無明の住人 ◆qvvXwosbJA


わずかに明るんできた空の下、加藤成海は全身に集中力を漲らせて身構えていた。
月明かりだけが頼りだった数時間前とは違い、今の境内は差し込みつつある朝日によって本来の色を取り戻すつつある。
しかし、そんなことは今の鳴海にはどうでもいいことだった。
十メートルほどを隔てて自分と対峙する銀髪の人形使い、それこそが鳴海が立ち向かうべき全てだったからである。
空気が張り詰める。自分の呼吸すら揺らぎとなって相手に伝わる気がするほどに。
一瞬ながらも永劫、そんな時間が流れ――
銀髪の青年が、大地を蹴って跳躍した。
傍に控えていた懸糸傀儡(マリオネット)に飛び乗ると同時に、その人形の脚部の無限軌道が唸りを上げる。
そのまま最大加速での突進。自分に向って突っ込んでくるその巨体を横っ跳びにかわしながら、鳴海は叫んだ。

「――武装錬金!」

その叫びに呼応して瞬時に形成されたのは、右篭手の武装錬金・ピーキーガリバー。
その特性は、空気中の元素を取り込んでの質量増大に伴う巨大化。
すでに巨人の拳と化しているそれを、鳴海は人形の横っ腹に叩き込んだ。
だが、深いダメージにはなり得なかった。人形は両腕でその拳をガードしつつ、キャタピラを逆回転させて勢いを殺していたからである。
咄嗟に飛び退いて体勢を立て直した鳴海の頬を、一筋の冷汗が伝う。

「おいおい……なにが素人だよ」

鳴海の呟きに、銀髪の青年の口角がわずかに上がった。
だがそれも一瞬。再び動き出した人形の上で、彼は虚空を蹴った。
それと同時に足首で高速回転していたチャクラムが、鳴海目がけて射出された。
空気を切り裂き分断しながら一直線に突き進む円形の刃を鳴海はピーキーガリバーで弾き返し、間髪入れずに突進した。
無論、狙いは人形の操者ただ一人。
向こうも瞬時に両手の指の懸糸を繰り、人形の腕で薙ぎ払おうとするが――一瞬先に飛び込んだのは鳴海だった。
かつては人形「あるるかん」の腕であった左腕の義手から、聖ジョルジュの剣が飛び出す。
一足飛びに踏み込んで、鳴海は銀髪の青年の喉元に切っ先を突き付けた。

「俺の勝ちだな、アカギ」
「……参った参った……俺の負けだ」

鳴海の勝利宣言に、アカギと呼ばれた青年は軽く両手を振って見せた。

 ▼ ▼ ▼

「元々は人形がどれだけ使えるか試すための組み手のはずだっただろ? ありゃあ一歩間違ったら死んでたぜ俺」
「実戦レベルで試さなければ意味がない……それにやりすぎはお互い様だ、グリモルディが壊れたら元も子も無いだろうに」
「それはお前が全力で突っ込んでくるからだろうが!」

平然とした顔で流れる汗を拭うアカギを横目で眺めながら、鳴海は憮然とした顔で鳥居の礎に腰かけた。
ここで二人が出会ってからすでに二時間以上が経過している。
人形を慣らしておきたいというアカギの要望でここに留まり、一心不乱に糸を操り続ける彼を襲撃者から守ろうとしていたのも最初だけ。
結局他の参加者が現れる気配もなかったので、鳴海は鳴海で自分の支給品を使いこなそうと練習に励んでいた。
そしてついさっき。だいたい操作法は把握した、というアカギの呼び掛けに応じて立ち合いをしてみることにしたのだが……

(操作法を把握したってレベルじゃねぇ……ありゃあすでに凡人が何年も修行して辿り着くはずの域に達してやがる。
 天才とか勘がいいとかそういう言葉ですら言い表せねえ……化け物かよ、こいつは)

そう。わずか二時間と数十分の間に、アカギはグリモルディを自在に使いこなせるまでに上達していた。
もちろん歴戦の人形遣いに比べれば粗さが目立つものの、どう考えてもたかだか二時間でなんとかなるような技術ではない。
人並み外れた理論把握能力と実践能力。
常人の領域を遙かに凌ぐアカギの才に、鳴海は戦慄に近いほどの驚きを感じていた。
そんな鳴海の心中を知ってか知らずか、息を整えたアカギは自分のデイパックを漁り始めた。
地図と筆記用具を取り出して、鳴海の正面に座って地面に地図を広げる。
思わず覗き込む鳴海の目をちらりと覗き、アカギはいつもの淡々とした口調で話し出した。

「さて……肩慣らしも終わったところで、これからの行動方針を決めておく。
 俺達はこのゲームを転覆させると決めた……それを実行するのには、三つの必要不可欠な要素がある」

アカギはその心の奥底を見通すような瞳で鳴海を見つめ、そのまま話を続けた。

「まず一つ……特殊な技術や知識といったものを持っている参加者と協力関係を結ぶこと……
 信頼関係でなくてもいい、あくまで協力関係……ギブアンドテイク、それで十分……」

アカギの言葉に鳴海は頷く。この状況下だ、容易に信頼関係が結べるとは鳴海も思ってはいない。

「それはいいんだが、向こうが疑ってきたらどうするんだ? 信用無しに協力ってのは骨が折れるぜ」
「言ってしまえばこれはあくまでビジネスのようなもの……この狂った殺人ゲームの阻止という目的に魅力を感じないのは狂人ぐらいだ。
 利害が一致するなら協力自体は不可能じゃない。むしろ最初は疑ってくれた方が好都合……その方がゲーム転覆という希望が魅力的になる。
 絶望的な状況であればこそ……人は……そこに希望があればついてくる……!」

アカギはそこでいったん言葉を区切り、改めて鳴海の方へ向き直る。

「もちろん闇雲に歩き回って協力者を集めるなどはっきりいって愚策……待ちに入った方が逆に効率的だ。
 そのためには活動拠点……いわばアジトが必要だ。これが二つ目……」
「アジトねえ……そいつはまるで悪の秘密結社みてぇだな」
「秘密結社か……ククッ、悪くない……」

鳴海のぼやきにアカギは笑って答える。もっとも表情はいつものポーカーフェイスのままだったが。

「そうだとしたら総統はお前だな、アカギ。協力相手ってのがどんなに集まったって、お前よりブッ飛んだ奴がいるとは思えねえ」
「そいつは結構……さて、その悪の秘密結社のアジトだが」

地図をペンで指し示すアカギ。鳴海もまたその地図を覗き込んだ。

「……学校か?」
「そう……各種の設備を万遍無く備え、医療用品の入手も可能で、なおかつ人が集まりそうな場所……ここが適当だろう」
「俺はてっきり繁華街に向かうもんだと思ってたんだが。人ならそっちの方が集まるんじゃねえか?」
「一理ある……だが、全ての鉄道が集中し、この街全体の中枢となっている繁華街では、むしろ人が集まりやすすぎる……
 確かに協力者も見つかるかもしれないが、遅かれ早かれ殺人者という火種を抱え込むのは確実……避けるに越したことはない」
「どこにいたって危険とはいえ、激戦地になりかねないところにアジトを構えるのはよくない、ってことか?」
「その通り」

「腑に落ちねえが、まあいいか。それなら、こっちの病院はどうだ? 医療設備ならここより整ってる場所は無えだろ」
「そこは論外……集まるのはせいぜい怪我人と弱者狙いの火事場泥棒ぐらいだろう」
「そういうもんかね……」

頬を掻く鳴海を一瞥して、アカギは服の土埃を払って立ち上がった。
そのまま地図をデイパックにしまって、そのまま鳴海のほうに投げてよこす。
そのまま二三歩進んだところで、意図が掴めないまま二つのデイパックを抱えている鳴海の方を振り返った。

「行動するなら早い方がいい……話の続きは学校へ向かいながらだ。行くぞ、鳴海」
「そうならそうと言えよ。だいたい、この荷物は何だ?」
「グリモルディを操るには両手の全ての指を使うことが必要……荷物はあんたに預ける。もちろん核鉄は身につけておくがな」

アカギはそういうと、グリモルディの懸糸を両手の指に手早く装着した。
そのまま指を動かしてグリモルディを稼働させ、その背中に飛び乗る。やれやれと肩をすくめ、鳴海も二人分の荷物を背負いその後を追った。

 ▼ ▼ ▼

キャタピラを唸らせ、グリモルディが大通りを駆ける。
初めてそれを見た人間なら、まさかそれが操り人形の類だとは思わないだろう。
事実、グリモルディは自動車とも遜色ないほどのスピードで走行していた。
アカギはただ淡々と糸を引き、グリモルディを操る。
そんなアカギの後ろ姿に、鳴海は声を張り上げた。

「そういや必要な要素の三つ目、聞いてなかったな! 行きがけに教えるって言ってたが、そろそろ言ったらどうだ?」

アカギは進行方向から視線をずらさず、あくまで前を見つめたままで何事か答えた。

「………… …… …………!」
「ああ!? なんだって!?」

グリモルディには風防の類がついていないので、巨体が風を切る音のおかげで声が聞き取りずらい。
そのことに気付いたのか、アカギも彼としては珍しく声を大きくして話し出した。

「三つ目……それは情報だ。例えば……支給品にはどのような技術が使われているのか、この首輪の内部構造はどうなっているのか……
 この街の各施設の、地図を見ただけでは分からない具体的な機能に関する知識も必要になるだろう……
 それに、このゲーム自体に未だ俺達が知らない未知のルールが存在する可能性すらある……
 情報……それも入手可能な限りの情報……ある意味では協力者や拠点以上に重要な、俺達の生命線っ……!」

鳴海は口を挟まなかった。アカギが、まだ何かを言うつもりだと思ったからだ。

「情報を集め、そこからこのバトルロワイアルの方程式を導く……それで初めて、ゲームの転覆が可能になる……!
 だが、その情報を集めるためだけに自分の足で駆け回るなど、いわば愚策……弾雨飛び交う中を散策するがごとく愚かな行為……
 そこで先の二つ、協力者と活動拠点が重要になってくる。つまりは情報は他の参加者から入手するということ……
 臆病と思うかも知れないが、ぎりぎりまで命を危険に晒しても死んでしまっては何もかもが水泡っ……
 死力を尽くした奪い合いの果ての理不尽な死ならむしろ望むところだが、下らないミスで命を取り落とすのは凡夫のやること……
 結果につながらない経過に意味は無い……意味は勝ったときに初めて生じてくるっ……!」

アカギはそれを言い切ると口をつぐんだ。
どちらが話し出すわけでもなく、ただグリモルディの疾走音だけが鼓膜を揺らす。
しばしの沈黙の後、先に口を切ったのは鳴海だった。

「言いたいことは大体分かった。いくつか気にいらねえことを聞いた気もするが、そこまで考えてるってんなら文句は言わねえよ。
 というわけで、改めて俺もその計画ってのに一枚噛ませてもらうぜ、アカギ」

不敵に笑ってみせる鳴海に、アカギはグリモルディのスピードを上げることで応えた。
そうして二人を乗せた懸糸傀儡は、未来のアジトを目指して疾走していった。

 ▼ ▼ ▼

さて、ここで鳴海が気付いていない事実を一つ語ろう。
天性の才を持ち、それでいて恐ろしく頭の切れる男、それが加藤鳴海がアカギに抱いている印象だ。
それはおおむね正しいといえるだろう。事実、その認識自体は決して間違ってはいない。
しかし、そこには見落としがあった。
実のところ、鳴海はまだ赤木しげるという男の本質を理解していなかったのである。

アカギは、類稀なる才能と度胸、そして勝負強さを天より与えられた。
その才を持って何かを築きあげれば、あるいは世界すら掴めるのかも知れない。
しかし彼はそれを選ばなかった。
震えないのだ、そのような生き方では。
飽いている。アカギは、生きることに飽いている。
アカギが他の人間と決定的に違うのは、彼は「死を恐れない」ということ。
「死を恐れない」というのは、言ってしまえば一種の狂気である。
その狂気を内包するゆえに、ただ漫然とした生を生きることを良しとしない。
異端者。理解されないはぐれ者。
そんなアカギが裏社会で求めているもの――それは、生の実感。
死を恐れないがゆえに生を感じられないアカギにとって、破滅と隣り合わせの攻防だけが「酔い」をもたらしてくれる。
アカギは今、このバトルロワイアルのことを考えていた。
自分が巻き込まれたこの狂ったゲーム。生き残るのは一人だけ、ひたすら主催者の手で踊らされ殺し合う殺人遊戯。
一歩間違えば待っているのは即座の死。逃れられない完全なる破滅。
それなのに、なんだろう。この、冷え切っているはずの心の核が熱く渦巻くようなこの感じは。

(狂気の沙汰ほど面白い……)

焦りでも、恐怖でも、主催者への怒りでもない。
アカギは間違いなく、今のこの状況に「酔い」を、「生の実感」を感じていた。
あるいはこう言い換えてもいいかもしれない――彼は生と死の極限状態を楽しんでさえいる、と。

朝日が昇ろうとしている。世界が光で満ちていく。
しかし、その程度の光で照らしつくせるほど生易しいものではないのだ、この男が内包する深淵の闇は。


【C-1大通り/1日目 早朝】


【赤木しげる@アカギ】
[状態]:健康
[装備]:グリモルディ@からくりサーカス
[道具]:核鉄(モーターギア)@武装錬金
[思考]
基本:対主催・ゲーム転覆を成功させることを最優先
1:大通り(C-2を経由するルート)を通って繁華街を迂回し、C-4の学校を目指す
2:ゲーム打倒のために有能な参加者と接触して協力関係を結ぶ
3:このバトルロワイアルに関する情報を把握する(各施設の意味、首輪の機能、支給品の技術や種類など)
[備考]


【加藤鳴海@からくりサーカス】
[状態]:健康
[装備]:聖ジョルジュの剣@からくりサーカス
[道具]:支給品一式×2、核鉄(ピーキーガリバー)@武装錬金、輸血パック(AB型)@ヘルシング、
     グリース缶@グラップラー刃牙、道化のマスク@からくりサーカス
[思考]
基本:対主催・誰かが襲われていたら助ける
1:大通り(C-2を経由するルート)を通って繁華街を迂回し、C-4の学校を目指す
2:ゲーム打倒のために有能な参加者と接触して協力関係を結ぶ
3:このバトルロワイアルに関する情報を把握する(各施設の意味、首輪の機能、支給品の技術や種類など)
4:誰かが襲われていたら救出し、保護する
[備考]
聖ジョルジュの剣は鳴海の左腕に最初からついていますので支給品ではありません
参戦時期はサハラ編第19幕「休憩」後です
サハラ編から参戦しているので勝、しろがねについての記憶は殆どありません


056:才賀勝 投下順 058:全滅エンド直行フラグ立ちまくり
056:才賀勝 時系列順 059:ダイ・ハード――大胆に命の術を磨け!――
016:偽りの勝利 赤木しげる 093:デッド・ライン
016:偽りの勝利 加藤鳴海 093:デッド・ライン