AFTER_THE_PERIOD(中編)

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mangaroyale

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AFTER_THE_PERIOD(中編) ◆6YD2p5BHYs




――コポッ。コポッ。
無数の容器の中を循環する液体が、静かに音を立てる。
六角形を基調とした奇妙な部屋の中、2人の人物が向かい合っていた。
パピヨンと――そして、ニュートンアップル女学院の、『仮面の男』。

「よく、一目で私だと分かったわね。武装錬金だけ奪われている、とは考えなかったの?」
「なに、『スタンドディスク』の専門家、エンリコ・プッチと会ったばかりだったからな♪」

パピヨンはニヤリと笑うと、小さく指を振ってみせる。
『帝王』を名乗るようになっても、彼の明晰な頭脳は健在。筋道立てて己の推理を語っていく。

「首輪に仕込まれた、武装錬金の発動を狂わせる『闘争心誤読装置』の存在――
 BADANの技術がいかに高かろうとも、その開発には『俺たちの世界の錬金術』の知識は必須。
 そして奴らの組織体質を思えば、『優秀な研究者』の誘拐に走るのは必然さ」

『スタンドディスク』を必要としたら、プッチに首輪をつけてでも協力を強いる。
そんな彼らが、素直に一から錬金術の研究を始めるわけがない。
既に優れた技術を持っている者を連れてきて、彼らを脅して働かせるに決まっている。

「貴様であれば、その技術も能力も十分。
 なにしろ、『黒い核鉄』や『白い核鉄』を開発した核鉄研究のエキスパートだ。
 そして何より、貴様なら一度誘拐してしまえば、1人で逃げ出すこともできない。監視の手間もかからない。
 違うか、のーみそ」
「…………」

パピヨンはそう言うと、目の前の人物ではなく周囲の四角い培養槽に目を向ける。
『のーみそ』。そう、パピヨンが呼んだ通り、周囲の培養槽に入っていたのは……剥き出しの、人間の脳。
それも1つや2つではない。数十、あるいは百を越えるかもしれない数の脳が、ずらりと並んでいた。
周囲に壁のように重ねられたソレは、ちょっとした壁のような迫力を伴っている。


これが、錬金術の研究者アレキサンドリア・パワードの真の姿、真の肉体。
遥かな昔、彼女は錬金術のとある実験で大怪我を負い、首から下の肉体の機能を完全に失った。
そして7年間の意識喪失の後、辛うじて生き延びた彼女は、一人娘の協力の下に、今のこの肉体を得た。
クローン培養した肉体=脳を大量に並べた、この状態。
彼女自身の命を引き伸ばすと同時に、多数の脳の並列思考によって自らの計算能力を高めているのだ。
パピヨンの指摘に、仮面の人物は小さく溜息をつく。

「……まったく。キミは相変わらず察しが良いのね。
 ええ、キミの言う通りよ。培養槽やその維持装置も含めて、丸ごと誘拐されてきたの。
 そして、ヴィクトリアの居る元の世界に帰して貰うことを条件に、とある課題を解くことを強いられたわ。
 『誰にでも武装錬金が使えるようになる仕組み』――キミの言う、『闘争心誤読装置』の開発をね」

開発にはそう苦労しなかった。アレクサンドリアはそう語る。
元々、武装錬金には『アナザータイプ』と呼ばれるものが知られている。
他人が使用していた核鉄から武装錬金を発現させた際、『前の持ち主の武装錬金』の意匠が混じる現象だ。
それらはあくまで外見変化に留まり、性能には影響を与えないのだが……彼女は、ここに目をつけた。

『アナザータイプ』があるということは、核鉄には『前の持ち主』の『闘志の影響』が残っているのではないか。
長年愛用した道具に持ち主の匂いが染みつくように、『闘争心のパターン』の痕跡が残されるのではないか。
これをより直截的に発現させることが出来れば、『前の持ち主の武装錬金そのもの』が作れるのではないか。

そうした仮説の下に作り上げたのが、この『闘争心誤読装置』――『闘争心同調フィルター』。
『闘争本能』を『フィルター』に通すことで、一度、個性も波長パターンもない『真っ白でフラットな状態』にして。
『純粋な闘争心』は、『核鉄に残された過去の波長パターン』に『同調』し、『前の』武装錬金を作り出す――。
細かい理屈を抜きに概念的な説明をすれば、こういうことになる。


首輪として付ければ、その人物から発せられる『闘争心』の全てが『フィルター』を通ることになる。
核鉄に巻いて使えば、その核鉄に流し込まれる『闘争心』だけが『フィルター』を通ることになる。
それぞれ、『その核鉄の前の持ち主』の武装錬金を発現させることが出来る。

「後者の方法は、私も想定していなかったのだけど……
 その方法を思いついたということは、原理の概要は分かっていたようね。キミは優秀な錬金術師だし」
「フン。この程度は、少し考えればすぐに分かることだ。のーみそに教えてもらうまでもない。
 むしろ、俺が聞きたいのは……
 貴様が何故今になって行動を起こし、何故この俺に接触したのかということなんだがな。
 こうして俺を匿っているのも、BADANに知れたら大変なことだろう?
 臆病で慎重な貴様にしては、かなり大胆な行為だな?」

腕を組んだまま、パピヨンは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
今更、この蝶・天才な頭脳を褒められても何も出ない。
それより気になるのは、こうしてアレキサンドリアがBADANの裏事情を堂々と喋っているという事実。
こうしてパピヨンを自分の目の前に連れてきて、匿っている事実。
それはつまり、BADANへの裏切りの意志を固めた、ということなのだろうが……
正面からの戦いでは被害が大きい、と見たパピヨンを嵌める罠の可能性も、ないでもない。
その疑いの視線には気付いているのだろう、仮面の人物は苦しそうに告白する。

「最初の約束が、守られなかったのよ。
 いえ……最初の約束を交わした時点で、私と彼らの間に認識の齟齬があったと言うべきか」
「ほう?」
「私は『闘争心同調フィルター』を開発した時点で、解放されると思っていた……。
 けれど彼らは、その性能に納得しなかったの。
 魂なき『再生怪人』が、武装錬金を発現させることが出来なかったから」

アレキサンドリアがBADAN側から求められたのは、『誰にでも武装錬金が使えるようになる方法』。
それに応えての『闘争心同調フィルター』であったが、しかし、その『誰でも』の言葉の範囲が問題だった。
普通の人間は、例え異世界の住人であっても、核鉄を武装錬金にすることが出来た。
彼らには生きる意志が、すなわち『闘争心』があり、『闘争心』さえあればあとは『フィルター』が働くのだから。
しかし――『魂のない』再生怪人には、その、『生きる意志』がない。『闘争本能』がない。

再生怪人。それは、BADANが以前から持っていた技術だった。
戦いに倒れて死んだ怪人を、その名の通り『再生』させる技術。
しかし、幸いと言うべきか、残念ながらと言うべきか――再生させられた怪人は、元の怪人よりも弱い。
ほとんどの再生怪人は知性もなく、感情もなく、個性や人格も損なわれ。
文字通り、『魂がない』と呼ぶべき状態になってしまう。
そんな彼らに、『闘争本能に反応して発現する』武装錬金が扱える道理もなかった。

「そういえばさっき俺が戦った中にも、クモやらトカゲやらの怪人がいたな。
 ま、みな歯ごたえはイマイチだったが」
「それらはおそらく、実験的に再生された下級の怪人じゃないかしら。
 BADANは『過去に倒された強力な怪人』をゾンビのように蘇らせて、いずれ幹部の座に据えたいみたい。
 そうしておいて、数の限られる核鉄を彼らに与えたいようよ。
 十面鬼、百目タイタン、悪魔元帥……暗闇大使がいくつか名を口にしたのを、覚えているわ。
 もっとも組織の噂に名前が挙がったことはないから、まだ再生途中か、再生を計画中、ってとこでしょうね」


ともあれ、BADANの真意は『魂のない再生怪人に、異世界の強力な武器・核鉄を使わせたい』。
それ以外の部分は――例えば、今回の戦いに『闘争心誤読装置』が組み込まれたのは、ちょっとした余禄。
殺し合いの加速に使えるのならば使っておこう、程度の認識であったようだ。
ゆえに、アレキサンドリアの開発した『装置』は別のチームの手に渡り、小型化の研究が別個に行われ。
アレキサンドリアには、今度は『なんとかして再生怪人に武装錬金を使わせる研究』が押し付けられた。
今度は全く道筋さえ見えない、新しい研究。新たな課題は、遅々として進まなかった。

「……ところでのーみそ。1つ聞きたいんだが……」
「何かしら」
「お前は俺のことを『知っていた』ようだが……お前に残された『時間』は、あとどれほどだ?
 平行世界や時間軸のズレには、既に気が付いているはずだ。
 お前は『いつから来た』Dr.アレクだ?」
「…………キミは本当に察しがいいのね。冷徹で、残酷な程に……」

そう、そして新たな研究を押し付けられ、行き詰ったアレキサンドリアが反抗を考え始めた理由。
それは、彼女自身に残された『残り時間』の少なさだった。
クローン培養や培養槽などの技術を組み合わせても、本来のDr.アレクは既に100歳を越える老齢。
そう遠くないうちに細胞の限界が訪れ、彼女の組織は砂のように崩れていくことだろう。
彼女が当初BADANに素直に協力したのも、そうなる前に娘の下に帰るため。
しかし、課題を1つ仕上げてもさらなる課題を押し付けられ、しかもその解決のメドも立たないとなれば……!

「察しの通り、私が『この世界』に連れてこられたのは、キミたちと初めて会った直後。
 それから『この世界』の中で一ヶ月近くが経過して、私に残された時間は、あと僅か。
 『元の時代』に置いてきた『精製中の白い核鉄』は、きっと自動制御によって完成する頃合だと思うけど……
 それでもまだ、やり残したことがある。
 私には、娘と夫に伝えたい言葉がある。私が『終わる』前に、伝えておきたい遺言がある」
「……感傷だな」
「そうね、つまらない感傷かもしれないわね。でもそれが、臆病で慎重な私を突き動かしている、『全て』よ」


己の身の上話を一通り終え、アレキサンドリアは溜息をつく。
彼女にはもはや、BADANに与えられた課題をこなすだけの時間はない。
残された時間のうちに、彼らの要求に応え、その報酬として元の世界に帰還する望みは断たれてしまった。
ゆえに、彼女はBADANを裏切る。BADANを裏切る者に接触して、一刻も早い帰還を目指す。
アレキサンドリアの真意を理解したパピヨンは、つまらなそうに蝶の仮面を押し上げた。

「つまりは、のーみそ。
 お前は、元の世界に帰れる見込みがあるなら、このカイザーパピヨンに忠誠を誓うと。そういうことだな」
「……いつの間にキミは名前を変えたのかしら。
 まあ、『私から』の条件は、その通りよ。ただ、私『たち』が協力するための条件は、もう1つある」
「私たち? どういうことだ?」
「忘れたの? 『仮面の男』は、2人で1人。つまり――」

その言葉と同時に――『仮面の男』が、その『仮面』を外す。
その下から現れたのは、鼻を横切る傷痕も印象的な、小柄な少年。
彼は臆することなくパピヨンを見上げると、はっきりと言い切る。

「Dr.アレクの条件だけじゃ、俺は協力できねぇ。
 俺はBADAN構成員、Dr.アレク研究室の警備・雑用担当、ジュクの秀。
 俺が組織を裏切って協力したから、Dr.アレクもここまで出来たんだ。
 帝王だかなんだか知らねーけど、この俺様抜きで、話を進めるんじゃねえよ」
「ふむ。で、秀とやら。その条件とは?」

  「三影の兄貴の……怪人『タイガーロイド』の『再生』に、手を貸してくれ」

        ※      ※      ※


ジュクの秀、こと小島秀紀と、Dr.アレク、ことアレキサンドリア・パワードの関係は、一月ほど前に遡る。

早く娘の下に帰りたい一心で、BADANへの協力を承諾したアレキサンドリアだったが……
研究を進めるに当たって、『肉体』がないことが大きな障害となった。
何をするにも、やはり2本の腕は要る。

そして脳だけの存在であるアレキサンドリアは、その欠陥を補える武装錬金を持っている。
『兜(ヘルム)』の武装錬金、『ルリヲヘッド』。
特性は、その兜を被った者の肉体を支配し、自由に動かせるというもの。
だから、アレキサンドリアに核鉄と、支配するための生贄を1人渡せは、それで全て丸く収まる。
その2つさえ揃えば、すぐにでも手も足も備えた研究者となり、与えられた課題が進められるのだが。

BADANの側は当初、アレキサンドリアがその『肉体』を使って謀反を起こす可能性を懸念していたのだ。

下手にコマンドロイドの『肉体』など与えて、大暴れされては堪らない。
かといって研究員の『肉体』を与えれば、その脳内をスキャンされてBADANの機密技術が漏れてしまう。
通信要員など信用の低い新入りでは、アレキサンドリアと共謀して反乱を企む可能性もある。
またアレキサンドリアの側でも、改造を受けた怪人相手では、兜のシンクロ率が低下する問題があった。
ゆえに、『アレキサンドリアに協力し肉体を貸す人員』として、この少年のコンバットロイドが選ばれたのだ。
組織の中ではかえって珍しい、『ただの人間』。
コマンドロイドほどの戦闘力は無いから、仮に暴れだしてもすぐに鎮圧できる。
その一方で強化服を着れば最低限の戦闘力はあるから、研究室直属の護衛としてちょうどいい戦力になる。
ずっと下っ端で研究にも機密にも深くは関わってないので、脳をスキャンされても大した問題はない。
何より、壊滅前の『旧』BADANからの古顔なので、この少年が裏切る可能性は低いはず――、だったのだ。

        ※      ※      ※


「だけど、あいつらは……『今の』BADANは、三影の兄貴を見捨てやがった。
 誰よりもBADANに忠実だった兄貴を、使い捨ての駒みてぇに、見殺しにしやがったんだ」

――先ほどと同じく、六角形を基調とした奇妙な部屋の中。
つまり、『避難壕(シェルター)』の武装錬金、『アンダーグラウンド・サーチライト』内の部屋。
今の彼らの目の前には、明らかに外部から持ち込まれたと分かる、周囲と意匠の異なる水槽があった。
ちょうど棺くらいの大きさのプールの中、いくつものコードに繋がれ、沈んでいた裸の男は。

三影英介。
またの名を、タイガーロイド。
殺し合いのゲームの序盤に、定められたエリアの外に踏み出て爆死した、BADAN所属の改造人間だった。

もちろん、既に死んでいる。首と胴体とを断ち切られては、いくら改造人間でも生きてはいられない。
だがその首の傷口は繋ぎ合わされ、何やら修復が始められているようだった。
彼が浸かっているそのプール……サザンクロス内部で散々暴れたパピヨンには、見覚えがある。
秀の腕の中に抱かれた格好の『ルリヲヘッド』が振動し、その推理を補足する。

『このシステムは、私がBADAN側に無理を言って提供してもらったものよ。
 『再生怪人に核鉄を使わせたいのなら、再生怪人を作るシステムごと調べさせてくれ』――そう言ってね。
 技術の一端でも掴めれば何かに利用できると思ったのだけど、こういう風に役立つとは思わなかったわ』
「兄貴の身体は、昨日の夜中に、俺が『ヘルメスドライブ』の核鉄を使ってこっそり回収してきた。
 まだ、BADANの上の連中は気付いてないはずだぜ」
「なるほど。『アンダーグラウンド・サーチライト』と『ヘルメスドライブ』のダブル武装錬金か」

『闘争心誤認装置』の開発に成功したアレクサンドリアは、それよりBADANの信頼をも得た。
『ルリヲヘッド』の核鉄のみならず、避難壕や探知機(レーダー)の核鉄をも貸し出させることに成功したのだ。
『アンダーグラウンドサーチライト』は、よりよい研究環境を作るために。
『ヘルメスドライブ』は、核鉄の方に手を加えて再生怪人にも使えるようにする実験の材料、という名目で。
それぞれ、無期限の貸与を受けていた。

パピヨンは思い出す。通路で『仮面の男』と出会い、この場所に来るまでのことを。
あの時も、『仮面の男』は音も無く姿を現し、そして、音も無くパピヨンと共にこの部屋に移動した。
『探知機(レーダー)』の武装錬金、『ヘルメスドライブ』の特性は『索敵』及び『瞬間移動』。
当然そこには、その武装錬金の使用者が要る。アレキサンドリア以外に、自発的な協力者が必要となる。
ニュートンアップル女学院の、いやBADANの『仮面の男』も、2人で1人。
アレキサンドリアと秀が協力してこそ、こうして行動を起こすことが出来たのだ。

ただ、秀は既に『アンダーグラウンド・サーチライト』を展開している。
武装錬金の展開自体は、その手首につけた腕輪――『闘争心誤読装置』の試作型で補えるとしても。
ここにもう1つ『ヘルメスドライブ』を展開するのは……『ただの少年』に過ぎない秀には、相当な負担だ。
ダブル武装錬金という大技、本当ならば、軽い気持ちで素人がやれることではない。
いったい、何が彼をここまで駆り立てるのか。

「兄貴が……三影の兄貴がいたから、俺はこのBADANに入れたんだ。
 兄貴が居なきゃ、俺はきっとまだあの街で、クズみたいな生き方を続けてたと思う。
 その兄貴が、何も教えられずに、こんなバカなイベントに放り込まれて、こんな姿になっちまって……。
 俺、もう今のBADANには、ついていけねぇよっ……!
 こんなの、兄貴が認めてたBADANじゃねぇっ……!
 散々無茶苦茶なことはしてはきたけど、俺たちが信じたBADANは、身内に対してこんなことしねぇ!!」

秀は拳を震わせる。
誰よりもBADANに忠実で、誰よりもBADANに自らの存在を賭けていた三影英介、タイガーロイド。
だが、その彼を当のBADAN自身があっさり裏切って見せたのだ。
三影との縁でBADANに入り、三影に心酔していた少年が組織を見限るには、十分過ぎる理由である。

「……ここにいる『三影英介』は、お前の知っている『三影英介』ではないかもしれないぞ?
 下手をすれば、お前の存在すら知らない可能性がある」
「分かってる。てか、ンなこともう知ってる。
 『俺の知ってる過去』の中じゃ、兄貴は10人の仮面ライダーとの戦いで、正々堂々戦って散ったんだ。
 俺、頭はあんま良くねぇけど……Dr.アレクに何度も説明してもらったから、もう分かってるよ」
「再生怪人は、魂がなくなるんだろう? 蘇ってもお前のことなど理解できないかもしれないぞ?」
「それも、とっくに散々Dr.アレクに言われたよ。
 それでも目の前に兄貴がいるなら……兄貴が蘇るかもしれない方法があるなら、じっとしてられねぇよ!」

秀には、圧倒的な力への憧れがあった。BADANへの忠誠心もあった。
けれども、最も強い動機をあえて探すのならば、それは三影への激しい憧憬なのだった。
三影のためなら、危険だって犯せる。
三影が愛した組織も、裏切れる。

「Dr.アレクのお陰で、ここには怪人再生用の設備は整ってるけど……時間が、足りねぇんだ。
 普通に三影のアニキを再生しようとしたら、何日も時間がかかる。俺たちにはそんなに時間がねぇ。
 それで、あんたなら既にある技術に手を加えて、間に合わせることが出来るかも、って言うから……!」
「それで俺に泣きつく気になったと。まあ賢明だな」

アレキサンドリアの寿命は、すなわちBADAN上層部に隠れてタイガーロイドの死体を隠し持てる限界時間。
彼女が死ねば、おそらくすぐにこの研究施設の設備は取り上げられる。秀1人で反抗を続けるのは難しい。
大体、そう頭の良くない秀だけでは、再生怪人を再生させる原理も理屈も分からない。

パピヨンは思案する。
怪人を再生怪人として蘇らせる技術――設備と手引書が揃っているなら、きっとパピヨンにも理解できる。
素早く分析し独自のアレンジを加え、再生に要する時間を一気に短縮できるかもしれない。
蝶・天才たるパピヨンが得意とするのは、他人が開発した技術の『応用』と『発展』。
ドクトルバタフライの『再生フラスコ』を応用発展させたり、短時間で『白い核鉄』を完成させたり……
既存の技術を踏まえ、自分なりの創意工夫を加え、時間短縮を図るのは得意中の得意と言っていい。

「ふむ、ついでに『クローン技術によるホムンクルス再生』の技術も織り込めば、面白いことになりそうだな。
 ちょうど片手間に、以前部下だった動物型ホムンクルスを蘇らせる研究をしていたところでな。
 理論上は、知性も蘇る。『魂がない』という状態には、ならないはずだ。
 ま、ホムンクルスと改造人間では勝手の違う所もあるから、上手く行くかどうかは分からないが……」
「で、出来るんだな!? 三影の兄貴を、ちゃんと生き返らせられるんだな!?」
「まあ、五分五分といったとこだがな。時間を短縮しようと思ったらさらに確率は下がる」
「兄貴が生き返ったら、きっと手を貸してくれる! 裏切ったBADANと戦ってくれるはずだ! だから……!」
「俺としても三影英介は『興味のある』相手だ。が……」

詳細名簿で読んだ三影のプロフィールを思い出し、パピヨンは自らの顎を撫でる。
『偽善者』を嫌い、力を信奉するその態度。名簿を見ていて、一度会って見たかったと思った相手の1人だ。
その能力を考えれば、『帝王』パピヨンの部下に加えられるなら加えてやりたい。そう思う。
とはいえ……。ここで素直に頷いてしまったら、それはもう『パピヨン』ではない。彼にも譲れぬ哲学がある。

「だが、NON! この俺が素直に貴様の願いを聞くと思ったら、それは大間違いだな」
「ちょっ、なんでだよ!」
「蘇った三影に、俺のために働いて貰うのはもちろんだ。だがジュクの秀、お前は何が出来る?
 帝王たるこの俺を働かせる代償として、お前は何を差し出せる?」
「……何が望みだよ。俺に出来ることなら、何でもやるぜ!?」

必死な想いの滲む、秀の言葉。そしてパピヨンは、ニタァッ、と黒い笑みを浮かべた。

「なに、大したことを頼みはしない。
 無能ゆえに今のポジションに配置された貴様に、俺は何も期待していない。
 だが今の俺は、何をするにも消耗しきっているのでな。
 だから――ジュクの秀。
 抵抗せず、素直にこのカイザーパピヨンに、『餌』として『糧』として、命を捧げろ。
 そうすれば、三影を『蘇らせてやってもいい』」

        ※      ※      ※


パピヨンは、不完全ではあるがホムンクルスである。

食人衝動は一切ないが、その最高の食料は『人間』だ。
それ以外のモノでエネルギーを補給しようとすれば、莫大な量が必要になってくる。
彼自身、その生態を一度は封印していたが……こなたの遺体を『喰って』からは、再び解禁していたわけで。

そして、今。
『帝王』のプライドゆえに、平気な様子を装ってはいたが……パピヨンは、疲労の極致にある。
プッチ神父の『命令』で大暴れした挙句、一度は墜落までした身だ。
数個のチョココロネを貪った程度では、全然足りはしない。

「俺は『人喰いの化物』だ。この消耗しきった身体を癒すには、人間を喰らうしかない。
 だが不幸なことに、このBADANには喰えるような『人間』がそもそも少なくてな。
 ホムンクルスが他のホムンクルスを捕食できないように、改造し過ぎた改造人間も、どうやら捕食できない」
『ぱ、パピヨン君! それなら……』
「のーみそは黙っていろ。俺は今、この秀という男と会話をしている。『なんでもやる』と言ったのはこの男だ。
 あんまり五月蝿いようだと、培養槽ごと叩き割るぞ」

パピヨンは近くの培養槽を軽く叩いて、アレキサンドリアを黙らせる。
命を差し出せという、あまりの要求。声の出ない秀の顔を、歪んだ笑みを浮かべて覗き込む。
その恐怖混じりの表情は、既にアレキサンドリアから『ホムンクルス』の生態を聞いているのだろう。

ここまでの疲労の極致にあれば、長時間集中して作業を続けるのは難しい。
三影の早期再生、という目的には、明らかに障害になる。
さりとて、核鉄と休息で回復を待つには、時間がない。
外に出て適当にBADANの人間を襲うのも論外だ。せっかく上手く隠れたのに、あまりにリスクが大きすぎる。

「それに、命の代価には、やはり命が相応しい。そうは思わないか?」

パピヨンの楽しそうな問い掛けに対し……しばし、沈黙。
俯いていた秀は、そして絞り出すような声で答えた。

「…………分かった」
『秀君ッ!?』
「だけど、パピヨンッ!」

少年は叫びながら顔を上げる。
ジュクの秀。そう名乗っていた、新宿の裏通りをうろつく安っぽいチンピラ。
世を恨み捻くれ果てて、力だけを求めてBADANに入り込んだはずの、少年。
BADANの組織の最底辺で、改造処置の順番が回ってこないことを愚痴ってばかりいた彼。
その彼が――今は、憧れの兄貴のために。

「パピヨンッ! 俺は死んでもいいからっ! 絶対、絶対兄貴を生き返らせてくれっ!
 でないと……でないと俺、恨んで出るぞっ! ええおいっ!」

涙が溢れる。顔が歪む。
今きっと自分はとても酷い顔をしているに違いない、そう、秀は思う。
はっきり言って死ぬのは嫌だし、怖いし、悔しい。何で俺が、と思わなくもない。
まだまだやり足りないことはいっぱいあって、何より、三影の兄貴にもう会うことは出来ない。
これで三影が復活するとしても……秀自身は、その三影と会うことは出来ない。

ぽん、と秀の頭の上にパピヨンの手が乗せられる。
Dr.アレクが以前した説明によれば、『ホムンクルス』はこうやって掌から人間を喰らうことが可能だという。
死をもたらす『人喰いの化物』の手の感触に、秀は、『これが兄貴だったらな』と、意味もなく考えていた。

――ああそうだ。きっと俺は、兄貴に、認めて欲しかったんだ。

        ※      ※      ※



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