ファントムブラッドライン(後編) ◆hqLsjDR84w





  ◇  ◇  ◇


 ゆっくりとプッチはジョセフの元へと迫り、あと五メートルといったところで歩みを止める。
 そして腕を曲げて拳を腰の位置へと構えたC-MOONだけが、ジョセフへと接近を続ける。

 プッチは、数刻前のジョセフとの戦闘の際と状況に変化なし。
 対して、ジョセフには二つの変化がある。
 一つは、スタンドがクレイジー・ダイヤモンドからマジシャンズ・レッドへと変わったこと。
 しかし、これは特にジョセフの戦力に影響を及ばすことはない。
 クレイジー・ダイヤモンドにはパワーとスピードが若干劣るとはいえ、マジシャンズ・レッドは近距離パワー型のスタンド。
 さらに炎を操るというマジシャンズ・レッドの特性を考えれば、むしろクレイジー・ダイヤモンドを使った時よりも戦力がアップしているかもしれない。
 しかしそのプラス分を打ち消して、さらに戦力をマイナスするのは――やはり右手の喪失。

『シャア!』

 走りながらのC-MOONの右アッパーを、ジョセフは身体を仰け反ることで回避。
 崩れた体勢のまま放ったマジシャンズ・レッドの左上段蹴りは、軽く首を動かすだけでやすやすとC-MOONに回避されてしまう。
 さらに大きくなったジョセフの隙を逃すまいと、C-MOONは左ストレートを繰り出す。
 狙いは顔面。当たってしまえば、テンカウントを数えるまでもなく試合終了。
 しかし体勢を崩したジョセフとマジシャンズ・レッドに、迎え撃つ術はなし。

「『クレイジー・ダイヤモンド』ッ!」

 だからこそ、ジョセフは激しい体力の消耗を意識しながらも、二体目のスタンドを発現させる。
 出現したクレイジー・ダイヤモンドは、迫るC-MOONの左拳を見据えながら、左肘目掛けて正確に蹴りを当てる。
 下からの衝撃にC-MOONの拳は軌道を無理矢理に捻じ曲げられ、あらぬ方向を殴ってしまう。
 パワー、スピード、精密動作性の全てにおいて、上級のクレイジー・ダイヤモンドだから出来る芸当。
 やはり体力の消耗が激しいようで、表情をしかめながらジョセフはクレイジー・ダイヤモンドを解除する。
 体勢を立て直したジョセフ――C-MOONも同時。

「うおおおおおッ!!」

 マジシャンズ・レッドがC-MOON目掛けて、あらゆる部位へと拳の乱打(ラッシュ)を繰り出す。
 しかし――左腕だけから放たれる拳では、いくらマジシャンズ・レッドのパワーでも全ての箇所を殴ることは出来ない。
 C-MOONはあたかも暖簾でもくぐるかのように、回避しながらジョセフへと接近。
 歯噛みするジョセフへと膝蹴り。狙いは左胸――心臓。
 ジョセフはしゃがみこんでの回避を企むも、回避しきれず右耳に受けてしまう。
 耳たぶが回転して裏返ってゆき、そのまま捻じ切れる。
 痛みに絶叫しながらも、ジョセフはマジシャンズ・レッドを引き戻してC-MOONの相手をさせようとする。
 瞬間、C-MOONが消えた。
 不覚にも喜びかけてしまうジョセフだが、すぐにただプッチが解除しただけだと気付く。
 不利な状態ゆえに、早いところ戦況をひっくり返したジョセフに対して、プッチはゆっくりでも構わない。
 地道に、ゆっくりと、確実に、じっくり、着実に、焦ることなく、一歩一歩、堅実に……
 有利に立つプッチは、その戦法を選択できるのだ。
 いまは抵抗しているジョセフがその意思を失った時、あるいは抵抗する力を失くした時、その時に確実に死に至る場所を裏返せばよいのだ、
 そのことに気付いていながらも何も出来ない事実に、ジョセフは盛大に舌を打った。


  ◇  ◇  ◇


 プッチがC-MOONを再発現する。これで五度目。光線銃を破壊されてからなら、四度目。

(いつか隙が出来るだろーと高をくくってたが、どうやら予想以上にヤバいようだぜ……
 プッチがC-MOONを解除した時を狙って接近しようにも、アイツは俺が動けないときを狙ってきやがる……
 何とかアイツに攻撃を当てて隙を作り接近したいが、吐き出した炎は当たりやしねえ……)

 体勢を立て直しながら、胸中で毒づくジョセフ。
 またしても、体勢を立て直したのとC-MOONが攻撃を放ってくるのは同時。
 C-MOONの右腕に、マジシャンズ・レッドが左裏拳を当てて軌道をずらす。
 炎を流し込もうとするも、C-MOONはそれを想定して背後にとんで距離を取る。
 結果、マジシャンズ・レッドの拳から溢れ出した炎は、空気を焼くだけで終い。
 同時進行的に、マジシャンズ・レッドはプッチ目掛けて炎を吐き出すも、プッチには掠りもしない。
 またかと言葉を漏らすジョセフに異変――左の足の甲に激痛。
 視線を向けて呆然、次第に理解――次に絶叫。

「うぐあおあああああああああ!!」

 倒れこむジョセフ、同じくマジシャンズ・レッド。
 彼等の左の足の甲は、『裏返』っていた。
 おそらくさっき受け流した右ストレートとともに、C-MOONは踏撃を放っていた――ジョセフの推測であり、正解。
 これまで三回も、C-MOONが発現と解除を繰り返したのは、ジョセフに踏撃はないと無意識に思わせるため。
 厳しい修行のかいあって、ジョセフは波紋の呼吸を崩していない。
 しかし傷が傷である。すぐさま出血を止めることなど不可能。動くことなど尚更だ。
 とはいっても、後遺症さえ気にしなければ、動くことが出来るまでにジョセフが必要な時間は十数秒。……いや、無理をすれば十秒で十分。
 しかし、そんな時間をC-MOONが与える道理はない。
 倒れこんだジョセフを見下して、C-MOONはゆくりと接近してくる。

(何とか、何とかプッチに攻撃して、波紋で出血を止める時間を……)

 すぐ隣に倒れたマジシャンズ・レッドに炎を吐き出させる――やはり掠りもしない。

「来るなーっ! 許してくれー!
 『天国』だか知らねーが、もう邪魔したりはしねえぇぇーーっ! 命だけはーーー!」

 涙を浮かべて、プッチに頼み込むジョセフ。
 あまりにも哀れで情けない姿。本当に戦意を喪失したかのような様。
 しかし、プッチは言い捨てる。

「――ジョセフ・ジョースター。
 そんな命乞いをするフリをして、実は心の中で計算しているのだろう? 時間を稼ぐための策をな」

 青ざめるジョセフに、プッチはやはりかと漏らす。
 同時に、ジョセフの眼前でC-MOONが静止する。

「図星のようだな。断ち切らせてもらうぞッ、『因縁』を! そして『克服』するッ、『運命』をッ!
 たとえジョースターの血統であろうと、誰にも妨害できるはずはなかったのだ!
 ちっぽけな正義など超えた、私とDIOの深遠なる目的は! 『天国』はッ!!」

 C-MOONが右の拳を握り、ジョセフへと振り下ろす。
 やはり、標的は顔面。
 迫る緑色の拳が、ジョセフにはいやにスローに感じられた。

(こんな終わり方すんのかよ……相手は百二十年以上の因縁の相手だってのに、先祖も子孫も仲間も悲しませたってのによォ……
 いや、終わるワケにはいかねえ! 分かってる……! 何とか倒さなきゃならねェ。
 離れたプッチを攻撃できて、動けるようになる時間を作るには……アレしかねえ……)

 絶望的な状況を打破すること方法が、ジョセフの頭の中には既に浮かんでいた。
 それも、ずっと前から。
 その方法は――

(俺の本来のスタンド……『ハーミット・パープル(隠者の紫)』なら、遠距離攻撃が可能だ……
 アレさえ使えれば、この状況を引っくり返せる……! おい! 俺の中に眠る『ハーミット・パープル』!
 テメェ、茨みたいな見た目してやがるが、俺の生命エネルギーが作り出したパワーあるヴィジョンなんだろッ?
 だったら、出てきやがれ! ジジィになるまで目醒めねえ気かよ! ふざけんな! いますぐ起きろッ、寝てんじゃねえ!
 主人様が珍しくやる気になってんだ! 『傍に現れ立つもの』ってんなら、テメェも気合入れやがれッ!)

 C-MOONの拳が僅か数十センチへと迫った瞬間、半ば呆けていたジョセフが目を見開く。
 左腕をプッチの方へと伸ばして、ジョセフは叫ぶ。

「出ろォォーーーーッ!! 『ハーミット・パープル』ッ!!!」
「何だとぉぉーーーッ!?」

 ジョセフが叫んだ名に、プッチは背筋が凍るかのような感覚を覚えた。
 プッチは暗闇大使に命じられ、ハーミット・パープルのDISCを回収した。
 それが支給されたのは明白――ならば、それが巡り巡ってジョセフの元へと渡っていてもおかしくはない。
 ジョセフの『運命』の強さを誰より知るプッチは、すぐにその可能性に気付いた。
 だが、C-MOONを戻す時間はない。一旦C-MOONの操作を中止して、両手でガードを固める。

 ――しかし、ジョセフの左手からは紫色の茨は出現せず。

 絶望的な表情で、頭を垂らすジョセフ。
 その様子にプッチは気付く。
 ジョセフは、ハーミット・パープルのDISCを所持していない。
 ただ、承太郎の記憶にあったハーミット・パープルに、一抹の希望を託したのだろう……と。

 ――元より、ジョセフがハーミット・パープルを発現させられるワケがなかった。

 ハーミット・パープルは、DIOにザ・ワールドが発現した影響で目覚めたスタンド。
 DIOが乗っ取っていたジョナサン・ジョ-スターの肉体が、ジョースターの血統の眠れる力を呼び覚ましたのだ。
 生まれたものと一つになったプッチは、星の痣を持っていてジョースタ0の血統の居場所を感知できる。
 とはいえ、ジョースターの血統に影響を及ぼすような繋がり――例えるなら見えない糸――は、存在しない。
 ……ジョセフが、自身に眠れるハーミット・パープルを扱えるようになるはずがなかった。

「少々ヒヤッとしたが、終い…………だ……?」

 C-MOONの操作に集中しようとしたプッチが、何かに気付く。
 妙な様子に、一度敗北を受け入れかけたジョセフもプッチの方を向き――気付いた。

「うぐおあああああああああ」

 絶叫しながら、C-MOONを解除するプッチ。
 プッチの身体には紫色の茨は巻きついていなかった。
 しかし!
 マジシャンズ・レッドの左手から伸びた――赤く燃え盛る炎で出来た綱は、しっかりとプッチを縛り付けていた。

 ――スタンドはその本人次第で、成長して新たな力を獲得することがある。

 これまでジョセフは、炎を扱うことに関してはマジシャンズ・レッドの半分の力も出せていなかった。
 されど! 敗色濃厚な八方ふさがりな状況にもかかわらず、諦めることなく自身い眠る力を信じたジョセフの精神。
 それは、マジシャンズ・レッドを『成長』させた!
 本来の持ち主であるモハメド・アヴドゥルが、『レッドバインド(赤い荒縄)』と呼んだ能力を扱えるほどに。
 そもそも、ロープマジックを得意として、ハーミット・パープルを己の中に眠らせているジョセフのことだ。
 炎を流し込む使い方と同じくらい、レッドバインドは相性がよいのである。
 それを使っていなかったのは、炎が綱となるなどと予想していなかったのと、承太郎の記憶を見てからも『炎を出すのは苦手』と思い込んでいたからなのであった。

(『信念さえあれば、人間に不可能はない。人間は成長する』
 ――どうやらあんたの言ったらしい言葉は本当だったらしいぜ、祖父さん……)

 ジョセフの脳内に蘇るのは、ロバート・E・O・スピードワゴンから伝え聞いた一文。
 かつてジョナサン・ジョースターが、吸血鬼であるディオと対峙した時に臆することなく言い放った言葉!

「裏返、せ……『C-MOON』……ッ!」

 再発現したC-MOONが、プッチを縛り付けるレッドバインドに拳を振りかざそうとしている。
 しかし、ジョセフの方が速い。
 何せ、ジョセフは傍らに倒れたマジシャンズ・レッドに手を伸ばせばよいのだ。
 足が裏返っていても、這いずり回るだけで当然間に合う。

「幽波紋を伝わる! 波紋疾走ッ!!」

 本来、波紋は炎を通ったりはしない。
 しかしマジシャンズ・レッドの吐き出す炎は、ただの炎ではない。
 スタンド使い以外には目視不可能なもの。すなわちスタンドエネルギー!
 そして、スタンドは――――波紋を通すッ!
 マジシャンズ・レッドの左手からレッドバインドへ、レッドバインドからプッチへと波紋が流れていく。
 身体を痙攣させて、プッチとC-MOONが悶える。
 同時進行で、ジョセフは裏返った左足にも波紋を流し――十秒が経過。
 出血は止まったとはいえ重症に変わりない左足をあまり使わず、ジョセフが立ち上がる。
 そして、レッドバインドを解除。波紋の痺れが残るプッチが倒れこみそうになるも、気合で踏ん張る。

 ジョセフがレッドバインドを解除したのには、理由がある。
 レッドバインドは縛り付けることは出来ても、火力自体は生身でも耐えることが出来る程度のもの。
 そして波紋はスタンドを伝わるとはいえ、やはり伝導率はそこまで高くはない。
 つまり、このままでは勝負は決まらない。
 勝負を決めるには、プッチに近づいて正面から炎か波紋を流さねばならないのだ。
 しかし相性がいいとはいえ、まだジョセフはレッドバインドの扱いに慣れていない。
 練習すれば、百パーセント以上の能力を発揮出来るかもしれないが、現状では移動しながらレッドバインドを維持するのも不可能。
 ゆえに、ジョセフはレッドバインドを解除したのだ。正面から決着を付けるために。


  ◇  ◇  ◇


 波紋で痛みを抑えているとはいえ、ジョセフの左足は重症。
 それに加え、足の裏からくっつく波紋を流しているとはいえ、プッチの重力は健在。ゆっくりと歩くことしか出来ない。
 ゆえに、マジシャンズ・レッドの射程にプッチが入ったときには、プッチは波紋の痺れから脱していた。
 しかし、プッチも動かなかった。
 もしジョセフから離れてしまえば、またレッドバインドが飛んでくるのは明らか。
 仮にもう一度レッドバインドと波紋を食らってしまえば、さらに体力を失うこととなる。
 ならば今のうちに、離れたりせずに正面から殴り合い――心臓か顔面を裏返した方が、勝率は高い。

 ジョセフとプッチ、その距離二メートル。
 互いのスタンドが、最良のポテンシャルを生かすことの出来る範囲。

 プッチが右腕を振りかざし、C-MOONもそれに呼応する――その攻撃こそが、最高の速度を出せるため。
 ジョセフとマジシャンズ・レッドが左ストレートの構えを取る――その腕しか残っていないため。

 静けさが、格納庫を支配する。
 実のところ、まだプッチがC-MOONに覚醒して五分も経っていない。
 プッチが研究員を探していた時間を考えれば、ジョセフとの戦闘時間は二百秒にも満たない。
 しかし、あとその四分の一にも満たない時間で決着はつくであろう。
 そう、決着がつく。長い時間、そして多くの物を犠牲にしてきた因縁の決着が……――――

「オラァァッ!!」
「おおおおッ!!」

 奇しくも、動いたのは同時。
 しかし、マジシャンズ・レッドとC-MOON。
 本来同程度の体格であるはずの両スタンドだったが、奇妙なことに――C-MOONの腕の方が、マジシャンズ・レッドの腕よりも長い。
 本当に僅かの差だが、C-MOONの指先が少し奇妙な形に伸びていた。

(十字架を爪の間に刺し込んだッ! 冷や汗を禁じえない戦いだったが、これで決まる!
 C-MOONに影響を及ぼし、僅かだがマジシャンズ・レッドよりも長くなったぞッ! その差が勝負の分かれ目だッ!!)

 プッチは十字架型のアクセサリを、人差し指と爪の間に突っ込んだ。
 その結果、僅かだがC-MOONの腕が伸びたのである。
 マジシャンズ・レッドとC-MOON、互いに当ててしまえば勝負の決まる拳。
 数センチの十字架の差で、後者のほうが標的へと近づいていた。

「人類の『幸福』のための『犠牲』となれェーーーッ! ジョースタァアーーーーッ!!」

 勝利の雄たけびを上げるプッチの瞳に、奇妙なものが入ってきた。
 赤色をしたマジシャンズ・レッドの拳ではなく、同じくらい無骨な肌色をした拳。
 妙に冷静に、プッチはその正体を分析した。
 この場にいる者で、拳を放てるものなどジョセフしかいない。ならば、そう見るのが最も妥当。

「そんなふざけことが! ありえはし……がああッ」

 プッチの思考は、勝手に言葉となって口からこぼれていた。
 しかし、最後まで言い終えることはなかった。
 それよりも早く、スタンドの腕を越える長さまで腕を『伸ばした』ジョセフの拳を、腹部に思いっきり受けたのだから。
 初めてプッチが体験する、スタンドを介していない直に波紋を流される感覚。
 プッチの全身を電撃のように全身を駆け巡る、熱くもあって冷たくもあるような奇妙な衝撃。
 波紋の影響でC-MOONを勝手に解除してしまい、意識を落としそうになる中で、プッチの聴覚は辛うじてジョセフの声を捉えていた。

「ズームパンチ!!」

 ズームパンチとは、波紋戦士にとって最も基本となる攻撃の一つ。
 間接を外すことで腕を伸ばし、攻撃する。
 間接をはずした状態で物を殴る際の激痛は、波紋で和らげる。
 ジョセフは最初からマジシャンズ・レッドで炎を流し込むことではなく、ズームパンチを狙っていたのだ。
 マジシャンズ・レッドの拳は、間接を外したことで長くなった自らの腕を隠すためのものにすぎなかった。
 ジョセフ・ジョースターは、どちらが勝つか判断つかない勝負に挑む男ではない。
 レッドバインドを解除した時点で、ジョセフはこの作戦を編み出していたのだ。
 何度も言ったが、もう一度言う。
 中国の兵法書『孫子』に書かれた一文、『勝利というのは、戦う前に全て既に決定されている』。
 この言葉こそが、ジョセフの闘いに対する気構えなのである。

「ふざけたことだって? はッ! 俺からすりゃあ、テメェの重力と裏返しのが全然イカサマだぜ!」

 満身創痍の肉体でジョセフは、自身が殴った衝撃で吹っ飛ばされているプッチへと視線を向ける。
 その進行方向には、UFOの窓があった。
 ただの人間ならともかく、ジョセフなんかが殴ればすぐに割れてしまいそうな。
 そんな――UFOの窓が、プッチの進行方向には存在していた。

 ジョセフがそのことに気付いたのと同じ時、同じくプッチもこのままではUFOの窓に激突すると気付いた。
 重力は、プッチを中心に放射状に発せられている。
 そしてヴィジョンではなく重力の射程距離は、かなり広い。
 さて、そのプッチが、だ。
 もしも、体積と質量を持った、筒のように周囲を取り囲む物体に……そうだな。
 箱だとか、車だとか……UFOのような物体に入り込んでしまったら、どうなるだろう?

 答え――――『真上』に落下する。

 吹っ飛ばされながら、プッチはその結論に至っていた。

(危うく絶望しかかったが、理解したぞッ! DIO!
 私に必要なのが、『北緯二十八度二十四分、西経八十度三十六分』の『新月』の時の『重力』。
 ならばUFO内に肺って宙に浮きながら、『新月』と同じ『重力』の影響の『位置』をッ! 探せばいいッ!
 『時』も『場所』も操縦者も、もう待たなくていいッ! ジョセフ・ジョースターに殴られて……突っ込まれて、正解だったのだッ!!)

 切れ掛かっていたプッチの意識の糸が、一気に覚醒していく。
 波紋を跳ね除けるほどの感情――それは歓喜。プラス達成感。

「ジョセフ・ジョースター! やはりお前は、『試練』だった!
 C-MOONの時と同じく……C-MOONが完璧になれる『位置』をッ! 手に入れるための!
 最後に私を押し上げてくれたのは……私の味方は、やはりお前達だった! 『ジョースターの血統』だったッ!!」

 何を言っているのか理解できないという様子のジョセフを確認し、プッチは嘲笑う。
 もうプッチは、ジョセフの方を見ていない。
 視覚的な意味だけではなく、プッチの頭の中もまたこれからUFO内に入って『位置』を探すことで一杯であった。
 生涯で最も激しくなっていると思われる鼓動を落ち着けようと、プッチは素数をカウントする。
 プッチの脳内では、教会のベルと賛美歌が響き渡っていた。
 そんなプッチの耳に、聖堂じみた音色を押しのけてジョセフの声が届く。

「何だか分からねーけど、気絶しなかったんだよなァ~~。ンでもって、その様子だと策か何かがあるってことだよなァーーー?
 なら、あんまり気はすすまねけどォ……『クレイジー・ダイヤモンド』ッ!」

 既に発現していたマジシャンズ・レッドの手刀が、手首から先がないジョセフの右腕をに振り下ろされる。
 結果、ジョセフの前腕が切り落とされて肘から先がなくなる。
 傷口は先ほどと同じく、マジシャンズ・レッドの掌で焼いて出血を止める。
 そして断ち切られた前腕を、発現したクレイジー・ダイヤモンドが握り締め――プッチ目掛けて投擲した。
 落下加速度によって速度を落としながらも、プッチがUFOのガラスに突っ込むより早くプッチの元へと前腕は届く。
 勢いを失ったといっても、当たれば十分プッチの吹っ飛ぶ方向を変えることが出来るだろう。
 しかし、プッチがC-MOONを再発言させる。
 飛来してきた前腕を迎撃しようと、拳を握って構えを取るC-MOON。
 C-MOONを見たジョセフは、両手で顔を抱える
 その姿は、プッチの頬を緩めるのに十分なものであった

「お前の次の言葉は、『この程度で私とDIOの目的を阻止出来るとでも思うか』だ」
「この程度の攻撃で、私とDIOの目的を阻止出来るとで――何っ!」

 プッチが口を開こうとする直前。
 白い歯が見えるくらいの笑みを浮かべながら、ジョセフが口を開いた。
 その内容に呆気に取られるも、プッチはジョセフの発言を心理的な揺さぶりだと判断。
 気にしないことにして、前腕を打ち払おうとC-MOONを操作しようとして――

「『相手が勝ち誇った時、そいつは既に敗北している』――それが、このJOJOのやり方よ」
「か…………はあッ!?」

 上斜め後ろから迫ってきた拳を背を受け、ジョセフに殴られた衝撃による軌道が変更。
 UFOのガラスではなく金属で出来たボディに身体を叩きつけ、UFOの付近へと落下した。
 背骨への攻撃に意識が朦朧となりながら、意地で目を見開いたプッチ。
 その眼前で、クレイジー・ダイヤモンドが投げたジョセフの右腕が浮かんでいた。
 前腕だけでなく、数分前に切り落とされた拳もくっついた状態で。
 プッチは、ジョセフの行動を理解した。

 クレイジー・ダイヤモンドは、前腕をただ投げつけたのではなかった。
 『治す』能力を使ってから投げつけたのである。

 プッチの重力は全方向に反射的に働く。
 ゆえに、C-MOONに弾き飛ばされたジョセフの右拳は、プッチの背中からの重力によってジョセフとは別方向へと追いやられていた。
 その拳に背を向けていたプッチは、浮かんでいた拳の存在に気付かなかった。しかし、ジョセフからは簡単に発見できた。
 そして三村信史との戦闘中、三村よりジョセフは『体外に出た血液』は、既に自分ではなくなるのでクレイジー・ダイヤモンドで治すことが出来るのを知っていた。
 ならば、切り落とした腕はどうなるか?
 身体にくっついてくれる事はないだろうが、同じく切り落とした腕ならば『体外に出た物』同士。治りはしないか?
 ジョセフの考えに確信はなく、はっきり言って賭けであったが成功――治った。
 拳は前腕にくっつくために重力に逆らった動きで、治るための最短距離を通って前腕の元まで空間を走って来た。
 前腕への最短距離を阻む物体――プッチの肉体ごと通ってきたのである。

「ハァー、ハァー……やっとここまで来た、ぜ……」
「ジョー……スター……!」

 裏返った左足を極力使わずに、くっつく波紋を足の裏に流したジョセフがプッチの元まで辿り着いた。
 クレイジー・ダイヤモンドは解除され、傍らにはマジシャンズ・レッドのみ。
 プッチは、未だ意識を繋ぎ止めていた。決して傷が浅いのではない。
 スタンドを出せないほどのダメージを受けながら、『天国』への執念ゆえに意識をおとさないのだ。
 あまりのしぶとさに、さすがのジョセフもぎょっとする。
 だが、ジョセフはプッチの命を奪うことに関して迷いはない。
 マジシャンズ・レッドだけがジョセフの前に出て、プッチの元へと到着。左の拳を握り締める。

「ジョ……セフ・ジョースター……止め、ろ…………
 人、類……の、『幸……福』のため、だ……『位置』に行か…………ねば、ならな、い。
 死……ぬ……わけ…………には……! いか、な、い、ん……だ…………
 ……人、は……『う……ん命』を……『克服』、しな……く、ては……ならない!
 そ……の為には……! わた……しが、『か……ん成、の……能、りょ、く』に……『到……た、つ』せねば、なら………………」
「……人ってのは、信念がある限り『成長』するもんらしいぜ。俺はさっき実感した。
 『成長』して、立ちふさがる壁を乗り越えていく。『克服』ってのはそういうことだ。お前の言う『克服』は、『克服』とは別物だ。
 お前が完成の能力とかいうヤツに到達しても、それで全人類が『成長』することはない……『克服』じゃあねえ」
「知った……ような、こと、を……!」

 マジシャンズ・レッドの左拳が、プッチの身体に触れる。

「DI……O………………」
「――赤熱の波紋疾走(プロミネンス・オーバードライブ)」

 マジシャンズ・レッドが拳に力を込めると、触れた箇所からプッチの体内に炎の奔流が巻き起こる。
 秒と経たないうちに、プッチの身体は灰となった。

 エンリコ・プッチは――DIOの意思は、ジョセフが鍛錬によって『成長』した能力に『克服』されたのである。

 同時に、重力がそうあるべき状態へと戻る。
 緊張感が切れたことによりくっつく波紋が途切れて、ジョセフが本来床であった場所へと落下する。
 波紋で防御することもなく背を打ち据えながらも、ジョセフはゆっくりと体勢を立て直す。
 まだジョセフには、やらねばならないことが残っている。
 沢山あるやるべきことのなかで、最も優先すべきことをせねばならない。
 たっぷりと時間をかけて立ち上がり、同じく落下してきたプッチの灰を見下ろすジョセフ。
 波紋が途切れたことで遅い来る失った右手と右耳、裏返った左足の激痛に耐えて、まっすぐ前を見据える。
 左手で拳を作り、そのまま天を衝く勢いでまっすぐと左腕を伸ばしきる。
 そして口を開き、腹の底に力を入れて声を張り上げる。

「決着ゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!!」

 それは、一世紀以上にも渡る因縁に終止符を打つ勝鬨の声。
 先祖に、子孫に、宿敵へと、告げるべき勝利宣言。
 スピードワゴンとエリナ・ジョースターより伝えられた過去、承太郎の記憶より知った未来、倒された服部平次。
 いろいろな事象がジョセフの脳裏を駆け巡り――ジョセフの瞳から一筋の雫が毀れ、頬を伝った。