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「2スレ>>180」(2007/12/13 (木) 22:53:47) の最新版変更点
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マスターと私――ニドリーナ(愛称:ニーナ)――はまだ見ぬ萌えもんを捕まえるため、サファリゾーンに来ていた。
が、
「……はぁ」
今日何度目かも分からないマスターの溜息が耳をつく。
普段から、明るいとは決して言うことの出来ない性格のマスターだけど、ここ最近の様子は特におかしかった。
ジムバッジを見つめては嘆息し、あらぬ方向を眺めては嘆息し、道端の石や花を見ては嘆息し……。
そんなわけで、溜息の数は増えていく一方だった。
トレーナーがこんな様子では捕まるものも捕まらない。
暗くなるばかりの彼を見ているのは耐え難いことだったので、
「マスター、一旦あの休憩所で休みましょう」
数十メーター先の小屋を指差し、私はそう提案したのだった。
「……きっと、長旅の疲れが溜まっています。目を閉じて横になっていてください」
休憩所は思ったよりも広く、空いていた。おそらく、他のトレーナーは休むことなく萌えもんを捕まえているのだろう。
私が言うと、マスターはコクリと一度だけ頷き、自分の腕を枕にして眠り始めた。
……やっぱり、疲れてもいるんですね。
すぐに大人しい寝息を立て始めた彼を見て、静かに微笑を一つ。
「いつだったでしょうか……」
彼が不器用な笑みをなくしてしまったのは。
不器用ながらも、私を励まし、元気にしてくれたあの笑みを忘れてしまったのは。
私は彼と初めて出会った時からのことを一つ一つ、確かめるように思い出していった。
……あぁ、あの時から。
そうだ。彼が笑みを見せなくなったのはあの時からだった。
そうして、夢とも現とも取れぬ意識の中、私は過去を回想していた。
『一言で述べるならば、「辛勝だった」というに及ぶものはない。
マスターは衰弱した私を抱えて走っていた。
三つ目のバッジまではさほど困難はなかったように思われる。
と言っても、二つ目まではフルメンバーで戦っていたのだが――。
三つ目からは私一人でジムを攻略するようになった……何が理由なのかは知らないのだけれど。
そして、四つ目、タマムシシティのジムリーダー、エリカとの戦い――
最初のうちは優勢だった。
こちらが力で押し切るのに対し、相手は補助的な技ばかりだったからだ。
いよいよ最後の一体、そうなった時に問題が発生した。
戦っていた私からすれば、最後の一体だけが異常にレベルが高かったように錯覚した。
それほどまでに、補助技の効果が効いてきていたのだった。
だが、こちらとて、並の覚悟でやってきていたわけではない。
マスターのサポートを受けながら、私は辛うじて敵を倒すことに成功した。』
その後からだった。
マスターがどこか魂の抜けたような状態になってしまったのは。
私が何度呼びかけても反応せず、ただぼんやりとバッジを見つめては表情を暗くする。
ようやく反応したかと思えば、私の話を耳から耳へと聞き流す。
数日のうちは体調でも悪いのだろうと思っていた。
一週間過ぎるころになって私はマスターの症状に対して一つの可能性を見出していた。
かつて、マスターはこんなようなことを言っていた。
「元気で騒がしいよりは、落ち着いていて静かな方が好きだ」
と。そして、
「だからニーナが気に入ってるのかもな」
このうち前者と、バッジ、タマムシのジムリーダー、マスターの年頃を考慮に入れると、すんなりと答えが姿をあらわした。
……恋煩い。
ズキリと胸に痛みが走った。その理由に思い至る前に私は痛みを無視した。
出会った時から心に決めていた。彼のやることを全力でサポートすることを。
彼の行く道を阻む物があれば取り除くことを。
たとえそれが、自分自身であってもだ。
この決心は曲げられない。曲げるべきは己の心。
……でも。
マスターがその気持ちにどう決着を付けようとも。
……今だけは……。
そう、今だけは、その時までは。
せき止めていた感情が決壊する。胸の痛みの代わりに涙が零れた。
「私だけを……」
そして、そっと、マスターの頭を私の膝に乗せた。
つづく?
『月の歌姫』
これは歌うことのできなかったプリンが歌えるようになるまでの物語。
その出会いは、プリンにとって、いいことだったのだろうか。
出会いはおつきみやま。特別な出会いではなかった。眠らされて、気づいたらモンスターボールの中。そして、一緒に旅をするように。
住み慣れた場所から離された悲しみはあったけれど、すぐにその悲しみは消えて、旅に夢中になり、主と仲間との楽しい生活が好きになった。
今がずっと続くのだと思っていた。けれど、プリンは忘れていた。そう思っていた以前の生活が、捕まって変わっていたことに。
今が楽しくて、昔を思い出すことをしなかった。だから、忘れてしまっていたのだ、自分が歌えないことを。
きっかけは、始めての戦い。主の歌えという言葉。
いつまでたっても、喉が音で震えることはなく、口から歌が響くことはない。
主は問う。なぜ歌わない?
プリンは答える。私は歌うことができない。
主は言った。プリンならば、歌えて当然だろう?
プリンは答える。でも私は歌えないのです。
昔が蘇る。
おつきみやまに響く仲間たちの歌声。ただ一人、その輪に加われず、過ごした寂しい日々。
当たり前のことができないプリンを、仲間は異端を見る目で見た。
プリンは仲間から離れた。しかし、完全に離れることなど、できはない。なぜなら一人は寂しいから。
いつかあの輪に誘われることを夢見て、離れた場から憧れ見た。
主は、プリンを離すことはなかった。
それをプリンは、共にいることを望まれた、と思ってしまった。
主は待っていたのだ、歌うことを。
主が見ていたのは、歌えぬプリンではなく、歌うという技。
ただプリンの歌う「歌」を望んでいただけだ。
時は少しばかり過ぎ、やがてそれがきた。
まてども、歌うことのできぬプリン。
主にとって、己の願望を果たせぬその存在は、邪魔なだけ。
ならば取る選択は、一つだけ。
どんな選択か、聞かなくともわかるだろう?
一度ぬくもりを知ったプリンには、一人で過ごす日々はとても辛すぎる。
かつての生活に戻るも、かつてと違い、あの輪をただ見るだけなど、できはしない。
ぬくもりの思い出は、寂しさを紛らわせることはなく、寂しさを強く強く感じさせる。
ぬくもりという、消すことのできない毒。その毒は、プリンの体と心を侵しつくしていた。
どれだけの幾十、幾百の昼夜を震えて過ごしたか。それはプリンにはわからない。
いつごろからかおつきみやまに、声が流れだす。
それは、哀しみの声。
そして気づく、己が「歌」を響かせていることに。
それは、哀しみの歌。
かつての輝きを想い、孤独の痛みを絞り出したもの。
私は歌えるのだと、私はここにいるのだと、だからもう一度共に行きたいと。
歌に込められた微かに混じる期待が、せつなさをより引き立たせた。
おつきみやまに響く歌声は、誰もを聞き入らせる。
聞かせたい人へは届かぬ歌を、プリンは毎日一人で歌う。
今日もおつきみやまに、歌は響く。