……。
 できれば、運と判断力の双方が問われる種類のゲームが望ましい……例えばそう、麻雀のような……!」
「麻雀?」

アカギの何気ない呟きに、ピクン、とこなたの毛が揺れる。 
麻雀ならばこなたも知っている。将棋や囲碁は打てずとも、麻雀ならばそれなりに出来る。
雀荘に行ったことも雀卓を囲んだこともなく、実際に牌に触ったことすらないが、それでも出来る。
何故なら、こなたは『オタク』だから。
なんと言っても脱衣麻雀は基本中の基本である。脱衣麻雀のために麻雀ルールを覚えた者は少なくない。
そしてその記憶が、彼女に1つの「いい手段」を思いつかせる。
学校で麻雀をしたいという、通常ではあり得ない要求への最適解をすぐに見出す。

「そーゆーことなら、いいものがあると思うよ~。ついてきて!」

アカギを引っ張るようにしてこなたは歩き出す。
目指す部屋すぐに見つかった。『コンピューター室』と掲示されている部屋。PCが何十台も並んでいる部屋。
それはPCを使った授業や調べ物のための部屋であり、ネットにも繋がっており、ということは、当然……!

        *    *    *

技術の進歩は凄いものだ、と感心する一方で、時代が変わってもヒトの愚かさは変わらないな、とも思う。

高性能な演算装置を複数使ってネットワークを作り、それでやるのが結局のところ『ただの麻雀』。
いや麻雀ゲームなど、その情報網本来の目的でもないのだろう。余力で作ったようなおまけの機能のはず。
それでも、これだけの技術と材料を使って麻雀ゲームを作るという発想自体が、アカギの目には面白い。
まさに、狂気の沙汰と言う他ない。

こなたの説明によれば、この端末を通して世界中の人間と情報をやり取りすることもできるという。
適当に検索をかけて出てきた無料のオンライン麻雀のサイトを通じれば、遥か遠くの人間とも卓を囲める。
人数の都合が合わなければ、足りない面子はやや頭の足りない人工知能が補ってもくれる。
こなたと2人、情報学習室で2台のPCを立ち上げ、同じ卓にログインすれば即席の雀荘の出来上がりだ。

マウスもキーボードも生まれて初めて触る彼ではあったが、それでもすぐに理解は出来た。
あくまで麻雀ゲームをやる上の機能に限って、ではあるが。
面倒な設定は全部こなたが済ませてくれたし、麻雀そのもののルールにはほとんど変化はない。
それに麻雀ゲームというのは、かなり感覚的な操作が可能なように出来ている。
ツモる時は左クリック、捨て牌を選んで左クリック、鳴ける時には自動でメニューが飛び出す……簡単だ。
付属しているチャット機能も、指1本・平仮名のみのタイピングではあるが、使えないこともない。
元々飲み込みの良いアカギのこと、すぐにゲームを始めることが出来た。
……そんなことよりも。

(それにしても……コイツのツキは尋常じゃない……! 手を合わせてみて確信した……!
 こいつは数万人に1人……いや、五十億に1人にも匹敵するラッキー・ガール……!)

例えば愚地独歩が誰かの力を計りたいと思ったら、友好的な相手であっても模擬戦を試みるだろう。
合意の上かもしれないし、寸止めかもしれないが、それでも持てる技術の全てを投入し組み手を行うはずだ。
そして、先ほど彼がやったのも同じこと。
博徒・赤木しげるとして泉こなたとの「組み手」を試み、彼女の実力を計ったのだ。そして、その結果は。

天中殺のいわば逆。幸運の極み。

そもそも、東場で見せた地和からして、運任せでしかない。
配牌の時点で既にテンパイ、1つめのツモで上がり。そこに本人の技術などは関係してこない。
ただ、凄まじい運だけがある。
その後、南場に入り親になり、慌てて安目を拾いに行ったような手に裏ドラ3つ……これも信じがたい流れ。
並大抵の運では、あんな打ち方をした時点で手の中から零れ落ちる。
幸運が不運にひっくり返り、アカギの方に風が吹き始める。
逆に言えば……泉こなたに宿った「ツキ」の程度は、そんな並大抵のものではないということ。

(先ほどの話でも、その片鱗は見えていた……。
 そもそも、コイツは始まってから一時たりとて『真の危険』には直面していない……!
 危機に瀕しても、紙一重のところでかわしている……紙一重の所で助けが間に合っている……!)

麻雀の勝負を進めつつ、雑談がてらに聞き出したこなたの1日の動向。
始まってすぐに綾崎ハヤテと出会い、呑気に女装やら何やらを楽しみ。
武藤カズキと出会い、パピヨンと出会い、喫茶店の大集団に発展し……
喫茶店に集まったメンバーが1人欠け、2人欠け、どんどん脱落していく中、彼女はまだ残っている。
彼女より頭が回り、彼女より力のあるものがどんどん死んでいく中、彼女は大した傷さえ負っていない。
数多の修羅場を潜ってきたはずの者が正気を失い、自分を見失う中、彼女はマイペースを崩してもいない。
冷静に考えると、信じがたい話である。

幸運の星(ラッキー・スター)の光の下、とてつもない幸運に恵まれた存在。
元からなのか今日だけなのかは知らないが、恐らく全参加者の中で、最も「ツイている」存在。
それだけでもアカギの興味を引くには十分だが、さらに加えて。

(さらにこいつは、その自分の「運」に乗る方法を「本能的に」理解している……。
 普通なら、崩れゆくビルから跳躍する決断など出来ない。
 普通なら、あの局面で本屋に逃げ込んだりはしない。
 普通なら、恥も外聞もなく大声でパピヨンを呼んだりはしない。
 しかし、「結果的に」上手く行っている。「なんとなく」選んだ行動が、全てイイ方向に噛み合っている……!)

単にツキがあるだけでは、ギャンブラーとしては二流である。
一流のギャンブラーは、いかにしてその「波」に乗るかを知っている。理屈ではなく、直感として知っている。
そういう意味で泉こなたは、この段階を既に十分にクリアしているのだ。
特に、この殺し合いの緊張の中、喫茶店や消防車の車中で睡眠を取れる神経の太さは素晴らしい。
休める時に休んでこそ、攻めに転じることも出来る。そのことを理解している。

ちなみに……さらに高度な戦いともなると、いかに相手に「波に乗らせないか」が重要になってくる。
心理戦によってツキを誤認させ、実際には幸運が来ているのに弱気になって降りるように仕組む。
あるいは、まさに不幸のドン底にあるのに、ハッタリによって幸運の波が来ているように見せかけ威圧する。

先の麻雀対決において、アカギが「本気でなかった」というのは、まさにこの点。
今回アカギは、この手のテクニックはあえて使っていない。 揺さぶったり混乱させたりはしていない。
フルに使えば、そういった駆け引きの経験の薄いこなたを崩せたはずなのに、だ。
なにしろ彼の目的は「泉こなたの実力を見極め、使えるようなら利用すること」。
その後の計画も考えれば、ここで彼女の直感に疑念を差し挟んでやるわけにはいかなかった。
アカギの勘が正しければ、こなたの持つ豪運はいずれ主催者との対決で活きてくるはずなのだ。

(もっとも……コイツの運「だけ」があっても、どこにも届きようが無いがな……!
 コイツには欠けているものがある。どうしようもなく欠けているものがある……!)

アカギが舌を巻くほどの豪運を持っていてなお、それが人目を引かなかった理由。
それはおそらく、彼女に「目的がなかった」せいだ。
「目的」で分かり辛ければ、「信念」、あるいは「狂気」と言い換えてもいい。
泉こなたには、加藤鳴海が抱えていた「焼けつくような想い」がない。
泉こなたには、パピヨンの奥底に淀んでいた「深い闇」もない。
才賀勝が垣間見せた「輝き」も、空条承太郎の芯にあった「揺るぎのなさ」もない。

泉こなたには、誰にも譲れないようなものが無いからこそ……
あるいは、もしあったとしても、この殺し合いの場と全く縁のないものだからこそ。
それだけの幸運を持っていながら、「彼女自身の安全」しか確保できていない。
目の前にいた仲間の命も、遠くにいた親友の命も、共に守りきれていない。
それどころか、運良く火の粉が飛んでこないことをいいことに、傍観者を決め込んでいるような節すらある。

(そういう意味では……まだあの疫病神な三千院ナギの方が見込みがあるとも言える……!
 あれと比べてもなお、コイツは「ヌルい」。やる気が無さ過ぎる。
 幸運に恵まれているがゆえの「平和ボケ」……クククッ、本当に世の中というのはままならない……!)

この先、主催との戦いを進めていくとして、いつかどこかで必ず壁にブチ当たるだろう。
知性や技術、戦闘能力を結集しても、突き崩せない状況というのは必ず出てくる。
こなたの持つ「運の良さ」というのは、まさにそういう時のための「武器」に成りうる。貴重な突破点に成りうる。
この無気力な少女に上手く「熱」を持たせ、自ら事態に関わるように仕向ければ、きっと……!

(ただ、そうやって「打ち方」を変えた途端に「運」に見放される奴というのも、ザラにいる……。
 これだけの圧倒的な幸運、万が一反転してしまえば、とてつもない不幸にも転じうる……!
 こいつの扱いは、本当に分からない……! 扱いを間違えれば猛毒にもなる、まさに劇薬……!)

麻雀勝負で見極めた末の結論は、結局のところ「しばらく保留」。
今は積極的にこなたを「変えよう」とすべき状況ではない。角を矯めて牛を殺す結果になっては堪らない。
ただ、将来のため、彼女は守るだけの価値がある。
下手すれば、生半可な知恵者や戦闘巧者よりも優先して守る価値があるかもしれない。
長いこと彼女を手元に置いていたパピヨンの眼力も、なかなか大したものだと言えるだろう。
ただ彼はなまじ知恵が回る分、「ギャンブラー」に徹しきることは出来なかったようだが。
解析用の予備の首輪など、これほどの「幸運の女神」とは比較にもならないだろうに……!

(しかし、そのパピヨンとも合流できれば、これで手札がかなり揃うことになる……!
 パピヨンが勝利への流れから外れていなければ、こなたとの再会はおそらく必定……。
 欠けてしまった人間のことは惜しいが、それでもまだ、逆転は可能な範囲……!
 それに……)

それに。
これだけ「ツイて」いるこなたと共にいるのだ。
焦らず待っているだけでも、何か、先に繋がるような「幸運」が転がってきてもおかしくはない――!