5スレ>>809

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Colors 【prologue】  そこは、カントー地方――日本を遠く離れた異国の地。  とあるアパートメントの一室、その窓辺に一人の男が佇んでいた。年の頃は二十代半ば。焦げ茶色の瞳は、何を見るでもなく霧に沈む深夜の街を見下ろしていた。時折り、生やしている顎鬚をさすっているところをみると、何か考え事をしているようだ。  ――RRRRRRRRRR  男が動く以外は何も音がしない部屋に、固定電話が彼を呼ぶ音が響き渡る。日曜日の、それもこんな深夜だ、どうせ碌な用ではないと彼は無視し続ける。  しかし、それでも電話は鳴り続けた。そんな機能はないはずだが、段々と呼び出し音が大きくなっていくような錯覚が、彼を動かす。このままだと別室で休む相棒たちが起きかねないとの危惧もあった。  嫌々、渋々といった様子で受話器をとる男。 「Hello?」  男はいつものように英語で挨拶するも、電話口から聞こえてきたのは珍しく日本語だった。 「……あぁ、キクコ婆様でしたか。……えぇ、取るのが遅れてすみません。もう休もうかと思っていましたので」    黄色人種にはない白い肌に、百八十を超える長身と、あまり日本人らしくない風貌をよそに、流暢に日本語を扱う男。彼は平然と嘘をついた。事実を正直に話してしまえば、本題に入るまでに小一時間は説教をされることを彼は知っていたからだ。 「そうですね。そちらとは時差が九時間ほどありますから。  ……それで。勘当した娘の息子に、どのような用向きでしょう?」  カントー地方萌えもんリーグ、四天王のキクコには二人の娘がいた。うち一人が厳格な家に耐え切れず、家を飛び出した。それから数年経って帰ってきたときには、傍らには外国人男性と、大きなお腹があった。それを見たキクコは激怒し、勘当を言い渡したのだ。 「いえ、冗談ですよ。勘当云々は気にしてません。もう寝るところだったんですから、これぐらい言ってもいいでしょう?」  しかしそれから四半世紀の間に、たびたび連絡が入ってくるほどには関係が修復されている。今回の電話もその類、近況報告かなにかと男は思っていた。  他愛もない雑談やこちらの近況を話し、キクコの近況に話題が移ったところで――男に爆弾が落とされた。 「え、骨折ですか!?」  キクコの話によると、こうだ。  挑戦者の萌えもんの一撃で天井の照明が吹き飛ばされてしまい、運悪くその先に自分がいた。  避けようとしたが年のせいで体が上手く動かず、また運悪く足が下敷きになってしまった。  足を折った以外に怪我はないので、ほぼ問題はない、と。 「……そうですか。大事には至らなかったようでなによりです。  しかしそうなると四天王業務はどうなるんですか?」  男が言った何気ない疑問。それが第二の爆弾を彼に落とす。 「え、僕が代理ですか!?」  またキクコの話によると。  四天王は日々挑戦を受ける激務であり、その業務では何が起こるかわからない。  それゆえ万が一のことがあったときのために、それぞれ実力を認められた代理を用意するという保険をかけている。  それは自らの弟子であったり、ライバルであったり、“身内”であったり。  そしてもうリーグへ正式に通達してあるから、早く日本に来い、と。 「えぇ、概要は理解できましたけど、僕なんかで務まるんでしょうか?」  孫の言葉を謙遜と受け取ったキクコが、からからと笑い出す。彼の二つ名――Colorsが何を言う、と。  その言葉に、男は閉口する。そもそもその称号はこちらの萌えもんリーグに参加したときに得たもので、日本ではあまり知られていない。加えて善戦はしたが、到底チャンピオンにはなれなかった記憶が起こされる。  苦い思い出に触発されたのか、男は懐から煙草を取り出し、一本咥えて火を点ける。深く紫煙を吸い込んで、諦めの境地に達した。  自分の祖母が、一度言ったことを覆すことはそうそうないと身にしみて分かっていたからだ。 「……はい。返事が遅れましたが、代理四天王を受けさせてもらいます」  男がそう言うのが分かっていたのであろう。キクコが、またからからと笑った。 * * * 「主、先程の電話はどなたからでしたか?」  そう言いながら僕の部屋に入ってくる相棒の一人。体の模様がわずかに発光しているのを見て、そういえばこいつは他の娘と違って夜型だったな、と思い出す。 「あぁ、キクコ婆様からだったよ。怪我したらしくて、代理で四天王を任された」 「それはそれは。……こういうときは、『おめでとうございます』でしょうか?」 「それでいいんじゃないかな。電話越しだけど、ぴんしゃんしてるのが分かったし」  全く、あの人はいつまで四天王の最高齢者記録を伸ばし続けるというのか。時々怖くなるが、まだこんなことを言えるうちは幸せなんだと思う。 「というわけで、今週中にはヒースローから日本かな」  そう言うと、相棒は分かりやすく顔をしかめた。狭いボールの中で、十数時間も空の旅をするのが嫌なんだろう。 「そんな顔しないでくれよ。僕には追加で五人分もチケット代を捻出できないんだから」 「そんなことは分かっていますし、主に負担をかけるのは本意ではありません。ですが……」  彼女が言いたいことは分かる。相棒たちが休めるように、わざわざ部屋を用意するような生活をこちらではしてきた。ここ一年ほどで、ボールに入ってもらったのはそれこそ片手で足りる。その反動だっていうことは重々承知だ。 「まぁ、半日過ぎたらもう日本なんだ。それまで我慢してくれよ」  片手拝みで腰を折ると、相棒はわざと聞こえるくらいの溜息を吐いた。 「……了解しました。でも、他の娘たちは主がちゃんと説得してください」  じと目でこちらを見てくる相棒。他の娘を説得するときに手助けしてほしいという考えはお見通しらしい。どうやら、出発するまでに一つ厄介事がありそうだ。 「了解。じゃあ、明日……と言ってももう今日か。それに備えてもう寝るよ」 「はい。私もそろそろ寝ようと思います」  そう言って相棒は足音を感じさせずに扉まで近づき、開けて振り返る。 「では。お休みなさい、主」 「あぁ。お休み、ブラッキー」  こうして、Colors――五色のイーブイ使いと呼ばれた僕の、転機となる夜は終わりを告げた。  

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