見えない俺から君に打ち明ける ◆hqLsjDR84w



 劉鳳はんとの移動中。戦闘音が突如耳に入った。
 気のせいなどではない。バイクの後部座席に座る劉鳳はんの反応を見れば、一目瞭然。
 戦闘音の発生源は、西側。すぐに向かおうとするが、生憎繁華街の中心部。
 狭い路地が入り組んでいるので、バイクで向かうのにはかなりの運転技術を必要とする。
 しかし、チンタラやっている場合は無い。早く、早く向かわねばならないのだ。
 ほんの少しだけ迷って、すぐに決断する。

「劉鳳はん、この細い路地をバイクで速く移動するのは厳しい! バイクはここに置いとくから、声のした方まで走るで!」


 というわけで、バイクをその辺の民家に立てかけて向かってみれば、ボロボロの男が二人。
 一人は俺よりも年下に見える少年。もう一人は俺より年上に見えて、アミバはんと比べても優劣決めがたいほどに筋肉ムキムキの男。
 少年の方は地面に腰掛けているが、男の方は寝転がっている。いや、あれは倒れているのか?

 少年の方が、倒れている男に手を伸ばす。
 すると、二人の間に現れるこれまた筋骨隆々な三人目が現れる。否、あれは違う。人ではない。背後霊のようなもの。名前は『スタンド』。
 殺人鬼である吉良吉影が、アミバはんを殺した男が持っていたものと同じ。
 スタンドがその手を掲げ、それを振り下ろさんとしている。考えるまでも無く、対象は明らか。倒れている男。
 ならばスタンドの持ち主は? それもまた考えるまでも無い。倒れていない方の少年。

 倒れている方の男は、迫る拳を回避する余裕も、受け止める余裕も無さそうなのが、遠目から見ても明らか。それだけ満身創痍。
 そんな男に拳を叩き込む。それも、人間の力を遥かに凌駕する力を持つスタンドの拳をだ。
 トドメを刺そうとしているのか? はたまた吉良吉影のように、触ったものを何かに変える能力があり、それを行使する気か?
 そういえば、アーカードと名乗った吸血鬼もスタンドを使っていた。頭にディスクを差し込んだら、金色のスタンドを呼び出したのだ。
 また、俺は何も出来ないのか?
 先程の放送で、アーカードの名は呼ばれなかった。
 『キャプテン・ブラボー』も呼ばれなかったが、もとよりそんな名は名簿に載っていない。即ち偽名である。
 何故偽名を名乗っていたのかは不明。
 放送で名が呼ばれても悲しませないためとも考えられるが、それは所詮推測の域を出ない。本当の答えは、キャプテン・ブラボーしか知らない。
 何にせよ、アーカードは呼ばれなかったのだ。
 どうポジティブに考えようとしても、キャプテン・ブラボーは死んでいる――その結論に至ってしまう。
 何故、死なねばならない。
 タバサ、キャプテン・ブラボー、アミバ、面識は無いが工藤が出会った志村新八もだ。彼等四人が何故殺されねばならない。
 みんな、このふざけた殺し合いに乗らず、現状をどうにかしようと抗っていた。
 しかし、全員殺された。
 スタンドを持った人間――吉良吉影曰く、スタンド使い――に殺された。
 そして今、目の前にスタンド使いがいる。スタンドが発現している。
 倒れている男――どう見ても決着はついている――に、スタンドがその拳を振り下ろそうとしている。
 またスタンドが、スタンド使いが命を奪おうとしている。
 吸血鬼がしたように、殺人鬼がしたように、命を奪おうと。
 させてなるものか。止める、止めてみせる。
 そうだ、俺は決心したんだ。
 もう被害者は出さない。その為ならば、手を汚すことも辞さない。そう、心に決めたのだ。

 スーパー光線銃を取り出し、スタンド使いの少年に照準を合わせる。
 しかし、どちらが先に攻撃を仕掛けたのかは分からない。
 もしかしたらスタンド使いの少年は、襲い掛かってきた男を断罪しようとしているだけなのかもしれない。
 ならば、どうする? 考えている間に、スタンドは動こうとしている。
 そうだ、まずは両方とは離れた場所を撃てばいい。警告の為に。殺し合いに乗っていないのならば、こちらに何らかのアクションを起こすはず。
 このスーパー光線銃には、幸いにも弾切れというものが存在しないのだから。

 引き金に手を当て、そのまま指に力を込める。
 銃口より射出された光線は、目標どおりの場所を穿った。
 同時に――そこにガソリンのような、可燃性のものが撒かれていたのだろうか――炎が燃え上がり、その炎が少年を巻き込んだ。

 驚愕した。そんなはずじゃ無かった。俺は、まだ加害者と断定できていない少年をそんな目にあわせる気は無かった。
 そう思っていると、さらにショッキングなことが起こった。
 炎の中の少年の操るスタンドが、倒れている男を殴り飛ばしたのだ。ここから見ても分かるほどに、その行動には躊躇が感じられなかった。
 そういうことか、どうせ死ぬなら道連れにしてやる――ということか。吉良吉影のように。
 劉鳳はんもそのことに気付いたのだろう。舌打ちをして、彼のアルターの名を叫んだ。

 想定外な事態だったが、少年――いや、殺人鬼が炎に呑み込まれてしまったのは幸運だった。
 いま構成されたばかりの絶影ではいくら速かろうと、殺人鬼に追いつくまでに結構な時間を使ってしまう。それでは、被害者の男が殺されてしまうかもしれない。
 だが、炎のせいで動きがスローになっている状態ならば、大した狙撃の経験の無い俺でも当てることが出来る。

 さらに動きをとり辛く為に、まずは足に照準を合わせ、指に力を込める。

 殺人鬼の左膝から先が千切れて、殺人鬼はそのまま倒れた。しかし、スタンドは未だ健在なようで。
 必死に両の拳をアスファルトに叩きつけている。飛び散る破片で被害者の男を攻撃する気なのか。
 そこまでするというのか……。殺人鬼に対する何とも言えない嫌悪感が、全身を走り抜けていく。
 今度は右手を落とす。もう終わってくれ。
 しかし、未だ止める気は無いようだ。左拳で必死にアスファルトを殴り続けている。
 そんな状態で、いったい何をする気なんだ。

「なあッ!?」

 つい驚愕の声が漏れる。同じくそれに気付いた劉鳳はんもギリ……と、歯を噛み締めている。
 先程まで砕いていたアスファルトの破片、それが連なり壁を形成していたのだ。
 吉良吉影のスタンドが『物質を爆弾とする』ように、あのスタンドは『物質を別の形に組みかえる』ようだ。
 何のためにあんなことを? 考えるだけで虫唾が走る。
 あの影にいるのは、先程殴られて吹き飛んだ被害者の男。彼を作り上げた壁で押し潰そうというのだろう。
 殴り飛ばされる前から既に満身創痍に見えた。その後もう一発殴られた状態では、倒れてきたあの壁を避けることなど不可能だろう。
 その為にひたすらアスファルトを殴り続けていたのか……そうはさせるか、させてたまるものか。
 もう、一刻の猶予すら無い。確実に、そして早急に死に至る部位――背を狙う。
 引き金を引こうとして、一瞬だけ指が動かなくなった。
 全身を炎に包まれ、片足と片腕を失い、すぐに死に至る男にトドメを刺すことへの躊躇……なのだろうか?
 だが、そんなことしている場合ではない。あの殺人鬼の息の根をすぐに止めねば、被害者の男が死ぬのだ。
 躊躇など――――するものかッ!!
 トドメは確実に刺す。その為に二度、指に力を込めた。

 しかし、それでも――十分過ぎるほどに致命傷なのにもかかわらず、スタンドは消えない。
 スタンドがあるということは、男もまだ生存ということだ。
 だから撃つ。まだスタンドが見える、撃つ。まだある、撃つ。まだ、撃つ。まだ、撃つ。まだ、撃つ。
 何度指に力を込めたのだろうか。
 気付いたらスタンドは消失し、殺人鬼は、炎の中でまるで砂の城の様に崩れてバラバラになっていた。

「はァ……はァ……――――」

 それを確認したと同時に、全身から大量の汗が流れ出てきた。
 人を殺した。二度目だ。全ては、もう被害者を出さないための行い。自分が誰よりもそのことを認識しているのに、震えが止まらない。
 これが世に言う、人を殺したことの重圧なのだろうか。
 ああ、何人もの悪を断罪してきたという劉鳳はんはやっぱり強いな。アルターの絶影だけではなく、重圧に耐えられる心が。
 俺はこの重圧に耐えられるのだろうか。いや、耐えてゆかねばならない。
 もう殺し合いに乗った者達によって、殺し合いを良しとしない者が殺されないように。殺された者の知り合い達が、悲しまない為に。
 殺し合いに乗った者で、説得不可とみなした者は、殺さなくちゃならない。
 そう思うと、いつのまにか流れていた汗はすっかり引き、震えも止まっていた。

「よくやってくれた。壁の向こうに、被害者がいる。息はあると思うが……迅速な処置が必要だ。民家に立ち寄るべきだろう」
「ああ、そうやな。放送も近いから、早く灯りのある場所に行かなあかんしな」
「幸い、ここは繁華街の一角だ。周囲に民家や店がいくつもある。その内のどれかに入ろう。
 先程まで乗っていたバイクを絶影で持ってくるから、少し待っていてくれ。ああ、被害者の男に声をかけて、状況の説明を頼む」

 劉鳳はんはそう言うと俺の了承も待たずに、すぐ隣に呼び出していた絶影と共にバイクを置いてきた場所に走っていった。

「さて……と」

 少しの間、小さくなっていく劉鳳はんの背中をぼうっと見ていたが、すぐに立ち上がる。
 そして被害者の男の下へ向かうために、足を踏み出した。


 服部平次が、アスファルトで出来た壁の無効に倒れているはずの男――ジョセフ・ジョースターの下へ向かう途中。
 足元がやけに滑りがいいことに気付き、地面を指でなぞる。
 灯りが無いためにそれが何色なのか分からず、より近くで見ようと指を近づけて、服部は鼻につく独特の臭気に顔をしかめた。
 指を顔に近づけたことで、強烈な独特の臭いに鼻孔を刺激されてしまうハメなったが、そのおかげで服部は地面を覆う物質の正体を見定めることが出来た。

(これは、コールタール……! 光線銃を撃ったとき男が炎に包まれたのは、これのせいやな……。
 しかし、なんでこんなもんが地面に撒かれとるんや?)

 しかしその疑問を服部が抱いていたのは、ほんの少しの時間だけであった。
 すぐに「どうせ誰かの支給品なのだろう」という結論に至ったのだ。
 彼が最初に出会った青髪の少女――タバサの支給品が液体窒素であったのを知っていたから、コールタールが支給品でもおかしくは無いと判断したのだろう。
 コールタールが散布されているために、服部は滑る足元に注意してアスファルト製の防護壁まで歩く。
 また、服につけば当分の間臭いが取れないので、そのことにも注意は忘れない。
 とはいえ、もともと暗闇の中で目視可能な距離まで歩くだけなので、大した時間はかからなかった。

(この裏におるんやな)

 そんなことを考えながら、三村信史が死ぬ寸前に力を振り絞って作り上げたアスファルトの壁に目を向ける。
 探偵としての本能か、その壁を調べてみたい欲求に駆られるが、それを抑える。
 壁の向こうにいるはずの、先程まで殺人鬼に襲われていた要救助者の元にいち早く向かうために。

 服部は、その足を踏み出した。ただ救助するために。ただ、善意故に。
 瞬間、彼の視界がグルリと、上下逆転した。
 彼が、その理由を何者かに投げられたからだと気付いたのは、コールタールまみれの地面に背中を叩きつけられて数秒ほど経過した頃だった。

「テメェが……テメェがシンジを……ッ!!」

 立ち上がった服部の視界に入ったのは、全身ズタボロで左手が曲がってはいけない方向に曲がってしまっている男――ジョセフ・ジョースター。
 全身にコールタールが付着して、さらに夜中であるために表情が読み取りにくい状態でも、その表情が怒りに染まっていることは自明であった。
 勿論服部もそれに気付いた。
 そして、その理由を『先程まで殺人鬼に襲われていたために、錯乱している』と判断した。
 ならばどうするか……少し考えて、結論を出す。

 一種のショック療法を試みる。
 錯乱しているのならば、一度何らかの大きなショックを与え、現実に引き戻せばいい。
 それが服部の導き出した結論。
 大きなショック……少し考えると、服部はポケットに収納したスーパー光線銃に手を伸ばし、そのまま腕を上に伸ばす。
 そして銃口を上空へ向けたまま、指に力を込めた。射出された光線はまるで月に吸い込まれていくかのように空へと昇っていき、少し立ってから見えなくなった。
 服部が上を撃ったのは、別にどこを撃っても良かったからというわけではない。
 コールタールが撒かれている地面に撃つと、ジョセフと背中にコールタールが付着した自分に引火しかねないので、銃口を上空に向けたのだ。

「落ち着いてくれたか?」

 先程まで右の拳を握り締めながら服部を睨みつけていたジョセフは、今ではその顔を地面に向けて、一言も喋らない。
 落ち着きを取り戻したのだろうか?
 服部がそう思った矢先に、ジョセフは服部の方に駆け出した――右手を掲げながら。

「ッ!?」

 服部が驚愕する。ジョセフの表情は見えないが、彼の右拳が服部を狙っているのは明らかだった。
 咄嗟に横に飛ぶことで、ジョセフの拳を回避する。
 そのまま足を止めずに距離を取ろうとするが、コールタールに足をすべらせ、五メートルほどしかジョセフとの距離が空いていない場所で倒れてしまう。

「お、落ち着いてくれ! なんで、そんなに錯乱してんねん!?」

 ジョセフは先程まで服部がいた場所で、静かに倒れている服部を見下ろしている。
 未だジョセフが襲い掛かってくる理由の分からない服部は、錯乱しているものだと信じ込み、現実に引き戻そうと声をかけ続ける。

「錯乱? はッ! スゲェ冷静だぜ。冷静に怒ってるのさ、アンタに対してな」
「どーいうこっちゃ!?」
「テメェの心に聞いてみやがれェェエエエーーーーッ!!」

 ジョセフは状況を把握しきれていないという様子の服部を一蹴し、右拳を掲げて走り出す。
 その態度に、服部は考えを改める。

(この様子……。もしかしてあのスタンド使いの少年と、目の前の男は両方とも殺し合いに乗っていたのでは……?)

 その考えが今まで浮かんでこなかったことに、服部は胸中で舌打ちする。
 とりあえず距離を取ろうと服部は立ち上がろうとするが、全身コールタールまみれで、さらに焦りのせいで体が思うように動かず。再び滑り、地面に膝を着く。
 対してジョセフは波紋でコールタールを弾きながら移動しているために、普通の地面と変わりない速さで、服部との距離をつめていく。
 どんどん近付いてくるジョセフをスーパー光線銃で撃つことは、銃の素人の服部にも可能だろう。
 しかしスーパー光線銃本体も、服部自身もがコールタールまみれな現状では、それは危険すぎる。
 ポケット内の核鉄を取り出して武装錬金を展開しようにも、黒色火薬の武装錬金『ニアデスハピネス』もまた現状では危険。
 携えていた木刀正宗は、最初にジョセフに投げられた時点で、手放してしまった。
 だから銃をジョセフに向けるくらいしか、威嚇のしようが無かった。
 しかし、それでもジョセフは止まることは無く。
 服部は、ただ絶望するしかなかった。


 シンジがスタンドで作り上げたアスファルトの壁に背中を密着させて、息を潜める。
 聴覚を研ぎ澄ます。

 足音が止まった。
 少しして、再び足音が聞こえだしてきた。シンジの仇の足音が。

 もう少しだ。
 シンジをあんなに何度も撃ったんだ。おそらく最後の一人になる為に、トドメは確実に刺すタイプだろう。
 だから、絶対に俺の方に来る。俺の生死を確認するために。生きていた場合、俺を殺すために。
 その瞬間だ。その瞬間を狙う。
 その瞬間に、シンジの仇を投げつけ、コールタールまみれにしてやる。
 コールタールは波紋を通しやすいし、その臭いのおかげで逃げられても、すぐに発見できる。逃がすものか。

 足音が近い。おそらくあと七メートル、六メートル、止まった。
 壁のすぐ向こうで、止まっている。武器の確認か?
 力を込めて壁を押し倒せば、すぐに殺せるが、それはダメだ。
 シンジにあんな痛みを味わわせたんだ、絶対にブン殴ってやるッ!
 足音が再開。あと五メートル、四メートル、三メートル。今だッ!!

 右手首を掴んで、そのまま地面に投げつける。
 べちゃり。奇妙な音がひびく。
 失敗した。全身コールタールまみれにするはずが、背中にしか付いてねェ。

「テメェが……テメェがシンジを……ッ!!」

 しかし、もうバレちまったんだ。怒りを抑えて、息を潜めている理由は無い。
 堂々と姿を現し、マヌケ面引っさげて呆然としてやがる男に、言い放つ。
 俺が、テメェを投げた理由を。
 すると男は、銃を取り出した。
 上に向けて、何をする気だ……? 何か策があるのか? すると、そのまま空に光線を撃ち出した。見覚えのある光線を。
 イカレてるのだろうか、そんな考えが脳内に浮かんだとき、男は言った。

「落ち着いてくれたか?」

 ……そういうことかよ。
 俺にシンジを殺した光線を見せて、挙句の果てに落ち着いたかだと?
 はッ! そうか、嘗めてくれちゃってんのか。
 シーザーやリサリサ先生、そしてシンジがここにいたら、『怒るな』というだろうが、それは無理だぜ……!
 こんなモンを見せられて、怒らねェ奴はいねェ!!

 骨が折れていない方の右拳を握り、そのまま男の方に向かい、殴りぬける!

「ッ!?」

 すると、どうだ?
 あんな挑発してきたくせに、いざ攻撃されるとやたら焦ってやがる。
 情けねえ……。こんな奴が、シンジを……!
 右拳をさらに強く握り締める。

「お、落ち着いてくれ! なんで、そんなに錯乱してんねん!?」

 こんなことを言い出す始末だ。
 なんで錯乱してるか? テメェがシンジを殺したからだろうが……ッ!
 ただ、怒りだけが募ってくる。苛立つ。
 勝手に転んで全身コールタールまみれになっているから、地面を殴ることで波紋を伝わせられるが、それは断る。
 コイツは、一発ブン殴らなくちゃあ気がすまねェ!!

「錯乱? はッ! スゲェ冷静だぜ。冷静に怒ってるのさ、アンタに対してな」
「どーいうこっちゃ!?」

 まだ白を切る気か。
 やれやれ、本当にやれやれだ。付き合いきれねえ。

「テメェの心に! 聞いてみやがれェェエエエーーーーッ!!」

 足からは波紋を流し、滑らないようにしているが、腕には波紋を流さない。
 何故か。コイツに、波紋で気絶でもされたら困るからだ。
 コイツは想いっきりブン殴って、その痛みに悶えてもらう! 気絶なんかさせるかってんだ!
 あと二メートル。男は銃を構えるが、撃たない。
 シンジが燃えたところを見ていたのだから、当然か。

「思い知れェェェエエエエエエエーーーーーーーッ!!!」

 シンジの痛みを思い知らせる。ただその為に、拳を振るう。

 不意に、腕が動かなくなった。

 不思議に思い、腕を見ると――青いゴムみたいなものが巻きついていた。
 それが伸びてきた先を見ると、そこには銀色のスタンドと、青い服の男が立っていた。


 バイクに絶影の触鞭を巻きつかせ、そのまま絶影に担がせて移動していた劉鳳。
 一応バイクに乗ろうかとも考えたのだが、狭い路地でバイクを乗り回す技術を持ち合わせていなかったために、絶影に担がせているのだ。
 狭い路地をバイクを担いだ絶影が通るのは難しかったので、屋根の上を通らせたりさせていたので、彼にしては時間がかかったが、それでも普通の人間よりはかなり速く戻ってきた。
 その戻ってきた彼の目に映ったのは、今にも殴りかからんとするジョセフと、今にも殴られようとしている服部。

(あの男は、明らかにこの殺し合いに乗っていると思われる男と戦っていた。それが何故、服部に拳を向けている……?)

 一気に頭に浮かんでくる疑問。
 劉鳳は、すぐさまその疑問の答えを見出す。

(つまり、殺し合いに乗っていたのは服部が断罪した少年だけでなく、あの男の方も――ということか。
 殺し合いに乗った二人が、お互いの命を砕こうとしていたのか。あのアーカードと散のように! ちッ、毒虫が……!)

 あまりに短絡的な結論だが、もともと社会不適合者と見なした相手に対してはすぐに頭に血が上り、手がつけられなくなるタイプなので仕方が無い。
 アーカードや散と同じ。勝手にそう判断したことで、疲労もあったとはいえ彼等を断罪できなかったことを思い出し、さらに劉鳳の怒りは増した。

「絶影!」

 即座に己のアルターの名を呼び、持たせていたバイクを地面に置かせる。
 二本の触鞭は長い状態のまま巻き取らずに、ジョセフのほうへと伸ばす。
 宙を駆ける絶影の触鞭がジョセフの拳に一気に追いつき、二重三重に絡みついていき、その勢いを殺していく。
 数多の吸血鬼、四人の柱の男との戦いを越えてきたジョセフ・ジョースターの拳は、常人では目視することすら不可能なほどのスピードで服部に迫っていた。
 しかしその拳の勢いは、厚さ僅か数センチの触鞭によって完全に殺された。
 当然といえば、当然。
 ジョセフが吸血鬼や柱の男と激闘を繰り広げてきたように、劉鳳はロスト=グラウンドで無数の無法者――勿論ネイティブアルターを含む――を取り締まってきたのだ。
 だがジョセフはその事を知らない。だから一瞬、一見脆弱に見える絶影の触鞭に拳を止められたことに驚愕し、動きが止まる。
 とはいえ、あくまで一瞬だけ。
 アルターは知らないが、スタンドの知識をこの殺し合いに呼び出されてから得たジョセフは、絶影をスタンドと判断。
 ならばと、波紋の呼吸を試みる。スタンドは波紋を通す、そのことは実践済み。
 コオオオオォォォォォォォ。奇妙な呼吸音が響く。
 絶影を操る劉鳳と、絶影がジョセフを止めている間に距離をとろうとしていた服部の頭上に、クエスチョンマークが浮かぶ。

 いったい、この音は何だ? いったいどこから聞こえるのだ? ――服部の抱いた疑問。
 あの男は奇妙な音を立て、何をしようとしている? ――劉鳳の抱いた疑問。

 疑問の内容が違うのは、音源を見定めることが出来たか否かの差。
 かつてHOLYに所属していた時も、HOLY離反後も無法者を断罪し続けてきた劉鳳は、その豊富な戦闘経験から辺りに響く音がジョセフの口から流れてきていると気付いたのだ。

 劉鳳はジョセフに向けた視線を、一瞬だけ座り込んでいる服部に移す。
 口には出さないが、『今のうちに、そこから動け』という意味であることを服部は理解した。
 劉鳳が来たことによる安堵感により、それまでの焦りがほんの少しだけ消えた服部は、ゆっくりとだが滑ることなく移動を開始した。
 戦闘に巻き込まれないようにあえて劉鳳の方ではなく、その逆方向でもなく、路地の中へと入り込む。
 視線はあくまでジョセフに向けているが、そのことに気付いた劉鳳は、目配せに気付いた服部に心の中で感謝をした。

 警戒を怠らず、険しい顔を保っていた劉鳳。しかしその表情はすぐに崩れた。

「ッ!?」

 スタンドのように受けたダメージがそのまま本体のダメージとなるわけではないが、自立型アルターが受けたダメージはある程度本体へとフィードバックする。
 それ故、ジョセフの腕から、絶影の触鞭へと流れた波紋のエネルギーは、劉鳳へとフィードバックする。
 ジョセフの腕を拘束していた触鞭は緩まり、その隙に腕を無理矢理引き抜ことする。
 それに気付いた劉鳳が絶影の触鞭に力を込めるが、遅い。
 自分よりも遥かに身体能力が勝る相手と戦ってきたジョセフ・ジョースターは、相手の一瞬の隙を逃さない。
 触鞭は空中で何かを掴む動きをするだけに、終わった。

 ジョセフが、自由になった右腕をクルクルと回す。
 それに対し触鞭を巻き取った絶影は、今度は触鞭を伸ばすのではなく、ジョセフの方へと走る。
 鞭のように触鞭を遠距離から伸ばすのでなく、硬質化した触鞭を近距離で一気に打ち込む戦法へと変更したのだ。
 ドンドン迫ってくる絶影に焦らず、ジョセフはギリギリで回避。
 安心しきっているジョセフ。しかし、絶影は即座に地面を蹴って、方向転換。再びジョセフの方へ向かう。
 その方向転換の速さに、疲労もありジョセフは対応出来ない。
 あと硬質化した絶影の触鞭と、ジョセフの首の距離、あと五十センチ。

「オラァッ!」

 ジョセフは、今まで服部を殴るためポケットにしまっていたヨーヨーを絶影に投げる。
 無論、波紋を流すことは忘れない。ヨーヨーはコールタールでまみれているので、波紋伝導率は凄まじいものである。
 アルターはスタンドと違い視力を持たないため、劉鳳は迫る物に気付かず。

「ァぁああアあああアアあ!!」

 フィードバックしてくる波紋により、痺れるハメになる劉鳳。
 ジョセフは棒立ちする絶影を意に介さず、劉鳳本人の方へ走る。
 その前に、キッチリとヨーヨーを回収している辺り、さすがジョセフ・ジョースターといったところか。

「邪魔するんじゃあ……ねェェエエエーー!!」
「本体を狙うか……いいだろう、迎え撃ってやる! 来い!!」

 波紋による痺れはとうに消え、迫るジョセフを睨む劉鳳。

 過去に劉鳳はカズマのシェルブリットを素手で受け流し、即座に反撃を叩き込んだことがある。
 成長前とはいえ殴ることに特化したアルター、シェルブリット。それを素手で受け流したのだ。
 HOLYにて実戦経験を積んできたおかげ。
 アルターだけが劉鳳の武器ではなく、自身の身体能力もまた彼の戦力の一つなのだ。
 そのことを誰よりも知るのは劉鳳自身。
 だからこそ、自らに放たれるであろうジョセフの拳を受け流す為に、拳法のような構えをとる――!

 劉鳳とジョセフの距離は、あと五メートルほど。
 その時、ジョセフが拳を振りかざすと――跳んだ。

(上空――!)

 一瞬の判断。劉鳳はその行動を、『自然落下による加速を拳に乗せるため』と考えた。
 しかし、それは判断ミス。
 前方上空に視線を投げた劉鳳の表情が、驚愕に染まる。
 落下エネルギーを乗せた拳を劉鳳に叩き込むなら、いるはずの前方上空。そこにいるべきジョセフが劉鳳の瞳に映らない。
 焦りに支配された劉鳳が、首を振って周囲を確認。すると、すぐさまジョセフを視認。
 いたのは劉鳳からも、絶影からも離れた場所。
 逃げる気か? そう思いかけた劉鳳は即座にその認識を改める。

「しま――――」

 ついつい、劉鳳の口から漏れる情けない言葉。
 一度劉鳳の方へ向かったのは、ただ隙を作るため。
 絶影の操作から意識を別の場所――迫るジョセフを迎え撃つ準備へと移させる。
 迎え撃つことに集中していた劉鳳は、跳躍によって移動した方向が別でも、上空を向くまでは気付かない。
 隙は数秒に満たないだろうが、それだけの時間があれば波紋戦士であるジョセフは軽く見ても五メートル移動可能。

 スタンドの操作にかなり意識を集中させねばならないこと。
 迫る相手を素手で迎え撃つことに、かなりの集中力を要すること。
 スタンドの知識と、人外の化物との数多の戦闘経験を持ち、その二つの事を知るジョセフだから思いついた作戦。
 絶影はスタンドではなく、アルターなのだが――それの操作もまた、スタンドの操作と同じくかなりの集中力を要する。少なくとも、首輪の制限下では。

 狙いは、もとより別だったのだ。
 ジョセフの走っている先にいるのは、服部平次――三村信史を殺害した張本人であった。


「しま――――」

 スタンド使いの男の声がする。
 あの男は、俺がシンジの仇を殺そうとしているときに、攻撃をしかけてきた。
 確実に殺し合いに乗っていない。
 だから、波紋を流すだけにした。
 波紋は、後に何の悪影響も与えないからだ。
 シンジの仇をしこたまブン殴ってから、事情を説明すればいい。
 シンジの仇が持っている銃と、コールタール、焼け焦げたシンジの遺体があれば、理解させるのは難しくない。

「ク……ッ!」

 シンジの仇も、俺が追って来ていることに気付いてはいるようだが、コールタールで覆われた地面は歩きづらいらしく、普通に歩いているよりも遅い。
 対して俺は、波紋でコールタールを弾いている。
 当然ながら、すぐに距離は縮まっていく。
 ついにシンジの仇は、逃げられないと悟ったらしく、足を止めた。
 そこは丁度、シンジの死体がある場所から数メートルの場所だった。
 オーケー、都合がいいぜ。シンジ、見ていてくれ。

「しかるべき報いを与えてやらァァアアアアーーーッ!! 覚悟しやがれェェェエエエエエエーーーーーッ!!!」

 あと五歩。
 四歩。
 三歩。

 ――グニャリ。

 え?


 社会不適合者が服部の下へ走る。
 服部が逃げようとしているが、足を負傷しているのか、足取りが覚束ない。一方社会不適合者は、速い。またしても俺に、散やアーカードを思い出させるほどに。
 すぐに絶影の操作に、意識を集中する。
 触鞭をゴムのようなしなやかな形態に戻し、少しずつ伸ばしていく。その上で絶影自身も走らせる。いち早く社会不適合者に追い着き、断罪するために。

 ――ありえないことがおこった。

 ある程度走ったところで、絶影が足を滑らせたのだ。
 驚愕する。絶影が転倒しただと? 何故だ、理解不能。
 これも主催者による制限? ありえない、これまでの戦闘では走っている絶影が転倒したことも、そんな素振りを見せたことも無かった。
 疑問符が脳内を埋め尽くす。だが、考えている暇は無い。
 絶影をすぐに立ち上がらせ、社会不適合者を即断罪する。考えるのはそれからで十分。
 が、立ち上がった絶影が再び転倒。

 立ち上がっている絶影の姿を一瞬だけ見て、やっと理解した。
 絶影は『黒い何か』にまみれていた。
 おそらく――いや確実に、あれが絶影の動きを鈍くした原因。推測だが、油の一種だろう。
 あの社会不適合者は、そこまで用意していたのか……ッ。
 苛立つ。何故あれだけの身体能力、先程絶影を痺れさせた能力、機転を持ちながら、それを制御できないのか。
 制御できない力は、ただの暴力にすぎないというのに。

 社会不適合者と服部の距離は、既に十メートルほど。
 絶影は立てない。
 一度解除して再構成するか――いや、それでは間に合わない。
 真・絶影を開放して、飛行させる――それならば絶影は滑らないが、開放にかかる一瞬の時間のせいで、間に合わない。
 いくつもの弱い考えが浮かんでくる。

 間に合わないのか
 俺は、諦めるしかないのか。
 絶影では、俺の正義では、救えないのか。

 弱い考えが浮かんでくる。

「それでも……!」

 それでも、抗わせてもらうッ!
 足を取られたくらいで! 主催者に何らかの制限を科せられたくらいで! 立てないくらいで!
 タイムマシンで過去へと飛ばされようと、砕けなかった絶影を嘗めるなッ!!

「■■■■■■■■■■■■■■■ーーーッ!! ■■■■■■■■■■■■ーーーーーッ!!!」

 社会不適合者の声。
 聞き取ることは出来ないが、そんなことはどうでもいい。
 問題は、奴と服部との距離。既に五メートル以下。

 間に合え。立つことは出来ないが、事前に触鞭をしなやかな形態にしておいたのは得策だった。
 触鞭を伸ばす。限界速で。
 これならば、足を取られようと関係が無い。

「間に合ええええええええええ!!」

 咆哮。
 二本の触鞭が宙を奔る。
 社会不適合者よりも、遥かに速い。
 その名の通り、影をも絶やす速度。
 だが、触鞭を伸ばし始めるのが遅かった。
 社会不適合者の拳が、服部に当たる方が速い。
 認めたくない。だが……ッ。

 そう考えた瞬間だった。
 社会不適合者が、宙を舞った。いや、舞うという表現は適切ではない。
 どちらかというと、アレは――ズッこけたというべきか。
 それまで異常なスピードを出していたこともあり、そのまま行けば思いっきり背を打つだろう。

 黒い物質を撒いた本人が、それに足を取られたのか。
 なんという愚かさ。しかし社会不適合者がマヌケでなければ、服部は既に――
 本来、絶影の触鞭は間に合わなかっただろう。

 だが、幸運でも構わない。
 本来間に合わなかったとしても、現実では間に合ったのだから。今は、その幸運を甘んじて受け入れよう。

「撃ち滅ぼせえええええええッ! 絶影ッ!!」