5スレ>>641

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 夜。青白い月の光と静寂が世界を幻想的に塗りつぶす。湿った風がアパート「キノコ荘」を撫でていった。  ここは静かで平和な世界。人間達の暮らす世界と似ていて、全く違う世界。ここで生活するのは人ではない、人に似たヒト達――萌えもん。  時間は既に草木も眠る頃。だけど、草木に近いはずの彼女は月明かり差し込む部屋で、ささやかな至福の時を過ごしていた。 「遅いですねぇ」  壁際には本が敷き詰められた大きな棚が置かれていて、小さな図書館とも言える部屋の窓際で、彼女は眼鏡をかけなおした。普段被っている赤い水玉模様の帽子は傍の机にかけて、後はもう眠るだけという状態で再び読んでいた本に目を落とす。  大家としてこのキノコ荘を経営している立場上、新しい入居者を待つ日は常に動けるようにしておかねばならない。夕方頃には到着するだろうと思っていた入居者は、日付が変わってしばらく経つにも関わらずやってこない。  勿論、種族の関係上夜行性に近い相手であるらしいので、もうそろそろ現れる頃だろうと思いながら、彼女は本を読み進めていく。  彼女の待ち人が現れたのは、結局のところ翌日の夕方となってしまったのだが。 【第一話 隣のサンドさん】  むくり。そんな効果音がぴったりと似合うほど滑らかに、赤いトサカを持つ女性は起き上がった。この季節は早くに起きて活動するに限る。などと思いながら、眠った間に消費した水分を補給しようと冷蔵庫を開けるのだが 「……ぬかったか」  灰色の缶ビール「マグナムドリル」の補充を忘れていたのだ。仕方なく、近くの量販店へ出かけようとトサカや全身の茶色い羽毛を整えて玄関に向かう。ドアを開けてすぐに、彼女は硬直した。 「な、ん……」  不意に顔面めがけて飛んできた茶色い何かが、鼻に張り付いた。冷たい感覚が本来ならば気持ち良いはずなのだが、それすら感じられないほどに彼女は混乱してしまっていた。  茶色いそれは、カサカサと音を立てながら彼女の顔を這い回る。思考より先に手が動き、彼女はそいつを引っつかむと床に叩きつけた。鈍い金属音とともに、茶色いソイツは煙を上げてスクラップになる。 「全くあの馬鹿は……」  世の大半の女性にとって恐怖と憎悪の対象であるアレを模倣した自動人形だったらしい。彼女にとってはこの程度のことは茶飯事なので少し腹が立つくらいでさほど気にはならなかった。  残骸を踏みつけて家の鍵を閉め、一階へ降りようと階段のほうへ向き、そこに誰かが寝ていることに気がついた。 「玄関前で……風邪でも引いたらどうするつもりなんだ」  確か昨日の夕方にここへ来た新しい住人で、彼女のお隣さんに当たる人物である。黄色い獣の頭のような被り物と、前が白いワンピースの少女だった。彼女よりも一回り以上小さな体型で、およそ玄関前で寝てしまうようなガサツな性格をしているようには思えなかった。  軽く肩を叩いて起こそうとするも、だいぶ深く眠っているらしい。起きる気配がしないどころか、気持ち良さそうな寝言さえ出てきた。 「むにゅむにゅ。もう食べられません……じゃがいも」  おそらく少女の夢の中ではポテト天国が広がっているに違いない。仕方の無い娘だと思いながら、彼女はその少女を抱き上げた。  玄関の表札を確認する。サンドと言うらしい。ドアノブに手をかけると、無用心なことに鍵が開いていた。先ほどのゴキブリメカの件もあって安全ではないが、泥棒に入られることはないだろうと思い、彼女はサンドをベッドに寝かせた。  よほど喉が渇いていたのか、彼女はそのままマグナムドリルを買いに行ってしまった。 「じゃがいもじゃがいも……うふふ」  サンドのじゃがいもヘヴンは終わらない。  ガシャン、というささやかな破壊音が原因で、蒼い寝巻きを着た大きな耳の少女、ニドリーナは目を覚ました。  どうせまたあのメカオタクの作品(ガラクタ)を堅物が破壊したのだろう。毎度の事ながら朝の心地よい眠りを妨げる不快な音に対しては腹が立つ。  彼女は寝起きが良くない。とある理由からこのアパートの住民にはもれなく快適な目覚めが用意されているのだが、それでも元々朝方でない彼女にとっては、眠りを妨げるものは鬱陶しい。  諸悪の根源たるあのメカオタクはどうせ昼夜逆転型の生活に陥って眠ってしまっているだろう。額に肉とでも書いてやろうかと思い、やっぱりダルいのでやめておくことにした。 (あのバカ。目覚ましならもうちょっと心地良い音にしなさいよ)  そうしてしまうと絶対に起きないのだが、破壊音で起こされるよりはずっと良いと思った。  無理やり起こされた時に最も不愉快なのが、そこから二度寝しようにも眠気が吹き飛んでしまうということだ。  仕方なくのろのろと起き上がり、布団でも干そうと思って窓を開けた途端、彼女の頭上から白い液体が降り注いだ。  普段は冷静(を装っている)彼女が思わず「きゃっ」などと素っ頓狂な悲鳴を上げてしまうくらいには不意打ちとしての効果があったらしい。  大きな耳や頬を伝ってポタポタと落ちる白いそれは、なんだか妙に甘い匂いがする。 「あ、い、つ、は……ッ!」  犯人は決まっている。お隣で幸せそうに寝ているであろうあのメカオタクに。  窓を破って飛び込んでみだれひっかきでもくれてやろうと一歩踏み出した時、何かを踏みつける感触がした。  ザクリと音を立てて割れる、朝食にピッタリなチップ状の食物。すなわち、フレーク。  降って来た液体とあわせて自動朝食製造機などとのたまうつもりだったのだろう。怒る気力もなくなって、ニドリーナはしばらくその場に立ち尽くした。  「マグナムドリル」をとりあえず箱買いしてそれを担いで帰って来たオニドリルの耳に、聞きなれない声が聞こえてきた。  二○三号室はオニドリルの済む二○四号室の隣だが、その中から聞こえてくるのである。そういえば家を出る時に一人の少女をベッドまで運んだなと思い出し、そっとドアを開けてみる。 「ふ~んふ~んふふ~ん♪」  なんだかとてもイイ声を出しているようだが、肝心の姿が見当たらない。  もう少し聞き耳を立ててみると、その奇妙な歌がはっきりと聞こえてきた。 「この頃流行の女の子~ つながり眉毛の女の子~」  確か、二○二号室のニドリーナは毛の手入れに関してうるさかったはずだが、やはり繋がった眉毛もよく手入れされていると美しく見えるものだろうかと、世間に疎いオニドリルは本気で考えてしまう。 「ぜ~ん~め~つ~戦隊~ テッターイダー♪」  その歌が終わる頃には、オニドリルは既に自分の部屋に戻って鏡の前に立っていた。  昼間。ようやく牛乳とコーンフレークの二重責め苦から解放されたニドリーナは、オニドリルの顔を見て絶句した。 「あ、あんた、それっ……」 「何かおかしいだろうか。この頃流行っているらしいのだが」  ニドリーナには何も言えなかった。  否、ニドリーナでなかったとしても、誰が言えただろうか。  必死で書いたであろう眉毛が、何故か肉の字になってしまっているなどとは。  例えば、昼夜逆転型の生活の起床時刻はどのくらいが目安だろうか、と聞かれて答えられるだろうか。  昼頃か、昼過ぎと答える者は多いだろう。だが、彼女に限って言えば違う。  ハンモックの上で眠る紫色の服の少女――パルシェン――の昼夜は、本当に、丸ごと逆転するのだ。  普通、午前六時に起きるところを、彼女は午後六時に起きるのである。  そして、彼女にとってその時刻には重大な意味がある。  彼女が散らかった床に下りることもなく、天井に貼り付けた薄型テレビのスイッチは自動的に入る。彼女自身が作ったタイマーによるものだ。  オンになったテレビからは、毎週おなじみのテーマソングが聞こえてくる。勿論、彼女はノリノリになって一緒に歌う。 「ぜーんーめーつー戦隊ー テッターイダー!」  音が外れているとお隣の口うるさいニドリーナには注意されるのだが、本人は全く気にしていない。  派手な爆発の後、丸腰の特撮ヒーロー達が得体の知れない怪物――この世界ではニンゲンと呼ばれる不思議生命体――から逃げ回る。  爆弾、囮、裏取引。あらゆる手段を使っていかにニンゲンから逃げ切るかを楽しむ、新感覚特撮ヒーローなのだ。 「わー、ダメダメ! そっち行くなってー!」  彼女は今年で十何年目かの誕生日を迎えたはずなのだが、それでも特撮モノはやめられない。  テレビ画面に向かって叫びながら逃げ回るヒーローを応援していると、バキンという音の後、突然世界が真っ暗になった。 「……おろ?」  日が落ちたばかりで、外からは明かりが入ってこない。 「くそっ、こんなときに……!」  ハンモックから下手に降りることはできない。床には踏みつけるだけで行き過ぎた足裏マッサージ的効果をもたらす機械がごろごろ転がっているのだ。 「ふふん、こんなこともあろうかと、秘密兵器【冷凍ビーム三号】を用意していたのだ」  懐から銃の形をした機械を取り出し、ある方向に向かって引き金を引いてビームを射出する。  バキン、という音と共に電気が回復した。ブレーカーを固定していた針金が脆くなってしまっていたらしい。 「成功成功。ビームの推進力を利用してブレーカーを押し上げ、更に凍らせることによって固定しなおす! いやぁ、技術の進歩って素晴らしいなぁ」  電気が復旧し、再びテッタイダーの放送を楽しむパルシェン。だが、彼女は大事なことを忘れている。  凍らせたブレーカーは、物の数分で再び溶けて落ちてしまうということを。  それから一週間。珍しく爽やかな目覚めが続いたので、ニドリーナは平和な朝を満喫することにした。 「それにしても、最近寒くなったわね……」  尽き刺すような寒さにブルッと震えて、布団を被りなおす。まだ毛布が恋しい時期ではないはずなのだが、少しばかり異常な冷気だ。  そういえば、オニドリルは大丈夫だろうか。彼女も寒さには強くないはずだが……と考えて、そこで彼女の思考は凍った。  何故か壁から、更なる冷気が吹き付けてきたからだ。こんな場所にいては凍死してしまう。外に出ると、意外にもそこは暖かい。  通路を見れば、同じように凍えそうな思いをして外に出てきたオニドリルがいた。描いた肉眉毛は消したらしい。 「何なのよ、あの寒さは」 「この馬鹿が原因だろう」  ニドリーナとオニドリルは、とある一部屋に隣り合っている。その部屋の主のトンチキな発明に振り回されることが、ここ一週間無かった。  一週間かけて特大冷凍砲でも作り出したのだろうか。とりあえず文句の一つでも言ってやろうとドアノブに手をかける。鍵はかかっていない。 「こ……」  その内側を見て、ニドリーナは叫んでしまった。 「凍ってるーッ!」  テッタイダーのラストを見逃したことがかなりショックだったらしい。

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