5スレ>>765-3

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 こんこんこん。 「どうぞー」  部屋の主はオレではないが、主の主人はオレなので、代理に返事した。  真っ暗な空間に蛍光灯の光が差し込み、それに照らされる一輪の花。  来訪者はフシギバナだった。彼女はオレに一礼して、部屋に入ってくる。 「あの、ひーとんは」 「ちゃんとここにいるよ。ほら」  すぐ目の前のベッドを指差す。窓を通した月明かりが、赤い髪と安らかな寝顔を照らしている。  夕飯前と何も変わらぬ姿を見て、胸を撫で下ろすフシギバナ。本当に安堵しているのだろう。  あの後オレ達二人は、半ば放心状態のまま、ハクリューに乗ってマサラまで戻った。  フシギバナとストライクは海岸でオレ達を待っていたらしく、フシギバナはもう既に涙でぐちゃぐちゃ。  リザードンが無事だと知ると、フシギバナは彼女を抱きしめて、それはそれは大泣きした。  それで目を覚ましたリザードンもまた癇癪を起こして、二人は抱き合い共に泣きあった。  ごめんねごめんね、と繰り返されたフシギバナの謝罪を、リザードンはどう受け取ったのか。  そのままリザードンは泣き疲れて眠ってしまい、彼女が使っていた部屋にオレ達が運んで、今に至る。  フシギバナを見る。腫らした目で、リザードンを労るように見つめていた。 「あの、いいですか」  視線はリザードンに向けたまま、フシギバナが言った。  オレはなんだか彼女を見てはいけない気がして、同じくリザードンを見てから相槌を打つ。 「トレーナーさんはいつから気づいてましたか? その、ワタシの」  なんだそんなことか。少し呆れたが、彼女にとっては大切なので、マジメに答えることにする。 「キミは友達想いすぎる」 「え?」 「キミが原因だと言った白い葉っぱは『しろいハーブ』って言う、有名な戦闘用ハーブだろ。  本来ならもっと誰も知らない物を使うべきだったのに、キミはあんな物を使った。  それはリザードンを不安がらせないためだろ? ストライクは知らなかったようだけど」   リザードンはあれが入った紅茶をたくさん飲んだ。  もしそれがリザードンの知らない得体の知れない代物では、彼女がどう思うか分からない。  このフシギバナは、そんな些細なところにすら気を配った。配れた。 「『しろいハーブ』で性格が変わるわけがない。そう考えると、キミだけが留守番してる事が気になった。  あとはストライクの探偵ゴッコを思い出してくれればいいと思う」 「あのストライクさんは、えーと、何者、ですか?」 「さぁな。オレもいつも振り回されっぱなしだし。もしかしたらオレより早く気づいてたかもしれん」  というかまずそうだろう。オレが耳打ちした命令は『フシギバナを探れ』なのに、解決までしやがった。  オレだってリザードンを詳しく診て、ようやくフシギバナが犯人だと完全に理解したというのに。  あいつ、オレよりトレーナーに向いてるんじゃなかろうか。 「じゃあ、飛び立つ前からそれとなく分かられちゃってたんだね、ワタシ。  危ないことしますねあなたも。ハクリューがうまく助けてくれなかったら、今頃」 「さすがに命はかけないよ。あいつには『21ばんすいどうで友達と遊んでろ』って言っといたんだ。  実はリザードンには上昇と旋回だけさせて、真下にハクリューがいるポイントを維持し続けといてね。  落ちる時は潜水してたみたいだから、一瞬ヒヤッとしたけど」  もちろん、ハクリューは何も知らない。  それどころかオレ達を受け止めての第一声は「すかいだいびんぐ? あたしもやりたい!」である。  あいつはまだそれでいい。分からないのなら、そのまま笑って育ってほしい。  これぐらいだろう、種明かしは。  フシギバナも納得したらしく、またリザードンの無事も確認出来て、用はなくなった。  彼女はまたオレに一礼して、踵を返す。その背中に、声をかけた。 「なぁ。今回の後遺症って残るのか?」  振られる首。揺れる花。 「いいえまったく。今回のことは、ひーとんにとってはおぼろげにしか残りません。  神経を色々と麻痺させましたからね。起きたら多分、夢を見ていたとでも言うんじゃないでしょうか」 「ああ、そう。なら、もう一つ」 「はい?」 「ありがとうな。おかげで、オレもリザードンも楽しかった」 「…………」  ドアが閉まる。返答は素振りですら知れなかった。  皮肉でもなんでもない。本当に、心からの感謝の言葉だと、伝わっていればいい。  今回、オレがリザードンと一緒に飛ぶ必要はどこにもない。  マサラでじっくり診ればそれで済んだ話だ。なのに、オレはもう捨てたはずの憧れにしがみついた。  このリザードンに乗って空を飛んでみたい。あの強いリザードンと一緒にいてみたい。  リザードンも、もしはっきりと覚えていれば、まず感謝をフシギバナに伝えると思う。  例え無理やり変えられた性格とはいえ、あの時の彼女は、間違いなく楽しみ、嬉しく思っていた。  彼女が強がっていると思っているのは、本当にオレだけかもしれない。  もし、オレがあの時なんでもなおしを海に捨てていれば。 「バカだな、オレ」  なんで気づけないんだろう。  なんでオレは『しろいハーブ』を使えない。フシギバナのように出来ない。  こいつが、誘われれば頷くぐらい、泣き虫であることを治したがっていると。  そんなことする必要はないって、なんでもっと前に言えなかったんだ。  リザードンは眠っている。起きればきっと、今回の事件はほとんど覚えていないだろう。  でも、気持ちまで消えるなんて、都合のいいことはきっとない。  ほほにふれる。もう何百回と見続けてきたこの寝顔に、二度目の約束を伝える。  終わりはもう見えている。トキワジムさえ超えれば、とうとう萌えもんリーグだ。  四天王を倒したその後に、きっと二人きりで。 「やり直そうな」  そう、聞いているはずもない泣き虫なかえん萌えもんに呼びかけた。

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