Bellis perennis ◆1qmjaShGfE


見上げると照明が少ないせいもあり、上が見通せない程高い天井。
通路の幅もその高さに見合った大きさで、人が三人通るには過ぎた広さだ。
余りに大きすぎる空間は、自らがそこに不釣合いなのでは、との疑念を人に抱かせる。
招かれざる客人も落ち着いて周囲を見渡す余裕が持てた時、そんな不安に苛まれるのではないだろうか。
ごつごつとした岩肌、所々整備した後が見られるが、外から見た時確認したあの大きさ全てを整える余裕は無かったようだ。
物資運搬の為であろう、床面だけは綺麗に舗装されている通路に、奇怪な生物が居た。

口の端を醜く歪めたまま女であったモノは、硬質な殻を持つヒトガタへと変わる。
鎧のように外骨格を重ねた上半身、胸部のふくらみがかつて女性であった事を示している。
また右腕の半ばから先は反りのある長い刀のようになっており、頭部の形状と相まってデザインベースが蟷螂であったと教えてくれる。
「ねえ、一つ聞きたい事があるんだけど、貴方達の……」
完全に変態を終えたカマキロイドは、どうやって発声しているのか不思議でならない口からそんな言葉を呟きつつ、そちらは人と同じ形状の左腕を上げる。
同時に赤木が動く。
腰のベルトに挟んであった454カスールを抜き、正確に、しかし素早く両手で構えるとカマキロイド目掛けて引き金を引く。
三発、連続で放った所で赤木は反動による腕の痛みに眉を顰め、銃を降ろす。
銃弾は赤木の狙いから僅かにそれるも、カマキロイドの左腕肘の部分に一発だけ命中する。
カマキロイドの外骨格が大きく砕け、左腕が弾かれるように後ろに引っ張られる。
銃の威力に大きく目を見開くカマキロイドだったが、それでカマキロイドの目論見を止める事は出来なかった。
「息を吸うな!」
赤木の鋭い叱咤は、しかし赤木発砲と同時に踏み込んでいたヒナギク、エレオノールには遅きに逸した。
小さい悲鳴と共に、駆け寄った勢いそのままに大きく転倒する二人。
「嘘、体が……」
「毒!? いつのまに!」
二人共必死に体を動かさんとするも、全身に液状のコンクリートでもぬりたくったかのように体が重く、思うように動けない。

カマキロイド、会話を続けつつ左手五本の指先から放たれる麻痺毒により三人の拘束を狙う。
赤木、毒の存在は知らないがその挙動がカマキロイドによる策略であると見抜き、その基点と思われる左手を銃にて狙う。
会話を続けるつもりであったヒナギクとエレオノールの二人だが、赤木の発砲を知るなり戦闘開始とみなし突進。
この広い空間では散布が不十分であったが、カマキロイドの周囲にはすぐに麻痺毒が展開され、これによる影響を受け二人は転倒。
以上が戦闘開始から五秒間の出来事だ。

それと予想し、注視していなければ気付けないカマキロイドの左手からの毒の流れを見てとった赤木は、躊躇無く二人を見捨てる逃亡の道を選んだ。
敵に背中を見せ、通路を駆け戻りながら赤木は叫ぶ。
「……左腕だっ!」
ヒナギクにしてもエレオノールにしても、ここでの赤木逃走を責める心積もりは持っていないだろう。
ならばこの行動はマイナスにはならない。
曲がり角を曲がった所で一息入れつつそんな事を考える赤木。
ほんの数秒で周囲に展開される毒、致死毒かどうかの判別はつかないが、即死毒でないのは幸いである。
しかしこの攻撃は対毒装備を持たぬ者にとっては、絶対的な優位を誇るだろう。
現に赤木は範囲外へと逃げる以外の選択を取り得ず、残る二人も通常ならばあそこからの逆転劇は望み薄だ。
ならば残された二人は、もう餌食になった頃であろうか。
否、赤木シゲルはそのようには考えない。
生き残った三人の女性の内、柊かがみを除く二人の女性を、赤木は自衛能力も無い無垢な一般人だなどと思ってはいなかった。
この場でのキーパーソンは桂ヒナギク。
彼女が動けばまだまだ場は荒れる。
それは同時にヒナギクが命を賭ける事にもなるのだが、あの女はそこでは怯まない。
むしろ注意すべきはその蛮勇。冷静に現状を見つめ対処するという鉄火場において最も重要な要素が欠けている点だ。
そこを丁寧に拾ってやれば、桂はまだまだ戦える。
拾いきれれば、だが。
ほんの少し吸っただけであろうに、震えの来ている指先を見ながら、赤木は次なる手を講じ始めた。



銀髪の男の臆病さは計算外だった。
話をしながら麻痺毒の散布を行い、一番弱い者からいたぶり殺そうと考えていたのだが。
こちらが少し身動きした程度でいきなり発砲してきた。
左手の麻痺毒を知っていた訳でもあるまいに、腰抜けにも程がある。
挙句、仲間が二人倒れると見るや後ろも見ずに逃走とは、先ほどの大言壮語は一体なんだったのか。
余りにアホらしくて相手をする気も失せてしまう。
とか言いながらも生かして帰す気はさらさらないカマキロイド。
後でコマンドロイドにでも命じて生きたまま連れてこさせようと心に決め、まずは目の前に無様に倒れ臥す二人をイビる事にした。
カマキロイドが現れた時の三人の挙動を覚えている。
臨戦態勢に入ったのは三人共だが、女の方の銀髪は、僅かにもう一人の女を庇うようなそぶりを見せたのだ。
それはつまり、庇われた方がより弱いという証。
「なら、まずはピンク髪の可愛らしい子からね」
目尻が上がる。人に在らざる容姿ながらもその感情表現は変わらない様子。カマキロイドは笑っているようだ。
地に臥す二人の女の前には手から零れ落ちた木刀と、精緻な人形が滑稽な様で転がっている。
呆気ないものね、そう呟きながらもこれから始る阿鼻叫喚の時を想像すると、我知らず笑みが零れてしまう。
やはり苦しめるのなら強者か女子供に限る。
まずは顔から入るか、それとも手足か、そんな事を考えながら一歩、一歩と二人に近づく。
「あら? 貴女達他にも武器持って無かった……」
顔を伏せたまま、ヒナギクとエレオノールの二人は同時に叫んだ。

『武装錬金!』



体が動かないと見るや、ヒナギクは核鉄を解除する。
エレオノールが毒と口にしてくれたおかげでその可能性にはすぐに思い至れた。
ならば、核鉄の治癒能力で回復しうる可能性がある。
隣に倒れるエレオノールも同じ判断を下した模様。ちょっと嬉しかった。
カマキリ女がすぐさま飛び込んできたら、前に転がりながら木刀村正を手にとってその攻撃を受け止めるつもりだった。
体中は痺れているが、そのぐらいは動ける。いや、動いてみせる。
しかしカマキリ女はより毒が効果を発揮するのを待っているのか、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
確かに、体の痺れは時間を増す毎に酷くなってくる。
赤木さんは左腕と叫び、カマキリ女の左腕に銃撃をした。
何故そう思ったのか理由はわからないが、おそらくあそこが毒の基点なのだろう。

ならばまずはあれを叩っ斬る!

カマキリ女が間合いに入ると同時にヒナギクは動く。
バルキリースカートを展開し、動かない体の代わりにバルキリースカートの刃を使って空中高くへと舞い上がる。
脱力した状態でバランスを取るのは困難な作業であったが、気合とか根性とかその辺の物でカバーする。
狙いを定めてバルキリースカートの刃を振りかぶると、エレオノールがエンゼル御前にてカマキリ女の動きを止めてくれているのが見えた。
あの矢が刺さらない外皮には少し驚いたが、矢が当たる度に体が大きく跳ねている。あれならこちらの攻撃をかわすのも難しいはず。
『エレオノールさんエライ! 後は任せて!』
必死に身をよじってかわそうとするカマキリ女、本当は右手の刃でヒナギクを迎撃したいのだろうが、エレオノールの放つ矢がそれを阻害していた。
目線のフェイントは通じてくれたようだ、カマキリ女はこちらの狙いが頭部であると誤解している。
着地後の態勢なんて知らない。とにかくあの毒を何とかするのが最優先。

ヒナギクの四本の刃を一つにまとめた一撃必斬は、カマキロイドの左腕肘の部分を切り裂き、見事左腕切断に成功したのだった。

両手足を地面について、着地をしようと考えたヒナギクだったが、最早体はピクリとも動いてくれなかった。
顔、胸部、足の順に地面に激突するも、全身が麻痺しているせいかあまり痛く感じなかった。
慌ててバルキリースカートを使って立ち上がる。
体を立った状態で固定するぐらいには、まだ力は残っているらしい。
通路に響くカマキリ女の悲鳴。
改造されてても痛いものは痛いんだ。うん、これなら公平よね。などと愚にも付かない事を考える。
自分は麻痺のおかげで大して痛く無いという事実は知らん振りらしい。
エレオノールは上半身のみを起こした体勢で、ぶるぶると震えている。

ありゃりゃ、やっぱりエレオノールさんも動けないか。でも私と同じ状態のはずなのに、半身を起こしてるのって凄くない?
うわっ、自力で立ち上がり出したし。
でもあの状態じゃとてもじゃないけど接近戦何て無理だろうし、ここは私が何とか……

ヒナギクがエレオノールを庇うべく前に移動しようと考えた時、視界の端に赤木の姿が見えた。
こちらを見ていた赤木は、ヒナギクと視線が合うと一度だけ頷く。
『赤木さん最高っ! 貴方きっと良いお嫁さんになれるわよ!』
ヒナギクはエレオノールの前に立つのを止め、カマキリ女にバルキリースカートにて斬りかかる。
カマキリ女も動揺から立ち直ってこれを受け捌く。
バルキリースカートの可動肢は全部で四本。この内三本を移動と姿勢維持に当てている為、振るえる刃は一本のみである。
真横から薙ぎ払うように振るわれるカマキリ女の剣。
それを前へと踏み込み、剣の根元を押さえて受け止める。
半ばや先端部分を受けるよりずっと少ない力で済むはずのこの受け方でも、ヒナギクを大きく後退させるに充分であった。
三本の可動肢を器用に用いてバランスを取り、再度斬りかかる。
ここで他所に手を出す余裕を与えてはならない。
何故なら、身動きの取れないエレオノールを赤木が抱えて移動している真っ最中なのだから。



大きく息を吸い、赤木は立ち上がろうともがくエレオノールへと走り寄る。
バルキリースカートを持つ桂ヒナギク以外が、今の状態で接近戦を行うのは不可能。
毒散布の元は断ち切ったが、ばら撒かれた毒が拡散しきるにはまだ時間がかかるだろう。
間の悪い事に、エレオノールの両手にはあるるかんへと伸びる糸が括りつけられたままだった。
これを一々外している暇も無いし、後で必要にもなる。
両脇にそれぞれエレオノールとあるるかんを抱え、通路の奥へと向かう赤木。
糸が絡まるのはもう仕方が無いと割り切る。赤木にも見た目程余裕は無いのだ。
息を止めてはいるが、全身がじわりと痺れ始めている。
呼吸を止めても影響は受けるらしい。強力無比な武器だ、カマキリ女が強気なのも頷ける。
初めに毒の影響範囲に入った時は、皮膚にぴりっと来るような気配があった。
しかし、それも今では感じられない。皮膚感覚が麻痺してきている。
最初に自分が隠れていた場所と同じ距離を取れば、とりあえずは平気だろうと目星をつけて走る赤木。
「アカギ! 毒の効果範囲は抜けました! ヒナギクの援護をしましょう!」
予定していた地点より少し近い距離だったが、エレオノールは毒の範囲を感じ取れるらしい。
あの毒の中で立ち上がった事といい、エレオノールの体力は常人のそれを大きく上回っているようだ。
エレオノールとあるるかんを降ろすと、赤木はエレオノールの手から核鉄エンゼル御前をひったくる。
不意打ちだったせいであっさりとそれを許したエレオノールの手元に、代わりにシルバースキンの核鉄を放る。
「核鉄のまま持っていろ……指示があるまで一歩も動くんじゃないぞ。お前には一刻も早く回復してもらわければならないんだからな……」
そう伝えるとエンゼル御前を呼び出す。
「おーっし出番だなエレノン! ……ってエレノンの鼻高っ! どんだけ派手な嘘ついたんだよ!」
御前のボケをガンスルーで淡々と告げる赤木。
「桂に当てず、可能な限り数を放て。牽制になるのなら当たらなくても構わん」
更なるボケを口にしようとした御前だったが、弓を構える赤木の腕が震えている事に気付いて真顔になる。
「任っせろい! アカギンも踏ん張ってくれよ!」



壁に叩きつけられるのはこれで三回目だ。
全然痛くないので気にもしていないが、時折視界がぼやけるのは恐らくこのせいだと思われる。
このカマキリ女、他の怪人とは格が違う。
バルキリースカート一本では、攻撃を受ける事すら難しい。
しかし姿勢制御に用いている三本を攻撃防御に回す事も出来ない。
三本による機動だからこそ、カマキリ女のスピードについていけているのだ。
通路には充分な広さがある。最初にやったように上に飛びあがっての斬り降ろしを狙いたい所だが、生憎カマキリ女がそれを許してくれなかった。
発狂でもしたかのように右手の剣を右に左にと振り回す様は、何処にでもいるヒステリー女そのものであったが、そこに怪人のパワーが組み合わさると始末に終えなくなる。
ほんの一瞬でも集中を切ったら終わりだ。
もしかしたら集中を切らなくてもこのままジリ貧なのでは、といった事をヒナギクは一切考えていなかった。
この剣撃をかいくぐり、いかにしてカマキリ女を斬り倒すか。それのみを考えていた。
そして今はともかくこの剣を捌き、凌いでカマキリ女のスピードに慣れようと。

桂ヒナギクは決して愚か者ではない。
毒の影響で体が動かなくなっているのなら、解毒措置を取らなければ、いかに毒の散布を止めたとしても、症状は改善されないであろう事もよくわかっている。
このまま症状が進めば、体を支える事も出来なくなり、戦闘続行不能になるであろう事にも気付いている。
それでも尚、ヒナギクに恐怖は無い。
範馬勇次郎に挑んだ時同様、狙いを定めたならば、それ以外の事は一切気にしないと心に決めているのだ。
思考停止、と言い換える事も出来る。
自身を省みる事、そして敗北の可能性を一切無視するそれはまさしく蛮勇と呼ぶに相応しい。
しかしそれによってヒナギクは命を長らえていた。
桂ヒナギクの人生において、正真正銘の殺意を向けられたのは数える程しかない。
これはそんなヒナギクが、当たれば死ぬ攻撃に恐怖せずに立ち向かう為、自然と身につけた手法なのだ。
恐怖は覚悟や技術や能力を容易く駆逐する。
ならば恐怖を乗り越える事こそ最も重要であると、ヒナギクは理性ではなく感性で悟っていた。
そこに彼女の非凡さが現れている。
平凡な学生の一人でありながら、女性参加者の中では五本の指に入る肉体能力を持つ彼女。
戦乱の最中ではない、穏やかな日常の中でそんな自らを作り上げた彼女の意思の強さは特筆に価するであろう。
そんな彼女だからこそ、たったの一日半で一般人と呼ばれるような環境からの参加ながら、改造人間幹部と不利な状況で渡り合うなどという真似が出来る程に成長しえたのだ。

一本の刃も欠ける事なく、赤木からの援護を受けるまでカマキロイドの攻撃を凌ぎきったヒナギク。
その体がゆっくりと崩折れる。
支えにしていたバルキリースカート三本の刃が少しづつ力を失い、両の膝が地面に付くとそのまま内股座りにぺたんと座り込む。
俯いて荒い息を漏らしている所からまだ意識はあると知れるも、疲労の為かはたまた麻痺のせいか、敵を眼前にしながら戦闘態勢を解いてしまった。
赤木と御前の放つ矢に皮膚の各部を砕かれながらも、ヒナギクの様を見たカマキロイドは従来の余裕を取り戻す。
力尽きたヒナギクを他所にカマキロイドは赤木とエレオノールの方を振り返る。
「ようやく来たわね」
二人の居る場所、更にその奥からコマンドロイドの群れが姿を現していた。
あの二人もまた麻痺の影響を受けている。
随分とてこずらせてくれたが、どうやらこれで決着となりそうであった。



「ヒナギク!」
そんな悲鳴と共にエレオノールが立ち上がる。
「行くな」
すぐに赤木に止められるが、聞く耳持たず、あるるかんを操らんと両手を振り上げる。
「まだ万全には程遠いだろうが、お前の相手はあっちだ」
聞く耳を持っていなさそうなのは赤木も同様であった。
御前にカマキロイドの牽制をさせながら、赤木が顎で指した方向からは複数の足音が聞こえてきていた。
歯軋りをしながらヒナギクと足音の来る方向を交互に見やるエレオノール。
「桂は俺が踏み込めば救う手立てはある。お前はあの足音……おそらく人型の改造人間……を抑えろ。だが核鉄は使うな。お前の回復が俺達の生命線だ……出来るか?」
覚えたての感情であるが故に、制御する術に乏しいエレオノール。
赤木の言葉の正しさは理解出来ても、あんなにも頑張ってくれたヒナギクの援護に行けないというのを自身に納得させられないでいる。
不安におののき肩を怒らすエレオノールに、赤木は底知れぬ深みを持つ目とまるで戦場を感じさせない物静かな笑みを見せる。
「二体までならこっちに流しても構わない。それで何とかしろ」
エレオノールがどんなに焦燥に駆られようと、仲間達がどれほどの危機に陥ろうと、決して揺らぐ事なく次々と正しい対処をしていく赤木。
先の先を見越す先見の明、予期せぬ事態にも迷う素振りすら見せず淡々と決断を下していく冷静さ、そして何よりエレオノールの心を掴んだ事がある。
先ほどはヒナギク、そして今はエレオノール。いずれも覚悟を決めてこの場に来ている二人に、命を賭けよと指示を下してくれる事。
そしてそんな二人を決して見捨てず、何処何処までも冷静に救う手立てを用意している事。
かつての師を思わせる頼もしさに、エレオノールも冷静さを取り戻す。
「……わかりました。ただの一体とてそちらには向かわせません」
更に深く口の端を上げた赤木のそれは、きっと自分がそうさせたのだろうと思うと少し誇らしかった。
痺れる指先に鞭打ってあるるかんを立ち上がらせ、遂に姿を現したコマンドロイドへと向かうエレオノール。
同時に赤木も毒素漂う戦場へと飛び込んで行った。



まっずいわこれ。体だけじゃなくてバルキリースカートも動かせなくなっちゃった。
あ、いや、多分全力出せばもう少しやれると思うわよ。
でもねぇ、流石にそれだけであんのカマキリ女に一撃入れるの無理っぽいわ。
だからこうして身動き取れなくなったフリをして油断を誘ってるんだけど……いや~、参ったわ。
ヤられたフリしてみたら、本当に脱力しちゃったもんでこの項垂れた首上げるのもちょっと無理っぽい。
足元を見下ろしている視界も、少しずーつ狭くなってきてるみたい。
やっぱり調子に乗ってやられすぎたかしら。あっちに飛ばされこっちに飛ばされ、今自分の体がどうなってるのか想像するのが怖いわね。
別に気を抜いたつもりはないんだけど、矢による援護が来たと思った瞬間、バルキリースカートが言う事きかなくなっちゃって。
油断を誘うなんて事言ってるけど、他にどうしようもなくなって膝、ついちゃった。
良く考えてみれば、この状態でどうやってカマキリ女が踏み込んで来るタイミングを見定めるのよ。
あー、もう、どうしてくれよう、私のバカバカバカ! ……あ、誰かの足が見える。

「飛べ!」

赤木さん! 貴方は何て頼れる人なの!
さっきのエレオノールさんを連れて行ってくれた事といい、貴方にはもう借りてばっかりで、どうやって返したものか思いつかないぐらいよ!

赤木の合図と共にバルキリースカート四本を使って宙を舞う。
眼下には元々見れたものじゃない奇怪な顔をしたカマキリ女が、更に相貌を歪めてこちらを見上げている。
この体勢ならばバルキリースカート四本同時使用が可能だ。
きっとこれが最後のチャンス。あらん限りの力を込めて、頭と言わず、胴と言わず、腕と言わず、足と言わず、

何処もかしこも微塵斬りにしてあげる!



斬りつけた結果がどうであろうと知った事かとばかりに、とにもかくにも着地の瞬間まで可能な限り何度でも斬りつける。
そんなヒナギクの斬撃回数、二十七回。
絶対に外さないであろう間合いでありながら、刃のコントロールを失敗して外した攻撃が三回。
命中二十四回の内、勢い余って自分にまでかすってしまった斬撃が二回。本当麻痺してて良かった。
中空にて暴れるだけ暴れた後、べしゃっと大地に落ちるヒナギク。
カマキリ女はどうなったのだろうか、倒れた自分の視界からはその姿は見えない。
確認の為首を動かそうにも、もう指一本すら動いてくれそうにない。
全身びりびりに痺れていて色んな感覚も麻痺しているのに、不自由無く目も見えるし耳も聞こえる不思議は結局解決される事は無かった。
そういう毒なのだろうと思っていたのだが、不意にその理由に思い当たる。
きっとカマキリ女は、動けない相手を見ながら下品に笑うのが楽しいのだ。
そして勝ち誇るカマキリ女の姿を、声を、相手に知らしめてやりたくて仕方が無いのだ。
うん、そうだ。そうに違いない。カマキリ女はそんな性格の捻じ曲がった嫌な奴なんだ。
でもなければこれだけ体が動かないのに、口汚く罵るカマキリ女の声だけは聞こえてくるなんて嫌がらせな現状を、納得出来そうもない。
「キサマアアアアァァァァァ!!」
全く、もう少し女らしくしたらどうなの? そんなんじゃモテないわよ?



御前の矢はカマキリ女に命中している。
しかし、外骨格に阻まれて効果的な打撃を与えているとは言いがたい。
二人に駆け寄りながら赤木は次々と御前に指示を出す。
右腿上部、頭頂左目、左脇腹下部、刃の先端部等々。
カマキリ女の行動を阻害する、それのみを目的とした射撃は御前の精密射撃により次々と実行に移される。
もちろん奴も案山子ではない。動き、かわし、矢を跳ね飛ばしてその半分は弾かれる。
それでいい、完全にこちらに注意を向けさせられればそれで充分だ。
奴の立ち位置も調節しなければならない。
桂はそう遠くまで飛ぶ事は出来なくなっているだろう。
そうだ、その位置だ。そこに立ったお前は、物のついでと視界に入った桂にトドメの一撃をくれんと剣を振り上げる。
「飛べ!」
桂はまだ余力を残している。座り込んだ姿勢で倒れずにいる事がその証。
なら何故桂は動かない。決まっている、隙を誘い最後の一撃に全てを賭ける為だ。
俯いた状態でもその位置ならば奴の足が桂の視界に入る。例え声が聞こえずとも動くだろう。
案の定桂は飛びあがって剣をかわし、これが最後とばかりにカマキリ女を滅多斬りにしてみせた。
全身から血を噴出すカマキリ女。
赤木の集中力が最も高まったのはこの瞬間だ。
ここからカマキリ女の眼前にたどり着くまでが、勝負の決め手となるのだから。
「頭部に集中攻撃。殺すつもりで重いのを撃て」
ヒナギクの連撃により全身から血を噴出すカマキリ女に対し、御前が矢の集中砲火を浴びせかける。
これまで赤木は牽制目的での速射を御前に命じてきた。
それをここに来て倒す目的の攻撃へと切り替える。
赤木の目はヒナギクに削り取られたカマキリ女の外骨格へと注がれている。
見極めるべきは、カマキリ女の急所。
奴は改造人間、人為的に作り上げられた存在。
ならばその体は理詰めで出来上がっているはず。
つまり、その急所は最も厚い装甲に守られている、そんな推理が成立する。
胸部中央正中線、ヒナギクの斬撃でも内部まで斬りつける事が出来ずにいるその部位こそが急所と赤木は読んだ。
ヒナギクがカマキリ女の装甲を深く傷つけるまでの間、自分は毒の影響を極力受けないようにする。
攻撃手段である454カスールがカマキリ女の装甲を砕けるのは確認済み。そしてマガジンも最初に物陰に潜んだ時に入れ替えマックス七発を装填してある。
あると赤木が予測していた増援は、核鉄によって多少の回復を行ったエレオノールが抑えている。
全てはこの時の為、改造され無類のタフネスを誇ると思われるカマキリ女の急所を一撃で貫く、その為の布石。
顔に攻撃を集中したせいで、カマキリ女の攻撃より赤木の銃撃の方が一瞬早い。
初めに語った通りである。
赤木シゲルは、詰め将棋でカタのつく勝負を死線と呼ぶ気は無かった。



一体のコマンドロイドが首を振りながらその身を起こす。
周囲を見渡し、倒すべき敵が消えている事を確認すると、千切れかけた体を引きずりながら来た道を戻る。
与えられた役割を果たす為、その手に持った銃を構えながら。
コマンドロイドとはいわゆる改造人間である。
それ故、人間であった時の経験がその能力に影響を及ぼす場合もある。
彼は銃の扱いに長けていた。
特にライフルを使わせれば、州でも五本の指に入る腕前と自負していた。
見つけた。あれが標的だ。
朦朧とする意識の中、コマンドロイドは銃を構える。
何百回となく繰り返してきた所作、ライフルを構え、狙いを定め、引き金を引く。
倒れている女に銃弾は不要。ターゲットは半身をカマキロイドで隠された位置に居るあの銀髪の男だ。
狙いを外すとは露程も思わぬコマンドロイドは朽ちかけた体を物ともせず狙いを定める。

神ならぬ身に全ての状況を読みうる事など不可能。
状況が卓上、ないし卓周辺に限られる麻雀とは把握しなければならない情報量がケタ違いなのだ。
それら全てをその脳に収める事も不可能であり、そもそも知りうる全てを記憶していたとしても、戦況全てを予測するには圧倒的に情報量が足りていないのだ。
それこそが戦場の不合理であり、神童赤木シゲルとてその範疇で戦う他無い。
奇跡的に体が動く状態のコマンドロイドが居た事も。
そのコマンドロイドが銃の扱いに長けている事も。
激しい戦闘の最中で銃が精密さを失っていない事も。
カマキロイドへの赤木の銃撃直前に間に合う事も。
全ては戦場故、そう納得する他無いのである。



ようやくギャンブルが出来る



銃から手を離し、矢を放つ。
戦闘訓練を受けぬ赤木は、その挙動を一瞬で済ます事など出来ない。
だが、その僅かな間はカマキロイドに行動の余地を与えてしまう。
強靭な足腰はヒナギクの斬撃を受けて尚健在。
ヒナギクがやったように大きく上へと舞い上がるカマキロイド。
カマキロイドは意識していなかったが、その行為は遙か後方で赤木を狙うコマンドロイドの銃撃をより正確にする効果もあった。
上と正面、双方から狙われた赤木は真後ろに体を倒す。
コマンドロイドの銃撃は、その挙動でかわせた。
しかし真上から振り下ろすカマキロイドの剣は、これで回避の余地すら無くなってしまう。
奇声を発しながら倒れる赤木へと剣を振り下ろすカマキロイド。

「やらせる訳ないでしょうっ!!」

地を這うように駆け寄ったヒナギクが、今度こそと全力で振るった刃の群れは、カマキロイドの首を跳ね、臓腑を抉り、右腕を切り飛ばし、その息の根を止めた。
「……カマキリ女を、盾にしろ」
全身を光で包まれ、隠し切れぬ苦痛の色を見せながら指示をする赤木。
赤木と同じく光に包まれるヒナギクが、指示通りにカマキリ女を盾にすると、更なる銃撃がカマキリ女であった物に当たり跳ねる。
すぐに赤木が落とした銃を拾い、カマキリ女の体で遮蔽を取りながら反撃に出る。
両手でしっかりと保持し、狙いを定めて引き金を引く。
当たらない。当然だ。ヒナギクは射撃の訓練なぞ受けた事など無いのだから。
二発撃った所で、ヒナギクは相手の状態を見て反撃を諦める。
カマキリ女の体を抱えたまま赤木も庇える位置に移動し、ひたすら遮蔽物の陰に隠れてやりすごすと、遂に銃声が聞こえなくなる。
おそるおそる遮蔽から顔を出したヒナギクは、力尽きて倒れるコマンドロイドの姿を確認し、ほっと一息をついた。

核鉄エンゼル御前の特性の一つ。
右手の篭手を使って放った矢は、命中した者の負った怪我を射撃主に移動させる事が出来る。
それによりヒナギクの損傷をその身に移し、後を彼女に託したのだ。
後事を任されたヒナギクが、判断を一つでも誤ったらどちらも死ぬ。
ヒナギクが最早動かぬ体と全てを諦めていたのなら、全く打ち合わせをしていない傷の移動直後にカマキロイドへと攻撃する事は無かっただろう。
又、ただ蛮勇を振るうだけの存在であったのなら、コマンドロイドの再度の銃撃により二人共撃ちぬかれていただろう。
危険極まりない命を賭けたギャンブル。
積み上げた策を全て投げ捨てながら、コマンドロイドが視界に入った僅かな間にこれを判断し実行に移す奇跡の選択。
既に辿り着く事のない未来の赤木シゲルはこう語っている。


頭など使っていない、集中さえ切れなければ何をするべきかは機会が教えてくれる
今……この時しかないという「機」に殉ずる――
その気持ちが「機」を呼び育み育てる
結果的に「勝ち」への道を開く


完全に傷が移りきる前にヒナギクは体に刺さった矢を抜こうとしたのだが、赤木によりそれを止められる。
赤木はヒナギクにエレオノールの援護をさせるつもりだった為だ。
5体のコマンドロイドを毒による影響を受けたままで抑えきるのは、さしものエレオノールでも厳しかった。
それでも赤木が手を打ってくれる。そう信じて核鉄を使わず堪えていたエレオノールの元にヒナギクが参戦すると、形勢はあっさりと逆転。
一息ついた所でヒナギク、エレオノールの二人は赤木を抱えて通路を更に奥に行った所で小休止を取る。
核鉄により少しづつ毒の影響は抜けていっているが、ヒナギクがカマキロイドにやられた傷まで負ってしまった赤木は身動きが取れない。
心配そうに赤木を見守るヒナギクとエレオノールに、赤木は額から脂汗を流しながら言った。
「エレオノールは先に行け。俺と桂はここでしばらく待機だ」
既に核鉄としろがねの力により毒素の抜けたエレオノールはほぼ万全の状態。
赤木とヒナギクはまだ毒の影響が残っていた。
それでもヒナギクは動けるだけの余力があったが、かといってエレオノールにしてもヒナギクにしても赤木一人を残して行けるはずもなく。
役割分担としては最良に近い分け方だ。二人はすぐに納得した。
「わかりました。二人もお気をつけ下さい」
再度エンゼル御前とシルバースキンの核鉄を交換し、エレオノールは更に奥へと駆け出して行った。
壁にもたれかかるように座る赤木の前に、警戒しながら立つヒナギクは一つの疑問を口にする。
「何でエレオノールさんだけ先に行かせたの?」
「クククッ……二人じゃ怖いのか?」
「違うわよっ! ただ、また考えあっての事なのかなぁって。赤木さん作戦とか考えたりするの凄そうだし」
ヒナギクは先ほどの赤木の立ち回りの見事さに、彼への見る目を変えていた。
何を考えているのかわからないという所は一緒だが、頼れる頭脳と行動力の持ち主であると認めているのだ。
「……そうだな。理由は色々あるが……強いて言うのなら桂ヒナギク、お前だ」
「私?」
「動けないフリを何故二度もやった? 特に二回目はお前ならば、前へ出る選択肢を選ぶ方が、よりらしい動きだった……」
ヒナギクは迷う事無く即答する。
「動けって念じても、刃が思うように動いてくれなくなってきてたのよ。これは少し間を置かないとマズイなって思って」
赤木は両目を瞑り、そうか、とだけ言って沈黙する。
ヒナギクは次の言葉を待って黙っていたが、赤木はいつまでたっても口を開いてくれない。
「……あの、質問の答え。まだもらってないんだけど……」
半目を開いてちらっとそちらを見る赤木。
「戦闘に関してなら、俺よりお前よりエレオノールは役に立つ」
当然だろうといわんばかりにそう呟き、再度目を閉じる。
有無を言わさぬ口調は、言下に今は無駄口を叩かず体を休める時だ、と言っていた。
ヒナギクは口をへの字にするも、体の動きが鈍いのも確かにその通りなので素直に休む事にした。