俺の名を ◆qvvXwosbJA


柊かがみ。ただ今高校二年生。
自宅が神社ってのはちょっと珍しいかもしれないけど、それ以外は至ってどこにでもいるような女子高生。
当たり前のように朝起きて、学校に行って、友達と話して、一緒に勉強したり遊んだりする、私の毎日はそんな生活。
私がいて、つかさがいて、こなたがいて、みゆきがいて、そんないつもの日々が、私は好きだった。
何か面白いこととかないかな、って考えたことがないわけじゃない。それでも私はその日常に満足していた。
なのに私は今、ここにいる。
いきなり知らない人たちと一緒の場所に集められて。意味の分からない話を聞かされて。
そして、私達と同じくらいの年の女の子が殺されるのを……目の前で見せられて。
こんなことになるなんて、思ってなかった。
望んでなんかなかったのに。


 ▼ ▼ ▼


深夜の路上。等間隔で置かれた街灯だけが古びた建物の間の闇を照らす。
底冷えのする夜風の寒さの中、柊かがみはただひたすらに走っていた。
わき目も振らず、後ろを振り返ることすらせず。
ただ足音だけが路地のコンクリート塀に反響し、一層孤独感と言葉にできない恐怖を増幅させる。

銃声。

鋭い悲鳴をあげて、かがみはその場に倒れ伏した。
恐る恐る顔を向け、痛みの走った左足に目を向ける。
銃弾は僅かにかすめただけらしく、傷自体は決して深刻なものではない。
ただ……そのかすっただけの浅い傷、そこから流れる一筋の血の流れが、かがみの頭を恐怖へと縫い付ける。
これは、殺人ゲーム。集められた人間達が、ただ生き残るために殺し合う。
その悪夢のような現実を、その血の赤さは嫌でも思い起こさせたから。
痛い。命にかかわる傷じゃないのは無意識に分かっていたけど、それでもじわじわと痛みは神経を侵食していく。
駄目だ、こんなところでへたり込んでいては。なんとか意識を振り絞り立ち上がろうとしたかがみの表情は、直後に蒼ざめた。

立てない。

完全に腰が抜けてしまっている。下半身に力が入らない。
自分の体が信じられず、両手で必死に這って進もうとする。
逃げなくちゃ。早く逃げなくちゃ。
そうしないと、またあの男が…………!
底知れぬ恐怖に怯え、かがみは無意識に振り返った。
そして。
見てしまった。
動けない自分に向って銃口を向ける、胸に七つの傷を持つ男の姿を。

「ガキの分際でこの俺にいちいち手間をかけさせるとは……」

男のくぐもった声が夜の路上に響き、かがみは戦慄した。
歯の根が合わない。顎が無意識に震えて、ぶつかり合った歯が耳障りな音を立てる。
それでも口の中で鳴るガチガチという音が、あの男の声をかき消してくれたらどんなにいいか。

「フフフ……いい面じゃあねぇか。そうやって恐怖に引き攣っているほうが、俺の目を楽しませてくれるってもんだ」

足音が、少しずつこちらに近づいてくる。
街頭が写し出す男の影が、一歩ごとにかがみの足下に近づいてくる。
その影から少しでも離れたくて、かがみは動かない両足を必死で動かそうと足掻いた。
だが、動けない。その場に磔にされたかのように体が動かない。
そうしている間にも男の姿はどんどん大きくなり、今やはっきりと視認できるようにまでなってしまった。

「クク……おいお前。俺の名を言ってみろ」

ヘルメットの中から覗く、無慈悲な瞳。
かがみは涙を流すことすら忘れて、ただ金魚のように口をぱくぱくさせることしかできない。
名前。あの男の名前。
確かに自分はあの男の名前を知っている。最初にあの男に出会った時、あいつは自分で名乗っていたのだから。

――ケンシロウ、と。

かがみが僅かに視線を上げた瞬間、すでに何度も聞いた乾いた音が響き、かがみの頭から数十センチも離れていない壁に銃痕が穿たれた。
ひっ、と自分の喉から情けない声が漏れる。
もうダメ。死んじゃう。こんな状況じゃ逃げ切れっこないし、何よりあいつの目が語っている――次は外さない、と。
かがみの頭を弱い考えが埋め尽くす。もっとも、それは誰にだってわかる未来予想図だったのだけど。
銃口がかがみの眉間に照準を合わせる。かがみはぎゅっと瞼を閉じた。
そして。

「やれやれ……こんな夜中に女性をちょっかいを出すとは、無粋な輩もいるものだ」

銃声ではない、聞き覚えのない声に、かがみは薄く眼を開けた。


 ▼ ▼ ▼


路上にへたり込む少女にちらりと視線をやってから、和装の男――桂小太郎は男へと向き直った。
威圧感を与えるヘルメット、肩にはスパイク付きのプロテクター、そして筋肉に覆われた胸には北斗七星を象った七つの傷。
これで堅気だったらお笑い草だ。それほどに、男の姿は異様なものだった。

「なんだてめぇは? 人のお楽しみに割り込むのは無粋じゃねえってのか?」
「お楽しみは人に迷惑をかけない範囲でやるものだ」

いきり立つ相手の言葉を軽くいなす。
そうしながらも少女の方に視線を送り、時間を稼いでいる間にここから逃げるように促した。
少女は視線の意味には気づいたようだが、どうやら立ち上がれないらしい。
これで自分が囮になって少女を逃がす策は消えた。
こうなれば少女を担いで逃げるしかないが、今の自分と彼女の間には距離がありすぎる。
(どのみち俺が引き付けるほかは無いか……!)
向こうも予期せぬ闖入者に殺気立っている。
即座に逃走に転じられない以上、ここでやり合うのは必至だった。

「てめぇごとき軟弱相手に銃など使うまでもない……このケンシロウ様が北斗神拳で直々に地獄へ送ってやろう」

男はそういうと銃を放りだし、流れるような動きで構えを取った。
無駄のない動き。それだけで、相手がなかなかの手練であることは分かる。

(大口を叩くだけのチンピラかと思っていたが……なかなかどうして、やるようだな)

雑魚なら適当にあしらってしまおうと思っていたが、どうやらそうはいかないらしい。
それどころか油断していると足元を掬われかねない。激戦を覚悟した桂は懐から一本のロープを取り出した。
桂小太郎の支給品の一つ、『ライドル』。グリップのスイッチを操作することで4パターンに変化する応用性の高い武器である。
持ち運びやすいように『ライドロープ』形態にしていたそれのHボタンを押し、細剣形態『ライドルホイップ』に変化させる。
日本刀よりも遙かに軽く華奢な刀身を片手で軽く振って十字を切り、桂もまた七つの傷の男に向け構えを取った。

「素直に銃を拾い直した方がいいんじゃないのか? 貴様が刃物相手にも素手で戦うというのなら、止めはしないが」
「フン……てめぇごときの剣が、このケンシロウ様に届くものか!」

男は桂の忠告を鼻先で笑い飛ばし、じりじりと間合いを詰める。
桂もまた、いまだ動けずにいる少女からこの卑劣漢を遠ざけるべく、それとなく立ち位置をずらしながら対峙する。
そのまま、一瞬とも永遠ともつかぬ膠着の時間が過ぎた。

そして……先に動いたのは、七つの傷の男だった。

突然何の前触れもなしに桂目掛けて駆け出し――跳んだ。

(なんだと!? この体躯を持ちながらあれだけの跳躍を!?)
予想外の方向からの攻撃、それが桂の反応を僅かに鈍らせた。
その一瞬の逡巡、その間に男は空中で構えを取り、瞬時に攻撃を繰り出さんとしている。
まずい、と桂の脳裏を警告が駆け抜ける。回避して間合いを取り直すだけの余裕がない!

「油断したのが命取りよ! 喰らえ北斗千手殺!」
「ちぃっ!」

咄嗟にグリップのLボタンを操作し、桂はそのままライドルを地面に突き立てる。
直後に伸縮自在の長棒『ライドルロングポール』に変化したそれは一気に伸長し、桂の体を後方斜め上に高速で押し上げた。
上空から降り注ぐ無数の突きを比喩ではなく紙一重のぎりぎりでかわし、桂はライドルを再び攻撃形態に、

「!」

グリップのスイッチを押しこむより一瞬早く、男の再度跳躍してからの突きが桂を襲った。
ロングポールを支点にわずかに体を捻って衝撃を殺したが、所詮空中で取れる防御行動などたかが知れている。
その突きの破壊力の全てを逃がすことなど出来ず、桂の体はゴム毬のように吹き飛んでコンクリート塀に叩きつけられた。

「ぐうっ……!」

視界がふらつく。揺れる体に鞭打って桂は立ち上がった。
骨折は無し。打撲も深刻なほどではない。まだやれる。
だが。

「フン……体を捻って秘孔を外したか。この俺様の拳を一発食らって生きているとは、偶然とはいえ誉めてやる……
 だがなぁ! 北斗神拳に二度目は無ぇ~~~っ!! ハァッハッハッハ~~!」

哄笑する男を前に、桂は自分の相手に対する認識が誤っていたことを悟り始めていた。

 ▼ ▼ ▼


ケンシロウ……いや、北斗四兄弟が三男・ジャギは、その拳の未熟さと卑劣な性格から北斗神拳の後継者の座を逃した男である。
勝ちさえすれば何をやってもいい。そう考えた彼は銃や含み針といった手っ取り早く人を傷つけられる武器を使うことに走り、
結果的に自らの北斗神拳を磨き、さらなる高みへとその歩を進めることを怠った。
皮肉にも自分が後継者になれば北斗神拳はますます強くなるとまで豪語した彼は、その彼自身の歪みによって伝説の暗殺拳を究めることができなかったのである。
さらには、彼の義兄弟たちの存在。
比類無き剛拳、世紀末覇者の名をその手に納めんとする拳王ラオウ。
剛の対たる柔拳、敵にすら情けをかける北斗有情拳の使い手トキ。
そして……第64代北斗神拳正統伝承者ケンシロウ。
のちにコウリュウをして同じ時代に生まれたことを天に嘆かせた三人を前に、ジャギの名は完全に霞んでしまったのである。
しかし。
それは、ジャギという男が弱いということを意味するのではない。
確かに彼は高みに登ることは出来なかった。しかし、仮にも正統伝承者の元で北斗神拳を学んだ男である。
腐っても北斗神拳。多くの猛者達には遠く及ばないまでも、彼の拳は凡百の拳法家とは比べものにならない域に達しているのだ。


――苛烈なる攘夷戦争を生き抜いた歴戦の侍である桂小太郎すら、容易く圧倒してしまうほどに。


 ▼ ▼ ▼


「ファハハハハ! 北斗羅漢撃~~~!」

目にも留まらぬ無数の突きがコンクリートの壁を穿ち、電柱を砕く。
ジャギは余裕の態度で悠々と桂を少しずつ追い詰めていった。
対する桂は敵の攻撃こそ一発も喰らわずに凌ぎ切っているが、誰の目にもジリ貧なのは明らかであった。
桂の頬を冷汗が流れ落ちる。
そんな桂の姿をジャギは満足げに見下ろした。

「威勢良く啖呵切った割にはそんなものか? 拍子抜けじゃねぇかナマクラ侍、あぁ~?」
「……ナマクラ侍じゃない、桂だ」

口では虚勢を張ってはいるが、劣勢は明白。
逆転の糸口は、もはや見出せるところには転がっていない。
自分は、あの男には、勝てない。そんなことはもうとっくの昔に分かり切っていた。

「もはや命乞いしたところで生かしては帰さねえ! この俺の手によって、その女もろとも無様に死んでいけ!」

ジャギが勝ち誇ってこちらに近づいてくる。
さて、どうするか。そんなことは考えるまでもない。
こうなることを見越して用意しておいた最後の手段。それを、使うだけ。
桂は迫り来るジャギに向かって不敵に笑って見せた。

「その程度で勝ったつもりか? 大したお山の大将だな」
「まぁだ自分の立場が分かんねぇのか!?」

激昂したジャギが繰り出した突きを、あえて桂は正面から受けた。
同時にタイミングを合わせて後ろに向って跳ぶ。
自分の勝利を確信しているからか、拳に以前ほどの威力はない。せいぜいいたぶってやろうと考えているのだろう。
全身を痛みが駆け抜ける。が、深刻なダメージには繋がらない。
それでも、桂の体は勢いを殺しきれずに地面を派手に転がった。
よろめきながら、ふらつきながら、彼は立ち上がる。
そして、桂小太郎は言い放った。

「……ところで貴様、俺の名を知っているか?」

ジャギのヘルメットに覆われて見えないはずの表情に、動揺が走るのが感じられた。
桂の言葉の意味を推測したのではない。桂が、どこに立っているのかに気付いたのだ。
ジャギにただ一方的に攻められていたのではない。自分が勝てないと分かった時から、桂は攻撃をかわしながら少しずつ移動を続けていた。
そして今、桂が立っているのは……少女のすぐ傍!


「知らんのならば教えてやろう。俺の名は桂小太郎――人呼んで、『逃げの小太郎』だ!」

叫ぶと同時に懐からエニグマの紙を取り出し、一気に開く。
瞬時に具現化した三つの金属筒のうち二つを素早く懐に突っ込み、桂は残る一つからピンを引き抜き投擲した。
ジャギは咄嗟に打ち払おうとしたがすでに遅く、それ――スタングレネードの閃光はジャギの視界、そして意識から桂の姿を消し飛ばした。


 ▼ ▼ ▼


柊かがみは目を覚ました。
慌ててきょろきょろと辺りを見渡す。
どうやら見知らぬ一戸建ての居間にいるようだ。家具が整然と並んでいるが、不思議なくらいに生活臭がない。
足が疼くので目をやると、左足の怪我には布を巻きつけて応急処置がしてあった。

「気がついたか? なかなか目を覚まさないから、心配していたんだが」

台所の方から長髪の男が顔を出した。間違いない、自分を助けてくれた人だ。

「あ、ありがとう……えーと……」
「桂だ。桂小太郎。ぶしつけですまないが、こちらも名前を尋ねてもいいか?」
「私? かがみ……柊かがみです」

まだ頭が混乱している。私を襲ってきたあの男はどうなったのだろう?

「奴ならこちらを見失ってすでにこの近くから立ち去った。とりあえずは安心していい」

考えを当てられてしまった。
当面の命の危機は去ったということか。そう考えると全身から一気に力が抜けてしまった。
それと同時に別の疑問が頭に浮かぶ。

「……なんで私なんか、助けてくれたの?」
「女があのような卑劣漢にむざむざ殺されようとしているのを黙って見逃せるほど腑抜けてはいないさ、俺は」

至極当たり前のことのようにさらりと答えられ、逆に言葉に詰まってかがみは黙り込んだ。
桂は気にもしていないように服の埃を払って立ち上がる。
目を凝らしてみると、着物の隙間から幾つものアザが覗いていた。
この人は戦ってくれたのだ。見ず知らずの自分を守るために。
痛くないのだろうか。いや、痛いに決まってる。ただ、それを人には見せまいとしているだけで。

慌てて自分も立ち上がろうとして――かがみは、自分の頬を何かが伝っているのに気がついた。
涙? 泣いてるの、私が? なんで?
訳が分からず立ち尽くしたのも一瞬。答えは、すぐに分かった。

――ずっと、怖かったのだ。

自分が死ぬのが。大切な友達が殺されてしまうのが。
何より、信じられる人のほとんどいないこのゲームの中で、一人ぼっちでいることが。

あの男に襲われた時、もう駄目だと思った。自分はここで何もできずに死んでしまうんだと。
その時から今の今までずっと張りつめていた緊張の糸が、ここでぷっつりと切れたのだ。
殺人者の脅威から救ってくれて、怪我の応急処置までしてもらって、そして――見ず知らずの自分に親切にしてくれて。
こういう人がいるのなら、この現実も絶望ばかりじゃない、そう思ったら、ぷっつりと。

一度堰を切って流れ出した涙は自分の意志ではもう止まらず、かがみはただ感情の迸るままに泣き続けた。
桂は何も言わず、ただ傍で彼女を見守っていた。

夜明けの時は、まだ遥か彼方。

【B-4 住宅地 一日目 深夜】
【ジャギ@北斗の拳】
{状態}健康
{装備}ベレッタM92F@BATTLE ROYALE
{道具}支給品一式 不明支給品0~2(本人は確認済)
{思考・状況}
1:邪魔者は容赦無く殺す。卑怯な手を使うことも辞さない
2:ケンシロウの名を騙って悪評を振り撒き、ケンシロウをおびき出して積年の恨みを晴らす
3:ラオウとの接触は避ける
4:どんな手段を使ってでも優勝し、北斗神拳伝承者の座を手に入れる

【桂小太郎@銀魂】
{状態}全身に打撲(行動には支障なし)、若干の疲労
{装備}ライドル@仮面ライダーSPIRITS
{道具}支給品一式 スタングレネード×2@現実 不明支給品0~1(本人は確認済)
{思考・状況}
1:かがみを守る
2:銀時たちと合流する(そう簡単に死にはしないと思っているので、この目的を優先する気はない)
3:殺し合いには乗らないが、弱者を虐げるような外道には容赦しない
4:ゲームから脱出し主催者に天誅を下す
※ライドルはライドロープ形態で懐にしまってあります。なお、Xの変身ベルトは支給されていません。
※ケンシロウ(本当はジャギ)を危険人物と認識しました。

【柊かがみ@らき☆すた】
{状態}精神的に疲労。左足にかすり傷(応急処置済み)
{装備}無し
{道具}支給品一式 不明支給品1~3(中身は未確認)
{思考・状況}
1:友人(こなた、つかさ、みゆき)を探したい
2:殺し合いのことは今は考えたくない
3:生きてみんなと一緒に帰りたい
※ケンシロウ(本当はジャギ)を危険人物と認識しました。


011:吸血鬼 投下順 013:闇の中で
011:吸血鬼 時系列順 013:闇の中で
初登場 ジャギ 036:The Great Deceiver (邦題:偉大な詐欺師)
初登場 桂小太郎 046:希望の砦
初登場 柊かがみ 046:希望の砦