決戦(後編)◆1qmjaShGfE



怒り顔で階段を駆け下りる勇次郎。
出口に向かい駆け寄る彼の視界に、一人の人影が映る。
「よう、再戦希望だが暇あるかい?」
彼が再び現れる事が意外だったのか、怪訝そうな顔をする勇次郎。
「逃げ出した負け犬が何の用だ独歩。よもや……この俺とやりあいたいなどと寝言をほざきに来た訳ではあるまい」
独歩は拳を鳴らしながら勇次郎に歩み寄る。
「再戦希望っつってんだろ。耳遠くなったんじゃねえのかお前?」
怒りに任せて大地を踏みしだく勇次郎。
その挙動だけでビルの床が割れ砕ける。
「負け犬がッッッ!! この俺と戦うだとッッッッッ!!」
独歩は銃器も核鉄も持って来てはいない。
完全な無手。
そんな状態で独歩は、自らのきらりと輝くハゲ頭をこんこんと叩く。
「雨に濡れるのは嫌いでね。知ってるかい、雨ってな頭皮と毛髪に悪いんだってよ」
マイペースでそううそぶきながら、もう何万回目になるかわからない空手の構えを取った。

かがみはこの期に及んで身動きの取れない我が身を呪う。
突然の乱入者により、ジョセフ、村雨へのトドメの一撃は放たれていない。
しかし、あの場にはまだラオウが完全なフリーで残っている。
かがみが踏み込めばあの大男が黙ってはいまい。
今のかがみには、ジョセフが、村雨が立ち上がってくれるのを祈るしか手は無いのだ。
『……かがみ!』
零が何かを言っているが、それにも気付かない程、かがみは戦場を凝視していた。
不意にその肩が何者かに叩かれる。
完全な不意打ちに驚き、振り向くかがみの前には、

「待たせて済まない」

牙無き人々の希望、葉隠覚悟が立っていた。

零を前に、覚悟は僅かに躊躇する。
独歩の強い勧めでこちらに来たが、果たして今の自分に零を纏う資格があるのかと。
しかし零の言葉でそんな思いなど消し飛んでしまった。
『待ちかねた、待ちかねたぞ覚悟! ただ見ている事しか出来ぬ無念……ようやく晴らせる!』
零は覚悟にしか纏う事が出来ない。
助言をし、知恵を貸す事は出来ても、自らのみで戦うことは出来ないのだ。
戦士である零にとって、これほどの口惜しさがあろうか。
覚悟は独りよがりで零を遠ざけた自らを恥じる。
「零よ……共に、戦ってくれるか」
『言うに及ばず!』
鞄が開き、中から触手と共に魂持つ鎧、強化外骨格零が飛び出す。
そしてかがみが悲鳴を上げる。
「ぎゃああああああ!!」
何故か覚悟が服を脱ぎ、全裸で飛びあがったせいだ。

   再会の瞬着!

空中で覚悟を取り囲むように、腕を、足を、腰部を、腹部を、そして頭部を零が包み込む。
神経接続がなされ、脳波がシンクロし、完全に装備を終えた強化外骨格の背後からスカーフが飛び出す。

守る! くじけない心!

討つ! 悪鬼ラオウ! 狂獣勇次郎!


    心は一つ!


   正義! 完成!

「完成じゃないっ! 何でいきなり脱ぐのよ!……ああぁぁぁ、見ちゃった、見ちゃった
   ……もう駄目。色んな意味で終わったわコレ」
かがみの苦悩などまるで意に介さずラオウに向けゆっくりと歩を進める覚悟。
「かがみさんは下がっていてくれ」
「……はい、そうします」
文句を言う気も失せたかがみは素直に言う通りにする。
ようやく希望が繋がったと思ったらコレ。落差ひどすぎない?
なーんて事を考えてるかがみの視界に、フランシーヌに襲い掛かるヒナギクの姿が映る。
「覚悟君、あの人は敵なの?」
「うむ、独歩が言うには人を騙す悪女だとの事。しかしヒナギクさんならば遅れは取るまい」
覚悟がヒナギクをそう評した事に、少しかがみは驚いた。
「今のヒナギクさんには戦士の覚悟がある! 決して打ち倒されたりはせぬ!」

エレオノールにとって、接近戦は苦手分野ではない。
屋上に置いてきてある、あるるかんさえあればむしろ得意とする分野だ。
しかし今それを扱うのは難しい。
人形操りは多大な集中力を要する。
その点御前ならば、核鉄使用による体力消耗のみで済む。
接近さえ避ければ、こちらの方が効率的で効果的だ。
そして御前の速射性能ならば、近接状態から相手を引き剥がすのも容易であるのだ。
最初の一撃をかわしたエレオノールは、すぐに御前を襲撃者へと向ける。
御前も心得ているのか、エレオノールが狙いを定めるなり矢を放つ。
襲撃者はまっすぐこちらに向かって来る。あれでは良い的だ。
「バルキリースカート!? まずいエレノン! 距離を取って!」
御前が焦った声を出す。
弓は襲撃者に向けたまま、エレオノールは遮蔽が取れるよう建物へ向かって駆け出す。
放った矢は、襲撃者が足から生やす刃によって悉く打ち落とされる。
「アレは何です!?」
「使う奴の思う通りに動いてくれる剣だと思って!」
手よりも多いアームの数を見て、この相手との接近戦は絶対に避けるべきとエレオノールは考える。
身体能力はどうやらエレオノールの方が上らしい。
全速で走れば追いつかれない。
襲撃者の女は、降り注ぐ矢の雨は全て剣で打ち落としながら、空いた腕を背中に回す。
そこから取り出したのは、サブマシンガンであった。
「っ!?」
つい先ほど川田の放つ銃弾を打ち落として見せた御前だが、こんな大量の弾を叩き落とすなんて無理に決まっている。
慌てて建物に飛び込むエレオノール。
幸い襲撃者は銃に慣れていないのか、一発も命中弾は無かった。
「御前、遮蔽を取って時間を稼ぎます。そうすれば倒れている人が逃げる余裕が出来るかもしれません」
「了解! バルキリースカートにゃ因縁があるからね~。今度こそぶっ倒してやる!」

ヒナギクが想像してた以上にエレオノールの動きは良い。
ケンシロウという人が追っていたというが、恐らくそれをかわしてこの場に来たのだろう。
ナギを殺した張本人、絶対に逃がすものか。
突然ヒナギクの真後ろで窓ガラスの割れる音が聞こえる。
それと共に独歩が建物の外に放り出されてきた。
駆け寄るヒナギク、独歩はすぐに起き上がるが、ヒナギクはその横を駆け抜ける。
すぐに窓から飛び出してきた勇次郎に向かい、マシンガンを放つヒナギク。
独歩も起き上がって再び構えを取る。
「独歩さん止まっちゃ駄目! エレオノールは弓を使うわ!」
言い終わる前に、エレオノールが隠れた場所から矢が飛んでくる。
エレオノールはヒナギクの銃撃を警戒してか、遮蔽から一瞬姿を現しただけだ。
その間に五本もの矢を放つ御前も大したものだが、独歩はヒナギクを狙うその矢を全て手刀で叩き落とす。
ヒナギクの眼前に迫る勇次郎。
『間に合え!』
「武装錬金!」
銃弾をかわし襲い来る勇次郎の蹴りがヒナギクに当たる寸前、シルバースキンがヒナギクを覆いこの打撃を防ぎきる。
しかし、勇次郎はシルバースキンの破り方を既に知っている。
撥ねた装甲が戻る直前に次なる攻撃を、そうしかけた勇次郎は真横に跳ぶ。
「銃が一つだけなんて誰が言ったのよ!」
ヒナギクは左手で背中からもう一つの銃、454カスールカスタムオートを抜きざまに放つ。
既に勇次郎は移動済み。ヒナギクの真後ろで拳を振り上げていた。
「そいつはすげぇや」
銃の反動で痺れる左腕、かわすなんて出来っこない、頼みはシルバースキンのみ。
コケにするようにそう言う勇次郎の側面から、ヒナギクには手は出させんとばかりに独歩が正拳を放つ。
そのせいで、ヒナギクには一発殴りつけるのみになってしまう。
勇次郎は独歩の拳を片手で受け止めんとするも、急にそれを取りやめ独歩から距離を取る。
「銃はもう一丁あるんだなコレが」
ヒナギクの背中に刺してあった三つ目の銃ベレッタM92を、独歩は何時の間にか抜き取っていたのだ。
走り抜ける勇次郎を追うように独歩は銃を撃つが、やはり銃に関しては素人。
影を捉える事すら出来ず全弾撃ちきってしまう。
「あちゃ~、やっぱこういうのは向かねえなぁ」
シルバースキンを解き、独歩の隣に並ぶヒナギク。
「何よ、勇次郎は任せとけとか言ってたくせに」
「いや~悪い悪い、どうにもうまく行かなくってな~。だがコツは掴んだぜ、次は任せろい」

ラオウは、覚悟のその姿を見ただけで以前の覚悟と違う存在であると認める。
身に纏った覇気がまるで違う。
「それが全力か?」
「いかにも!」
ラオウの意識は完全に覚悟へと向けられている。
その隙を、村雨はずっと待ち続けていたのだ。
「もらった!」
村雨渾身の拳、一度入ればいかにラオウとて崩せるはず。
その拳を、一足飛びに踏み込んだ覚悟が腕を取って止める。
「覚悟!? 何を……」
「馬鹿な真似をするな!」
そう怒鳴りつける覚悟。
驚く村雨に、覚悟は昂然と言い放つ。
「正道を歩むのならそれに相応しき戦い方がある! 不意打ちなど言語道断!」
覚悟はラオウに深々と頭を下げる。
「こちらの不手際、深くお詫びする」
堅苦しい覚悟の謝罪を、ラオウは受け入れる。
「構わぬ」
覚悟に代わり、今度は零が村雨を嗜める。
『良よ、覚悟の言う通りだ。戦士として未熟なお主はまだまだ学ぶべき事は多い。今はお前の為すべき事を為せ』
「俺の為すべき事?」
『ジョセフ・ジョースターとその仲間の説得だ。これは今を置いて他に機会は無いぞ』
村雨は覚悟と零の言葉に納得出来ない。
「そんな事言っている場合か! 向こうにはもう一人バケモノが居るんだぞ!」
「問題ない。戦士独歩と戦士ヒナギクが居る」
「独歩ではあいつの相手は無理だ!」
「否!」
覚悟の気合の篭った声に気圧される村雨。
「戦士がやると言ったのだ。ならば必ず為せる!」
覚悟が確信を持ってそう口にすると、何故だか本当にそんな気になってくるから不思議である。
『今あの二人の誤解を解いておかねば、更に悲しみが増す事になるやもしれぬ! その重大さがわからぬか!』
確かに村雨はジョセフを説得しなければならない。
それを自らに課したのは他ならぬ村雨自身だ。
「……わかった。ラオウは任せる」
ハヤテを殺された怒りを忘れる事は出来そうにない。
だが、零やかがみが信じてくれている。
怒りに任せて行動したりしない。それに惑わされるような事はしないと。
変身を解き、ラオウに背を向け倒れるジョセフの元へと向かう村雨。
その背に零が語りかける。
『良くぞ耐えた良。お前は確実に正しき戦士の道を歩んでいる。それを信じろ』

再び勇次郎と相対する独歩。
覚悟はラオウとやりあっている様だが、位置が結構離れてしまっているので、
向こうの様子は良くわからない。
ヒナギクはエレオノールを倒すべく建物の影を伝うように移動を始めている。
「さてと、再開だ。次はうまくやってみせっからよ」
俯き加減に構える独歩。
それは、空手の型とは似て非なる型。
右足を引き、右拳を胸の横に当てるように引く。
すぐに今度は左足を引き、左拳を同じく胸の横に当てるように引く。
ちょうど前とは左右対称な構えを取る。
「さっきっから何やってんのか知らねえが……コケ脅しがこの俺に通じるか!」
相も変わらず直線的な勇次郎の動き。
そこから繰り出される拳に対し、独歩は意識ではなく感覚のみで対応する。
一度はうまく行ったのだ、後はそれを他でもやってやればいいだけだ。

パチィッ!!

軽い、そんな印象しかもてないような音。
しかし、その音に弾かれるように勇次郎の巨体が宙を舞っていた。
ゆっくりと振り上げた足を下ろす独歩。
「良し、完成だ」
地響きと共に大地に倒れる範馬勇次郎。
驚きの余り、言葉も出ないようだ。
愚地独歩が目指す完璧な拳。
その理合は、意を消すに通じる。
その更なる高みにある技を独歩はその目で見ていた。
北斗神拳継承者ケンシロウの操る体術は、独歩の意を消す技術を更に突き詰めたものだった。
殊更に意識せず、全ての行動から意を消し去る技をその目にした独歩が考えたのは、
自らの意を消す拳を、全身に用いる事が出来ないかという事であった。
秘奥を拳に宿すまでに費やした時間、それと同等の時間をそれ以外にも割いてきたのだ。
左拳に、足に、頭頂にすらその時間を割いてきた。
ならば、全てにおいてそれが出来ぬと誰が言えようか。
範馬勇次郎相手の、ぶっつけ本番な緊張感も悪くない。
出来ねば死ぬ。それが最高の集中力を生み出してくれる。
そして、見事それを果たして見せたのだ。
「……それが、お前の奥の手か」
そんな必殺の蹴りを受けてすら、立ち上がれる勇次郎。
「ああ、悪かねえだろ」
戦意を消し、殺意を消して敵を迎え撃つ。
そういった戦い方を、勇次郎は心の底から嫌っていた。
「バカモノがッッッッ!! 戦闘とは力みの集大成! そのように脱力した状態で何を倒すつもりだッッッ!!」
「お前さんだよ。それ以外誰に使うってんだ」
完璧に意を消しきった攻撃は、意を察する事で回避を行う全ての行為を無力化する。
その影響は、当然勇次郎であろうとも受ける。
怒りに任せ、力みに満ちた全力攻撃を放つ勇次郎。
独歩はそれらを、何一つ意識せずに受け、かわし、そして同時に反撃する。
それすらかわすが範馬勇次郎の反射神経であるが、全てをかわす事は出来ず、一発、二発とその身に打撃を受けてゆく。
『これがオイラの最高だ。それでも時間稼ぎぐらいにしかならんだろうがね……』
覚悟がラオウを倒し、ここに来るまでこれで凌ぎきる。
それが、独歩が自らに課したこの戦場における役割であった。
『こっちは俺が何とかする。嬢ちゃん、エレオノールは任せるぜ』

建物の中を伝い、射撃されぬようエレオノールの元へと急ぐヒナギク。
そこに、何と向こうからエレオノールが来てくれたのだ。
通路になっている場所で、その姿を見つけたヒナギクは、彼女がこちらに弓を向ける前に、銃を突きつける事に成功する。
「動かないで。弓を捨てなさい」
サブマシンガンを腰溜めに構え警告する。
エレオノールはすぐに弓を捨てる。
「あの、もしかして、貴女は独歩の仲間なのですか?」
「もしかしなくてもそうよ。ナギを殺したのは貴女ね」
ヒナギクの銃を持つ手が震える。
「……あの子まだ十三歳よ……そんな子を……よくも……」
それはエレオノールの急所である。
かける言葉も見つからなくなり、黙り込んでしまう。

「何だよお前ナギリンの友達か! そんでもって独歩の仲間なら敵じゃ無いじゃん!」

重苦しく沈み込んだ空気をまるで理解していない御前の発言であった。
「何? 人形?」
「人形じゃねえよ! 俺エンゼル御前! よろしくな!」
「……よろしくされる言われ無いんだけど」
全く警戒を解かないヒナギク。
「独歩の仲間なんだろ? ならこの御前様が面倒見てやるさ! 遠慮すんなって!」
「するわよ! あんたその女の仲間なんでしょ!」
御前は腕を組んで頭をかしげる。
「ん~、その辺の説明が面倒なんだよな~。よし、んじゃエレノンこのまま外に行こうぜ。独歩には俺から話してやるよ」
「は、はぁ」
エレオノールはもう完全に言われるがままである。
「ちょっと! 何勝手に決めてるのよ!」
抗議するヒナギクもガン無視の御前。
「んじゃ行こうぜー。あ、そこの弓拾っといてなー」
「こら! 勝手に動くんじゃないわよ!」
さっさと先に行こうとする御前と、おろおろと二人を見比べるエレオノール。

      風が吹く

「意識はあるな、ジョセフ・ジョースター」
村雨の呼びかけに、ジョセフは倒れたまま半目を開く。
「……バレてたのかよ」
どうやらジョセフも死んだフリをしていた模様。
「俺はもう殺し合いには乗っていない。かがみや零や独歩、覚悟、ヒナギクと一緒に、これを仕組んだ奴等を倒そうとしている」
ジョセフも、かがみの反応、そしてジョセフには一切攻撃してきていない事に気付いている。
「事情の説明がいるぜ」
「もちろんだ」
ジョセフは寝転がった状態から上半身のみを起こす。
「……屋上から弓を撃ってきた女、ありゃ敵じゃねえだろ」
「何故そう言い切れる? ヒナギクが戦っているのだから相応の理由があると思うのだが」
口の中に広がる鉄の味が勘に触るのか、憎憎しげにそれを吐き出す。
「奇襲の機会潰してまで戦闘の理由問う奴が、殺し合いに乗ってるわきゃねえだろ。
 ヒナギクっつーのか? あの剣生やした女がお前の仲間ならさっさと行って止めて来い」
そう言いながら立ち上がる。
「シンジも服部も、冷静に対処してりゃあんな事にゃならなかったんだ……」
数度呼吸を繰り返し、波紋の力を確かめる。
「三度も同じミスしてたまるかよ。ジョセフ・ジョースター様をなめんじゃねえ」

   殺し合いの陰鬱な空気を

ジョセフは、村雨にヒナギク、エレオノールを探しに行かせると、自らは服部の元へと向かう。
足元は覚束ず、何度もよろけながら服部の元へと辿り着く。
「村雨は敵じゃねえとよ」
「……そうかい」
服部は「そんなに簡単に信用していいのか」という言葉を飲み込む。
極限状態に追い込まれた人間がどんな風になってしまうのか。
僅かな判断ミス、誤解、躊躇がどんな結果を生み出すのか。
それを知っている服部は、このジョセフの言葉を頭ごなしに否定する事が出来なかった。
村雨に関して聞いていた、劉鳳やジョセフの言葉を信じない訳じゃない。
しかし、しかるべく事情があれば、善意を持つ人間ですら殺人を犯しうる。
それを誰よりも知っているのは、服部なのだから。
そしてその過ちを認め、赦し、共にある事を選んだジョセフ。
これは、そんな二人だから出来た選択なのかもしれない。
「どっちにしても事情聞くのは、もうちょい後やな。俺も……起きな……」
引きずるようにして、その身を起こす服部。
壁に手を付き、突起に手をかけ、よりかかるようにして何とか立ち上がる。
「アカン、立つのが精一杯や」
「……お前が立った事に驚いたよ俺は」

   様々な因縁を吹き飛ばす

村雨はヒナギクが向かったと思われる建物へと走る。
正面の自動ドアは戦闘の余波によって砕かれており、割れ損なったガラスを蹴飛ばしながら中へと向かう。
ちょうど、ヒナギクと御前がやりあっている所であった。
「わかんねえ奴だな! この御前様の言う事が信じられないってのか!」
「見た事もない人形がしゃべったからって、何信じろってのよ!」
エレオノールは二人の真ん中で、口も挟めず大層困った表情である。
「ヒナギク!」
村雨が声をかけると、二人は口論を止める。
「その女は殺し合いに乗っていないかもしれない。まずは話を聞こうと思うから銃を収めてくれ」
そんな言葉、如何に村雨の言葉とて聞けるはずもなく。
「な、何行ってるの村雨さん! コイツは……コイツはナギを殺したのよ! こんな人殺しの何信じろってのよ!」
それは憎むべき敵に対する弾劾の言葉であった。
しかし、その言葉は敵であるエレオノールのみならず、村雨の持つ傷をもえぐる、そんな言葉である。
すぐにそれと気付き、口を閉じるヒナギク。
しかし出てしまった言葉は戻せず、悲痛そうな村雨の表情を見る事になる。
「ご、ごめんなさい……わ、私そんなつもりじゃ……」
青ざめるヒナギクに、村雨は自分の感情を押し殺して答える。
「彼女の話を聞きたいと、俺は思う。どうか銃を降ろしてもらえないか」

これは「IF」に類する話である。
エレオノールと村雨が悪意を持って組んでいるとヒナギクが考えたとしたら。
どちらも人を殺した事がある。そしてそんな人間同士が組む事をヒナギクは伝え聞いている。
もし、村雨がハヤテと共に悪に立ち向かう強い心を持っていなかったら。
もし、村雨がハヤテの死を悲しむような優しい心を持ち合わせていなかったら。
もし、一緒になって必死にかがみの蘇生をしていなかったら。
もし、一緒に息を吹き返した彼女を前に喜び合っていなかったら。
もし、苦悩するヒナギクに村雨が手を差し伸べていなかったら。
共に居た時間は短い。
その短い時間に、村雨とヒナギクはたくさんの事を共有していた。
そんな時間がヒナギクに教えてくれた。
本郷が後事を託した戦士村雨は、ヒナギクが考える正義の味方であったと。

「……事情は村雨さんが聞いておいて……私は独歩さん助けに行くから」
それでも、彼女が感情を整理しきるには至らず。
ぎりぎりの妥協点として、そんな言葉で村雨への信頼の証とする。
村雨はヒナギクに向け優しい笑顔で頷いてみせた。

    強く暖かい風が

黒光する鎧を身に纏った葉隠覚悟。
彼を前に、ラオウはかつて無い程に闘気が充実する自分に驚いていた。
『勇次郎と相対していた時から感じては居たが……何だこの感覚は』
天将奔烈の威力も以前より遙かに増していた。
しかし、ラオウにはその理由に思い当たる節が無い。
そしてそれ以上に気になるのは、戦闘を前にしてまるで高ぶる事の無い精神であった。
勇次郎に挑む前まであれ程に満ちていた怒りはなりを潜め、心は揺れる事無き水面のようである。
全身にも無数の傷を負い、特にあの劉鳳という男との戦いで受けた傷は、
決して無視出来ないはずであるのだが、そうあれと気を送るだけで出血は簡単に止まる。
「正調零式防衛術、葉隠覚悟、参る」
まっすぐに伸び来る前蹴り。
村雨同様、曲がる事を嫌うその性質が良く現れた一撃だ。
特に意識もせず、歩法のみでこれをかわす。
覚悟の得意とする技に関しては既に見知っている。
それをさせぬには、こちらからの攻撃を抑え、逆に同様の手段で返す事。
次に放たれる左正拳に合わせ、同じく左拳を覚悟の胴へと叩き込む。
その一撃は、奇妙な手ごたえと共に覚悟の鎧へと吸収される。
これでは崩れぬと悟ったラオウは、次に繋ぐのを諦め、覚悟の攻撃を待つ。
覚悟はラオウのその巧みな技を警戒してか、踏み込んでは来ずに大きく下がる。

『何という見事な技! 覚悟よ! あの男相手に接近戦は不利! 距離を取っての昇華弾使用を提言する!』
たった一度の拳のやりとりでその類まれな技量を見抜く零。
「否! 飛び道具に頼るなぞ恥辱の極み! 我に秘策あり!」
覚悟は腰を落とし、左腕を前へ、右腕を大きく後ろに引く。
これぞ陸上選手が発進の際用いる構え、スタンディングスタート。
頭を落とすクラウチングスタートは覚悟の誇りが許さぬのだ。
「行くぞラオウ!」
攻撃が点であるから避けられる。
ならば面による打撃、体当たりならこれを避けるは至難。
背後のバーニアが火を噴く。
こうなった覚悟は全身の何処に触れようとただでは済まぬ。正に打撃技葉隠覚悟。
如何にラオウが身を翻そうと、まっすぐにその動きを見る覚悟の目から逃れる事は出来ない。
即座に軌道修正し、ラオウを捉えるだろう。
これに対するラオウ。
両手を前に突き出し、真っ向から受け止める構え。
「流石は一流! その意気や良し!」
覚悟も全力でこれに飛び込み返礼とす。
この速度でありながら、飛び込む覚悟の両肩を正確に掴み、
自らの強い体勢を維持しえたのはラオウならではであろう。
しかし、覚悟の勢いは止まらず。
ラオウを支える大地ごとこれを貫かんとす。
もしここで僅かでも体勢を崩せば、如何にラオウといえどただでは済まぬ。
五体余さず木っ端微塵と成り果てる。
しかしラオウもまた戦いの天才。このままで終わるはずも無い。
覚悟の速度が充分に落ちた事を確認すると、即座に両腕を離し上体を後ろへ傾ける。
それは避ける為の動作ではない。
上体を後ろに下げる事により、下半身を前に突き出さんが為。
振り上げた膝の威力を高める為の行為であった。
ラオウによって速度を落とされた覚悟が、ラオウに体当たりを決める僅かな間。
その間を縫ってラオウの膝蹴りが覚悟の胴を直撃する。
自らの速度も相まって、その衝撃は強化外骨格を突き抜け、覚悟を貫く。
この状態でのバーニア噴射は覚悟に致命的な損傷を残す。
そう判断した零がバーニアを切ると、覚悟は大きく後ろに飛ばされていった。
大地に転がり、血を噴出しながら覚悟は笑う。
「ははは、一本取られたな零よ」
『今までの傷も含めると、残り戦闘可能時間50分だ覚悟!』
「何と! 俺はまだそんなにも戦えるのか!」
不敵に笑いながら立ち上がる覚悟。
「全ての悪鬼を堕とすに十二分なり!」
『戦闘が終われば治療を行ってやる! まだまだ50分程度の戦闘で満足はさせぬぞ!』
今度はこちらの番とばかりに宙に飛びあがり、覚悟へと迫るラオウ。
それを覚悟は零式防衛術、破邪の構えにて迎え撃つ。
飛びあがったラオウから放たれる蹴り。
これは一撃に留まらずその後に連撃へと繋ぐ、疾風怒濤の猛攻撃。
その最初の一撃を見切り、覚悟は必勝の技、因果を放つ。
正光一閃。
身を捻りこれをかわさんとするラオウの脇腹を抉るように打ち抜いた。
宙空にてこれを受けたラオウ、二回三回と真横に回るも、大地との距離は失わず。
巨体に似合わぬ優雅さで、見事大地へ着陸を果たす。
ラオウにとってもこれは一度見た技である。
にも関わらず、これを見切る事能わず。
如何なる攻撃に対してもカウンターを取るこの因果。
その技の軌道、間合いは都度変化する変幻自在の拳。
如何にラオウとて完全な状態の因果を見切る事は出来ぬ。
なればこそ、必殺、必勝の技なのだ。
「技を放った後に因果をかわすその体術! 見事の一言なり!」
打たれた脇腹を見下ろした後、ラオウは眼前にて拳を握る。
「一撃必殺の拳か。良かろう、ならば今度は拳王必殺の拳を受けるが良い」
拳に闘気を集中する。
闘気を操る術において、ケンシロウですらラオウの域にまで辿り着く事は出来なかった。
そんなラオウだから出来るこの闘気に輝く拳の形成。
北斗剛掌波にも匹敵する闘気を込めた拳だ。
それを、ラオウは直接叩き込まんと大きく拳を振りかぶる。
このような構え、戦い方は北斗神拳には無い。
にも関わらず、まるで覚悟に合わせるかのようにラオウはそんな戦い方を選ぶ。
「見事受けきって見せい!」
覚悟にもその威力がわかるのか、額を汗が垂れ落ちる。
『警告! あの拳を受けたれば強化外骨格とて紙屑同然! 一撃の下に塵と消えると心せよ!』
「それでこそラオウよ! 当方に迎撃の用意あり!」

ようやく勇次郎が乱打を止め、アタックレンジから外れる。
これまで独歩に致命的被弾ゼロ。
勇次郎は十数発の拳、蹴りをその身に浴びていた。
勇次郎もその気になれば、所謂柔の拳、カウンター主体の戦闘スタイルも取る事が出来る。
しかしそれは勇次郎の主義に著しく反する。
それに、既にこの独歩の構えを打ち砕く手は見つけてある。
独歩の反射神経を大きく凌駕する動きで、独歩の頭上後方まで飛びあがる勇次郎。
そこから後ろ蹴りで独歩の後頭部を狙う。
それを、独歩はしゃがみこんでかわした。
しかし、この攻撃への反撃は行われず。
「一つ! 反撃の際、その動きは空手の動きに限定される」
コンクリートで出来た電信柱、これを蹴りの一撃でへし折る。
電線を引きずりながら倒れる電信柱。その倒れる先には独歩が居た。
構えを解いて、飛びのき避ける独歩。
その避けた先に勇次郎は居た。
強烈なハイキックを、辛うじて上段受けで止める独歩。
「二つ! 空手の受け、避けにて対応しきれぬ物を止める事は出来ない」
背なに鬼の相すら見える程力を込め、全力でのフックを独歩の胴中央へと放つ。
これはかわさず、膝を上げ、肘を落として受けに回る。
その勇次郎の膂力により、いともあっさりと弾き飛ばされる独歩。
「三つ! その行動は反射の域を出ない為、受けるべきでない打撃を自ら選ぶ事は出来ない」
道路に転がる独歩を見下ろす勇次郎。
「以上の理由により、キサマのその技術は不完全だと言わざるを得ぬ」
最後の一撃で左の二の腕の肉をごっそりと抉られた独歩は、それでもと同じ構えを取る。
衝撃でまともに前も見えやしない。
「……もう少し間を持たせようや。俺はコイツを愚地流空手の奥義にしようと思ってたんだぜ」
「所詮負け犬の児戯にすぎぬッッッッ!! これで奥義とは片腹痛いわッッッッ!」
独歩にはもう手は残されていない。
残りの時間は体で稼ぐしか無さそうだと、腹を決めた時、彼女が独歩の前に立つ。
「……言う事為す事、一々勘に触るのよ貴方」
バルキリースカートを前に突き出し、ヒナギクは吐き出すようにそう言った。
「懲りねえ女……」
みなまで言わせず正面から突っ込むヒナギク。
勇次郎は闘牛士のようにそれをひらりとかわす。
そして、コケにするような笑い顔で通り過ぎたヒナギクを見て言った。
「所詮女なんざこんな程度よ」
すれ違う瞬間、勇次郎は打撃ではなく、ヒナギクの上着からスカートまでを綺麗に切り裂いていたのだ。
下着はどうやら狙いづらかったのかそのままだが、あっという間も無くヒナギクの制服が脱げ落ちる。
「それがどうしたあああああああ!」
ヒナギクはほんの僅かな動揺すら見せず、再度勇次郎に斬りかかる。
意外そうな顔で勇次郎は振り下ろされる剣をひょいひょいとかわす。
不意にヒナギクがバルキリースカートの三本ある刃を一本にまとめる。
「こんのおおおおおおお!!」
ヒナギクの見せる目、それは勇次郎の記憶にもある目だ。
戦場で命を賭けるのは当然である。
新兵ならまだしも、ある程度熟練の兵ならば当然その覚悟は決めている。
だが、戦場にはその先がある。
後先など何一つ考えず、そもそもそれで敵を倒せるかどうかもどうでも良い。
ただ一点、例えば敵の弾薬庫に飛び込み銃を撃つ、例えばこちらに近寄る戦車に鉄パイプを叩きこむ。
一撃入れられればそれでいい、命すらいらぬとばかりに飛び込む命知らずが居る。
我が身の為しうる全てをその為に使って来るのだ。
その一撃の重さ、鋭さは技術の有無に関わらず須らく比類なきものとなる。
この一撃、正にそんな一撃だ。
これは気を抜けば確実に抜かれる。
なればこそ勇次郎も本気でこの刃をへし折りにかかる。
そんな命すら込めた一撃を、蹂躙する事の何と心地よきか。
核鉄は込めた想いが力になる。
そんな刃を勇次郎は両手を組み、真上から振り下ろして粉砕する。
破片を撒き散らし砕ける刃、だが、全てをまとめたその刃は、
一本のみ、それが彼女の信念の証とばかりに砕けず残った。
勇次郎に向け吸い込まれていく刃を、勇次郎は脇の下に挟むようにして押さえ込む。
そして残った腕でヒナギクの首を掴み、締め上げる。
「やるじゃねえか、お前」
即座に足を振り上げ、股間を蹴り飛ばそうとするも、勇次郎が足を軽く曲げるだけでそれを阻止。
次に左腕を伸ばして勇次郎の目を潰さんと狙うが、勇次郎が首から手を離すなり、
ヒナギクの右手を取って捻り上げた事で、ヒナギクの体が勇次郎とは反対側を向いてしまい、
その意図を果たせず振り回されてしまう。
ヒナギクは、そうして狙いを外された左手を地に這わせる。
そこには、へし折られたバルキリースカートの刃があった。
素手でそれを引っ掴むと、勇次郎により捻り上げられた腕に、逆らうように逆回転して勇次郎の脇腹につきたてる。
当然、そんな真似をすれば腕の関節が外れる。
それを自力でやれる程の力は無い、そう勇次郎に思われていたヒナギクは、
回転の勢いでいともあっさりそれを行い、勇次郎の脇腹に、遂に刃をつきたてる事に成功する。
皮膚から数ミリ、実際に刺さったのはその程度だ。
それ以上に刃を素手で持つヒナギクの手の方が切れている。
流れ出る血もそれがどちらの物なのか判別が付かない程だ。
「どうした? それで力込めてんの……」
まるで痛痒を感じないそんな一撃を鼻で笑ってやろうとする勇次郎。
それでも、ヒナギクは勝ち誇ったように勇次郎に顔を近づける。
「はん! 剣刺してやったわ! ざまあ見なさい!」
直後横っ面を張り飛ばされて道路を転がるヒナギク。
まるで床体操で側転を連続してるかのようにぐるぐる回って吹っ飛ばされる。
それを、通りの反対側にすべりこんだジョセフが受け止めた。
「……無茶すんなぁ、お前」
あられもない姿を晒すヒナギクを見下ろしながらそんな感想を呟く。
軽薄そうに見えてもジョセフは紳士である。
自分の上着を彼女に貸してやるぐらいの配慮は持ち合わせていた。
ヒナギクは身を起こすなり肩にかけられた上着に気付くが、動くのに邪魔と思い、ゴミでも払うようにそこらに放り捨てた。
「おおおおい! それは無いんじゃねええかあああ!!」
「あら? もしかして受け止めてくれたの? ありがと、助かったわ」
「気付くの遅えよ! というかせっかく人がかけてやった服捨てんなよ! それとズレそーなブラぐらい直せ!」
「うるさいっ!」
それだけ言い残し、またもや勇次郎へと突っ込む。
道路の1/3程まで走ると、視界がぐるぐると歪んでいる事に気付く。
「あら?」
そのまま足を縺れさせ、全速力で走った勢いそのままに派手にすっ転ぶ。
三回転程した所で、ようやく止まる。
ジョセフが恐る恐る彼女に近寄ると、そこには目を回してぶっ倒れる半裸少女が居るだけだった。
範馬勇次郎にぶん殴られて、起き上がるのも奇跡だが、その後に走るなんて真似をしたら当然こうなる。
彼女の心意気はさておき、現実は非情なのである。
本来健康な男子ならば半裸の美しい少女を見て、心惹かれる部分があるかもしれない。
しかし、雨水と泥に塗れ、顔から水溜りに突っ込み尻を突き出し倒れる彼女。
そんな姿を見て、申し訳無いがジョセフはまるっきりそんな気にはならないのである。
「……火の玉みてぇな女だな。頼むからかがみんはこんな女になるんじゃねえぞ」

ヒナギクの大暴れから自爆まで、勇次郎はその様を眺めていたが、
まだ独歩が残っていてくれている事を思い出し、その相手をするかと思った矢先、
無視出来ぬ感覚を勇次郎は覚える。

ラオウにとってもこの様な戦いは始めてである。
生死を賭した戦場に於いて、戦士の心構えを失わぬ剛の者は居た。
しかし、ここまでそれを徹底し、その上で笑い戦う男は初めてである。
戦いの最中にありながら、まるで夏に吹く涼風のように清々しく、
それでいてそびえ立つ山脈のごとき雄々しさを合わせ持つ。
今のラオウには相応しき相手、そう自ら思えるような好敵手であった。

覚悟にとって、戦士に礼を尽くすは至上の事。
牙無き人を守り、悪鬼を駆逐するのと同じように守るべき範である。
迷い、悩み、そして誤った。
それらは今でも心に残り、決して忘れる事は出来ないであろう。
しかし、そんな迷いを残しながらも、零を纏い、敵を打ち砕くと決めたのだ。
守るべき物の為に戦い、そして死ぬ。
どれだけ迷おうとも、その点だけは決して揺るがぬ。
戦士の礼を守りながら、悪鬼と戦い牙無き人を守る。
これは全てを守るが至難と思われる時もある。
しかし迷い悩んだ覚悟には、それでも揺るがぬ自信がある。
何故なら、今覚悟は一人ではない。たくさんの心繋いだ仲間と共にあるのだから。
そしてこれら全てが、守るべき正道、正義なのだから。

ラオウの剛拳と覚悟の因果の激突。
体を傾ける事でこれをかわそうとした覚悟は、それでも避けきれず顔を捻りラオウの剛拳をすかす。
完全に避けきったはずのその拳は、強化外骨格の頭部側面を衝撃のみで砕く。
ラオウの持つ力を利用した覚悟の因果、これをラオウは先に拳を叩き込む事で避けようとしたのだが、
確実にそれより早く因果が極まると見たラオウは、拳を振りぬく勢いそのままに半身になってこれをかわす。
胸部横、脇の下をすりぬけるように仕向けられた覚悟の拳は、
その威力から、周囲に竜巻のごとき空気の渦を形成していた。
それにより、ラオウの胸部横、脇の下が削り取られる。
どちらも不発に終わった必殺の拳。
その体勢のままラオウと覚悟の視線が絡み合う。
どちらもこれで終わりなどと思っていない、そんな顔だ。
「おおおおおお!!」
「ぬおおおああ!!」
その場に留まり無数の拳を交し合う。

離れた場所で、かがみは二人の闘いを見つめていた。
「凄い……けど」
人知を超えた戦いだと思う。
間違っても自分が手を出せるような領域ではないとも。
だからであろうか。
そんなにも次元に差があるからこそ……
「……二人共、凄く、楽しそうに見える」
まるでやんちゃな子供達が、ガキ大将の座を争い殴りあっているようで。
喧嘩が終わった後、笑いながら肩を組んで帰るとお互いわかっているようで。
そんな印象と、現実に行われている血飛沫舞う死闘がどうしても結び付けられず、
かがみは二人の闘いからただ目を離せずに居た。

無心でただ拳のやりとりを繰り返す。
天への道も、覇王としての生き方も、気付けば全て忘れていた。
そうと決めた時から片時も忘れた事のない絶対の決意。
それをこうもあっさり忘れていた事にラオウは驚き、戸惑う。
それは気付いてはならない事だったのだろう。
しかし、ラオウが今まで自分に強いてきた生き方が、それを許さなかった。
失望、無念、落胆、そんな負の感情はまるで浮かんでこず、
むしろそうとわかってしまえば全てに納得が行くと思ってしまう。
ならば、残るは全て戯れだ。
そこまで考え、平静であった心、そして常と違う戦い方をする自分を理解する。
ラオウは通じないとわかっている秘孔を突くべく、北斗の構えを取る。
『無数の乱打。この中から真の一撃を見抜く力はあるか』
北斗百烈拳、そう呼ばれる無数の拳。
ラオウならばその一撃一撃全てにおいて、秘孔を突く事が可能だ。
しかしラオウはそれらは拳打による打撃を目的とし、ただの一撃のみにあの鎧すら貫く必殺の秘孔を放つ。
覚悟は、その一撃に絞って因果を放ってきた。

覚悟の胸の前、そこで指を止めたままラオウは問う。
「何故止めた?」
ラオウの胸の前に拳を突き出したまま、覚悟は答える。
「因果は大邪心を堕としめる技。邪心無き拳を打つ事は出来ぬ」
その拳はラオウのそれより僅かに早かったのだ。
ラオウは拳を引く。
そこまで見抜いているのなら、最早語る事は無い。
覚悟に背を向け歩き出すラオウ。
覚悟も手を出す事はせず、それを見送る。
ラオウは目を付けた一つの建物に向かうが、その途中で一度だけ振り返る。
「覚悟よ、一つ覚えておくがいい」
長年に渡り王たらんとした男の顔。
深い彫りと険しい表情で固まったそれこそ、覚悟の目指す戦士の顔であった。

「劉鳳、それが拳王ラオウを倒した男の名だ」

言い終えると同時に、ラオウの全身から血が噴出る。
特に左肩と胸部からのそれがひどく、まるで噴水のように流れ出るそれにも、ラオウは動じる事は無かった。
「確かに、心に刻みました。おさらばですラオウ殿」
覚悟の言葉を背に建物へと消えて行くラオウ。

遺体は晒さぬ。
その為にこの建物の中に入り、そこらの柱をへし折っておいた。
とうの昔にラオウの肉体は滅びていたのだ。
劉鳳の最後の一撃で心臓を貫かれ。
そのあまりに鋭すぎる切っ先は、ラオウの肉体がそれと気付くのにこれだけの時間がかかってしまう程であった。
あの為すべき事を成し遂げた誇り高き笑顔。
その意図を計り損ねた我が身の不覚であった。
死者は天を目指さず、敵も討たぬ。
それでも戦うとなれば、それは戯れ以外の何物でもない。
死してから生きる時間があるとは思いもよらなかったが、
これはこれで、そう悪い時間では無かった。
最後の時、誰も見ておらず、何をしようと構う事など無い時間。
ラオウはその時間を、ただ死を待つ事に費やし、そして降りてきた死を、
静かに、安らかに迎え入れた。