心を縛るものを ひきちぎればすべてが始まる◆14m5Do64HQ



一陣の風が入り組んだ市街地を走る。
あまりにも低空。
そして、目を見張る程の速さ。
決して零になることはない速度に、その風が持つ意思の強大さを見て取れる程に。
今は立ち止まるべきではない。
この身を擦り減らしてでも、一刻も早く行う目的がある。
それは仲間と、短い時間であるが確かに心を繋いだ仲間達との合流。
その目的を決して忘れぬように、取り零さないように一陣の風が大気を揺らす。
一陣の風の名は覚悟。
人間の世を裏側から守り続けてきた葉隠一族、次男坊・葉隠覚悟という男なり。

「到着完了! ようやく戻ってこれたか……」

一陣の風が急速に速度を落とし、やがて立ち止まる。
桂ヒナギクと落ち合う事を約束した場所、エリアE-7・S-7駅前に辿り着いた覚悟。
その呼吸には殆ど乱れはない
周囲への警戒を行いながら走ってきたため、全速力ではなかった事も関係するだろう。
だが、やはり覚悟の身体能力が常軌を逸している事が最大の要因。
零式防衛術を学ぶため人里離れた地で、幼少の時から修業を重ねた覚悟にエリア一つ分を走りきるなど造作もない。

「あとはヒナギクさんと合流するのみ! 話すべき事はあまりにも多い。よって、いたずらに時間を無駄にするべきではない」

また、厳密にいえばヒナギクとの待ち合わせ場所は駅のホーム。
キッチリと舗装された階段を飛び越え、着地時の衝撃音を駅内に反響させる覚悟。

――村雨殿は無事、記憶を取り戻し、ヒナギクさん仲間になってくれたのだろうか?
――柊かがみさんは彼女の妹、そして自分達の仲間、つかささんの死を受け入れる事はできたのだろうか?
――ハヤテは何故死んでしまう事になってしまったのか?
――川田が本気で自分を襲ってきた事をヒナギクさんに話せばどういう反応を示すだろうか?
――つかささんの仇、津村さんのまるで魂の抜け殻のような姿を見れば、ヒナギクさんはどういう反応を示すだろうか?
――そしてつかささんの友人、泉こなたさんは…………。
話すべき事は山ほどある。
出来るものならば充分と時間を掛け、慎重にヒナギクと話をしたい。
だが、残念ながら覚悟に残された時間は有限。
今もなお自分を待っている蝶野功爵と赤木しげるの元へ戻る事もあるため、あまり長々と話は出来ない。
ヒナギクと話を行い、直ぐに学校へ戻る決意が覚悟の胸に灯る。
決意という紐をもう一度きつく己の体に縛りつける。
そうして、覚悟の身体がもう一度一陣の風と化す。
真っ直ぐと待ち合わせのホームを目指して――

◇  ◆  ◇

何の変哲もない、ごく一般的な地下鉄。
車内放送もなく、車内で聞こえる音はガタン、ゴトンと電車が揺れるものぐらいしかない。
人間の話し声を除いては。

「ねぇ、ヒナギクはラノベとかは読まないの?」
「ラノベ? なに、それ? なにかシリーズ物の小説かしら?」
「え、えええええ!? ラノベって言ったらライトノベルのコトに決まってるじゃない!」
「ああ、なるほどね。ごめん、かがみ、私そういうの読まないのよ」
「へぇーそうなんだ……じゃあ今度読んでみなさいよ。私がおススメのを教えてあげるわ!」
「んー……じゃあお願いしようかしら」

二人の少女が年相応に雑談に精を出し、共に笑い合っている。
桃色の髪の毛を生やす少女の名は桂ヒナギク。
ヒナギクの横に座る紫色の髪の毛の少女の名は柊かがみ。
地下鉄が目的地のS-7駅に着くまでの間には特にやることはない。
そのために、他愛もない話をして時間を潰そうとヒナギクとかがみは考えていたのだろう。
そして二人が座る席から左斜め向かい側に座り、目の前に奇妙なバイクを停めた男が一人。
村雨良が横目でかがみとヒナギクを盗み見していた。
主にかがみの方に重点を置いて。

「おい、おまえさん。いけねぇなァ……お前さんは年下が趣味なのか?
こんな状況でもてぇ出したら立派な犯罪だぞ、わかってるかァ?」
「な! 何を馬鹿な! 俺は只――」

村雨の近くの手すりに両手をぶら下げた形で立っていた男、愚地独歩が小さな声で村雨をからかう。
独歩は取り敢えず村雨達について行き、覚悟なる男との合流を終えてから村雨達と情報交換を行おうと思っていた。
思いがけない独歩の言葉に村雨の表情が崩れる。
屈強な上面に浮かべるのは驚愕や己への弁護を示すもの。
車内に響く、村雨の多少の焦りに塗れた言葉。
そんな村雨の判り易い反応を見て、独歩がニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる。

「ちょっと! 大の男が二人してかがみを狙う計画でも立ててるんじゃないでしょうね!?
ぜぇーったいに私が許さないわよ!」
「オイオイ! 俺は関係ないぜ、ヒナギクのお嬢ちゃん。
村雨の兄ちゃんだけだっての!」
「あら? それはどーかしら? だって村雨さんもそんなに人相が良くないとはいえ、独歩さんの人相は~~~ねぇ? かがみ?」
「ム? 何故、そこで俺が――」
「んーそうねぇ、独歩さんには悪いけどかーなーり、危険領域よ! 村雨さんも較べる相手が悪くて助かったわね♪」
「おい、テメェら! それが年上の者に対する態度か~~~ッ? 村雨の兄ちゃんとオレもあまり変わらないだろうがよッ!」
「だから何故、俺の名前が何度も何度も……」

村雨の言葉が聞こえたヒナギクとかがみが独歩と村雨の方を向き、攻撃する。
そしてそれに負けじと対応するのが独歩。
村雨は元々そんなに喋るのが得意ではなく、記憶を取り戻したばかりなのでなかなか発言できない。
勝手に独歩と較べる対象にされ、微妙に表情はむくれているようにさえ見える。

「は~い、では、桂ヒナギク。愚地独歩さん、年長者のあなたのお言葉を有難く肝に銘じておきます!」
「じゃあ、また私達は私達で話でもしてるから、お二人でどうぞご自由に~♪」
「テメェら……これっぽちも真面目に俺の話を聞いてねぇなァ~~~ッ! そんな悪いガキ共には昔から尻をひっぱたたくってのが道理ってもんだッ!」
「キャア! 変態! チカン! あっちに行って逃げましょ、ヒナギク!」
「ええ! ちょっと身の危険を感じちゃうしね。ではごきげんよう~♪」

だが、やはりヒナギクもかがみも正真正銘の女子高生。
常日頃、学校で友達とお喋りに興じている二人に独歩が勝てるわけもない。
ヒナギクとかがみが独歩と村雨から更に離れた座席へ脚を運ぶ。
しかし、二人が浮かべる表情はとても明るい。
独歩に対する微妙な中傷も決して本心ではなく、只の冗談。
何故なら、かがみの治療の件で二人にとって独歩も大切な仲間の一人だと認識しているから。

「全く、あのクソガキ共が……困ったもんだな、村雨?」
「? あまり困ったように見えないがな?」
「ハハハハハッ! バレたか! 鈍そうなお前さんにバレるってコトはとんだ失態だなッ!!」
「ム、放っといてくれ……」

村雨の隣に勢いよく腰を下ろす独歩。
独歩が浮かべる表情もまた、ヒナギクとかがみのそれと同様に明るい。
だが、村雨を茶化すような言葉は相変わらず続く。
そのため、少し不満げに村雨がそっぽを向く。

「それと言っておくが、俺は別にかがみを変な目で見ていたわけじゃない。只、俺は――」
「ああ、そのコトかよ。安心しな、さすがのオレにもお前が何を考えていたかは理解してたつもりだぜ?」

ふと、急に薄ら笑いを止め、真剣な表情へ変わる独歩。
口調もまた、先ほどの軽薄なものではなく、年相応な重みが溢れる。
独歩の変貌に村雨は驚く。
まるで雲のように掴みどころのない性格。
そして、こちらの考えを見透かしたような隻眼による眼光。
予想もつかない程の修羅場を越えてきた事が用意に推測出来る程の、独歩の闘気に村雨は押される。

「かがみの嬢ちゃんが心配なんだろ? 無理して頑張ってるが、あの歳じゃあつれぇだろうな……」
「……ああ、今は楽しそうに笑っているが……もしや、あんたは?」

勿論、独歩も村雨が男の欲望を滾らせながらかがみを見つめていたわけではないとわかっていた。
村雨が気にしていたのは左腕を失ったかがみの様子。
応急処置を施しても、幾らかがみが強がっても当然左腕は戻ることはない。
そんな時独歩の言葉を聞き、何かを閃いたような様子で顔を向ける村雨。
先程の独歩のかがみ達に対する、歳不相応な軽口や態度。
その言葉の意味が今になって村雨には理解できた気がしてならなかったから。

「もしや、かがみを元気付けるためにわざとあんな風に振舞ったのか? 彼女の気持ちを少しでも楽にさせてやろうと……」
「よせやい。あんまりオレを買いかぶるんじゃねぇよ。どうせオレには空手しかねぇからなァ、そんな芸当が出来るわけねェ」

他愛もないヒナギクとかがみの冗談に年長者としての威厳を敢えて消して、同じように彼女らと接した独歩。
結果として、ヒナギクもかがみの笑顔もより大きなものとなった。
村雨は独歩がこの結果を見越したのではないかという考えに至った。
推測を言葉に表し、実際に独歩に聞いてみた事で更に村雨の確信は強くなる。

「あんたも嘘がヘタなんだな、俺ですらも見抜ける」
「……けっ! 若造がつまらねぇコトいいやがって! まァ……そういうコトにしていいぜ。おっ、そういえば聞きてぇコトがあるんだが?」
「なんだ?」

そっぽを向きながら否定する独歩が新たに口を開く。
思えば今まで合流した直後にかがみの治療に専念していたため、碌に互いの状況の話をしていない。
誰か知り合いでもさがしているのだろうか。
そう思い、村雨が独歩に答える。

「範馬勇次郎って男を見なかったか? コイツはどうしようもねぇバケモンだ。それにな……」
「範馬勇次郎……いや、心当たりはない。そいつは一体何を?」

勇次郎の名を独歩が口にした瞬間、村雨は見た。
独歩の隻眼が確かに戦士のそれに一段と推移していく光景を。
只ならぬ独歩の面影。
まるで自分とBADANとの関係のように複雑で、とても切れそうにはない因縁。
独歩が浮かべる表情から、勇次郎なる人物が独歩と良好な関係ではないと村雨は悟る。

「才賀勝という、未だ小学校も出てねぇ坊主を殺しやがった。俺の力が足りなかったせいでな……」
「そうか……そんな子供が……」

才賀勝という少年を殺した勇次郎という男。
勇次郎の存在を独歩から聞かされた村雨はやりきれなさを覚える。
強大な敵、ラオウと共に闘い、そして散っていった綾崎ハヤテの意思を継いだ村雨。
BADANの策に乗り、既に殺し合いに手を染めた者を止める、もしくは倒す事は村雨の役目。
殺し合いに乗っていない者を救い、BADANの目論見を叩き潰す事を決意した村雨に勇次郎のような者を許せるはずもない。
だが、村雨の胸中にはしこりともいえる負い目がある。

(俺は……俺は……)

思い浮かべるのは記憶を失くしていた自分。
現人鬼・葉隠散の人類完殺に手を貸していたあの暗闇の時期。
今では散の思想に全く同意は出来ないが、命を拾われた恩もある。
だが、村雨の気がかりな事はその時の自分の行為。
今、この場に居るかがみ、ヒナギク、独歩に言い出す機会が見つけられず言えなかった事。
この殺し合いを憎み、自分にはない正義を掲げた劉鳳と闘ってしまった事。
同じく正義を掲げた者、キャプテン・ブラボーと散の闘いを何もせずに傍観した事。
ブラボーの仲間、桐山和雄が散に闘いを挑んだ時すらも傍観した事。
そして何よりも――

(俺に勇次郎という男を憎む資格はあるのか? ヤツと同じように人を殺した……平賀才人を殺した俺には……)

劉鳳を助けるために飛び出した少年。
平賀才人を殺した事は村雨にとって決して忘れることは出来ない。
いや、忘れてはならない事だから。

「ところでさ、独歩さん。本当にこなたのヤツは学校に居るんでしょうね?」
「ああ、多分な。俺達は学校へ向かう途中だった。それにこなたの嬢ちゃんもパピヨンもアカギもあの放送で名前を呼ばれてねェ。
恐らく俺を待ちながら、三人で学校に留まっているだろうよ。勿論、この二人は俺達の協力者だから安心しろい」
「それならよかったわ。あいつが他の人に迷惑を掛けてないか、これからは私がキッチリと見張ってあげるんだから!」
「なんだか嬉しそうね、かがみ? まるで恋人に会うみたいに浮かれちゃって」
「な!ななななななな!なんで恋人なのよ!私とこなたは女同士だっての!! そりゃあ……嬉しいといっちゃあ嬉しいけどね……」
「あらあら? 顔が赤いわよ~~~~~~~か・が・み♪」
「う! うっさいわね!!」

こなたの無事を独歩の口から確認したかがみの表情が喜びに緩む。
今まで全く所在を掴む事の出来なかった、今ではたった一人の元の世界での友人であるこなた。
かがみが喜ぶのは無理もないだろう。
そんなかがみをヒナギクが少しからかい、かがみは顔を真っ赤に染めながら苦し紛れの反論。
やがて形勢が不利と見たかがみはそそくさとヒナギクと独歩から離れ、一番端の座席に腰を下ろす。

(全く、もう! ヒナギクったら変なコト言わないでよ。私は同性愛者じゃありませんよーーーだ!)

両脚を組みながら、ぶつぶつと胸中で愚痴るかがみ。
だが、その表情からは別にヒナギクの事を嫌悪しているような様子は全く見られない。
言うなれば、他愛もない喧嘩に負け、逃げ帰った小さな子供のような様子。
自分の妹、つかさと僅か一日で友達となったヒナギクはかがみにとっても立派な友人となっていた。
そんな時、ふとかがみは考える。

(でも、パピヨンって夢の中でもこなたが言ってたけど……偶然よね? だってあれは夢であって、現実のコトじゃないし。
それにしても不思議ね……なんだか忘れてるような事もある気がするけど……)

パピヨン。
先程、独歩から聞いた名前。
そして先程の夢の中でこなたが言っていた名前。
二つの名前が一致した事にかがみは少し不思議に思う。
しかもあの時、こなたはもっと重要な事を言っていた気がしたが、かがみは忘れていた。
夢の内容は目が覚めた後は記憶に残らず、おぼろげながらに覚えている程度が殆ど。
なにか、気がついたらどうとか……そんな事をこなたが言っていたような事だけをかがみは辛うじて覚えていた。

「ねぇ、独歩さん。私も一つ聞いていいかしら?」

一人、悔しそうに呟くかがみを満足げに見送るヒナギク。
だが、急にヒナギクは腰を下ろす独歩の方へ振り向く。
浮かべる表情は先程かがみと会話をしていた時の優しい笑顔ではない。
少し強張った、真剣な眼差しで独歩を真っ直ぐ見つめる。
そして、ヒナギクの口から吐き出された質問が独歩へ投げかけられる。

「なんだ?」
「ナギを殺した人は才賀エレオノールっていう女の人……本当に間違いはないかしら?」

独歩がこなたの事を話した際、当然彼はナギの事も話していた。
以前、ナギからヒナギクの事を聞いていたからだ。
真剣な表情でナギを殺した人物、才賀エレオノールの特徴を独歩から聞いたヒナギク。
ヒナギクもまたかがみと同じようにもう一度確認するかのように独歩に聞き直す。
依然、浮かべる表情には一寸の緩みはなく真剣そのもの。

「ああ、そうだ。だが、エレオノールは俺がやる。あんまりヘンなコトは考えるんじゃねぇぞ」
「そうだヒナギク……戦闘は俺達に任せろ」
「……わかってるわよ」

独歩の口から返ってきた言葉は肯定の意を示すもの。
そして言葉と共にヒナギクの行動を制するために、独歩が釘を刺し、横に腰掛けていた村雨も続く。
独歩と村雨にはヒナギクが考える事はなんとなく予想はついた。
ヒナギクのあまりにも強い責任感が駆り立てる無茶な行動。
その行動をヒナギクが起こすのではないかと二人は警戒していた。
そんなヒナギクは一言、言葉を述べ、ドア近くの座席に歩を進め、腰掛ける。
あまりにも素直すぎるヒナギクの行動を独歩は気がかりに思い、更に決意を強める。

(ヒナギクの嬢ちゃんが無茶をしねぇようにしっかりと見てやらねぇとな……。
それを手っ取り早く終わらせるにはァ……俺がさっさとエレオノールを倒すしかねぇ)

独歩は先程、かがみの治療時にヒナギクの人柄をそれなりに観察する事が出来た。
空手一筋とはいえども、伊達に歳は食っていない独歩にも人を見る眼はある。
かがみの怪我を自分のせいだと後悔していたヒナギク。
一言で言えば、恐ろしいほどに責任感が強い少女。
そして一人で、全ての物事の責任を背負うかのような気質も見受けられた。
今、この場で自分の友達のナギを殺した人物の名前を、ヒナギクが知ってしまったらどうなるか?
自分達の元を飛び出し、エレオノールに復讐をするために無茶な事をしでかすかもしれない。
よって、ナギの事を話す時はヒナギクの動向に注意しながら話をした独歩。
結果としてヒナギクはそれ程取り乱した事もなく、今は安泰といえるが今後この状態が続くわけもない。
そのため、ヒナギクが復讐を行う可能性があるかもしれないエレオノールを、独歩は即急に倒す決意を行う。
勇次郎に勝を殺された時の足止め、あるるかんに気絶させられた借り、ナギの仇といった様々な因縁にケリをつける必要もある。
独歩は静かに闘志を燃やし続ける。

そんな独歩を尻目にヒナギクは座席に腰を掛けながら考える。
ハヤテやナギの死からはなんとか立ち直れたが、今も気がかりな事は胸中にしつこくこびりついているのが現状。
勿論、ヒナギクが気に悩んでいる事はナギを殺害したらしいエレオノールという女性の事。
とてもこの殺し合いには乗りそうにはなく、何より自分の友人であるナギを殺したというエレオノールをヒナギクは未だ許せてはいない。
だが、だからといって彼女は怒りと復讐に身を委ね、無茶を行うつもりはなかった。

(ええ、わかってるわ……もう、私はあんな風に取り乱さない。だって、
私には覚悟くんやかがみ、村雨さんや独歩さんのような仲間が居るから。
でも、エレオノールっていう人もこのままにするわけにもいかない……! 私たちが、絶対に……あなたを止めてみせるわ)

以前、ヒナギクはハヤテを殺した男、ラオウ、そしてつかさを殺した女、斗貴子に復讐するめに冷静さを失った。
だが、その時、かがみに手痛い平手打ちを貰い、ヒナギクは冷静さを取り戻す事が出来た。
自分もたった妹であるつかさの死を必死に我慢し、自分を叱ってくれたかがみに感謝してもしきれない程に嬉しかったヒナギク。
かがみの気持ちを裏切らないためにも、もう自分を見失ったりはしないとヒナギクは誓った。
だが、エレオノールの事もこのまま見過ごす事をヒナギクには出来ない。
殺し合いに乗ってしまったエレオノールを放っておけば、また犠牲者が出て、誰かが、自分が悲しむ事になる可能性もある。
そんな事をみすみすと起こしてはならない。なんとしても自分達でエレオノールを止める。
ヒナギクもまた、独歩と同じように静かに決意を更に強く固め始めていた。

「良よ、気を抜くではないぞ! 覚悟との合流が出来るとはいえこれから先、何が起こるかはわからん!!」
「……ム? 零、お前……寝ていたんじゃなかったのか?」
「なに!? 良よ! 貴様、我々、強化外骨格『零』をなんだと思っているのだ!」
「いや、さっきから全く喋らなかったからな。割とお喋りなお前のコトだから……その、すまん」
「むむむ……まぁよしとしよう」

かがみ、独歩、ヒナギクの三者三様の葛藤が続く中、突如クルーザーに括り付けられた奇妙な鞄が声を発する。
その鞄の正体は三千の英霊を宿した鎧、強化外骨格『零』。
零は今まで余計な口は挟まずに、村雨達の話を黙って聞いていた。
そのため、一旦話が途切れた頃合を見計らって零は村雨に話しかけた。
本来の着装者である覚悟との合流が目前であり、心なしか大きな声で村雨に渇を入れる零。
だが、村雨のすっとぼけた答えに微妙に零は勢いを失くす。
しかし零にはそれ程落胆している様子は見受けられない。

(ふふふ、良のヤツめ! 記憶が戻り、どこか頼りなくなった気はするがまぁいい!
以前にはなかった、人間としての心意気が今のお前には感じる事が出来る!
これでやっと、覚悟と肩を並べられるといったところか!
そして覚悟よ……遂に我らが再会を果たす時! この零! この時が来るのを今か今かと待ち望んでいた!!)

零は今の村雨に素直に嬉しさを覚えていた。
以前、記憶を失い、散の野望に手を染め、自分の目の前でかがみを連れ去った村雨。
だが、今の村雨は違う。
人並みに会話も行え、何よりBADANという悪を憎む正義の心が今の村雨にはあると零は確信している。
ハヤテと共にラオウと行った激闘、大首領なる人物に対する叫び、変身と共に行ったラオウへの咆哮、
そしてジグマールと闘い、かがみの治療に全力を尽くした村雨。
最早、零にとって村雨は立派な戦士であり、まるで自分の部下が成長を遂げたような気がし、喜びを見せていた。
そして覚悟との再会もまた零にとって嬉しき事。
己の装着者として認め、心を繋いだ戦友(とも)である覚悟との再会を零が喜ばないわけもない。
そんな時、地下鉄の速度が減速し始める。
どんどんと速度は遅くなり、ヒナギクは窓から地下鉄のホームを確認する事が出来た。
そしてホームに立つ一人の青年の姿を見つけ、ヒナギクの表情が喜びに緩む。
やがて電車の速度は零を迎え、ホームに隣接し停車。
いそいそと腰を上げ、自動ドアの傍に立ち、早く開いてくれといわんばかりにそわそわするヒナギク。
ほんの数秒の間を置き、横方向へ開かれる自動ドア。

「おお! 待ちわびたぞ!!」

後ろから聞こえる零の声がどこかやかましいがヒナギクはこの際、気にしない事にした。
そんなヒナギクの目の前には一人の青年が立っている。
見間違う筈もない。
過ごした時間は一日には満たないまでも、沢山勇気と強さを分け与えてくれた青年。

「正調零式防衛術、葉隠覚悟。 貴殿達との合流を成し遂げたコトを私は光栄に思う。
未熟な身ではあるが、これからどうかよろしくお願いする!」

馬鹿みたいに丁寧で、背筋をピンと伸ばした姿勢でヒナギク達に敬礼を送る青年。
葉隠覚悟。
漆黒のライダースーツを纏いし青年、覚悟がドアの近くに立っていたヒナギクを始め四人と一つを迎える。

(もう、こんな時くらいもっと嬉しそうな顔してくれてもいいじゃない。
これじゃあ一人で楽しみにしてた私が馬鹿みたい……べ! 別に覚悟くんが悪いわけじゃないけど……。
ま、いいか)

村雨、独歩、かがみとは初対面なせいか覚悟の態度は決してくだけたものではない。
ヒナギクとの再会を喜ぶよりも、村雨達への挨拶に重点を置いたような覚悟の対応。
自分は結構再会するのが嬉しいと思っていたのに。
これでは自分が少し、馬鹿みたいに思えてくる。
その事に少しヒナギクが不満そうな顔を浮かべるが、直ぐにその表情は移り変わる。

「久しぶり、覚悟くん。といってもそれほど、時間は経ってないけどね……」

済まし顔で駅のホームへ脚を運び、覚悟の正面へヒナギクは降り立つ。
そうだ。
嬉しさのあまり覚悟の胸に飛び込んで、泣きながら再会を分かち合うのは私らしくない気がする。
あくまでも冷静に、落ち着いて私らしく振舞おう。
冷静に、極めてクールに振舞おうとヒナギクは自分に対し必死に言い聞かせる。
だが――

「私、私のせいでハヤテ君が……村雨さんも頑張ってくれたのに……私のせいで……
それにナギも……ひっ…………ぐす……」

ハヤテとナギの死を大分受け入れる事が出来たといっても、完全にというわけではない。
遂に耐え切れずにヒナギクは少しずつ勢いを増しながら涙を流し始める。
その涙にはハヤテとナギの死に対しての悲しみだけではない。
それはハヤテとナギを救えなかったという自分に対するどうしようもない不甲斐無さによるもの。
悠然として構え、何事にも決して動じない覚悟を見ているといかに自分が無力な存在かが嫌という程思い知らされる。
今もなお、自分をジッと見つめる覚悟の澄んだ瞳を見つめながら、ヒナギクは俯く。
そして覚悟が動きを見せる。

「ヒナギクさん、顔を上げてくれ」

やはり、お決まりの動作。
両肩に手を乗せ、真っ直ぐヒナギクと顔を合わせる覚悟。
毎度毎度ワンパターン気味だが、嫌悪感や鬱陶しさは全くない。
ハヤテとはまた違った優しさを感じさせる面影。

「我らの友、ハヤテは確かに死んだ。だが、私にはわかる。
きっとハヤテは君を守るために、全ての牙無き人を守るためにその身を捧げたのだ。
『大義』という礎にその身を」

ヒナギクに続き、独歩やかがみもいそいそとホームへ降り立つが覚悟は気づいていないように思える。
今は只、ヒナギクに言葉をぶつけるのみ。
未だ地下鉄のドアも閉まる気配は見られない。

「私はそのハヤテの意志に応えたいと思う。諸悪の元凶、BADANを倒す。
当方の腕は牙無き人々を守る剣なり。
不器用な我が身にとってこれが最善の策。
私がハヤテ殿にしてやれるコトだと信じている。そして――」

決して饒舌とはいえない覚悟。
だが、今の覚悟には言うべき言葉が何故か易々と思い浮かべる事が出来る。

「この私に熱い拳を叩き込んでくれた、戦士・ハヤテの魂はいつまでも我が身の中で燃えている!
そうだとも。ヒナギクさん、君の中にも燃えているハズだ! ハヤテの熱く燃え滾る意志が!
そしてきっとハヤテも望んでいる。
ヒナギクさん、君が悲しみに立ち止まらずに一歩を、勇気ある一歩を踏み出すコトを!」

ほんの少ししか出会う事はなかったハヤテ。
だが、無様にも弱気になった自分を力強く戒めたハヤテの熱い心意気を覚悟は忘れる事はない。
そんなハヤテがどんな意志を貫き、果てていった事が容易に想像を行える。
だから覚悟は精一杯にヒナギクを励ます事が出来る。

「うん……ごめんなさい。私って本当に馬鹿ね。かがみにも叱ってもらったのに……。
また、弱気になっちゃって……頑張ってみるわ。
もう迷わない……このままメソメソしてたらハヤテ君やナギ、それに毛利さんや本郷さん、つかさにも笑われるし……ね!」

片腕で涙を拭い、ヒナギクが顔を上げるヒナギク。
涙を流していたため、未だ顔に赤みは消えきっていないがもう涙は止まっている。
精一杯の笑顔で覚悟に微笑むヒナギク。
それはいうなれば、戦場に咲く一輪の薔薇の如くに優しさに溢れた笑顔。
思わず覚悟の平常心に微かな揺らぎが生じる。

「あの~……お二人さん?
お二人さんがドアの前に立ってたら村雨さんがバイクを出せないんですけど?」
「全くだ、このままじゃあ村雨の兄ちゃんだけ電車に取り残されるぜ?
ホレ、いちゃつくのはまた後にしろい」
「べ! 別にいちゃついてなんかいないわよ!」
「ッ!……同じく」

にやけ顔を浮かべた独歩とかがみが覚悟とヒナギクをからかう。
独歩とかがみの言葉を受け、急いでヒナギクは覚悟から離れ、焦りながら赤ら顔で反論。
覚悟もヒナギク程ではないが、確かな動揺が見える。
そして独歩とかがみは余計になんともいえない可笑しさを覚えた。
覚悟とヒナギクの反応がとても、子供っぽく、初々しく思えたから。

「あ、自己紹介がまだだったわね。私、柊かがみ。つかさの双子の姉よ。
それとつかさのコトで余計な気遣いは要らないわ。
私、あの子の分も頑張ろうって決めたから……ね」
「俺は愚地独歩よ! まぁよろしく頼むぜ!」
「……ああ、私は葉隠覚悟。共に力を合わせましょう」

自分が自己紹介をしていない事に気づき、かがみが口を開き、独歩がそれに続く。
だが、何故か覚悟はほんの数秒の間を置き、返事を二人に返す。
当然、ヒナギクの仲間と思われる独歩とかがみの二人が気に食わなかったわけではない。
只、かがみの名を聞いた時、覚悟の背筋に緊張が走った。
つかさの姉、そしてつかさの話からこなたの友人と聞いていた柊かがみ。
そんなかがみに対し、覚悟は言わなければならない事があるためだ。

「おい、村雨の兄ちゃん。さっさとお前さんも自己紹介しろ」

だが、独歩の急かすような言葉に覚悟の思考は中断される。
視線を独歩とかがみから離し、未だ開ききったドアの方へ向ける。
其処には一台の奇妙なバイク、クルーザーが前輪を向けて、少し宙に持ち上げられた後、こちらに車輪を進め、ホームへ降り立つ。

「覚悟よ! 最早、言葉では言い表せん! 永かった……この時が来るのを我々は永らく待っていた!」
「ああ! 俺もだ……零よ!」

そして、心を繋ぎし超鋼(はがね)、強化外骨格『零』の存在を確認した覚悟。
零との再会に対する喜びに覚悟の感情も昂ぶる
またクルーザーに括り付けられていた零は、今は宙に浮いている。
勿論、鞄に収納された零には浮遊能力などない。
今、零は一人の青年の片腕に支えながら、彼の肩に担がれていた。
やがて、零を担いでいた青年もホームへ降り立ち――

「村雨良だ……よろしく」
「こちらこそ、ハヤテから聞き存じていた。
どうやら……記憶を取り戻したと見受けられる。
私からもお祝いを述べたい」
「あ、ああ……」

村雨良。
零を担ぎ、片手でクルーザーを押しながら、村雨が覚悟に自己紹介をする。
ハヤテから話を聞いていた覚悟の声は暖かく、優しいもの。
だが、村雨はそんな覚悟を尻目に困惑していた。
現人鬼・葉隠散の弟、覚悟を目の当たりにして。

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