求めはしない 救いはしない 未来(あす)に望むものは――(後編) ◆14m5Do64HQ



ここはどこだろう?
そうおぼろげに考えながらも私は必死に走る。
見たこともない光景。
今まで自分が走った事がない場所。
でも進まなければ。
そう思い、私は歩を進める。
一歩でも離れなきゃならない。
どうしても逃げなければならない人が居るから。
どうしてももう一度会いたい人が居るから。
きっと進み続ければあいつから逃げきれて、あの人に会えるハズだから。

「あ……」

そんな時だ。
私の前方に人影が見えた。
後姿だけでも、彼の特徴は直ぐ脳裏に浮かんでくる。
黒い学生服に、真赤なアンダーシャツ、凛々しい眉。
いつも私に太陽のような笑顔を見せてくれた人
私が大好きな人。
ずっと会いたかった人――

「カズキ!」

武藤カズキが私の前方に背中を向け、立っていた。
私は喜びのあまり無我夢中に更に足を速める。
怪我だらけで髪の毛もいつの間にか、白髪になってしまい片方の手首すらない。
もしかしたらこんな不格好な私を変な眼で見るかも知れない。
そんな事を少し考えたら、足をすくわれ転んでしまった。
痛い。
でも、それでも我慢できる。

「カズキ! カズキ! カズキッ!!」

だって、ずっと会いたかったカズキが見えるから。
もう少し頑張ればあの胸に飛び込んでいける。
またあの肌の温もりを感じる事が出来る。
だから私は身体を起こし、また走り始めた。

――こ

地面を蹴った音すらもハッキリと聞こえる。
人生一番の全力疾走。
けど、どうにも身体のバランスを取るのが難しくて、何回も転んでしまう。
でも距離は確実に縮まっているのも確かだ。
私は再び立ち上がる。

――す

息を吐く音が更に大きくなった。
もう少し、もう少し、もう少しでカズキの元へ辿り着く。
私の生きる理由。私が生きるために必要な人。
彼を。カズキを。私だけのカズキが待っている。
そんなカズキからもう離れたくない。
絶対負けるもんか――負けられない
立ち止まるヒマなんてないさ――止まるわけにはいかない
ありったけの想いと共に――前だけを見る。
おもいっきり、抱きしめるために――もう一度、この先ずっと。
いつまでも、いつまでも追い続けるんだ――カズキと生きるために。
ふと、手に確かな感触を覚えた。
やっとカズキの逞しい筋肉で作られた身体に、私は手を触れる事が出来た。
直ぐに両腕をカズキの身体に回し、背中越しに彼を抱きしめる。
片方の手首がなくなっている事がとても悔しい。
両手首があれば、もっとカズキの肌を感じる事が出来るのに。

「カズキ! 会いたかった、ずっと会いたかった! 本当に私は会いたかった! 私だけのカズキが……また目の前に居る、こんなに嬉しいコトはない!」

カズキに会えて、しかも抱きしめる事が出来た喜びに私は嬉し涙を流す。
自分がこんなに涙もろいとは思わなかったが、無理も無い。
今、私の眼の前にはカズキの大きくて広い背中があるから。
この背中に顔を押し付ける事が出来る。
それだけでこんなに嬉しい気持ちになれる。
涙が流れる程の嬉しさを噛み締める事が出来るから当然だ。
でも、なんだか不思議な事がある。
予想以上にカズキの腰周りが短かった事の他にもう一つ。

「カズキ……? どうしてこっちを向いてくれないんだ? 早く私に君の顔を見せてくれ!
いじわるはしないで、私はもう疲れきってしまった……。一刻も早く、一秒でも長く君の笑顔が見たいんだ!!」

何故だろう? 私がこんなに抱きついているのに、カズキは振り返ろうともしない。
もしかして、やっぱり白髪になってしまった私が嫌いになったのだろうか?
そんな事は嫌だ。
そもそもこの白髪、いや銀髪といった方がしっくりくる私の髪。
この髪は何故変わったのだろうか?それに以前より身体が丈夫になった気もする。
まぁいいか。今はそれよりもカズキの方だ。
うん? もしかしてカズキは照れているのだろうか?
カズキも本当は私に会えて嬉しくて、今にも押し倒したいけど照れて顔を向ける事すらも出来ない。
そうだ。そうに違いない。カズキが私を嫌うなんて有り得ない。
だったら私から動かないとな。
そう考え、私はとびっきりの笑顔でカズキの正面へ回る。
けど、その時信じられないものを見てしまった。

「カ、カズキ!?  何で……そんな怖い顔をしているんだ……? そんな顔で私を見ないで……カズキ……」

カズキが鬼のような形相で私を睨みつけていたんだ。
いつも優しいカズキがここまで、怖い顔をするのはとても許せない相手の時だけ。
思わずカズキの身体から手を離してしまいそうな威圧感が私を襲う。
何故カズキがこんなにも怒っているのか?
見当がつかな――いや、見当はつく。あの覚悟という男。
桃色の髪の女……そうだ。ルイズという女にも言われ、パピヨンにも言われた事に関係がある。

『そんなコトをしてカズキが喜ぶと思うのか?』

この言葉は何度も何度も私に向けられた。
けどそんな事、私にもずっと前からわかっていた。
ホムンクルスに捕食された人々やホムンクルス・鷲尾に哀悼の意を示したカズキ。
早坂兄弟に、再殺部隊に襲われても決して無要な殺生はしなかったカズキ。
そんなカズキが三人の女性を殺した、自分より年下の者が居たにも関わらず手を血に染めた私を許せるハズもない。
でも、私とカズキ、二人きりしかいない世界に行けば、私を愛する以外にカズキには道はない。
その手段に賭け、私はカズキの誇り、サンライトハートに血を吸わせる事までした。
だけど……今、カズキの顔を見て理解した。理解してしまった。

「ごめんカズキ……君は私のコトが許せないハズだ。でも、いいんだ……カズキが私をどんなに軽蔑したっていい、振り向いてくれなくてもいい……。
今更、何を言ってもいいわけにしかならない、私が人を殺した事実は消せないから……。
最低な女でもいいよ……けど、私は――」

カズキは私を拒絶した。パピヨンの話の通り、私が大嫌いになったんだ。
これ以上、人を殺すつもりはないけど、きっとカズキは以前のような笑顔は向けてくれない。
血を浴びすぎた私はもう、カズキと一緒に居る資格はない。
そう思うと涙の量が更に多くなり、目頭が熱くなってしまう。
でも、カズキなら、私の愛したカズキならきっと私がやった事は許せないハズだ。
私のために、皆のためにボロボロになるまで、拾える命を出来るだけ拾って闘ったカズキ。
そんなカズキが私の事を許せないのならば、許してもらわなくてもいい。
だって、それでも私は――

「君のコトが大好きなんだ……君をずっと傍で見ていたい。
それと、聞いてもらいたい事があるんだ。返事はしなくてもいいから……所詮、私の我侭だから……汚れてしまった女の戯言だから……
もし、君が許してくれるなら……私は、私は――」

カズキが好きだから。
名前も知らない私を自分の身を挺して助けようとしたカズキを。
私を助けるため、私を背負い、ボロボロの身体で走り続けたカズキを。
学校の生徒達を守るために、L・X・Eと闘ったカズキを。
ヴィクターⅢとして、錬金戦団から狙われても希望を捨てなかったカズキを。
宇宙で、迎えに来た自分を優しく受け止めてくれたカズキを。
私は好きだから。
だから、私はこの言葉を言おうと思う。
顔をカズキの顔に近づけ、呼吸を整える。

「いつまでも、いつまでも君と――」

心臓の鼓動が変な風に聞こえる。
あまりにもハッキリと私の耳に響く。
でも、それが一体どうしたって言うんだ。
カズキにこの想いをぶつけるために。
私は口を開くんだ。

――ピ!

「一緒に居たい! いつまでも、カズキと一心同体でいたいんだ!!

――ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!

心臓の鼓動の速さが恐ろしい程に早くなった。
さっきよりも音は大きくなり、少し不思議に思う。
でも、良いんだ。
カズキに想いをぶつける事が出来たから。
達成感に震えながら、私はそんな事を思う。
やがて、私は意識を失った。

◇  ◆  ◇

学校の校舎へ続く入り口に足を踏み込む人影が一つ。
特徴的な黒タイツ、本名・蝶野攻爵、人型ホムンクルス・パピヨン。
辛気臭そうな表情を浮かべ、校舎に侵入する。
やがて、パピヨンを迎える人影が入り口から姿を見せる。
年齢に不相応な銀髪、何を見ているのかわからない程、捕らえようのない眼光を持つ男、アカギ。
パピヨンとは違い、いつもと全く変わらない様子をアカギは見せる。

「…………終わったか……?」
「ああ、終わった。やはり俺達の予想通りだったぞ」
「そうか……こちらは何もない……」

すれ違う際に、言葉を交わすパピヨンとアカギ。
アカギとすれ違っても、パピヨンには歩みを止める気配は見せない。
そんなパピヨンの行動をアカギは背中を向けながら見守る。

「アカギ、キサマは俺に通じる所があるかもしれん。だがな……」
「だが?」
「キサマは気に入らんな。反吐が出るくらいに俺の気に障る」
「ほぅ……未だ、泉のコトに拘るか……? 意外と……お前も甘い…………」
「黙れ……! それ以上、泉のコトを話すんじゃない……!」

互いに背中を向け、表情を見せずに、心の仮面を付けたまま会話を続ける。
この殺し合いを潰すために協力関係を取っていたパピヨンとアカギ。
だが、二人の仲は良好とはとても言えるものではない。
以前、喫茶店で出会った時はこれほどまでに悪い関係ではなかった二人。
しかし、泉こなたの死をアカギが一時的に隠していた事は、パピヨンには今も我慢ならなかった。
そのため、パピヨンははっきり言ってアカギを快くは思ってはいない。
背中だけでも感じられる威圧感が、アカギの全身に吸い込まれるように降り注ぐ。

「わかった。だが……あのコトは覚えているな……?」
「俺を見くびるなよ? やるべきコトは見失ってはいない。まぁ、俺は用を足してくるから、少し遅れるぞ」
「……ああ」

そんな威圧感をものともせずにアカギはパピヨンに意味深な台詞を吐く。
その言葉に対応するパピヨン。
片手に握った紙の切れ端をヒラヒラと見せながら、パピヨンは口を開く。
紙の切れ端、主催者の盗聴を恐れ、アカギによって以下の文が記入された紙。

『主催者達にはDr伊藤という俺達に情報を流してくれる人物が居る。もう一度、都合よく接触が出来るかはわからん。
しかし、やらない手はない。チャットとやらで、もう一度接触を試みる。
コンピューター室に置いてあるパソコンという機械を使ってな。ちなみに俺と泉が手に入れた情報は以下の通り――』

前回の放送の直前、アカギとこなたがDr伊藤と名乗る人物と行ったチャット。
そのチャットで二人は多くの情報を得た。

霊的に守護されているため首輪を解除するには御祓いが必要な事。
御祓いを行えば首輪自体は直ぐに解除が可能な事。
首輪にはスタンド適正の付与、エネルギー抑制機能、盗聴機能が内蔵されている事。
盗聴は二十四時間、完全には行われていない事。
主催者、BADANの本拠地に辿り着くには時速六百キロを超える速度が必要な事。
参加者の中で既に、一時的ではあるが首輪の御祓いに成功した少女が居る事などについて。

これら全てが真実かどうかはわからない。
そもそもDr伊藤という人物が信頼に足る人物であるかどうかも確証はない。
それらを確かめるために、更なる情報を引き出すために、アカギはもう一度接触を試みるべきだと考えていた。
パピヨンも主催者の情報は持っていて損はない。
引篭もり時代に培ったパソコンの知識、技術もあり適任とも言える。
そのため、パピヨンはアカギの提案に乗っていた。

「ああ、そうだ。一つ教えろ」

そんな時、ふと立ち止まり、パピヨンが口を開く。
依然、背中を向けたままだが。

「…………なんだい?」
「核鉄のコトだ。幾ら葉隠の信頼を得るために、よくお前は譲る気になったな?
襲撃者が襲ってきても俺がお前を見捨てれば、お前は確実に死ぬ。その危険性を知らないわけはないだろう?」

表向きは覚悟の仲間のために譲った核鉄。
確かに覚悟の仲間なら今後自分達の仲間になる可能性もあり、彼らの命も出来るだけ取り零す事はしたくない。
しかし、それと同時にシルバースキンを手放したアカギには、武器といえば投げナイフしかない。
もし、パピヨンがアカギを見切ればおそらく彼は死ぬしかないだろう。
だが、一歩間違えれば死という状況はアカギにとって不安でなければ、恐怖も感じる事はない。
それにアカギの本当の狙いは別にあった。

「葉隠は俺達に必要だ……ヤツの信頼を得るコトは、流れをこちらに向けるコトと同じ……そのためなら、あのくらいの賭けは問題ない……。
それに……そもそも――」

アカギの本当の狙いは覚悟の信頼を得る事だった。
始まりの地で堂々とBADANに抵抗の意を示した覚悟。
覚悟のあの咆哮はBADAN打倒を胸に秘めた者に勇気を与え、彼に信頼を寄せた者も多かったに違いない。
更に走力を見る限り覚悟自体の身体能力も凄まじく、自分達の仲間には欠かせない存在とも言える。
そのため、アカギは自分の武器を手放す事に躊躇いはなかった。
瞬時に再生、物理的攻撃だけでもなく、ヴィクターのエネルギードレインといった攻撃さえも受け止めるシルバースキン。
そんなシルバースキンでさえも、アカギの抑止力にはならない。
そう。彼がシルバースキンを手放した本当の理由には負けてしまう。

「つまらないだろう……? あんなものがあっては……ギリギリの勝負が楽しめない……。生死の危険がない勝負に……興味はないさ…………」

アカギの目的。
それは敢えて、自分を不利な状況に追い込む事。
シルバースキンを装備していれば、身の危険が及ぶ可能性は格段に下がる。
範馬勇次郎、ラオウのような相手と闘う場合は別だが、確実に下がる事は明確だ。
だが、アカギはそんな事は望まない。
アカギが望む勝負に『安全』という文字は要らない。
何故ならアカギは死ぬ事は恐れてはいないから。
たった一つしかない自分の命。
それすらも勝負の賭け札としてアカギは勝負を行える。
そのために、全く表情を変えずにアカギはパピヨンに言い放つ事が出来る。
そんなアカギをパピヨンは苦虫を潰したかのような眼で睨み、校舎へ消えて行く。

「一日が経ったか……充実した一日がな…………!」

真っ暗な天を見上げ、一人不敵に呟くアカギを残して。

◇  ◆  ◇

BADAN本拠地に存在する一室。
参加者に嵌めさせた首輪に内臓された盗聴機能。
この一室ではその盗聴機能によって、盗聴に成功した参加者の音声を記録している。
そして、ある時刻。
丁度、葉隠覚悟が津村斗貴子と二人っきりで話を提案し、斗貴子が再び強い錯乱状態に陥った時。
実はパピヨンとアカギはあの時、廊下に立ち止まり、覚悟と斗貴子の話を聞いていた。
わざわざも何も知らないかのように、戻ってきたのは単なるカモフラージュ。
そのため、覚悟の話を聞かずとも状況は既に知っており、直ぐに行動を移せた。
情報を粗方聞き終わり、仲間が待っているという覚悟。
その覚悟に『仲間を迎えにいってくれ』という旨を伝え、彼をこの場から引き離した。
だが、二人の本当の狙いは只、覚悟の仲間の到着ではなく単に覚悟をこの場から離れてもらうためだった。
廊下で覚悟と斗貴子の話を聞いていた時から、事前に話していた事を実行するために。
そう。斗貴子を――

『やはり、もうこれは駄目だな。不安定過ぎる。情報を得ようにも、あんな状態ではやってられん……処理しなくてはいけないな』
『ククク……あの女が……川田章吾が殺し合いに乗った原因を造った……泉の死んだ原因を造った……あの女が憎い……そういうコトか……』
『そのくらいで黙っておけ……アカギ。それに首輪の確認も行いたい。
最初に首輪の爆発で爆死した奇妙な女が居たが、俺達の首輪があの女の首輪と同じものとは限らん。もしかしたら爆弾など内蔵されていないかもしれん。
もし本当に内蔵されているのなら、禁止エリアとやらに踏み込んだら即爆発、もしくは一定の猶予があるかも知っておくべきだな。
まぁ恐らくフェイクという可能性はなく、一定の猶予もあるだろうが、一応な』
『確かに……だが、そのためだけに……一人の人間を用いる行為……あまり合理的ではない……しかし、あの女の場合は別……』
『フン。やはりキサマは何かが欠落しているな。 まぁいい、あの女には今のところ危険性はない。だが、あの状況は一時的なもの。
いつ、再び殺し合いに乗るかもわからん。かといって、今の状況も面倒だ。あの女は今や、絶対的な弱者。
たとえ、殺人を犯したとしてもあの女を守ろうとする偽善者は居る……!』
『鳴海や葉隠覚悟のような参加者……たとえば葉隠覚悟があの女を守るために、死ぬコトになれば最悪……俺達の流れは一気に止まる……あの女と葉隠覚悟。
優先するべき方は……いうまでもない……』
『ああ、その通りだ。幸いヤツは俺達をかなり信頼している節がある。
「目を離した隙にどこかへ消えてしまった……本当に申し訳ない。俺達の失態だ」とでも言っておけば問題はないだろう。
この女は純粋に睡眠を取っているわけではない。ショックから来た一時的な失神。数分で目を覚ましても可笑しいコトじゃない。
そして、目を覚ました途端、葉隠への恐怖からここを抜け出し、無我夢中に走り続け、運悪く禁止エリアに踏み込んでしまった……
まぁ絶対に有り得ないという話ではないだろう。実際にこの女は錯乱していからな』
『それに核鉄も渡している……きっと葉隠覚悟の抱く……俺達への信頼は揺ぎ無いものになっているだろう……葉隠覚悟は俺達を信用し……
そんなヤツの姿を見て他のヤツも信用する……まぁ、それを狙ったのだがな……』
『では、俺が入り口近くに停めてあった車でこの女を運び、適当な言葉で誘い、こいつを禁止エリアに踏み込ませる』
『わかった……そして、俺が此処に残り……葉隠覚悟や愚地独歩、ケンシロウが戻ってきた場合……
状況を説明し、お前がこの女を捜しに行き、俺が残った……とでも言っておけばいい……というコト……』
『もの分かりがよくて助かるな。では俺は行くぞ……』
『了解だ……パピヨン……それと少し、待て……』

ここで少し時を置き、何かを書きとめる音が聞こえ、やがて教室のドアは開いた音が入る。
恐らくパピヨンが斗貴子を抱え、入り口の近くに停めてあった車に戻ったのだろう。
幾ばくの時間が過ぎた後、パピヨンの首輪から車の駆動音が聞こえ始めた。
そして、やがてその音はブレーキの音を皮切りに終わりを告げる。

『起きろ、津村』
『うぅん……痛いじゃないか、パピヨン。いきなり平手でうつなんて……。そんなコトが許されるのはカズキだけなんだぞ』
『そうか。それで聞きたいんだが、お前は葉隠、葉隠覚悟が怖いんだってな?』
『うん! そうなんだ! きっとあいつは私を許さない! 絶対に私を殺すつもりだ。だから、私は逃げないと……』
『ならば、武藤と共に逃げればいい。幸い、武藤ともう一度会う方法がある』
『なんだって……? もう一度カズキと? ど! どうすればいいんだ!?』
『この車を降り、何も考えずに、真っ直ぐ走り抜け。途中で何か音声が流れるかもしれないが、それは全て嘘だ。
ここを走り抜ければ、ご褒美に元の世界に戻れ、武藤とも出会える。お前はもう一度、武藤と生きるコトが出来る』
『カズキと生きる……わかった、パピヨン! パピヨンの言うコトは正しいハズだ! 有難う、パピヨン!』

ドアを開け、地に足を降り立つ音が聞こえる。
そして、少し間を置き、もう一つ降り立つ影がある。
衛星カメラに映し出された映像には、一直線に走り出した斗貴子。
そして斗貴子の後ろに、辺りに誰も居ない事を警戒しているパピヨン。
その内エリアA-3南東の端、今から約20時間前に禁止エリアに定められた場所に斗貴子は足を踏み入れた。
当然、禁止エリアに侵入したため、警告のアナウンスが首輪から流れるが斗貴子は止まらない。

カズキの名を何度も叫びながら、斗貴子は走り続ける。
やがて、斗貴子はおもいっきり抱きつき、自分の顔を押し付けた。
偶然、そこに備え付けられていた直径数十cmの電柱に対して。
恐らく、カズキとの再会を思う気持ち、そしてパピヨンのカズキと会えるという甘美な言葉。
これらの要因が重なり、斗貴子にとっての願望という幻想が見えてしまったのだろう。
今もなお、自分が抱きついているのは電柱であると気づいてはいない。
それほどまでに、斗貴子の精神は常軌を逸脱し、錯乱を起こしていた。
だが、自分とカズキの事、自分がカズキのためにやった事はハッキリと斗貴子は覚えていた。
愛する人、武藤カズキは何があっても斗貴子の記憶からは消せない。

斗貴子の行動にパピヨンは面食らったが、直ぐに表情を戻す。
途中で電柱を回り込み、歪な表情を斗貴子は浮かべるが、パピヨンには関心はない。
途中で斗貴子が、言い訳まがいな事を口に出してもパピヨンには関心がない。
アナウンスの内容から知った、爆発までの三十秒の猶予。
今の所はその事にしか興味はない。
そしてもう一つ興味がある事は本当に爆発が起きるかという事。
既にアナウンスのカウントダウンは過ぎている。

『いつまでも、いつまでも君と――』

――ピ!

首輪からアラームの音が鳴り始めた。
やはり自分の考えは正しく、爆発をするらしい。
その事はいい。
だが、何故か斗貴子の声がとても不愉快で気分が悪くなる。
もうこの女の声を聞かなくて済む。
そう考えたら何故か、ほどよい爽快感が胸を駆け巡る。

『一緒に居たい! いつまでも、カズキと一心同体でいたいんだ!!』

――ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ!

ああ、わかったから、さっさと黙れ。
どうやら俺はお前の事が以前より嫌いになったみたいだ。
お前の存在が……お前の存在がなければ……
あいつは――

そこまで思考を巡らしていたパピヨンの前方で、何かが破裂する音が聞こえた。
首輪が正常に爆発した証拠。
これで自分達の首輪にも爆弾は内蔵されている。
禁止エリアに侵入しても三十秒の猶予はある。
そしてサンライトハートが核鉄に戻り、ある結論を導いた。
それらの収穫を終え、パピヨンは乗用車へ戻り、ハンドルを握る。
電柱を力いっぱい抱きしめ、血と脳漿を噴水のように流し、座り込むものが一つ。
存在するべき頭部が消失した、斗貴子が一人、残されていた。

【C-4 学校・校舎への入り口付近 二日目 深夜】

【赤木しげる@アカギ】
[状態]:脇腹に裂傷、眠気 
[装備]:基本支給品、 ヴィルマの投げナイフ@からくりサーカス (残り9本)
[道具]:傷薬、包帯、消毒用アルコール(学校の保健室内で手に入れたもの)
 始祖の祈祷書@ゼロの使い魔(水に濡れふやけてます)、
 水のルビー@ゼロの使い魔、工具一式、医療具一式 沖田のバズーカ@銀魂(弾切れ)
[思考・状況]
基本:対主催・ゲーム転覆を成功させることを最優先
1:学校で仲間を待つ。
2:対主催を全員説得できるような、脱出や主催者、首輪について考察する
3:強敵を打ち破る策を考えておく
4:もう一度パピヨンと共に『Dr伊藤』とのチャットを試み、考察する。そのためにコンピューター室へ向かう
5:覚悟に斗貴子を死に追いやった事を隠し、欺く。

[備考]
※マーティン・ジグマール、葉隠覚悟と情報交換しました。
 またエレオノールとジグマールはもう仲間に引き込むのは無理だと思っています。
※光成を、自分達同様に呼び出されたものであると認識しています。
※参加者をここに集めた方法は、スタンド・核鉄・人形のいずれかが関係していると思っています。
※参加者の中に、主催者の天敵がいると思っています(その天敵が死亡している可能性も考慮しています)
 そして、マーティン・ジグマールの『人間ワープ』は主催者にとって、重要なにあると認識しました。
※主催者のアジトは200メートル以内にあると考察しています
※ジグマールは『人間ワープ』、衝撃波以外に能力持っていると考えています
※斗貴子は、主催者側の用意したジョーカーであると認識しています
※三千院ナギは疫病神だと考えています、また彼女の動向に興味があります。
※川田、ヒナギク、つかさの3人を半ツキの状態にあると考えています。
※ナギ、ケンシロウと大まかな情報交換をし、鳴海、DIO、キュルケの死を知りました。
※こなたのこれまでの経緯を、かなり詳しく聞きだしました。こなたに大きなツキがあると見ていますが、それでも彼女は死にました
※『Dr.伊藤』の正体は主催側の人間だろうと推測しています。 。

『Dr伊藤』とのチャットによりわかった事
1:首輪は霊的に守護されている
2:首輪の霊的守護さえ外せれば、後は鋭い金属を継ぎ目に押し込む程度で爆発無しに外せる
3:既にその霊的守護を外した者が居る。そいつが首輪を外したかは不明だが、おそらく外してはいない
4:監視カメラは存在せず。首輪についた盗聴器のみでこちらを監視。その監視体制も万全ではない
5:敵には判断能力と機転に乏しい戦闘員が多い
6:地図外に城? がある
7:城には雷雲を突破しなければならず、そのためには時速600キロ以上の速度が必要


校舎の廊下を一人、歩き続けるパピヨン。
幾ら人型ホムンクルスといえども排泄は欠かせない。
トイレの方向へパピヨンは歩を歩ませる。
だが、パピヨンの歩みは唐突に終わりを告げた。
未だ、トイレには辿り着いていないにも関わらず、停止した。

「……ちっ!」

憎憎しげに上方を見上げるパピヨン。
パピヨンの視界に映るプレートには『職員室』という黒い太文字。
パピヨンにとってとても意味を持つ部屋とも言える場所。
そう。用を足すというのは口実であり、パピヨンは元から此処を目指していた。
備え付けられたドアを無造作に開けるパピヨン。
其処には、以前見た時と同じ光景が一寸の違いもなく姿を見せていた。
勿論、生前、泉こなた『だった』もの達も。

「……なんでだろうな? なんで俺はまた、此処に来たんだろうな……」

一人、視線を落としながら呟くパピヨン。
実はパピヨンにとっても何故、自分が此処に再び脚を運んだのかがわからなかった。
いや、わからないのではない。
恐らくパピヨンは認めたくはなかったのかもしれない。
自分が此処に来る理由はあまりにも無様なもので、以前の自分には考えられない。
蝶人、パピヨンの名に似つかわしくない理由だったから。

「泉……なんで、俺はお前のコトをこんなに気にかける……お前は俺のなんだったんだ……?」

その理由は、パピヨンはもう一度こなただったもの達を見て、彼女を胸に止めておきたかったから。
最初は只の保護対象しか見ていなかった少女。
パピヨンとは違い、只の人間。
何も異能は持ち合わせていない弱者とも言える存在。
取るに足らない存在であり、直ぐに自分の脳からは消えてしまいそうな存在。
そのくらいの事しかパピヨンはこなたに感情を抱いていなかった。
その筈だった。

「俺は……俺は……人型ホムンクルスだ。天才だ。蝶・天才だ。普通のヤツとは違う……! 愛なんて曖昧なものに固執する気もなければ、興味すらない…………。
だが、何故だ……何故、お前の顔が……何度も何度も浮かんでくる……」

だが、いつの時からか印象が変わっていた。
パピヨンはこなたと過ごす時間に楽しさを覚えた。
パピヨンが長い間忘れていた経験。
他者と触れ合う事で純粋に心が癒される感覚。
その感覚に自分が徐々に影響されていく。
だが、こなたの命は突然かき消された。
自分と受話器越しに他愛もない話をしている最中に。

『ちっちっち、違うよパピヨン。こなたっ♪ もっと愛を込めて!』

パピヨンの口癖を模倣し、どことなく茶目っ気が強かったこなたの言葉。
パピヨンが聞いたこなたの最期の言葉。
パピヨンには今でもハッキリと思い出す事が出来る言葉が、再び彼の脳裏を駆け巡る。
思わず、膝を地に落とし、パピヨンは座り込む。
天才には似つかわしくない醜態。
嫌な汗に塗れ、青白い顔が更に青白く引きつっている。
そしてカズキの心臓とも言える核鉄がパピヨンの手にしっかりと握られていた。

「悔しいか、武藤? まさかあの女がこれをお前と同じように心臓にしていたとは予想外だったぞ? 俺はあの女を死に追いやったコトは後悔していない……。
元より俺はお前が愛したあの女と馴れ合うつもりもない……そもそもあの女がこの殺し合いに乗らなければ……」

握られた核鉄を、全ての元凶と見なしたような眼つきでパピヨンは睨む。
思い浮かべるは宿敵、武藤カズキ。
そして、先程、哀れな最後を迎えた津村斗貴子。
津村斗貴子を首輪の機能チェック、足手纏いの間引きのために殺害に追い込んだパピヨン。
斗貴子の首輪が爆発した瞬間、サンライトハートが核鉄に戻ったのを確認したパピヨンは全てを理解した。
そう。斗貴子がカズキと同じように核鉄を心臓の代用品として使っていた事実を知り、パピヨンに不愉快な感情が湧いた。
同じく、足手纏いは要らないという考えを持ったアカギとの協力で行った非道な行為。
勿論、自分にとって必要がないものは容赦なく切り捨てる考えを持つパピヨンに後悔はない。
だが、パピヨンがその行為に踏み切ったのには斗貴子への憎しみも関係していた。
覚悟の話を聞いた事で、川田が殺し合いに乗ったきっかけを知ったパピヨン。
しかし、パピヨンには川田に同情する気もさらさらない。

「それに俺はあの女のように優勝を狙うつもりはない……そんなコトは無駄だからだ。
しかし、川田章吾……キサマだけは許せん。たとえ、葉隠覚悟を欺むいても、武藤の力を借りようとも……俺はキサマを殺す……!
だが、今だけは……今だけは……」

核鉄を握り締め、強く歯軋りをする。
その際、誤って唇を噛んでしまい、赤い鮮血がポタリと音をたてて床に落ちた。
だが、パピヨンはその事実に気付いていはいない。
普段のパピヨンからはとても考えられない状態。
更に、もうアカギはコンピューター室に着いても可笑しくはないだろう。
あまり時間を掛けすぎては、Dr伊藤なる人物との接触にも支障が出る。
そのため、直ぐにこの場を離れなればならない。
だが、パピヨンの身体は一向に動こうとはしない。
それほどまでにも、パピヨンは思考を止めていた。いや止めたかった。
只、何も考えず、無心のままに――

「この世界から消え失せたい……こんな無様な姿は見せたくない……こなた、お前だけにはな……」

最早存在していないと思われていた、自分の心の弱さを必死に隠したい。
このままでは、自分の誇りがズタズタに引き裂かれそうだから。
まるで今、自分の目の前に散乱するこなただったもの達のように、哀れに。
そんな時、握られた核鉄に垂れ落ちた液体があった。
とても微量な量である液体。
それはパピヨンの唇から流れ出た、赤い鮮血だったのかもしれない。
それはパピヨンの頬を流れ落ちた、透き通った涙だったのかもしれない。
液体がどんな色をしていたのか。
それはパピヨンだけが知っていた。


【C-4 学校・職員室 二日目 深夜】

【パピヨン@武装錬金】
[状態]:疲労。全身に打撲。 核鉄の治癒力によって回復中。深い悲しみ(?)
[装備]:猫草inランドセル@ジョジョの奇妙な冒険、デルフリンガー@ゼロの使い魔(紐で縛って抜けないようにしてます)
    サンライトハート(核鉄状態)@武装錬金
[道具]:地下鉄管理センターの位置がわかる地図、地下鉄システム仕様書
    ルイズの杖、参加者顔写真&詳細プロフィール付き名簿、
    支給品一式、小さな懐中電灯 、首輪(鳴海)
[思考・状況]
基本:首輪を外し『元の世界の武藤カズキ』と決着をつける。
1:エレオノールに警戒。
2:核鉄の謎を解く。
3:二アデスハピネスを手に入れる。
4:首輪の解体にマジックハンドを使用出来る工場等の施設を探す。
5:覚悟に斗貴子を死に追いやった事を隠し、欺く。
6:こなたを殺した男、川田は必ず殺す。
7:アカギと共に『Dr伊藤』とのチャットを試み、考察する。そのためにコンピューター室へ向かう


[備考]
※参戦時期はヴィクター戦、カズキに白い核鉄を渡した直後です
※スタンド、矢の存在に興味を持っています。
※猫草の『ストレイ・キャット』は、他の参加者のスタンドと同様に制限を受けているものと思われます
※独歩・シェリス・覚悟と情報交換をしました。川田が殺し合いに乗った経緯、つかさやヒナギクの存在も知っています。
※逃げられてしまったゼクロスにさほど執着はないようです
※詳細名簿を入手しました。DIOの能力については「時を止める能力」と一言記載があるだけのようです。
※三村の話を聞きましたが、ほとんど信用していません。クレイジー・ダイヤモンドの存在を知りました。
※こなたの死に動揺しつつ、それに耐えようと必死です
※覚悟は少し快く思っていません。また、アカギは覚悟以上に快く思っていません。



夢を、見ていたんだ。
とても悲しく、眼を背けたくなるような夢を。
ああ、私は見続けていたんだ。
私はカズキのために命を刈り取る決意を固めた。
そして私は実際に命を奪ってしまった。
錬金の戦士としての、一人の人間としての尊厳を失って。
全てを手放し、カズキとの再会を願った……どんな事をしようとも。
でも、やっぱり私は無理だった。
気づいてしまった。
やっぱり私の行動は、カズキの意思に反していた。
だから私は結局、カズキには会えなかった。
最後の一瞬、私は自分が抱きしめているものが何か知ったんだ。
惨めな最後さ。
結局、私はカズキの幻想に囚われ、最後まで現実を見る事が出来なかった。
私がどんな事をやってきたのかも。
でも、良いんだ。
もう、私はもう終わったんだ……けど、最後にもう一つ、カズキに、この殺し合いで私と出会った人達に伝えたい。
たった一言だけ。

『斗貴子さん!』

あれ? カズキの声が今、確かに聞こえたような気が……。
でも、まぁいいか……カズキ、それに私と出会った皆。
本当に――



――ごめんなさい。


【津村斗貴子@武装錬金:死亡確認】
【残り18人】


218:見えない俺から君に打ち明ける 投下順 220:鬼ごっこ
218:見えない俺から君に打ち明ける 時系列順 220:鬼ごっこ
215:交差する運命 津村斗貴子 死亡
215:交差する運命 蝶野攻爵(パピヨン) 232:神に愛された男
215:交差する運命 葉隠覚悟 229:心を縛るものを ひきちぎればすべてが始まる
215:交差する運命 赤木しげる 232:神に愛された男