交差する運命

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mangaroyale

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交差する運命 ◆1qmjaShGfE



川田章吾は彼の考えを同行者である津村斗貴子へと語った。
「俺達が相手にすべきは、自分を弱者だと思ってる連中だ」
川田の真意がわからない斗貴子は怪訝そうな顔をする。
「自分が強いと思ってる奴は、勝手に強い奴相手に勝負を挑んで潰しあってくれる。そんな奴をわざわざ相手にする必要は無いって事さ」
自分が肩に担いでいる巨大なライフルをコンと指で弾く。
「道具と戦う意思があれば、どんな奴だって戦える。そいつに気付く前に殺すんだ」
その言葉に深く頷く斗貴子。
見るからに弱者としか思えない者達の足掻きには、何度か苦汁を嘗めさせられている。
「だが、自分を弱いと思っているのなら、何処かに隠れるなり何なりしているのではないのか? これだけ広い中に隠れられたら見つけるなんて不可能だぞ」
斗貴子の至極もっともな言葉を、川田は鼻で笑う。
「そいつを見つけるんだよ。支給された地図を覚えているか?」
人を馬鹿にしたような物言いには腹が立つが、そもそも好意とは程遠い間柄だ。
不愉快そうに川田を睨みつける斗貴子。
「ああ」
「今の時点まで生き残ってる奴は恐らく二種類に分かれるだろう。守る者と守られる者。単独で何処かに隠れ続けてる可能性も否定出来ないが、それは実はあまり無いだろうと俺は踏んでいる」
「何故だ?」
「隠れ続けるって選択肢を選ぶには、このプログラムがどんなものか予め知っているという前提が必要だ」
やはり川田の言う事はわかりずらいのか、斗貴子は口をへの字に曲げる。
それだけで意図が通じたのか、川田はよりわかりやすく説明してやる。
「いきなり見知らぬ場所に連れてこられて、とりあえず誰とも会わないように隠れようなんて考える奴居るか? 普通はどういう事なのか確認しようとするだろう?」
殺し合いをしろ、と言われたからといって、はいそうですかと殺し合いをする方がおかしいのだ。
川田の言葉は納得出来る。
「そうやってふらふら出歩いた者達が淘汰され、その上で生き残っているのが今居る連中というわけか」
手馴れた仕草でタバコに火をつける川田。
「偶然出会ったのが葉隠みたいな奴だった幸運な弱者。だが、強いと思ってる連中からすりゃ明らかに足手まといなそんな連中を、さて何処に隠そうかって話だ」
斗貴子は言われるままに想像してみるが、まるで思いつかない。
静かにしているのなら、何処に隠れていようと一緒ではないか。
そう、思うままに口にしたらまた川田に馬鹿にされそうなので何も言わなかったが。
「地図の端はダメだ、距離が離れすぎると不安になる。その上で誰も寄り付く事すらしなさそうな、何の役にも立たなそうな場所」
まだわからない顔をしている斗貴子に、川田は最後のヒントを提示した。
「弱者にはどんな連中が多い? 大人も子供も一緒くたに放り込まれてんだ。なら子供の方が弱いに決まってる。そんな子供にとって馴染みも深い、部屋数も多く、敵を迎え撃つ為の仕掛けもしやすい。外から見れば極めて単純な造りだが、実際は案外複雑に出来てる建物」
何かを思いついたのか、地図を引っ張り出してそれを見直す斗貴子。
「地図に描かれてる場所なら、場所を忘れる心配も無い。地図に印なんてつけたら、万が一殺しを考える奴に奪われた時最悪だからな」
じっと地図を見つめる斗貴子。
確かにある。川田の言う条件にぴったりの場所が。
災害時の緊急避難先にすら指定されるような、こんな時の為の最高の避難場所。
「学校……だな。確かに、あそこは避難場所としては最高だ。それと気付いてなければ全く無意味でわざわざ行こうとも思わないしな」
ようやく理解が得られた所で川田は次の話にうつる。
「あくまで予想だがね。それでだ、もし人が居るのがわかったなら、そこに居る奴を完璧に殺す。いいか、パーフェクトにだ。一切の反撃を許さず、一瞬でカタをつける。その為に必要な事は?」
事が戦闘に関わるならば斗貴子は極めて優秀だ。
「敵の情報。誰を見つけてもまずはそれを見極めてから判断しろ、そう言いたいんだな」
だが、川田にとってその答えではまだ不足だったらしい。
「それだけじゃ完璧には殺せない。こちら側が一方的に相手の情報を得られる状況を立ち上げないとな」
肩に背負ったライフルを担ぎなおす川田。
「主道を避け、裏道を使い走って移動する。都度休憩を取り疲労を溜めない。当然だが移動中は無駄口を叩かない。休憩のタイミングは俺が指示する。何か質問は?」
さりげなく指揮を自分がやると川田は言っているのだが、その役割分担を斗貴子は自然に受け入れた。
「索敵は基本的には私の役目だな」
あっさりとした斗貴子の返答に、僅かだが意外そうな顔をする川田だったが、静かに頷く。
「そこまでわかってるならこれ以上の説明は不要だな。行くぜ」
二人は第一攻撃目標である学校を目指して夜の街へと走り出した。

赤木シゲルと泉こなたの二人は食い入るようにパソコンのモニターに見入っていた。
【Dr.伊藤】を名乗る何者かからのオンライン麻雀を介したコンタクト。
「どうする?」
こなたの問い。答えは決まっている。
「OKだ。新しい参加者を加えて麻雀を楽しむとしよう」
ぴろーん。
許可の合図を送ると【Dr.伊藤】が卓を囲むメンツに加わる。
「クククッ、泉、俺の言う通りにちゃっととやらで会話を試みてくれ」
「了解。……ねえ、これもしかして物凄く危ない橋なんじゃないかな?」
「そうだな。なら止めるか?」
少し考えた後、こなたは真顔で言った。
「渡るなって言われてる橋を渡る時は、端をこそこそと通るんじゃなくて、真ん中を堂々と通るもんなんだって。一休さんが言ってたよ」
赤木は歯を見せ愉快そうに笑う。
「うまい事を言うな……まずは『少ししたら用があるから、ゲームが止まるがそれでも構わないか?』と言ってみてくれ。出来るか?」
「お安い御用♪」
こなたが言われた通りに画面に打ち込むと【Dr.伊藤】からの返事が返ってくる。
『もちろんだ、大事な事だからな』
こなたが赤木の方に振り返る。
大きく頷く赤木。
これでこの【Dr.伊藤】が放送の存在を知っている事がわかった。
無関係な第三者ではない、モニターの向こう側の人間は、おそらくこの件に関わりのある人間だ。
そしてそれを隠そうとしていない事も。
赤木は次々とこなたに指示をしていく。
『時間も遅いが、明日仕事は大丈夫なのか?』
『例のイベントの真っ最中だよ? 大丈夫な訳あるもんか。実は今も仕事の合間だよ』
『いいのかい?』
『実は今うまい事仕事が空いてね。こんな機会はもう二度と無いだろうから、せいぜい楽しむとするよ。チャットも大歓迎さ、何でも話してくれていいよ』
『イベントね。アンタは何をやってるんだい?』
『主軸を担っている自覚あるよ。何なら少しぐらい特秘事項リークしてやろうか? 何、どうせ幹部は私達のこんな遊びサイトまでチェックはしてないだろうさ』
お互いそれと気付いていないが、双方の利害は一致している。
驚く程スムーズに話は進んだ。
『そいつは凄い! 不思議でならなかったんだが、首輪なんてちょっと詳しい奴がいじればアレ簡単に外れないか?』
『ははっ、それは無理だよ。あの首輪は霊的に守護されている。まずはそいつを祓うなり何なりしない事にはね』
あんまりなお返事に天を仰ぐこなた。
霊だのなんだのと平然と言ってくるとは思わなかった。
御祓いなんて、どうやって……とそこまで考えてこなたははたと気付く。
慌てて紙とペンを取り出してそこに文字を書き記す。
『友達のかがみとつかさが実家が神社で巫女さんやってるって。もしかしたら御祓いのやり方知ってるかも。二人共参加させられてるから、何処かに居るはずだよ』
赤木は静かにこなたの肩を叩く。
「良い手が来た時程冷静に……だ」
【Dr.伊藤】との会話は続く。
『なんだよそれ、もっとテクニカルに守られてるんじゃないのかよ?』
『付け外しの技術だけなら大した事はしてないよ。霊的防御さえなければ、継ぎ目に鋭利な金属でも当てて押し込んでやるだけで、割れるように開く程度のものさ。それで爆発するような事も無いしね。大体、他の機能山盛詰め込んでるんだ。
そんな所に割く余分なスペースは残って無いさ』
『他の機能?』
『スタンド適正の付与、エネルギー抑制機能、この二つをあのサイズに詰め込むのに、どれだけ苦労したと思ってるんだ。盗聴機能外せればもっと楽出来たってのにねえ』
今一理解しずらい単語であったが、重要な事に思えたので二人はこの言葉を一字一句間違いのないよう記憶した。
『盗聴なんてするぐらいだったら、会場のそこら中に隠しカメラでも仕掛けておけばいいんじゃない?』
『二十四時間体制で無いと意味無いんだぞ? 誰がその無数の隠しカメラ監視するんだよ。人数分の盗聴器ってだけで既に手一杯どころか人足りてないって』
『もしかして、盗聴も二十四時間体制維持出来てない?』
『内緒だぜ。録音はしてるけど内容確認は要所要所だけさ。全部チェックなんてしてないよ。ちょうど開始から二十四時間。生存者分だけでも確認するのに全部で五百時間近くかかるんだから、やってられないって』
何とも人間臭い返答に、こなたは苦笑する。
『大変だねぇ』
『そりゃ戦闘員は多いさ。だけど低級の改造人間は判断能力に乏しいからねえ、機転もきかないし。この手の監視作業は改造前の人間に頼るしかない。BADANの構造的欠陥の一つだよこれ』
『そんなんじゃ参加者にやり返されないか? めちゃくちゃヤバイ奴集めたって聞いたぜ?』
『確かに首輪さえ外せれば城のある、地図外へはいける。でもそいつは例の雷雲の中だ。あれを雷の直撃食らわずに抜けるにはそれこそ時速六百キロは出るマシン使わないと不可能だよ。やれるもんならやってみろって』
こなたは少々投げやりになりながら呟く。
「竜の巣だー」
『だとしても、首輪外されたらマズイだろ。参加者でそういう事してる奴って居るの?』
『居るねぇ。骨のある奴ばかりで鬱陶しいったらない。一人、霊的防御突破した奴居るしな』
『マジ!?』
『ま、他に大した力も無い女の子だから心配は要らないだろうがね。手強いのに守られてはいるが、放っておけばすぐに殺されるさ』
そこまで話した所で赤木が時計を確認すると、もう放送一分前になっていた。
「泉、時間だ。一度引くぞ」
「うん」
放送の時間が近い旨を【Dr伊藤】に伝えると、彼も了承して麻雀はお開きとなった。

パピヨンは勝の死体があると思しき場所まで戻りながら、口を利く剣、デルフリンガーと会話をしていた。
『……おでれーた。あんた人間じゃないんだ』
どうやらこの剣は持ち主がどんな存在なのかわかるらしい。
話が早くて助かる。
「人間じゃ無いのはお前もだろ」
パピヨンの返事が愉快だったのか、鞘の飾りをかたかたと鳴らして笑うデルフリンガー。
『で、DIOはどうした?』
「死んだ」
『なんだってーーーー!? 何てこった、良い奴だったのに。冥福をお祈りするぜ……んで、アンタは?』
「パピヨンだ。お前にはこの場で知っている事を話してもらおうか。どんな時でも情報は貴重なんでな」
横柄な言い方だったが、ただのインテリジェンスソードと馬鹿にせずに、すぐにパピヨンが名乗り返してくれた事でデルフリンガーはこいつを許してやる事にした。
デルフリンガーが元居た世界ではしゃべる剣の存在自体はあまり珍しくなく、デルフリンガーが今の主人に出会う前までは武器屋で小汚い粗大ゴミ扱いされていたのだ。
『知ってるも何もほとんど鞘の中だったからなあ。そういやサイトって俺っちの相棒知らないかい? ああ、後ルイズって娘っこも居るみたいなんだが』
パピヨンが記憶を辿ると、どちらもその名前に聞き覚えがあった。
「聞いた名だな。どちらも既に死んでいるらしいが」
今度はDIOのそれを知った時の比ではない。
とんでもない大声で叫ぶデルフリンガー。
『何だとーーーーーーーーーーーーーーーー!! 相棒も娘っ子も死んじまったってのか!? 冗談だろ! 相棒はガンダールブなんだぜ!? どうやってそんな奴殺すってんだよ!』
「やかましい。がんだるだかカンタムロボだか知らんが、死んだものは死んだんだろう。俺がやった訳じゃあるまいに文句を言うな」
デルフリンガーは刀身を震わせて嘆き悲しむ。
『ちくしょう、なんてこった……相棒よう、お前は強情で見栄っ張りでガキ丸出しだったが、俺は気に入ってたんだぜ……成仏しろよな』
どうやら大して役に立つ事を知ってそうではない。
騒々しい分マイナスだ。
しゃべる道具に使える物は無いのか。と、先ほど出会ったしゃべる鞄を思い出してそんな事を呟くパピヨン。
『ちっと目を離した隙によう。きっと武器も無い状態で殺し合いさせられたんだろうなぁ、俺が側に居てやれりゃこんな事には……』
愚痴愚痴と溢すデルフリンガー。
何故だろう。何故だか無性に泉の顔が見たくなってきた気がする。
バカバカしいとそんな感傷を一笑に付すが、それでもどうしてだか落ち着かない。
デルフリンガーが鬱陶しく愚痴っているのも気にならなくなった。
それよりも、妙に胸がざわつくこの感覚の方がよっぽど気になる。
そこで、パピヨンの耳に定時の放送が聞こえてきた。

ビルの屋上、見通しの良いそこで動く人影を探していた覚悟は、絶望的な放送を聞いてその場に俯いていた。
つい先ほど別れたばかりの綾崎ハヤテ。
ヒナギクを託した彼の訃報は、完膚なきまでに覚悟を打ちのめした。
そして、病院組で生き残っている二人の内の一人、吉良も亡くなったという。
目の前に居ても守れず、目を離してもまた守れず。

それでも、それでも尚!

覚悟の膝は折れてくれなかった。
その背中をまっすぐに伸ばして前を見る。

それでも守り、救うのだ!

自らに厳しく生きてきた半生が、零式防衛術への誇りがここで立ち止まる事を覚悟に許さない。
やるべき事、やらなければならない事は多く、そして達成は困難を極める。
絶望的な勝率に挑み、敗れる都度深く傷つき、後悔と自責に苛まれる事がわかっていても。

『倒れていった皆が見ている。その前で、戦う事を諦めるなど出来ようはずがあるか!』

悲しみを、怒りを、前へと進む足に込める。
父より零式防衛術を学び、その言葉通りに生きてきたが、覚悟はその父より賜った言葉の重みを、真の意味で理解しえた気がした。

そうして前を向き続ける者のみに、勝利の光明は差し込んでくるものなのかもしれない。
頭を上げた覚悟の視界の片隅に、僅かに動く人影が見えた気がした。
距離がありすぎる為、何者かはわからないが、その向かった方角はわかる。
覚悟は、一心不乱にそちらに向かって駆け出した。

放送を聞き終わると、パピヨンは気難しそうに小首をかしげる。
ナギが死んだ。しかし独歩も泉も生きている。そしてついさっき出会った三村が死に、一緒に居たジョセフは生きている。
綾崎ハヤテは行方不明になったまま死んだ。DIOは倒れたが、彼のような殺しに乗った凶悪な能力を持つ人物はどうやら他にも複数居そうである。
ついでに、泉の知り合いである柊つかさも死んだらしい。
「…………。」
やかましいデルフリンガーは鞘に入れて紐で縛ってある。散々文句を言ってきたが、また三村の時のように無駄口に邪魔されては敵わない。
小首を傾げたまま、うろうろとその辺を歩き回り、ふんっと鼻を鳴らして行くべき道を行こうとするが、その足が止まってしまう。
何度も何度も、行ったり来たりを繰り返し続けるパピヨン。
「あーっ! くそっ! 気になる!」
ぐだぐだ考えてるぐらいだったら、確認した方が早い。
パピヨンは近くの民家に押し入り、中にある電話機の前に立つ。
受話器を手に取り耳に当てると、どうやら繋がっているらしく、例のつーという音が聞こえた。
すぐに電話機を置いてある台の所にあった電話帳を引っ張り出し、微かに名前を覚えていた喫茶店と、この地図上にある学校の電話番号を調べた。
まずは喫茶店にかける。
数分待つも、誰も出ない。
ナギが死んだ事から考えるに、何者かの襲撃を受けたか。
ならばと今度は学校に電話をかける。
おそらくかかるのは職員室だろう。ならば気付かない可能性も高い。
それでもパピヨンは、かけずにはいられなかったのだ。

放送が終わると、泉こなたは椅子に座って呆けた顔で彼方を見ていた。
つかさ、そしてたった今別れたばかりのナギ、行方をくらましていたハヤテも死んだという。
信じられない。こんなにあっさりと人の命が失われていいものなのだろうか。
せっかく首輪を外す希望が見えてきたというのに、一緒に帰るべき人間が次々と死んでいく。
隣に居る赤木は、こなたの様子を見て確認の為に問いかける。
「状況の確認をしたいんだが……出来るか?」
「…………ごめん、ちょっと無理」
赤木はその部屋の正面にある黒板にチョークで文字を書き始める。
「泉、言っておくがお前のそれは、時間が経てば落ち着くなんて類の症状じゃないぞ。そいつを期待してるんなら……諦める事だな」
ぎこちなく顔を上げるこなた。
「そ、そうかな?」
赤木はこなたの方を見ようともせずに黒板に文字を書き続ける。
「それが出来るのは、自らが寄って立つ何かを持った心に芯のある人間だけだ。そうでないあやふやな立ち位置の人間がそんな事したら、余計落ち込んで何も出来なくなるだけだ」
思いやりの欠片も感じられない赤木の言葉に、さすがのこなたも非難じみた声をあげる。
「じゃ、じゃあどうすればいいのさ」
手を止め、振り向く赤木。
「生き残るのに必要な事だけ考えて、他は全て無視しろ。ベストでないにしても、お前にとってはベターな選択肢ではあるさ」
何ともやるせなさそうな顔になるこなた。
「……そんなの、つかさやナギちゃんやハヤテの事無視するなんて出来ないよ」
「クククッ……今のお前が、知人の死を正確に受け止めてその上で自分を見失わない方が、よっぽど難しいだろう?」
引き続き黒板への記入を始める赤木。
「一番大事なのは、お前がお前である事をいかに見失わないか……どんな時でも、何が起ころうとも。そうでないと、あの女みたいになる……」
硬く握り締めた震える両手を見下ろすこなた。
「ずっと……誤魔化して……色んな事考えないようにして……そうやってきたけど……本当にそれでいいの?」
「ククククッ、駄目に決まってる」
驚く程素早く即答する赤木に、こなたもすぐさま聞き返す。
「どっちさ」
「良い悪いだの、善悪だのはお前がうまくやる事とはまるで別の問題……そこを履き違えるな。さて、状況の説明だが……」
赤木のこの場での目的は、こなたの気を紛らわせ、少しでも早く状況に立ち向かわせる事。
それには第三者との会話が一番。
話の内容は実は赤木がどうしてもこなたに伝えたいと思った事柄でもなんでもない。
ただ、彼女が返事せずにいられないような、そんな話を振っていただけだ。
だからといって嘘を言ったつもりもない。
つまるところ、赤木は落ち込むこなたを励まそうとしたという事だが、それはあまりに赤木的すぎてその意図がこなたに伝わる事は無かった。
しかし、赤木の目的は果たされたようで、あまり乗り気でないながらもこなたは赤木の話を聞こうとしていた。
そこに、遠くで鈴虫が鳴くようなか細い音で、りーんという古めかしい電話の鳴る音が聞こえてきた。

イライラしながら受話器を握り締めるパピヨン。
こんな真似をするぐらいだったら、素直に喫茶店なり学校なりに行った方が早いのではないか、などと後悔しながら電話機の台を忙しなくトントン叩く。
結構な時間そうしていたパピヨンは、ついに苛立ちが頂点に達したのか、持っていた受話器を電話機に叩きつけてやろうと振り上げる。
『……誰だ?』
高らかと掲げた受話器から、そんな声が漏れ聞こえてきた。
驚いてそのまま落っことしそうになるも、何とか持ち直すパピヨン。
「そこは学校だな? 俺の名はパピヨン、お前は?」
『クククッ……赤木しげる。喫茶店では世話になったな』
「大した世話した覚えは無い。お前だけか? 他の連中は?」
『居るが……わかった、わかったから袖を引っ張るな。待て、今代わる』
何やら揉めているらしいが、少しすると今度は女性の、電話越しでもわかるあの声に代わった。
『はろー! ぱぴよん元気ー!』
嬉しそうな泉の声。
「ああ、そっちも大事無いようで何よりだ」
『あー、まあ色々あったけど、私は元気だよ。パピヨンは? 怪我とかしてない?』
心配されるのが、鬱陶しいと感じない。それより、何というか、少し、嬉しい、かも、しれ、ない。
「誰に言っている。蝶人パピヨン様をどうこう出来る奴が居るものか」
『うわ、言い切ったよこの人。それでも早くこっちにおいでよ。実はさ、すっごい重要な事がわかったんだ』
目的は既に果たされた。それでもまだ話し足りない。
「ほう、それはここで話せないような事なのか?」
『ふふふふふ、合流してのお楽しみだよ』
イカン、本気で楽しみになってきた。
「そうか、じゃあそれを楽しみに戻るとしよう。そこには赤木だけか?」
『うん。追々独歩さんとかも来ると思う』
泉の口調が変わった。やはり何か嫌な事があったのだろう。
「何か土産でも持っていくか? そこらのスーパーにでも寄って適当に何か持っていくぞ?」
『え? いいの?』
そんな声聞きたくない。お前は何時でも嬉しそうにしていろ。
「蝶特急便だ。滅多に無い事だからありがたくオーダーしろ」
『えーっと、じゃあポテチと炭酸なんでもいい。それとアイスー』
食事より菓子か、まったく、仕方の無い奴だ。
「適当に見繕っておいてやる。他に注文はあるか?」
『うーんとね、待ってね。今考えるから、えっと……』
別に焦らんでもいい。お前は、ただそうやって話してくれているだけで、充分なんだ。
『そうだ! 一つ注文!』
「なんだ?」
またどうせ下らんものなのだろう。まあいい、もののついでだ。何でも持っていってやるさ。
『えっとね、仲良い友達は私の事泉じゃなくて、こなたって呼ぶんだ。だからパピヨンもそうしてよ』
「何?」
何?
『そのほうが何か収まりが良いっていうかね、何かそんな感じなんだ』
お、おいおい。何が仲が良いだ。お前、何言ってるんだ。
「別にその程度構わんが……確か、下の名前は……」
知ってる。泉こなただ。
『あー! もしかして忘れた?』
「こなた。泉こなただな」
忘れるものか。この天才がそんな簡単な事忘れるはずなかろうが。

『ちっちっち、違うよパピヨン。こなたっ♪ もっと愛を込めて!』

噴き出してしまった。
「お前……それが言いたかっただけだろ」
楽しそうに笑う泉、いや、その、こなたの声が聞こえてくる。
何だ、何故こんなに顔がにやける?
くそっ、くそっ、何なんだ。俺は一体どうしたというんだ。


『バカンッ!! ッザーーーーーー!!』


不意にそんな轟音が受話器から轟いたかと思うと、通話の切れた合図であるモールス信号のような規則正しいツー音が聞こえてきた。
「おいっ! 何だ今のは! おいこら泉! 返事しろ!」
通話の状態がこうなっては、向こうに聞こえるはずがない。
それでもそう言わずにはおれない。
「泉! 何があった泉! あー、もうこなたでも何でもいいから返事しろ!」
冗談でやってるのでは?
「答えろと言っている! いい加減にしないと怒るぞ!」
泉はこんな状況を弁えないような真似はしない。
ならば、本当に向こうで何かが起こったのだ。
「クソッ!」
受話器を電話機に叩きつけると、家から飛び出す。
周りの物が目に入らない。
とにかく一秒でも早く学校へ、それしか考えられなかった。

川田章吾は予想以上の轟音に、顔をしかめていた。
「何だこれ? ライフルにしちゃゴツすぎるとは思っていたが……」
学校を一望出来るビルの一角に陣取り、長大なライフル、ハルコンネンを使って狙撃を試みた川田は、再度スコープを覗き込む。
「……壁まで崩れ落ちてるじゃねえか。おーおー、煙まで噴いて。ひでぇな、これじゃ当たったかどうか何てわかりゃしねえよ」
とにかく賽は投げられたのだ。後はフロントの斗貴子に任せて、川田は川田のやるべき事をやるだけだ。



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