AFTER_THE_PERIOD(前編)

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mangaroyale

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AFTER_THE_PERIOD(前編) ◆6YD2p5BHYs





――広いサザンクロスの片隅。参加者の突入騒ぎからは遠く離れた一角で――。
1人の小柄な人物が小脇に丸いモノを抱え、足早に通路を歩いていた。
全身タイツのような衣装。顔を覆い隠す奇妙な仮面。そして、両耳の位置から突き出した円錐形の突起。
BADANにおける下級戦闘員、『コンバットロイド』である。
身体改造を一切受けていない「ただの人間」が強化服を着ただけの、弱いが安上がりな戦闘員で――
改造人間『コマンドロイド』が量産される今では、既にその数は逆転し、かえって珍しい存在となっている。

そんな過去の産物と呼んでもいい戦闘員は、そして、そのエリアにある構成員の詰め所に足を踏み入れる。
そこには少しくつろいだ姿ながらも、状況の推移を伝える通信機に耳をそばだてる男たちがいた。
小柄なコンバットロイドは、彼らに問い掛ける。

「おい、状況はどうなってる?」
「なんだ、ボウズか。相変わらずヒマそうじゃねぇか。」
「ボウズじゃねぇ、『先輩』って呼べ。BADANに入ってからの時間なら俺が上だぜ」

コンバットロイドの言葉に、部屋の中にいた男たちがドッと笑う。どこか嘲笑の色も混じった笑いだ。
そう――この小柄な人物は、10人ライダーとの戦いで一度は壊滅した『旧』BADANの頃からの古株。
今の『新生』BADANになってから入った構成員からすれば、それは確かに『先輩』なのだが……
優秀で組織貢献度の高い人材から順に改造処置を受けている現状からすれば。
誰も明言したりはしないものの、古参のコンバットロイド、という時点で失笑するしかないのだった。
仮面の下で憮然とした表情を浮かべているであろう年下の『先輩』に、男たちはそれでも一応は応えてやる。

「なんでも参加者の1人が単身乗り込んできたらしいぜ。向こうのエリアじゃ改造人間とか出動して大騒ぎだ」
「具体的には、どの辺だ? 誰が乗り込んできた?」
「サザンクロスの、反対側の端の方さ。名前は……パピヨンとか言ってたかな。
 どうせすぐ鎮圧されるだろうし、ボウズが心配しなくてもここは影響でねぇよ」
「俺が担当してる研究室の『研究員』は、何かあったってすぐには避難できねぇんだよ。
 そんくらい知ってるだろうが」


コンバットロイドは苦々しげに言うと、部屋の片隅の端末に歩み寄る。
内部の構成員向けの情報を一通り確認し、現状を把握。
首輪を外した元参加者の侵入者・パピヨンがどう移動し、どう大暴れしているかを一通り把握して……
からかいの言葉を投げかける男たちを残して、その詰め所を出た。

そのまま廊下を歩き、角を曲がり、周囲に誰も居ないのを確認してから、彼は覆面を押し上げる。
マスクの下から現れたのは――意外と幼い印象の残る、少年の顔。
乱暴な脱色のせいか、色素の抜けた髪はかなりボサボサ。鼻の上を横切って走る大きな傷痕が目を引く。
彼はそして、ずっと小脇に抱えていた、黒っぽい球体に『話しかけた』。

「聞いたかよ! よりにもよって、『パピヨン』だぜ……! 『アンタ』の言った通りだ! これなら……!」
「…………」
「ああ、分かってる。こっからは俺の仕事だ。この『ジュクの秀(ヒデ)』……小島秀紀に任せといてくれ」

スイカほどの丸い物体に強く頷いてみせたコンバットロイドの少年は、そして懐からあるものを取り出す。
6角形をした、金属板。
錬金術の粋を集めた技術の結晶、核鉄。
組織内でも最下級に近い位置にいる彼には、あまりに不似合いな貴重品。
そしてその核鉄を握る手首には、どこか参加者の首輪にも似たデザインの腕輪が光る。
ジュクの秀、と自称した少年は、小さく呟いた。

「――武装、錬金」

        ※      ※      ※



暗闇大使は、怒り狂っていた。

パピヨンのあまりにも大胆な単身突入と、それに伴う甚大な被害。
暗闇大使としても、流石に我慢の限界を超えていた。
10人ライダーの前に一度は組織壊滅の憂き目に合い、満身創痍の所から必死に立て直した今のBADAN。
その過程で異世界の技術も取り込み、新たな人員も獲得し、大首領復活のメドも立ち。
いよいよようやく……というところで、その、実に1/3ほどもがごっそりと失われたのだ。

必ずや、自らの手で制裁を加えてやる。
そう強く誓って急行する最中にも、プッチ神父からBADAN構成員を介したメッセージが届く。
つまり――『パピヨンと交戦、一時は昏倒させるところまで行ったものの、予想以上の疲労で破られた』と。
暗闇大使はさらに急ぐ。

(プッチへの『制限』を強くし過ぎたか……?
 まあいい。一時でも足止めをしてくれたなら、この場は十分だ)

報告のあった位置は、通路を曲がったそのすぐ向こうだ。
行く手からは絶え間なく続く破壊音。どうやらなおも暴れているらしい。

暗闇大使は足音も荒く、その「かつて研究室だった部屋」へと踏み込んで――絶句した。

そこには――全てが破壊しつくされた空間には、パピヨンの姿は影も形もなく。
パピヨンの代わり、と言わんばかりの『表情』で部屋の中央にいたのは、小さな緑色の『生き物』。
植物とも動物ともつかない姿の、植木鉢の上に鎮座した『生き物』。
そして『そいつ』は、入ってきた暗闇大使の姿を認めると、『顔』を上げて。

「――にゃぁ。」

気の抜けるような鳴き声と同時に、明確な殺意を伴った空気の弾丸が放たれた。


        ※      ※      ※

……背後から響き続けていた破壊音の調子が、突然変わった。
一定の調子で放たれてい空気弾の着弾音が、ランダムで複雑な調子に。まるで誰かと戦っているように。
微かに罵声と、反撃らしき別の破壊音も聞こえてくる。
低速で走るヘルダイバーに跨りながら、満身創痍のパピヨンはチラリと背後を振り返る。

(配置した『囮』は、役目を果たしてくれているようだな……!)

『猫草』。パピヨンが泉こなたと持ち物を交換し、獲得した支給品の1つ。
その空気弾は強烈な威力を持つものの、正直持て余していた代物だ。
そのコントロールこそが一番の問題だったのだが……皮肉にもその点は、パピヨンの『敵』が用意してくれた。

(俺自身の前後の状況と状態、猫草の動きから判断するに、あの『ディスク』の効果は大体見当がつく。
 頭に差し込まれた者が、『全力で周囲のものを破壊する』……。
 俺が正気を取り戻すまでの時間と、消耗の度合いと、破壊の痕跡から考えて、そんなところだろう♪)

吐血の後が残る口元で、パピヨンはニィッと笑う。
そう、エンリコ・プッチ神父は『命令ディスク』を作り出す際、ある重大なミスを犯していた。
それは――絶対的に持久力の足りぬパピヨンに、『全力で』暴れ続けるよう『命令』したこと。
『命令』の奴隷となり、理性を失い、苦痛を感じる感覚すら失っても、体力自体が底上げされるわけではない。
こんな『命令』に突き動かされていては、人間や食料を『食べて』回復することもありえない。
そして、『持ちうる全力で』という条件に忠実に、彼は破壊に最も適した状態を選んでいた。
ニアデスハピネスを発動させて、空中に浮かんでいた。
『破壊』以外のあらゆることを後回しにし、後先考えずに『破壊』に専念していた。

結果、元より体力のないパピヨンは、すぐに疲れ果てて制御を失い――落下した。


無様に落下して、無様に床に頭を打ちつけて――『命令』のディスクから、解放された。
たまたま頭から打ち、たまたま綺麗にディスクが抜け落ちて、解放された。
誰の手によることもなく、ただ偶然によって解放された。
暗闇大使が現場に到着する、その前に。

確かにパピヨンは、エンリコ・プッチと正面から戦い、『敗北』した。
だが――この結末に気付いてしまえば、その意味すらも変わってくる。

(奴はこの俺に『勝利』したつもりだろうが……生憎こうして、俺はまだ生きている。
 スタンド『ホワイトスネイク』の手の内はかなり明かされた。知っていれば防げるものも多い。
 対する俺の手札は、分かっていても対処が困難なものばかり。
 もし『次』があれば必ずや俺が勝つ――さて、これで俺が『負けた』と言えるのかい?
 帝王にとって、過程や方法なんてどうでもよいのさ♪)

敗北ではなく、中断。
自分の幸運も、自分の実力のうち。
相手の油断や判断ミスも、相手の実力のうち。
そう思えば、プライドに無用の傷を負うことはない。反省点はあったとしても、落ち込むことはない。

ただ……『敗北』に打ちのめされずに済んだとはいえ、その身の消耗は激しかったわけで。
あのままでは、這って逃げることすら厳しかった。バイクに跨ることすら難しかった。
幸い、担いでいた荷物はパピヨンの『視界の外』に位置し、だから持ち物は全て残されており。
極度の疲労の中、彼はそれでも必死にデイパックを漁る。
回復のためには人間を捕食したい所だったが、生憎周囲にマトモな死体は残っていない。
全て焼けて焦げて灰になり、栄養にはならない。

ゆえに、震える手で口に運んだのは――手元にあった、いくつもの『チョココロネ』。
川田を殺して奪った荷の中に見つけた、高カロリーな食料。
もちろん大食漢なパピヨンにとっては、何個食べようと全然食い足りないものではあったが……
その僅かな食事のお陰で、なんとか立ち上がれる程度には回復したのだった。

 『――ねぇねぇ、パピヨンはチョココロネどっちから食べる? 頭派? それともしっぽ派?』

脳裏に蘇る、懐かしい声。
『彼女』が執着していた食べ物が、『彼女』を殺した男が持っていたものが、今ここで『彼』を救うという偶然。
そういえば結局自分はどっちから食べたのだったっけ。あまりに必死だったせいか、思い出せない。
――いや、今はそんなことはどうでもいい。
頭を振って感傷を振り払うと、パピヨンは考察を続ける。

(スタンド、記憶、視覚、そして命令……いや、最後の1つは抜き出すものではなく、差し込み専門か?
 ともあれ、俺から抜け落ちたものを猫草に差し込んだら、あの大暴れだからな)

『命令』のディスク、その機能を咄嗟に理解したパピヨンは、猫草を利用することにした。
猫草の生態は大雑把にだが理解している。光さえ遮断してやれば、すぐに大人しくなるのだ。
その頭部(?)にディスクを差し込んで、即ランドセルの蓋を閉めれば、パピヨン自身は襲われずに済む。
あとは十分に離れてから、そのランドセル「だけ」を極小の黒死の蝶で破壊すればいい。
爆煙が視界を遮っている間に通路の角を曲がり、猫草から見えない場所まで移動すればいい。
身体に負担のかかる高速走行は困難だが、ヘルダイバーという足もあったことだし。

(しかし 『ホワイトスネイク』とやら、相当に便利で応用の効く能力のようだが――
 その能力で『命令』したのが『あんなこと』とはな、『エンリコ・プッチ』!)

唾棄するかのように表情を歪め、パピヨンは自らを圧倒した敵の名を呟く。
パピヨンはプッチとの戦闘中、BADAN研究員から抜き取られた『記憶DISC』を投げ込まれている。
それにより、『ホワイトスネイク』の『本体』のことは、大雑把にだが分かっている。
容姿。体格。エンリコ・プッチという名。BADANの組織内での彼の立ち位置。BADAN構成員からの印象。
それらに自らの手持ちの情報を合わせてみれば、かなりの推察ができる。例えば。

(戦いの最中にも見た知的で冷静な姿と、この短絡的で近視的な『命令』は、少し噛み合わない。
 俺のスタミナも無視して『全力で』などと命じるのは、『普段のヤツらしくない』。
 与えた『命令』の方向としても、『パピヨン』への敵意や侮蔑が垣間見える。
 となれば――最も考えられる可能性は、『怒りに我を忘れた』ということ。
 それも、このパピヨンにトドメを刺せる、その状態になってから)

人が判断ミスをする際、その原因が怒りであることは実際多い。
そしてパピヨンに消耗を強い、操り人形のような扱いを強いる所には、『恨み』に近い感情すら感じられる。
『命令』の内容には他にも不審な点があり、それは後ほどまた検討するとして……
まず考えるべきは、何故そのタイミングで怒ったのか、ということ。

(いや、それについては考える必要すらない。間違いなく、『パピヨンの記憶を読んだから』だ。
 あの状況下であの能力。敵の無力化に成功すれば、『あの男がそれをやらない理由がない』。
 そして、俺の記憶の一部に『怒り』を覚え、あんな『命令』を選んでしまった……!)

では、パピヨンの記憶のどこがエンリコ・プッチの『怒り』の琴線に触れてしまったのか。
この『ゲーム』に連れてこられる前……は、まず無関係だろう。
恐らくは『ゲーム』が始まってからの話。それも序盤のことではなく、相当後になってからのこと。
プッチ神父の性格と組織内での自由度から考えれば、会場内の動きの概要を掴んでいないとは思えない。
そして、予め知っていたことならば、『記憶を読んではじめて』怒るとは考えにくい。
時間的なロスがあるとしたら……そう、広めに見積もっても、放送1回分、6時間ほど。
直観的にそう判断を下したパピヨンは、そして当たりをつける。

(『帝王』パピヨン――この俺の新たな名乗りが逆鱗に触れたか、プッチ!
 ……いや、『ていおうパピヨン』、確かに語呂はイマイチだな。
 これからはより華麗に、『カイザー・パピヨン』とでも名乗るか。
 とはいえ、プッチが怒ったのは語感の悪さのせいではない。
 奴の能力の使いこなしから見て、『ホワイトスネイク』に相当に『慣れ親しんで』いる。
 おそらくは、『スタンド使い』が本来いる世界の出身。
 となれば……プッチの正体は、おそらく『帝王DIO』の関係者。
 それもDIOと相当親しく深い関係にある、理解者気取りの信奉者だ――!)

きっと『誰よりもDIOを理解している』と自認していたゆえに、そこで冷静さを失ってしまったのだろう。
パピヨンなりの理解と決意に基づいて名乗った『帝王』が、DIOの下手な『贋作』に見えたのだろう。
こう考えれば、プッチのちぐはぐな行動が説明できる。
『記憶』を覗くチャンスが来るまで冷静だったことも、その後に激昂したのも、綺麗に説明できる。そして。

(そして大事なことは、エンリコ・プッチの『忠誠』の対象は、BADANという組織ではないということだ。
 彼が敬愛し傾倒していたのは、おそらくDIOひとり。
 BADANには能力を制限され首輪をつけられ、協力を強要させられていただけ。
 それにしてはDIOの参加や死には絶望もせず、反乱も試みていないようだが……
 理解者気取りの奴にとっては、DIO自体の生死よりも大事な『何か』があるんだろうな。
 例えばそう、革命家の信奉者が、革命家自身の命よりその理想を優先するように。
 なんにせよ――こうなると、あの『命令』の意味も見えてくる)

先ほど一旦棚上げにした課題――『命令』に込められた不審な点。
それは、『パピヨンを殺すことなく』『あたかも誰かに対する足止めのように』配置されたこと。
あんな『命令』を与えた、その狙い。

ここまでのプッチ神父に関する考察は、実のところさほど信憑性は高くない、とパピヨンは思っている。
まだ「こう考えれば綺麗に説明できる」という1つの『仮説』に過ぎず、『断言』できるほどの材料は手元にない。
ひょっとしたら、全く見当違いなことを考えていたのかもしれない。
だが、これだけは断言できる。

間違いなくエンリコ・プッチ神父は、BADANに対し何らかの叛意を抱いている。

(戦闘中にも少し考えたが、これはもう確定だ。奴はBADANに忠実な僕ではない。
 首輪や制限など、組織の側からも警戒されているようだが……
 何か状況が動いたか? それともBADANにはバレないと踏んだか?
 ともあれプッチは、遠くないうちに『何か』行動を起こすつもりなのだろうな。俺への『命令』も、その一環だ)

もう少し『命令』の効果が持続していれば、きっとプッチのこの企みは誰にも気づかれることはなかったろう。
『命令』に縛られ破壊活動を続けるパピヨンを、BADANの援軍が甚大な被害を出しつつも倒していただろう。
しかるに、プッチの真の狙いは『その向こう』にあるということになる。
BADANの被害を増やすような真似をして、暴れるパピヨンに注目を集めさせて、そして、その先は?

(……これ以上は、いくら考えても分からんな。判断材料が不足している。
 だが――これで、分かったことがある。
 この『BADAN』という組織には――この『帝王』パピヨンが奪い支配するだけの価値が、ない)

プッチの真意はまだ見えないが、代わりに別のことが良く分かってしまった。
そう、このBADANという組織……あまりに、『裏切り者』が多い。
それも、重要な位置に多い。
首輪の開発にも関わった『伊藤博士』は、明らかに上層部に隠れて情報のリークを行っていた。
スタンドディスクの担当者とも言える『プッチ神父』は、何やら意図を持って暗躍している様子。
放送を担当していたあの『徳川』という老人も、思えばこの殺し合いへの不満を口にしていた。
どうやら一番上にいるらしい『大首領』も、部下たちを無視して勝手な行動を取り続けている。

一言で言えば……組織として、まともな意思統一が出来ていないのだ。

突入して目撃した下位の構成員の能力も、首を傾げざるを得ない者が多い。
蹴散らした怪人の中にはそこそこの戦闘力がある者も混じっていたが、ほとんど知性というものがなく。
あれだけの数がいれば多少の連携も出来るだろうに、策もなく突っ込んでくるばかりだった。
ゆえに、パピヨンは方針を変える。

(やはり欲しいものは自分で奪い取ってこそ、ということか。
 トップだけ挿げ替え、組織の方に俺が合わせるなど、考えて見れば俺の流儀じゃない。
 必要なものだけピックアップして、後は綺麗さっぱり焼き払うのが最善か)

一度はBADANを丸ごと乗っ取ることも考えたが……そのプランは、ここで完全に破棄する。
こんな組織、貰ったところで使いようがない。
欠陥だらけの組織を奪って修復するより、自分なりの組織を1から作った方が早い。

もちろん、いくつか奪う価値のあるものはあるだろう。
錬金術に通じた蝶・天才の視点から見ても、彼らの技術は相当高いものと推測できる。
構成員の中にも、ピンポイントで釣り上げて部下にする価値のある者もいるだろう。
そう、それは例えば……

いつの間にか音も無く気配もなく、虚空から染み出るようにそこに出現していた、『仮面の男』のように。

「……なるほど、『お前』がここに居るか。その可能性は、考えなくもなかったが……」
「…………」

パピヨンの言葉にも、その小柄な人影は何も応えない。
黒い兜の中央、楕円形のミラーシールドに遮られ、その人物の表情を窺い知る事はできず。
ゆったりとしたデザインのマントは身体のラインを覆い隠し、性別すらも判然としない。
それでもその『懐かしい顔』に、パピヨンは黒い笑みを深める。
目の前にいる人物ではなく、『その向こう』にいるはずの人物に声をかける。

「それでお前は、この蝶・華麗なる帝王『カイザーパピヨン』に何の用だ?
 ニュートンアップル女学院の『仮面の男』――いや、錬金術師アレキサンドリア・パワード」

        ※      ※      ※


――ぶちり。

苛立ちと共に大きな足が踏み下ろされ、小さな『いきもの』の息の根を止める。
緑色の身体から滲み出る、血液とも草の汁ともつかぬ体液。
予想外の難敵を下した暗闇大使の顔に、しかし勝利の喜びはない。

「無駄にてこずらせおって……!」

ちっぽけな、参加者ですらない支給品、『猫草』。
しかしそれは、恐るべき強敵だった。
目視困難な勢いで放たれる、高速の空気の弾。フェイントのように混ぜられる、遅い弾。
ここは放置してパピヨンを探しに行こうと思っても、放たれた空気の枷が暗闇大使の足を縛り付ける。
不自由な体勢の中、空気弾を避けながら反撃を加えても、本能で展開した空気のクッションに防がれる。
攻防共にバランスの取れた、実に手強い相手だったのだ。

もちろん最終的には、地力の差でこうして勝利を収めたのだが……暗闇大使には、苛立ちしかない。
様々なアイテムを他世界から取り寄せ用意した側の者として、『猫草』の潜在能力は知ってはいた。
しかし、なかなか参加者の意のままにはならぬ存在だからこそ、ああやって支給品として放出したのだ。
いったいどうやってああも自在に操ったのだろう? 暗闇大使は首を傾げる。
『命令』のディスクは猫草の死に『引き摺られて』消滅し、ゆえにその謎を解く鍵は残されていない。

「親父……」
「あらあら……クスクス」
「…………(ブツブツ)」
「ウフフ。『こっちも大変なことになっていたようだな』、ですって、暗闇大使」

わなわなと身体を震わせる暗闇大使の背に、3つの声がかけられる。
ジゴクロイド。カマキロイド。カニロイド。
『暗闇の子ら』と呼ばれた、3人である。


「会場の方も大変なことになってるようだしよ、親父の指示を仰ぎたいと思って来たんだがな」
「ついでに苦戦してるようなら助けなきゃ、と思ったのだけど……また状況が変わっているようね」
「…………」

ボリボリと頭を掻く、不良風の容貌のジゴクロイド。
カマキロイドはその色気ある口元を歪ませ、老人の姿をしたカニロイドはただ無言。
彼らの言葉に、暗闇大使は僅かに落ち着きと余裕を取り戻すと、振り返る。

「ふん……何が起こった?」
「首輪をつけてる生存者が、いなくなったのよ。1人もね」
「どうも、何人か首輪の解除に成功したらしいぜ。明らかに怪しい会話が盗聴に引っ掛かってた」

ピクリ。
暗闇大使の表情が一瞬引き攣り、そして――何故か浮かべたのは、満面の笑み。
歪んだ喜悦に満ちた、歪な笑みだった。
それは、そう、パピヨンや猫草に受けた屈辱など忘れてしまうほどの、絶大な喜び。

「そうか…………クックック! これはいい!
 こうなればもう、逃げたパピヨンのことなど後回しだ。すぐに『最終段階』に取り掛からねば」
「親父? そりゃ……どういうことだ?」

てっきり怒り出すと思い込んでいた『暗闇の子ら』は、この暗闇大使の豹変が理解できず。
ジゴクロイドの問いに、暗闇大使はギュロ、とさらに笑みを深くする。


 「なに――大したことではない。『バトルロワイヤル』が、つつがなく『終了した』、ということだ」


        ※      ※      ※



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