悪鬼

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mangaroyale

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悪鬼  ◆05fuEvC33.



『ご乗車中のお客様に申し上げます。この列車は現在、禁止エリアを通過中です。
 車両から出ますと、お客様の首輪が爆発し大変危険です。飛び降り等の行為はお止め下さい』

地下鉄車両内に居る桂ヒナギクは、場違いな程丁寧且つ棒読みな車内放送を流す
屋上に備え付けて有るスピーカーに、大粒の汗を流して冷ややかな視線を向けていた。
(サービスのつもりで流してるのかしら…………)
そして座席に座り込み、安堵の息を付く。
(…………でもこれで、禁止エリアでも列車内なら大丈夫だって分かったわね)
ヒナギクが葉隠覚悟と乗り込んだ列車が、3時から禁止エリアになるE-3エリアを通過すると気付いのは
S-7駅を出発して少し経ってからであった。
3時をまわっている事を確認し狼狽するヒナギクと、泰然とした様子の覚悟が

「どど、どうしよう覚悟くん!! 運転席に行って、列車を止める!?」
「既に列車は禁止エリアに入った。うろたえても埒は明かぬなり」

といった会話をした直後に、件の放送が流れた。
(…………そう言えば、覚悟くんは?)
ヒナギクの近くに居た筈の覚悟が、何時の間にか姿が見えなくなったのに気付く。
周囲を見回した後、前後の車両にまで視線を伸ばすと前の車両に覚悟の姿を見付ける。
ヒナギクは慌てて覚悟の所へ向かった。
「もー、黙って居なくならないでよ。心配するじゃない」
覚悟は車両の最前部から、扉を隔てた先の運転席に向かいながら
右手の指先を自分の側頭に指し、見事に背筋を伸ばして直立していた。

「何やってるの?」
「運転席に礼」
「……何でそんな事してるのかしら?」
「私はこの列車の世話になっている身、礼を欠かす事は出来ぬ。まして私は無賃乗車、せめて敬礼だけでも返したい」
「…………そうね。私達、運賃を払ってないわよね……」


どれ程覚悟と打ち解けても、やはり感性のズレは気になってしまう。
それは生まれ育った世界の違いか、覚悟と自分の個性の違いに拠るものかとヒナギクは取りとめも無く考える。
それにしても何故、急に運転席の前まで来たのか?
その疑問の答えは、自分も無人――今初めて知った――の運転席を眺めて分かった。
列車が緩いカーブに差し掛かると、それに合わせハンドルが独りでに切られる。
「自動運転か。ま、考えてみれば当然だけどね」
「ヒナギクさんが運転席の話題を出した折、気になって確かめに来た。
 無人である以外、特に不審な点は見られない」
(列車内に、脱出に繋がる糸口は無しって所か……)

「……………………ヒナギクさん、今爆発音…………いや、花火が上がった音がしなかったか?」
「…………聞こえ無かったけど?」
唐突な質問に訝しむヒナギクを余所に、覚悟は車両側面の窓を開けた。
『この戦いに参加する、全ての者に伝える事が有る』
小さいが確かに機械を通した、しかし定時放送とは違う男の声が聞こえる。
(この声は最初に集まった場所で、勇次郎と呼ばれた男のもの!)
「どうしたのよ一体!?」
「範馬勇次郎が拡声器を使い、放送をしている」
地下鉄内の覚悟が、地上で行われた勇次郎の放送が聞けたのは
以前に勇次郎自身が開けたまま放置していた避難口が、近くに有った為と
覚悟自身の高い聴力故である。
ヒナギクの耳には、とても聞こえる音量ではない。

「……コナン君!!」
「…………何があったの?」
放送を聞き終え苦渋に顔を歪ませる覚悟に、ヒナギクは何処か不安げに説明を求める。
覚悟は放送内容を、全て話す事にした。
予定を変更する理由を説明する為に。


「…………以上が放送の全てだ」
覚悟はヒナギクに、放送内容を一字一句洩らさず伝えた。
ヒナギクは押し黙ったまま、何の反応も示さない。
恐らく怒っているのだと、覚悟は解釈した。
覚悟自身が心中を、怒りの情念に焼かれていたからだ。
しかし認識(こころ)の制御を本懐とする零式防衛術を修めた覚悟は、怒りに任せた判断などしない。
あくまで合理的に、自分の行うべき事を考える。
「ヒナギクさん、ラオウは相応の実力を持つ者しか相手にしない武人。
 またラオウが待つ神社は地理的、施設の性質的に見ても余人の立ち寄る可能性は低い場所。
 ならば今はラオウが待つ神社よりも、コナン君が捕らえられている思しき勇次郎の下へ行くのが急務と思われる」
覚悟が話に一拍置く。
ラオウは本郷猛と綾崎ハヤテの仇、ここからの話はヒナギクが了承するかは分からない。
それでも話さないと言う訳にはいかない。
「S-3駅に着いたならば、神社は後回しにして……」
「先に勇次郎の所へ行くわよ。あなたが嫌だって言ったら、私一人で行くから」
予想外の返事に調子の外れた覚悟だが、すぐに気を持ち直す。

「ありがとうヒナギクさん」
「何のお礼よ?」
「あなたは一刻も早く、ラオウの下へ向かいたいだろう……」
「勘違いしないで、私が行きたいから言ってるのよ!!
 それにラオウも勇次郎も両方倒すべき敵なんだから、どっちが先か何て順番の問題よ!」

ヒナギクの気勢に、覚悟は若干気圧される。
「ヒナギクさん、くれぐれも無理はしないように……」
「覚悟くんも、一人で先走らないでよ」
「……了解」

ヒナギクが勇次郎に怒りを覚えるのは、コナンだけが原因ではない。
(俺以外の全ての弱者? 殺しに来い? 自分以外の全参加者が束になって掛かっても、勝てる自信が有るっていうの!?
 よくもまあ、それだけ思い上がれたものね! あんたの身の程がどの位か、教えて貰おうじゃない!!)
今まで大抵の事を人並み以上に上手くこなせた故に、人から認められそれを自信に繋げて来た。
しかしこの殺し合いに巻き込まれてから、その自信を何度傷付け歪められて来たか。
それでも自分の非力を認め、出来る事を探して来たのだ。
勇次郎はそんな自分を嘲笑うかの様に、己が絶対の強者であり他は全て弱者であると高らかに意思表示した。
嫉妬にも似た歪な怒りが、ヒナギクを揺さぶる。
それにヒナギクは以前にも一度、勇次郎と接触した事が有る。
その時は最初の会場で主催者に掛かって行く等の好戦的な言動以外、勇次郎が殺し合いに乗ったと考える根拠は無かった。
しかし川田が気絶している勇次郎を殺害しようとするのを黙認し、自分はつかさを連れて去ろうとした。
何故そんな人任せで、短絡的な行動を取ったのか?
勇次郎に怯えていたのだ。直接殺し合いに乗ったか、問い質す勇気も持てない程に。
アンデルセンの時の様に、ある程度冷静に戦力差や戦略を考えて逃げたのならまだ納得出来た。
だが臆病風に吹かれ尻尾を巻いて逃げ出したまま済ますのは、ヒナギクのプライドが許さない。
(このままじゃ逃げっ放しだわ!! この私が臆病者のままで、終わっていい訳が無いじゃない!!)

『列車は只今、禁止エリアを通過しました』
再び場違いな調子の車内放送が流れ、禁止エリアを抜けた事を告げる。
「では早急に下車して、勇次郎の下へ向かおうヒナギクさん」
「え? …………ちょ、ちょっと何するのよ覚悟くん!?」
「喋らないで、舌を噛む」
ヒナギクは突然覚悟に抱えられ、昨日の本郷猛に続いて2度目のお姫様抱っこをされる。
そして覚悟は、開けられていた窓から飛び出した。
ヒナギクの頭髪が、窓枠に擦る。
「……!」
車両外に着地し、地下鉄線路側壁の上方へ伸びる鉄製の梯子を足だけで駆け上り
マンホールを蹴り飛ばして、地上に降り立った。
息を荒げるヒナギクを、地上に下ろす。
「ヒナギクさん、もう喋っても大丈夫だ」
「大丈夫じゃないわよ、バカー!!」
覚悟の頬に、ヒナギクの平手が炸裂した。


 ◇  ◆  ◇

夜の闇が存在しないかの如く、照明の光に満たされたファーストフード店内の座席。
そこに座り食事を終え時間を持て余した範馬勇次郎は、自分の両手を開閉させ体調を内観する。
左腕はほとんど治り、内臓の損傷も回復に向かっていた。
勇次郎は元来壮健な人間だが、それでも今の回復力は異常である。
今までは戦いを求めるのにかまけ、特に気にしていなかったが
改めて考えると、勇次郎の身体に理解を超えた変化が起こったのは明らかだ。
(やはり鳴海のマズイ血を飲んだのが、きっかけだろうな)
勇次郎は加藤鳴海との戦闘中に、図らずもその血液を飲み
それによって、以前以上の剛力を発揮出来るようになり
それによって、以前以上の速さで動ける様になり
それによって、以前以上の回復力を手に入れた。
(あの時鳴海の血からは、妙な匂いがした。あいつの血中には、普通の血液には無い成分が含まれていたみたいだ)
もしその成分と同じ物が含まれた血液、あるいは成分そのものの液体を再び飲めば
更なる強きを得、更に闘争を楽しめる身となれる。
(同じものが在るかどうかすら分からんが、一応頭に留めて置くか……)

やがて座して待つのにも飽きた勇次郎は、ファーストフード店から出る。
最初に花火を上げた時と同じく、近くを巡回する事にした。
店の前の交差点では、江戸川コナンが倒れたまま動かない。
意識が無いらしいが、勇次郎にはどうでもいい。
悪鬼は餌を求め、闇に消え入った。

 ◇  ◆  ◇

愚地独歩がその奇妙な場所を遠目から見付けたのは、F-3エリアの河原であった。
一面緑の野草で埋め尽くされた河原に、遠目からも分かる色取り取りの花に埋め尽くされた箇所。
その中央部には、蝿が集っている。


「…………こいつは酷ぇな……」
その場所に行ってみると、原形を留めない程頭部を潰された少女の死体があった。
(……妙だな首輪が外されているし、デイパックは残ってやがる)
残された死体のデイパックの中には、食料と水以外の基本支給品に
規格外の質量を持つ拳銃と、セーラー服に首輪。そして妙に重たい傘。
死体から首輪を持ち去りまでした者が、何故これらを残していったのか?
(…………ま、俺が幾ら考えても分かる訳ねぇか)
独歩はデイパックを拾い上げ、勇次郎の下へ出発する。

(それにしても、随分武器が充実したもんだ)
現在独歩が所持する武器はイングラムM10、ニードルナイフ、454カスール カスタムオート、ベレッタM92
そこに大型拳銃まで加わった。
しかも独歩の主武器は、その中には無い。
独歩が最も信頼する武器は、徒手で虎を屠り材木を断ち切る空手。
己が武術に大量の銃火器を携え、万全の体制を持って勇次郎へ向かう独歩は思う。

(……やっぱり、勝てる気がしねぇな)

勇次郎は世界中の戦場を渡り歩き、軍隊を相手に戦い抜いて来た。
兵器を扱うプロの集団を相手に勝ち抜いてきたからこそ、地上最強の生物等と大袈裟な呼ばれ方をされているのである。
火器の素人である独歩が、どれだけそれを所持しても勇次郎に敵う道理は無い。
また空手を武器に戦うには、手中の銃はむしろ邪魔になる。
並の相手なら銃と空手どちらも使えるのは戦術の幅として有効だが、勇次郎相手にそんな中途半端な認識はむしろ命取りになる。
それに独歩の空手で勝てる相手ならば、勝を殺された時に逃げてはいなかった。
独歩とて格闘戦においては百戦錬磨、そうそう相手との力量差は見誤らない。
(かっこつけないで、村雨やかがみと来れば良かったか? 今更言ってもしょうがねぇけどよ……)
考えれば考える程、勝ち目が薄れる気すらしてくる。
例えばケンシロウや加藤鳴海や葉隠覚悟等は、他者を守る為に自分の命を賭け正々堂々戦うだろう。
だが独歩の考える武の本懐は勝つ事、そして何を置いても生き延びる事。
だから不意討ち等の卑怯も辞さないし、敵前逃亡にも躊躇は無い。
早急に劉鳳とジョセフ捜しに行くべきと判断したから、嘘を吐いてまで村雨達と別れたが
もしそうでなければ二人と共に、勇次郎を倒しに来ていた。
武人が多勢で一人に挑むかと笑われようが、みっともなくとも勝って生き延びなければ話にもならない。
だが今となっては、戻って助けを請う事も不可能だ。
いっそ勇次郎を無視するかとも思える、命を拾えるならそれも独歩にとっては恥ではないと考える。
しかし捕らえられていると思しきコナンが居るから、それも出来ない。
コナンが捕らわれているというのは独歩の誤解だが、放送の内容を聞く限りそう解するのも無理は無い。
(勇次郎の下ににつく振りをして、隙を窺ってコナンと逃げる……駄目だ、勇次郎が聞く訳ねぇや。
 どうしたもんか。二人以上居れば、囮と救出で役割分担も出来るんだが…………)

「愚地殿、貴殿も来ていたのか」
思考に耽りながら歩いていた独歩に、不意に声が掛かる。
若い男女の二人組みが、駆け寄って来た。

「覚悟とヒナギクじゃねぇか! お前ぇさんらこそ、何でここに居るんだ?」
「勇次郎の放送を聞いて、予定を変更したのよ」
「……地下鉄で聞けたのか? 凄ぇなそりゃ」
「私が聞いたんじゃないわよ。覚悟くんがそれを聞いて……」
「へぇ…………覚悟よ、頬はどうした?」
独歩は覚悟の左頬に、手形の赤い痣を見付けた。

「問題ない」
「そ、そうそう。これは何でも無いのよ!」
「…………まァ、若い男と女が一緒に居れば人に言えない事も有るってか」
「ど! どういう意味よそれは!!? 私と覚悟くんとは、別に何も無いってば!!」
「はいはい、そういう事にしとくか」
「何よそのいいかげんな返事は! もぉ、覚悟くんも何とか言ってよ…………どうしたの覚悟くん?」


明らかに張り詰めた様子で、覚悟は遠方を見つめる。
それを見て、ヒナギクと独歩の緊張感も一気に増す。
「……勇次郎か?」
「然り。先方もこちらに気付き、接近開始」
「捜す手間が省けたって訳ね、好都合じゃない」
通りを歩み来る勇次郎の姿が見え、3人ともに身構える。

「コナンの姿が見えねぇな」
「それなら、勇次郎に聞けばいいんじゃない? 手荒な聞き方になると思うけど」
「勇ましいな嬢ちゃん。けど、簡単な相手じゃねぇぞ」
「あら、怖気付いたの独歩さん?」
「この期に及んで怯える位なら、最初から来てないって」

勇次郎と3人の距離が、30mを切った。
「正調零式防衛術、葉隠覚悟。停止を要求する」
覚悟の言葉を聞き勇次郎はクスクスと軽薄な笑みを浮かべ、足取りを僅かに速める。
多勢に無勢の状況で、まるで臆する様子の無い勇次郎にヒナギクは苛立つ。
「存命したくば、次の質問に答えよ! 一、現在の行動目的。一、江戸川コナンの所在。一、江戸川コナンの状態。制限時間15秒!」
勇次郎の双眸に獣の光が宿り
「存命したかったら、何で質問に答えなくちゃなんないのかな~~~?」
闘気で頭髪が逆立った。
「わかんないな~♪ すっごく気になるな~~♪」
「……15秒も待つ必要、無いみたいね」
ヒナギクは怒りを抑えきれない様子で、前に出ようとする。
花火と放送による挑発のみならず、多勢を相手にこのふざけた態度。
人を舐めるにも程がある。


覚悟はヒナギクと独歩を庇う様に、勇次郎の方へ歩み出る。
「現在位置から勇次郎の居る方向へ約500m先が、花火の打ち上げと放送が行われた地点。
 私が勇次郎の足を止める間、ヒナギクさんと愚地殿はそこに向かいコナン君の捜索に当たられたし」
「……覚悟くん、一人で先走らない約束だったわよね?」
「コナンは拷問を受けて、悲鳴を上げさせられたんだ。早く捜し出して、状態を確かめないといけねぇよな」
ヒナギクは視線を落とし、刹那の思考に耽る。
「…………コナンくんを捜し出したら独歩さんが保護して、私は覚悟くんの加勢に戻る。
 その後の待ち合わせ場所は、コナンくんの状態を見て決める。それでいい?」
「ああ」
「覚悟くんも、危ないとなったら私達を待たずに逃げるのよ?」
「了解」

「今!」
覚悟の声を合図にヒナギクと独歩は、横の路地へ駆け込んだ。
覚悟は一歩で勇次郎との間合いを大きく縮め、二歩目を踏み込みながら左の蹴りを放つ。
「零式積極直蹴撃」
並の人間の拳を遥かに凌ぐ速度の蹴り足を、勇次郎は脛に肘で打ち込み止める。
覚悟の全身の骨に、衝撃が走った。
(踏み込みが有れど、威でこちらが劣るか!?)
覚悟は一足飛びに、勇次郎から離れる。
「いいのかい、お友達を行かせちまって?」
「正道を進む者が、数に頼む戦いはせぬ!」
(そうとも悪鬼を討つのに、ヒナギクさんの手は煩わせぬ!!)
覚悟は強い表情で、零式防衛術破邪の構えを取った。
(因果でこそ、大邪心を堕としめる!!)

 ◇  ◆  ◇


ヒナギクと独歩は、覚悟と勇次郎が戦う場所を迂回して
覚悟が指示した地点を目指し、走っていた。
ヒナギクがどこか思い詰めた様に、覚悟の居た場所を見やる。
「心配するのも分かるけどよ、惚れた男の事はも少し信用してやんな」
独歩の言葉に、ヒナギクは赤面し声を荒げる。
「誰が惚れた男よ!! 覚悟くんとは、何も無いって言ったでしょ!」
「覚悟の事だ何て、俺は言ってないぜぇ~」
「……後で憶えてなさいよ」
「おぉ怖、こりゃ覚悟も苦労しそうだぜ……………………嬢ちゃん、あれがコナンじゃねぇか?」
急に鋭さを増した独歩の視線の先に、交差点の真ん中で蹲る子供が居る。
その子供は覚悟から聞いた江戸川コナンの特徴と、一致した外見を持っていた。
コナンの身体に、点々と雨粒が落ち出した。
「降り出して来たな……」
ヒナギクと独歩はコナンに駆け寄り、様子を窺う。
「悲鳴の原因はこれだな」
独歩はコナンの、爪が剥がれた左小指を見る。

「気を失ってるだけで、爪の他は大事無いみたいだ」
「……そう、なら私は覚悟くんの救援に戻るわ」
「ああ、俺はコナンを何処かで休ませてからそっちの様子を見に行くぜ」
独歩の返事を聞くか聞かないかの内に、ヒナギクは走り出した。


(……………………あれ、俺眠っちまってたのか? 痛ぅ!)
おぼろげに意識を覚醒させてきたコナンは、左小指の痛みで完全に眼がさえる。
「起きたか坊主?」
「……あんたは?」
「俺は愚地独歩だ、勇次郎の放送を聞いて覚悟とヒナギクって姉ちゃんと一緒にお前ぇさんを助けに来たんだ」
独歩は少しでもコナンの信頼を得易い様に、覚悟の名前を出す。
「他の2人は? それと勇次郎がどうしてるか知らないか!?」
即座に状況把握の為の質問に入る。たとえ寝起きであっても、必要と在らばコナンの頭の回転は速い。
「覚悟は勇次郎の足止めだ。ヒナギクは、覚悟の応援に行った」

(勇次郎と覚悟さんが交戦してるのか……)
コナンは考える、勇次郎と覚悟の戦闘において如何に死者を出さずに済ますかを。
覚悟が勇次郎に勝ったなら、それは比較的容易い。
自分が説得すれば、覚悟は話の分からない人間ではないだろうから。
問題は勇次郎が勝っている場合だ。
例え殺害の現場に居合わせ、自分が直接説得に当たっても応じるかどうか分からない。
(どっちにしても、戦闘が行われている場所に行ってみない事には始まらねーか。
 いや、その前に逃げる足を用意しないと…………)

「坊主、お前ぇさんを何処かで……」
「坊主じゃねーよ。江戸川コナン、探偵さ」
「…………コナンお前ぇさんを何処かで休ませて、俺も覚悟の応援に行きてぇんだが……」
「もしかして、策も無く行くつもりか?」
「……どういう意味だ、そりゃ?」
「俺に勇次郎を説得する策が有るって意味さ」

策と言うより賭けだ。しかも分の悪い。
コナンは心中、そう自嘲した。

 ◇  ◆  ◇


打ち付ける雨の勢いが強まっても、覚悟は破邪の構えのまま動きを見せない。
勇次郎がゆっくりと歩み寄る。
(やはり一流の戦士、歩む姿に一分の隙も見てとれぬ!)
両者の制空権が触れ合うも、共に攻撃に出ない。
更に勇次郎が間合いを詰める、それでも攻撃は出ない。
勇次郎の歩みは止まらず、胸が覚悟の左手と接触する。
「邪ッ!!」
構えの無い体勢から、知覚すら不可能と思われる速度で勇次郎の右拳がくり出される。
だがそれが覚悟に届く前に、覚悟の右拳が勇次郎の顔面に届いていた。
勇次郎は地面と水平に飛び、民家を一軒貫通する。

(カウンターを喰らっただと!? この俺が!!?)
世界中のあらゆる格闘技に精通する、勇次郎の理解を超えた一撃。
覚悟が今放った技、零式防衛術『因果』は考えられない程精妙無比な技術で勇次郎の威力を返した。
勇次郎が起き上がり、先程の技の対策を考える。
覚悟は充分な迎撃体勢を取ったからこそ、勇次郎の威力を返せたのだ。
ならばカウンターを打てぬ、死角を衝けばいい。
ちょうど地下鉄駅で、DIOを相手にした時の様な戦法だ。

民家を迂回し迫り来る勇次郎の姿が、覚悟の眼前まで来て突如視界から消えた。
視界から見失っても、覚悟は勇次郎の気配を捉えている。
左斜め後ろ。そこから覚悟の腹に勇次郎の蹴り。回避も防御も間に合わない。
勇次郎の居る左斜め後ろに向き直る。否、もうそこには居ない。背後から勇次郎の拳。
(速い! 因果を極める間が取れぬ!!)
勇次郎の戦術は、覚悟を軸に周囲を高速で撹乱し移動しながら死角から打つ。
言葉にすると平易だが、対人戦でそれを実行するは至難。
まして覚悟は体捌きにおいても、卓越した技術を持っている。
人間の限界を思わせる覚悟の速度と技量を相手取り、何故勇次郎は撹乱を出来るのか?
答えは単純、勇次郎の動きが人間の限界を凌駕したものだからだ。


(零式鉄球 体内吸引!)
覚悟の体内にある8個の零式鉄球が、形状を変え表皮に露出。
「零式鉄球 防弾形態!!」
皮膚の56%を鎧化した。
勇次郎は異形と化した覚悟を見ても、意に介さず攻めを続ける。
覚悟の胸に死角からの蹴り。貰いながら鉄甲で覆われた拳を返す。
反撃は勇次郎の腹に当たった。
勇次郎と言えど、攻撃をする瞬間は動きが止まる。
因果は出来なくとも、回避や防御を捨てれば相打ちは可能。

常人なら一撃で死に至らしめる打撃を、無数に交差させる両雄。
嵐の如き勇次郎の攻撃は、一向に勢いが衰えない。
覚悟も打ち返すが後手になる為、どうしても威力で負ける。
その上勇次郎の精度は上がり、零式鉄球防弾形態の隙間を狙い打って来た。
徐々に覚悟が押し負けていく形になる。

「ぐはッ!!」
覚悟の鉄甲の無い脇腹に、勇次郎の拳が刺さった。
覚悟が体勢を崩し、後ろに踏鞴を踏んだ。
勇次郎が渾身の拳を振るうべく、大きく踏み込む。
その眼前に金属製の球が飛来した。
「零式鉄球 防熱膜形態!」
球は勇次郎を覆いつくさんと、薄く広がっていった。
(フン、虚仮脅しにもならぬ!!)
更に強く踏み込み、零式鉄球を身体ごと突き破った。
その向こうで覚悟は破邪の構えを取り、勇次郎を真っ向から待ち構える。
(誘いか!? 賢しい真似を!)
今から拳を打つのを止める? いや、無理に止めれば無防備で動きが止まりそこを狙われる。
(面白ぇ!!)
勇次郎は破邪の構えに、渾身の拳を放つ。
覚悟はそれを因果で迎え撃った。

 ◇  ◆  ◇

コナンと独歩は、合流した地点から近くの車のマークの付いた看板がついた店に立ち寄った。
その店は、以前コナンが神楽と入った店である。
ガラス壁の穴もその折に、神楽に開けられたものだ。
コナンは再びその穴から、今度は独歩と乗用車に乗って出て来る。
運転をする独歩は免許を持っていないが、コナンに運転方法を教えて貰っていた。
独歩の持つ集中力と勘の良さに、教えるコナンの要領の良さが相まってすぐに基本的な運転方法は学習出来た。
それでも車の調達と出発に時間を取られ、独歩は焦りを抱えながら覚悟の下へ急いだ。
そもそも何故独歩は、コナンと車を調達したのかと言うと
仮に覚悟が勇次郎に敵わなかった場合に3人連れで逃走出来る手段として、コナンに薦められたからだ。
(確かに車が在った方が逃げられる確率は高い。だがオーガが相手で、車に乗り込んで逃げる隙が有るかどうか……。
 …………この坊主は、自分が何とか隙を作ると言っていたが……………………)
独歩は助手席に座る、コナンの横顔を覗く。
就学するかしないか位の、幼い子供にしか見えないが
その話振りからは年齢不相応所か、独歩が出会った事も無いほどの知性を感じ取れる。

コナンは車を調達しながら、独歩に自分が立てた作戦を聞かせていた。
自分が勇次郎を、脱出への情報を餌に殺人を抑制し主催者側に1人か2人居る切りの強者への戦いに向け誘導してきた事。
それを基に、勇次郎を来るべき対主催との戦闘の主戦力として味方に組み込む案。
だからコナンが勇次郎の戦いに割り込んで交渉を行い、その間に他の者は勇次郎から車で逃げる。
それがコナンが独歩に聞かせた、作戦の概要だ。
勇次郎を良く知る独歩には、どう考えても不可能としか思えない作戦。
しかしコナンが語ると、不思議に現実味を帯びて聞こえる。
「勇次郎は、簡単に手綱に繋がれる奴じゃねぇぞ?」
「真っ向から戦いを挑むよりましさ。3人の中じゃ1番戦力が高いから、覚悟さんが足止めをしたんだろ?
 もしその覚悟さんが敵わなかったら、3人で掛かっても結果は同じだ。勇次郎は、数で挑めば何とかなる相手じゃない」
「…………ハッ。嫌な事言う坊主だね、お前ぇさんは」
「だから坊主じゃねーって」
軽く笑って言葉を返しながら、独歩はますますコナンに感心する。
独歩の簡素な説明で、的確な戦力分析までやってのけた。
本当にコナンなら、勇次郎を手玉に取れるかもしれない。

「しかし、勇次郎相手に交渉とは…………見上げた度胸だなコナン」
「度胸があって、やってる訳じゃねーよ。他に手段の取りようが無かっただけだ……」
コナンは日常的にそうしてる子供の真似を、既にしていない。
もうそんな余裕さえ、コナンには無い。
今は大人の探偵として独歩の信頼を得る、それが今のコナンの戦術だ。
「どうやらその先で、勇次郎が闘り合ってるみてぇだぜ」
独歩が指し示す先には、民家しか見えないが
独歩には気配か何かを感じ取れているのが、その緊張した面持ちから見て取れる。
「独歩さんここから戦闘の現場を視認したら、勇次郎に見付かるかな?」
「多分な。だが闘り合ってる最中なら、こっちに仕掛けちゃ来ねぇさ」
コナンは車を降り、建物の陰から勇次郎の戦闘を窺った。

 ◇  ◆  ◇


ブロック壁に叩きつけられる衝撃で、覚悟は目を覚ました。
混濁する意識で、自分が戦いの渦中にあった事を思い出し更に記憶を探る。
勇次郎に因果を放ち、相打ちになった所で意識が途切れたと思い出した。
(相打ち!? 因果の極まりが、不十分だったか? いや、技の入りに不備は無かった!)
因果は、敵の威力を受けずにそのまま返す零式防衛術の奥義。
(技の極まりが完全なれば、相打ちになる事はありえぬ筈!!)
地を這う様に身を低くして、勇次郎が駆けてくる。
覚悟は再び因果を打つべく、構えを取る。
一度の相打ちで、零式の技への信頼は揺るがぬ。次こそは因果で以って、悪鬼を堕とす。

勇次郎が因果の間合いに入る。
予備動作の無い勇次郎の右拳が、覚悟へ放たれた。
それを殺す体勢で、覚悟が右拳の因果を打ちに入る。
――――――因果が極まった。
そう覚悟が思った刹那、覚悟の右拳の下に勇次郎の上体が潜り込んだ。
全くの不意を衝いた勇次郎の行動に、まるで認識が追い付かない。
その覚悟の顔に、勇次郎の踵が叩き込まれた。

アスファルトに穴が開く勢いで、地面に叩きつけられた覚悟は
ややあって焦点の定まらない目を開き、震える頭を起こそうとする。
その顔面を勇次郎が殴り付けた。
覚悟の鼻骨が折れる。
もう一度勇次郎が顔面を殴打。覚悟は鼻血を吹き出した。
勇次郎が腕を振り上げる。
覚悟は両腕を眼前で交差させる。
拳が覚悟の胸に落ちた。
「どうした……防御するんじゃないのか?」
更に覚悟の胸を殴る。
覚悟の肋骨は折れ、胸骨は砕けた。
それでも反撃の出来ない覚悟の胸を殴る。
勇次郎は暴力の愉悦に浸った。
この類稀なる戦士である覚悟を、自分の手によって叩き潰し思う様に打ちのめしている。
(最高だ!!)
勇次郎の全身が、細胞が暴力の喜悦に叫びを上げる。
叩く! 打つ! 潰す! 圧す! 抉る! 砕く! 喰らう!
トドメを刺さずに情報を引き出す? 戯言を! この至福以上に優先される事などあるものか!!
魂の底から暴力への、加虐への、殺傷への渇望が止まない。
暴力への意思とも、殺傷への本能とも付かぬ黒が勇次郎を満たす。
突如勇次郎は無造作に背後に腕を払い、飛来した矢を叩き落す。
振り返る勇次郎の背後から少し離れた場所に、ボウガンを構えたヒナギクが居た。

完璧に不意を衝いた筈の、ボウガンの攻撃があっさり払われヒナギクは困惑する。
(矢を素手で払い落とすって!……………………上等じゃない、慣れない飛び道具にはもう頼らない!)
ヒナギクは、ボウガンを仕舞い構えを取った。
「……ほう、今度は逃げ出さないのかい?」
軽薄な勇次郎の調子に、ヒナギクは歯噛みする。
「勇敢なお嬢さんに敬意を表して、こいつで相手をしてやろう」
勇次郎はヒナギクに向けて右手を伸ばし、中指と人差し指を立てた。
勇次郎の意図が読めず、困惑するヒナギクに構わず
シュッ、シュッと声を出しながら2本の指を振る。
(…………もしかして、指2本だけで私と戦うつもり!?)
ヒナギクはかつて無い程、怒りが込み上げた。
ヒナギクとて、勇次郎を甘く見ていた訳ではない。
こうして対峙しているのも、決死の覚悟を振り絞っての事である。
それを目の前の花火と放送で人を弱者呼ばわりして呼び寄せた男は、指で迎え撃とうとしている。
何処まで人を舐めれば気が済むのか!


「武装錬金!」
ヒナギクは大腿から、先に鎌の付いた多関節のアーム――バルキリースカートを伸ばしながら
勇次郎へ向けて走り出した。
走る勢いを殺さず、前方の地にバルキリースカートの鎌を刺し棒高跳びの要領で空へ舞う。
高さへの恐怖を押し殺す。
自身の体とアームをバネにして、勇次郎の頭上を越えるまで飛んだ。
雨の中で頭上は、雨滴が目に入る為死角となる。
そのヒナギクの読み通りか、勇次郎はヒナギクを見やりもしない。
「ハラワタをォォォッブチ撒けろォォォォォッッッ!」
高速で全身をきりもみ回転させ、自由落下しながら鎌で勇次郎に切りつける。
突如ヒナギクの回転が止まり、切りつけた勢いが全て吸収される。
個別に高速回転し切り掛かった筈の4本の鎌が、勇次郎の2本の指の間に収まっている。
そのまま指2本で、ヒナギクは投げ飛ばされた。
バルキリースカートの最大威力の攻撃が、指2本で受けられた。
ヒナギクは起き上がり、勇次郎を周回する。
そして可能な限りバルキリースカートの鎌で、多角的な攻撃を仕掛ける。
手数に拠る攻撃に切り替えるが、やはり通用しない。
勇次郎の2本の指に、バルキリースカートの攻撃が全て防がれる。
「……ッ!!」
逆に隙を衝かれて、勇次郎に腹部を叩かれ倒れる。
(な、何でこんなにデコピンが効くのよ!!?)
痛みに蹲りながら、バルキリースカートの3本の鎌を勇次郎に向ける。
(……!? 鎌が1本足りない?)
ヒナギクは視線を巡らして鎌を探し、遂にそれを見付ける。
勇次郎の指の間に。
「お遊戯なら一人でやってな」
そう言い放ち、勇次郎はヒナギクの股下に鎌を投げ飛ばす。
鎌はヒナギクの脚を掠め、地面に刺さった。


ヒナギクは尻餅を付いたまま立ち上がれない。
立ち上がっても、どう戦えばいいのか見当も付かないのだ。
彼我の戦力差は圧倒的、どう考えても絶望にしか結論は至らない。
もはや座して死を待つのみに思われたヒナギクだが、何故か勇次郎からの攻撃は来ないでいた。
勇次郎はヒナギクではなく、立ち上がる覚悟を見ていた。

 ◇  ◆  ◇

「後はさっき説明した手筈通りに、動いてくれ。俺と反対方向から覚悟さん達に近付き
 俺が説得に当たってる間に、隙を見て3人で逃げる。いいね?」
独歩はコナンの作戦に無言で了承する。
幾ら分の悪い策だと思っても、代案が思いつかない以上はコナンを信じる他は無いのだ。
「それと俺のデイパックをあげるよ。もう要らないしな」
コナンは独歩に、デイパックを差し出す。
「おい、死ぬ気が無いならおまえが持ってろよ」
「もし作戦が成功すれば、勇次郎と同行するから俺に武器は要らなくなる。
 失敗なら命は無い。何れにしろこいつは要らねーよ」
やはり理屈ではこいつに敵わない、そう思いながら独歩はデイパックを受け取る。
「……コナンよ、今更無茶するななんて見当違いは言わねぇけどよ
 探偵だろうが、無理だとなったら命を守る為に逃げ出すのは恥でも何でもねぇぜ?」
「分かってるさ。もう、誰も死んで欲しくないから行くんだよ。
 血塗られた鬼のゲーム(殺人)に、終了のホイッスルを鳴らす為にな」
そう言い残し、コナンは独歩に背を向け去って行った。

 ◇  ◆  ◇




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