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mangaroyale

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拳 ◆1qmjaShGfE



暗闇大使対三影英介ことタイガーロイド、この二者の戦いに介入する事はほぼ不可能である。
強化外骨格「霆」を纏った葉隠四郎はその与えられた権限を行使し、コマンドロイド、そして怪人達の指揮権を一時的に暗闇大使より預かりうける。
実際はそんなにややこしい話でもなく、暗闇が指示を出せなくなってしまった為、より低位の指揮権を持つ四郎がそれを行使しているだけなのだが。
パピヨンを自らが押さえつつ、コマンドロイドと怪人により包囲網を形成。
神の間の広さは十二分、戦闘を行う暗闇と三影から距離を取りながらも遠巻きにパピヨンと四郎を取り囲むように配置する。
パピヨンをあしらいながら四郎はほくそ笑む。
パピヨンの継戦能力が低い事は知っている。ならば、コマンドロイドや怪人を使い疲労させてから倒すが上策である。
そんな四郎の考えがわかっているのかいないのか、パピヨンは四郎の攻撃を右に左に大きくステップしながら、かわし続ける。
格闘技術においては四郎が格段に勝っている。
にも関わらずそれのみで決定打となりえないのは、単純にパピヨンが踏み込んで攻撃するような真似をせず、後退し、或いは大きく横に跳んで接近戦を避けているからにすぎない。
十六度目の斬撃をパピヨンが大きく後方に跳んでかわした時、四郎は追撃の手を緩めた。
これで詰みだ、と四郎が確信したその時、包囲網の一角で爆発が起きる。
「悪足掻きを。今更気付いても遅いわ」
爆煙に向かって飛び込むパピヨンと、四郎の指示通り包囲網を狭めながら追いすがり、又その行く手を阻まんと立ちふさがるコマンドロイドと怪人達。
核鉄による爆発規模は四郎も把握している。
これだけでは数体を吹き飛ばすのがせいぜい。ならば包囲を抜けるは不可能なり、と高をくくっていた。

「馬鹿が……武装錬金」
余りに短慮すぎる四郎の思考に、パピヨンは内心げんなりとしていた。
腕っぷしだけの敵など、まともに相手してやる気すら起きない。
ニアデスハピネスを解除すると同時に、サンライトハートを顕現させる。
サンライトハートの突進力を、こんなザコ程度で止められるはずもない。
これを持つパピヨンを包囲するという事自体がナンセンスなのだ。
槍から噴出す炎を身に纏い、一直線に包囲網を突き抜ける。
どうやらこの場に居る怪人やコマンドロイドは優秀な個体を揃えているようだ。
サンライトハート突撃を真正面から受け止める間抜けもおらず、辛うじて数体の一部を引き千切るに留まる。
それでいい、こちらの狙いはそんなものではないのだから。

遠距離の火力に勝るタイガーロイドであったが、暗闇大使の仕掛ける近接戦闘に真っ向から応じていた。
暗闇の外皮に対し細かいレーザーは意味が無い。ある程度火線を集中した攻撃でなくば痛撃を与える事は出来ぬ。
拳による打撃に加え、断続的に太いレーザーを放って外皮の表面を削り取る。
片や暗闇は電磁鞭や硬い外皮に物を言わせた拳撃を用いてタイガーロイドを圧倒せんとする。
暗闇は自らの能力に絶対の自信がある故、ノーガードによる消耗戦を挑んだ。
その選択に誤りは無かった。
BADAN改造人間の中でも有数の強化を、その類稀な意思の力で行い続けてきた三影。
しかしそれは、力を信奉する集団で常にトップの座にあり続け、大首領から二度の復活を許される程の実力を持つ暗闇と比して、より高いものであるかと問われれば難しいであろう。
それでも三影は引かない。
強き信念、絶対的な意思の強さ、強固な目的意識において三影は暗闇のそれを上回る。
皮肉な事だが、三影の決して揺るがぬ決然としたあり方は、彼が最も嫌う仮面ライダーのそれに酷似していた。
戦闘スタイルにも現れる三影のそんな姿勢が、暗闇は心底気に入らなかった。
なればこそ圧倒的な力で蹂躙する。言い訳の余地も与えぬ。絶望の中で失意と共にこの世から消え去るがいい。
「タイガーロイド! 貴様が私に歯向かうなどオオオオオオおおおおううううううおおおおお!!」
侮蔑の言葉と共に近接距離からのミサイルを浴びせてやらんとしていた暗闇の横っ腹に、包囲網を突き抜けた勢いそのままにパピヨンがサンライトハートを突き刺した。
サンライトハートの突撃は留まる所を知らず、暗闇を突き刺したまま尚も飛翔を続け、轟音と共に壁面に叩きつける。
それ程の勢いでありながら、暗闇の外皮を完全に貫通する事も出来ずに居る事に気付いたパピヨンは、即座にサンライトハートを引き抜いて大きく後ろに飛び下がる。
「……こいつは村雨より面倒そうだな」
何をしようと壊れなかったゼクロスを思い出しぼやくパピヨン。
タイガーロイドは不愉快そうに顔を歪める。
「キサマ……何の真似だ」
視線だけで射殺されそうなタイガーロイドのそれを無視し、神の間全体を見渡すパピヨン。
思惑が外れて舌打ちをする四郎。
突然の不意打ちに憤怒の表情を見せる暗闇。
四郎の指示に従い、暗闇大使とタイガーロイドの側には近づかず、遠巻きにこちらを包囲しているコマンドロイドと怪人達。
どれもこれも、脳細胞の数がパピヨンの十分の一にも満たないだろう、間抜け顔だ。
「いやな、一つやり忘れた事を思い出しただけだ」
だだっ広い神の間全体に満ち溢れるパピヨンへの殺意にも動じる所は無い。
帝王に相応しいと自らが信じる傲慢不遜な態度で、胸を張り、顎を反らしてタイガーロイドを見下ろす。
「何だと?」
「お前、俺よりも強いと思っているだろう? そんな致命的な勘違いをされたままでは、今後色々と迷惑なのでな」
タイガーロイドに冗談は通じない。これでパピヨンはこの広間に集まった者全てと敵対する事になった。
一際温度の低くなった、いや高くなったタイガーロイド周辺の空気を感じ取っていないのか、パピヨンは軽快にステップを踏む。
「いいぞ俺はいつでも。その代わり一つだけ忠告しておいてやる。やるのなら全力で来い。手を抜いたせいで負けたなどと言い訳されるのも鬱陶しいんでな」
四郎は事の次第が飲み込みきれず、静観の構えを取る。
そして暗闇大使は……
「この私を愚弄するか……ワームごときが……」
壁面に埋め込まれた体を引きずり出すのも忘れ、全身を震わせている。
事の重大さを理解していないかのように気安く、人を食ったような笑みで手招きをするパピヨン。
「どうした三影、やるんならさっさとしろ。まだまだ処理しなければならない事は多いんだ、お前の相手をしてる時間もそんなにはやれんぞ」
三影英介は決して低い知能の持ち主でもないし、力を信奉してはいるがやみくもに武を振り回すような品性に欠ける男でもない。
しかしパピヨンには何か狙いがあると読めても、手加減をしてやる気も、敢えてその読みを外す気にもなれなかった。
「……時間は取らせん。一瞬で消し去ってやる……」
タイガーロイドの毛並みが揺れる。
今度は比喩で無しに、タイガーロイドを覆う大気の温度が跳ね上がる。
両の足を支える床から煙が上がり出したのは、神の間の床が燃え出したせいか。
急激な温度変化により気流が生じ、タイガーロイドから周囲へと吹き付ける。
熱風を正面より浴びながら、パピヨンは尚、笑う。
その笑みに費やされた努力は、余人には理解しえぬだろう。

「俺を蘇らせた礼だ。刹那の時すら感じず死ね」
「撃て秀!」

パピヨンの怒声に重なるように、タイガーロイドがその口を開く。
溢れる光の奔流、迸る咆哮、神の間は輝きに包まれた。



「私も……っ!」
みなまで言わせずかがみの口を手で塞ぐ村雨。
「頼むから大声を出すな。距離があるとはいえ気付かれないとも限らない」
通路の先、50メートル程行った先で開けている広間からは間断ない戦闘音が響いてきている。
かがみがその状態のままでこくこくと頷くのを見て、村雨は手を離す。
すぐに今度は囁くような声で喚き出した。
「だからっ、私も行くわよ」
つられて村雨も小声で囁く。
「今は争っている場合じゃないから正直に言う。あの先の開けている場所から漂う気配は異常だ。少し戻った所に部屋があったから、そこに隠れていてくれ、頼む」
村雨の言わんとする事はかがみにも理解出来ている。
戦闘力に欠くとはいえ、柊かがみもまた激戦の最中を潜り抜けてきたのだ。
ましてや今は敵本拠地の中、緊張を切っていないかがみの危機感知能力は常人を遙かに凌ぐ。
村雨だけではない、かがみも又あの広間から漂う並々ならぬ気配に気付いていたのだ。
足手まといにはなれない。しかし、ただ守られるだけの存在では同じ事なのではないのか。
せめて弾避けぐらいには、とも思っているのだが、村雨は決してそれをかがみに許さないだろう。
とにかくまずは様子を見てくるという村雨の言葉に、かがみはすぐに頷けない。
最後の決戦ですら足手まといではここに来た意味が無いではないか。
何時に無く頑なになるかがみだったが、村雨も決して譲らず無駄に時間ばかりが浪費されていく。
「……」
「ダメだかがみ」
ぐっと両肩を掴んでかがみを押しとどめる村雨。
「……」
「だから、ダメだと言っている」
俯き、右手で左腕をぎゅっと握り締めるかがみ。
「……」
「頼むから聞き分けてくれ。そんなに押されても俺は折れる気は無いぞ」
不意にすいっと顔を上げる。
「……私、押したりしてないけど」
「何?」
ふと気が付くと、二人の体は密着せんばかりに接近していた。
「きゃっ!」
「え、おっと、す、すまん」
慌てて飛びのくかがみと村雨。
しかし、かがみはその場から動かず、逆に村雨は大きく後ろに飛びすぎたせいで転びそうになる。
「あれ?」
「何だ?」
顔を見合わせる二人の隣を、床に置いていたデイバックが通路の奥へとずりずり滑っていく。
「何……これ?」

ソレは突然襲ってきた。

真横に引きずられる感覚、否、真横に落ちる感覚だ。
そうと認識するのにかがみは数秒の時を要した。
しかし改造人間である村雨の動きは早かった。
二つのバックを片手で拾い、もう片方の手にかがみを抱えると元来た通路、つまり上の方へと駆け上がっていく。
途中通路よりも突起の多い壁面を走った方が良いと気付き、そちらに切り替えてからは早い。
あっと言う間に村雨が先ほど言っていた、少し戻った所にある部屋へと辿り着く。その頃には完全に90度床がズレていた。
扉を力づくでこじ開けて、入り口に立つ二人。
「どうなっている?」
「罠とかかな。ほら侵入者を追い出すーってよくそういうのあるじゃない」
「なるほど、だが一つ解せない点がある」
「ん?」
上の方から悲鳴と共に降ってきた物体が一つ、二つ、三つ。
かがみと村雨の眼前を通り過ぎたそれは、おそらく怪人の類と思われた。
落下に釣られるように目線を落とす二人。
三体は下部の広間まで落ちていきあっと言う間に見えなくなった。
生唾を飲み込むかがみ。
「そうね、味方まで巻き込む罠ってのも変な話よね」
村雨からの返事は無い。
ただひたすらに下を見下ろすその顔は、既に敵と対峙している時と同じ物であった。
現実的な話、この状態ではかがみが向こうに行く手段も無い。
目を瞑り、大きく息を吸い込む。
「村雨さんごめんね、わがまま言っちゃって。私はここで待ってるから」
すぐにも飛び出していきたい、そんな気配が全身に漂っていたのだが、村雨はそれでも一度だけかがみの方を向いた。
「すまん」
そう言い残し、垂直になった通路を駆け下りていった。
その後姿に、かがみは切なげな視線を送る。
「……どうか、無事で」



パピヨンの行動は素早く、的確であった。
サンライトハートを地を嘗めるように走らせ、その柄を掴みながら高速でタイガーロイドへと接近。
同時に右腕で盾のような何かを掲げて頭部を斜めに覆う。
タイガーロイドの真正面から放たれた光線は、放射状に数十センチ伸びた後、直径4メートル程の強大な束となりまっすぐに伸びていく。
その進路を妨げる床や壁は、ほんの数秒も保たず溶解し尚もその前に立ちはだかり続ける内壁が、一枚、また一枚と消滅していく。
室内の温度が加速度的に跳ね上がる。
まっすぐ頭から飛び込む形でこれに真っ向からつっこんでしまったパピヨン。
盾をかざしているとはいえ、その大きさで全てをカバーしきる事も当然不可能。
まるで溶鉱炉にでも飛び込んだような灼熱感が全身を襲う。
視界はその全てが輝きに包まれ、まともに目を開けている事も出来ない。
サンライトハートがまっすぐ目指した方向へと向かってくれているのか、それすら確認しようがない。
チャンスはほんの一瞬しかない、それをこんな悪条件下で為し得るのか。
不意に視界が真っ暗に戻る。
ダメだ、これでは位置の特定は不可能。
後は自分の距離感のみが頼りとなる。
闇雲にではない、集中し、研ぎ澄まされた感覚に従って腕を伸ばし、対象に触れる。

良し! 掴んだ!



あらん限りの力を込めて放った光線。
前へと飛び込むパピヨンの動きも把握していたが、構う事はない。
この出力を止めるなぞ、仮面ライダーとて至難であったのだから。
光線が止められている気配は無い。
ならば既に消滅しているはず、そう考えた矢先、足元に槍の穂先が見えた。
全力の光線を放っている真っ最中だ、如何にタイガーロイドとてこれをかわす事など出来るはずがない。
しかし、光線の最中を通ってきたせいか、槍は僅かにタイガーロイドからそれていた。
この勢いならば真後ろに突き抜けて行く。
そう読んだタイガーロイドが振り返ろうと全身にそう指示を下した時、周囲を把握する全ての感覚が狂った。
何が起こったのか理解出来ない。
改造人間たるタイガーロイドが現在位置を見失うなど、万に一つもありえぬ話だ。
しかし現実にタイガーロイドの所有する全ての感覚器が告げていた。
本来ありえない位置に自分が居る、と。
しかしそれによる混乱は無かった。
それならばそれで良い。位置は変わったが、場所は神の間だ、変わっていない。敵はここの何処かに居る。
ならば当たるを幸いなぎ倒すまで。
タイガーロイドは全身に力を込め反動の支えとしつつ、可能な限りの速度で後ろへと振り返る。
全力の光線を放ちながら。



神の間を覆う輝きが全て消えうせ、立ち上る煙と焼け焦げた異臭が室内を漂う。
広大な室内を炭化した煤の帯が一直線に走っている。
幅5メートルの帯はタイガーロイドを囲んでいたコマンドロイド、改造人間達全てを消し飛ばしており、この場に立つ者はタイガーロイドのみとなっていた。
油断無い目で視線を部屋の奥へと移す。
全てが塵となって消えうせた室内に、未だ原型を留めたその二つを確認せんが為。
壁面に叩きつけられ、倒れ臥す鎧姿の男。
壁面にめり込んだまま、全身を煤の帯と同じ色に染め項垂れたままピクリとも動かぬ怪人。
この一瞬に何があったのか、三影は既に把握していた。
険しい表情のまま、この惨劇のコーディネーターであるもう一つの物体、三影の背後を飛びまわって難を逃れたパピヨンへと振り返る。
小賢しいこの男は、先ほど挑発してきた時と同じ、気色の悪い薄ら笑いを浮かべていた。
「証明完了だ。良かったな、消えた先がすぐ側で」

パピヨンが手に持っていた道具、おそらく核鉄ヘルメスドライブであろう。
その力を用いて三影をテレポートさせる。
パピヨンを見失った三影は、移動先が同室内であると察し、ならばとパピヨンが突き抜けていったであろう先に向けて光線を向ける。
その過程で、ザコ達に加え、鎧男、暗闇大使をその光線の餌食とする。
加えて奴の言う通り、テレポート先を自在に操れるというのなら、三影は先ほどの接触で命を落としていたかもしれない。
「フン、キサマの性能で近接戦闘など愚の骨頂だ。もう少し戦術というものを考えたらどうだ」
三影は嘲笑するパピヨンを無視し、部屋の入り口、そこだけは光線を決して向けなかった場所へと首を向ける。
「秀、その銃に暗闇を足止めする程の力があるのか?」
三影が移動した先、もっと言うと移動した時光線の軸線上に鎧男は居た。それゆえ避け切れなかったのはわかる。
しかし暗闇は壁面から抜け出そうとしていた所だ。
奴ならば光線をかわす事も、その隙に踏み込んで来る事も出来たはず。
それを抑える何かがあるとしたら、パピヨンがあの瞬間叫んでいた秀への呼びかけのみ。
秀は嬉々として自らの戦果を語る。
「お、おおよ! 見てくれたか兄貴! 暗闇の首輪をぶちぬいた俺の腕前! はははっ! あの野朗首輪が爆発して泡食ってやがったぜ!」
良く見てみると倒れる暗闇の首、下顎、両肩の内側は大きく抉り取られており、子供が一押しした程度で簡単にへし折れてしまいそうだ。
秀の言葉に驚いたのはパピヨンである。
「何? 牽制程度という意味だったんだが……アイツの首輪爆弾入りだったのか?」
「そりゃそうだろ。普通首輪には爆弾がついてるって……あ」
そこで秀もようやく気付く。スタンドや核鉄の使用を考えるのなら、爆弾を抜いた首輪を使えばいいだけの話だ。
伊藤博士決死の仕掛けを知らないパピヨンは、万感の想いを込めて呟いた。
「暗闇と言ったな。お前……底抜けのバカだろ」
パピヨンが次なる行動へと移ろうとした矢先、全身に負荷がかかり、タイガーロイド、パピヨン、秀の三人は大きく吹っ飛ばされた。



葉隠覚悟は自らの役割を正しく理解していた。
単身にて突貫、BADANの戦力を根こそぎ削り取る事だ。
無論その戦力の中には大首領や幹部達も含まれる。
だから覚悟は声を限りに叫び続ける。
「どうしたお前達! もっと強い者は居ないのか! この俺を止められる奴出て来い!」
サザンクロスの中央部と思しき大きく開けた場所にて、声を張り上げながら断続的に襲い来る敵を次から次へと薙ぎ倒す。

司令室は混乱の極みであった。
局地的に通信網が途切れている箇所がある為、直接人員を派遣しつつ状況を確認しているのでどうしてもタイムラグが生じてしまう。
そもそもこの広大なサザンクロス全てをカバーしきれる程の人員も居ないのだ。
更に侵入者達が想像もしなかった速度でBADANの戦力を削り取っていく為、各部署へのフォローが追いつかない。
暗闇よりここの管理を任されているコマンダーは、随分前から落ち着きを失っていた。
「報告します! D-3セクションにてカマキロイド様遺体にて発見!」
「報告します! 叛意アリとの報告があったジェネラルシャドウ様、仮面ライダーゼクロスにより討死!」
「ほほほ、報告しますっすすっ! ジゴクロイド様とカニロイド様本当にやられちゃったみたいですよおおおおお!! どうしましょー!」
最後の報告をしてきたバカに頭突きをくれてやりつつ、余りの状況の悪さに歯噛みする。
「三バカの遺体回収急がせろ! それと暗闇大使様に報告に行った奴はまだ戻らんのか! 指示無しで好きにやっていいとでも言うのか!?」
オペレーター席の人間が悲鳴を上げる。
「暗闇大使様の所には既に五度の報告を行っておりますが、音沙汰ありません!」
実は報告に行った怪人やコマンドロイドは、四郎の指示でその指揮下に収まってしまった為、折り返しの報告が来ていないだけである。
報告ではなく増援とでも勘違いしている模様。
そもそも怪人やコマンドロイドをそれに当てるのが本来のあり方からズレているのだが、所在不明の侵入者が居る以上この処置は譲れない部分だ。
『BADANとはこの程度か! 衆を頼るのみならば犬畜生にも劣るぞ!』
まだ生きているモニターから侵入者葉隠覚悟の挑発が聞こえてくる。
「ええいくそっ! あの馬鹿を黙らせるぞ! 第二から第五ラボに通達! 開発途中のXナンバーがまだ大量に残ってるはずだ! それを出させろ!」
先ほど悲鳴を上げたオペレーターが仰天して止めにかかる。
「ままま待って下さい! そんなマニュアルにも無いような事したら……」
「バカヤロウ! これ以上好きにさせておく方がよっぽど恐いだろうが!」
コマンダーの内心ではこの数百倍の罵声が飛び交っている。
『普段あれだけ偉そうにしておきながら、幹部連中がどいつもこいつも役立たずってなどういう事だ! まともに戦況判断が出来る奴すら居ないじゃないか!』
本来指揮を任される立場の者、三バカは勝手に飛び出して早々に倒され、パピヨン騒ぎの時はあれだけ動いてくれたプッチ神父も行方知れず。
怪人を率い慣れているジェネラルシャドウはサザンクロスに帰還するなり好き勝手な事を始めた挙句、倒されてしまった。
特に冷や飯を食わされていたとはいえ、ジェネラルシャドウの指揮能力はここ一番でアテにしていただけにダメージが大きい。
何時もならこういう騒ぎには率先して動くはずの暗闇大使も神の間から動こうともしない。
こうなってくると、外様でさしてアテにもしていなかった葉隠四郎ですら居て欲しいと思えてくる。
コマンダーに与えられた権限のみでこの事態に対処するのは最早限界である。
「暗闇大使様には後で俺から事情を説明する! いいからさっさと言われた通りにしろ! それと葉隠覚悟の包囲は足止め程度にするよう伝えておけ! ラボからの増援来る前に全滅しましたじゃ話にならんぞ!」
BADANという組織の戦闘力至上主義とも言うべき性格上、上の立場にあるからといって部下や任務への責任感が伴うとは限らない。
しかし、そんな中であっても果たすべき役割に対して責任感を持って事に当たる者も居る。
大抵そういう者が貧乏くじを引くハメになるのは、何処の世界でも一緒であるが。
暗闇大使に目をかけられ、コマンダーの改造を受けた彼も、そんな中の一人である。
暗闇大使の秘書のような役目、雑務や管理業務の補佐を引き受けていた彼は、確かに現状のBADANを指揮運営する知識も能力もあったのだろう。
だからこそ何人か居るコマンダー達の中から、自然と彼がここの指揮を引き受ける事になったのだ。
コマンドロイドの上に、より優秀な改造を施されたコマンドロイドのエリートがおり、それを指揮するべく最上位のコマンドロイドがコマンダーと呼ばれる。
である以上、当然コマンダーには集団を束ねる力が求められるが、実際は改造適正の問題が重要視される為、指揮能力に劣る者も多い。
そういうコマンダーは率先して自らが前線に立つ事でその優位性を証明しようとするので、むしろ指揮官としては劣悪な部類に入る。
彼は数少ないというよりほぼ唯一と言っていい「コマンダー」の名に恥じぬ改造人間であった。
今回の侵入者達による混乱に際し、ローテーションで回していた司令室内の人員を、高い判断能力を有しているこの手の作業に長けた者のみとしたのも彼である。
残念な事に、他のコマンダーではそもそも誰がこういった作業に向いているかの判断すら出来ないのだ。
彼は思う、せめて後半年もらえれば、サザンクロス内は完璧に仕上げて見せたのにと。
しかしそれを言っても詮無き事だというのもわかっている。
侵入者達もBADANも限られた条件の中でやりくりしなければならないのは一緒なのだから。

頭を振って思考を戦場へと戻す。
盗聴を行っていた監視員に状況を確認した所、葉隠覚悟、仮面ライダーゼクロス、ジョセフ・ジョースター、才賀エレオノール、服部平次、桂ヒナギク、柊かがみの七人が生存している可能性が高いとの報告を得た。
これにパピヨンを加えた総数八人による襲撃。
数だけ見るならば正気を疑う所だが、資料によると葉隠覚悟、仮面ライダーゼクロス、ジョセフ・ジョースター、才賀エレオノールの四人はこちらの改造人間を軽く凌駕する戦力の持ち主との事。
現に虎の子の暗闇三兄妹はあっさりと倒されてしまっている。
非常に危険な人物の侵入を許してしまっている上、その所在がはっきりしているのは葉隠覚悟のみ。
この男はそもそも隠れるだの逃げるだのする気がまるで無いらしく、こちらから発見しやすい場所を選んで移動しているフシもある。
「探索部隊は一刻も早く残った連中を探し出せ! だが、絶対に手出しするんじゃないぞ! こちらからの指示を待つよう厳命しておけ!」
彼等の破壊工作のせいか、通信や監視のシステムは軒並み絶不調。
司令室に居る二十人の内、半数はその復旧にあてなければならない始末。
「連中の立場からすれば、こちらの体制がここまでボロボロだなんて予想すら出来ないはずなんだが……こちらの内情を把握していたとでもいうのか?」
裏切り者になりそうな奴の心当たりは、実はごまんといる。
恐怖によって不満を押さえつけているBADANは、常時この手のリスクに付き纏われなければならないのだ。
一度自身も落ち着きを取り戻す為、司令室の椅子に腰掛ける。
幹部専用の豪奢な椅子は部屋の奥に移動してあり、彼が座っているのは車輪のついた簡便な椅子だ。
深く腰掛けると、その勢いだけでタイヤが回り、椅子は後ろへと流れていく。
子供みたいな真似をしていると気付いて、足を使って椅子を止めるが、何故か椅子の勢いが止まらない。
「ん?」
むしろ、どんどん勢いが増している気がする。
「何だ?」
と思っていたら、一気に来た。
凄まじい勢いで椅子ごと真後ろに引っ張られるコマンダー。
背後の壁との距離を後ろもみずに測りつつ、椅子に座ったまま壁に対して受身を取って、衝撃を緩和する。
「何が起こっ、ぶほっ!!」
顔の上に何か丸くて硬い物が降ってきた。
首の力だけでそれを振りほどいて起き上がると、隣には前の方の席に座っていたはずのオペレーターの女の子の姿があった。
彼女のお尻が顔面に乗っかっていたらしい。
「す、すみません司令代理!」
頬を染めながら、そう言って飛びのいた彼女。
コマンダーは思った。
『……そういう仕草するんならせめて変身前にやってくれ。その格好でやられてもむしろ恐いぞ』
彼女は落下の最中にコマンドロイドへと変身したらしかった。
見渡すと、ほとんどのオペレーターがコマンダーと同じく壁面に張り付いている。
改造により人を超える精緻な三半規管を持つに至ったコマンダーは、この現象をこう結論づけた。
「うろたえるな! おそらく暗闇大使様がサザンクロスを動かしでもしたのだろう! いいからお前らは任務を続けろ! 司令室の端末はこの程度でどうこうなるほどヤワな作りはしていない!」
オペレーター達は指示に従って自らの担当端末へと飛びあがる。
『資材ケチらず見た目優先、床面接地タイプの端末にしといて良かった……』
司令室改装責任者でもあったコマンダーは、今は床ではなく壁面接地タイプとなった端末に足なり腕なりの力だけで張り付きながら必死の形相で作業を続けるオペレーターを眺めつつ、ほっとため息をついた。



タイガーロイドとパピヨンの二人にそれぞれ腕を掴まれる形で、秀は床と化した壁面へと着地する。
「な、何だこりゃ! 一体全体何が起こって……」
「喚くなやかましい。三影、お前もうエネルギー残量が少ないだろう。こいつを服用しておけ」
パピヨンは錠剤と呼ぶには少し大きすぎる、大人の握り拳程もある得体の知れない塊を三影に渡す。
タイガーロイドの姿から変身を解いていた三影は、何も言わずにそれを受け取る。
「お、おいパピヨン! お前また兄貴に変な事させる気じゃ……」
「だからやかましいと言っている。体に害もあるし、副作用もヒドイが、役には立つ。いいからさっさと飲め」
何かする度に出てくる秀の常識的な言葉が、余程鬱陶しいのか皆まで言わないパピヨン。

三影もパピヨンを信用しているわけではない。
もちろんさっきのあれで自分が敗れたとも思ってはいない。
まるでペテンのような戦闘スタイルは、三影の価値基準からすれば脆弱の証と切って捨てるような代物だ。
だが、それにより三影の全力攻撃を凌ぎつつ、広間に居た連中を壊滅させてみせたのも事実。
役には立つ。
それに三影の体に何かを仕掛けようとしていると考えたとしても、そもそも再生の段階でそのような真似をする機会は幾らでもあったはず。
今更警戒なぞ無意味だ。
奴が何を考えようと、三影は自分のやりたいようにやるだけだ。
即ち、大首領復活。
伝え聞いた限りでは、BADANは厳しい状況に陥るかもしれないと予想出来る。
しかし、そんな不利も大首領さえ蘇れば一撃で覆る。
ならばその為に、残された時間の全てを費やし、最後の最後まで駆け抜けるだけだ。
秀が慌てふためくのを他所に、パピヨンから預かった錠剤を噛み砕く。
全てを嚥下し終えても特に変化があったようには感じられない。
「これは何だ?」
「ママの味スペシャル圧縮Verだ。体積1/100まで圧縮したよーなシロモノを消化出来るのは改造人間ぐらいだろう」
今まで散々嫌味やら文句を言われてきたが、本気で嫌だと思った事はこれが始めてだ。
それが顔に出てしまったらしい。パピヨンは大層満足気であった。
不意にパピヨンと三影が上を向く。
「よりにもよってアイツか。また鬱陶しいのが来るものだ」
「来たか……」
通路であった竪穴から飛び出してきた影。
彼は下で待ち構えていた三人以上に驚いていた。
「パピヨン! ……それに、お前……まさか三影か!?」
秀が恐怖に歪んだ顔で銃を構えた。
「て、てめえはゼクロス! 仮面ライダーゼクロスだと!?」



赤木シゲルはちょうどいい具合に飛び出した壁面の突起に腰をかけている。
手馴れた仕草でタバコを取り出し火をつける。
肺の奥いっぱいにまで吸い込んでから吐き出すと、気のせいだろうと思うが、疲労が僅かばかり軽減された気になる。
真上を見上げると、まるで先の見えない闇が広がっており、次に真下を見下ろすと、やはりそちらも闇に包まれ先が見えない。
この薄暗い照明にはどんな意味があるのだろう。
ただただ不安を煽るだけの作りも、改造人間である連中にはさして不便は無いのかもしれない。
最もこうやって暢気に座っている赤木シゲルから、不安に駆られているような様子は露程も見受けられないのだが。
「……サザンクロスが動いたか?」
重力が完全に傾き直角にズレてくれたせいで、通路が長大な竪穴となってしまい、身動き取れなくなってしまった赤木はそう呟く。
近くに隠れられるような部屋も、歩いて移動出来そうな横道も無い場所でこれを喰らった赤木は、こうして出来た時間を素直に休憩に当てる事にした。
本来この時間でまだ赤木が手にしていない情報を入手しなければならないのだが、このようなハメになってしまった。
ツキの流れが変わった。
それを早速実感している赤木であったが、当人は何処噴く風とばかりにタバコをふかす。
サザンクロスに乗り込んだ招かれざる客で、ここまでマイペースなのは後にも先にも赤木シゲルただ一人であろう。



「ゼクロス、お前は何の為にここへ来た?」
感情の波を感じない、抑揚の少ない声でそう訊ねるのは三影だ。
過去にパーフェクトサイボーグと化した三影は、代わりに言葉を失った。
しかし今回はそういった副次作用は無い模様。
村雨が以前に出会った三影は、まだ人間を感じさせる部分があった気がする。
しかし今の色素が失われた三影からは、ヒトであった頃の様々な物が失われている気がする。
「……俺は仮面ライダーだ。人類を守る為、BADANを倒す為、ここに来た」
三影の聞きたかっただろう事、全てに答えるゼクロス。
「そうか……」
村雨は知らないが、三影は過去にも村雨に拒否されている。
その後、仮面ライダーとしての村雨と凌ぎを削りあい、そして破れた。
「なら、またやるかゼクロス」
「俺はお前とは戦いたくない! 頼む三影! 俺と一緒に……」
「それ以上言うな」
三影の瞳に決して譲りえぬ信念を、村雨は見た。
それは善悪を超越した男の決意だ。
友とさえ思った相手との死闘を一息に飲み込める程、まだ村雨も成熟しきってはいない。
それでも、目を瞑って言葉を堪え、そして再び開いた時には三影のありようを受け入れていた。
「……わかった。なら戦おう三影」
「そうだ、それでいい」
眉一つ動かさない三影が、村雨は何故か笑っているように思えてならなかった。

村雨良という男の性格を、パピヨンは全て把握してはいない。
それは三影に関しても同様だが、そんな二人の、二人のみに通じるはずのやりとりが、パピヨンには理解出来た気がした。
知らずカズキの核鉄を握り締める。
「秀、俺は研究室を探す。お前はこいつらのケリが着くまで避難していろ」
「な、何言ってんだよ! 俺だって兄貴と一緒にたたか……」
「邪魔をするな」
さして強い口調ではない、しかしそう言ったパピヨンの表情が秀からそれ以上の抗弁を奪い去る。
「邪魔だけは……してやるな」
再度呟く言葉に、完全に押し黙る秀。
かつて三影とゼクロスの闘いに乱入した時に聞いた、三影のまるで焦れるような言葉を思い出したのかもしれない。
素直に銃を降ろす秀に、パピヨンは手持ちのバッグから大きめのヘルメットを放り投げる。
「使え。ヘルメスドライブの代わりだ。それでせめても足手まといにならん程度にはなっておけ」
被るだけで人の身でありながら、強靭な肉体を得るライダーマンのヘルメット。
貴重なはずのそれを惜しげも無く秀に渡すと、パピヨンは脇に伸びるこちらは歩いても移動出来る通路へと向かう。
三影はパピヨンの去り際にぽつりと呟く。
「礼は言わんぞ」
「いらん。結果で示せ」
とんっと大きく跳躍し、通路の入り口へと着地する。
そこで一度だけ振り返ると、既に三影も村雨もこちらを見ていない。
お互いの気が最高潮に振り上がるのを待ち、決着を着けるつもりだろう。
視界の隅にはバイクが二台転がっている。
一台は突然重力がおかしくなった時、通路から降ってきたもの。これはおそらく村雨のものであろう。
もう一台はパピヨンが乗ってきたものだ。
村雨はバイクを用いた戦闘にも長けている。もし村雨がそれを使うのなら、ヘルダイバーを残しておけば三影も同じ条件で戦えるだろう。
「……我ながら大盤振る舞いが過ぎるな」
自嘲気味にそう呟いて道を行こうとしたパピヨンは、突如襲い来た平衡感覚の乱れを察知すると同時に大声を上げる。
「避けろ秀!」



突然の重力変化による隙をつき、覚悟は一気に前線を前へと突き進める。
零の戦況予測によると、最初期と比べ攻勢が落ち着いてきているのは、次なる大攻勢への布石であり、その為の準備を後方にて行っているはずとの事。
後方にあるだろう戦力の一時集結地を体勢が整う前に強襲し、敵の目論見を打破する。
大きく開けた広間を戦場としていた覚悟は、零の指示に従い通路を疾風のごとく駆け抜ける。
零の解説により重力の向きが変わった事にも即座に対応出来た覚悟であったが、どうも怪人達はそうもいかない様子。
覚悟も零もてっきりこれもまた敵の策略とばかり思っていたのだが、何か別の力が働いた、そう怪人達の動きから推察している。
果たして零の予想通り、更に奥に抜けた場所に先の倍はあろうかという大きな吹き抜けの空間を見つける。
広間は多層式になっており、各層を繋ぐ通路が縦横に走るその空間に、続々と敵改造人間が集まり始めていたのだ。
「流石は零よ、見事な判断だ。ではここで大暴れと……」
そこで覚悟は言葉を切る。
大慌てで覚悟への陣形を組んでいる怪人達の後ろに、彼女の姿を見つけたせいだ。
「あれはまさかっ!?」
『待て覚悟!』
走り出そうとする覚悟を零が止める。
「何故止める零! あれは間違いない、ヒナギクさんだぞ!」
『否! 駆けるに及ばず!』
「何だと!?」
一瞬の躊躇の後、零は声のトーンを落として、一言一言はっきりとわかるように言った。
『……あれは、ヒナギクの遺体だ。彼女は既に……息絶えている』
頭をハンマーで殴りつけられたような衝撃。いや、例え巨大な鉄槌で覚悟を打とうとも、ここまでの衝撃を彼に与える事は出来ないだろう。
畳み掛けるように叫ぶ零。
『今は集結しつつある敵勢力撃滅が優先する! 気をしっかり持て覚悟!』
既に陣形の整った怪人達は、統制の取れた動きで覚悟に襲い掛かる。
しかし、零の言葉すら届かないのか、覚悟は呆然としたままヒナギクを凝視している。
怪人達も目に入らず、震える手を前にゆっくりと伸ばす。

そんな馬鹿な事があるか。
彼女はかの勇次郎を相手どってすら生きて戻った勇敢な戦士だ。
突入の際も怪人達相手に一歩も引けを取らず戦い抜いたではないか。
その彼女が、もう、動くことは無いと?
あの満開の桜のような笑顔を、二度と見せる事は無いというのか?

俺はまた零してしまったのか

取り返しのつかない大切なものを

何度も何度も零してそれでも飽き足らず

ここでもまた失うというのか



ヒナギクさんの言葉は、いつでも俺を想っての言葉であった。

穏やかな時間では心安らぐ旋律となり

困難にあっては背筋を支える杖となり

自らの想いすら殺し、唯々俺の為にあらんとしてくれた

そんな健気で心優しい彼女が、このような悪鬼の群に囲み殺されたと?

衆を頼む卑劣漢共に蹂躙され、無念の内に倒れたと?

ルイズさんがそうしてくれたように、彼女もまた……俺の名を呼んでくれていたと?



怪人達の一体がヒナギクの遺体の上に着地し、ソレを蹴飛ばすように大きく飛びあがった時、俺は弾けた。

「うおおおおおおおおおおおおおお!!」

絶叫と共に眼前に迫ってきた怪人を殴り千切る。

許さん、断じて許さんぞ貴様等! 肉の一片、骨の一欠けらすら残さぬ!

『よせ覚悟! 憎しみに身を委ねてはならん!』

ヒナギクさんの無念を! こいつら全員に思い知らせてくれる!

『落ち着け! それでは……』

ヒナギクさんにやった事を! 貴様等全員にやり返してやる! 全員にだ! 俺は貴様等を決して許さぬ! 許してなるものか!



三影も村雨も、お互いの事ばかりに気を取られていた為、反応が僅かに遅れてしまう。
先ほど急に変化した重力場が元へと戻ったのだ。
と、同時に走り寄る影。
鎧を身にまとった男、葉隠四郎であった。
すんでの所で三影の対応が間に合う。
タイガーロイドへと変身し、全身から細い八本のレーザーを放つと、それらは四郎の体に吸い寄せられるように伸びていく。
鎧の強度を信じ、防御姿勢すら取らぬ四郎。
確かにその強度により貫通されるような事は無かったが、強化外骨格の持つ超展性と呼ばれる柔軟さを持ってしても、当然衝撃全てを緩和する事能わず。
突進をそのレーザーにて止められた四郎。
その隙に秀はライダーマンのマスクを被り、四郎から大きく跳んで離れる。
このマスクの能力をまだ完全に把握していない秀は、その状態で怪人と正面からやりあう愚を避けたのだ。
「すげぇ! このマスクすげぇよ兄貴! これなら俺だって!」
改造人間にでもなったかのような足力で駆ける自らに歓喜する秀。
これを見た三影の反応を是非知りたいと思い、振り返った秀の目に映った光景は、あまりに現実味が薄く、すぐにその意味を理解する事が出来なかった。



……ワーム共の分際で……

二人の注意が四郎へと向けられるなり、暗闇大使はその身を起こし、攻撃を開始する。

……この暗闇大使を……

体を覆う殻から無数のミサイルを放ち、同時に念力をゼクロス、タイガーロイドへと放つ。

……良くぞ見くびってくれたわ……

広範囲の念力と、神の間全てを覆い尽くさんばかりのミサイル群をかわしきる事はこの二体とて不可能であった。

……いいだろう。見せてくれよう……

タイガーロイドは念力の範囲から飛びのきつつ全身から放つ無数のレーザーでミサイルを迎撃するも、全てを打ち落とす事適わず。

……暗闇大使、そう呼ばれBADANに君臨し続けた王の力……

ゼクロスはその俊敏さを駆使し、念力に加え、ミサイルの雨すら掻い潜らんと駆け抜けるが、最後の一手、暗闇が振るった鞭に捕捉される。

貴様等下等生物とは違う、圧倒的な力というものを見せつけてくれるわ!

一撃、それさえ入れば充分だ。
何故なら、暗闇大使の殻から放たれるミサイル群に限りはなく、何時までも、永久に、この悪夢の様な弾幕を形成し続けられるのだから。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね腐ったワーム共! BADANを牛耳るこの暗闇大使に貴様等ごときの力が通用するものかっ!!」





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