こころはタマゴ(後編)◆WXWUmT8KJE




「そんなわけないだろ!!」
 聞こえるはずのない声に、エレオノールが振り返る。
 ただただひたすら白い空間に、エレオノールの背後で三千院ナギが腕を組んで偉そうにこちらを睨んでいた。
「ナギ……」
「何でお前がここにいるのだ。身体は無事なんだから、さっさと戻れ!」
「そういうわけにはいかない。私は…………」
「戻れったら、戻れ!!」
 非力な力でナギはエレオノールを押し返そうとする。
 そのいじましさに、エレオノールは表情を悲しみに歪めた。
「ナギ……あなたはお人好し過ぎます。自分を殺した人に、生きろだなんて……」
「ならさ、わたしもあんたに生きてって言ったら、戻ってくれる?」
 エレオノールが目を見開いて振り向くと、こちらに掌を向けてひらひら振ってくる少女の姿が眼に入った。
 エレオノールは彼女を知っている。なぜなら、殺したのは自分だからだ。
「キュルケ…………」
「正解」
 生前と変わらない、真っ直ぐな笑顔をキュルケはエレオノールに向けていた。
 やはり、ここは死後の世界ではないのか? だから……
「私は死ぬべきだ」
「そんなことはない!!」
「そうよ。痛かったし苦しかったしけど、それよりも頼みたいことがあるのよね」
「……私にその資格はない。特に直接手をかけたあなたたちに……」
「違うのだ! エレオノール。私は、私はむしろ嬉しいのんだ!
だって、ようやく鳴海との約束を果たせそうだから! だから、戻ってくれ。鳴海を報いさせてくれ」
 ナギの必死の訴えにも、エレオノールは表情を暗くしたままだ。
 そこに、フラッとキュルケがエレオノールの前方に立つ。
 キュルケの真っ直ぐ射抜く視線に耐え切れず、エレオノールは眼を逸らす。構わずキュルケは言葉を発した。
「…………わたし、言ったよね? あなたとタバサが似ているって……」
 エレオノールは無言で頭を横に振る。
 彼女の親友に重ねられる資格など、自分にはない。
「無表情なままで喋る所……本当は、それ以外にも似ているところがあるんじゃないかって、思っていた」
 そんなはずはないと、心を軋ませながらエレオノールは否定する。
 キュルケの親友と、血で汚れた自分を重ねるのは、彼女をも汚しているような気がしたからだ。
 エレオノールが痛みに折れそうな心を抱えても、キュルケは構わず言葉を紡ぎ続ける。
「今のあなたを見て確信したわ。タバサはお母さんを救うために戦い続けた。
あなたを知っているナギから聞いたわ。あなたも、惚れた男のために頑張った。
わたしがあなたの立場なら、同じことをしたわ。女なら、惚れた男のために燃え上がるものでしょ?」
 キュルケがナギと一緒にエレオノールの手を握る。
 感じるはずがないのに、幻想のはずなのに、夢のはずなのに、二人の手が暖かく感じた。

「シェイクスピア曰く、「乙女と乙女の間の真の友愛は、男女間の愛よりも尊いものかもしれない」と……」

 聞きなれた声に、驚愕の表情を浮かべたエレオノールが振り返ると、銀髪を前分けにした、銀眼の整った顔。
 すらりとした均整の取れた肢体を持つ青年が、現れた。
「ギイ先生……」
「やあ、エレオノール。ようやく、君の『役目』を掴みかけているようだね」
 にっこりと温かくエレオノールを迎えるギイを前に、エレオノールは驚愕の表情を浮かべ、佇んでいた。


「先生……何故ここに…………」
「ああ、簡単なことさ。本来なら、僕もこの殺し合い……連中はプログラムと呼んでいるけど……の参加者の一人だったからさ」
 ギイからもたらされた真実にエレオノールは目を見張る。
 本当なら、ギイは誰に殺され、そして名簿にも載っていなかったのか。
 エレオノールの疑問に答えるように、ギイはゆっくりと口を開く。
「けど、ここに呼び出された時点の僕は死体だった。勝くんと同時召還したのがいけなかったみたいだ。
召還する力のある奴が適当でね、自爆スイッチで身体が吹き飛んだ瞬間にここに呼び出されたのさ。お笑い種だろ?」
 皮肉気に口の端を持ち上げるギイを前に、エレオノールはどう答えていいか分からなかった。
 その戸惑いを見抜いているギイは構わず続ける。
「おかげで、この器に僕は自動的に入った……というわけさ」
「器……ですか?」
「ああ。彼らはなにを企んでいるか分からないけど、この器に死者を集めるのを目的の一つとしているらしい。
勝くんと僕を呼び出したのはいいけど、何で僕は死ぬ直前だか……まあ、おかげで君とコンタクトを取れたけどね」
「けど、ギイ先生。私は…………」
「あの後の君の行動は確かに賢いとはいえない。人間になることを目指すのはいいけど、その手段が間違っていた。
第一、僕の時間軸……勝くんと同じ時間軸では、君は人間だったよ。
そこにいる乙女たちと同じように、恋をしている……ね」
「私は……その手段を自分から手放しました……」
「けど、君は幸運にも全てを失っていない」
「そうだ! エレオノール。まだ引き返せる。まだ生きれる」
「これから人間として生き続ければいいのよ。ケンのことはライバルとしては悔しいけど……任せるわ。
死んでいちゃ、何もしてあげれないもの」
「……だから、なぜあなた方はそう私に優しくしてくれるッ!?」
 耐え切れない、とエレオノールは叫ぶ。
 オロオロするナギの手を優しく振り払いながらも、エレオノールは慟哭を続ける。
「私は……あなた方を殺したんだぞ! なぜ、恨み言を言わない!? なぜ、私を許そうとするんだ!?
私は…………私は…………」
 押しつぶされそうだった。ナギの暖かさが、キュルケの言葉が、ギイの存在が、罪を犯したエレオノールには重すぎた。
 涙が零れ落ち、静かに白い床に落ちていく。
 ただ、エレオノールのすするような泣き声が白い空間に響いた。


「後悔しているのかい? エレオノール」
 ギイの発する言葉は優しい。涙でぬれた顔をエレオノールは上げる。
 エレオノールの頭をギイの手がなでる。懐かしい感触だ。
「エレオノール。僕にとって君はなによりも優先する妹のような存在だ。
君が望むことなら、僕は叶えてあげたい。君が間違うのなら、正してやりたい。
けど、もう僕には無理だ。死人だから、こうして君をなでてやることも、今回が最後だ」
 寂しげに、それでいて辛そうにギイは呟く。
 それでも、優しくエレオノールをなで続ける。愛しそうに、名残惜しむように。
「エレオノール。君がしてきたことは確かに許されることではない。
それでも、僕のエゴとしては生きていて欲しい。たとえ、泥水をすすってもね……」
「エレオノール」
 ナギがエレオノールの手を握り、胸に手を当てる。
 ナギの温もりをエレオノールは感じながら、その瞳を見つめる。
「まだ……あの生命の水(アクア・ウィタエ)にとけた私の血が残っているなら……感じてくれ。
最後に、私が思ったことを…………」
 ナギの声と共に、エレオノールの意識が再び反転した。


 ナギの最期……自分との戦い。
 無慈悲な自分の一撃一撃を、エレオノールは目を逸らさずに見つめる。
 ナギはその一撃を受けながらも、諦めずに立ち上がっていた。
 全ては――自分を人間だと肯定するために。

(しろがね…………のコト…………が…………すこし気に…………なるが…………)

 今は亡きナギの言葉の呟きが、エレオノールに降り積もる。
 ナギは痛みを与えた、命を奪った自分を案じてくれた。
 石化していく中で、鳴海たち仲間と同列に、自分を想ってくれた。エレオノールの頬に涙が流れる。
 暖かい雪のごとく、エレオノールの心にナギの思いやりが、エレオノールの胸に宿る熱に溶かされ、目を通して涙として流れたのだ。

(私の…………一番…………大切な……人……大好きな…………ハヤテ…………)

 再び、エレオノールの心が抉られる。彼女の想いを踏みにじったのは自分だ。
 放送から判断するに、彼女がハヤテと再会することはなかっただろう。
 だが、その事実がナギの想いを踏みにじった罪を消すわけがない。
 なのに……それなのに……ナギは生きろと告げている。
 どうしてそこまで、自分を気にかけてくれるのか? どうしてそこまで、自分を救おうとするのか?
 エレオノールは急に彼女に問いたくなってきた。
 彼女になら、確かめられるはずだと信じて。
 その心を知るために、エレオノールは虚空へ向き直る。ナギがいた、その場所へ。
 一言、彼女に問うために。

「ナギ…………私は…………生きていいのですか……?」

 エレオノールの呟きと共に、世界が白く戻った。


「もちろんだとも」
 ナギはエレオノールを力一杯肯定する。
 ナギの死を、この手を血に染めても生きたいと願うのは汚いと、ナギは責めない。
 その優しさが痛くて、その痛みこそ罪だとエレオノールは受け入れる。
 おずおずとキュルケを見ると、彼女もまた笑顔でエレオノールに頷いた。
「言っただろ? 私たちと一緒にこの殺し合いを潰そうって。
もう私は死んでしまったけど、エレオノールが殺し合いを潰してくれるなら、私の望みは叶う」
「だから生きなさい。ついでに、こんなところを潰してくれるなら、いい男を捜しにいけるし。
まあ、ここにもいい人はいっぱいいるけどね」
 二人が笑い、エレオノールは目を瞑って俯く。
 なぜ、この二人を殺したのだろうか? この二人なら自分と友になれたはずなのに、と後悔が訪れるが、今度は死を望まなかった。
「私は……この殺し合いに乗った。そのことは悔やんでも、悔やみきれない。
だが……ナギ、キュルケ。もし、もう一度生きるというなら……私はこの命を贖罪に使う!」
 強い意志を宿し、生気に溢れた瞳をエレオノールは二人に向けた。
 ナギは嬉しそうに頷くが、キュルケは逆に不満そうだった。
「駄目よ、そんなんじゃ」
 キュルケが険しい顔をしながら、エレオノールに迫る。
 キョトンとするエレオノールの両肩をキュルケは掴んだ。
「約束しなさい、エレオノール。
今また戻ったら……燃えるような恋をして。それが、わたしの願いよ」
「そこのオッパイ星人の言うとおりだ。エレオノール、恋はいいものだぞ」
「誰がオッパイ星人よ。まったく、神楽といいルイズと似たような声をする奴はどいつもこいつも……」
 言い争いをする二人を尻目に、ギイが近寄る。
 彼は穏やかな表情を変えず、エレオノールに声をかけてきた。
「エレオノール。この殺し合いを潰すには、器を破壊する必要がある。
そうしなければ、彼女たちはここに捕らえられたままだ。安心しろ。君が彼女たちのために、やれることはある」
「本当ですか? ギイ先生」
「そうだった。エレオノール、この器を壊して、私たちを助けてくれ!
でなければ来世でハヤテとまたラブラブになれない!」
「そうねえ。こんなところで閉じ込められているよりは、解放されて男を探しに行くのがわたしの趣味だから、助けてくれるとありがたいわ」
 自分にもまだ、彼女たちにやれることがある。贖罪の機会を知ったエレオノールの心が燃える。
 彼女たちを殺した事実は消えない。だからこそ、余計にエレオノールは闘志を燃やしたのだ。
「私が、あなた方を救う」
 その瞳に三人は満足気に頷いた。エレオノールは踵を返そうとして、ハッとする。
 この場に、才賀勝がいないことに気づいたのだ。
 自分は彼に謝らなければならない。傷つけたことを謝らなければならない。
 そのためにギイに声をかけようとして、躊躇って結局声を発せずにいた。
 勝に会って、否定されるのを恐れたのだ。しかし、それは受け入れるべきだと覚悟しようとする。
 そんなことを知らないナギやキュルケは怪訝な顔をするが、ギイは全てを見通しているように優しく頷いた。
「勝、もういいよ」
 ギイが呟いた瞬間、どこから現れたのか、エレオノールの胸に飛び込む影があった。
 驚くエレオノールの目の前で、才賀勝が力一杯飛び込んできたのである。
「よかった……! しろがねが、優しく戻って……本当によかった……」
「お坊ちゃま……」
 勝を抱きしめていいのか、エレオノールは一瞬迷いながらも、そっと背中に手を回す。
 傷だらけで、鍛えられた筋肉で出来た背中は男らしい硬さを持っている。
 十の少年が持つには多すぎる傷を、後悔と愛しさでなでる。
「申し訳ありませんでした……私が、私が愚かだったばかりに……」
「そんなことはもういい! しろがねが、元の優しいしろがねに戻ってくれたなら、僕はもう……」
「お坊ちゃま……お坊ちゃま!!」
 喜びを分かち合う二人に、ナギが涙ぐむ。キュルケは身内の無事を知った姉のような表情でギイに振り向いた。
「なかなかいい演出じゃない。それに、あなた結構いい男だし……今度デートでもする?」
「微熱の二つ名以上に美しいあなたのお誘い、身があまるほど光栄です。
今度ワインとチーズと共に、食事をしましょう。意外と、運命を感じるかもしれませんよ」
「あら、お上手ね」
「…………お前たちは何をやっているのだ」
 勝とエレオノールが感動の再会をしている横で、デートの約束をしているギイとキュルケの様子をただ一人ナギは呆れながら見つめていた。


「お坊ちゃま……申し訳ありません。私はもう少しだけ、長く生きていようと思います。
用事が済みましたら、すぐに駆けつけますから。もっとも、坊ちゃまと違って、私は地獄に行くのでしょうけど」
「しろがね! 駄目だよ、長生きをしなくちゃ……」
「……ありがとうございます。しかし、私はお坊ちゃまやナギたちに心配される資格はないのです。
ただ、この身でお坊ちゃまたちを救う。その使命に全てを賭けるために、私は戻るのです」
「しろがね……」
 勝の瞳にたまった涙を、エレオノールはやさしく拭う。
 まるで、勝の知る『未来のしろがね』のように。
「私は生きます。皆を救うために。ギイ先生、待っていてください。私が向かうまで!」
 決意を込めて、エレオノールが踵を返す。
 もう迷わない。罪は重くても、贖う手段を手に入れた。
 許してくれなくても構わない。だが、自分が手にかけた人たちに報いれるなら、エレオノールは死んでもかまなかった。
「エレオノール」
 その背中に、ギイの声がかかる。
 懐かしい、温かい声。いつも、一人でギイから離れるときに聞いた、温かみのある声。
 そして、年の離れた兄が妹を送り出すような穏やかな笑顔のまま、ギイは昔と変わらない言葉をエレオノールに送る。

「Bon Voyage(よい旅を)」

 その言葉を背に、エレオノールの表情は歪む。
 涙が落ちるのこらえ、ひたすら白き道を走り続ける。振り返ってはいけない。振り返るのは許されない。
 彼らを救わねばならないからだ。贖罪のために……


「行っちゃったな……会わなくてよかったのか? 鳴海」
 ナギが振り返り、白い壁の向こうにいる鳴海に声をかける。
 姿を見せた鳴海は、エレオノールに満足気な笑みを向けるだけだ。
「いいさ。今、俺が会ったって出来ることは少ないからな」
「そりゃそうだ。それに、僕のかわいいエレオノールに君の馬鹿がうつると困るし」
「誰が馬鹿だ。誰が」
 鳴海はギイの首に手を回し、頭に拳固を打ち込む。
 たんこぶの出来たギイは涙を浮かべ、取り上げられたペンダントを見つめてママン、と呟いていた。
「さてと。勝、エレオノールの迎えを大人しく待つとするか」
「うん!」
「まあ、こっちはこっちで、厄介なのがいるけどね」
「なに。俺たちには些細なことさ。エレオノールが立ち直ったって、事実を知った俺たちにはな」
「…………違いない」
 フッと微笑むギイは目を細め、エレオノールに向かって内心呟いた。
(エレオノール……)
 思い出すのは、アンジェリーナに託されたあの夜。
 アンジェリーナ、フランシーヌ人形、正二、いくつもの命を背負って、エレオノールという赤子は生かされてきた。
 彼らは常に、エレオノールに幸せになって欲しいと願い続けてきた。
 兄として存在するギイもまた、例外ではない。ゆえに、ギイがかける言葉は……

 ―― 幸せにおなり……

 その一言以外、ありはしない。


 月光下にて、エレオノールを守るように見下ろすケンシロウ。
 その発達した大胸筋を呼吸に合わせ、静かに上下する。
 星が瞬き、夜の風がさあっと通り雨の湿気を含みながら通り過ぎる。
 ケンシロウの周りには、相変わらずエンゼル御前が飛びまわって、エレオノールの顔を覗き込んでいた。
「なあ、エレノンは大丈夫だよな?」
 ここ、何度か繰り返したか分からないエンゼル御前の言葉を、ケンシロウは耳に入れる。
 答えは決まって、『まだ分からない』だ。今回も同じ答えを返そうとしたケンシロウだが、エレオノールの顔を見て、眉をピクリと動かす。
 先ほどまで白かった頬に、赤みがさしてきた。まるで魂を取り戻していくように。
 とっさに、身体の状態を探る秘孔をついて、身体の様子を探る。
 エレオノールの弱々しかった心臓の鼓動が、力強さを徐々に取り戻してきた。
「まさか……まさか!!」
 エンゼル御前の顔に喜びが広がり、エレオノールの上を旋回する。
 自然、ケンシロウの頬にも笑みが広がった。


 公園のベンチに寝かされ、毛布に包まれた、エレオノールの身体が動く。
 身体が震えて、彼女を眠らそうとする冷気に対抗している。
 プラチナの輝きのごとく、月光を反射するエレオノールの長いまつげが震えて、ゆっくりと全てを吸い込むような銀の瞳を開いていく。
 完全に瞳を開ききったエレオノールは身体を起こした。
 春に流れる川のごとくゆったりとして、それでいて優雅な仕草はどこかの貴婦人のような高貴さを漂わせていた。
 そのままエレオノールは両足をそろえて降ろし、ケンシロウに向き直る。
「…………ずっと守っていてくれたのですか?」
 ケンシロウは無言だ。もとより、自慢げに己のしたことを自慢するような男には見えない。
 この反応は予想内だが、それにしたって一言あっていいものだ。
 もっとも、エレオノールはそのことを責める気などない。いや、責める資格などないと考えている。
「エレノ~~ン!!」
 エンゼル御前がエレオノールの胸に飛び込んできた。
 ケンシロウとの戦いで友情を結んだ、初めての仲間。
「御前……まったく、あなたという人は……」
 呆れたように呟くエレオノールの言葉に、喜色が混じる。
 エレオノールがこれから行うことは大きい。一人でも、仲間が欲しかった。
 ケンシロウに協力を要請する気はない。さすがに、そこまでずうずうしくなれないからだ。
「ケンシロウ……あなたに頼みがあります」
 ケンシロウが無言でエレオノールを見返す。まるで、値踏みするように。
 その威圧感に負けないようにエレオノールは見つめ返す。彼女の方には、勝の、鳴海の、ギイの、ナギの、キュルケの魂がかかっているからだ。
「御前を……私に貸してください」
「その目的を言え」
 さらに強まる威圧感に、エンゼル御前はちびっていた。普通の人間でもこの威圧感の前に晒されれば、恐怖で動けなくなるだろう。
 以前のエレオノールでも、動きが鈍るのは必至だ。
 だが、エレオノールは威圧感をそよ風ほども感じていないかのように、力強く一歩前へ出る。
「夢なのかもしれません……私の願望なのかもしれません……」
 しょせんは夢の出来事。本当だと確信することなどで気はしない。
 なにより、エレオノールに都合がよすぎる。死んだ者の遺志を確認する手段など、現世にいる人間には不可能だ。
 だから、ケンシロウに断られてもいい。一笑されてもいい。
 それが自分の罪だ。それでも、エレオノールは彼らを救うことを諦めない。
 彼らを閉じ込める『器』があると確信を持って。
 もう、エレオノールの償える手段は、主催者を倒し、ギイたちの魂を開放する。それしかないから。
「だけど、私は彼らに償える手段があると知りました。彼らが死後も捕らえられていることを知りました」
 エレオノールの言葉に徐々に熱が帯びていく。
 左手を胸に当て、身体を前に突き出して必死にケンシロウへと訴える。
「ですから、エンゼル御前を私に預けてください。主催者を倒して、ナギたちに償いをする。
信じなくても構いません。私は……」
 エレオノールは息を吸い込んで、ゆっくりと吐く。
 鷹のような眼光をケンシロウに向け、その身を構える。
 殺すための構えでなく、立ち向かうための構え。

「私は生きます! 救いたい人たちがいますから!!」

 無手で構えるエレオノール。ケンシロウ相手では絶対勝てないと分かっていても、闘志は消えない。
 彼女の大切な人たちを、助けるために。
 彼女のサーカスが始まる。

 自分を前に、徒手空拳の構えをとるエレオノールを前に、ケンシロウは感慨深げにため息を吐く。
 目の見えないケンシロウでは、エレオノールがどのような表情をしているか、確かめるすべはない。
 もっとも、北斗神拳は暗殺術。目が見えない程度で、エレオノールの輝く命を見間違うはずなどなかった。
 エレオノールから伝わる呼吸。彼女が動くたびに感じる、微細な風の流れ。そして、彼女の放つ言葉。
 その全てが、偽りでないとケンシロウに告げる。
 彼女は本気で、主催者を倒すつもりなのだ。
(ナギ…………君のような子が修羅に心を取り戻させたのだ。
その生き様、誇っていい。俺には出来なかったことだ)
 ケンシロウは彼女の顔を見ることはなかった。
 殺人鬼を前にしても怯まず、そしてエレオノールの心を動かしたナギ。
 その生き様は、ケンシロウの信念に刻み込まれている。
 目の前にエレオノールに、どう刻まれたか見極めるため、ケンシロウは威圧感を緩めない。
 エレオノールは怯まず、ケンシロウに真っ直ぐ視線を向けているのを感じる。
 皆を救う、というエレオノールの言葉を疑いはしない。
 しかし、ケンシロウは知りたかった。その言葉に、エレオノールがどれほど命を賭けれるのかを。
「駄目だ。人形の言葉は信用できない」
「ケン!!」
 エンゼル御前が非難するような視線をケンシロウに向ける。エレオノールが僅かに怯んだ隙を見せた。
 瞬間、ケンシロウは駆ける。土砂が跳ね上がり、刹那の時間でエレオノールの額に指を突いた。
「お前はもう死んでいる」
 その瞬間、空気が変わる。エンゼル御前が怒りこめて突進し、小さい手足で蹴り殴る。
 エレオノールは一瞬呆け、すぐに表情を引き締めた。
「なら……私は死ぬその瞬間まで、諦めないだけです」
 エレオノールの目は死なない。そのことを確かめ、ケンシロウはフッと頬を緩め、腕を下ろした。
 エレオノールの賭けるものは、命以上の『魂』だ。
 これ以上に、エレオノールが賭けれる物はない。だからケンシロウは、エレオノールを信じる。
「……北斗神拳は暗殺拳。今の奥義で『人形である者が即死する』秘孔を突いた。人形であるものは、一瞬にして死ぬ」
 エレオノールはポカンとする。泣きながら殴る蹴るしていたエンゼル御前も、頭に疑問符の嵐を浮かべて、ふよふよと滞空した。
「そして、エレオノール。人間であるお前は生きている。俺は『人間』であるお前を二度と殺さない。
ナギが与え、刻み込んだ人間のお前をな」
 ケンシロウは武装解除して、六角形の核鉄に変えたエンゼル御前をエレオノールに投げる。
 もう二度と、失いはしない。そう誓いながら。


「もう、ケン。びっくりしたぜ~」
「すまない。しかし、けじめだからな」
 そう呟くケンシロウに感謝しながら、エレオノールは破壊された池を見つめる。
 ケンシロウに頼んで、地面を砕き、生命の水を流し続けたのだ。
 地面を裂くほどの力を見せるケンシロウに驚きつつも、彼なら出来そうだと納得した。
「これでよかったのか?」
「……ああ。私たち、しろがねが捜し求めていた、柔らかい石がなぜ私の体内にあったかは知らない。
しかし、しろがねは再生力と身体能力を上げる。この殺し合いでは殺人者を強化するものに使われかねない。
もっとも、少量は持っていこう。私が持つ生命の水は、怪我を負った方に分けていけば多くの人を救える」
 ペットボトルに詰めた生命の水を見ながら、エレオノールはケンシロウに向く。
 ナギたちの魂を開放するといっても、手がかりはないに等しい。
 今は情報を集めるのが最適な手だ。
「なら、独歩のところに向かおう。彼なら、俺たちに協力をしてくれるはずだ」
 学校に向かうか、独歩のところに向かうかケンシロウは迷ったが、ジグマールと戦っていたであろう独歩の身を案じてエレオノールに提案する。
 エレオノールが静かに頷く気配を感じながら、ケンシロウは隣に並んで足を進めた。
「任せろ」
(私はもう、人間になれなくてもいい。御前が、ケンシロウが、ナギたちが私を人間と見てくれているなら。
だから行こう。私の、サーカスを演じに!)
 エレオノールの眼光が光、正面を見つめる。
 その身に、使命を乗せて。


 エレオノールに目的を告げ、ケンシロウは見えぬ目で後方を見つめ、その思考を神楽へと向ける。
 ケンシロウは一度、神楽を救いに行くか、独歩を助けに向かうか迷った。
 通常なら、独歩でなく神楽を優先する。独歩は戦士だ。
 よっぽどのことがない限り、死ぬことはない。
 しかし、相手はジグマール。姑息で小物だが、最初に会ったときと違ったものをケンシロウは感じていた。
 その違和感が先ほどから気になってしょうがない。
 神楽が放送で呼ばれなかったのも、独歩を優先した理由の一つでもある。
 確かに神楽は力があるが、ケンシロウはその力を圧倒する強者を知っている。
 その強者がいて、なおかつジグマールのように姑息な手段を使う殺人鬼から逃れ続けたのは、彼女の傍に強い味方がいたのだろうと判断した。
 楽観的な考えも混ざっているが、神楽がここまで生き延びた、というなら心強い味方を得たのだと考えた方が自然だからだ。
 不安は消えないが、ケンシロウは神楽の安全をまだ見ぬ仲間に託した。
(すまない。神楽、俺はまだ戦わねばならない。必ず、俺はお前の元に向かう。だから、それまで生きていてくれ)
 その拳を、人を活かすために使うと、ケンシロウは内心で吠えた。
 北斗の拳、哀愁を乗せて、今走り出す。


 人を活かす拳。

 生命を尊重し、己の技を鍛え続けると同時心を鍛え上げる。
 拳法修行の目標である自己確立、自他共楽、理想郷建設の基礎となる教えである。
 揺らがぬ人となり、拳士となる手段。
 現代では、それを活人拳と呼ぶ。

 そして、暴力に嘆く弱き人を救い、地獄のような日々に安心できる理想郷を作り上げる。
 活人拳と同じ道を目指し、突き進む救世主の拳法。
 世紀末では、北斗神拳と呼ぶ。

【E-4 池の公園 2日目 黎明】

【ケンシロウ@北斗の拳】
[状態]:全身各所に打撲傷と火傷。肩に裂傷 両目損失。腕に切り傷。 疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:支給品一式、ランダムアイテム(般若心境と書かれた紙(エニグマ/開かれていません)、日本刀@現実
    本部の鎖鎌@グラップラー刃牙
[思考・状況]
基本:殺し合いには乗らない、乗った相手には容赦しない。
1:エレオノールと共に、独歩を助けに行く。
2:1の後学校へ行く。
3:2の後、神楽を探す。
4:ラオウ・勇次郎他殺し合いに乗った参加者を倒す。
5:助けられる人はできるだけ助ける。
6:乗ってない人間に独歩・アミバ・ラオウ・勇次郎・エレオノール・ジグマールの情報を伝える。
[備考]
※参戦時期はラオウとの最終戦後です。
※ラオウ・勇次郎・DIO・ケンシロウの全開バトルをその目で見ました 。
※秘孔の制限に気付きました。
※ラオウが無想転生を使えないことに気付きました。(ラオウは自分より過去の時代から連れて来られたと思っています)
<首輪についての考察と知識>
※首輪から出ている力によって秘孔や錬金が制限されていることに気付きました。
首輪の内部に力を発生させる装置が搭載されていると思っています。
※ナギ、こなた、アカギと大まかな情報交換をしました。またジグマールの能力、人間ワープ、衝撃波についても簡単に聞いています
※公園の池周辺に地面に亀裂あり。池が干上がっています。


【才賀エレオノール@からくりサーカス】
[状態]:疲労大
[装備]:エンゼル御前@武装錬金、あるるかん(白金)@からくりサーカス(頭部半壊、胸部、腹部に大きな損傷、全身にへこみと損傷あり)
[道具]:青汁DX@武装錬金、ピエロの衣装@からくりサーカス、支給品一式、生命の水(アクア・ウィタエ)
[思考・状況]
基本:主催者を倒す。
1:ケンシロウと共に、独歩を救いに向かう。
2:夢で見たギイたちの言葉を信じ、魂を閉じ込める器を破壊する。
3:ナギの遺志を継いで、殺し合いを潰す。
4:一人でも多く救う。
[備考]
※ジグマールと情報交換をしました。
※参戦時期は1巻。才賀勝と出会う前です。
※夢の内容はハッキリと覚えていますが、あまり意識していません。
※エレオノールが着ている服は原作42巻の表紙のものと同じです。
※ギイと鳴海の関係に疑問を感じています。
※フランシーヌの記憶を断片的に取得しています。
※「願いを叶える権利」は嘘だと思っています。
※制限についての知識を得ましたが、細かいことはどうでもいいと思っています。
※自転車@現実は消防署前に落ちています。
※才賀勝、三千院ナギの血液が溶けた生命の水を飲みました。2人の記憶を取得した可能性があります。
 が、断片的かもしれないし、取得していないかもしれません。
 才賀正二の剣術や分解などの技術は受け継いでいません。
※エンゼル御前は使用者から十メートル以上離れられません。 それ以上離れると核鉄に戻ります。


224:贖罪の拳、煉獄の炎 投下順 226:愛すべき日々
221:たとえ罪という名の仮面をつけても―― 時系列順 226:愛すべき日々
217:エレオノール、明日を創る ケンシロウ 228:進化
217:エレオノール、明日を創る 才賀エレオノール 228:進化