2スレ>>454

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キミのために、うたううた 暗い暗い洞窟に、一人の少年の、楽しそうな歌声が響く。 技術は平凡、聴衆もただ一人。 だけどその声は、どこまでも楽しそうで、まるで……今この世界でもっとも幸せなのは自分だと言うかのように。 この静かな洞窟に響く音は、彼の歌声だけ。この、幸せを体現した様な歌声だけ。 想いを声とし、心に響くように。 例え彼女に音が聞こえなくても、この気持ちが届くようにと。 目の前の愛しい人のために、想いを紡ぎ、音として歌い続ける。 きっと普段なら、この洞窟の静けさは、ひどく不気味なモノとして映るだろう。 だがこの瞬間だけは、全ての生き物が、彼のために声を潜めているのだと、そう言われても納得できた。 それ程までに彼の歌は…………幸せに満ちていた。 しばらくすると声は途切れ、洞窟は無音に戻る。 たった一人の聴衆は、惜しみない拍手を彼に送る。 それが、彼女の仕事。 この洞窟で、歓喜に満ちた歌を歌うのが、彼にしか出来ないのなら……彼を称えるのも彼女にしか出来ないこと。 またしばらくするとその拍手も途切れ、またも洞窟は無音に戻る。 しかし二人の顔に寂しさなど無い。 愛しい人が目の前にいるのに、どうして寂しいなどと思えようか? 「素敵な歌だったわよ。ありがとうね。……自分の耳で聴けたなら、もっと良かったのだけれど」 そう、彼女は耳が聴こえない。 昔は聴こえていたのだが、ある日を境に段々と聴力は弱っていき、そしてついに聴こえなくなった。 だが、彼女は人間ではなく、ラプラス。 音波に敏感な彼女の種族は、音を聞く事が出来なくても、音をじかに感じる事が出来る。 聞こえていた時の経験で、話す事は問題無く可能。 さらに唇も読めるのだから、会話ぐらいなら支障は無い。 「音は聴こえなくても、俺の気持ちは聴こえたろ? なら問題無いさ」 二人は、山の中腹に在るこの洞窟に一緒に住んでいる。 元々、少年は麓の町に住んでいたのだが、ある時ここに迷い込み、彼女に出会った。 当時、自分の事を希少種だと知らなかった彼女は、彼と普通に会話をし、別れた。 数日後、また彼はやって来た。…………今度は生活必需品一式を持って。 少年曰く、一目惚れ、だそうだ。 それからは、ずっと一緒。最初はポツポツとあったトラブルも、次第に無くなっていった。だが……彼は一つだけ不満がある。 「それでぇ、俺も歌った事だしぃ、次はお前の歌が聴きたいんだけどぉ……?」 そう、これが彼の唯一つの不満。それは、彼女が歌ってくれない事だった。 彼女の声はとても綺麗だ。と、彼は思っている。 普通に話しているだけでもそれが際立つのだ。彼女の歌声はさぞかし美しいに違いない。 だから彼女の歌が聴きたい。とても聴きたい…………のだけれど歌ってくれない。 彼女の耳が聞こえていた時は、恥ずかしいからダメと言われた。 彼女の耳が聞こえなくなった後は、上手く歌えないからダメと言われた。 おそらく今度も 「今の私じゃ上手く歌えないよ。それに私は歌わなくても、あなたの声が聴けるから満足よ」 細部は違っても。言う事はいつもと一緒。 もちろん彼は引き下がらない。 「俺は上手い歌が聴きたいんじゃない。キミの歌が聴きたいんだ」 と、ここまでが二人の『お約束』 あとは一言、二言会話をして、別の話題に移る。 特に気にする理由も無い、いつも通りの会話。 きっと彼は明日もせがむだろう。明後日も頼むだろう。その先もずっと、彼女が歌ってくれるまで。 いや、歌ってくれたとしても、また聴きたいと言うだろう。 そういう日常。ただそれだけの…………幸せな日々。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 二人の生活は自然的だった。 食料は洞窟内か、山で野生の生き物を取る。 水は川から取って来て、時には水浴びを楽しむ。 彼女は生まれつき体が弱く、町の空気に耐えられなかった。 だから彼女はもちろん、彼ですら、麓の町に降りる事はほとんどしなかった。 二人はそれで充足していたし、大事な人と一緒なら、それで満足だった。 だけど、時には町に行かねばならない事もある。 怪我したときのための、傷薬が無くなったときだとか。彼の衣類やその他もろもろ。 そういった場合には彼が町に行き、必要な物を買ってくる。 お金は、小さい頃蒸発した両親が残したモノがあるし、彼自身も時々稼いでいる。 お金を稼ぐ方法、それはもちろん…………彼の歌だ。 彼の歌は特別上手いというわけではないが、いつも心がこもっていた。 いつでも喜びに満ち溢れた彼の歌…………それは一部の人の足を止め、一部の人を癒した。 街角で歌って、少しのお金を稼ぐ。それを使い、必要なモノを買う。 満ち足りていた……いつだって彼女に会える。いつだって彼女の顔が見れる。いつだって彼女の声を聴ける。 いつだって……愛の言葉を囁ける。 彼女の生活は、生まれてからほとんど変わっていない。…………少年に会うまでは。 以前は、その日の食料を取り、歌でも歌いながら時間を潰し、眠りにつく。 時折他の萌えもんと会話する事もあったが、はぐれてしまった彼女達を群れへ帰したら、また一人。 少年が来てからは、何をするにもずっと二人。 暇なんて無かった。時間の限り彼と触れ合っていたかった。 唯一つ残念なのは、彼に歌を聴かせられない事。 最初は本当に恥ずかしいだけだった。……人に歌を聴かせた事なんて無かったから。 耳が聞こえなくなってからは、……中途半端な歌を聴かせたくなかったから。 彼が彼女のために歌う歌は、ある種完成されている。 胸いっぱいの喜びと、幸福を、自分に向けて歌ってくれる。 ―――――それなら私も、あなたに出会えた喜びを、張り裂けんばかりの幸福を、あなたに届けたい。――――― 彼女はそう思い、納得がいくまで彼に歌を聴かせない事を決めた。 彼が町に行ったときに、ひっそりと練習し、戻ってくる前にやめる。 でも、それももうすぐ終わる。もうすぐ歌は完成する。 彼はきっと喜ぶだろう。何度も歌ってほしいと言うだろう。もちろん……何度でも歌って上げるつもりだ。 満ち足りていた……いつだって彼に会える。いつだって彼の顔が見れる。いつだって彼の声を聴ける。 いつだって……愛の言葉を囁ける。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 彼が町に向かって、一時間ほどたった。 そろそろ練習を始めようかな? 本当はもう歌えるのだけれど、やっぱりちょっと恥ずかしい。 でも、今日の練習で最後にして、彼が帰って来たら歌ってあげようと思う。 だからこの練習は、歌そのものの練習ではなくて、彼に歌ってあげる練習。 歌ってあげたときの、彼の喜ぶ顔が目に浮かぶ様だ。 その笑顔を見るためにも、さぁ、練習を始めよう。 でも、彼はすぐに帰ってきた。…………私の、望まない、形で。 「ラプラス! 逃げろぉ! ロケット団だ!!」 ボロボロになった彼が、必死の形相で私に叫ぶ。 すぐにそばに駆け寄る私に、彼は繰り返す。 「俺の事はいいから! 早く! 逃げるんだ!」 馬鹿な事を……! そんな事、できるわけないじゃない! 「あなたを置いて逃げれるわけ無いでしょう!! さぁ、早く私に乗って!!」 「無駄だよ…………俺はもう、助からない……」 …………え? うそ、よね?  だって……致命傷になるような傷は………… でも、彼から伝わる生命力の少なさが、それが真実だと語っている。 「あいつ等に、使われてる娘達の、毒だよ。……もう、周りきった」 息も絶え絶えに話す彼、話しているそばから、彼が弱っていくのが分かる。 ど、どくけしを……! もしかしたらまだ間に合うかも知れない! 必死に探すが……見つからない。 そうだ、彼は元々、これが切れたから町に行ったのだ! 「なぁ、解ったろ? だから早く……お前だけでも」 「嫌よ、嫌、絶対に嫌! あなたがいない人生なんて、なんの意味も無い!」 涙が出てくるのは、理解してるから。―――彼が助からないという事を。 「いいから逃げるんだ! 奴らに捕まったらどんな扱いを受けるか!」 歩く事すらままならないくせに、あなたは、この期に及んで人の心配ばかり。 あなたは私に色んなモノをくれたけど、私はまだ何一つ返せていない! だから、歌ってあげるつもりだったのに……せめて、あなたが喜ぶ歌を送るつもりだったのに!! 「ぜ、絶対に、離れないん、だからぁ、あ、あ、あなたが、いなくなる、なんて、いやよ!」 私一人生き残るくらいなら、いっそのこと、ここで、一緒に。 しばらくすると、遠くで足音が聞こえた。奴らがここを見つけたのだろう。 「ほら、もう来ちゃったじゃないか、全くもう」 彼の声はどこまでも穏やかだ。何故こんなにも落ち着いてられるのか、私には解らない。 「ねぇ、お願いがあるんだけど、いいかな?」 私にもたれかかる彼が、どんな顔をしているのか、私には見えない。 「歌を、聴かせてほしい」 「…………え?」 「最期に、キミの歌が聴きたい……。音波を操るキミなら、できるだろう?」 そう言って私の顔を見る彼。 ……それだけで、解ってしまった。彼が、何を望んでいるのかを。 「最期のお願いくらい、きいてくれてもいいだろう?」 「……わかったわ、歌ってあげる。だから……しっかり聴いておいてね」 「うん。…………ありがとう」 私は歌う、『ほろびのうた』を。 音波を変えて、歌の対象を、全ての生き物に……! できることなら、彼を犯すその毒素も、滅んでしまえと。 歌は私も蝕むけれど、私は耳が聞こえないから。 少なくとも、他の生き物よりは長持ちする。 あなたのために練習した歌。できる事なら、こんな形で聴かせたく無かった。 でも、泣いちゃいけない。悲しんではいけない。 あなたが私に歌ってくれる歌は、いつだって歓喜の歌だった。幸せに満ちていた……! だから私も、あなたに出会えた喜びと、幸せと、感謝を、この歌に込めて。 ――――――あなたが笑うのが好きだった ――――――あなたに出会えてよかった ――――――ありがとう、私はずっと……幸せ……でした……! 暗い暗い洞窟に、一人の女性の、幸せそうな歌声が響く。 技術は最高級、聴いてほしい人はただ一人。 その声は、どこまでも喜びに満ちていて、まるで……今この世界でもっとも幸せなのは自分だと言うかのように。 彼女は最期の時まで歌い続けた。 動かない愛しい人を、抱きしめて。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「それで……?」 「それでこの話はお終いだよ。ロケット団は歌にやられたけど、男の子は彼女を救う事は出来なかった。」 「そうなんだ。……かわいそう。……でも、二人はきっと幸せだったよね」 「…………きっと、ね。……うん、休憩もそろそろ終わりにしよう。ゴース、みんなを呼んで来てくれるかい?」 「りょうか~い」 そのままふよふよと飛んで行くゴース。 さて、みんなが集まるまで15分は掛かるだろうし、どうしようかな? 「マスター。少し、いいですか?」 おやフシギバナ、いたのか。……マズったかもしれない。 「別にいいけど、何かな?」 「言いたい事が一つと、訊きたい事がいくつか」 ………………………。 「……いいよ」 「先ほどの話ですが、不自然です。助かった者が一人もいないなら、話を語る者がいません」 「子供に聴かせる話に、整合性を求められてもなぁ」 「では次に、訊きたい事ですが。先日仲間になったゴース。彼女は何故あんな洞窟に、一人でいたのでしょう」 「俺に訊かれてもなぁ」 「……では、何故マスターはあの洞窟を知っていたのですか? 麓の町の住人も知らないような洞窟を」 「さてねぇ」 「……件のゴースですが、珍しいですよね。歌うのが好きならまだしも、技として"うたう"を覚えてるなんて」 「……そうだね」 「あの…『フシギバナ』……」 「さっきの物語はあれで終わりだ。続きは……」 「……無いよ」 少し間が空き、お互いの目を見つめ合う 「……解りました。……最後に一つだけ、いいですか?」 「……いいよ、何?」 「あの…………歌は……」 ……あんな話をしたせいだったのかもしれない。 優しい目で、遠慮がちに尋ねる声が 「歌は……好きですか?」 ……彼女を、フラッシュバックさせた 『ねぇあなた、歌は、好き?』 『聴きたいな。あなたの歌』 『すごい! 綺麗な歌声ね! ねぇ、もっと聴かせてよ!』 『いつかあなたにも聴かせてあげるよ! 私の歌!』 『ありがとう。あなたの事……大好き、だよ!』 出て来そうな涙を必死で、奥歯を噛み締めて我慢する。 ダメだ! 泣くな! 泣いちゃダメだ! 悲しい気持ちじゃダメなんだ! これじゃあ、彼女が悲しむ! それは絶対に嫌だ!  だって……僕が彼女に歌ってあげる歌は……いつだって…… 「ああ……」 ……いつだって……喜びと……幸せに満ちた、歌なのだから! 「……歌は……大好き、だよ」 ――――――――――――ありがとう、キミに出会えて、よかった――――――――――― ……青い青い空の下、一人の青年の、喜びの歌が響く。 技術は平凡、だけどその一小節に、あらん限りの気持ちを込めて。 この歌を聴いてほしい人は、 ……もう…………いない。 キミのためにうたう、うた     ~Fin~

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