STILL LOVE HER ~失われた未来~◆6YD2p5BHYs



パピヨンは――蝶人パピヨンは、考える。

タイムマシン仮説……主催者側が「タイムマシン」、あるいは「それに類する力」を持っているという仮説。
呼び出された「時間」が違うとしか考えられない、複数の参加者たちの存在。
知り合い同士の記憶が、噛み合わない。
あるいは、死んだはずの知り合いが参加している。
こういった例はいくつか散見されていて……その現状を説明するための、有力な仮説の1つである。

その一端は、実はパピヨン自身がよく知っている。
誰よりも、知っている。
パピヨンにとって宿命のライバルである武藤カズキとは、最初話が噛み合わなかった。
パピヨンは、「決着をつけよう」、と言った。
武藤カズキは、「決着はもうついた」、と言った。
頭のいいパピヨンには、それだけで大体のことが分かってしまったのだ。
タイムマシン仮説も……そして、「その武藤カズキ」が体験したであろう、「いずれ辿りついていた未来」も。

未来。
こんな殺し合いに呼び出されなければ、「あの武藤カズキ」と共に辿り着いていたはずの未来。
それはきっと――こんな展開だろう。
頭の良いパピヨンには、実際に見てきたかのように分かる。分かってしまう。

  パピヨンはカズキと戦う。カズキもまた、その想いに答えようと槍を手にする。
  パピヨンの望む決着の形は、パピヨンとカズキ、その「どちらかの」死。
  あるいは――「その両方の」死。
  臨死の恍惚では決して足りぬ。ゆえに、この因縁の幕引きは「死」以外の形はありえない。
  そう信じて戦うパピヨン、だが……最後の決着をつけた一手は、まさかの「寸止め」。
  互いに死力を尽くし、体力を使い果たし、核鉄の力も使い果たして……その果ての、「寸止め」。
  勝者は、武藤カズキ。
  そしてパピヨンは、己の希望していなかった形での「敗北」――生き恥を晒し続けることを、受け入れる。
  戦いに至る過程で心動かされる「何か」でもあったのか、パピヨンは、その結末を受け入れる……!

……これがおそらく、最も考えられる展開。
この会場で出会った「あの武藤カズキ」が、「既に決着はついた」と言うなら……。
そして、「あの武藤カズキ」が、パピヨンが「生きていること」自体には全く驚かなかったことから……。
これ以外の決着は、ありえない。

  そして、その決着の先にあるのは――きっと素晴らしい未来なのだろう。
  世界はヴィクターの脅威から解放されたのだろう。
  武藤カズキと津村斗貴子はきっと結ばれるのだろう。
  パピヨンとカズキの因縁は確かな友情へと昇華されるのだろう。
  錬金戦団とホムンクルスの戦いも、何らかの形で決着するのだろう。
  蝶人パピヨンも、おそらく何らかの形で「自分の居場所」を獲得するのだろう。
  もしかしたら、街のアイドルにでもなっているのかもしれない。
  もしかしたら、TVでも噂の国民的存在になっているのかもしれない。
  もしかしたら、大繁盛するハンバーガー屋で1日店長でもやっているのかもしれない。
  もしかしたら、彼が街の上空で指を振るだけで、パピヨンを愛するファンの歓声が上がるのかもしれない。

全ては想像に過ぎない。
けれど、それはきっと素晴らしい未来。
パピヨンが夢にも思わなかった、しかし、心から渇望していたであろう未来。
「誰も名を呼んでくれない」過去を捨て、ようやく手にする「皆が愛を込めて名を呼んでくれる」未来。

  そしてそれは――「今、ここ」にいるパピヨンが、決して辿り着くことのできない未来。

……そうだ。辿り着けないのだ。
「今、ここ」にいる「パピヨン」は、決して「そこ」には辿り着けない。
この先全てが順調に行き、BADANを倒しJUDOを倒し、元居た世界と時間に戻ることができたとしても。
「このパピヨン」は、決して「その未来」には辿り着けない。そこに「だけ」は、辿り着けない。
だって。
既に、「知ってしまった」から。
武藤カズキとパピヨン、その最後の決着の形を、「知ってしまった」から。
最後に必ず「寸止め」で終わる――そう「知って」いて、どうして同じ形の結末が迎えられるだろう?!  
最後の一撃が必ず「寸止め」であるなら、そこに相討ち狙いの攻撃を重ねれば「勝ってしまう」かもしれない。
あるいは、「寸止め」が来るとの油断から、早い段階でパピヨンが大ダメージを「受けてしまう」かもしれない。
もしくは、カズキが「寸止め」のつもりで出した攻撃に、「余計に1歩踏み込んで」致命傷を喰らうかもしれない。
そして仮に、歴史の通りカズキの「寸止め」で終わったとして、その結末を同じように受け入れられるかどうか。
それが予定調和だと知ってしまったパピヨンに、素直に受け入れることができるのか。

これはまるで……試験でカンニングをしてしまった優等生のようなものだ。
カンニングで100点を取っても、全く嬉しくはない。達成感もない。
かといってわざと間違えてみせても、その空虚感が満たされるわけでもない。
悪意があったわけでもなく、それどころか、見ようと思ってみた「答案」でさえなかったが……それでも。

もう、「あの武藤カズキ」の居る未来には、「このパピヨン」は辿り着けない。
似たような「どこか」には辿り着けるかもしれないが、「あの武藤カズキ」にはもう会えない。
けれど……それでも、構わないはずだった。
あの未来に辿り着けずとも、ここには「このパピヨン」にしか獲得できないものがあったはずだった。
自分の名を、初めて「愛を込めて」呼んでくれた存在。
自分の罪も過去も全て踏まえた上で、それでも真に「愛を込めて」名を呼んでくれた少女。

  とうとう、パピヨンが「愛を込めて」その名を呼んでやることができなかった少女。

失って初めて、気がついた。
その言葉を口にしなくなって、初めて気がついた。
「もっと愛を込めて♪」……それは、何の気もなしに繰り返していた自分の口癖。
そう……パピヨンは、自分の名を呼んで欲しかったのだ。
愛を込めて、呼んで欲しかったのだ。

……ただし彼は、決してその事実を認めないだろう。面と向かって問われても、決して認めないだろう。
認めてしまえば、自分の弱さを露呈することになる。捨てたはずの過去に戻ってしまうことになる。
だからこそ。
彼は、その感情を、こころの叫びを噛み殺し、別の形に換える。
黒く、熱く、静かに焼けつくような憎悪へと換える――!

         ※      ※      ※

夜明けも近い、空の下。
雨が、静かに降り続けていた。

「武装、錬金」
「……津村の槍か」
「いや――武藤のだ」

パピヨンの呟きに応えて出現した、突撃槍の武装錬金。
短いやり取りが終わるか否かという刹那、それが伸びる。瞬間的に伸びる。
刀身が伸びて川田を襲って……しかし、その攻撃は予想されていたものだった。
瞬時にエンジンを吹かしハンドルを捻り、跨っていたヘルダイバーごと回避する。
雨に濡れた校庭を、濡れたタイヤが滑ってけたたましい音を立てる。

「その武器の特性は、既に知っている」
「だろうな」

淡々と指摘しながら、川田が手にしたのはマイクロウージー。連続して響く発射音。
ライダーマンの力で片手運転・片手撃ちでもその射撃は正確なもの……だったが。
こちらも淡々と答えながら、無防備な姿を晒していたはずのパピヨンの姿が、掻き消える。

「……上ッ!?」
「ご名答♪」

そう、消えたのではなく――心理的死角になりがちな、縦方向の高速移動。
槍を突き出した姿勢から切っ先だけを振り下ろし、棒高跳びの要領で高く高く飛びあがったパピヨン。
ウージーから放たれた弾がその後を追うが、追いつけない。
片手では弾倉交換も叶わず、弾が切れた所で川田は回避運動に入る。ヘルダイバーを走らせる。
意表を突いて頭上を取られた今、何をされるか分かったものではない。だから逃げる――しかし。
パピヨンは空中で特に「何もせず」、そのまま軽やかに着地。その着地点には。  
「…………ッ!」
「そっちのバイクは確かに脅威だが……『こっち』の方が質量は上だな♪」

嘲るように指を振りながらパピヨンが飛び込んだのは、真っ赤に塗られた大型車――消防車。
大っぴらに校庭に停めてあったのに意識に上らなかったのは、その位置関係ゆえか。
エンジンがかけられ、巨大な鉄の塊がゆっくり動き出す。
いくらヘルダイバーが強力とはいえ、ぶつかればタダでは済むまい。乗っている人間の方がもたない。
だが……。

「……誰が素直に轢かれてやるかッ!」

やはり機動力や小回りの点では、ヘルダイバーの方が遥かに上。
闘牛士のようにヒラリと突撃を避けると、ウージーから持ち替えたライドルを振り下ろす。
もちろん、消防車の鉄のボディに、ではなく……その、大きなタイヤめがけて。
すっぱりと切り裂かれたタイヤは途端にパンクを起こし、濡れた地面を滑り、校舎へと暴走して……。

「ん~、ここまでは計算通りかな♪」

消防車が校舎に正面衝突する轟音に、パピヨンの場違いに軽い呟きが重なった。

         ※      ※      ※

……雨が降り続ける。
土煙を上げて校舎に半ばめり込んだ格好の消防車は、ピクリとも動かない。
しばらく警戒していた川田は、ウージーの弾倉を交換すると、小さく呟く。

「……校舎の中に入ったか。誘ってるな」

槍を手にしたその時からこれが狙いだった、ということか。川田はパピヨンの狙いをすぐに見抜く。
校庭のような広い空間では、ヘルダイバーの機動力は最大の効果を発揮する。
さりとて、素直に校舎に向かったのでは、建物に辿り着くまでの間に無防備な姿を晒すことになる。
そこで一旦消防車を確保し、その上で、消防車ごと校舎に飛び込んだのだろう。
おそらくもう、パピヨンは消防車の中には居まい。校舎の中で川田を待ち構えているはずだ。

「ずっと学校に居たってことは、地の利も向こうにあるだろうしな……なるほど、厄介な敵だ」

ハルコンネンの焼夷弾にもう少し余裕があれば、建物ごと焼き討ちにしてやってもいいのだが……
残りの弾数を考えると、この降雨の中では上手く行くかどうか不安だと言わざるを得ない。
となれば……川田自ら、乗り込んでやるしかないか。
覚悟を決めた川田は、ヘルダイバーを押しながら校舎の方へと向かう。
消防車が突っ込んだ場所、ではなく、そこからやや離れた、以前の砲撃で大穴が開いていた場所へと向かう。

「……これは…………泉さん、か」

バイクを押しながら建物に踏み込んだ彼は、そして、職員室の一角で、「それら」を見つけた。
川田章吾の犯した罪。原型すら留めず飛び散った肉片。
川田章吾が愛した少女の……親友のなれの果て。

「こりゃぁ確かに酷いな……だが、謝らないぜ」

川田の「こころ」が、少しだけ疼く。
頭蓋骨に収まっているものとは異なる、「もう1つの脳」。「出来損ないの脳」。
心臓――彼が信じる学説によれば、心臓にも存在する、脳にも似た機能を持つ神経組織ネットワーク。
その「つたない脳」が、僅かに疼くが。

「……いまさら揺れるなよ。もう『答え』は出したんだろう?」

川田は小さく自分に言い聞かせるように呟くと、振り返ることなくそのまま通り過ぎた。

         ※      ※      ※

「……思ったよりも入ってくるのが遅かったな。バイクごと来たのは予想通りだが」

学校の階段を、バイクが駆け上がってくる音が聞こえてくる。
校舎の3階、廊下の真ん中でパピヨンはそれを待ち受ける。

パピヨンは、考えたのだ。
川田は必ず追ってくる。バイクに不利な地形だろうと、地の利がパピヨンの側にあろうと、必ず追って来る。
理屈ではなく――目の色で、確信が持てた。
だからこそ、パピヨンは校舎に戦場を移した。逃げたのではなく、仕切りなおしを望んだ。
あのまま戦っていても「なんとかなった」可能性は十分にあったが……

「ま、あのスピードで延々と逃げ回られたら、ちとマズかったんでな」

パピヨンには1つの「弱点」がある。その「弱点」を考えると……出来るだけ「ラクに」勝ちたい。
そのためには、あの場は少しだけ都合が悪かった。
エンジン音が響く階段に向き直ったパピヨンは、この階に飛び出した瞬間に相手を刺し貫こうと身構え、
そして、

  背後からの銃撃に、慌てて身を捩った。

「……なっ!?」
「……ちッ。反射神経はいいんだな」

そこに居たのは――そう、ライダーマンのスーツを身に纏った川田。
見れば彼が乗っているのはバイクではなく、ちっぽけなスケートボード。
それが、かなりのスピードで突進してくる。再度のウージーの乱射に、パピヨンは慌ててその場を飛び退く。

(バイクの排気音を囮に、――だと!?)

ゼクロスとの戦闘経験から、あのバイクが「建物内でも」構わず入ってくるだろうと予想していたパピヨン。
だが、川田の策略はさらにその上を行っていたのだ。
学校という建造物の性質上、階段は一箇所ではない。複数あるのが普通。
無人のバイクの排気音にスケボーのエンジン音を隠し、下の階の廊下を駆け抜け背後を取る――
意表を突かれてしまったパピヨンには、避けきれない。
左の上腕部に1発命中。大したダメージでもないが、無視できる傷でもない。
このまま廊下にいるのは、マズい。
咄嗟にサンライトハートを用いて、手近な壁をブチ抜いて教室に飛びこむ。
こうなってしまった以上、もう一度仕切りなおしたい……だが。

「まあそれも予想の範疇だ。その槍なら壁の1枚や2枚、抜けれるだろうしな」

パピヨンが飛び込んだ教室の前を、スケボーに乗ったままの怪人が速度も落とさず通り過ぎて……
落ち着いた呟きと共に放り込まれたのは、大きな砲弾。
何だ!? と思った時には、もう遅い。
次の瞬間には……その砲弾が、ウージーの連射に打ち抜かれて。

「――!!」

ハルコンネン用の爆裂鉄鋼焼夷弾が暴発し、激しい劫火と振動が巻き起こった。

         ※      ※      ※

川田章吾には――「経験」がある。
政府主催の『プログラム』で、まがりなりにも2回も優勝した経験がある。
彼の一番の強みは、まさにこの経験。

その経験は、別に「バトルロワイヤル形式の殺し合い」という状況設定に対するものばかりではない。
例えば……「市街戦の経験」。
彼が参加した1回目の『プログラム』の会場は、封鎖された都市の一区画だった。
そこで12人ものクラスメイトを殺し、倒し、勝ち抜いた彼。
その濃密な体験は、だから生半可な正規軍兵士にも勝るものがある。

「だから……ま、予想は出来るんだな。やりそうなこととか……選びそうな逃走ルートとかな」

スケートボードから飛び降り、強化された身体能力を活かして階段を駆け下りる。
手榴弾のように投げ入れた、ハルコンネン用の爆裂弾。
その爆発と重なるようにして、それとは別種の振動が床に走ったのを川田は見過ごさなかった。

「壁を破れるなら、床も破れる。そりゃ道理だ。……そして逃げるなら、下だ」

3階から、2階へ。爆風と劫火を避けるべく、床をブチ抜いて階下へと逃げたパピヨン。
しかしその移動さえも川田の予想の範疇。僅かに遅れて駆け下りた彼は、そして遠くに小さな呻きを聞く。
戸惑うような悲鳴。彼が「仕掛け」を仕込んでおいた辺りからの声。
仮面の下、ニヤリと口元を歪める。

「何でも準備はしておくもんだな。これでもう1つ俺の方が有利になる」

パピヨンが退路に「するかもしれない」場所の1つに仕組んでおいた、ワイヤートラップ。
ライターに仕込まれたアラミド繊維をこっそり廊下に張り渡しておいただけの、簡易な罠。
どうやら奴は、そこに引っ掛かったらしい。
2回目の『プログラム』終盤において桐山にまんまとやられそうになった、あの一手の応用だ。

直接的なダメージは、実のところさほど期待していない。
よほど不注意でもない限り、そしてよほどの速度で走って無い限り、大した傷は負っていないはずだ。
それでも――牽制になる。
相手の不安を煽ることができる。疑心暗鬼を招くことができる。
他にも仕掛けがあるのではないか、トラップがあるのではないか、と考えさせることができる。
逃げるルートまで察知され、全ての手の内がバレているのではないか、との不安を誘うことができる。

そして、一旦こういった思考をしてしまったら……
その弱気な発想を理性で否定できたとしても、今後の判断や行動に影響を与えずにはいられない。
どうしても、行動は慎重にならざるを得ない。警戒を強めざるを得ない。
そして過剰な緊張を強いられた精神は疲労し、やがて思考力と反応速度の低下を招く。

川田章吾には、「経験」がある。
2回の『プログラム』を勝ち抜いた「経験」がある。
それらをフルに活用すれば、相手が蝶人パピヨンでも十分な勝機が見出しうる――!

         ※      ※      ※