あの忘れえぬ思い出に『サヨナラ』を

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あの忘れえぬ思い出に『サヨナラ』を ◆40jGqg6Boc



辺り一面が砂で覆われた大地、運動用のグラウンド。
本来の目的はその学校に通学する生徒達の体育の授業、休み時間の息抜きに使用するもの。
だが、言うまでもなくこの場ではそんな意味は持っていない。
BADANが大首領・JUDO(ジュドー)の現世への復活のために、開催した鮮血の儀式。
通称“バトルロワイアル”のための会場の一部として用意された学校の周辺施設でしかない。
そして、そんなグラウンドに静かな風が吹いていた。
心地よい、だがそれでいてどこか荒々しくもある矛盾した風が。

「いくぞ、変身……!」

漆黒のジャケットを羽織ったパーマの男――村雨良が口を開く。
足を肩幅程に開き、両腕を構え、真っ直ぐ前を見据える。
続けて、村雨の腰にベルトのようなものが巻かれ、眩い閃光が広がった。

――変身。

村雨にとって大きな意味を持つ言葉と共に、彼の身体に変化が生じる。
やがて秒に満たない時間を経て、一人の戦士がその顔を再びこの世界へ覗かせた。
風にたなびく緑のマフラーが彼の存在を周囲にしらしめる。
BADANの野望を叩き潰す事を誓った真紅の戦士――仮面ライダーZXがエメラルドグリーンの両眼を発光させながら立ち尽くす。

そしてそのZXの視線を一身に受け止める者が一人。

「加減は不要なり。全力で応えよう――」

禍々しい外殻で装着者の全身を包み込む、漆黒の超鋼(はがね)。
数えること三千の英霊を持つそれは生ける鎧とも謳われる強化外骨格『零』。
その零を首から踵の部分まで纏いしは古風な顔立ちをした短髪の青年。
『生 七』の二文字、中央には五つの頂点を持った星が刻まされたヘルメットを右腕に抱えた青年――葉隠覚悟がZXに応えた。
言うや否や、ヘルメットを天に翳し覚悟は己の頭部をそれに滑り込ませ、着装を行う。
覚悟の顔は完全に隠れ、やがて赤き複眼を持つヘルメットに変化が生じる。

「当方に迎撃の用意あり!!」

額を覆う部分が一瞬の内に伸び、現れるのは口元を覆う強化外殻。
更に両耳に当たる部分、そして両頬に当たる部分から鋭利な突起物が突出。
そして、覚悟を包む零からバチバチという擬音が鳴り起こり、同時に真白なるマフラーが揺れ吹く。

――覚悟完了。

そう。それは覚悟が、零が全ての戦闘準備を終えた証。
最終格闘技・零式防衛術を極め、牙無き人々の剣として生きる事をこの世の華と認識した男。
零を完全着装した覚悟が両拳を構えた。
同じようにZXも少し腰を落としながら構え――

「「いくぞ!!」」

両者は同時に前方へ踏み出した。
昇降口から出てきた柊かがみ、桂ヒナギク、才賀エレオノールの三人の不安げな視線に守られながら。
仮面ライダーZXと葉隠覚悟の闘いの幕が唐突に上がり始める。

◇  ◆  ◇

時間は少し遡る。
学校で自主的な特訓のようなものを終えた村雨。
今まで自分に大きな影響を与えてくれた人達――葉隠散、綾崎ハヤテ、仮面ライダー、劉鳳。
彼らの力を借りて未完成ながら『ZX穿孔キック』の雛形を物にする事が出来た。
その後、三人は荷物を纏めて、学校を離れようとしていた。
そんな時、彼らは前方から見慣れた人影が近づいてくるのに気がついた。

「葉隠……君?」

目を凝らしながら、かがみが少し自信なさげに口を開く。
かがみ達と覚悟らしき人影の間には結構な距離が開いている。
大体、80メートル程。確信を持って口を開くのは難しいのであろう。
だが、見る物に言い様のない威圧感を与える零の着装はいまも健在であり、距離が離れていてもその存在ははっきりとわかる。
かがみが知る限りでは零を着装出来る人間は覚悟只一人。
そのため、零を確認出来ただけでその人物を覚悟と断定出来そうなものであるが、どうにもかがみは自信を持てなかった。
除々に此方へ一歩ずつ近づく人影。
既に人影の顔を確認出来て、それを覚悟だと確認できたが、同時にかがみの中である疑問が更に膨れ上がる。
先程、かがみが自信を持てなかった理由。
それは覚悟が以前見せていた、堂々した態度は失われ、何か覇気も無くなっていたが関係していた。
そう。覚悟の様子がなんとなく弱弱しいものとなっているとかがみはおぼろげに思っていたからだ。

「申し訳ない。遅くなった」

極めて自然に口を開く覚悟。
浮べる表情にはなんの気負いや迷いは見えそうにはない。
あまりにも自然な口振りであったため、かがみは思わず自分の思い違いかとすらも思う。

(気にしすぎかな……?)

無意識的にかがみはまじまじと覚悟の表情を覗き込む。
覚悟との視線は合わない。意図的に逸らしているのだろうか。
何のために? いや、それがわかればこんな風に疑問に思いはしない。
兎に角、何かが引っかかる。
そう思い、かがみは口を開こうとした。

「構わない。それよりもヒナギクはどうした?」
「ああ、ヒナギクさんは……」

そんな時、かがみのそんな一抹の疑問を他所に村雨と覚悟が会話を始めた。
エレオノールは無言のまま、二人の話を見守っている。
何故なら村雨達と一芝居を打ち首輪を解除したため、BADAN側にとってエレオノールは既に死人の身として認識されているはずである。
当然、実は生存している事を彼らに悟られるわけにはいかない。
そのため、エレオールは口を開かず、その事情を簡潔に書き記した紙を覚悟に見せたため、彼も彼女には話しを振らず、目に見えていないように扱っている。
どうやら村雨とエレオノールの二人は覚悟の様子に対し特に疑問を感じないらしい。
やはり自分の勘違いなのだろうか。
だが、村雨とエレオノールは共に良い人ではあるがどこか抜けている気もあり、もしかすれば只気づいていないだけかもしれない。
此処は少し厚かましくなっても良いから突っ込むべきだろうか。
何せ、覚悟は共に闘う大切な仲間。
特に秀でた能力もなく、仲間といっても特に大した事が出来ないのであれば、せめて仲間のフォローぐらいは努めたい。

(でも、ヒナギクが居ないのも気になるわね。
もしかして酔っちゃって、どこかで休んでるとか? 結構な速さだったからなー……)

しかし、ヒナギクの事が気になるのもまた事実。
自分と同年代で一番親しみを持てる少女は今どうなっているのだろうか。
そもそも、自分達とは違い、己の足でここまで走りきってきたであろう覚悟にも少しは腰を降ろしてもらいたい。
そのため、かがみは取り敢えず先程感じていた疑問について詮索する事を取りやめた。
何も今聞かなくても、後で幾らでも聞くチャンスはある。
そう考え、かがみは覚悟がこれから出すであろう言葉の行方に注意を傾け始めた。

「……ヒナギクさんは途中で体調を崩し、後で此方に来る事になっている。 申し訳ないが、彼女が到着するまで少し待って欲しい」
「勿論だ」
(体調を崩されたのですか……心配ですね。むむむ……むー…………)

心なしか少し間を置いた後に覚悟が口を開く。
内容は偶然にもかがみが予想したものと特に相違がないもの。
覚悟の言葉に村雨は即答で了解の意を示し、エレオノールは口をへの字に曲げ、心配そうな表情を浮べた。
その表情は心底、ヒナギクの事を心配している様子でとてつもなく不安げなものであり、それでいて少女のように幼いものにも見える。
普段はまるでいいようのない冷静さを醸し出すエレオノールの整った小さな顔。
鋭い視線を持つ銀色の瞳が心なしか涙を浮かべているかの如く、か弱いものとなった。
それがこんなにもオロオロと、正直、同姓のかがみですらも妬いてしまう程に可愛げがあるものになるとは誰にも予想は出来やしない。
エレオノールの予想外なギャップにかがみは可笑しさを覚え、思わず噴出しそうになる。

(前は人形みたいな人だなーって思ってたけど……エレオノールさん可愛い!)

村雨と覚悟はエレオノールの様子に特に思うことはないようだ。
勿体無い。直ぐ傍では綺麗な年頃の女性が普段は見せない一面を見せているというのに。
本当にこの二人には朴念仁という言葉が良く似合うもんだなーとかがみは密かに思う。
そして同時にこんな時、あいつならエレオノールにどんな感想を抱いたのだろうか、という小さな疑問が涌いた。

『これぞギャップ萌え!ってヤツだね。うんうん、エレオノールさん、いいよ~~~最近の萌えポイントをこれでもかってぐらいに押さえてる』

……きっとこんな感じかもしれない。
能天気な笑い声を上げて、心底愉快そうなにやけ顔を浮べながら。
そう。もう二度と見る事はない声と笑顔を伴いながら――

(と、何やってんのよ柊かがみ!
もう、充分泣いたじゃない。だから悲しむのはお預け……そう決めたんだから)

除々に下がっていくかがみの両の視線。
今もなお、脳裏に人一倍こびりつく青いロングヘアーをした少女の面影。
先程職員室で見た血生臭い肉片に姿を変えた少女。
そして、彼女を好いていたと告白した人物――蝶野功爵に文字通り捕食された少女。
友達、泉こなたの事を思い出し、再び悲しさがかがみの心を覆い隠そうとするが、彼女はそれを必死に振り払う。
負けるものか。泣くわけにはいかない。今はそんな時じゃない。
自分を奮い立たせる言葉を連ね、かがみは再び顔を上げる。
そこにはもう、弱気な意思は微塵も見えようとはしない。
この殺し合いで様々な事を経験し、成長した――柊かがみの少し強がったような表情があった。

(そうだ、 確か学校には保健室があるハズ……何かヒナギクさんに役立つものでもあるかもしれない。
ならば、私が集めてくればいいのです!)

そんな時ポンと手を叩き、さも名案が思いついたようにエレオノールの表情は明るいものとなる。
即座にエレオノールは行動をある開始。
いつの間にか学校から集めたメモ用紙を取り出し、急いで文字を書き連ね始めた。
その速度は速い。村雨と覚悟が思わず、ポカンと口を開けたままにしてしまう程に。
程なくしてエレオノールは自分がこれから行うべき行動を記した用紙を書き上げ、それを村雨、覚悟、そしてかがみに見せる。
そして三人が取り敢えず頷いた事を確認してエレオノールは――一陣の風となった。

「な! なんですって!?」

大声を上げてかがみが驚く。
かがみの視線の先にはエレオノールが居る――いや、今まで居た場所。
ワンテンポ程遅れて、村雨と覚悟も視線を飛ばした。
視線の先はかがみが見た場所よりも校舎寄りの地点。
しかし、それでもエレオノールの姿を捉える事は出来ない。
二人の視線が走るよりもエレオノールは次の一歩を踏み出し、目的の保健室を目指して只がむしゃらに走っているからだ。
大方、ヒナギクのためにいいものを調達するために掛ける時間を出来るだけ長く取るために、急いでいるのだろう。
その証拠にエレオノールの表情はとてつもなく真剣なものであり、尋常ではない速度で地を駆けている。
まさに疾風迅雷の如くの走り振り。
そして三者三様に驚きを見せているかがみ、村雨、覚悟からドンドンと離れていき――やがて立ち止まった。

そんな時だ。
ドテ!……と、不思議な擬音が昇降口の付近で聞こえた気がした。

(転んだな)
(……見事な)
(あー転んじゃったわね……)

だが、何故か彼ら三人は自分達でも驚く程に冷静であった。
勿論、急いだあまり、派手にすっ転んでしまったエレオノールが怪我をしたのかどうかは気になる。
しかし、その心配は無用なものと彼ら三人はなんとなく思っていた。
そう。転がり込んだエレオノールが直ぐに立ち上がって、前をキッと睨みつけ――

(ま、負けるものか……お待ちください、ヒナギクさん!
このエレオノールが今すぐ、目的の品を集めてきます!!)

昇降口に飛び込むように駆け込んだエレオノールが声高らかに叫び、再び疾走を開始した。
ええ、それはもう清清しい程に使命感に帯びた表情を浮かべ、両の瞳に固い意志を燃やす
程に。
エレオノールは再び小さな暴風となり、校舎内へ姿を消して行った。

「……取り敢えず、何処かで腰を降ろすか。色々と話さなければいけないコトがあるからな……」
「了解した。伝えるべきコトの有無は此方も同じく……」
「わかったわ」

微妙に呆れ顔を浮べた三人は、気を取り直して互いに話を始めた。
そんな時、かがみはふと覚悟が何かを書き記した紙を取り出した事に気づく。
恐らく此処に来るまでに予め用意していたのだろう。
男子としては感嘆するほどに綺麗に書き連ねた紙に書かれた事に目を通し、かがみは思わずハッと息を呑んだ。

『これから、私が話す事はBADANに知られては不味い。 教室の黒板でも使い、筆談で行う事にしよう』

それは奇しくも先程、村雨、かがみ、エレオノールの三人で行った事とほぼ同じ事
無言でコクリと頷く村雨とかがみの二人。
一瞬の内に彼らの中で緊張が走り、彼らは校舎に歩を進めていった。
急に会話が途切れたことでBADANから不審がられないように、当たり障りのない会話を行いながら。

◇  ◆  ◇

約数十の机や椅子が整然と並べられた教室。
其処には計二つの大きさが違う黒板があり、村雨達はその黒板の傍にそれぞれ自由に寛いでいる。
更に、その場に居るのは三人ではなく、既に四人。
保健室で酔い止め薬や何か得体の知れない錠剤や粉薬を手に入れたエレオノールも既に合流していたからだ。
また、彼らが見上げた先にある黒板には夥しい文字が並んでいる。
『津村斗貴子は川田章吾によって殺されてしまったらしい』
『パピヨンが生きていて、単独で何処かへ向かった。協力は難しい』
『死んでいたと思われていたアカギ殿が首輪を外し存命していた。今は別行動を取っている』
『また、アカギ殿は奴らの強化外骨格を破壊する道具を持っている。
それを使えば直ぐにでも強化外骨格は破壊出来るだろう。だが、大首領を倒す事には至らない。
よって、強化外骨格に眠るこの戦いの死者達となんらかの連絡を取り、大首領の力を弱め、その後例の道具を使用する手筈だ。
連絡の具体的な手段はアカギ殿に策があるらしく、今はそのために動いている』
『伊藤博士という協力者の方から首輪の解除方を教えてもらいました。現に私の首輪は一芝居を打って、解除してあります』
『核鉄による武装錬金は首輪が解除された場合、使えなくなるようです。
ですがパピヨンは問題なく使用していました。
パピヨンがあの核鉄があった世界出身の人間であるという理由かもしれませんが……村雨さんが見た話し、私の記憶では何か解除されていた首輪を巻いてきたような気がします。
それが核鉄使用の繋がるかはわかりませんが……気になりますね』
などなど。

様々な情報が書き並べられた黒板。
その中でも特に重要な事は『斗貴子の死、パピヨンとアカギの生存』『パピヨンが行方知れずになった』『首輪は今すぐにでも解除出来る』といったことだろう。
共にこのバトルロワイアルを潰す為の仲間であるパピヨンとアカギの生存は、彼らにとって単純に嬉しい事ではあった。
だが、パピヨンは自分達の輪から離反し、何処かへ去ってしまった。
いや、大体の目的地は見当がついている。
そう。パピヨンには本来は村雨が使用していた特殊バイク、ヘルダイバーがある。
最高時速は約600km……あの暗雲を突破する事は可能であろう。
パピヨンの性格上、あの時の言動振りから何処か別の場所でお茶を濁しているとは思えない。
きっとヘルダイバーで真っ先に向かったのだろう。
暗雲の先に存在すると思われるBADANの本拠地へ。
『パピヨンは強い。だが、BADANを一人で潰すのは無理だ。
奴らの保有する怪人の戦闘力、組織の技術力は高いからな……』
『同感だ。ならばアカギ殿、服部殿、ジョセフ殿、独歩殿と合流。
強化外骨格の破壊が完了した後、パピヨン殿の後を追おう』
『しかし、移動手段はどうするのですか? 私達は9人……これだけの人数が乗る事が出来て、高速で移動できる乗り物など……』
『手間と危険が伴うが……俺と葉隠が往復するしかないだろう。
確か零の力を使えばかなりの速度が出せたハズだ』
『その通り。噴射推進剤を全開にすれば村雨殿のバイクよりは速く移動する事は可能。
人一人抱えていても雷が我が身に落ちる前に駆け抜ける用意はある』
『あーさっき凄い速かったもんね……私は村雨さんのバイクの方がいいかな』

カツカツとチョークが黒板に擦れる音が響き、黒板に新しい文字が刻まれていく。
メモ用紙ではどうしても文字は小さくなり、複数の人間で情報を書き記すのは難しい。
その点、黒板なら大きな文字で書くことも出来、他の人間にそれを読み取ってもらうのも容易。
特に村雨、かがみ、エレオノールは一度同じような事をやっており、情報交換は円滑に終える事は出来た。
勿論、校舎に入るまでに行っていた偽装会話も忘れずに。
そして情報交換に掛かった時間は数十分程。
学校での目的が終わったため、彼らは黒板に書き込んだ文字が消し去ってしまおうと考えていた。
もう学校に戻ってくる予定もなく、黒板にはBADAN側に知られたくはない情報がびっしり。
BADAN側が此方に攻めて来る可能性も無きにはあらず、万が一知られでもしたら不味い事になる。
そのため、念には念を込めた行動であった。
よって、覚悟が黒板消しを手に取り、手を上の方へ伸ばそうとする――

「あ、ヒナギクよ! やっと来たわ!」

そんな時、ふと窓から外を眺めていたかがみの嬉しそうな叫び声が教室に響き渡った。
エレオノールが直ぐにかがみと同じように窓際に駆け寄り、村雨と黒板消しを持ったままの覚悟も続く。
ヒナギクの名前が出た瞬間、覚悟の表情に微妙な変化が生じた事に気づく者は居ない。
また同様に大きな声を出したかがみを咎めるものは一人も居なかった。
自分達がヒナギクを待っている事は以前のホテルでの会話から、BADANは盗聴やなんなりとで知っていても可笑しくはない。
逆に首輪解除などの重要な会話以外の事も全て筆談で行えばBADANに不審がられる事だろう。
数回の筆談を経て、それらの事を思いついた彼ら四人は既に互いに確認し合い、それを実践している。
バタバタと走り出すかがみの後をエレオノールが声を出さないように気をつけながら追いかける。
念のためにかがみの護衛を行うため、そしてヒナギクが未だ調子が悪いのであれば薬を上げるつもりなのだろう。
首輪が解除され、エレオノールのしろがねとしての身体能力は十二分に発揮できる。
またエレオノールは大事な仲間の一人であり、村雨と覚悟は黙って頷き、彼女ら二人を見送った。
やがてドアが開き、かがみが出て行き、それにエレオノールが続くように駆けて行く。
物分りがいいヒナギクはこの黒板を読めばきっと大体の状況を理解してくれるだろう。
そう考え、覚悟は黒板消しを所定の場所に戻し、そこら辺に腰掛ける。
その内、時間がゆっくりと過ぎていき、数分の時が流れた。

「覚悟、頼みがあるのだがいいか?」

そんな時、村雨がひどく真剣な様子で口を開いた。

「私に出来るコトであればなんなりと」

筆談ではないため、BADANに関する事ではないのだろう。
そのため覚悟は迷わず村雨の言葉に己の言葉で肯定の意を示す。
ふと覚悟は己が纏う零がブブブと唸り声を上げているのに気づく。
大方、零も村雨の言葉が気になっているのであろう。
この殺し合いで長い間村雨と行動を共にし、戦友として認め合ったのであるから。
やがて、再び村雨が口を開く。

「俺の特訓の相手になって貰えないか?
俺には、俺のZX穿孔キックには足りないものがある……だが、お前と闘えば何かがわかるかもしれない……。
そう、散の弟であるお前となら」

今まで村雨は大首領の器・ZXとして、仮面ライダーZXとして数多くの参加者と闘った。
葉隠散、劉鳳、パピヨン、アーカード、綾崎ハヤテ、ラオウ、範馬勇次郎。
勝利といって良いものは劉鳳、範馬勇次郎との戦いぐらいしかない。
だが、村雨は彼らの闘いを経て確実に強くなっている。
特に最後に行った勇次郎との闘いは村雨の戦闘センスを著しく向上させている
まさに闘えば闘う程に己の可能性を広げていく存在。
そんな村雨は今まで覚悟と拳を合わせた事はなかった。
そう。自分に新しい世界を見せてくれた散の弟である覚悟とは一度も。
殺し合いを演じるつもりは毛頭ないが、覚悟の力に村雨は興味を持っていた。
確証は勿論無いが、覚悟と闘えば自分に何か新しい力が芽生えるのではないかとう淡い期待を持ちながら。
ほどなくして村雨は口を閉じ、覚悟の反応を窺う。
だが、直ぐには答えは返ってこなかった。
何故なら村雨は知る事でないが、覚悟は私闘を好まない。
己の拳、零式防衛術は悪鬼を打ち滅ぼすために用いるもの。
仲間に向けて放つべきものではなからだ。
しかし――

「了解した。村雨殿の役に立つのであれば喜んで相手を務めさせて貰おう」
「すまん」

覚悟は立ち上がり、村雨の頼みを受け入れた。
覚悟にも同じように村雨の力に対する興味はあったのだろう。
自分の実の兄、葉隠散と少しの間ではあるが共に行動していた村雨に。
純粋に一人の戦士として興味を抱いていたのかもしれない。
徐に覚悟はドアの方へ歩を進め、村雨がそれに続いた。

「お待たせ!あれ? 何処か行くの?」

そんな時、教室のドアが開きかがみの声が再び響き、彼女は驚いたよう顔を見せている。
かがみの後に続くのは同じように表情を歪めたエレオノール、そして桃色のロングヘアーをした桂ヒナギクだった。

「あ……」

覚悟と目が合い、ヒナギクは小さい言葉を漏らす。
それは声にならない程にか細いもの。
傍に居たかがみとエレオノールですらもはっきりと聞こえたかは定かではない。
一瞬、その場で硬直するヒナギク。
そして覚悟もまたヒナギクと同じようにその場で石のように立ち止まり、何も口に出す事は出来なかった。

「覚悟に特訓の相手になって貰う。だから、ちょっとグラウンドに出てくる」

しかし、村雨はヒナギクと覚悟の微妙な変化に気づかないようだ。
ヒナギクの五体が無事である事を確認し、村雨はスタスタと階段の方へ向かっていく。
そんな村雨を見て、意を決したように覚悟はかがみ達に一礼を行ってから村雨の後を追った。
去って行く村雨と覚悟を、いや覚悟をどこか名残惜しそうにヒナギクは見つめ続ける。
そしてエレオノールが無言で黒板を指差し、ヒナギクの方を向いて頷く。
恐らくヒナギクにパピヨンの事などの情報を教えるために、中に入って欲しいと誘導しているのだろう。
その意図を察し、ヒナギクも覚悟から視線を外し、エレオノールに頷き、教室に足を踏み入れた。
やがてエレオノールを続き、最後にかがみも二人に続いた。
微妙な反応を見せあったヒナギクと覚悟に若干の疑問を抱きながら。

◇  ◆  ◇

再び時間は巻き戻る。
特訓という名目で互いに戦闘を始めたZXと零を纏った覚悟が接近。
互いに地を走破する事により、地に降り積もった砂が四散し、天へ巻き上がる。
宙を漂う事を余儀なくされた砂の粒子が周囲の視界を曇らす。
しかし、その土色の砂粒は一息をつく間に再び周囲へ散ってゆく。

「オオオオオッ!」

地面を走り続けていたZXが前方へ跳び、拳を振りかぶる。
握られた拳は右のそれ。特訓といえども手加減をしていては成果など出やしない。
今の自分のフルスペック。いわば全力で覚悟にぶつかるという意思を心の中で燃やす。
腰を捻る事で反動をつけ、右の拳を突き出す。
覚悟の胸部に向かって弾丸のようにZXの拳が振り下ろされる。
――そして一閃の軌道が宙を落ちるように流れた

やがて手応えともいうべき衝撃がZXの右拳――いや、どちらかというと右腕から襲う。
しかも斜めの方向から擦るようなものをZXは感じた。
それもそのはず、ZXの拳は覚悟の胸部には届いていない。
覚悟は前に屈むことで、ZXの拳の軌道から身を避け、左腕を当てる事によりそれを捌いていたから。
そして、覚悟の右の拳が急速に固まり、やがてその凝縮されていた力が放出される。
あまりにも簡単に己の拳をいなされた事により、驚いたような様子を見せているZXに対して。

「ぬん!」

悪鬼を打ち滅ぼすための力、必勝の力が拳となりてZXを襲う。
その拳速は速い。ZXの拳を見極め、絶妙の頃合で打たれた拳撃。
右腕が伸びきったZXの胸部に向けて、真っ直ぐと拳が進んでゆく。
しかし、ZXも黙ってみているわけにはいかない。
彼も只、このバトルロワイアルで惰眠を行ってきたわけでもないのだ。
空いていた左手を翳し、自分に向かって打ち上げられた覚悟の拳を受け止める。

――ZXの左手を電撃のような衝撃が走る

(重い……!)

予想以上の衝撃。やはり覚悟は強い。流石は散の弟。
しかし、かといって諦めるわけにもいかない。
衝撃に耐え、そのまま覚悟の右腕を掴み――右腕を引き戻した勢いで急速に距離を詰める。
同時に左脚をしならせ、覚悟の身体を横薙ぎに払うかのように振り抜く。
零のヘルメットから覗かれた覚悟の両眼がしっかりとZXの左脚を捉えた。
瞬時にそれを応じるかのように覚悟も右脚を振り上げた。
振り下ろされるZXの脚と振り上げられた覚悟の脚が絡み合うように近づき――やがて大きな衝撃を生んだ。
強靭な二つの蹴りが互いに打ち鳴らす衝撃で周囲の砂が風に吹かれ、やがて四散する。

(……やはり兄上に見入られただけのコトはある)

振り上げた脚を引きながら覚悟はZXについて感心する。
零を着装した自分に対し互角に渡り合う。
もし、この闘いが命を懸けた真剣勝負であれば、唇に紅をひいて応えなければならない事は必至。
そんな事を考えながら、覚悟は半歩後へ引き、同時に両腕を構えながらZXへ突っ込む。
覚悟の動きに反応するZXもまた構えを取った。
油断無く前方に翳されたZXの両腕が覚悟の両腕に向かい合う様に動かされ――再び互いを食い散らす獣の如くぶつかってゆく。
その速さは、力のせめぎ合いは何者にも止める事は出来ない。
本人達に停止の意思がない限りは。


「特訓というより……これって……」

グラウンドでヒナギクとエレオノールと共に立ち尽くしているかがみが言葉を漏らす。
かがみの両眼が追う影はZXと覚悟の二人。
ヒナギクに共有した情報を教え終えて、彼らの特訓を見届けるために三人は校舎から出ていたからだ。
そして目の前で闘い合う二人を見て、思わずある感想を抱いた。
心底、呆れ帰った表情を浮べながらボソッと。

「只の殴り合いじゃないのよ……」

今もなお縦横無尽に跳び動き、組み合い、互いに拳や蹴りを駆使するZXと覚悟。
その人間離れした身体能力には改めて感心させられる。
しかし、素人目に見ても双方特に考えもなしに闘っているにしか見えない。
果たしてこれが特訓といえるのかが、かがみには負に落ちなかった。
かといって自分がそんな旨を伝えても止まりそうにはない。
そのため歯がゆい思いを沸々と抱きながらも、かがみは結局断念し、暫くは静観する事を
決めた。

「……どうかしたの、ヒナギク?」
「え? な、なんでもないわ」

そんな時、かがみが急にくるりと横を向き、疑問の言葉を投げ掛ける。
かがみが振り向いた先には、彼女と同じように立っているヒナギクの姿があった。
その表情に映る感情は驚き。
突然かがみに話しかけられただけでここまで驚く程、ヒナギクの肝は小さくない筈。
まるで何か深い考え事をしていたから……それも横に居るかがみの存在を忘れていたかのように驚きを見せていた。
かがみはそんなヒナギクを見て、疑問を抱かずにいられず、ふと一つだけ確証はない心当たりを思いつく。

「もしかして……葉隠君と何かあったの? 悩んでる事があったら相談に乗るけど」

思い出すのは先程、教室のドア付近で起きた覚悟とヒナギクの余所余所しい様子。
ホテル前で別れた時のそれとは似ても似つかない。
自分達と行動を別にしている間に何か起きたのかもしれない。
そう考え、かがみは推測を口にし、同時にヒナギクを心配する。
見れば傍に居たエレオノールも自分の胸に手を当てて、力強く頷いていた。
言葉を出さずとも、かがみと共にヒナギクの力になるという意思の表れであるのは間違いない。
そんな二人を見て、ヒナギクは再び驚いたような顔を見せた。
無意識的に口をすこし開くほどに。
しかし、その表情はほどなくして変化を告げた。

「うん、ありがとう。でも大丈夫だから。だって――」

移り変わるヒナギクの表情。
今度はかがみとエレオノールが驚く番となった。
何故なら彼女達二人が予想していたことが事実と食い違ったから。
そう。ヒナギクが浮べた表情が何故か――

「答え、教えてもらったから……あの子にね」

とても穏やかなもので、何かを秘めた顔。
決して投げやりな、軽い気持ちで決めたようなものではない。
大きな、固く決めた意思がその表情にはあった。
ヒナギクのそんな顔を見て、かがみは驚きでハッと息を呑み、やがて何も言わなくなった。
何故だか、ヒナギクを見てどこか安心する事が出来たから。
そんな時、再び湧き上がる砂嵐。
ZXと覚悟の特訓と名を騙った闘いは未だ終わりそうにはなかった。

◇  ◆  ◇

殺し合いが今も行われている殺し合いの舞台。
その舞台から遠く離れた場所に位置する岩のような物体。
大きさはかなりのもので、何百、何千もの人間がその内部に居るように思える。
そう。其処こそが何れこのバトルロワイアルに反抗を志す者達が向かわなければならない場所。
BADANの総本山、サザンクロスであった。

「……わしはなにをやってるんじゃろうな」

そんな時、サザンクロス内の狭い一室で一人の老人が小さな声をポツリと洩らした。
声の主は徳川光成。この殺し合いで参加者ではなく、放送の司会役をBADANから担った者。
地下闘技場での史上最大のトーナメント戦を開催するなど、光成は強き者達が闘う姿を観戦する事は至上の喜びだ。
しかし、こんな悪趣味な事に喜びを見出せる程悪趣味ではない。
今すぐにでもBADANに反抗の意を示したいが首に巻きつけられた首輪によう生殺与奪を握られているこの状況ではどうしようもない。
そう。今まではそう思っていた。あの映像を見る前では。

「あの勇次郎を倒すとは……間違いない。
あやつらは何も恐れていない……わしと同じようにこんな首輪を付けられているというのに……決して諦めようとはせん」

第五回目の放送を執り行う数時間前に起きた闘い。
生き残った参加者十三人の内、九人を巻き込み、その中にはラオウ、勇次郎といった実力者も居た。
何人もの参加者を殺し、圧倒的な力を誇る二人。
だが、BADANに反抗する七人の参加者は互いに力を合わせ、一人も欠ける事なく勝利を収めた。
オーガという異名を持ち、史上最強の生物の名に恥じる事なく己の力を示し続けてきた勇次郎が相手であったにも関わらずに。

「だったら、わしも……ここで黙ってるわけにはいかんだろうに……!」

勇気を、寧ろ彼らに感化されたのでもいうのだろうか。
最後の放送を終えて、用意された部屋で光成は長い間考えた結果、己の行動を決めた。
いや、行動を決めたというよりも以前に較べ覚悟を強めたと表現するほうがしっくりくる。
同じくBADANに反感を抱いている伊藤博士と言葉を交わしてから、自分は何も為せてはいない。
自分よりも若い人間達が、そして自分の友人である愚地独歩が今も命を懸けてBADANとの戦いを続けているのに。
この状況が果たして最善なものといえるのだろうか。
きっと言えはしない。自分自身に勇次郎や独歩のような力がなくても――それはきっと何もしなくてもいい理由にはなりはしない。
せめて、BADANが行っていると考えられる参加者の会話の盗聴を邪魔するくらいはできるかもしれない。
いや、伊藤博士と再び連絡を取ればなんらかの策が浮かぶ可能性もあるだろう。

「先ずは伊藤博士を捜さねばな……」

そう考え、光成は部屋のドアを開け、徐に歩き出した。
ドアにロックはされておらず、見張りは居ない。
きっと光成が自分達に反旗を翻すとは夢にも思っていなかったのだろう。
放送の任を従順に全うし、特に自分から行動を示そうとはしなかった光成に対し、BADANは特に警戒をしていなかったためだ。
好都合だと思い、光成は薄暗い通路を進んでゆく。

「やつらに気づかれないとは限らんが……やるしかあるまい」

そんな光成には一つ見落としている事があった。
自分の後を一人の人間が追っている事に。
酷く禍々しく、見る者に威圧と恐怖の感情を与える眼を持つ人間に気づいてはいなかった。

◇  ◆  ◇

グラウンドで今も闘いを続けるZXと覚悟。
共にBADANを倒す決意を秘めた、人類の希望ともいえる戦士。
この闘いで相手の強さを改めて認識する。
BADANとの闘いに向けて、更なる力を必要とした村雨が
しかし、この闘いを決めた動機は微妙に違っていた。

(懐かしいな。まるであいつらと闘っているように……)

右の拳を振りかぶり、ZXはふと思う。
アーカードやラオウ、勇次郎とは違い、覚悟の拳には純粋な破壊の意思はない。
当然、痛みは伴うがどこか違う。
そう。何かを守るために、譲れない意思を突き通すために行使する拳――まるで仮面ライダー1号、劉鳳、ハヤテが打ち出してきたそれと酷似しているような感覚。
覚悟の拳や蹴りをその身体で受けるたびにZXは実感する。
自分にはまだ足りないものがあるという現実を。
それを手に入れる術は未だわからない。

(俺もあいつらのように闘えているのか自信はないが………悪くはない。
悪くなんかない……良い心地がする……皆と闘えるコトは……!)

だが、いつかはそれらを手に入れる。
そう信じ、ZXは振りかぶった右腕に更なる力を注ぎ、眼前に意識を傾ける。
目の前に移る人影は漆黒の超鋼、零を纏いし覚悟。
覚悟の胸を借りて、只ありったけの力でぶつかる――その意思がZXに闘志を湧き立たせる。
まるで右腕を真紅の炎で燃やすかの如くに。

「ゼェクロォォォス――――」

口を開き、己の名前を叫ぶ。
脳裏に思い浮かぶ影は二つ。
元の世界で仮面ライダー1号と闘った時に彼らから受けた強烈な一撃。
そしてハヤテと共にラオウに向けて放った、記憶にも鮮明な一撃。
その時の感触、今はもう居ない彼らの事は酷くZXの記憶に残る。
忘れてはいけない記憶――自分を真の完成形に近づけてくれる重要な要素(ファクター)。
只、一心にそれを信じ、ZXは再び与えられた力を行使する。

「パァァァンチッ!!」

自分と同じように拳を突き出そうとしている覚悟に対して。

◇  ◆  ◇

『覚悟よ、やはり良はよくやる。うかうかしているわけにはいかんな』
(全くだ、零。俺も同感だ……!)

ZXと闘いながら、覚悟は零と交信する。
心を繋いだ仲である覚悟と零の二人にとってはいとも容易い事。
そしてそれぞれZXの力に感嘆し、彼との闘いに身を任せていた。
勿論、一対一の闘いであり特訓でもあるため、広範囲兵器などの使用は行っていないが。
己の迷いを殺し、一切の曇りも無い零式防衛術を用いて覚悟はZXに応じていた。
その筈だった。

(俺は……逃げていたのもかもしれん)

拳を打ち出しながら、覚悟は零に気取られずに己に対し疑問を抱く。
それは自分がこの闘いに身を投じた理由について。
勿論、ZXの頼みを出来るだけ叶えてやりたいという感情はある。
しかし、それよりもこの闘いに覚悟は別の意味を見出しており、それのために承諾の意を示したような感じがしていた。
簡単にいえば、ZXの申し出を山車にして、自分の都合を優先していた感じがしてならなかった。
まるである出来事に対面する事から逃げ出すかのように。
当然、あまり立派な動機だとはいえない。
そんな覚悟の脳裏に浮かぶ人影は一人の少女――桂ヒナギクであった。

(理由はわからない。
だが、確かに俺はヒナギクさんを見て、何も言えなくなった……掛ける言葉を見つける事が今の俺には出来ない……!)

先程、教室でヒナギクに見つめられ、覚悟はどうにも良い言葉を出せなかった。
幼少の頃から零式防衛術の特訓に明け暮れ、しかも零式には色恋沙汰など最も相性が悪いもの。
ヒナギクから唐突に告白染みた言葉、そして禁愛の事を聞かされても覚悟にとって直ぐには反応を返せない。
そう。“恋は極力秘めるもの”という事を信条にしていた覚悟は暫く、ヒナギクの言葉について悩み抜いていた。
答えは殆ど心の中で決めているのだが、それをハッキリと伝えるための言葉がどうしても見つからず、言い出せなかった。
適当な場所で立ち止まり考えてもみたが、これといった最善の手も思いつかない。
しかし、かといっていつまでも時間を掛けているわけにもいかないのも事実。
学校で自分達を待っていると思われる村雨達の元へ行くために、覚悟は取り敢えず移動を再開。
未だ、明確な答えが出せぬまま、しかしそれでも表面上は平常そのものを装いながら、村雨達と合流を果たした。

(しかし、それ以上にわからないのは今のヒナギクさんだ……。
何かが違う。どこか元に戻ったような感じがしてならない。一体何が……?)

ふと、横目で自分達の闘いを見守っているヒナギクを見やる。
一瞬の内であったため、目は合わなかったが今も彼女は覚悟の思ったとおりの様子であった。
いつもと変わらない、どこか勝気な表情で時折、穏やかな笑顔を見せるヒナギク。
数時間前、自分と別れた時とは全く様子が違っていた事が覚悟に更なる疑問を抱かせる。
覚悟はその疑問に対しての答えを今も見つける事は出来ていない。
そんな時、周囲の空気が変わった。
見れば目の前のZXが大きく腕を振りかぶっている姿が見えた。

(そうだ。今はそれらに気を取られている場合ではない。 今は零式を決めるコトが第一なり……!)

迷いや疑問を一瞬で殺し、覚悟はZXの動きに応える。
ZXが繰り出そうとしている右拳の動きに合わせ、己の右腕を動かす。
以前、自分が父、朧によって弾き飛ばされたあの懐かしき日々を懐かしむように思い出し
ながら――覚悟は放つ。

「因果!!」

最も慣れ親しんだ技、因果をZXの右拳――ZXパンチに向けて打ち放った。
刹那。
大きな轟音が周囲に響き渡った。


闘いを始めて既に数十分が経過した今。
一際目立つ轟音が起き上がり、ZXと覚悟が立ち尽くす。
互いに伸ばした右腕がぶつかったまま、活動を停止している。
一方は強化改造を受けた拳、もう一方は強化外骨格に覆われた拳。
常人どうしの闘いでは起こしようの無い音が完全に消え去った今でも、何故かZXと覚悟は動こうとはしなかった。
互いに未だ戦闘続行が可能であるにも関わらずに。

「はい! ストーーーップ!! 両者ドローってコトでお終いね」

まるで頃合を見計らっていたようにかがみが口を開き、闘いの停止を呼び止める。
当人達は特訓とはいうが、いつまでたってもかがみにはそれが実戦そのものにしか思えず、内心ヒヤヒヤしていた。
その内、怪我でもしたらどうしようと不安であったため、隙あれば止めさせようと思っていたため、叫んだというわけである。
言葉を出す事が出来ないエレオノールも、無言で頷き、かがみの言葉に同意しているような意思を見せた。
ヒナギクもまた然り、彼女らの言葉に頷く。
そんな彼女らを見て、ZXと覚悟も互いに眼を合わせ、やがて右腕を引き、呼吸を整え始めた。
「すまないな、覚悟。だが、良い経験になった……ありがとう」
「とんでもない、私の方こそ礼をいうべきコト。かたじけない、村雨殿」

二人も相応の手応えを感じ、満足がいったのだろう。
双方、今まで維持していた戦闘態勢を解き、言葉を交わす。
そこには更に互いの実力を認め合った二人の男が織り成す小さな空間があった。
ホッと安心したような表情を見せたかがみ、ヒナギク、エレオノールに見守られ、ZXと覚悟はそれぞれ彼女らの方を向き、歩を進める。
村雨はZXへの変身を解こうと、覚悟はヘルメットを脱ごうとするが――

そんな時だ。


「下らんな」


声がした。その場に居る五人同時に脳裏に届く声が。


「何をしているかと思えば……所詮は虫(ワーム)共といったところか」



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