天国の時 運命の夜明け ◆hqLsjDR84w


 BADANの拠点であるサザンクロス、その内部にある格納庫。
 窓は一つも取り付けられておらず、外部より光が差し込むことはないが、やたらと高い天井の全域に設置された蛍光灯により十分に明るい。
 そんな格納庫でまず目を引くのは、二台の巨大な楕円形をしたUFOであろう。
 そしてその二台のUFOを挟むように連ねてあるのは、百を優に超える台数の量産型特殊バイク『ヘルダイバー』。
 他にも中身の知れないボックスなんかが、幾つも積まれている。
 その全てが、バトルロワイアルが終了し現世に光臨した大首領の指揮の元に、世界征服を決行する際に使うべきアイテム。
 ――と、これだけ言うと、格納庫はUFOとヘルダイバーにボックスが敷き詰められ、歩くスペースもなさそうに思えるだろう。
 しかし実際には、格納庫自体の広さが、東京ドーム幾つ分だとかの現実離れしたサイズでありまして。
 野球とサッカーが同時に出来そうなほどのスペースが、格納庫の中央部には有り余っている。

 その空いたスペースで、いま三人の男が睨み合っている。

 その『深遠なる目的』のため、ジョセフ・ジョースターをこの場で殺害しようと企む――エンリコ・プッチ。
 未来の孫=空条承太郎の記憶によりプッチを『孫を狙う存在』と知り、この場で倒そうとする――ジョセフ・ジョースター。
 大首領を一発ブン殴るため、BADANに協力しているプッチを退けようと、ジョセフを援護する決意を固める――服部平次。

 状況は、一対二。
 すなわち、プッチが一、ジョセフと服部が二。
 常識で考たなら、人数が多いほうが圧倒的に有利。
 そして有利な状況ならば、それが覆る前に一気に攻め立てるのが定石。
 されど前者後者ともに動かず、互いに攻撃のタイミングを伺っている。


 ――理由は、三人の距離。


 ジョセフと服部の距離は近いものだが、二人とプッチの間には二十メートル弱の距離が空いている。
 承太郎の記憶と伊藤博士からの手紙により、ジョセフはプッチのスタンド『ホワイトスネイク』についての情報を既に得ている。
 服部も伊藤博士からの手紙は確認しているし、承太郎の記憶もホワイトスネイクに関することはジョセフから聞いている。
 承太郎の記憶によれば、ホワイトスネイクは『承太郎ですら本体が確認できない場所』まで移動可能なスタンド
 何も考えずに不用意に飛び掛ると、拳が届く前にホワイトスネイクに攻撃されていました――なんてことになってしまうだろう。
 ジョセフはDISCによって得たスタンド『マジシャンズ・レッド(魔術師の赤)』を使用でき、服部もスーパー光線銃や核鉄LXIを所持する。
 一見すれば、射程距離の長いホワイトスネイクにも対抗できそうだが……
 ジョセフはマジシャンズ・レッドに炎を吐き出させるのが苦手で、服部は道具の使用経験不足により掠らせることすら出来るか怪しいもの。
 ゆえに、ジョセフと服部はプッチが仕掛けてくるのを待つ。攻撃と同時にカウンターをぶちかますべく。
 ……とは言っても、二人ともプッチが仕掛けるまで何もしないわけではない。
 むしろ『既に』やるべきことを、彼らは完遂している。
 ポケットの中に、ごくごく小さい石の欠片を突っ込んであるのだ。
 承太郎と彼の娘である徐倫が嵌ってしまった、ホワイトスネイクの能力の一つ――幻覚。
 一度は足元を掬われたとはいえ、彼等は幻覚を破る方法を暴いた。
 『幻覚の中で誤りを見つけ』、その上で『外部から刺激を受ける』こと。
 その情報もまた承太郎の記憶よりジョセフへと、ジョセフより服部へと伝わった。
 そして彼等は靴の中に石の破片を突っ込むことで、幻覚に間違いを見つければすぐに幻覚から脱出できるようにしておいたのだ。

 ――勝利というのは、戦う前に全て既に決定されている。

 この言葉は中国の兵法書『孫子』によるものであり、ジョセフの闘いに対する気構えでもあった。


 一方のプッチも、自ら動こうとしない。
 遠距離まで移動できるスタンドを所持しているが、そのスタンドを出してすらいない。
 攻撃しない理由は、ホワイトスネイクの特性にある。
 ホワイトスネイクの射程距離は、ジョセフや服部の知るように約二十メートルと長い。
 しかし、ホワイトスネイクは特殊なスタンド。遠くに行けば行くほどに、パワーやスピードが弱まってしまうのだ。
 つまりプッチの付近にいる時は、『近距離パワー型』スタンドと遜色ない力を発揮できるが、射程ギリギリまで移動させるとではめっぽう弱くなる。
 ジョセフの眼前に発現しているマジシャンズ・レッドの相手など、とても出来ないのだ。
 ならば、幻覚能力を使うか――プッチはその案を数秒で切り捨てた。
 首輪による制限で、幻覚能力の使用により降りかかる疲労は異常なほどに大きい。
 『生まれたもの』との融合により体調の悪い状態では、二人に幻覚を見せることなど不可能。
 かといって、一人だけに幻覚を見せるわけにはいかない。
 ならば、ジョセフだけに幻覚を見せて、その間にホワイトスネイクで横にいる服部を連れ去るか。
 もとよりプッチに服部を殺害する気はない。プッチが殺害するつもりなのは、天国へ行くことを邪魔する相手だけなのである。
 だが、この案もまたプッチは却下する。
 パピヨンとの戦闘で、プッチは幻覚能力に対する制限を見抜いた。
 本来なら、『幻覚の中で誤りを見つけ、その上で外部から刺激を受ける』ことがなければ、幻覚は解除されない。
 それなのに、パピヨンは幻覚に誤りを見つけた『だけ』で幻覚を振り払った。
 プッチの推測だが、もしかしたら『外部から刺激を受ける』だけでも幻覚は解除されてしまうかもしれない。
 それならば、一人だけに幻覚能力を使うのは愚行。残った片方が意識を失った方を揺らしたりすれば、そこで幻覚は解除される。
 ジョセフと服部が離れている場合ならともかくとして、かなり近い現状ではそうなる可能性は高すぎた。
 かといって、二人に幻覚をかける体力は、今のプッチにはない。
 ゆえに、プッチも待つ。
 ホワイトスネイクが最も力を発揮できる距離に、ジョセフが入ってくるのを。
 だが、プッチは自ら接近することはしない。
 先ほどは外れたにしても、ジョセフと服部は飛び道具を持つ。
 ホワイトスネイクに身体を押させることで回避可能だろうが、これ以上近づいてしまえばそれは難しいだろう。少なくとも制限下では。
 ゆえに、プッチもまたひたすらに待ち続ける。


  ◇  ◇  ◇


 三者が睨み合ったまま、どれだけが経過しただろう。
 当事者たちには、数時間にも数秒にも感じられた。
 おそらく誰かがアクションを起こせば、それをキッカケに全員が動くことだろう。
 開戦のゴングを鳴らすのは、いったい誰なのか。
 エンリコ・プッチか、ジョセフ・ジョースターか、はたまた服部平次か…………

 ――否、上記の誰でもなかった。

 開戦のゴングを鳴らしたのは――ジョセフと服部を追ってきた何体かのコマンドロイド。
 奇声をあげながらの登場に、睨み合っていた三人も咄嗟にそちらへと首を向ける。

「く……ッ」
「ちィィ!」

 服部よりも数刻速く、コマンドロイドに気付いたプッチとジョセフが眉をひそめる。
 プッチがBADANに協力していることなど気にすることもなく、コマンドロイドは十字手裏剣を投擲。
 数は六つ――全て、ジョセフと服部の方に飛んできている。
 ジョセフの操るマジシャンズ・レッドが、ジョセフと服部を庇うように前に出て両掌を重ねる。
 すると、マジシャンズ・レッドの掌から炎が噴出。十字手裏剣を消し炭にする。
 しかし、消し炭になった十字手裏剣のうちの一つと同じ軌道に投げられた一つだけが、依然燃え散ることなくジョセフ目掛けて空を切る。

「よっと」

 だが、それをジョセフは首を少し傾げるだけで、危なげなく回避する。
 当然である。その十字手裏剣だけを、あえて残したのだから。
 ジョセフを貫くことのなかった十字手裏剣は、そのまままっすぐ突き進む。
 その方向にいるのは、エンリコ・プッチ。ジョセフが、プッチに笑みを見せ付ける。
 だが、やはり十字手裏剣が肉を引き裂くことはなかった。

「――『ホワイトスネイク』」

 プッチが発現させたホワイトスネイクに振り払われ、十字手裏剣は力なく床へと落ちた。
 そしてプッチはその場から離れていく。流れ弾に当たったら困るとでも思ったのであろうか。
 十字手裏剣の行方を眺めていたジョセフは、視線をコマンドロイドが迫りし前方へと戻す。
 浮かべていた笑みは消え、真剣そのものといった表情となっている。
 十字手裏剣でのプッチへの奇襲は、ジョセフにしてみればプッチを倒すことが目的のものではなかった。
 もちろんやられてくれればラッキーだなくらいの気持ちはあったが、怪我するくらいで済むだろうとの思いの方が遥かに強かった。
 ジョセフの真の目的は、ホワイトスネイクが情報以外に何か能力を持っているかを確かめること。

(エンリコ・プッチ……あいつのホワイトスネイクは、『遠隔操作型』か『自動追跡型』だと思ったんだがなァ……
 スピード、パワー、精密動作性の全てが揃ってなきゃ、あんな風に十字手裏剣を弾いたりは出来ねェ。
 遠隔操作型ならスピードとパワーが足らず、自動追跡型なら精密動作性が足らずに、払いのけたりは出来なかった。
 だが、ホワイトスネイクは打ち払って見せた。
 遠隔操作型にしては、パワーのあるタイプ――『ハイエロファント・グリーン(法王の緑)』のような――なのか?
 いや、ハイエロファント・グリーンのようなタイプでも、『エメラルド・スプラッシュ』のような能力を使わずに弾くのは、さすがに不可能だろう。
 『エコーズ』のように、複数のタイプ――遠隔操作型と近距離パワー型だとか――を使い分けているのか?
 いや、承太郎の記憶にあった遠距離まで来ていた時のヴィジョンと、さっきの近距離で出したヴィジョンに違いはなかった。どうなってやがる……?)

 ホワイトスネイクのタイプを暴くはずが、結果的には混乱することとなってしまったジョセフ。
 『遠距離ではスピードとパワーが弱いが、近距離では強くなる』遠隔操作型スタンドなど、承太郎の記憶にもなかったのである。
 いくら考えても答えが出なそうだと判断したジョセフは、すぐさま考えることを放棄。コマンドロイドの撃退に意識を集中させる。
 ジョセフの瞳が捉えたコマンドロイドの数は五体。全てが拳を振り上げて疾走している。
 発現させたままであったマジシャンズ・レッドが、オレンジ色の炎を吐き出す。
 しかし、ジョセフはマジシャンズ・レッドを扱えるものの、炎を射出させることに関してはドが付くほど苦手。
 放った五つの炎の塊は、二つが見当違いのほうへ飛んでいき、三つはコマンドロイドを掠るだけに終わる。
 だが、それはジョセフも想定していたことだ。
 既にジョセフがマジシャンズ・レッドを操り始めてから、半日以上が経過している。
 自身が炎を吐き出させることが苦手だと認識するのに、ジョセフには十分な時間があった。
 つまりジョセフにとって先ほどの炎は、避けられるのを承知で放ったもの。いわゆる繋ぎ。

「ギィ……ァガ……」

 一体のコマンドロイドが、苦悶の声を上げる。その鳩尾には、ジョセフの拳が深くめり込んでいた。
 ジョセフはマジシャンズ・レッドに炎を吐き出させえると、そのまま駆け出し、炎に紛れて接近していたのである。
 ジョセフの拳から太陽のエネルギー『波紋』が走り、身体機能を狂わされたコマンドロイドは意識を落とす。
 困惑するその他四体のコマンドロイド。その内の二体の足が、地から離れる。
 もがくように足を動かしている二体のコマンドロイド。何者かが頭部を掴んで持ち上げているのだと気付くと同時に、その頭が爆散した。
 煙が晴れた時、そこにいたのはジョセフとマジシャンズ・レッド、そしてコマンドロイドの残骸だけであった。
 暫し呆然としていたものの、現状を打破すべく残った二体のコマンドロイドが、電磁ナイフを取り出す。
 ――が、遅かった。
 構えたのと同時に、片方は顔面にマジシャンズ・レッドの拳を、もう片方は波紋を纏わせたジョセフの蹴りを食らう。
 結果、乱入してきたコマンドロイド五体は、ものの三十秒と経たぬうちに機能を失った。
 周囲を見渡してから、先ほどまでプッチのいた方に視線を投げようとするジョセフ。

「まだおるで!」

 服部のその言葉に、驚愕しつつジョセフは振り返る。
 どこにいやがるってんだ――ジョセフの疑問は一瞬で氷解する。
 服部がスーパー光線銃の銃口を向けている先。
 積まれているボックスによりジョセフには死角になっていたが、そこにもう一体だけコマンドロイドが残っていた。
 ジョセフが気付くと同時に、服部が光線銃の引き金を引く。
 しかし、射出された光線は命中せず。原因は二つ。コマンドロイドの俊敏さ、服部の射撃経験の少なさ。
 服部の第二射より早く、コマンドロイドはかかげた右腕よりマイクロチェーンを発射する。標的は服部。
 圧倒的な速度で伸びるマイクロチェーン。食らってしまえば、服部はひとたまりもないだろう。
 服部に、避ける術はない。まさに絶体絶命。
 だが、服部はマイクロチェーンを回避できた。何かが服部を突き飛ばしたのだ。
 空中で服部は首を回し、いったい何が己を突き飛ばしたのかを確認する。
 服部の視線に入ったのは――

「ジョジョォォォオオオオオ!!」

 タックルで服部を移動させ、マイクロチェーンが貫くであろう場所で体勢を崩しているジョセフ。
 発現させたままだったマジシャンズ・レッドもまた、大きく身体を仰け反らせている。
 これから体勢を立て直し、マイクロチェーンを回避する――いくらジョセフでも、どう考えても不可能だった。

 ――ジョセフが、この殺し合いに呼び出された当初のジョセフだったならば。

「『クレイジー・ダイヤモンド』ッ!!」

 ジョセフの傍らに、筋骨隆々な青年のヴィジョン――スタンド『クレイジー・ダイヤモンド』が発現する。
 クレイジー・ダイヤモンドは両手で手刀を作ると、コマンドロイドのいる方向に両腕を向け……
 そのまま白刃取りの要領で、マイクロチェーンを『受け止めた』!

「ギ……!?」

 クレイジー・ダイヤモンドのあまりの力技に、状況を飲み込めないコマンドロイドは動作を静止。
 僅かに見せたその隙に、クレイジー・ダイヤモンドはマイクロチェーンを思いっきり引っ張る。
 すると、マイクロチェーンごと引き寄せられるコマンドロイド。
 空中で体勢を立て直すことも叶わぬコマンドロイドの脇腹に、マジシャンズ・レッドが右ストレートを叩き込む。
 内部に炎を流し込まれたコマンドロイドは、そのまま物言わぬガラクタと成り果てた。

「さっき名前呼んだかァ、服部ィ~~。どうした? まさかこのジョジョが、死ぬかと思ったァ~~~?」

 ひゅうと息を吐いたジョセフが、突き飛ばされた衝撃で尻餅をついていた服部の元に駆け寄る。
 ……ニヤニヤとした笑みを浮かべながら。

「ジョジョ……お前、あんなの前にもやったことあるんか?」
「いーや、ぶっつけ本番だぜ。俺ってかなりスゲェと思わねー?」
「ッ! 何考えてんねん! なんで、そんな危険なことを!」

 あっさりと言い放つジョセフに、服部は非難の声をあげる。
 成功したからいいものの、失敗したらジョセフは致命傷を負っていた。
 本気で怒っている様子の服部に、ジョセフは顔を近づけ、服部の耳元でささやく。

「いや、正確には『アレをやった記憶』は見た。だから、その時の要領で試してみたってワケだ」
「ああ……なるほどな」


 やたらと積まれた箱に背をもたれかけて、呼気を整える。
 襲撃してきた怪人どもの数は六体。
 おそらくジョセフ・ジョースターは……ジョセフ・ジョースターの『運命』は、怪人どもを退けるであろう。確実に。
 だが、時間が出来た。いまのうちに試してみるとしよう。


  ◇  ◇  ◇


 傍らに発現させたホワイトスネイクに、視覚を移す。
 ゆっくりとホワイトスネイクを操作し、首の周囲を確認する。

 やはり……か。

 蝶野攻爵の記憶から読み取った、首輪のステルス機能を解除する方法。
 それは、神道でいうところの『祓』に限らず、カトリックの『祓い』の方法でも同等の効果が得られるようだ。
 もとより神道の『祓』が罪や穢れを取り除くものであるように、カトリックの『祓い』は悪霊や悪魔を去らせるもの。
 どちらも、清めることに変わりない。
 また伊藤博士からのチャットによれば、首輪は『霊的』に守護されているらしい。
 霊を払うのであれば、それこそカトリックの『祓い』の本分である。
 やはり私があの疑問を抱き、この職業を選んだのは『天国』の『引力』によるものであった。
 あとは出現した継ぎ目に何かを差し込めば、それで首輪の解除完了だ。

 ――だが、いま解除するべきだろうか?

 UFOを操縦できる科学者――伊藤博士であれば最上である――を拉致し次第、このサザンクロスからはすぐに脱出するつもりである。
 だが、それにしても、いま首輪を解除するのは正解なのか?
 侵入者により大騒動になってるとはいえ、いま首輪を解除しては私に危険が及びはしないか?
 おそらく確率はかなり低いであろうが、『天国』を前にして賭けに出るというのは少々遠慮しておきたい。
 首輪を解除せずに、ジョセフ・ジョースターを始末できるか。
 それが問題である。
 ホワイトスネイクを立たせて、ジョセフ・ジョースターの戦況を確認する。

「ジョジョォォォオオオオオ!!」

 ジョセフ・ジョースターは服部平次を庇って、怪人の伸ばすチェーンの前へと飛び出した。
 マジシャンズ・レッドともども体勢を崩してしまっていて、とてもチェーンを回避できるとは思えない。
 死を免れたとしても、重傷を負うのは確定だろう。
 自身の口角が吊り上っていくのを感じる。
 服部平次は突き飛ばされたため、ジョセフ・ジョースターとの距離が結構空いてしまっている。
 さらにいまは服部平次は空中にいるが、すぐに尻餅を付いてしまうのは自明である。

 ――いまならば、ジョセフ・ジョースターに幻覚を使ったとしても、すぐに衝撃が与えられることはない。

 ジョセフ・ジョースター、お前の『運命』がチェーンによる攻撃による死を退けたとしても……
 同時に、こちらが幻覚能力を使わせてもらう。
 ジョースター家は血統ゆえに誇りと勇気から力を得、そして『運命』に勝利してきた。
 しかし、弱点もまた血統ゆえ……お前の仲間こそが、お前の弱点であったようだな。

「『クレイジー・ダイヤモンド』ッ!!」

 何……ッ!?
 突如出現したスタンド『クレイジー・ダイヤモンド』が、チェーンを受け止めていた。
 またしてもジョセフ・ジョースターの『運命』は、死という『運命』を退けた。
 いや……ッ、それはいい。それは、もはや別にいいッ。
 気になるのは、別のことだ。
 あのクレイジー・ダイヤモンドの姿勢……記憶にある。
 私の記憶ではないが、私が見た空条承太郎の記憶に確かにある……ッ!
 『偶然』、か? いや、違う。
 ……いや、『偶然』ではあるだろうが、その『偶然』こそがジョセフ・ジョースターの『運命』。
 人と人の間には『引力』がある……
 そう、ジョセフ・ジョースターと空条承太郎の間には『引力』があったッ!
 あの体勢……確実だ。

 ジョセフ・ジョースターは、『空条承太郎の記憶を見ている』ッ!

 ならば、首輪を解除せずに倒せる相手ではない。
 制限が解除されたクレイジー・ダイヤモンドとマジシャンズ・レッドに、制限された状態で対抗するには幻覚を使うしかないが……
 あのジョセフ・ジョースターに限って、幻覚能力の解除方法を知りながら何もしないなど、あるはずがない。

 十字架のアクセサリを取り出し、指で挟んで首まで持っていく。
 首輪を継ぎ目にあてがい、そのままパピヨンがやったように一気に――解除成功。

 人と人との『引力』……
 ジョセフ・ジョースター、お前と空条承太郎の間に『引力』があったように、私とお前の間にも『引力』はあった。
 お前がこの格納庫に来たのも、私がこの格納庫に来たのも、お互いがお互いに『吸い寄せ』られていたのだ。
 『生まれる』ということは、すなわち『選ばれる』ということだ……
 そして『選ばれるもの』は常にそのぶつかり合う競争でさえ、『吸い寄せ』たもの達に守られることで、後方から押し上げられているにすぎない。
 私をこの場に呼び出した――BADAN。
 暗闇大使からの信頼を買うのに役立った――綾崎ハヤテ。
 暗闇大使から平静を奪い、『生まれたもの』を確認する時間をくれた――赤木しげる。
 首輪解除の方法を私にもたらしてくれた――蝶野攻爵。
 いまサザンクロスに混乱をもたらしてくれた――侵入者達。
 侵入者達に情報を与えた――伊藤博士。
 この私に『吸い寄せ』られた者達はッ!
 私を『天国の時』へ押し上げるために存在していたッ!
 ジョセフ・ジョースターがバトルロワイアルの会場から『脱出』し、ここへ向かって来たというのなら……
 お前さえ、その存在にすぎない!


 かがんで、さっき倒したコマンドロイドの腕に手を伸ばす。
 伸びきったチェーンに触れて確認してみたところ、やはり村雨の出すチェーンと同じく波紋を通すようだ。
 クレイジー・ダイヤモンドで引き千切り、十センチほどの短さにして胸ポケットに押し込んでおく。
 スタンドがあるし必要ないと思うが、一応ね、一応。

 さーて……
 すぐ近くにプッチは潜んでいるだろうが、どこにいるか分からない以上は不用意に近づくのは危険。
 プッチに先に仕掛けさせるため、今まで通りの開いた場所でプッチを待つ。

「見つけ次第、声かけろよ。『あー』でも何でもいいから、とにかく声を出せ。俺もそーする」
「了解や」

 数メートル離れた服部に背を向けた状態でそれだけ確認すると、スタンドの視覚と本体の視覚の両方に意識を集中させる。
 エンリコ・プッチはどの辺りに隠れているのか……
 チェーンを受け止めた時にマジシャンズ・レッドとクレイジー・ダイヤモンドを両方出したが、やはり体力の消費が尋常じゃない。
 クレイジー・ダイヤモンドを解除して、マジシャンズ・レッドと俺自身の眼で周囲を確認する。
 見えない場所は服部が担当しているので、ほぼ全方向を見渡せているにもかかわらず見つからない。
 UFOやバイク、箱の裏にでも隠れているのだろうが……
 あまりに量が多すぎて、どこにいるかまで特定できない――とか考えてたのと、どっちが早かったか。

「……ジョジョ」
「ああ」

 ほぼ同時に、服部も気づいたらしい。
 やたらめったら積まれた箱、それに隠れて見えない場所から足音がした。
 音のした方に首を回す。マジシャンズ・レッドも一緒に。
 数秒と待たず、箱の陰からプッチが姿を現した。傍らには、ホワイトスネイクを発現させている。
 今までと決定的に違う点があった。それは……

「さっきまで首輪してたよなァ~~?」
「私は、決して私自身の能力を過信しない。
 二種類のスタンドを操る者が相手では、制限されたままでは少々厳しい――そのように判断しただけだ。」

 ホワイトスネイクとともにこっちに向かって走ってくるプッチ。
 マジシャンズ・レッドに炎を吐き出させて牽制してみるが、やっぱこれは難しいぜ。
 回避され続け、プッチとの距離が六メートルほどまで縮まった時に、初めてやっと当たりだす。
 つっても、掠るだけ。プッチは、意に介さずに接近してくる。
 プッチとの距離、三メートル。遂にホワイトスネイクがプッチと離れ、単独で攻撃を仕掛けてくる。
 やはりスピードもパワーもある……『遠隔操作型にしては』なッ!
 DISCを奪うのが目的か――額目掛けて飛んできたホワイトスネイクの左手刀、マジシャンズ・レッドの右前腕を滑り込ませて反らす。
 結果、ホワイトスネイクの胴体ががら空きとなる。同時に、クレイジー・ダイヤモンドを発現。
 ホワイトスネイクが右手で手刀を作っているが、遅えッ!

「ドラララララァァーーーッ!!」

 掛け声に意味があるのかは知らねえが、本来の持ち主と同じ掛け声でクレイジー・ダイヤモンドを操作する。
 ひたすらに拳の連打(ラッシュ)。上下左右全ての方向に、パンチを叩き込む。
 一撃ごとに殴る衝撃が拳に伝わって……来てねえ!?
 クレイジー・ダイヤモンドを静止させ、すぐに気付いた。
 プッチは、ホワイトスネイクを一旦解除させたのだろう。
 どこに行った? 考えた矢先に、背後――服部がいる方向――から声。

「ジョジョ! くそったれ!」

 体ごと視線を向ける。
 服部とホワイトスネイクの距離は僅か。
 服部は光線銃を構え、ホワイトスネイクの半歩後ろにいるプッチに銃口を向けているが……
 駄目だ、アレじゃあ間に合わねえ……!
 ホワイトスネイクが手刀を作り、光線銃を掴む服部の右手首に振り下ろそうと――させるかッ。

「波紋ッ!!」

 さっき拾っておいたチェーンに波紋を纏わせて、ホワイトスネイクではなく本体のプッチに投げつける。
 予想外の攻撃だったらしく回避する素振りすらしなかったプッチが、波紋のエネルギーで痺れる。
 その衝撃でホワイトスネイクは消え、服部の前に出る。

「やってくれたな……」

 やっぱアレくらいの波紋じゃあ、すぐに立ち上がっちまうか。
 まあ、服部を助け出せただけでも良しとしよう。
 こちらを睨み付けながら、プッチが服の中に手を突っ込む。
 服部が光線銃をプッチに向けるが、何をしてくるか分かったのでそれを制止する。
 プッチが取り出したのは、蛍光灯の光を反射して煌く――――二枚のDISC。
 記憶DISCにせよ、スタンドDISCにせよ、DISC挿入してしまえば少しの間行動不能になる。
 少しの間でも、あのスタンド相手では隙を見せるわけにはいかない。DISCを抜かれてしまえば、どうなってしまうのか分からない。

「ジョジョ、どうするんや?」

 服部も、あのDISCを突っ込まれればそこで終わりだと気付いたのだろう。
 さすがに策も思いつかないらしく、汗が頬を伝っている。
 やれやれ、本当にやれやれだぜ。『とっておき』を教えてやるとするかね。

「服部、俺たちジョースターの血統には代々伝わる伝統的な発想法があってな。
 一つだけ……本当に一つだけだが、『これをやれば勝てる』っていう必勝の戦法が残ってるぜ」
「何……やて……? そ、それは一体どんな戦術なんや!?」
「ああ、教えてやる。とっておきのヤツだ! この作戦にはなァ、とにかく足を使うんだ」
「……はあ?」
「さァ……息が切れるまでとことんいくぜ? あの積まれた箱の裏まで逃げるんだよォォォオオオオーーーーーーッ!!」
「無駄に引っ張る必要あったんかァァァアアーーーーッ!?」

 なんやかんや言いながらも一緒に走ってくる辺り、服部はあっちに逃げる理由を分かっているのだろう。
 ああいう場所ではDISCなんか投げても障害物に阻まれ、想定通りの方向へは飛びはしない。
 ホワイトスネイクを送り込むか、プッチもホワイトスネイクとともに来るか。
 そのどちらかしか、攻撃方法はない。
 既に一度やり合って、正面からの殴り合いにおいてはこちらの方が有利だと分かっている。
 DISCを引き抜かれるのに気を付けなければならないが、逆に言えばそれさえ注意しておけばいい。
 狭い場所に隠れれば、ホワイトスネイクが追ってくるルートも限られる。その場所だけを警戒しておけばいい。

 明らかに、俺達が有利な状況。
 俺がプッチならば、深入りはしない。それでも、プッチは俺達を追ってくるだろう。
 絶対に、確実に、それこそ百パーセント、俺達を追ってくる。
 DIOの狂信者、ジョンガリ・Aに承太郎と徐倫を襲わせた黒幕。
 ジョンガリ・AがDIO以外のものに従うとしたら、自分と同じ境遇の者――DIOの信奉者以外にはありえない。
 おそらく、プッチもDIOを敬っていることだろう。
 そして多分だが、プッチはBADANに協力こそしていても、胸中ではDIO以外を信仰していない。
 DIOのカリスマに一度魅せられた者が、他の何かに寝返ってのは考えにくい。
 BADANに尽力するフリをしながら、BADANの技術力でDIOを蘇らせようとでもしているのだろうか。
 ……駄目だ。あんな野郎を崇拝するようなヤツの考えることなんか、分かりゃしねェ。分かりたくもねえがよォー。
 ま、何にせよだ。
 プッチが何を考えているにしろ、DIOを崇拝するプッチのことだ。
 ジョースターの血統である俺を目の敵にしているのは、火を見るのよりも明らかだ。

 さァ…………追って来い、エンリコ・プッチ!