大乱戦(中編) ◆1qmjaShGfE



そこで、ケンシロウとDIOの二人は同時に同じ方向を向いた。
地下鉄ホームに至る階段、そこから漏れ出す気配、それはあまりに猛々しく、無視するには大きすぎた。
「誰かと思えば、ケンシロウ。貴様だったか」
世紀末覇者、ラオウがゆっくりと階段を降りてきていたのだった。
全身を無数の怪我で覆いながら、尚その闘気はいささかも衰えず、悠然と歩み寄るラオウ。
凍りついたように身動きが取れなくなっているキュルケとジグマールの前を、まるで二人の存在なぞ視界にすら入らないとばかりに無視する。
それを当然と思わせる程、ラオウの闘気とキュルケ、ジグマールの存在感には差があった。
ラオウの動き、一挙手一投足に皆が釘付けとなって目が離せない。
いや、その中でラオウに気圧されず、自らの目的の為に動ける男が居た。
(あの男、確かラオウと言ったな。ケンシロウとは同じ拳を学んだ兄弟であったはず……マズイ、二対一でこの男と同レベルの相手を迎えるのはとてもマズイ!)
状況は不利になってきているが、参加者名簿を入手できた幸運を喜ぶDIO。
ケンシロウを迎え撃つ時は確かに油断したが、この名簿はとても有効だ。
こうして一目みただけでその人間の成り立ちや所有スキルを確認出来るのは、この戦いにおいて、他参加者に対して大きなアドバンテージとなる。
そしてそれ故、その時その場で誰よりも適切な行動を瞬時に選び取る事が出来るのだ。
(ケンシロウはラオウに完全に気を取られている。ならば、行動を起こすのは今しかない)
ラオウまではまだ距離がある。後はケンシロウさえ出し抜けばDIOはこの戦闘において最も有益な行動を行えるだろう。
DIOは線路に飛び降りると吸血鬼の足力をフルに活かし、線路沿いに走り出した。
(屈辱ではある、確かにな。だがこのDIOは勝利とプライドを天秤にかけるなぞという愚かしい真似はしない。だからこそ勝つのだ!)
ケンシロウ、ラオウはそのDIOの動きを見て、同時に動いた。
「俺が貴様を逃がすと思うか?」
「クズめが。消え失せい!」
ケンシロウは両手を、ラオウは片手をかざし、同時に叫んだ。

『北斗剛掌波!!』

二つの闘気による衝撃波は、その目標付近で合流し、渦を捲いて更に大きく猛り狂う。
その大きさは既にDIOが辿り着いていた地下鉄のトンネル全てを多い尽くす程であった。
漏れ出した破壊力のせいで地下鉄ホーム全体が細かく振動し、溢れ出した烈風はホームの上にあった軽量の物すべてを吹き飛ばす。
余波だけでキュルケもジグマールもバランスを崩して倒れそうになる程の威力。
北斗神拳史上でも稀に見る、いや、唯一と言っていいかもしれない。
二つの北斗剛掌波を掛け合わせ相乗するという、一子相伝の北斗神拳では本来有り得ない光景が、この地下鉄ホームに広がっていた。
(この技、この威力、やはり偽者などではない。本物のラオウか)
(ぬう、このラオウと同等の北斗剛掌波を放つだと? ケンシロウめ、いつの間に……)

万全の自信を持って走っていたDIOの背後から凄まじい轟音が響いてくる。
走りながら肩越しに振り向くDIO、そこにはDIOの長い人生の中でもそうそうお目にかかれない光景が広がっていた。
(なんだと!? これは、こんなスタンド攻撃があったのか!? いや、これが奴等の拳法だとでも言うのか!?)
あっという間に追いつかれ、荒れ狂う衝撃波がDIOの背中に手を伸ばさんとしたその時、DIOはこの戦い三度目となるザ・ワールドを使用した。
DIOの眼前に、歪みよれきった空気の流れが広がっている。
その威力を試すために片手をゆっくりとそこに挿し入れる。
指先が爪の所まで入ると、その圧力に耐えかねたのか中指、人差し指、薬指の爪がDIOの指から血の糸を引きながら跳ね上がる。
更にその衝撃波はDIOを指ごとその嵐の中へと引きずり込もうとしてきた。
「うおおおぉぉぉ!!」
バキュームのようなそれに逆らい、全力で手を引き抜くDIO。
これは伏せた程度でどうこう出来るシロモノではない。
すぐにザ・ワールドに真下を掘らせるDIO。下は砂利だ、壁を掘るより早く掘り切れるだろう。
人一人分、それを秒単位の僅かな時間で掘る。急がなくては、これの直撃を受けたら再生は絶望的な程の損傷を受けてしまう。
ギリギリ、本当にギリギリで間に合った。
すぐに穿たれた大穴にその身を投じる。
ザ・ワールドが解ける。
DIOの背の上はまるで地獄の釜の底のようで、悲鳴とも絶叫とも取れる轟音が鳴り響く。

ケンシロウ、ラオウ共にDIOの動きを一瞬たりとも見逃したりはしなかった。
だが、北斗剛掌波がDIOにぶち当たる直前、彼の姿が完全に消えうせたのだ。
直後にその衝撃波の影響で削り取られた壁の瓦礫が舞い上がり、周辺の状況を覆い隠してしまう。
このまますぐに決着をつけるつもりだった二人だが、DIOの最後が気になってその動きを止めていた。
そこに、一陣の黒風が走る。
その正体に心当たりの無いケンシロウは眉をひそめ、心当たりのあるラオウは口の端を軽く上げて呟いた。
「奴も来たか。大人しくしておれん奴よ」

辛うじて北斗剛掌波をやり過ごしたDIOは穴から飛び出し、ラオウとケンシロウの二人を睨みつける。
いや、一人多い。
真後ろに、居やがる。
前方に飛びながら振り向き、ザ・ワールドに両腕を防御姿勢で構えさせる。
黒いシャツに同じく黒いズボンの大男は、大きくこちらに飛びかかって来ていた。
「せっかくのパーティーだ! もっと楽しんでけよ!」
男はあらん限りの力を込めてザ・ワールドごとDIOを蹴り飛ばした。
大きくホーム側まで飛ばされるDIO。
すぐに立ち上がるが、受けに使った腕が震えて動きが鈍い。
吸血鬼として、並の人間の感覚など捨て去ったDIOだが、この腕の症状は覚えている。
喰らった蹴りのあまりの威力にこの腕が痺れているのだ。
DIOを蹴り飛ばしたその男、範馬勇次郎は胸をそらし、獲物を見つけた肉食動物の顔でラオウを怒鳴りつけた。
「ラオウ! こんな面白そうな事俺抜きで始めてんじゃねえ! 俺も混ぜろ!」
全身に打ち身打撲裂傷を無数に抱えながら、ラオウ同様この男もそんな様子は微塵も感じさせず、雄々しくそこに立っていた。
ケンシロウはラオウ、DIO、勇次郎の順にそれぞれの様を確認し、全員から殺意と暴虐の匂いを嗅ぎ取って肩を鳴らす。
「探す手間が省けたな。そこの黒シャツ男も含め、全員まとめて片付けてやろう」
ラオウは闘気を練り、拳を握ってその力が衰えていない事を確認する。
「拳王に歯向かう愚か者ばかりか。良かろう、全て粉砕し残る者への見せしめとしてくれるわ」
勇次郎は体の震えをとめる事が出来ない。歓喜がその全身を貫く。
「よりどりみどりじゃねえか……クックック……ハーッハッハッハッハッハ!!」
DIOは線路からホームに飛び上がり、体の再生具合を確認し、三人を嘗めるように見回す。
「フン、低い知能を筋量で補うような奴ばかりよくも集まったものだ。いいだろう、そんなに戦いたくばこのDIOが帝王の戦いを教えてやる」

人外の修羅場からハルマゲドン会場へと進化した地下鉄駅構内に、キュルケは泣き出したくなるのを堪えながらジグマールに問う。
「わ、私達ケンの援護した方がいいかしら?」
返事は無い。
「ジグマール?」
彼が居たはずの場所には誰も居なくなっている。
きょろきょろと見回しても彼の姿は見えない。すぐにキュルケは彼がどうしたかに思い至った。
「アイツ逃げたわねー!」
当然の対応だ。百人居たら百五十人が同じ事をする(百人が逃げ、その内の五十人は逃げた先からも更に逃げ出すの意)自信がある。
彼がこの場に居たのなら、そんな返事を返していたかもしれなかった。


真っ先に動いたのは勇次郎だ。
線路から大きく天井に向かって飛び、天井を蹴ると上からケンシロウを狙う。
ケンシロウは最初の飛び蹴りを右手を立ててあっさり受け止める。
次の回し蹴りを、ケンシロウは手首を勇次郎の足首に当てるようにして止める。
勇次郎の空中蹴りはまだ終わらない。
続く連蹴りで合計五発を蹴りこむも、ケンシロウはその全てを危なげなく受けきってみせる。
即座に反撃の拳を打ち込むケンシロウであったが、その拳が勇次郎に触れた瞬間、勇次郎の体全体が大きく反転し、カウンターでケンシロウを蹴り飛ばした。
「北斗神拳か、いいかげんその技にも慣れてきたぜ」
頭部を蹴り飛ばされ後退するケンシロウ。
「北斗神拳を知っている? 貴様、まさかラオウと……」
「てめえの動きも悪くねえ。北斗神拳の使い手ってなみんなこうか?」
ケンシロウの腕の動きが変わり、その手が天に輝く北斗七星を描き出す。
「北斗神拳は一子相伝、ラオウの拳は俺が封じる。貴様の邪拳もまた同じ運命だ」
「やってみな拳法オタクが!」

「おおおおおおおおおおぉぉ!!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄アァァ!!」
ラオウとDIOのザ・ワールドは正面から殴り合う。
ケンシロウとはまた一味違った分厚く重厚な拳は、一撃ごとにその衝撃がザ・ワールドの腕に重く積み重なっていく。
しかしザ・ワールドもまた最強と謳われたスタンドの一つ。近距離戦においてパワーとスピードで簡単に後れを取る事は無い。
(やはり拳のみでの勝負は僅かに不利。だが、このDIOはそんな事に拘った戦いはしない)
DIOは両の目を大きく見開く。
それは予備動作であり、石柱をも両断する必殺の武器。
体内にて圧縮した体液を目から放ち、標的を貫く。
(これは体内のエネルギーを大きく消費する、よりエネルギー効率の良いスタンドのある今、使う機会など無いと思っていたがな)
DIOの眼球が割れ、そこから体液が高圧で噴出される。
さながら水のカッターのようなそれを、ザ・ワールドとの戦いで身動きが取れなくなっているラオウへと放つ。
不意打ちは完璧であった。
拳王として幾度もの戦いを乗り越えてきたラオウとて、目から何かを放つ男などに出会った事などあろうはずもない。
だが、ラオウはDIOの動きだけを見て動いてはいない。
その隠しようもない殺気は、必殺の一撃を放つタイミングをラオウへと伝えていた。
大きく上半身を捻ってその一撃を外しながら、ラオウは回し蹴りでザ・ワールドをガードごと吹き飛ばす。
「奇怪な技を使う。だがこの拳王には通用せぬわ」
「人を超えた技、そう言え。貴様もこのDIOに忠誠を誓うのならその技授けてやらん事も無いぞ」

ケンシロウはまだ秘孔が通じにくくなっている事を知らない。
だからこそ闘気にて相手の秘孔を貫く北斗神拳奥義、天破活殺の為、天破の構えを取ったのだ。
DIOはバケモノと認識している為に例外と考えているのだ。まあそれ自体は間違いではないのだが。
この構えにて闘気を充分に練り、回避不能な速度で闘気を放つのが北斗神拳奥義、天破活殺。
だが、勇次郎は既に闘気を放つ技を何度かその身に受けているため、その感覚、闘気が膨れ上がる様を感じ取れるようになっていた。
ケンシロウの奇妙な構えとそれが一致し、勇次郎は即座に攻撃に出るべしとの結論を得る。
不用意とも思える突撃を敢行する勇次郎。
ケンシロウは闘気を練りながらこれを迎撃する。
これを喰らってはまずい、その事が勇次郎の脳内にあったため、勇次郎はまだケンシロウに披露していないアレを使う事にした。
背中の筋肉が彼独特の形に盛り上がり、準備は整った。
次の瞬間、ケンシロウの体は大きく宙を舞っていた。
防御不能、回避不可能なありえない速度と重さを持つ拳の一撃。
空中で体勢を立て直す事もままならず、ケンシロウは地面に叩きつけられる。
勇次郎の追撃を警戒して痛む体を押して立ち上がったケンシロウは、その視界の隅に奴を見つけた。

DIOはザ・ワールドの使用を極力控えたいと考えていた。
ケンシロウとやりあっていた時とは違う。ここには他に倒すべき強敵がまだ居るのだ。
こいつらの狂った身体能力とその技は、もしザ・ワールドの秘密が知れればそれに対処するだけの余地があるからだ。
だが、それだけでこの場を凌ぎきる事は難しい。
極力使用を抑え、最も効果的な場所で用いる。
時間をかける事も出来ない。こいつらを自由にしては何時こちらが追い詰められるかわからないからだ。
やはり、こいつら同士で勝手にやり合わせるのが最適解である。
DIOはしゃがみこんでその下準備を整える。
相変わらずザ・ワールドとラオウはやりあっているが、幸い大きくその状態が崩れる前に準備は整いそうだ。
(勝利は常に知恵者が得る物。ただやみくもに蛮勇を振るう貴様では永遠にこのDIOは倒せん!)
ザ・ワールドは拳一辺倒の攻撃から急に蹴りを織り交ぜる。
ラオウはその程度では全く動じる事無く片腕を上げてそれを受け止めた。
そのラオウの足元が、摩擦係数が、何時の間にか変わっていた事に気付かずに。
「ぬっ!?」
急に踏ん張りが利かなくなった為、ラオウの足が大きく滑り、ザ・ワールドの側面からの回し蹴りによってその体が宙を舞う。
DIOは気化冷凍法により、ラオウの周りの床を凍らせ滑りやすくしていたのだ。
そして飛ばされたラオウの行く先には、同じく勇次郎に蹴り飛ばされたケンシロウが居た。
(この二人は同門、ならば二人がかりでこのDIOか勇次郎という男を狙うが得策と考える)
危険はあるが、DIOはこの策に充分な勝算を持って臨んでいた。
(勇次郎の方に行けば良し。こちらに来た時はその時こそ勝機。ザ・ワールドにて二人まとめて始末してくれる)
既にDIOはこの三秒という短い制限時間内に彼等を殺しきる秘策を考えついていた。

ラオウは空中で伸身宙返りを見せ、悠然と着地する。
その際、立ち上がったばかりのケンシロウと目が合い、その標的を変えて大地を蹴る。
「ケンシロウ!」
同じ事を考えていたらしいケンシロウもラオウに向かって大きく飛び上がる。
「ラオウ!」
空中高く飛び上がった二人は、すれ違いざま一瞬の勝負に賭ける。
両者の蹴りが交錯する。
華麗に着地したケンシロウの右肩が大きく裂ける。
足の関節を僅かも曲げずに音も無く着地するラオウの左肩も同様に裂けた。
「腕は落ちていないようだなラオウ」
「ぬぬぬ、以前のケンシロウとはまるで別人。何が奴をここまで……」
大きく距離が開いた二人。
そこに勇次郎がラオウへと走り込んでくる。
「人の獲物に手出ししてんじゃねえ!」
片腕となるも、その勢いは全く衰えを見せないラッシュでラオウを追い込む。
(虎は傷ついてからが本物とは良く言ったものだ。つくづく人間らしからぬ男だ、こやつは)

DIOは目論見が外れた事に不快感を覚えながらケンシロウを睨む。
(ケンシロウとラオウは敵同士だったか。こうなったら、確実に一人づつ消していくしかないな)
無造作に近づいてくるように見えて一部の隙すら無いケンシロウ。
この男とは決して同じ土俵で勝負してはいけない。
だから、DIOはこちらも同じように無造作に近づいていってやる。
(このDIOの謎、まだ貴様には解けていまい!)
ケンシロウは踏み込んでくるDIOを見るなり、遠間から構えを取って足を止める。
今までと違うやり方であったが、DIOの狙いはただ一点。ならば迷わず一直線にそれを目指すが上策と、その歩みを止めないDIO。
ケンシロウは明らかに届かないと思われる距離で、その腕を振り上げた。
ケンシロウの前に突如生じた見えない刃はコンクリートの床を弾きながらDIOへと目掛けて飛んでくる。
地を這うようなその刃を、DIOはザ・ワールドの両腕を交差させて受ける事で胴体への直撃を避ける。
受けた部位が血を吹き裂ける。
(くそっ! さっきの衝撃波の応用か! だが、連発出来ないのであれば……)
そんなDIOの予想をあざ笑うかのように、ケンシロウは腕を何度も何度も振り上げる。
襲い来る衝撃波にDIOはたまらず真横へと飛ぶ。
ケンシロウはそんなDIOを追うように次から次へと衝撃波を放つ。
(近づかせない気か!? こいつ、まさか我がスタンドの秘密に気付いているのか?)
右に左にその衝撃波をかわすが、それでも避けきれずに腕に、足に大きく裂傷が走る。
(いや、気付いているのならさっきのように姿を隠して一撃で屠る手を考えるはず。奴は、単に近づかれたら危険と思っているだけだ)
この判断はあながち間違いでもない。DIOのザ・ワールドが止めていられる時間に制限がある以上、一息で移動しきれない距離を空けるのはむしろ常道である。
避けた拍子に水飲み場にザ・ワールドが突っ込み、それを粉々に砕いてしまう。
栓を失った水流が噴出し、辺りに飛び散り広がる。
このままではじり貧である。ケンシロウの肉体相手では遠距離からの攻撃も効果的ではないだろう。
だが、DIOはそれを突破する策を既に講じていたのだ。
ケンシロウは自らの周囲の床の変化に気付いた。
水飲み場から噴出した水が床を覆っていたのだが、それが凍りついている。
「これは……お前の力か?」
DIOは足元から気化冷却法を用いて床に広がる水を凍らせていたのだ。
「予言してやろうケンシロウ。次に気付いた時には……」
ぴっとケンシロウに向けて指を指す。
「お前はもう死んでいる」
大きく後ろにジャンプして距離を取った後、猛然とケンシロウに向けて駆け出すDIO。
ケンシロウはDIOが必殺の間合いに入るなり攻撃するべく、両腕を構える。
そしてその腕を振り上げんとしたその時、DIOのザ・ワールドが発動した。
DIOは氷の床の直前で床がへこむ程力強く蹴り出し、氷の上を滑って移動する。
滑りながら氷の床を蹴り、加速していくDIO。
ケンシロウに辿り着くまでに三回氷の床を蹴る。移動速度は走り寄る時の倍以上だ。
「ハーハハハハ! これで貴様の取った間合いは無意味! そして今度はその肉体の限界を突く!」
ザ・ワールドはケンシロウに向けて拳を振り上げる。その拳は、人差し指と中指を立てていた。
「眼球! 頭蓋骨! そして脳は鍛えられんよなケンシロウオォォォ!」
ケンシロウの両の目に向けて、ザ・ワールドは人差し指と中指を突き入れる。

ゆっくりとケンシロウの目にザ・ワールドの指が突き刺さっていく。
眼球が圧力にひしゃげ、遂にその限界を迎えると中の物をぶちまけながら破裂する。
指は、更にその奥まで進む。
眼球であったものを張り付かせた指のすぐ先は眼底だ。
その壁一枚を突き破ればもうそこは脳である。
これに僅かでも傷がつけば、DIOの勝利となる。
そこで、DIOは違和感を覚える。
ザ・ワールドが解ける直前の感覚がDIOを包んだのだ。
(何イイイィィィ! まだ三秒どころか二秒にも達していないハズ!!)
すぐにその理由であるスタンドパワーの不足に思い至る。DIOはザ・ワールド以外にその力を使いすぎたのだ。
ケンシロウは時間が動くなりこちらが何をするよりも早く行動を起こしてくる。
とても信じられない反応速度だが、これは事実だ。そこから目を背けるような負け犬じみた真似を、DIOはしない。
残った腕でザ・ワールドを防御させる。いつケンシロウに攻撃されてもいいように。

ケンシロウが北斗神拳奥義水影心により学んだ、南斗紅鶴拳、伝衝裂波を用いてDIOを薙ぎ払わんとすると、いきなり両目から光が失せ、既にDIOの気配が目の前にあると知った。
考えるより先に体が動く。
北斗神拳究極奥義、無想転生が発動した。
眼球深くまで突き込まれていたDIOの指先は、その先にある眼底に辿り着く事なく振りぬかれる。
そして防御の為構えていたザ・ワールドの腕をすりぬけ、ケンシロウの拳がザ・ワールドの胸部ど真ん中に炸裂した。
下が凍っていたせいか、DIOは思いのほか遠くまで殴り飛ばされる。
北斗神拳究極奥義、無想転生。
何人もこれを用いるケンシロウに触れる事は適わず、そしてどのような手段であろうとこれを使うケンシロウの攻撃を妨げる事は出来ない。
唯一、これを破れるのは時の世界にその身をおかぬ者。DIOと承太郎のみ。
なればこそ、このケンシロウから両の目を奪うという真似が出来たのだが、時間制限の為、それ以外に全く隙の見出せないケンシロウの命を奪うまでには至らなかった。
お互い極めて不本意な形でこの激突を終える。
どちらも驚愕から立ち直るのにしばしの時を要した。


ラオウも勇次郎も、床が氷で覆われた事で、一度その動きを止める。
お互い存分に手合わせした後である、手の内も読める事から、そうそう決定打を放つ事が出来ずに居る中で、不意に床が氷に包まれたのだ。
その不可思議な現象に、それをやったと思われる二人の闘いへと自然目が移る。
そして、そのおかげで決定的瞬間を見る事が出来たのだ。
距離を開けての事であるから、すぐ側で見ている二人よりも正確に起こった出来事を把握していた。
いや、二人共がそれでも尚、何が起こったのかわからなかったのである。
二人の猛者が注視する中、忽然とその姿を消し去り、ケンシロウの前に姿を現したDIO。
そして完全にそれに虚を突かれながら、ありえないタイミングでその攻撃をかわし、なおかつ反撃してみせたケンシロウ。

ラオウは信じられない思いで一つの可能性に思い至った。
「……北斗神拳究極奥義、無想転生。馬鹿な、ケンシロウが身につけているなど……」
ラオウの心に激情が吹き上がる。
ラオウですら辿り着けなかった高みにケンシロウが居るなど、断じて認められぬ。
勇次郎の相手をしている場合ではない、それを確かめねば収まらない。
ラオウは完全にその相手をケンシロウへと絞っていた。

アイツ、あの逃げ出そうとしていた腰抜けは一体何をやった?
あの技、自分に仕掛けられたなら返せるか?
目をくれてやればいい? 馬鹿な、そのまま頭蓋骨までぶち抜かれて終わりだ。
どうやって倒す? あの男が反応する暇すら与えず、こちらの姿を視認する事すら許さず、ブチ殺す。
攻撃する余裕なぞ与えん、考える時間なぞくれてやらん、気が付いたら死んでいろ。
範馬勇次郎はあの男、DIOへの攻撃手段を決め、それを実行に移す事にした。
自分がもし喰らっていたら死んでいた。そんな想像を僅かでもさせたあの男をこの手で殺してやる。

DIOは自らのパワーダウンに狼狽する。
(ここまで来てこのザマか!? ケンシロウめ、なんたる悪運!)
しかもどうやらタイムリミットらしい。ここで決着を着けられなかった事に不満はあれど、決断すべき時を見誤ったりはしない。

プアーン

そんな音と共に上りの列車が近づいて来た事が全員に知れる。
「命拾いしたなケンシロウ。ラオウ、ユージローとやらも……」
そこまでしか口に出来なかった。
微かに見えた黒い疾風が後ろに回りこんで来たのに気付いたから。
ザ・ワールドを展開して攻撃を防ぐ。
かつての配下タルカス辺りが全力でハンマーを叩き込んできたらこんな感じだろう。
吹っ飛ばされながらそんな事を考えるDIO。
追撃を行ってくるであろうその黒い影、おそらく勇次郎であろう、に対するため体勢を立て直すDIOだったが、その勇次郎の姿が見当たらない。
こいつらは確実にDIOのザ・ワールド対策を心得てきている。
しかも、現状ではスタンドパワーが足りず止めていられる時間はほんの一秒程、下手をするとそれすら難しいかもしれないのだ。
ザ・ワールドのパワーとスピードに頼って乗り切るしかない。
そんなDIOの心中を知ってか知らずか、勇次郎はDIOの死角を選んで攻撃をしては移動し、そしてまた死角からの攻撃を繰り返してくる。
こちらは向きを変えて受けるだけ、そのはずなのに勇次郎の姿を完全にその目に捉える事が出来ない。
全身を使って移動する勇次郎のスピードはザ・ワールドのそれを上回っており、DIOは防戦一方に追い込まれる。
ここでも、DIOは一つの策を用意していた。
タイミングさえ合えば必殺の一撃となる、そして今その機は満ちた。
暴れまわる勇次郎から逃れるように大きくジャンプし、ホームの端へと向かうDIO。
前を向いて飛んでいるDIOの正面に勇次郎が来る可能性は低い。
その代わり後ろからの攻撃に対してはほぼ無防備。
DIOが着地し、振り向くタイミングに合わせてその後ろに回りこもうと画策したとしても、DIOの飛んだ先に向かって移動しなければならない。
そう、ザ・ワールドの背中に気化冷却法の氷で貼り付けたスタングレネードに向かってだ。
ホーム中に爆音と閃光が轟く。
直後、DIOは動いた。
振り向いたその先には、勇次郎が目を両腕で覆いながらこちらに飛んできている様が見える。

「ザ・ワールド!」

目潰しからの脳破壊はこの状態では使えない、時間が足り無すぎる。だがその必要は無い。
ザ・ワールドが振りかぶっている足を振り切り、勇次郎を真横に蹴飛ばしてやれば、それだけでカタが着くのだから。
ザ・ワールドに蹴り飛ばされた勇次郎はその位置を大きくずらし、ちょうど停車しようとして速度を落としていた電車の正面に押し出された。
そして、時は動き出す。
衝突音が一つ。その後、電車は完全に停車し、ドアを開く。
DIOはホームの奥でスターングレネードを物ともせずやりあっているケンシロウとラオウに向かって手を上げる。
無論向こうは気付いていない。
「では失礼しよう。せいぜい肉体労働者同士で潰しあってるがいい」
自分のデイバックを拾い、ゆったりと電車に乗り込んだDIOは、座席に腰掛け、発車する電車に揺られてS7駅を去っていくのだった。


半ば寝て移動したとはいえ、自分が移動してきた電車だ、ならば地下を通っての移動だろう。
この電車はS6行きなので、確実に次のS3駅で降りる必要はあるが、それさえミスしなければ安泰だ。
流石にケンシロウ、ラオウ、勇次郎の三人と戦うのは骨が折れた。
大きく息を吐き、背もたれによりかかる。
地下を走る地下鉄は当然その音がトンネル内を反響し、電車内であっても結構な騒音を拾ってしまう。
だが、その騒音から一つだけ、明らかに異質な音をDIOの耳は聞き取った。
「何?」
金属を引き裂いたように響く金切り音。
電車が線路をこすってあげる音と良く似ていたので危うく聞き逃す所であったが、その音は、他の音と比べて明らかに音が大きすぎた。
特にそれ以外の音は聞こえてこないので、気のせいかと思い聞き流す事にする。
また聞こえた。
今度は擦った様な音。それも金属でない何かをこすったような音。
この種の音は、今まで聞こえてこなかったはず。
自分が電車に入って来た時を思い出す、そう、あの時似たような音がしたはずだ。
自動で扉が開き、閉まる音。
DIOは隣の車両へと繋がる扉に目を向けた。
その扉が、引き手もついているので違うかもしれないが、もしその扉が自動扉だったとしたら?
もう一度入り口の扉を見る。
そちらの扉にも、引き手はついている。
(待て、落ち着け。そんなに気になるのなら確認してみればいいではないか。そう、その扉が自動なのか否か、そして、その音がさっき聞こえた音と同じかどうか)
立ち上がりかけたDIOは、はっとしてその行動を止める。
あの扉の開閉音は、見た感じからしてそんなに大きい音ではないと予測される。
なら、その音が今聞こえたというのはどういう事だ?
その先に何者か、そうあの駅から乗り込んだ、もしくは以前から乗っていた何者かが居たとしたら?
自らの存在を不用意に知らせるだけではないのか?

コツ、コツ、コツ……

(これは! 足音!? 確かにこれは何者かが歩く音!)

その相手がケンシロウ、ラオウ、勇次郎であった場合、事態は最悪となる。
今の状態で戦闘になっては、敗北を覚悟しなければならない。ザ・ワールドは最早有効と呼べる程の時間を止める事は適わないだろう。
そうでなければどうという事はないのだが、どうしても疑惑が晴れない。
ケンシロウ、ラオウは確かに乗り込まなかったのを確認している。
ならば、残るは勇次郎。奴が跳ね飛ばされながらもこの電車に乗り込んでいたとしたら?
時間は残り少ない。ここは先頭車両だ、その先への扉もあるが、そこは行き止まりであるし何よりその扉を開くためには通路の真ん中に出なくてはならない。
こちらに向かってくる何者かに見つからずにそれを行う事は不可能だ。
窓、ダメだこの窓は開くようには出来ていない。
では入り口を開けば? ダメだ。その音で気付かれる。ザ・ワールドでドアを開き、そしてそのドアを閉じて外に出るまでの時を止める事も出来るが、間に合うかどうかは微妙な所だ。
電車に跳ね飛ばされても平気な勇次郎が相手では、もしここに居る事がバレた瞬間、あの素早さで瞬く間に追い詰められてしまうだろう。
(考えろDIO! この程度切り抜けられないようでジョースターを滅するなど出来ようはずがない! 私ならば出来るはずだ!)

範馬勇次郎はあの男と決着を着けるべく電車に乗り込んでいた。
電車に跳ね飛ばされる直前、体を捻って正面ではなく電車の端をかすめるようにぶつかってダメージを軽減した。
そのせいで大きく下り線側のホームの中ほどまで飛ばされてしまい、DIOの姿を見失ってしまった。
下り線側ホームには女が一人居るだけ。ならばと電車の上を飛び越えて上り線ホーム側に向かう。
そこではケンシロウとラオウが戦っているのみ。
奴は電車に乗ったのか? それとも階段を昇って上へと逃れたか?
どちらか悩んでいる間に電車の扉が閉まり、発車をしてしまう。
勇次郎が居るのは電車の中ほどの位置、走り出す電車の中をホームから順に確認していくもDIOの姿は見えず。
遂に最後の車両が来る。勇次郎は決断を迫られた。
最後の最後で電車の一番後ろに飛びついたのは、何か確たる証拠あっての事ではない。完全に勘だ。
走る電車に足で張り付きながら、パンチ一発で扉をひん曲げ、そこから電車に乗り込んだ。
ちょうどここは最後尾。ここから先頭車両まで見ていけば奴が乗っているかどうかはすぐわかる。
勇次郎は先頭車両へと歩き出した。
一両目駄目、二両目駄目、三両目……
次は先頭車両、これと車掌室を確認したらそれで終わりだ。
「けっ、なんでぇ外れかよ。俺の勘も大した事ねえなぁ」
ぼやきながら先頭車両に入る勇次郎。
扉を開き車両内を見渡す。
そこには、誰も居ない。
可能性は低いが、確認の為に車掌室も覗く。鍵を粉砕して中に入るが、そこにも人の気配は無い。
ふと、電車の入り口が気になった。
ドアの最下端についているゴム同士、そこに隙間がある。
何故気になったのかわからない。そもそもその隙間は他のドアもそうであるかもしれないのだ。
他のドアに比べて大きい隙間かどうかなど覚えていない。
ドアに歩み寄った勇次郎は、そのドアを力任せに開く。
地下鉄トンネルの騒々しい音が車両内に響き渡る。
これでは、もし誰かが開けたとしてもすぐに気付いたであろう。
そのぐらいの轟音であるが、どうせここまでやったのだ。最後まで確認するかと片手でドアレールの上端を掴み、懸垂の要領で電車の上を見てみる。
何処にも人影は無い。
次に、電車の下に張り付いているかを確認する。
やはりそこにも誰も居ない。
車両内に戻ると、拗ねたような顔になる勇次郎。
「やってらんねえな、クソッ。繁華街近くじゃロクな奴に会えなかったし、あんな所戻ってもしょうがねえか」
そのまま開いた扉から飛び降りる勇次郎。
今更向こうの駅に戻っても、ケンシロウとラオウの決着は着いてると思われるので、勇次郎はのんびりと地下鉄の線路を歩いて戻る事にした。


勇次郎が電車を去った後、通風孔から音が聞こえた。
直径30センチ程のひん曲がった蓋がしてあるそこに、良く見ると、その奥から人の手が伸びている。
その手が中指で蓋を弾く。音を立てて落ちる蓋。
今度はその手が右に左に動き出す。それは猫じゃらしが子供の手から逃げ出そうとする動作に似ていた。
手が少しづつ通風孔から姿を現す。いや、それは手だけではなく、腕、肘、と続いている。
そこからは早い。一気に全てが通風孔から転がり落ちる。
細長くなってはいるがそれには、腕、頭部、胴体、足と人として必要な部位は全て揃っていた。
それが少しづつ太くなっていくと、段々とそれが何者であったのかわかってくる。
苦しそうに息を吐くそれの正体はDIOであった。
DIOはザ・ワールドで時を止め、通風孔の蓋をこじ開け、座席のシートをひっぺがして中にバックを入れ、閉じる。
これで大きな物音は聞こえない。そして勇次郎がドアを開く前に通風孔の中に自らの体を細く変形させて侵入し、通風孔に中から蓋をしたのだ。
変形はただ自分の骨をへし折るだけだから楽だが、その再生に大きく力を使ってしまったDIOは荒い息を漏らしながら隣の車両へ行き、椅子に深く腰掛ける。
先頭車両の騒々しさはここまでは届かない。ぐったりと座席にもたれかかるDIO。
早急な血液の補充は最早必須となってきた。
「全くもって骨の折れる事だ。バキよ、頼りにしているぞ」