拳(五章) ◆1qmjaShGfE



ゼクロスキックが遂に暗闇大使の殻を打ち破った瞬間、暗闇大使が大爆発を起こした。
ゼクロスキックの勢いそのままに爆発の中に飛び込む形になったゼクロスは、途中でその進路を逸らされ、斜め前に吹き飛んでいく。
神の間の三分の一を包み込む程の大爆発だ。三影とて影響を受けずにはいられない。
かわす暇すら無くもんどりうって後方に転がり倒れた。

煙が晴れる頃になっても、二人は倒れたままであった。
ゼクロスは首だけを上げ、暗闇大使が居たはずの場所を見やる。
そこには何も無い。彼が居た痕跡は、唯一爆発ですり鉢状にえぐられた床のみであった。
「……倒した……か」
これで、ようやく次が出来る。
首、胸部、腹部、腰、全てに力を込めるが、体は一向に起き上がってくれない。
ならばと体を捻り、左腕を大地に付く。
右の手の平と、左腕の力でぶるぶる震える体を力任せに持ち上げる。
起き上がった腰、今度は膝を曲げ、体の下に滑らせる。
これで、後はこの膝を伸ばすだけ。

立てないなんて、動けないなんて、そんな所を、アイツには絶対見られたくない。

「くぅああああああああ!!」

まずは立て。全てはそれからだ。
足首を伸ばせ、膝を折ったままにするな、震えるな腿、俺は、立てる男のはずだ。
背筋を伸ばしながら一気に膝を伸ばす。

良し! 立った!
俺は立ったぞ三影! お前はどうだ! お前も立っているのだろう!

首だけを回して三影を探す。居た。
……何をしている三影。そうだ、そこから一気に膝を伸ばすんだ。

「どうした三影、俺は立っているぞ」

奴なら、こんな言葉を放っておけるはずがない。
果たして、雷に打たれたように三影の全身が震えたかと思うと、三影は一息に立ち上がった。

良し! 良し! そうだ三影! 俺達は暗闇大使なんて目じゃない! 奴の邪魔ごときで俺達が止められるはずがないんだ!

くそっ! 動け俺の足! 止まるんじゃない! まっすぐ進むだけだ! 三影が見ているんだぞ!

鉛どころではない、巨大なロードローラーでも引っ張っているかのように全身が重い、特に足の重さは尋常ではない。
おおおっ、三影が歩いてくるじゃないか。こちらに、一歩一歩確実に。
悔しくて溜まらない。あの男はどうしてこんなにも辛いのに、それを欠片も見せずに歩み寄って来れるんだ。
俺だって出来るさ。この程度、俺だってどうって事無い。見ろ三影、俺はこんな時でも笑って見せられるぞ。

アイツめ、笑い返してきやがった。
ちくしょう、こんなにお前が憎らしいと感じた事は無い。
いいさ、もうすぐだ。見せてやる。俺はお前に負けてなんてない。俺はこんなにも強くなったんだって事をお前に見せ付けてやる。



両者の足はがくがくに震えたまま。それでも三影は犬歯をむき出しにし、村雨は引きつった笑顔で、お互いの前に立つ。
言葉はいらぬ。もうそんなものに頼る必要なんて無い。

「うおおおおおっ!!」
「があああああっ!!」

二人は同時に拳を振り下ろす。
村雨の拳が三影の頬を打ち、三影の爪が村雨の肩を切り裂く。
先に立ち直ったのは村雨だ。
左の拳を三影の脇腹に突き刺す。
本来の村雨の拳から考えれば信じられぬ程に軽い拳、しかし、今の三影にはそれすら必殺の一撃となる。
脇腹深くに突き込まれた拳を、跳ね飛ばしながら三影は右の爪を振るう。
村雨の左頬が大きく裂け、衝撃に体が泳ぐ。
それを、村雨は足を踏ん張って堪えた。
『この野朗っ!』
もう声も出せないので心の中で吼え殴る。
同じ様に左頬を殴りぬけると、今度は三影の体がよろめくが、膝を落として転倒を免れる。
下から掬い上げるように村雨の顎を殴り上げる。
爪が喉を切り裂き、村雨の顔が大きく上に跳ね上がる。
村雨は、同時に跳ね上がった上半身に逆らわぬように右腕を振り上げる。
拳を握り、拳槌の形を作って三影の頭目掛けて振り下ろす。
狙いは外れて肩に当たった。
それでも体重を乗せたその一撃は、三影を大きくぐらつかせる。

どちらも最強を名乗れる程の強化改造を受けた改造人間だ。
スピードもパワーも耐久力も人の域を大きく越えた領域にある。
しかし、今の姿からはまるでその面影は見られない。
素人ですらかわせるような拳を必死の形相で交し合う二人。
用いるは拳のみ、蹴りを放ってバランスを保つ自信がないのだ。
一度でも倒れたら二度と起き上がれない。そう知っているのだ。
足はただ、体を保つためだけに使う。それ以上は望めない。いや、むしろ体を保つ事こそが最優先事項だ。
絶対に、奴より先に倒れてなるものか。
最早プライドだの善悪だのは二人の思考にない。
ただ目の前の男に勝ちたい。絶対に負けたくない。その一心で二人の男は限界を超えた体を酷使していた。

「うがああああああああっ!!」

三影が絶叫を挙げ、拳を振るう。
左腕で村雨の頬を薙ぎ、右腕で胴に爪を突き立て、返す左腕で斜め下より斬り上げる。
力を信じ、ただひたすらに力を求め続けていた、これこそが俺、三影英介だと言わんばかりに暴風のごとき力を振りかざす。
もう村雨の姿もロクに見えていない。だが、腕を振るえば当たる場所に居るのだ。ならば目なぞ不要。
ただひたすら残った全てを注ぎ込み、奴が倒れるまでこの豪腕を叩きつけるのみ。

強いのは、俺だ!



反撃を……一撃返せ……腕を出すんだ……

……見えない……三影は何処だ……俺は、負けられないんだ……


真っ白になっていく意識、もう何もわからなくなっていく中、村雨は声を聞いた気がする。

何度も、何時だって、俺を支えてくれた声。

懐かしいとすら感じてしまうその声は、何時ものように、俺の名を呼んでくれた。


「村雨さんっ!!」


前に倒れろ、後ろに倒れるなんてザマを、見せられるか。
拳を出せ。一直線に、俺は、俺らしく、最後の瞬間まで、そうありたいんだ。

意識を失っていたのは、ほんの一瞬。
だから、その時自分がどうしていたのかはよくわからない。
最後に俺は何をした?
右腕がまっすぐ前に突き出されている。
その先には三影の顔、更にその奥には彼女が居た。

「……喜べゼクロス……」

伸ばした右腕に沿って、三影の顔がこちらへと迫り寄ってくる。

「…………お前の…………勝ちだ」

そのまま三影は倒れた。前のめりに、奴もまた腕を突き出した姿勢のまま。
糸が切れたように、俺もまた尻餅をついた。
横目に見る三影は、最早ピクリとも動かなくなっていた。

「バカヤロウ……嬉しい訳ないだろ……」

後ろに両手をついて、天を仰ぐ。
頬に一筋、涙が零れた。





仰向けに引っくり返っていた服部は、気は進まないが、怪我の治療を行う事にした。
武装を解除してシルバースキンを脱いだ後、実は恐くて自分の足をまだ見ていなかった。
恐る恐る覗き込む。
「うわっ! キモッ! 何やこれ、自分の足やと思うと余計気分悪いて!」
腿の半ばから下が粉々に砕かれ肉やら骨やらがぐしゃぐしゃにシェイクされている。
体をずらして、足を引っ張る。
すると腿の半分までが無事で、それから下はどうしようもない事がわかる。
出血は続いており、引き千切れた腿の先から骨が顔を覗かしていた。
服部平次の頭脳は、瞬時にどうするべきかの判断を下すが、それは出来れば、いや出来ないけど、やりたくない。
「嫌やな~。これ今度こそ俺発狂してまうで」
服の袖を食いちぎり、そのまま思いっきり噛み締める。
武装錬金、ニアデスハピネス、黒死の蝶が、患部をみるみる覆っていく。
「ホンマな、頼むからあんまり痛くしないでな、頼むで、痛いのもう堪忍なんやから」
誰に言っているのかよくわからない泣き言をほざきつつ、火薬の量を調整する。
あまりに量が多いといらん所まで吹っ飛ばしてしまう。
だがそれ以上に恐いのは、不十分な爆発のせいでもう一回やらなければならない事だ。
呼吸を整えると、すっと気が楽になる。
おし、男は度胸、何でもやってみるもんや!


すぐに後悔した。


「ひぃぎぐがあああああああああああ!!」
爆発によって患部を焼き、出血を止める。
意思によらず、全身がえび反りに跳ね上がり、体中の筋肉が悲鳴をあげる。
白目を剥き、涎を垂れ流しながら全身が痙攣する。
噛み締めていた布は最初の衝撃で吐き出してしまった。
「はっ……あふっ………おおぁが…………」
呼気なんだか、悲鳴なんだかわらかない言葉が漏れ出す。
何かを求めるように天に突き出された手は、何も掴み取れずただ宙を彷徨う。
痛みのあまり硬直した全身の筋肉が、疲労から痺れを生じさせ、遂には激痛さえ覚える程になる頃。
服部はようやくまともに物を考えられるようになった。

しゃ、洒落にならん…………見るとやるとじゃエライ違いやコレ…………
俺どんだけ呆けてたんや、もうよーわからん。
ええか、俺は二度とこんなアホな真似せんからな。
これやるぐらいやったら、死ね言われた方が遙かにマシや。
や、多分必要になったらやるんやろけど。でもすぐには絶対やらん。
ちゅーかこんな真似せなならんよーなった原因もっぺんぶっ殺してやりたなってきた。
人間、痛いと好戦的になるってホンマやな。俺今ならアメリカ大統領でも蹴倒す自信あるで。
蹴る足のーなってしもーたけどな!

自分でつっこみを入れながら、ニアデスハピネスの飛行能力を使って立ち上がる。
細かな爆発の連続、そんな振動が大層体に悪い。というか痛いて、おいこら、ふざけんなこの野朗。
やはり誰に文句を言ってるのかわからないような悪態を付く。
実は、彼の感じている痛みは呼吸さえ整えば随分と緩和されるのだ。
それは、ジョジョが最期に贈った服部への波紋が影響していた。
服部の体内を駆け巡る波紋は、息を止めてしまうとその効果を得られないが、呼吸が落ち着いてくると力を発揮する。
当の服部はそれに気づいていない。少し照れ屋なジョジョらしい贈り物だった。
軍服男の他にも科学者が三人居たはずだが、彼等はとうに逃げ出した後のようだ。
操作盤の前まで辿り着くと、痛くてしょうがない飛行を止め、床に座り込む。
大きく息を吐いて足の先を見ると、飛び出してたはずの骨が消えている。どうやら火薬の量が多すぎたようだ。
再度聞くに堪えないような悪態をつきつつ、伊藤博士より預かった通信機のスイッチを入れようとした時、
操作盤に併設されていた、通信機が音を立てて鳴り出した。
「何や? ……これ、連中の通信機……か?」





パピヨンがヘルメスドライブを用いて向かった先は、アレキサンドリアの研究室であった。
突然血塗れの女性を連れてきたパピヨンに、アレキサンドリアは驚き、事情の説明を求めたが、
パピヨンは答えず、代わりに作業指示だけを出してエレオノールに向き直る。
驚いた事にエレオノールは、怪我した背中を壁面につけ、もたれかかるように床に座り込んでいた。
怪我を最初に見た時から、感じていた事が確信に変わる。
「……エレオノール。お前はもう死ぬ」
「そう……ですか」
エレオノールは落胆したように顔を落とす。
「ではパピヨン。心苦しいですが、後の事をお願いしてもよろしいでしょうか」
パピヨンは、エレオノールと視線の高さが合うように、すっとしゃがみこむ。
「……もう一度聞く。お前は何故俺を助けた」
エレオノールは、死に瀕しているとはとても思えない程、穏やかな表情で微笑む。
「それがそんなに不思議ですか」
「ああ、俺には理解出来ない」
エレオノールはまっすぐにパピヨンの瞳を見つめる。
「理解……するような事ではないのかもしれません。パピヨン、貴方には死んで欲しくない人は居ないのですか」
「居ない」
即答であったが、パピヨンの表情からエレオノールは彼の心中を察しえた。
「居た、のですね……でしたら貴方にもわかるはずです。目を逸らさず、その方を見つめてあげれば……きっと、見えるはず……」
激しく咳き込むエレオノール。
怒声を発して反論する、そんな気にはなれなかった。
この女には、そうしてはいけないような気がした。
頭が働かない、自分を形作っていたものが崩れ去っていこうというのに、麻痺したかのように体は動いてくれなかった。
「……ああ、どうして私は……もっと早く……こうしなかったのでしょう……」
意識が混濁してきたのだろう、聞き知った名を呼ぶ彼女、そんな声も、次第に擦れ、徐々に失われていく。



罪多き生を生きて参りました。

それでも、こんな私を見守ってくれていた人達が居て、そんな方々のおかげで、私はこうして穏やかに逝く事が出来ます。

迷惑ばかりかけて、そんな私が少しでも皆さんにお返し出来ればと頑張ってみましたが、

どうやらほんの僅かも返せぬまま、生を終える事になりそうです。

無念さや後悔は尽きませんが、どうやらここで本当におしまいです。



私の右手に触れる穏やかで暖かい手があります……ええ、わかりますとも。こんなお優しい手はお坊ちゃま以外おりません。

嬉しいです。私の最期の時に、こうして来て下さって。
こんな私の血で穢れた手を、厭う様すら見せず取ってくださるなんて……こんな私ですら、救われるのでは、そう思ってしまいます。


私の左手に触れる強く逞しい手があります……ええ、わかります。こんな頼もしい手はナルミ、貴方以外居ません。

嬉しいです。何も出来なかった私を、そんな事は無いと励ましてくれる。
何時だってまっすぐな貴方らしい、そんな温もりを最期の時に感じられるなんて、私は果報者です。


私の膝の上に腰掛ける小さく愛らしい方……ええ、わかりますよ。この気高い気配はナギ、貴女なのでしょう。

嬉しいです。ナギ、私は貴女の望むように正しくあれたでしょうか。強く居られたでしょうか。
どうか泣かないで下さい。貴女には、笑顔が似合います。……でも、私の為に涙を流してくれる人が居るというのは何と幸福な事でしょう。


私の前に、雄々しい影が立っています……ええ、わかります。何も言わずひっそりと見守ってくれている貴方はケンシロウでしょう。

嬉しいです。私を救い出してくれた貴方が再び私の前に来てくれた。それだけで、歓喜に胸が張り裂けそうです。
ケンシロウ、私は頑張りました。うまく出来たかはわかりませんが、私は、パピヨンを守れたんですよ……



嬉しいです、嬉しいです、嬉しいです……みなさんが、迎えに来て下さいました。

……こんなに、嬉しいのは……生まれて、初めて…………





パピヨンの目の前で、エレオノールは幸せそうな顔のまま逝った。
エレオノールの正面に寄り、手を伸ばしてエレオノールの両手を取っていたその姿勢のまま、パピヨンは一歩も動くことが出来なかった。
彼女の膝の上では御前が泣き叫んでいる。

死を見取る。そんな感傷じみた真似をするつもりはなかった。
その手を取るなんて、する気は毛頭無かった。
御前だって必要があって呼び出した時、彼女の死を伝えれば良かったはず。

エレオノールは混濁した意識の中で、随分と都合の良い夢でも見たのだろう。
幸せそうに逝ったのは、そう自分が心の奥底で望んでいたからで、それ故死者の名を呼びながら、幻でも見ながら逝ったのだ。

鼻で笑うようなそんな出来事を、その手助けが出来た事を、どうして俺は喜んでいる。
エレオノールの最期の笑顔を、どうしてこの上無い価値ある物と受け取っている。
そう出来て良かったなんて、俺は思っていない。俺が思うのはただ一つ。

アイツにそうしてやりたかった、それだけなのに。

石と化し、崩れ落ちたエレオノールに、御前は尚もむしゃぶりついて泣き叫んでいる。
パピヨンはその場を離れて、アレキサンドリアの目に止まらぬ場所へと向かう。
ふっと通路の先を見ると、あったはずの六角形の通路が消えて無くなっている。
秀が核鉄を解除しただけ、その可能性もあるが、パピヨンはそんな理由ではないと、そう思った。
「そうか、お前も逝ったか……」
研究室の壁にもたれかかり、大切な彼女を想う。

何の事は無い、俺がアイツを喰ったのは、いつまでもアイツを身近に感じていたかっただけだ。
今度こそ、俺だけの物にしたかっただけなんだ。
下らん、やってる事はまるっきりあの馬鹿女と一緒じゃないか。
相手が嫌がる事すら自分の為にやってのけ、それが相手の為だと公言して憚らない。
そんな愚かで哀れな生き物だ。
そこまで考えて、突拍子も無い考えが頭に浮かぶ。
アイツはこの事を知ったら何と言うだろうか。
『で? どうだった? おいしかった? いやぁ、自分がどんな味かって、ちょっと気になるじゃん』
想像の中のこなたは、そんな問いを真顔でパピヨンに発してきた。

全くあいつと来たら、死んでまで俺を笑わせてどうするつもりなんだ一体。





葉隠四郎からの情報を得た司令室は、一時歓声に包まれた。
仮面ライダーゼクロス、そして反旗を翻したタイガーロイドを撃破。
更にエレオノールとパピヨンの二人も消耗し、暗闇大使の前にひざまづいているとの事。
既にあった報告により、侵入者の内、桂ヒナギク、ジョセフ・ジョースターの死亡は確認されている。
後一息、それでこいつらを黙らせる事が出来る。
そう信じていたのだ。

エネルギー変換装置は最重要拠点の一つ。
定期的に連絡をしていたのだが、それが何故か途絶えてしまった。
「おい! 応答しろ! 何をやってい……」
『ぎゃーぎゃー喚くな、やかましい』
コマンダーは心臓を鷲掴みされたような緊張感から開放される。
オペレーターは相手の言葉が気に入らないのか、喰ってかかっている。
「ふざけるな! 定時の連絡はどうした!」
『スマン、スマン。取り込み中やったわ』
「取り込み中? 敵が来たのか?」
『おお来たでー。ごっつい奴やったな~、服部平次、又の名をキャプテンブラボー言う奴やけどな、こいつがまたエライ強いんや』
「そ、そうか……で、どうした。まさかエネルギー変換装置やられたなんて言うんじゃないだろうな」

『服部平次がどうしたかって? 今は通信機に向かってお話中や。おどれらが頼みにしとる強化外骨格野朗もぶち殺したったで』

通信を聞いていたコマンダーの表情が一変する。
「おい! 通信をこっちに回せ!」
すぐにオペレーターに代わってコマンダーが通信に出る。
「貴様何者だ!」
『せやから服部平次や言うとるやろ。エネルギー変換装置は俺等がもろた。文句あるんならとっととかかって来んかい!』
「寝ぼけた事抜かすな! 葉隠四郎を貴様達が倒しただと!?」
コマンダーが目線で通信の出所を確認させると、確かにそれはエネルギー変換装置のある部屋と繋がっていると知らされる。
『達ちゃう。俺が、や。その辺踏まえてまともな奴よこせや。ヘボな改造人間寄越したって相手にしたらんからな』
それだけ言うと通信は一方的に切れた。
コマンダーの脳は高速回転を始める。
どう考えても挑発だ。しかし、エネルギー変換装置の部屋を奴等に奪われたのは事実。
確認の為葉隠四郎に連絡を取ってみたが、まるっきり繋がる様子は無い。
という事は、資料にあった普通の人間服部平次は、BADAN幹部とやりあえるだけの能力を持っているという事か。
そうこちらが考えるよう誘導している節もあるが、だとしても葉隠四郎との連絡が取れぬ以上、それを虚言と断言する事も出来ぬ。
同時に、第一ラボから悲鳴に近い通信が入った。
オペレーターが震えながらコマンダーに報告する。
「ら、ラボからの連絡で……く、暗闇大使様の……エネルギー反応が、き、消えてしまった……そう……です。一体、どういう事かと……」
暗闇大使が体内に内包したエネルギーは常の改造人間など比べ物にならぬ程の高数値を持つ。
それ故、ラボの各種機器で感知出来るのだが、どうやら戦況が気になった研究員達が勝手にその機器を使ってサザンクロス内の反応を探った模様。
コマンダーは怒鳴り返す。
「研究機器の無断使用は厳罰の対象だ! 寝言をほざいてないでお前達は戦いが終わるまで大人しくしていろと言え!」
声紋の確認を行っていたオペレーターがコマンダーに報告する。
「先ほどの服部平次の通信、声紋一致しました。98%の確率で当人です」
葉隠覚悟包囲網を指揮する怪人の撃破が報告される。
「ヒトデヒットラー撃破! 西側は総崩れです! 南側指揮官から撤退の申請が上がっていますが……」
コマンダーは報告事項を頭の中で整理しながら、遂に決断を下す。
「ここはお前達で仕切れ! 俺が出る! 服部平次は一時放置だ! あの様子ならエネルギー変換装置をすぐにどうこうするつもりもないだろう!」
仰天したオペレーター達が大声で止めにかかる。
「待って下さい! そんな……」
「俺が前線で指揮でもしなきゃアイツは止められんだろうが! 暗闇大使様に伝令を送れ! そして暗闇大使様が来られるまで何としてでもお前達で堪えろ!」
最前線で今にも崩れ落ちそうな戦線を維持しているエリートコマンドロイドから同時に通信が入る。
『部隊の損耗率六割を超えました……これより三ブロック後退し、再度戦線を作り直させます』
「何だと!? 馬鹿を言うな! 今引けるはずがないだろうが! 一瞬で押し切られるぞ!」
『私が、行きます。初期改造型である私には、あの機能がついてますから……』
その言葉でコマンダーが硬直する。初期型コマンドロイドには、機能拡張の為最近は使われていない内蔵型の自爆装置が組み込まれている。
「……お前……」
『後はよろしくお願いいたします』
「バカヤロウ! お前が逝ったら誰が俺のフォローするというんだ! 勝手な事抜かすな!」
『……コマンダー、そしてオペレーター室の連中が残っております。まだ、BADANは負けてなどおりません。私は、そう信じております……』
それだけ言うと、エリートコマンドロイドは一方的に通信を切った。
呆然としているコマンダー。
古参のオペレーター達は、お互いの顔を交互に見回し、その意思が一つである事を確かめる。
すぐに代表格の男が立ち上がる。
「コマンダー、我等が出ましょう」
コマンダーが何かを言い出す前に、彼が順に十人を指名する。
名指しされた十人は、一言の反論もせず立ち上がり、隣のオペレーターに作業内容の引継ぎを始める。
「お前達が出てどうする! 俺の戦闘能力は幹部に劣らん! 俺が出ないで……」
「コマンダーが倒れたら誰がBADANを支えるのです!」
一喝すると、穏やかな表情に戻り出立の準備を整え出す。
「暗闇大使様に出陣を促せるのも貴方だけです。急ぎ神の間へお向かい下さい」
オペレーター室の皆は、笑いながらこっちを見ている。
冷汗流してる奴が半分だが、それでも、全員がコマンダーに行けと言っている。
葉隠覚悟の侵攻速度を考えるに、司令室まで辿り着くのにものの三十分もかからぬだろう。
下手をすれば、二度とこいつらに会う事は出来ない。
「……ばかやろう共、頼むから死ぬんじゃないぞ。お前等まで死んだ日にゃ、俺の仕事が増えすぎて過労死しちまうんだからな」
駆け出すコマンダー。
それを見送ったオペレーター達は、これが最期の仕事とばかりに、気合の篭った表情で自らの職務に向き直った。





戦闘の音が聞こえてこなくなった。
戦いは終わったのだろうか。なら、もう行っても構わない……かも、しれない。
柊かがみは部屋を出て、物陰に隠れながら神の間へと向かう。
入り口側まで来ると、今度は恐る恐る中を覗き込む。
あまりに広いその部屋は、一目で全てを確認する事は出来なかった。
ぐるりと見回して見つけた。
各所に熾烈な戦闘の跡を残すこの部屋の中心で、二人の男達が殴り合っていた。
邪魔だけはすまい、そう心に決めていたのだが、その様を見て冷静でも居られなかった。
「村雨さんっ!!」
そう叫んで駆け寄る。
追い込まれていた村雨良は、彼女が予想した未来を、見事打ち崩してくれた。
カウンターで拳を叩き込み、相手の男を倒した村雨は、疲れ切った様子でしゃがみこんでしまった。
部屋の広さが疎ましい、今すぐにでも側に行きたいのに、それが出来ない。
焦りすぎたせいで足がもつれるが、何とかバランスを保って立て直す。
ようやく、辿り着いた。
「村雨さん! 怪我は!?」
「……ありがとうかがみ。おかげで……助かった……」
息も絶え絶えにそう答える村雨。

この人はどうしてこんなに凄いんだろう。
どうしようもないぐらい危ない時でも、最期には絶対に勝利してくれる。
祈るような期待に、どれだけ条件が悪くとも応えてくれる。
きっと、それが正義の味方なんだ。

「私達は一度引こう村雨さん。みんなと合流しないと」
「ああ、そうだな……俺も、流石に……」
立ち上がろうとするが、今度こそ本当にぴくりとも動けない。
「無理しちゃ駄目よ! 大丈夫、私が運ぶから……核鉄借りるわね」
村雨の持つ核鉄、モーターギアを足に付け、自分は村雨を背負う。
この強度を誇る改造人間とはとても思えぬ村雨の体重78kg。
とはいえ一介の女子高生が背負うには少々荷が重いが、かがみは物凄い顔になりながら村雨を抱える。
「か、かがみ……俺は自分で……」
「いいの! いいから村雨さんは休んでて! ここは私が……」
完全に背負いきると、モーターギアを走らせる。
これならかがみの負担は78kgを背負い続ける事のみで済む。
「一旦外に出るわよ! 敵が来たら全力で逃げる! いいわねっ!」
村雨はかがみの剣幕に押されながら頷く。
体が動いてくれないのは事実なのだ。
「……わかった。すまない、君には何時も助けてもらってばかりだな」
かがみは憮然とした顔で何も答えなかった。
『……散々助けてもらってるのはこっちなんだけど……』





かがみ達が去った後、僅かに遅れてコマンダーが神の間へ到着した。
サザンクロス内を熟知していたコマンダーが、近道を通った為彼らに出会う事が無かったのは、どちらにとって幸運だったのだろう。
ようやく辿り着いた彼が見つけられたのは、タイガーロイドの遺体のみ。
いや、付近に転がり散っている、あの欠片は間違いなく暗闇大使のもの。
広い神の間の全域スキャンを行うと、点在している暗闇大使の欠片が至る所に散見された。
これで、勝利への道は全て閉ざされた。
断腸の思いで通信機を司令室へと繋ぐ。
『コマンダー! こちらは後十分は持たせて見せますからお気遣いなく!』
オペレーター達は今も必死に戦況を立て直そうとしているのだろう。
彼等の尽力に報いる事が出来なかったのが、無念だ。
「……避難所及び、全戦闘員に通達しろ。暗闇大使様は倒された。直ちにサザンクロスから脱出し、再起の日を待てと」
『そんなっ!?』
コマンダーの言葉が信じられないオペレーターはそう叫ぶが、コマンダーは淡々と必要事項を伝える。
「サザンクロス、及び会場を覆っている次元結界を開放し、飛行可能全機体のロックを解除。混乱は避けえぬが、落ち着いて行動させてる時間も余裕も無い」
『……司令室は、降伏……ですか』
「今更連中がそれを受け入れるとも思えん。死ぬのが嫌なら全力で逃げ切るしかあるまい。お前達も逃げ遅れるなよ」
『コマンダーはどうされるのですか』
「俺も暗闇大使の遺体を回収後、脱出する。使える科学者の二三人も捕まえれば、復活の手はずも整うかもしれんしな」
縁があったらまた会おう。
そう告げて通信を切る。
周囲はアマゾンのジャングルだ。逃げる先などありはしない。サザンクロスの所在を知られればスピリッツの迎撃部隊も出てくるだろう。
それでも、ここに残っているよりは、僅かでも生き残る可能性がある。
異世界より呼び出した者達に殺し合いをさせていた我等が、今度は自分の命を賭けて分の悪いサバイバルを行う事になるのだ。
そんな皮肉に苦笑しながら、コマンダーは神の間に散らばった暗闇大使のパーツを集めて回る。
一番大きな部品は左足、ここは足首より先だけが原型を留めたままで残っていた。
しかし、驚いたのは頭部が残っていた事。
左目周辺のみだが、そこから垂れ下がるように千切れた脳もほんの僅かだが張り付いている。
これなら、記憶領域を残したままの蘇生も可能かもしれない。
これらを袋に入れて回収すると、最大の収穫である強化外骨格「凄」を抱え上げる。
連中、どういう訳かこれには手をつけなかったらしい。単純にある事に気付かなかっただけか。何にしても僥倖である。
神の間には緊急脱出用のシュートが用意されている。
これを用いれば、あっと言う間にサザンクロス外部へと脱出が可能だ。
コマンダーは司令室があるはずの方向に目をやる。
『逃げ切ってくれよ……』
無線操作により現れた黒い穴に、コマンダーは迷う事なく飛び込んだ。



サザンクロス外壁の一部が開くと、鎧を抱えたコマンダーが飛び出してくる。
飛び出したすぐ隣には、無線操作で穴を開いたのと同時に備え付けのヘルダイバーが一台用意されている。
後は司令室が結界を解いてくれるのを待つばかり。
コマンダーは少しでも距離を稼ぐ為、ヘルダイバーに乗って結界付近まで予め移動しておく。
日本から丸々持ってきた街並みは、良いカモフラージュになってくれるだろう。
結界が解けた後は、テーブルマウンテンさえ抜けてしまえば、何処までも続く密林となる。
テーブルマウンテンの高さは2000メートルを越える。
荒地のテーブルマウンテン上を抜け、ヘルダイバーを操って山を下るまでが勝負。
結界を解いた事でこちらの存在が知れたとしても、スピリッツが動き出す前に密林に入ってしまえば、こちらの勝ちだ。
更にその先を考えると暗澹たる気分になるのだが。
「No more BADAN」のスローガンの下、世界各地で反BADAN運動が巻き起こった先の戦争後期を思い出す。
理性もぶっ飛ぶ勢いでBADANを嫌う連中だ。そんな中に隠れ住まなければならないのだから、気分も滅入るというものだ。
ビルの谷間に姿を隠し、袋の中身を確認する。

……心底驚いた。

とりあえず大きめのパーツを全部拾っておいたのだが、それらが全部くっついて、一つに集まっている。
暗闇大使、一応サザエの範疇だったはずなんですから、単細胞生物みたいな真似平然としないでください。と、心の中だけで思った。


『……良くやった……』

声? 何の声だ?

『目をかけてやった甲斐があったぞ……よくぞ我を拾い上げた』

この通信波は、まさか暗闇大使?

『……さあ、その体を……我に捧げよ……』

BADANの洗脳効果により、コマンダーはその欠片を袋から取り出し自らの頭部に当てる。
すぐに侵食が始り、コマンダーの意識は暗闇大使のそれに飲み込まれ、消えていった。
BADANに従い、BADANの為に有り余る才能の全てを注ぎ込んだ男は、こうして最期の時を迎えたのだった。



意識がはっきりと戻った暗闇大使は、最も重要な物がすぐ側にある事に気付き、喝采を上げる。
コマンダーよ、貴様はつくづく使える男であった。褒めてつかわすぞ。
これだ、これさえ残っていればまだ手はある。
コマンダーの記憶データを探り、全ての戦況は把握済み。
最早打つ手は一つのみ。
強化外骨格「凄」をその身に纏い、圧倒的な戦力を持ってエネルギー変換装置を奪取。
大首領を自らに降臨させるまで。
「凄」を身に纏った状態で自分の意思を維持出来るものかわからないが、暗闇大使はその危険性を矜持で笑い飛ばす。
「この暗闇大使が! たかが亡霊ごときに操られるものか!」
臆する事なく、全てのパーツを身につけた時、暗闇大使は自らの浅慮を悟った。

馬鹿な……これは、この凶悪な意思の奔流は……神ならぬ身に、制する事……など……不可能……

引き千切られそうになる自らの意識を、ギリギリの所で維持する。
時間が無い、このままでは遠からず意識を失い、後には物言わぬ「凄」が残るのみとなろう。
暗闇大使はふらつきながら、街並みをサザンクロスへと向かい歩き始める。
ヘルダイバーなぞ、この状態では操れるはずがない。

愚か者が……このように遠い場所まで連れてきおって……何と役に立たぬ男か……

もしコマンダーの意識が残っていたら暗闇大使の言葉をどう受け取っただろうか。
オペレーター室に居た面々ならば即答したに違いない。
何時もの事だと言ってコマンダーは苦笑しただろうさ、と。





総撃破数269体。
突入時にあったBADAN総戦力の実に8割をたった一人で粉砕した葉隠覚悟は、零の戦術予測により導き出した司令室に辿り着いていた。
彼の最も恐るべきは撃破数ではない。
それだけの数を、たった一人で受け持ち続けたというのが恐ろしいのだ。
主戦力のほとんどは常時覚悟が迎え撃ち続けていた。
この際の撃破数が少なければ、他所へと戦力を向ける余裕を与えていただろう。
しかし、覚悟の一撃たりともおろそかにせぬ渾身の打撃は、たゆまぬ訓練により身に染み付いた零式の奥義は、
一撃必殺の名の通り、一打一殺を八割の打撃にて成功させていた。
これが、葉隠覚悟がこれだけの数を受け持ち続けた真の理由である。
既に人っ子一人居ない司令室の操作盤に、零の触手が伸びる。
異世界の技術であるこのコンピューター達も、零の対応能力にかかれば慣れ親しんだ端末同然。
現在サザンクロスがどのような状況に置かれているか、即座に把握した。
『覚悟、どうやらBADANは負けを認めここを撤収するらしい。それと敵首魁暗闇大使だが、既に誰かが倒したようだな。ふっ、先を越されたぞ』
「構わぬ、我等が勝利する事が第一だ。それよりも皆の所在は掴めたか?」
『少し待て。今一通り調べてみよう……』
零が調査を進める間、覚悟はこの戦いを振り返る。
感情に任せて闇雲に暴れまわっていた時には気付けなかったが、BADANにも勇者は居た。
仲間の為特攻をかける者、決死の覚悟で急所への一撃すら物ともせず戦い続ける者、覚悟を相手にたった一人で殿を務めんとする者。
最後に残った者達が、全てを賭けて仕掛けてきた特攻は、武人の最後に相応しい、見事な散り様であった。
悪鬼羅刹の中にも、覚悟が認める武人は居たのだ。
それが嬉しくもあり、また悲しいとも感じる。
「……信じる道を違えねば、主らもまた雄々しき正義の徒となれたであろうに……」
圧倒的な武を誇る覚悟が言っても納得出来るものではないかもしれない。
それでも覚悟は、散っていった仲間達を振り返って思うのだ。
武力の有無のみで戦は語れぬと。
迷う事無く信じぬく事が出来る信念は、より強大な武に勝る。
そしてその信念が正道を辿っていれば、いかなる事態に陥ろうともその信念を信じぬく事が出来るのだ。
何故なら人のあるべき心に従う道が正道であり、その正しさが人を惹きつけ更なる力となるからだ。

コナン殿、貴方の悪鬼をすら救わんとするその姿勢こそあるべき正義の姿であろう。
私もまた、その道に惹かれる一人の徒にすぎぬ。
されど我は武人なり。常に向かうは戦場のみ。かの地にて正義を語るは言の葉にあらず。

唯一重に、拳にて我が正義貫かん!