2スレ>>282

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ある昼下がりの街角。  壁にもたれかかる一人と、直立不動で立つ一人と、地面に寝そべる一人は、ちょうど陽が差さない建物の影に入っていた。  三人のうち二人は、もえもんと呼ばれる不思議な生物。  壁にもたれかかっているのは、彼女達の主。  直立不動で立ちながら、時々苛立つように爪先をとんとんと浮かしているのはパルシェン。  対して地面にぐてっと潰れたように寝そべっているのはドククラゲ。  主の腰に数本の触手を巻きつける他は、体全体が重力に従っている。  近くで見なければ死んでいるのではないかと考えてしまうような姿で、現に時々通りかかる通行人は彼女の方を見るたびにぎょっとして、 そのすぐ後に何か見てはいけないものを見てしまったような表情をして、立ち去るのだった。  と、そこに敢えて近づいてくる者が一人。  ただし、人ではなかったけれど。  近づいてくるそれに気付くと、男は片手をあげて、よう、と挨拶した。 「ん……遅かったな」 「いやー、すっかり遅くなっちゃいました。なかなか帰してくれなくてですねぇ」  その顔ににっこりと笑顔を浮かべて、また彼女も彼女の主に挨拶をした。  彼女は、モルフォン。  黒い瞳と、下半身であるスカート部分の灰がかった茶色。  その他は、彼女が持つ短い髪も、着ているワンピースも、ぱたぱたと羽ばたいて燐粉を飛ばすその羽も、全てが紫色だった。  ただ時折彼女の飛ばす燐粉に反応するように体のあちこちが違った色に見えて、見る者を惑わせる。 「遅い。というより、いつもいつもお前は遅いだろう」  なんともみっともない姿のまま動かないドククラゲに対するものと、待たされた事についての怒りをぶつけるように、 冷やかにパルシェンが指摘する。  しかしそう言われても、モルフォンは相変わらずの笑顔を崩さずに飄々と受け流して、切り返す。 「おや、そうでしたか? 気付きませんでしたよー、パルシェンさんは本当にこまかいところに気がつくんですねぇ。 ……いい姑になれますよ?」 「ぬかせ。まさか給金をピンハネして、何処かに溜め込んでいるのではないだろうな」  早くも場は険悪な雰囲気になり始める。  倒れたまま動かなかったドククラゲも、ぴくんぴくんと反応して、視線だけ移動していた。  何故だか期待に満ちた目で。 「まさか。お仕事は付き合いというものですから、定時できっちり上がるというわけにはいかないんですよ? ああすいません、誰かと特に付き合わない、孤高のパルシェンさんには分かりませんよね」 「行動なんてものは合わせるものじゃない、合うものだ。お前のような毒蛾に合わせられる奴は惨めなものだな」 「あらあら、自分にはできないからついに低俗な人格攻撃ですか。大変ですよねー、無駄にプライドが高い人って。 犬にでも食わせてしまえばいいのに」 「……わーわー、いいぞー、もっとやれー……」 「煽るな、ドククラゲ。……二人もその辺でな」  売り言葉に買い言葉、次々と激しいラリーを打ち返しあう二人の間に主が割って入って、手で制する。  そうするとようやく二人は打ち合いを止めて、パルシェンはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向き、モルフォンは相変わらずのにこにこ顔で地面にふわりと足をつけるのだった。 「つまらない……もっと○ドラしたいのに。実は二人は姉妹でしたっていう壮絶な展開を……」 「それは困るな。殺傷沙汰になると、さすがに放出を考えなきゃならなくなる」 「……軟弱者め……軟弱者め……二人揃って手篭めにするくらいの度胸を持とうよ?」 「無茶言うな」  彼女達のこうした様子は実のところ、そう珍しいわけではない。  それでもある程度は見送られているのは二人がその限度を知っているからで、また時と場合が違えば迷わず協力を選ぶからだった。  始終睨みあっているわけでさえなければ、しょっちゅう口論があるという事はその分だけ親密になっている時もあるという事だ。  ……ただいちいち止めるのに飽きただけかもしれないが。 「で、揃ったことだからそろそろ行くか。端から端って言っても、大きい街なら見ながら回れば結構時間を食うからな。 モルフォンは今来たところで悪いが」 「いえいえ、全然構いませんよ? マスター」 「……出発進行……」  触手を腰に回して、自分は地面に寝そべったまま動こうともしないドククラゲだが、基本的にそこが彼女の定位置。  そのまま地面をずるずると引きずりまわされるような格好でついていくのである。  見かねた彼女の主がせめて背中にしがみついたらどうだというのだが、彼女曰く「少し痛いくらいがいいの……」という事で、 そこが彼女のスタンダードなポジションになっている。  傍目から見れば虐待そのものでしかないが、彼女自身が強く望んでいたのであえなく主も折れた。  おかげで各街の警察から呼び止められない事はない。 「少し待て」 「……ん? どうした」 「クラゲ。お前、一体何を持っている」  表路地に出て行こうとした彼女達の主は、その場で反転して、地面に仰向けにねそべっているドククラゲを視界に捉える。  彼女は、何か白い布切れを口元に押し当てて細々と息をしていた。 「……シャツ……」  言われてみれば、その白いものはぐしゃぐしゃに丸め込まれた白いシャツだった。 「誰のだ。まさか盗んできたのではないだろうな」 「違う……これは、私のもの……」 「お前がそんなものを持つものか」  問い詰めるパルシェンの質問に、その脱力した唇を、ほんの僅かに持ち上げて、呟いた。 「……御主人様は私のもの……私のものは、私のもの……ふふ、うふふふふふ……」 「――」 「――」 「あらあら」  一瞬、空気が、凍った。 「どうりで替えが一枚なくなってると思ってた。無くしたと思ったら、何やってるんだ……?」 「おい、主。敢えて主に所有格がない部分を突っ込まないでいるだろう」 「聞こえないし、知らない」  ようやく解凍した二人が反応すると、どこか満足げにドククラゲはひらひらと触手の先でシャツの先を持ち上げる。 「……実利とステイタス。これがあれば御主人様に臭いが嫌というほど嗅げる……その上シャツの臭いを嗅ぐ女の子的に考えて、 御主人様は私にメロメロ」 「それはない」 「……すけこましめ……」 「おい、クラゲ。それは意味をわかって使ってるのか?」  二人に突っ込まれながらも、本人はまったくの勝ち誇った雰囲気(表情には出ない)で、口元にそれを押し付けている。  構図を選べば絵になるのだろうが、路地で仰向けに倒れながら脱力した顔で吸い込んでいる様子は、どこまで行っても奇行だった。  布越しに何か危ない薬でも吸っているのではないかと疑われても不思議ではない。  それくらい不気味な様子で、しかし幸せそうだった。  ――が。 「くだらないですね」 「……!」  それまでにこにこと笑いながら様子を見守っていたモルフォンが、一言で両断する。 「そんなの、無駄じゃないですか」 「まあ、無駄とはそう言えたものじゃないが……とりあえずシャツ返しt」 「大体、そのステイタスはドククラゲさんみたいな人がやっても華麗にスルーされるだけですよ? 覗いてくれた人間が、そのまま押し倒してくれるくらいの勢いと破壊力を併せ持っていないと。 そんな事にも頭が回らないなんて、陸に上がって脳が溶解したんじゃないですか?」  あれ?  何かおかしくない?  何かおかしくない? そんな事をしかし口には出せないまま、男はパルシェンに意見をもらおうと隣をちらりと覗き見た。  ――彼女は何か色々とうんざりしたような、疲れたような目で、事の成り行きを見守っていた。 「……しかしながら、御主人様の臭い嗅ぎ放題フリーパスは捨て難い……。しかも何度も交換可能」  交換する気か。  そんな彼の突っ込みは、声にならないままかき消された。 「その考え方がおかしいんですよ。臭いを嗅ぐだけなら、もっといい方法が――」  突然横からぐいっと、彼はモルフォンに腕を引っ張られたから。  そのまま両腕を背中から回され、後ろからがっちりと拘束される。  柔らかい羽が覆いかぶさるように彼の前面を覆うと、彼女特有の甘い芳香が主の肺を満たしていく。 「あるじゃないですか。ほら、簡単」  そう言ってくすくすと笑うと、彼女はぱさぱさとした髪ごと、顔をその首筋へ押し付ける。 「おい、こら、モルフォンッ」  頭が回らないうちにがっちり拘束された彼女の主は、もがこうにも手加減しなければならず、結果拘束を外せない。  耳元で飛び回る蛾の微笑が、耳朶を打って止まない。  その上―― 「……それは、盲点だった。うっかり」  ぽん、と仰向けに倒れたまま手を打って、突如としてドククラゲが触手を動かし始めた。  器用に動かしてあっという間に、まるで彼女の主に吸引されるかのような勢いで彼の腰にしがみつく。  さっきまでの拘りはどこへやら、いつの間にか手に持っていた、今や本当に布切れと化したそれは地面にひらひらと落ちていた。  用を失った布切れとは反対に、後ろからはがっちり、前からはしゅるしゅるで拘束されて動けなくなった主っぽい捕われの男は、もう成す術がない。 「ちょっと待てッ、モルフォン、お前悪乗りしてるだろ……っ?」 「何のことでしょうね? 私はただ純粋に……あ、黒子見つけちゃいました」 「つつくな、つつくな頼むから。あとドククラゲもそろそろ止めような」 「シラネ」  二人は思うように抵抗できないのをいい事に、あちこち弄り回している。  前から後ろから色々なものがくっついたり離れたりするたびに、男は全身の筋肉がばらばらになりそうな錯覚を覚えた。  いい加減、そろそろ本気で振りほどくべきか――そんな事を考えている、と。 「よっと」 「……わー……」  ぱっと、突然二人が飛び退いた。  当然二人に支えられるように立っていた彼は、自然に膝から地面に落ちることになり――  瞬間、男の真上を錘状の物体が通過して容赦なく三人の残像を串刺しにして、壁にぶつかって音を立てた。 「……いい加減に自重しろ、お前達」  発射されたであろう場所には、完全に据わった目で睨みつけているパルシェンがいた。  さすがに二人も時機を失ったのか、もう近づこうとしない。  相変わらずにこにこと笑うモルフォンと、何がなんだかわからないドククラゲを見るに、反省をしてるかは怪しいが。 「俺もか?」 「同罪だ。そこのクラゲはともかく、蛾の方は振りほどこうと思えば振りほどけただろう」 「……まあ、そうだな」  当然だと言わんばかりの顔をして、やれやれとパルシェンは息を吐く。 「嫉妬ですかぁ?」 「……何を馬鹿な。どんな理由で私がそんな事をしなくちゃいけないんだ、バカバカしいな」 「とりあえず、そこまでな。そろそろ行くぞ」  もはや半分忘れられかけていた当初の目的を使って、ようやく一騒動をまとめに入る。  彼自身がパルシェンの言うとおり当時者であったので、あまり大きな顔ができないのだが。  とにかく歩き出せばついてこざるを得なくなるだろうと振り返ると、モルフォンがつんつんと彼の胸をつついた。 「ところでマスター、結構臭かったんですけど? 首の周りって結構洗わないと臭いんですよねー」 「……今度から気をつけよう」 「お願いしますね。私、いくらなんでも臭い人間のもえもんだなんて思われたくないですから?」  そう言うと、先に行きますねー、と言ってぱたぱたと羽を羽ばたかせながら彼女は先に行ってしまった。  私はある程度臭いほうがいい、と後ろから誰かの呟きが聞こえた気が彼にはするのだが、意識的に消去する。  その日もなんともいえない気分になりながら、一つの騒動が終わった。 「三人いるんだから、一人ぐらい素直な性格がいてもいいと思うんだけどな。バランス的に」 「……主、類は友を呼ぶという言葉を聞いたことがあるか」 「あまり考えたくない話は、考えないようにしているんだ」  だからその日も考えずに、彼女達の主は先に行ってしまった蛾を追って、さっさと歩き出したのだった。

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