決戦(中編)◆1qmjaShGfE



第三ラウンド。
ここに来てラオウは奥義を放つ事を止め、正調北斗神拳の動きによる拳打攻撃に切り替える。
勇次郎は見慣れた物で、右に左に綺麗に避けてみせるが、ラオウは拳を休めない。
勇次郎の獣じみた動きのせいか、勇次郎からの反撃は人間ではありえないはずの角度から襲ってくる。
ラオウも又、そんな勇次郎の動きに慣れたせいか、見る事すら適わぬその攻撃を容易く見切る。
どちらの攻撃も当たらない。
振りぬいた拳の衝撃が、道路沿いのショーウインドウにヒビを入れる。
踏ん張る足下のアスファルトが音を立てて砕ける。
二人の振るう拳の速度と威力に負け、降り注ぐ雨も二人を染める事が出来ずに居る。
これ以上の近接後退はお互いの拳の威力を下げるのみ、と二人は最も拳の威力が出る位置から動こうとしない。
大気が振動し、その拳から漏れ出したエネルギーが二人の居る空間を包み込む。
既に二人共お互いの事以外何も考えていない。
それ故、ゆっくりと、二人を包むエネルギー空間が二人を空へと持ち上げている事も気にかからない。
周囲が、世界が、どうなろうと知った事かと。

俺は、この男を、殴り倒す。

高まるモチベーションが限界に達したその時、二人の拳が同時に放たれた。

パキーン!!

乾いた何かが割れるような音、甲高いその音は空気を割いた音なのか。
一メートル以上浮き上がった二人が大地に再び帰ってくる。
自らの右腕を相手に押し当て、その体勢のままぴくりとも動かない。
力で負ける事は断じて許せぬ。
万力ですら泣きながら土下座するような力比べ。
勇次郎の筋肉が異常なまでに盛り上がり、対するラオウの体からは闘気が噴出す。
両者の体が、少しづつ地面へと沈み込む。
二人が大地を蹴る力に、地面が耐えられないのだ。
沈む度にその大地は踏み固められ、硬度を増すはずのそこに、二人の足がゆっくりと沈み込んで行く。
遂にその深度は、二人が膝下まで大地に吸い込まれる程になる。
どちらも引く事など考えてはいない。
自分が勝つまで続ける。そんな二人だ。
ここでもまた、二人はお互いの事しか見えていない。
それが、本来の二人には有り得ない隙となった。

「おっしゃああああああああ!!」

天から掛け声と共に文字通り降ってきたのは、波紋の闘士ジョセフ・ジョースター。
どちらも引かぬその性癖が災いし、この動きにどちらも対応しきれない。
しかもその両足は大地に深くめり込んでいる。

「喰らえ化物共! 山吹色の波紋疾走!!(サンライトイエロー・オーバードライブ!!)」

ぶつけ合った二人の腕のど真ん中に、ジョセフは波紋の拳を叩き込んだ。
ジョセフの拳からのみならず、二人を覆う水滴を伝いラオウ、勇次郎の全身に波紋が流し込まれる。
両者の体が振動で跳ね上がる。
そしてすぐにジョセフ含む全員の視界が閉ざされる。
完全な闇。
その正体はそこから漂う香りが教えてくれる。
体が痺れて動けないなどという、前代未聞の事態に見舞われたラオウ、勇次郎の二人は同時にその正体に気付いた。
『火薬だと!?』
闇の奥、遙か頭上から、最後を告げる言葉が轟く。
「二人まとめて消し飛べや!」

数ブロック先まで聞こえる程の爆音。
それを仕掛けた服部は、空中高くでそれを見下ろす予定が、
ほんの少し予定より爆発が大きすぎた為に、派手に跳ね飛ばされて宙を舞う。
「おわあああああ!! っと! こなくそ! なんとーーーー!?」
くるくる空中を回るも、奇妙な悲鳴と共に強引に体勢を立て直す。
核鉄ニアデスハピネスでの飛行は、最初にその説明書を読んだ時から構想はあったのだ。
他にも、これを用いた様々な戦術を服部は考えていた。
ようやく落ち着いて真下を見下ろすと、雨にも関わらずそこらから上がる煙でまるで下が見えなくなっている。
「……雨やからて、多目に仕掛けたん失敗やったかな。ジョセフ死んでへんよな?」
とりあえずあの二人は粉々になったと確信を持って言える。
ジョセフは爆発の影響の少ない地下への逃げ道を探しておいたので、大丈夫だとは思うのだが……
「飛べ服部!」
真下から聞こえるジョセフの叫び声。
服部は確認すらせず更に上空へと舞い上がる。
その真下を、真横から跳んできた黒い影が飛び抜けた。
「嘘やろ!? あれをかわしたんか!?」
下の煙が雨に潰され、道路の様子が鮮明に見えてくる。
その一部が、異常な輝きに包まれている。
下では、ジョセフがその輝きに向かって猛然と駆け寄っている。
その必死の形相を見て服部は悟る。
あれは、確実に死に至る何かだと。
大急ぎで建物の影に隠れんとする服部。
煙が完全に晴れる。
そこに悠然と立つ大男は、怒りの表情のままその輝きを放つ。

「北斗剛掌波!!」

同時にビルの隙間にすべり込む服部。
全速で飛ぶ服部の背後のビルが、輝きに削り取られていく。
「死ぬ! ホンマに死ぬてこれ!」
放たれた最後の輝きを、靴の先っぽ焦がすだけでかわしきった服部は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「やりたないなー。これ絶対やりたないて……ええい、やればええんやろやれば!」
黒シャツ男の移動速度を見た服部は、一つの結論を既に出していた。
『あの男はこの意味わからんビームの直後に仕掛けてくる!』
服部はこれをかわす為、現在飛行中の自分の真下で、ニアデスハピネスにより作り出した、
黒色火薬を爆発させた。
「ぐうううういいいいいいっ!!」
その爆風により上方に向かって跳ね上げられる服部。
ニアデスハピネスによる爆発は、爆弾によるそれと違い弾欠を持たない。
ならば空中に居る場合は、その爆風を用いて緊急時の移動手段とする事も可能である。
当人にかかる負担を無視すればの話であるが。
またも、その真下を飛びぬけていく黒い人影。
奴はどうやら壁をぶちぬいて攻撃してきたらしい。
あれだけの広範囲爆発をかわしたり耐えたりした上で、この移動速度。
こんなのとまともにやりあえるか!
屋上まで一気に吹き飛ぶ服部は、そこでまた一つの予測を立てる。
赤髪男と対等にやりあっていた金髪。
同程度の能力を持っていると推測される彼が服部を狙っているとしたら。
「ああああああああ……もう俺再起不能になりそ……」
屋上に飛び出した瞬間、もう一度自らの真下で爆発を起こす服部。
その爆風から身を守るべく、両手を顔の前に持っていっている金髪の大男の姿を屋上に認めた時、
服部は自らの判断の正しさを知ったのだった。
『こんなん逃げるだけでこっちがどうにかなってまうて!』
大きく空へと跳ね上がる事で、何とかものを考える余裕が持てた服部。
パーフェクトな奇襲。
回避不能な仕掛けであったはずが、気が付けば逃げるだけでもう体中が限界値。
ニアデスハピネスの乱用で、根こそぎ体力を持っていかれたような脱力感に襲われながらも、
ターゲット二人の位置確認は怠らない。
ビルの屋上ではいつのまにそこまで昇ってきていたのか、ジョセフとラオウが対峙していた。
一秒と前に立っていられず、殴り飛ばされ屋上から真っ逆さまに叩き落されるジョセフ。
「誰がギリギリ付いていけるて!? ふざけんなや!」
悪態を付きながら、空中で方向転換して救出に向かう服部。
しかし、何と驚くべき事か。
ジョセフが空中でビルの壁面に足を伸ばすと、まるでそこだけ重力を失ったかのように落下が止まってしまう。

そのまま壁を垂直に歩いて降りるジョセフ。
屋上に居た金髪も、とても許しがたい光景ではあったが、そこから軽く飛び降りてくる。
隣のビルの窓から飛び出してきた赤髪も揃い、道路上では三人が対峙している。
「ラオウ、二度目の邪魔者だが、また俺が食うぞ」
闘気で防いだとはいえ、あの爆発の直撃を受けたラオウは僅かに不満に思うが、
一々相手をするのも面倒と思ったのか、今回もあっさりと勇次郎に譲る。
そのやりとりを、ジョセフはにやにや笑いながら聞いていた。
「アンタ等吸血鬼とやりあった事ある? 両腕から竜巻吹いて建物吹っ飛ばす奴とは?
 全身を沸騰した血液が通ってる化物は? 不老不死、永久に再生する完璧な生物は?」
人差し指を立て、それを振りながら二人の前を行ったり来たり。
「無いよなぁ。ならアンタ等より俺の方が強いって事にならない? なるよな?
 というかだ、人間相手に無敵だからってあんた等ちょっと調子に乗ってない?
 ほら、そこの悪趣味な銀髪のおっさん、何なら俺の余裕の証として一発殴らせてやろうか?
 ほれほれほれほれほれほれほれほれほれほれほれほれ、ど~~~~~~~よ?」
自分の頬をちょんちょんと突きながら、勇次郎の前に顔を突き出すジョセフ。
ジョセフは軽薄な印象のある男だが、決して愚か者ではない。
勇次郎の能力を把握し、その上でいかに対処すべきかを考えている。
ラオウではなく、やると言った勇次郎を挑発し、殴る場所を挑発により限定させる。
対する勇次郎もジョセフの意図に気付いていながら、敢えてその通りに動く。
自らの豪腕に自信あればこそだ。
二人の意図が合致し、勇次郎の左拳がジョセフへと迫る。
その速度をジョセフは完全にはかわしきれない。
だが、それで充分だ。
当たる予定の右頬に弾く波紋を集中、衝撃の方向を逸らして打撃を無効化する。
同時に、右足を振り上げ足刀蹴りを勇次郎の腹部に向かって放つ。
ジョセフの靴は、足から波紋を通しやすいようビルを昇った時既に脱いである。
『こいつで波紋を流し込んで動きを止め、袋叩きにしてやるぜえええええ!!』
ジョセフが本気で放つ波紋が通れば、完全に動きが止まる。
それが例え数秒の事であろうとも、それを拳にて叩き込み続ければいい。
勇次郎は反撃すら許されず、一方的に殴られ続ける事となろう。
したたかさでは海千山千の参加者達の中でも群を抜くジョセフ。
その彼の読みは、至極簡単に勇次郎の能力に敗れ去る。
半身になるだけでジョセフの蹴りをかわす勇次郎。
「残念だったな」
今度こそ勇次郎の右拳がジョセフを捉える。
脇腹に突き刺さるように抉り込まれる拳。
たまらず口から唾液混じりの何かを吐き出すジョセフ。
波紋修行の過程で、身体能力も充分に鍛えぬいたジョセフであったが、
勇次郎の拳はそんなジョセフの自信を木っ端微塵に打ち砕いた。
『この野朗……パワーはワムウと同等……それ以上……か?』
無論それだけで済ます勇次郎ではない。
左の拳を、右の膝を、右の肘を、次々叩き込むべく体にそう指示を下す。
「な……に?」
しかし、勇次郎の体はその意思に逆らい、ぴくりとも動いてはくれなかった。
足元に違和感を覚える。
そこには巻きついている……紐?
その隙に距離を取り、波紋の呼吸を整えるジョセフ。
「次にお前は『何をした?』と言う」
「何をし……チッ!」
「へっへっへ、ボクちゃんやらせていただきましたァン。
 アンタが踏み込んでくるだろうそこに、波紋を流し込めるギターの弦を垂らしておいたんだよ!」

全て計算通りとばかりに胸をそらすジョセフ。
しかし内心は必死に焦りを押し隠していた。
『クソッ! こいつの拳はヤバすぎるぜェ、本来ならあの紐から反撃の糸口にするつりだったんが、逃げるだけで手一杯だっての!』
直接流し込む波紋でなければ、ほんの一瞬動きを止めるのが精一杯。
さっきの爆発すらかわしきる俊敏さを持ち、そのパワーは柱の男並。
しかし、上空に居る服部の助力は頼めない。
つまらなそうにこちらを見ている金髪は、どうやら手を出す気は無いようだが、
二対一となれば、どう動くかわかったものではないからだ。
ここで一対一で赤髪を倒し、残る金髪を二対一で黙らせる。
卑怯なんて知った事か、命賭けのデスマッチに遠慮なんてしてる余裕は無いのだ。
「服部! 剣をよこせ!」
そう叫ぶジョセフの意図を、瞬時に把握する服部。
手持ちの核鉄ソードサムライXを、服部が作り出してジョセフに放り投げる。
これならば、ソードサムライX顕現による体力消費は服部が背負う事になる。
そのまま空中からジョセフの側に降り、すぐ隣をすりぬける。
「……赤髪の腹の中に黒色火薬を必要量仕込むのに、おおよそ十分。それまで堪えてや……」
すり抜けざまに小声でそう呟く。
服部は勇次郎に気付かれぬよう少しづつ、ニアデスハピネスにより作り出した黒色火薬を、
口から体内へと侵入させると言っているのだ。
そのあまりの悪党ぶりに、にやりと笑うジョセフ。

今、生存者の中でも屈指の知略を誇る、正義の卑怯者コンビが範馬勇次郎へと挑む!

エレオノールが意識を取り戻すと、周囲にあったはずの炎は既に鎮火しており、
川田の姿も見当たらなかった。
胸元に置いてある核鉄をぎゅっと握り締める。
ケンシロウに救われ、人を信じようとした矢先の裏切り。
心に黒い染みが広がっていくのが自分でもわかるが、それを核鉄を握って堪える。
「……人を裏切り続けた私に対する、当然の報いです」
体を起こそうとすると、ふっと意識が遠のく。
随分と体力を消耗しているようだ。
それでも意識をしっかり持てば、何とか歩き回る事も出来そうなので、立ち上がり荷物を探す。
すぐにでも御前を呼んで、側に居て欲しいと思う。
だがエレオノールが負っている怪我は決して軽くはなく、
又、これ以上御前に迷惑をかける事をエレオノールが良しとしなかったのだ。
エレオノールは自分の力で歩き始める。
今度こそ、困っている誰かの力になれるようにと。

ジョセフは、数度勇次郎と拳を交えて結論を出す。
『十分どころか三分だってもたねえええええ!!』
小細工する暇すら与えてもらえず、一方的に攻撃され続ける。
それを凌ぐジョセフの能力と波紋は確かに素晴らしいものかもしれない。
何度勇次郎に殴られても傷一つ付かないソードサムライXの硬度も大した物であるし。
だが、それだけで凌ぎきらせてくれる程、この男範馬勇次郎は甘くは無かったのだ。
「大言の責を取れ」
勇次郎は既にジョセフを殺すのではなく、いたぶる目的での攻撃に変えている。
ジョセフの両手足を千切るべく放たれる手刀や足刀を、波紋を応用して受け流すのも限界が近い。

服部にとっても格闘戦時における勇次郎の技術の高さは計算外であった。
遠からずジョセフの防御を抜け、勇次郎の痛撃が直撃する事だろう。
ジョセフが一撃入れられれば波紋を使う事で、ほぼ勝利を確定出来るのと同じように、
勇次郎渾身の乱打を数秒間喰らえば、それだけでジョセフは死に至るのだ。
ニアデスハピネスはまだまだ目標の1/3にも達していない。
しかし、この段階で爆発させて隙を作るのも手である。
目標量にしても、内蔵は常人と同じであろうという発想の元で考えている。
そもそも、その量で足りるかどうかもわからない。
『せやかて、ここでやらんとジョセフがヤバイて!』
意を決して爆破の意思を固めようとしたその時、勇次郎が攻撃の手を止める。
『しまった!』
そう思った時にはもう遅い。
一瞬で胸いっぱいに空気を吸い込み、それを噴き出す。
これで、服部の仕掛けが勇次郎に見抜かれていた事が判明した。
『アホな!? どないな手使えばこの手がバレるねん!』
勇次郎は服部が何かを仕掛けている事を、その微妙な仕草で見抜いていた。
そして、服部は絶対にバレないと確信していた極微量の黒色火薬の移動。
これが口に入る際生じる不自然な空気を流れを、勇次郎は感じ取っていたのだ。
それがどんな物なのかは、勇次郎にはわからなかった。
少なくとも口に入った瞬間効果を発揮する類のものでない事は、服部の様子から察してはいたが。
そして今服部から放たれた必殺の意思。
それに、理屈でなく感覚のみで反応した結果の行動がこれである。
理不尽極まりない話であるが、結果的にそれは勇次郎にとって最善の行動であった。
「ここは小賢しい奴が多すぎる」
勇次郎が必殺の連撃をジョセフに放たんとしたその時、
人影がジョセフの真横に飛び込んできた。
全力でジョセフを蹴飛ばし、勇次郎から距離を取らせる。
「ほう、貴様も来たか」
大した興味も持てず、退屈そうに戦闘を眺めていたラオウが興を取り戻す。
その人影は、ジョセフを蹴飛ばした反動で、同時に自分も勇次郎から距離を取った。
「ラオウ……そしてお前が勇次郎か」
白と赤のボディに、赤い頭部、額から伸びる二本の触角。
ジョセフを蹴り飛ばした男、村雨良は勇次郎、ラオウの順に彼らを睨みつけた。
「これ以上貴様等の好きには……」
そこまで言った所で、眼下に大きく踏み込んだジョセフの姿が見えた。

「居やがったな赤虫野朗おおおおおおおおおおおお!!」

地面をこすらんばかりに振り回した腕から放たれるアッパー。
これをまともに顎にもらった村雨は、真後ろに引っくり返る。
当然のごとくジョセフは波紋全開である。
機械の体である村雨とて、体内を液体が流れている。
その流れを波紋によって狂わされれば、その行動は阻害される。
「ま、待てジョセフ!」
「気安く人の名前呼ぶんじゃねえ! かがみを何処にやりやがったてめえ!」
首を掴み、引きずり上げるジョセフ。
そのジョセフの全身が、そのままの姿勢で真横にズレて、いや吹っ飛んでいく。
「勝手に盛り上がってんじゃねえよお前等」
勇次郎がジョセフに両手で掌打を放った模様。
「どけい勇次郎! そ奴は我が敵よ!」
そんな勇次郎に一足飛びに踏み込んで来たラオウの豪腕が襲い掛かる。
これは勇次郎にとっても意外だったのか、とっさにかわしきれず両腕を交差させて受け止める。
拳の勢いに負け、たたらを踏んで数歩下がる勇次郎。
「……そうかい、ならこっからは乱戦って事でいいんだなラオウ!」

四人が集まる場所から少し離れた所に柊かがみは居た。
村雨から危険なのでここに隠れているように言われたのだが、
村雨からはジョセフを説得する際は、姿を隠し村雨に任せるよう言われていたのだが、
幾らなんでもこんな乱戦状態での再会は予想していない。
たまらず飛び出し叫んでしまう。

「ジョジョ!」

その声に振り向くジョセフと服部。
再会が成ったと喜ぶジョセフの顔が、一瞬で凍りつく。
彼女にあるべき物が足りない。何故彼女の左腕が失われている?
あまりの衝撃に、頭が真っ白になったかのように立ち尽くすジョセフ。
その衝撃の大きさは、容易く怒りへと変わっていった。

「赤虫野朗! てめえかがみに何してくれやがったあああああああ!!」

ラオウに向かい飛びかからんとする勇次郎に、その背後を取ったジョセフが蹴りかかる。
「邪魔だどけええええええええ!」
真上に大きく飛びあがり、これをかわす勇次郎。
空中で振り返ってジョセフに蹴りを放つも、ジョセフは低い姿勢でその下を駆け抜け、村雨へと迫る。
下から掬い上げるように手に持った剣を振り上げる。

服部は一歩引いた所で戦況の変化に対応すべく頭を捻らす。
ジョセフは柊かがみの様を見て、完全に我を忘れている。
さもあらん、服部も腸煮えくり返る思いだ。
だが、現状の不利さに気付けない程冷静さを欠いても居なかった。
勇次郎のみならず、金髪まで参戦してきて、その上村雨まで現れた。
全員敵同士であろうとは思うが、戦力的には圧倒的不利。
それよりも、村雨を倒すべく向かった劉鳳はどうしたのか?
まさか倒された?
だとしたら、この村雨という男の戦闘力は最早手に負えるレベルではないという事になる。
逃げただけという事もありうるだろうが、今の段階では判断は出来ない。
ここは逃げの一手であろう。
幸い柊かがみは離れた場所におり、殺し合いに乗っている三人はお互いを敵とみなしている。
服部、ジョセフのどちらかが致命的な損傷を受ける前にここは一時引くべきだ。
「引けジョセフ!」
ニアデスハピネスによる低空飛行で戦場に飛び込む服部。
服部の対応能力では、三人居る敵の誰一人としてまともに戦えはしない。
『それでも置いていくわけにもいかんやろ!』
強引に戦場に突っ込み、ジョセフを抱える服部。
「てめっ! 何しやがる!」
文句は後で聞くと決め、無視して更に奥へと飛び抜ける。
「誰が逃げていいと言ったッッッッッ!!」
即座に勇次郎がこちらをロックオン。
『それも、計算の内や』
服部が飛び込む直前に仕掛けた黒色火薬を爆発させると、勇次郎、ラオウ、村雨に無数の破片が襲い掛かった。
ニアデスハピネスは火薬を爆発させるのみである。
それ単体での殺傷能力は当然、中に弾欠を仕込む地雷や手榴弾と比べて著しく落ちる。
火薬の量を増やし爆風と衝撃のみで殺せばいいだけの話であるが、
火薬を大量に用いるのは体力や運用面においてあまり効率的ではない。
ならば爆発で何かを壊し、その破片を爆風で飛ばす事で効率化が計れないかと服部は考えた。
道路脇のゴミ箱、電信柱、店舗の窓ガラス、中央分離帯に植えられた草木。
そういった物に、黒色火薬を仕込んで置いたのだ。
しかもこのやり方の利点は、吹っ飛ぶ物の位置と火薬の位置を調節する事により、ある程度指向性を持たせられる事。
服部が逃亡に選んだルート以外に、それらの破片は満遍なく降り注いでいった。
あらぬ方向からの攻撃ではあるが、勇次郎は破片を一つ残らず見切ってかわしてみせる。
村雨はそんな破片ごとき気にもせずラオウに向かって飛び込む。
そしてラオウは、自らに襲い来る破片を全て投げ返してみせたのだ。
北斗神拳奥義、二指真空把。
飛んで来る飛び道具を二本の指で捉え、投擲者に投げ返す奥義である。
常人には同時にしか見えないような破片達であるが、当然僅かな着弾時間差はある。
それを見切り、順に一つづつ二本の腕で全てを投げ返しきる。
飛びかかっていた村雨は、その集中砲火を浴びて後退する。
そんな予期しえぬ攻撃すらかわしてみせる勇次郎。
逃げに徹する服部に抱えられながら、ジョセフは無理矢理体勢を変える。
全身に波紋を漲らせ、服部への盾となる。
二人はもんどりうって道路へと転がり落ちた。
そしてその怪我を確認する間も二人には与えられない。
「くだらぬ者が多すぎるわ……まとめて消え失せい!」
倒れた二人への追撃を考えていた勇次郎は、ラオウの気配に気付いて大地に伏せる。
初見の村雨は、ただ危険な何かだと察し警戒するのみ。
倒れているジョセフと服部には対応のしようが無い。

「北斗神拳奥義! 天将奔烈!」

服部が先ほど放ったニアデスハピネスによる爆発以上の衝撃が周囲一帯を包み込んだ。

ラオウを中心に、道路が浅いすり鉢状にえぐれている。
道路に面した建物の窓ガラスは一つ残らず割れ散り、外灯、標識、電柱すらへし折れている。
地面に伏してかわさんとした勇次郎は、めくり取られるように跳ね飛ばされビルの壁面に叩きつけられている。
村雨は、道路の数十メートル先まで跳ね飛ばされていた。
いや、直前で危険に気付いて距離を取ろうとしたのだが、当然逃げ切れるはずもなく、
大きくジャンプしたその背中に喰らったせいで、こんなに遠くまで飛ばされていたのだ。
一番被害が大きかったのはジョセフと服部の二人であろう。
破片によるダメージを波紋にて軽減したまでは良かったが、
同様に天将奔烈も防ごうとしたジョセフはまともにそれをもらってしまっていた。
衝撃を殺しきる事も出来ず、真後ろに居る服部も巻き込んで壁際に激突。
どちらも大きなダメージを負ってしまっていた。
それでも鍛えぬいた体のおかげか、ジョセフが先に立ち上がる。
「痛っえぇ……おい服部! しっかりしろてめぇ!」
薄目を開けた状態で仰向けに倒れながら、服部は言った。
「……意識はしっかりしてるでぇ……体の方はまるで言う事聞いてくれへんけどな……」
口調は弱々しいながらも、へらず口を叩く余裕ぐらいはある事に安堵するジョセフ。
「しばらくそこで寝てな。後は俺が何とかしてやるからよぉ」
「ドアホ……さっさと逃げる手考えんかい……」
「あいつらが許しちゃくれねえよ」

体は全く動かない。しかし頭はまだまだ働く。
それをフル回転させて心に残る違和感を、少しづつ解決していく必要がある。
服部は全身の力を振り絞り、戦況を把握出来るよう体を横向きに寝かせる。
『……何で左腕何や?』
柊かがみを捕えた村雨がまず考える事は、彼女の逃亡を防ぐ事である。
それを許してしまえば、逃げた柊かがみがジョセフ達と合流した場合、
村雨の望む戦闘が行われなくなる。
だが、それが理由で柊かがみを傷つけるとするのなら、左腕というのは変だ。
足なり目なり、より適切な手段があったはず。
柊かがみが村雨を怒らせた為、怒りに任せて腕を落とした?
だとしたら、柊かがみの顔にまるで傷が無いのがおかしい。
通常怒りに任せて行動した場合、まずは頭部に一撃あるのが自然だろう。
そうでない場合もありうるが、何よりの違和感はあの治療跡。
腕一本斬りおとす程の怪我をしたのなら、それに見合った治療が必要のはず。
残った片腕のみであそこまでの治療を自ら施した?
激痛と出血に耐えながらの処置は想像以上の労苦を伴う。
それをあの年の少女が為すというのは、不自然すぎる。
死んではマズイので村雨が治療した?
確かに放送前にあの怪我を負ったというのなら、それもありうる。
一応話の筋は通ったが、違和感は残る。
首だけを動かして柊かがみを視界に収める。
距離があるので確認はしずらいが、目を凝らしその挙動を細かく観察する。
『くそっ、雨が邪魔や。よう見えへ…………アカン! しゃっきりせえ俺!』
飛びそうになった意識を意思の力だけで引きずり戻す。
その表情、視線の動き、体の向きを確認していると、程無く大変な事実が判明する。
『柊かがみは、ジョセフと同頻度であの村雨の動きを目で追ってるやん!』
憎むべき敵であるのなら、危機的状況の中戦うジョセフと同じ頻度で村雨を見るような真似はしない。
つまり柊かがみにとって村雨は、ジョセフと同じぐらいその戦闘の一部始終が気になる相手という事になる。
そしてこれは少し前から気付いていたが、村雨は決してジョセフを攻撃しようとはしていない。
最初の蹴りのみ。しかもこれは、勇次郎の攻撃から逃れさせる意図があったと見る事も出来る。
『……なるほど、ほなら……ちょっとは勝機が見えてきたか』
確認する方法はある。そしてそれがうまく行けば戦況はまた変わる。
ジョセフは今必死に戦っており、服部の策を聞く余裕は無い。
なら、これは服部がやらなければならない。
『ええい動かんかい! ここで動かな俺ここまで生き残った意味無いで!』
息を吸うだけで痛い。多分これを思いっきり吐き出したらもっと痛いのだろう。
痛みで声が変わらないよう、対痛覚の覚悟を決めて、服部は怒鳴る。

「村雨! 俺達と共闘する気あるか!」

何故そうなったのかはわからないが、柊かがみという人間を信用するのなら、
彼女が気にかけている村雨という男は、あの金赤の大男より話が通じるはず。
見た所、村雨という男の戦力はあの二人の大男より劣るようにも見えるし、
下二人が組むというのは、殺しに乗っていたとしても悪く無い手のはず。
あの村雨という男にそれを理解出来る脳があれば、この窮地を乗り切れる。
予想通り、ジョセフはぎょっとした顔をしている。
そして当の村雨は、即座に返事を返してくれた。

「元よりそのつもりだ! 俺はお前達の力になりたい! 一緒に戦わせてくれ!」

……いや、そこまで言ってくれるとは思って無かったわ。
どうにもジョセフや劉鳳から伝え聞く村雨像からはかけ離れた印象を受ける。
すぐに柊かがみの反応を見ると、これまた驚くべき事に、とても嬉しそうにこちらを見ている。
特に俺に向かって感謝感激雨あられといわんばかりに頭を下げているではないか。
「服部! どういうつもりだテメェェェ!!」
「ぐだぐだ抜かさず言う通りにせえ! 俺達がやられたら柊かがみまで死ぬんやげほごふぐほっ!」
最後まで言い切れず咳き込んでしまうが、とにかく伝えるべき事は伝えた。
後はジョセフ次第だが、これは少し心元無い。
ジョセフは脳の回りの悪い人間ではないが、どうにも感情的な部分も持ち合わせているようで。

服部から共闘の話が出た時は、服部の気でも狂ったかと思ったが、
即答してきた村雨、そして何よりその話が出た時のかがみの様子を、ジョセフはしっかりと見ていた。
今一解せない話であるが、それはこのピンチを乗り切ってから確認すればいい話だ。
『それでも協力なんざ冗談じゃねぇ。服部の奴ぁこのジョセフ様がこのままやられるとでも思ってんのか!』
口に出してそう言ってやりたいが、言ったらバレて対応されてしまうので我慢するジョセフ。
ジョセフの狙い、それはすり鉢上にヘコんだこの道路そのもの。
止まぬ雨のおかげで、戦場となっているここには、雨水がたまってきているのだ。
『準備は万端、さーていっちょかましてやるゼェェェ!』
全員位置関係は確認済み。
ジョセフは練りに練った波紋を、その両足から解き放つ。

「青緑波紋疾走!!(ターコイズブルー・オーバードライブ!!)」

一瞬で伝わる波紋の力、それは水溜りに足を踏み入れていたラオウ、勇次郎、村雨の三人を容易く捕える。
「ぬっ!?」
「またかっ!?」
「くっ!」
三人の動きが完全に止まる。
その中でジョセフがターゲットに選んだのは、範馬勇次郎であった。
「テメェが一番外道に見えるんでな!! 真っ先に潰させてもらうゼェェェ!!」
勇次郎にするかラオウにするか。
どちらかであったのだが、ジョセフは勇次郎に的を絞った。
直感といえば簡単すぎるが、勇次郎からカーズのような男から感じる、より強い悪のオーラを感じたのも事実であった。
そして今度は最も波紋の伝わりやすい拳での一撃。
身動き取れぬ勇次郎はこれもまともに喰らってしまう。
「かはっ!」
受ける事も、筋肉を硬化させる事も出来ない状態での一撃。
流し込まれた波紋と相まって、あの勇次郎が苦悶の表情を浮かべる。
「こうして波紋をブチ込みながら! てめえが死ぬまで殴り続けてやらアアァァァ!!」
二発目、今度は顔面に叩き込むと、勇次郎の視界が円を描いて回りだす。
当然だ、波紋は液体に効果のある技。眼球のようなゼリー状のそれが影響を受けぬはずはない。
「オオオオォォォ!!」
三発目、今度は右脇腹に突き刺さるような一撃。
それはジョセフが考えているより僅かに軽い一撃であった。
『マズイ! 波紋の呼吸が練れなくなってきてやがる!』
全身に負った損傷が、実力差のある男との戦いが、ジョセフを常以上に消耗させていたのだ。
「だったら一撃で首を跳ねるまでだっての!!」
ソードサムライXを真横から首目掛けて振りぬく。
勇次郎はその剣の勢いに逆らわず、真横に体を倒す。
そのまま頭部を下に、脚部を上に振り上げると、ジョセフが振るう剣よりも早い速度で勇次郎の体が一回転する。
その体術にジョセフが驚く間も無い。
一回転して再び頭部が上に戻って来ると同時に、勇次郎は振り回していた腕をジョセフに叩きつけていたのだから。
ラリアットの要領で大きくジョセフを跳ね飛ばす勇次郎。
「この俺に拳を打ち込むとはな……」
頭を振って起き上がったジョセフの前に、完全に回復した勇次郎が立っていた。

ジョセフの波紋により、身動きが取れなくなったのも数秒で、
すぐに動けるようになった村雨は、ラオウをその標的に定める。
「行くぞラオウ!」
ラオウも既に回復しているようで、悠然と村雨を待ち構えている。
村雨に加減は無い。
全速で踏み込み、全力で拳を振るう。
村雨に技術が無い以上、改造され強化されている身体能力を活かすにはこれが最適である。
目標目掛け、ただひたすらに突き進むその拳は村雨らしい拳であるとも言える。
ラオウはそれを紙一重で見切り、同時に拳を放って村雨を殴り飛ばす。
後ろ足を踏ん張り、殴り飛ばされる事だけは阻止した村雨は、
再び拳をラオウに向ける。
それをラオウは今度は前蹴りで迎え撃ち、村雨の拳より早いその一撃で今度こそ村雨を蹴り飛ばした。
「……なるほど、僅かの間に随分と気構えが変わっている」
それだけで動きが変わるというのは、村雨がいかに未熟であるかを証明しているようなものなのだが。
蹴り飛ばされながらもバランスを崩さず、地面に足を滑らせ飛ぶ勢いを殺す村雨。
すぐに次の攻撃に移る。
「その動きに迷いも無い」
踏み込んでの回し蹴り。これに村雨は仕掛けをしておいた。
分身を限定使用し、蹴り足が二重三重に見えるように仕込む。
正しい足を選んで受ける、ないし避けなければこれにカウンターを取るのは難しいはず。
ラオウはその正しい足をあっさりと見抜き、片腕で受けながら村雨に回し蹴りを放つ。
村雨も全く同じ体勢で腕を上げてラオウの蹴りを受けるが、その重さに思わず顔をしかめる。
「だが……」
両者蹴りを受けた体勢のまま動かない。
「まだまだ未熟っ!」
軸足を回転させ、全力で足を振りぬくラオウ。
それを止める事が出来ずに、やはり先ほど同様蹴り飛ばされてしまう村雨。
今度はラオウがまっすぐに踏み込む。
そこに技は無い。二の打を考えず、その一打に全ての力を注ぎ込む。
拳の振るい方にも工夫は見られない。一直線に、最短距離を突き進む。
村雨は顔目掛けて伸びるその拳をまっすぐに見つめる。
ラオウがそうしたように、紙一重で見切ろうとギリギリまでそれを堪える。
ここが見切る瞬間と踏み村雨が動こうとした直後、ラオウの拳は最後の加速を見せた。
タイミングを外された村雨は、その拳をまともにもらい壁際まで殴り飛ばされてしまう。
背後の壁が村雨の形にヘコむ程の勢いでそこに叩きつけられる。
ラオウは尚も容赦せず、一瞬で距離を詰めると村雨に拳の連打を打ち込む。
衝撃は大きかったが、意識は手放していなかった村雨はこれをかわさんと先ほど同様にラオウの拳に集中する。
一、二、三……かわせた……四、五、かすった……六、七、八、九……

かがみは悲鳴を上げたくなるのを必死に堪える。
ジョセフが赤髪の猛攻に遭い、その身に耐えがたき打撃を何度も受ける。
村雨が金髪の連打を喰らい、壁に埋め込まれていく。
その一撃一撃がどれだけ重いものなのか。
まるで自分が殴られているような痛みを覚える。
それでも邪魔をしてはならない、足手まといにだけはなってはならない。
そう言い聞かせて泣き声を堪え続ける。
金髪、赤髪がようやくその拳を止めると、二人は声も無くその場に崩れ落ちた。
それが限界だった。
「いやあああああああああ!!」

動かぬ体を、それでもと何度も服部は力を込め、その都度全身を走る痛みに悶え苦しむ。
ニアデスハピネスを用いる体力も残っておらず、出来る事といえばソードサムライXを維持する事のみである。
他からの助力無しには最早戦況を覆す事適わぬとの判断を服部は下す。
せめて柊かがみだけでもと、自分が動こうとするも、やはりそれも出来ず。
幾ら策を考えた所で、それを実行に移す体が無くては意味が無い。
後悔はしない。そんな暇があったら次の手を考える。
クレイジーDのスタンドを用いれば、移動だけなら何とかなる。
その為にはソードサムライXの維持を解く必要があるので、最後の瞬間まではとその使用を控えてきたのだが、
どうもその最後の瞬間が近づいているらしい。
いや既に時を逸してる感もある。しかし服部には二人の戦闘中に逃げ出す事など出来なかったのだ。
『ハンパ者もええ所やな……まだ俺には覚悟が足りひん……それがこの結果か』
遂に決着の付いた戦場、そこに一人の女性の凛とした声が響き渡る。

「お二人に問います! 何故そこに倒れる人を攻撃したのですか!」

ビルの屋上に立ち、勇ましく弓を構え、そう問いただすのはエレオノール。
張り詰めた神経の為せる技か、まっすぐに立つその姿勢に不安定な所は見られない。
ラオウは心底面倒そうに勇次郎を見やる。
目線でお前がやれ、と言っている。女などラオウは眼中に無い。
そして当の勇次郎はというと、次から次へと現れるエサ達に喜びの色を隠せないといった所だ。
「何故かって? クッ、クックックックックックック…………」
彼の笑いはエレオノールに嫌悪感しか与えない。
「ウマそうだから、喰った。それだけだ」
邪悪としか形容しようのないその表情、彼は今のエレオノールが倒すべき敵だ。
「御前、やりますよ」
「おうよ!」

獣のごとき俊敏さでビルへと駆け寄る勇次郎。
そこに、御前が放つ無数の矢が降り注ぐ。
勇次郎からは弓しか見えていなかったのが突然矢が現れ、
しかも常識から逸脱した速度での連射を行う。
予想を外され、大きく横へと跳んで避ける勇次郎。
勇次郎の後を追うように、次々矢が突き刺さっていく。
精密高速射撃、この特性を最大限に活用すべくエレオノールはビルの屋上に陣取ったのだ。
このビルに近づけさせなければ、同じく射撃武器でなくばエレオノールを攻撃する事は出来ない。
もしこの大男達が射撃戦を行うというのなら、それこそエレオノールの望む所。
銃なぞでは御前に対抗する事など出来はしないのだから。
これに対して勇次郎が取った行動は、エレオノールが居る隣のビルへの侵入。
遮蔽物の関係上、この行為をエレオノールが射撃にて止める事は出来ない。
勇次郎の対応速度の速さに舌を巻くエレオノール。
このビルと勇次郎が侵入したビルとの距離は3メートルも無い。
あの速度で走れる勇次郎なら、難なく飛び越えて来れるだろう。
だが、同時に勇次郎からエレオノールの動きを見る事も出来なくなった。
エレオノールは微笑する。
「御前はアクロバットが見たいとおっしゃってましたね」
「え? ああ、そりゃ言ったけど、急にどしたの?」
「良い機会ですから、ご堪能下さいませ」
エレオノールの踵は屋上の端にあり、体はビル屋上入り口を向いている。
そこから真後ろに倒れ込むように、エレオノールは屋上から飛び降りた。
「ちょっ! えれのん何しよっとかああああああ!!」
謎な方言で悲鳴を上げる御前。
エレオノールは御前を左肩に乗せたまま、御前の位置がずれないようバランスを取る。
そのまま一回、二回と縦に回転しながら落下する。
左手に持った弓はそのまま、時折ビル壁面の突起部と右手右足を使って減速しつつ、
ビルの壁面沿いを流れる水滴のごとくひらりひらりと落ちていく。
そこには見ていたラオウが、思わず感嘆の声を上げかける程の美しさがあった。
フィニッシュは両足を揃えての着地。
片腕を前に出し、肘を曲げて一礼する。
そして、肩の上に居る御前に感想を問う。
「いかがでしたでしょうか?」
「……何でオレ肩に乗ったままなのか、不思議でならないんだけど……」
「それがアクロバットというものです」
御前の驚きの表情が、エレオノールには何よりの拍手となった模様。
そのまま屋上を見上げると、そこには体を乗り出してこちらを憎憎しげに見下ろす勇次郎の姿があった。
勇次郎ならばそこから飛び降りる事も可能だ。
だが、そんな真似をすれば身動き取れない空中で矢襖にされるのは自明の理。
踵を返し、再度下へと向かう勇次郎。
それを確認したエレオノールは、今度は更に別のビルに向かおうとするが、
真横から駆け寄ってくる何者かの気配を感じ、大きく前に飛びのく。
数瞬前までエレオノールが居た空間を、刃の雨が通り過ぎる。
「勘は、いいみたいね……」
振り向いて攻撃者を確認するエレオノールの前には、
学生と思しき制服を身につけ、長い髪から雨粒を滴らせ、
両足から機械のアームと刃を生やした女性、桂ヒナギクが立っていた。