5スレ>>767

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今日は、未だ冬であることを忘れそうな、うららかな小春日和。 曇り続きの合間を縫うかのような日差しを感じ、わたくしは目を覚ましました。 小さく欠伸を一つ、大きく伸びを一つ。 まだ熱の残る寝所から立ち上がり、夜明けの冷気が立ち込める空の下へ。 刺すような冷たさの空気の中、深呼吸を数度。 そうすることで、漸くわたくしは睡魔の手を逃れるのでございます。 わざわざ言葉にすることも無いのでしょうが。 わたくしことキュウコンは、この人気の無い山の片隅に住み、いわゆる野生の暮らしを営んでおります。 一般の例に漏れず炎の石を宛がわれて進化したわたくしですから、無論かつては人を主と呼ぶ毎日がございました。 とはいっても、別段その主に愛想を尽かされた、などと言うことは断じてございません。 何人も抗えぬこの世の摂理、命の理。それが主を連れ去っていった、ただそれだけの事。 石一つで千の年を重ねるに至った身ゆえの避けられぬ別離。 それを受け、主を失った萌えもんの多くがそうするように、私も野へ散ったのでございます。 主を看取ってから、今の住処に落ち着くまでに数年。 わたくしの周りに、誰が呼んだでもなくロコン達が住み始めたのが、それから十余年。 今のような形に収まったのは、はて、いつ頃だったかしら。 眼下に広がるは小さな集落。わたくしを長と呼び慕い、いつの間にやら村のような形を取った、ロコン達の小さな集まり。 ……あら、もう目を覚ましたのかしら、幼子達が住処から顔を出して朝日に目をしかめております。 眠い目をこすり、冷たい空気に身を震わせ、次々に朝を受け止めて。 続いて子等の親が顔を覗かせ、久方ぶりの晴れた朝に顔を綻ばせて。 そうこうするうちに、はっきりと目を覚ました子供ら皆が皆、見下ろすわたくしの元へ駆け寄り、元気よく朝の挨拶をいたします。 おさ、おはよーございます! おはよーございます! ふふ、皆、お早う。 おさ、きょうもおさのむかしのおはなしがききたいです! わたしもー! あらあら…… もうどのお話も何度も繰り返し話したわ?皆も聞き飽きてきたのではなくて? ううん!おもしろくてどきどきします、なんどでもきかせてほしいです! ふふふ……、それでは朝餉を済ませてからわたくしの元へおいでなさい、聞かせてあげましょう。 わーい! 幼子達は幾度と無くわたくしの昔の話を聞きたがります。 わたくしも、せがまれる度に何度でも語り聞かせます。 聞かせながら……わたくし自身もまた、在りし日の記憶に想いを馳せるのです。 主と初めてお会いした頃のわたくしは、さしたる特徴もない、数多居るロコンの一人でございました。 主を主と呼ぶことになる経緯もまた、様々な場所でいくらでも見られる出来事に過ぎませんでした。 当時の主は青年と呼ばれるにはまだわずかに早いほどの年頃。 ですが、当時ほんの小娘でしかなかったわたくしから見ても、主は他の同年代の方々とは一線を画す気配を纏っておりました。 わたくしが出会うまでに、主が何時から旅を続けて居たのかは存じません。 主が幼少の頃、どのような経験をなさったのかも。 それらを主は自ら語る人ではございませんでしたし、わたくしもまた敢えて尋ねることは致しませんでした。 わたくしが覚えている主は、旋風のように迅速かつ足取り軽く、思い立ったが吉日とばかりに様々な地へ足を運ぶ方でございました。 おかげでわたくしも、野に暮らしていた頃には思いもよらぬほどの景色や出来事を知ることになりました。 わたくしが覚えている主は、大地のように寡黙で揺ぎ無く、それでいて辺りを安らぎに包む方でございました。 些細な諍い等でささくれ立った心が、ただ主の傍らに身を寄せるだけで静まっていったのが深く印象に残っております。 わたくしが覚えている主は、流水のようにいつも涼しげな顔をし、捕らえ所無く振る舞うことに長けた方でございました。 様々な理由、些細なものも真っ当なものでも、主に感情をぶつけてきた人間のほとんどが、その飄々とした態度、振る舞いに撒かれてはぐらかされるのを幾度も見ました。 わたくしが覚えている主は、灯火のように仲間らの心を照らし、けれど自身は闇に沈み己の問題をあまり悟らせない方でございました。 幾度と無く悩みや不安を払って頂いたのに、主を苛む悩みの姿を見つけ出すことは困難で、どうにか力になって差し上げたいとやきもきしたものです。 主もトレーナーの一人でしたから、旅先の都合によっては連れ歩く仲間を入れ替えることも珍しくありませんでした。 それはその場を切り抜けるためだけの一時的な変更のときもあれば、それ以来顔を見ることが無くなった仲間もおりました。 わたくしはと言えば、幸運にも片時も傍から離されること無く旅路に付き添うことが出来ました。 主はトレーナーにしてはバトルの勝ち負けにさほど執着なさってはおられませんでした。 敗北した仲間を労わりはしても責めることはただの一度も無く、主の懐を痛める事態になったとしても笑って次は取り返せ、と仰る方でした。 萌えもんも生き物でございます。生き物であるからには、避けえぬ理由で命を落とす仲間もわずかながらございました。 そのような仲間を見送るとき、想うとき、主の周りを目に見えぬ雨雲が包み込み、主の目を、頬を、静かに雨が濡らしておりました。 わたくしが覚えている主は、出逢った頃のまま、その肉体のみに年月の面影を刻んでいかれました。 主を呼び表す言葉が変われども、主の振る舞いや志には微塵の狂いも生まれませんでした。 けれども、刻む年月が増してゆくにつれ、連れ歩く仲間の数は減り、旅歩く道のりは短くなりました。 わたくしが覚えている主は、この世を去る最期の一時まで、変わらず主として振舞っておられました。 ―――キュウコン。 ―――ここに。 ―――すまんな。どうにも、お前を残してゆくようだ。 ―――仕方がありません。わたくしどもの寿命は人間のそれとは比べるべくも無いのですから。 ―――不安はないか。 ―――無いとは申しません。ですが、わたくしを苛むのは不安ではございません。 ―――そうか。だが、もはや俺にはそれを払ってはやれまい。 ―――……ええ。それよりも、主こそ不安や恐怖はございませんか。 ―――もはや受け入れる決心はついた。唯一つ、お前という心残りを除いてな。 ―――………… ―――……最後に二つ、お前に言い渡す。 ―――……はい。 ―――必ず迎えに行く。それまで待っていろ。 ―――……ですが、主は… ―――今ここでこの体が朽ちようとも、俺の魂がお前を忘れはしない。必ず、新たな生を得て、お前の元へたどり着く。   たとえお前がどこに暮らそうと、必ずな。 ―――主…… ―――これは指示だ。つまりは、最後に決めるのはお前自身だ。常日頃、言い続けてきたようにな。   従うも忘れるも、お前に任せる。 ―――………… ―――もう一つは、お前をボールを用いて捕獲したトレーナーとして命ずる。   俺が居ない日々にも、それなりでいい、幸福を見つけて欲しい。   迎えに行くその日まで、幸せに暮らしていて欲しい。 ―――……っ……、仰せ、の、ままに。 ―――……どうした。泣いているのか?お前にしては珍しい。 ―――主……、ある、じ…… ―――俺が湿っぽいのを好まないのはお前も知っているだろう。   ……だが、許す。お前の心が求めるままに振舞え。 ―――あるじ……ぅぅ………… おさ?どうしました? 幼子の呼ぶ声で、ふと我に返り。 心配そうに覗き込む子等と目が合います。 だいじょうぶですか?おからだのぐあいがわるいのですか? ……いいえ、ごめんなさい。ちょっと考え事をしてしまっていたの。 おはなしのこと、ですか? ええ、そうよ。他にはどんなことがあったかしら、とね。 とちゅうでだまってしまわれるから、しんぱいしました。 本当にごめんなさいね。……あら、もうこんな時間。 あ!おひるごはん! ふふ、食べていらっしゃい。 元気よく親の元へと駆けていく幼子たち。 わたくし自身は子を成しませんでした。ですが、無邪気な子等に囲まれて過ごす一時に、わたくしは確かに幸福を感じております。 朝起きて、辺りを散策し、幼子に話を聞かせ。 幼子はやがて大人になり、つがいになり、子を産み、その子らがまたわたくしの話をせがみ。 日が沈めば、辺りを照らすのは深き藍の空に浮かぶ月と、宝石を散りばめたような満点の星々。 昼の明るさには及ばずとも、慣れた道を歩くには十分なほど。 夜空の下を寝床に戻り、横になった身に睡魔が訪れると共にわたくしの一日が終ります。 明日も、明後日も、この変わらぬ日々が続いていくのでしょう。 幼子達に語り聞かせるは古くとも鮮やかな記憶。過ぎ去って久しい時を経てなお、昨日の事の様に脳裏に蘇る思い出たち。 過ぎた月日を数えるような詮無き真似は致しませんでしたが、少なくとも四季の巡りの百や二百ではありますまい。 けれど、どれほど時が流れようとも、この心に刻まれた懐かしき日々から色が拭われる事はありえません。 わたくしの心は、今でも主の言葉に暖かく照らされ続けているのでございます。    ……あら、またいらしたのですね。 ウマレカワリナドアリハシナイ マツコトハトロウニオワル    そうなのでしょう。けれど待っていろ、迎えに行く。主はそうわたくしに仰いました。 アルジダロウトシンダモノノコトバニシタガウギリハナイ    主は最後の判断を私に任せました。わたくしが待ちたいから待つのです。 クルハズノナイモノヲイノチツキルマデマチツヅケルコトニナンノカチガアル    価値のあるなしなど瑣末なこと。    わたくしの一生は主によって照らされ、彩られたのです。    ならば最後まで主と共にあるのが正しい姿というもの。    …ふふ、たかがお迎え風情には理解できますまい。 ………………    寝所に横たわり夢見るのは在りし日の思い出。    いつまでも褪せず蘇る、愛しい者の姿と声。

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