拳(六章) ◆1qmjaShGfE



モーターギアがあるので、何とかかんとか村雨を担いだままかがみは来た道を戻る事が出来た。
高速で移動するとかがみがバランスを崩してしまうので、本来の速度から考えればゆっくりとしたペースだったが。
途中何度か村雨を溢しそうになったが、その度ふんぬらばぁああああああ!! とばかりに気合を入れなおして持ちこたえた。
村雨は、かがみの新たな一面を見れたな、とちょっとだけ引いた顔で思っていた。
担いでもらっている手前そんな事口が避けても言えないが。
「待てかがみ、あの角の向こうから人の声が聞こえてくる」
ふと気付いた村雨はそう言ってかがみに注意を促す。
「あ!?」
三白眼になってそんな返事をするかがみ。
ひたすら村雨を抱える事に夢中になっていたせいか、かがみは人の声に気付かず、
又筋肉が引きつりそうな最中に声をかけられたので、不条理極まりない反応をしてしまったらしい。
「……す、すまん」
予想外すぎる返事につい謝ってしまう村雨。
かがみも自分のやった事に気付いて、急に立ち止まり真っ赤になって慌て出す。
「うわぁっ! ち、違うのよ村雨さん! これは、そういうんじゃなくて、えっと、あーそうなんだの略って意味! べ、別に怒ってるとかじゃ全然無いからっ!」
とりあえず言い訳の意味がわからない。
が、それを蒸し返すのもなんなので、村雨はわかった、と言って頷いておいた。
まだ赤いままのかがみと共に、村雨は角の先をそっと覗き見る。
そこには、様々な衣服を着た男女が我先にと通路を走る姿が見えた。
白衣やら、全身タイツやら、パジャマやら、シャツとトランクスのみやらとまともな服装の方が少ない。
「……サザンクロスでコスプレマラソンって結構斬新よね」
「……いや、普通にBADANの人間が逃げてるだけだと思うんだが……」
村雨の前でちょっとヲタクっぽい言葉をさらっと使ってしまった事を後悔するかがみ。
当の村雨はまるで気にしていないのだが、更に顔を赤くして俯いてしまう。
そんなかがみの女の子っぽい心の動きがまるでわからない村雨は、いつぞやの覚悟と同じ感想を持った。
『……女の子は謎だな……』

そんな馬鹿なやりとりはさておき、喧騒の最中から彼らの声を拾い取って状況を把握する。

「逃げろ! 早く逃げないと仮面ライダーがこっち狙って来るぞ!」
「逃げ遅れたらマジで見捨てられるぞ! 俺はまだBADAN万歳なんて叫びたくねえ!」
「サザンクロス放棄!? それもしかしてサザンクロス自爆って事かよ!?」
「絶対やるって暗闇大使様! 自爆とかすげぇ好きそうじゃん!」
「最近そういう派手な作戦やってなかったし! サザンクロス爆散とか暗闇大使様がそんなおいしい手見逃すはずがねえって!」
「あああ! それでアマゾン流域ふっ飛ばす為に結界解くって事かよ! ふざけんな! 俺らが逃げるまで待ってくれって!」
「くっそ! 幹部連中きっとエアフォースワンみたいなんでとっくに避難してんだろうぜ! やってらんねええっ!」
「あるある! そんでワイングラス傾けながらくっくっくとか笑ってんの! マジありえねえええええええええ!!」

彼等の間で、何故かサザンクロス自爆は既に確定事項の模様。
ちなみに村雨達の遭遇した一団とは別の集団では、復讐に猛り狂った仮面ライダーゼクロスがサザンクロスを爆発させようとしてる事になっていた。
正確な情報が与えられずにいる集団が混乱すると、斯様のごとくデマが横行するものらしい。
それをデマなどとは露程も思わないかがみは真っ青になる。
「どうしよう村雨さん! みんなを助けないと!」
しかし村雨は幾分か冷静で、かがみに肩を借りながら、歩いて集団に近寄っていく。
「すまない、一体何が起こっているんだ?」
隣のかがみは今にも心臓が飛び出しそうな顔をしている。
しかし、平静そのものの態度で村雨が問うと、大慌ての男は特に不審に思う事もなく答えてくれた。
「お前聞いてないのか!? サザンクロスからの脱出命令が出たんだよ! さっさと逃げないと逃亡用の足も無くなっちまうぞ!」
脱出するという事は、サザンクロスを維持しきれぬ状態にBADANが陥ったという事。
村雨がジェネラルシャドウ、暗闇大使、タイガーロイドと戦っている間に、他の仲間達が暴れまわったのだろう。
ならばここは無理をするべきではない。自身が衰弱しているのもそうだが、村雨はかがみの命も預かっているのだから。
「自爆とかいっている声が聞こえたが、あれは一体何なんだ?」
「はっ! 暗闇大使様なら自爆ぐらい平気でやんだろって話だよ! おら、お前等もさっさと逃げろ!」
その男はこんな状況下で避難誘導を買って出ているだけあって、それなりに肝は据わっているようだ。
「わかった、ありがとう。お前も急げよ」
かがみに肩を借りたまま村雨はそう言って皆の向かう方向へ向かう。
「おい嬢ちゃんっ!」
背を向けた所で男から声をかけられ、かがみは飛びあがりそうになる。
「彼氏改造人間か!? だったら突き当たりを左に行け! そっちのヘルダイバーならすぐに無くなる事もねえだろ!」
村雨が負傷しているのは戦闘故と思ったらしい。戦闘に出ているのは改造人間のみだ。
かがみは顔が引きつらないよう全神経を顔面に集中させ、振り向きつつ全力全開スマイルを見せる。
「あ、ありがとう。そうさせてもらうわ」
それ以上男から声をかけられる事も無く、村雨とかがみは通路の奥へと向かった。

男はかがみの顔を思い出し、呟く。
「可愛いけどなぁ、やっぱ女の子は笑顔だよ。笑顔があれじゃ……ねぇ。俺の好みじゃねえよ」
努力の甲斐無く、かがみの顔はひきつったままであった模様。

何とか危地を乗り切った事でほっとしているかがみ。
村雨はその肩を借りながら、かがみの横顔を見つめる。
どう見ても普通の女の子だ。しかし、彼女は村雨にも信じられないような事を何度もして見せてくれた。
「かがみには色んな顔があるんだな、見ていて飽きない」
不意にそんな事を言われても、かがみはこの言葉をどう受け取ったものかわからない。
「飽きないって……人を百面相する怪人みたいに言わないでよ」
「ははっ、そういう意味じゃないんだ。さっきみたいに慌てたり驚いたり怒ったり凄い顔してみたり、
 かと思えば俺にはとても真似出来ない凄い事をやってのける。俺はかがみが笑ってくれる事で、随分救われたんだ」
真面目な話、そう思ったかがみは黙って村雨の声に耳を傾ける。
「さっきもそうだ。俺の名を呼んでくれる。ただそれだけで、俺は三影に最後の一撃を打つ事が出来た。
 おかげでアイツにも勝てたんだ。そんな事が出来るかがみが、不思議だって思って……な」
やはり、村雨さんと真面目に話すと何故かこういう照れる方向に行ってしまうー。と思いつつ、それで毎回照れるのも悔しいので赤くなるのを我慢してみるかがみ。
「私そんなややこしい事なんて考えてないわよ。普通にしてるだけだし、よっぽど村雨さんの方が凄いと思うけどなぁ」
「いいや、絶対かがみの方が凄い。かがみが居なければ今の俺はきっと無かった……はずだと思うんだが、当のかがみにはその自覚が無いみたいで、それが俺には不思議なんだ」
言葉に詰まって俯くかがみ。
「……あのさ、この際相手は村雨さんだから正直に聞くけど……」
「ん?」
堪えきれなくなったようで真っ赤に染まった頬のまま、上目遣いで恨めしげに村雨を見る。
「それ聞いた私は一体どんな顔すればいいのよ」
抗議の視線が、何故かとても愉快で、村雨は思わず噴出してしまう。
「あー! 村雨さんそこで笑うとかヒドくない!?」
「す、すまん……でも、くっくっく、はっはっはっはっはっはっは……」
笑いが止まらなくなってしまった村雨に、完全にヘソを曲げてそっぽを向くかがみ。
「もう知らないっ!」
そう言い放ちながらも村雨に貸した肩は決して外そうとはしないかがみが、村雨はとても愛おしいと感じたのだ。

敵地の乗り込んでる最中とはとても思えない程穏やかな時間を過ごした二人。
話しながらなので、すぐに目的地らしい場所に辿り着く。
男の言った通り、マシンのハンガーになっているこの周辺には、何処にこれだけの人間が居たんだという程の人でごった返していた。
これでも指示通りに左に曲がっているのだ。右に行ったらどんな混雑であったか想像もつかない。
ヘルダイバーは操るには、せめてクラッチの意味を理解している程度は必要である為、それより円盤型の大きい飛行機体に人は集まっている。
改造人間はバイクの運転必須な為、ここには改造人間はほとんど存在しない事になるのだが、村雨達にそこまではわからない。
乗せろ、無理だ、そんなやりとりが各所から聞こえてくる。
村雨は、とりあえずヘルダイバーに向かう。
燃料も問題無いようだし、自身の調子に不安があるが、このままかがみの肩を借りて移動するにも限界がある。
そうやって計器をチェックしていると、一人の男が村雨達の側に駆け寄ってきた。
「お、おい! アンタヘルダイバー使えるのか!? だったら俺も乗せてってくれよ!」
円盤に乗り損ねそうなのだろう。男は必死に懇願してくる。そしてそれを見た他の男達も我先にと村雨達に群がってくる。
ちょっと困った事になりそうだ、そう思った直後、最初に声をかけてきた男は、一度訝しげに首をかしげた後、大きく後ろへと後ずさる。

「こ、こいつ村雨良だ! 仮面ライダーゼクロスじゃねえか!」

古参の者は村雨の顔を覚えている者も居たようだ。
すぐに少し離れた場所で円盤に乗り込もうとする男の足を引っ張っていた女が悲鳴を上げる。
「そうよ! こいつ参加者の仮面ライダーゼクロスじゃない! 突入してきたって……こんな所まで追ってきたっていうの!?」
そう叫んだ女と、最初に村雨の正体に気付いた男は、人垣を盾にしつつ脇目も振らず逃げ出した。
混乱は伝播する。
まるで地獄の悪魔が地の底から這い登ってきたとでも言わんばかりに、恐怖にかられ、誰もが我先にと逃げ出し始める。

ハンガーがすっからかんになるのに、三分もいらなかった。
仮面ライダーの名はBADANでは恐怖の象徴のようなものだ。
二三人でサザンクロスに乗り込んで来る者も居れば、幹部として圧倒的な力を誇る怪人達すらたった一人で倒してしまう者もいる。
どれだけ策を巡らそうと、どんな罠を用意しようと、その全てを食い破り、作戦開始当初は想像もしなかった大打撃を与えていく。
その内の一人が、逃げ出そうとしてる先に居れば、誰でも焦り慌てる事だろう。
しかし、そんなBADAN側の事情など知った事ではない村雨は、戦闘せずに済んだのは幸運であるにも関わらず、少し傷ついた面持ちでぽつんと突っ立っていた。
「……面倒が無いんならそれでいいけどな」
「む、村雨さんふぁいとっ」
二人はとにもかくにも村雨が回復するまで、ヘルダイバーでここから一度離れる事にした。





服部は通信機にて赤木からサザンクロスの現状を聞いた。
「連中がサザンクロス放棄するて? それホンマか?」
『ああ、つまりはこれでBADANとの戦いは決着……という事だな』
安堵の余り、へたりこみそうになるのを、何とか堪える。
片足ではもうロクに戦えそうに無い。
ならばこちらに戦力を向けさせるだけ向けさせといて、エネルギー変換装置諸共に自爆してやろうと考えていたのだ。
死なずに済むというのなら、それがよろしいに決まっている。
「……となると後始末の話になるな。神社にある強化外骨格はこっちで確保しといた方がええかな」
『あまりあれもこれもと手を出せる程、こちらにも手数があるわけじゃない……が、強化外骨格だけは別……か』
赤木は伊藤博士に頼み、覚悟と連絡を取れるようにしてもらう。
伊藤博士は放棄されてるはずの司令室を乗っ取り、そこから覚悟の所在を確認しようとしたのだが、そこで侵入を果たした零とブッキングしてしまう。
両者共大慌てで互いの存在を確認せんと電子戦が繰り広げられる。
決着はすぐに着いた。
専門家ではない伊藤博士が零に抗する事は出来なかったのだ。
メインコンピューター室の内部カメラを奪い、零が中の映像を確認した所で誤解は解けた。
全身から冷汗をかきながら、伊藤博士は零の能力を褒め称えるのだった。

赤木からの依頼で覚悟はサザンクロスを離れ、神社の強化外骨格を回収するべく外へと向かう。
通信回線の周波数を調べた零は、既にサザンクロス内部の伊藤博士や、服部の持つ通信機と通信が可能になっている。
不測の事態にもこれできっちり対応出来るだろう。
伊藤博士から出来るものなら破壊してしまえばいいとの話もあったが、破壊に手間取られて時間かかってもあまり良い事は無いと赤木に諭されるとそれ以上言わなかった。

司令室にて入手した地図により、最短距離にて外へと飛び出す覚悟。
外は、突入時とは随分様子が変わっていた。
サザンクロスを覆っていた黒雲が消えてなくなっていたのだ。円盤が数機空に浮いているのも見える。
気温が一気に下がり、零の報告によると2000メートル級の山岳地に居るのと同程度の酸素濃度になっているらしい。
又、強化外骨格「零」のバーニアで空へと飛びあがると、街並みのすぐ外側が荒れ果てた荒野になっているのがわかる。
「これほど急速な外気の変化などありうるのか?」
『今計測しているが、天体情報も変化している……ふむ、74%の確率で、異次元化していたサザンクロス周辺が元の状態に戻ったと出ておるが……』
「元の?」
『つまり、BADANが存在する世界と繋がった状態になったという事だ。ふむふむ、伊藤博士のメインコンピューターのデータを見れば実情はわかろうが、それは後回しでもよかろう。今は強化外骨格が先ぞ』
「了解した」
早速街の方へと向かうが、その時、覚悟の視界に見逃せぬ物が映った。
「零! あれはまさか!」
『うむ! まさしく強化外骨格! しかも……動いておるぞ! 誰かが装着したのかもしれん!』
即刻赤木に報告すると、覚悟は強化外骨格へと降下していった。





アレキサンドリアがパピヨンに報告を上げる。
パピヨンの指示通り、サザンクロス内部に飛び交う全ての通信を傍受出来るようにしていたアレキサンドリアは、覚悟から赤木へと伝えられた通信の内容を知った。
本来の通信量全てを傍受なんてしてたら、アレキサンドリアとてパンクしてしまう。
しかし、現状は既に通信を用いる者も無いこのサザンクロスで、それでも使用しなければならないのは、突入者達のみ。
そう読んだ上でのこの処置であったが、功を奏したようだ。
「パピヨン、既に大勢は決しました。かくなる上は、彼らと協力すべきなのでは」
「蝶今更だと思うがな。そうしたいんなら止めはせん、俺に気を使う必要な無いぞ」
御前は既に核鉄に戻してある。
「俺が出た後にでも連中に連絡を取れ。俺は最後の決着を見届けたら、後は好きにやるさ」
所々が醜く焼け焦げたタイツ、お気に入りの蝶のマスクも端が数箇所欠けている。
自身も集中して作業を行っていたせいかさして回復も出来ず、ある程度は戦える、程度の能力しか持ち合わせていない。
それでもパピヨンの表情に迷いは見られない。
不遜で、傲慢な態度が彼から失われる事は無かった。
「私は元の世界へ戻る事が第一です。彼等に協力を依頼する事にします。しかしパピヨン、貴方も見知らぬ世界に一人では……」
アレキサンドリアはそう言ってパピヨンの心変わりを促すが、パピヨンはその言葉を聞いていないのか、必要な装備をバッグに詰め込んでいる。
「しかし……強いな奴等は。あいつらならヴィクターもあっさり倒してしまうのではないか」
「人の夫を軽々しくそういう引き合いに出さないで下さい」
アレキサンドリアの言葉に、パピヨンは声を上げて笑う。
その笑い声が、以前とは違い澄んで聞こえるのは、彼の内面に変化があったと考えるべきなのだろうか。
後ろ手にひらひらと手を振って部屋を去るパピヨンからは、それ以上の何かを読み取る事が出来なかった。





「さて、そういう事なら俺も行くか……」
メインコンピューター室で赤木はバッグを肩に背負う。
伊藤博士は相変わらず端末に向かって作業を続けている。
「葉隠君のみで充分なのでは? 君はここで待機していた方が安全だと思うのだが。村雨君達と連絡が付くかもしれないし」
「最後の決着ぐらいこの目で見届けたいのさ」
通信機のスイッチを入れ、服部と連絡を取る。
「赤木だ。まだ生きてるか?」
『勝手に殺すな。足の出血も止めたし、こないな怪我程度で死んでたまるかい』
「確かにな、ここで死んだらただの間抜けだ。強化外骨格が動いているらしい。俺はそいつと葉隠の戦いを見届けてくる。これが最後になるだろうから……な」
『ははっ、それでお前が死んだら大間抜け言うて笑い転げたるわ』
「服部……」
赤木はつい口をついて出てしまいそうになった言葉を飲み込む。
『あん?』
「……ここまで来てミスるなよ」
『大きなお世話や、とっとと行け』





葉隠覚悟が強化外骨格「凄」を纏った暗闇大使の前に降り立つ。
あまりに予想外、この男はサザンクロスの中で戦闘中ではなかったのか。
バイクに乗る事すら出来ぬ今の暗闇大使では、この男の相手をする所か戦闘行為そのものが不可能だ。
余りの絶望感に、辛うじて保っていた意識すら手放してしまいそうになる。
「……き、貴様、何故……ここへ……」
「強化外骨格『凄』の破壊が目的だ。そのような邪まな存在、この葉隠覚悟がこの世から消し去ってくれよう」
同時に零が勧告する。
『直ちに鎧を脱ぎ降伏せよ! さすれば命までは取らん! 無益な殺生はこちらの望む所ではない!』
既にBADANに戦力らしい戦力は残っていない。これ以上の戦闘は不要と考えているのだろう。
葉隠覚悟には、鎧の主がBADANの大幹部暗闇大使だとわかっていないのだ。
恐らくこの男ならば、鎧を脱げば本当に命までは取らぬだろう。
しかしここで強化外骨格を失えば、大首領復活の可能性は完全に消えうせる。
それにそもそも、この鎧、もう自分の意思では脱げそうにない。
完全に追い詰められ沈黙する暗闇大使。
『制限時間30秒! 疾く返答せよ!』
零の言葉が無慈悲に響く。

最早これまで……かくなる上は、自らの意思を手放し「凄」の衝動に身を任せ、当たるを幸い薙ぎ倒すのみ。

そう決意した暗闇大使の脳裏に、神の囁きが届く。


『暗闇大使よ。これが最後だ……我が力、貴様に授けよう……』


大首領は最後の最後まで屈する事なく仕え続けた暗闇大使を、見捨てるような事はしなかったのだ。
いつ途切れてもおかしくなかった暗闇大使の意思の糸が、見る間に太くたくましき柱へと強化されていく。
絶望の最中であったからこそ、この救いの手への感動は他に類を見ない。
歓喜に身を震わせる暗闇大使。
そうだ、私こそが大首領の寵愛を一身に受ける第一の配下。
感動の余り、とうの昔に失っていたはずの涙が頬を伝う。
大首領よ、私は貴方に生涯、いや、死しても尚忠誠を誓い続けましょう。

「フ、フフフフ、フハハハハハハハハハハーーーーーーーッ!!」

両手を天に掲げながら、哄笑を上げる。
この全身に満ち溢れるかつてない力を見よ! これが! これこそが絶対なる大首領の力!
それを一身に受けるはこの暗闇大使なるぞ! 貴様等! この私を良く見るがよいわっ!
こうして完全に支配しきって初めてわかる「凄」のパワー。
葉隠四郎が技術の粋を集めて作り上げたこれこそが最強の強化外骨格。
そして、そして……大首領より賜りしこの無限の力!

「葉隠覚悟、我こそは暗闇大使。BADANの首魁にして大首領一の配下よ! 我が前に立ちふさがるならば、死は免れぬと覚悟せよ!」

驚き目を見張るは一瞬、不敵にして大胆にも葉隠覚悟は笑みで返す。
BADANを率いし最強の男、相手にとって不足は無い。

「正調零式防衛術、葉隠覚悟! 三千の英霊集いし強化外骨格零! その言葉宣戦布告と判断する!」

零頭部から突起が突き出し完全に戦闘態勢を整え、

「当方に迎撃の用意あり!」

零式防衛術、水鏡の構えにて相対す。


「  覚  悟  完  了  !  」



圧倒的なパワーを試すように豪腕を振りかざす。
そこにあるのはパワーのみではない、大気すら切り裂けそうな速度、そして精妙無比な正確さも備わっていた。
まっすぐに突き出される暗闇大使の拳。
これを、神速の体裁きによりいなし、蹴りを放つ。
これぞ零式防衛術の奥義、因果なり。
自らの力だけではなく相手の力をすら用いて敵を打倒する。
敵方に力があればあるほど、この技の威力は加速度的に増幅されていくのだ。
その為の術技は、零式防衛術秘奥の中の秘。
数多ある攻撃手段、人ですらない相手をもってしてもこの秘技から逃れえぬ程、無限とも思える程の返し技の数々。
因果とはその総称である。
また、これらは全て一撃必殺故、敵の打撃に向かい自らの身を投げ出す必要がある。
敵への踏み込み無くして強き打撃はありえぬ。
どんな攻撃にも恐れず立ち向かう勇気あってこそ、成り立つ極限の奥義なのだ。

そんな覚悟の因果を、「凄」の目は正確に捉える。
動き、速度、角度とか。
思考も体も即座に対応出来る速さを持っている。

それでも尚、覚悟の攻撃を暗闇大使はかわす事が出来なかった。

胴中央につきこまれた拳は、背中にまで突き抜ける。
強化外骨格の超展性により鎧砕ける事はなくとも、この拳は存分に暗闇大使を傷つけた。
「バ、バカなっ!」
覚悟が拳を引き抜くと、暗闇大使はたまらず右手を前に突き出す。
掌打ではなくここより放たれる飛び道具を頼りにしての行為だ。
あっと言う間も無く、暗闇大使の視界から覚悟の姿が消える。
右足に痛烈な蹴りをもらい、そちらに振り向くも、やはり覚悟の姿を捉える事は出来ず。
今度は脇腹に回し蹴りを喰らい、横くの字に体がへし曲がる。
更に頭部への拳の一撃により、ビルの壁へと叩きつけられる。
覚悟の拳の威力はビルの壁ごときに止められるものではない。
ビルの一階部分を完全に貫通し、更に後ろのビルの壁に当たってようやく止まった。
「な、何故奴の動きが見えぬか!?」
速度とパワーに加え、反射速度も極限まで上がっているはずの暗闇大使は、この戦闘の推移にどうしても納得が出来ない。
葉隠覚悟の真骨頂は、得意技因果に代表される技術にこそある。
又、戦闘の機微にも長けており、間合いの取り方一つとっても暗闇大使との差は歴然としている。
相手の視界すら考慮に入れるその動きは、同じく戦闘の機微に長けた者でなくば、まるで魔法のごとき動きに見える事だろう。
もちろん暗闇大使とて数々の戦いを経験してきた男。まるで戦闘経験が無いとは言わない。
しかしその戦いのほとんどは持てる武力から比べれば遊戯の域を出ぬものばかり。
より強い敵との戦闘を想定した訓練をした事もなければ、そういった敵達との激戦を数多経験しているわけでもない。
暗闇大使の本質は、いわゆる核弾頭のような見せ武力であり、又より高い機能を求める科学者のそれである。
戦略的に勝利するべく、明快な戦力を求め続けた。
もちろんそれによって圧倒的な戦力を有し、戦う前に既に勝つ状態を作り上げるのは大切な事だ。
しかし実際の戦闘では、プラスアルファとして戦士の技術が存在する。
その術に長けたジェネラルシャドウを軽んじている時点で、彼の価値観が如何様なものか解るだろう。

それでも多用な武装を持っていれば、彼にも覚悟に対する事が出来たかもしれない。
しかし、強化外骨格に装備されている武装のほとんどは、同じ強化外骨格相手には用を成さない。
まるで効果が無いとは言わないが、威力は本来期待しているようなものではなく、暗闇大使が望むような隙を覚悟に生じさせる事も難しい。
肉弾戦闘を主な目的とするこの強化外骨格には、圧倒的な弾幕や、逃れる事すら困難な鞭は用意されていないのだ。
更に踏み込んでくる覚悟に、暗闇大使は昇華弾を放つ。
全力で放って十発。その程度の弾幕ならば、覚悟には隙間をすり抜ける事容易い。
同時に超脱水燐粉を放ち牽制とするが、何と覚悟は、雪の様に無数に舞い散る死の燐粉の隙間すらかいくぐって暗闇大使の眼前へと迫る。
かわしきれぬ数個が鎧に触れ、じゅっと嫌な音を立てるも、覚悟は委細構わず。
暗闇大使の顔面に渾身の拳を叩き込む。
かわす動作が駆け寄る速度を落とす事もなく、勢いの乗った拳の威力を余す所なく暗闇大使へと伝えきる。
これにはミリ単位での絶妙なボディバランスが要求されるが、葉隠覚悟の動きには一切の乱れは無い。
これこそが技術であり、又これを迷い無く行える精神が勇気なのだ。

頭部を強打され、再び真後ろへ跳ね跳んで行く暗闇大使。
これほどに覚悟の強打を浴びされながら、未だ戦闘能力を維持しているのは強化外骨格の能力と、
大首領により与えられたパワーが暗闇大使の体を支えているからに他ならない。
もちろん暗闇大使もやられっぱなしで次の手を考えていないわけではない。
巨大なパワーを使って、本来の体への再生を進めていたのだ。
それも作り上げた側から覚悟に叩き潰されていたのだが、ようやく形になってきた。
暗闇大使は本来の戦闘スタイルにさえ戻れれば、ゼクロスやタイガーロイドすら圧倒する力を秘めている。
パワーは以前よりも遙かに上がっている事を考えれば、その体勢さえ整えば葉隠覚悟なぞ恐るるに足らず。
先にゼクロス達に放ったミサイルの弾幕、その百倍の数により一撃で周辺一帯ごと瓦礫の山に埋めてくれよう。

ゼクロスとタイガーロイドの二人に破れ、今また圧倒的と思っていた覚悟に攻め立てられている。
いずれも暗闇大使には認めがたく、同時に理解出来ぬ現象である。
そんな戦闘が続いてしまったせいだろう。
本来の暗闇大使ならば絶対に気付けるはずの事を見落としてしまったのは。
こんな致命的で、愚か極まる行為を、勝利への確信を持ってやってしまったのは。

暗闇大使の頭部から背なにかけてを覆う殻、そこから無数のミサイルを放つこの武器こそが暗闇大使、必殺の武器。
それを、躊躇無く実行した暗闇大使は、直後その愚かさに気付く。
強化外骨格を纏った状態でそんな事をしたら一体どんな事になってしまうというのだろう。
強化外骨格の内側より放たれたミサイルは、超展性を持つ強化外骨格により外へ飛び出す事を阻まれ、暗闇大使のすぐ背後で爆発を起こす。
特に強化された鎧である「凄」はゼクロスすら破壊しうるミサイル群にも、数分の間は膨らむのみで堪えてみせる。
しかし力の逃げ場は必要で、衝撃は鎧の隙間を上へ下へと流されていく。
その間にも新たなミサイルは作り出され、放たれる。
風船が歪な形で膨らんでいく。
葉隠散の得意技、螺旋による攻撃もこのような状態に近しい形になるが、より醜く、歪な形で膨らんだ強化外骨格「凄」は、とうとうその限界を超えて爆散した。

それでも尚、人の形をとどめているのは、葉隠四郎の技術故か、はたまた暗闇大使の執念か。
各所が弾け、千切れとんだ強化外骨格は幽鬼のようにその場に立ち尽くす。
覚悟は、これが最後とばかりに腰部から超凍結冷却液を放つ。
既に案山子と化した暗闇大使にこれをかわす術もなし。
一瞬で全身を凍らせ、真っ白き彫像となる。



村雨とかがみの二人はヘルダイバーに跨り、戦闘の気配に引かれ近寄ってきていた。
「村雨さん! あれ!」
「おお! 流石は覚悟……強化外骨格相手に、よくぞ……」


戦闘が行われている場所からほんの十メートルも離れていない場所で、パピヨンは二人の闘いを見守っていた。
「ふん、間抜けに相応しい末路だ」


戦場近くにまで走ってきていた赤木シゲルは、疲れからか壁に手を付きもたれかかりながら呟く。
「……何とか、間に合ったな……」


覚悟の振り降ろした拳が、暗闇大使を捉える。

「さらばBADAN! 悪行の報いを受けよ!」

一瞬で粉々に砕け散った暗闇大使と強化外骨格「凄」は、きらきらと陽光を照り返し、そこだけは、美しかったと覚悟は思った。





期せずして顔を合わせた葉隠覚悟、村雨良、柊かがみ、赤木シゲル、パピヨンの五人。
村雨はパピヨンの顔を見るなり、すがりつくように問いかける。
「パピヨン! エレオノールは……」
「死んだ」
衝撃を受けた村雨とかがみは言葉も無く立ち尽くすが、更に赤木が言葉を重ねる。
「桂ヒナギクもだ。生き残ったのはこの五人と服部、それだけだ」
眩暈を起こしたかがみを村雨が慌てて支える。
焦点の合わぬ目で震えるかがみ。
自身もまた動揺しているのだが、それを押し隠して村雨はかがみに呼びかける。
すぐにかがみは村雨を突き飛ばすようにしながら、自らの足で立つ。
「ごめんっ! ちょっとだけ! ちょっとだけ待って!」
荒い息を漏らしながらそう言い放つ。

今は決戦の最中なのよ、そんな時に二度も自分を見失うなんて出来ない。
さっき充分泣いたじゃない、なら今はまだやらなきゃならない事をしなきゃダメよ。
大丈夫、私はうろたえない、私にはやらなきゃならない事があって、それをすぐにでもやらなきゃ。
泣くな! 声も出すな! 他の人に震えてるのが知られないように! 私は強いんだ!

頭を一つ振った後、唐突に覚悟の方に向き直る。
「覚悟君怪我は!? どうせ覚悟君の事だから、ずーっと戦ってばかりだったんでしょ!」
覚悟はヘルメットに当たる部分を外し、素顔を晒して答える。
「問題無い」
即座にかがみはつっこむ。
「額から血だらだら垂らしながら言っても説得力無いわよっ! 村雨さん救急箱借りるわね!」
村雨のバッグから救急箱を取り出し、覚悟への治療を行おうとする。
「覚悟君はまず鎧脱いで座る! 零はいっぺん引っ込んで!」
鬼気迫る剣幕である。
理に適った行為でもあるし、覚悟も零も逆らわず言葉に従う。
「あー! やっぱり脱ぐの待った! 上だけ! ズボンはダメ!」
いつぞや全裸で瞬着したのを思い出した模様。
『……いや、一応我等は上下一体であって……』
「零、俺の経験上から言わせてもらうと、今は逆らうべきではないと思うのだが……」
遂に覚悟も学習した様子。零も渋々だがかがみの言う通りにする。
激戦の爪跡は覚悟の体の至る所に見られ、かがみはそれらに片っ端から見様見真似の治療を施しにかかる。
脇で何とはなしにそれを眺めていたパピヨンは素直に感想を述べた。
「下手くそ」
「慣れてないんだから仕方無いでしょ! 文句言ってないでパピヨンさんも手伝ってよ!」
治療というより治療器具と格闘とでも言った方が良い様のかがみを、パピヨンは鼻で笑う。
「断る。俺はそもそもコイツが嫌いだ」
パピヨンのその言葉がかがみには不思議でならない。
「へ? 何でよ、覚悟君って嫌われるような人じゃないと思うけど……」
「偽善者は須らく嫌いだ」
かがみは治療の手を止め、じとーっとパピヨンに目で抗議する。
「……そういう友達無くすような事言わない」
「別に友達なぞ必要としていない」
かがみは治療を再開しながら、声のトーンを少し落とす。
「そう? でも私はパピヨンさんと友達になりたいわよ」
「俺と?」
かがみも今度はその気配を隠し切る事は出来なかった。
物悲しさを漂わせる声で、パピヨンではなく他の誰かに語るように。
「パピヨンさんがどんな人か、凄く知りたいなって、私は思う」
その理由に思い至ったパピヨンは殊勝な表情を見せるが、それも一瞬で、すぐにコケにするように笑い飛ばす。
「俺は蝶人パピヨン。お前が知るべきはそれだけだ」
かがみはこれを片手間にする話題ではないとでも思ったのか、それ以上は何も言わず黙々と治療を続けた。



赤木は村雨の隣に立つと、タバコに火をつける。
「これで終わりだ。決着が着いた感想はどうだ?」
「……良くわからん。あまり、実感が沸かないというのが正直な所だ……」
「クックック……だろうな。そういう顔をしている……」
実感させてやろうとでも思っているのだろうか、赤木は説明口調で話し始める。
「これは俺達とBADANのどちらが滅ぶかのデスマッチだった……そして敗北したBADANは滅亡。そこに歪みは無い」
「ああ……」
「首輪を付けられ逃げ出す事も適わぬ地で、殺人を好む者達が多数徘徊する地獄の底を彷徨わなければならない。
 外からの助けも期待出来ず、先も未来も見通せぬ闇の中、それでもと自身を信じて進まねばならない。
 今まで持っていた自身の価値観が全く通用しない、全てが手探り霧の中。
 そんな最悪と言っていい程のスタートにも関わらず、この企みを考えた者達を出し抜き、全貌を明らかにし、
 そして倒す。完膚なきまでに、二度と起き上がれぬぐらいに。
 そこまでやっておいて、六人も残った。それは奇跡に近い数字だと、俺は思うが……」
赤木の言葉に、村雨は素直に頷けない。
失ってしまった命達を、村雨はどうしてもそのように受け取る事は出来ないのだ。

「だが……」

村雨の前にずいっと顔を寄せる赤木。

「俺達はまだ、勝利しきっていない……」

そんな赤木に気圧される。

「どちらかが滅びきるまで、勝負は終わらない」

すっと村雨から顔を離し、彼に背を向ける。

「だから俺は……」

背を向けた赤木は、手の平から何かをぽんっと上に放り投げる。

「勝利し、得た全てを賭け……」

村雨はその正体に気付く。あれは村雨を大首領から守る最後の砦であると同時に、大切な記憶を収めた、メモリーキューブ。




「倍プッシュだ」




赤木は再び手の中に落下してきたそれを、躊躇無く握りつぶした。