パブコメ記録100512

「第3次男女共同参画基本計画策定に向けて(中間整理)」に関する意見募集について



【第一部】に対する意見

男だからこうすべき、女だからこうすべきという枠組みから国民を解放し、個人の能力・志向に
応じた生き方ができるように国家・社会がサポートする方向性には大賛成である。しかし現状では
「ある分野においては依然、男尊女卑のままなのに、別の分野では行きすぎた女性尊重がみられる」
というねじれた構造が存在するように思う。前者を平等へと是正していくことは当然ながら重要で
ある。一方で、後者に対しても行きすぎると男性軽視につながる危険性があり、行きすぎに何らか
のブレーキをかける必要もある。
後者のひとつの例は「痴漢犯罪捜査における被害者証言偏重と物証軽視」であるが、この行きすぎを
悪用、つまり女性という立場を悪用し男性を貶めるような行為が現実に存在する。慰謝料目的や報
復目的の痴漢被害捏造(1999年JR中央線で携帯使用を注意された女性が痴漢被害を捏造、また2000
年JR常磐線で女性が示談金目当てで痴漢被害を捏造、後者は捏造常習犯であったと後で発覚)等がそ
れにあたる。このような行為は当該女性のみならず、女性全体の信頼や尊厳に泥を塗る行為であり
「だから女は信用できない」という男尊女卑論者の跋扈を許し、男女共同参画社会実現の足をひっ
ぱる行為である。そのような行為は断じて許されるべきでないにもかかわらず、捏造した女性が虚偽
告訴罪等で罰をうけたという話を私は聞いたことがない。本来ならば、明らかに確信的捏造の場合は
虚偽告訴罪等で厳罰に処すべきである。権利と義務は表裏一体であり、告発する権利と同時に被害
を捏造しない義務もあるのである。自らの自由意思でその権利を濫用し義務に反した者はもはや保護
すべき存在でも何でもなく、正当な罰を受けなくてはならないのである。このことを男女双方が理解
していなければ「女性の権利を守ること」と「男性の権利を守ること」は対立しかねず、女性と男性
は敵対する関係になってしまう。しかし、目指すべくは、敵対する関係ではない。女性の権利も男性
の権利も等しく守り、互いが信頼し尊重しあえる関係のはずである。
つまり、男女共同参画社会の実現に際しては、一方的に制度を変えるだけではなく、男性の意識も、
女性の意識も変えていかなくてはならない。


【第二部】【第8分野】に対する意見


【性犯罪への対策の推進】について
強姦罪の見直し(非親告罪化、性交同意年齢の引上げ、構成要件の見直し等)については全面的に反対
である。根拠を以下に述べる。
まず同意年齢について。第二次性徴発現以降に性欲を持ち性行為をすることは生物学的に自然なことで
ある。にもかかわらず、強姦であると法により定義づけ厳しい罰則を相手方に課すことは、未成年者の
自己決定権を不当に狭めるものである。同意年齢を現行より引き上げることは妥当でないと考える。

補足:自然だからどんどんしろ、という意味ではない。する/しないは、本人・親・家族が判断すべき
極めて個人的なことであり、法律によって一律化されるのは妥当ではない、という意味。
また日本国も批准している「児童(18歳未満の者)の権利に関する条約」第12条に於いて「締結国は、自
己の意見を形成する能力のある児童がその児童に影響を及ぼすすべての事項について自由に自己の意見
を表明する権利を確保する」と定められているため、同意年齢引き上げという法改正プロセスに於いて
は、当該条文を遵守することが求められる。
次に非親告罪化について。非親告罪化されてしまうと「事件を忘れたいと思って記憶の底に封印した女性」
に対して無理矢理思い出すというプロセスを強制することにもなりかねない。例えば否認事件になれば、
法廷において当然証人尋問されることになる。よって非親告罪化は「忘れたい」という女性の選択肢を奪
うものでしかなく、反対である。
【子どもに対する性暴力の根絶に向けた対策の推進】について
子ども及び保護者のメディア・リテラシーの向上には全面的に賛成である。
また「現実に存在する子ども」のポルノの制作者は厳罰に処すべきと考える。なぜならば作成されたポルノ
は子どもに性的暴力をふるう過程を記した記録そのものであり、そこには必ず現実の被害者が存在している
からである。
しかし、写真・映像と同程度に写実的な漫画・コンピュータグラフィックスの規制に対しては反対である。
なぜなら、これらは被害者が現実に存在しないからである。また「子どもに性暴力をふるう」内容のマンガ・
CGを閲読したからといって閲読者が現実の子どもに対して性暴力をふるうわけではない。学説上も強力効果
説は否定されている。よって現実の子どもに対する性暴力の根絶につながらない「マンガ・CG規制」には反
対である。
ちなみに、神奈川県中央児童相談所がまとめた「児童相談所における性的虐待調査報告書」によれば、18歳
未満の児童に対する性的虐待に於ける虐待者(加害者)は父親(実父・養父・母親の内縁の夫)だけで75%をしめ
る。つまり、子どもに対する性暴力を減らすひとつの確実な方法は、家庭内での父親による性暴力を発見する
ことであると言える。そのための被害児童のサポート、見て見ぬふりをする母親への対処、など、やるべき課
題は山積している。
【メディアにおける性・暴力表現への対応】について
「女性をもっぱら性的ないしは暴力行為の対象として捉えたメディアにおける表現は、女性に対する人権侵害
である」という理論はそもそも大きな矛盾を抱えており成立しない。なぜならば本中間整理・第1部基本的考
え方・Ⅰ目指すべき社会の②「男女の人権が尊重され(以下略)」という趣旨に鑑みれば、「女性をもっぱら性的
ないしは暴力行為の対象として捉えたメディアにおける表現」が「女性に対する人権侵害」であるならば「男
性をもっぱら性的ないしは暴力行為の対象として捉えたメディアにおける表現」は「男性に対する人権侵害」
であると認識されるはずである。しかし現実に「男性をもっぱら性的ないしは暴力行為の対象として捉えたメ
ディアにおける表現」が多数存在するにもかかわらず、それらが男性に対する人権侵害であるという認識は、
本中間整理には一切見あたらない。よって「女性をもっぱら性的ないしは暴力行為の対象として捉えたメディ
アにおける表現は、女性に対する人権侵害である」という理論はそもそも成立しない。
また、自らの自由意思で性的表現をしたいという成人女性の行動をもって、女性に対する人権侵害と捉えるの
は矛盾である。もちろん、自由意思によらない場合、また、女性の自由意思であったとしても錯誤による場合
や犯罪に巻き込まれた場合(バッキー事件等)は重大な人権侵害であり決して許されることではない。
また、性・暴力表現が人々の行動に与える影響というのはすでに国内外の学者によって何十年も研究されてき
たことであり、現在では「受容環境」と「元々の素質」によって影響されるかどうかが決まるという「限定効
果説」が定説として広く認められている。よってこれから税金をかけて調査すべきテーマではない。また、性・
暴力表現が人々の心理に与える影響については調査に全面的に反対する。なぜならば、どのような表現をみて
どのような心理になったとしても、それを現実の行動にうつさない限り憲法で保障された「内心の自由」の範
疇であり、国家が調査すべき事項ではないからである。
また、ブロッキングについても、全面的に反対である。ブロックされてしまえば、実際にどのようなサイトが
ブロックされているのかさえ知ることができず「知る権利」を侵害する。また、海外では児童ポルノと全く無
関係なサイトが巻き添えでブロックされていたという報道もなされており、弊害が大きすぎる。


【第二部】【第12分野】に対する意見


「公共性の高い空間やメディアにおける性・暴力表現については、青少年やそのような表現に接することを望ま
ない人の権利を守るため、情報の隔離を適切に行う取組が必要である」という記述について、例えば街頭・駅等
の広告は、意図的に見たいと思わなくても目に入ってきてしまうため、ある程度の規制を認めてもよいと思われ
る。街頭であれば景観条例によっても対処可能である。しかし、公共性がさほど高くないメディア(通常の雑誌、
単行本等)については、メディア自体の隔離を行うのは妥当でない。あくまでも「見たくない人」が「不意打ち」
を食らわないように、パッケージ・表紙等に「性表現あり」「暴力表現あり」という注意を記すことが重要であ
ると考える。また小さな子どもに見せたくないのであれば、立ち読み防止のためシュリンク加工をするなどして、
購入時にレジで年齢をチェックすればよい。「接することを望まない人の権利を守る」という名目で「接したい
と望む人の権利を過剰に制限する」(例えば、取り扱い店の数を極端に少なくし入手困難にする等)ことがあっては
ならない。あくまでも最低限の不意打ち防止措置であるべきと考える。
また「女性や子どもをもっぱら性的ないしは暴力行為の対象としたメディアの表現は、それ自体が「人権侵害」
である」という記述が見られるが、この理論はそもそも大きな矛盾を抱えており成立しないと考える。なぜならば
本中間整理・第1部基本的考え方・Ⅰ目指すべき社会の②「男女の人権が尊重され(以下略)」という趣旨に鑑みれば、
「女性をもっぱら性的ないしは暴力行為の対象として捉えたメディアにおける表現」が「女性に対する人権侵害」
であるならば「男性をもっぱら性的ないしは暴力行為の対象として捉えたメディアにおける表現」は「男性に対す
る人権侵害」であると認識されるはずである。しかし現実に「男性をもっぱら性的ないしは暴力行為の対象として
捉えたメディアにおける表現」が多数存在するにもかかわらず、それらが男性に対する人権侵害であるという認識
は、本中間整理には一切見あたらないからである。


以上が私(twitterID:gomanotaro)が送った内容の控えである。
約4000文字を分割送付したが、
書きたいのに書ききれなかった部分があったこと、
説明が不十分で真意が誤解されかねない部分があったこと(少し補足しました)
それと推敲する時間がなかったのが悔やまれる。
ちなみにgomanotaroは女性である。



最終更新:2010年05月12日 20:49