3スレ>>604

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『罪と理由と戒めと』 「今日は静かだな」 「皆さん、疲れてますから」  もえもんセンターの一室で、もえもんトレーナーとコイキングが、ゆったりと過ごしてる。  二人ともパジャマ姿で、あとは寝るだけといった様子。 「皆がジム戦頑張ってくれたおかげで、バッチを勝ち取ることができた」 「……そうですね」  やや元気なく、トレーナーに答えるコイキング。  その様子にトレーナーは気づく。 「どうした? どこか具合でも悪いのか?」 「どこも悪くないです。  …………ねえマスター?」  少しだけ考え込んだコイキングは、疑問を投げかける。 「どうして、私を進化させないんですか?   進化すれば、私はもえもんバトルで役に立てます。  今日みたいに、足手まといにならずにすみます」  急に思いついた疑問ではないのだろう、声に、表情に、雰囲気に、焦りと苦しさが滲んでいる。  常日頃、考えて押さえ込んで、それが今日溢れ出たのか。  そのコイキングを見て、トレーナーは申し訳なさそうな顔になる。 「苦しませて、ごめん。  でも、お前は進化させない。そう決めてあるんだ」 「……理由は教えてくれます?」 「お前には、聞く権利があるだろうな」  そう言ってトレーナーは、少しだけ昔を懐かしむような顔になる。  懐かしさは少しだけだ。表情の大部分は、後悔。 「俺がこうして旅にでるのは、二回目だ。一回目も、もえもんトレーナーとして各地を回っていた。  当時の俺は、トレーナーとして最低だった。もえもんを人格を持った生物としてではなく、道具のように扱っていたから。  ずいぶん酷い扱いをしたよ。役に立たないと判断したもえもんを、捨てるのは当たり前。殴る蹴るなんてこともした。  もえもんが怪我をしても、気にせず使い潰すように、戦わせ続けた」 「……今のマスターと違いすぎます。  だって皆、マスターはちょっと厳しいけど、優しいって言ってます!」 「少しは、ましになれたってことか?  当時の仲間たちには、許されないことをしたのはたしかだ。過去に戻って、自分を殴りたいくらいだよ。  それで、そんな扱いをしてれば、体にがたがくるのは当たり前のことだ。あいつらにも、例外なくそれは訪れた……」 「それで、どうしたんですか?」  黙ってしまったトレーナーをコイキングは促す。 「怖くなった。萌えもんにも命があることに気づいて、それを壊そうとした自分に気づいて、ガタガタ震えてた。  そのとき、通りがかったトレーナーがいなけりゃ、命の重さに潰されて、そのまま何もしないで震えっぱなしだったろうな。  もえもんは、オモチャじゃないってのな。ほんと、そんなことにも気づかない馬鹿だ。  そのトレーナーの手を借りて、仲間たちをもえもんセンターに連れて行って、治療してもらった。  あいつらが治療受けている間、俺はジョーイさんとトレーナーから怒鳴りつけられてた。  普段、温和なジョーイさんをあれほど怒らせたのは、俺が初めてだろうな。  その二人は怖かったけど、それ以上に仲間たちの死といままでの自分が怖かったよ。  もっと早くに、気づけていればって後悔したし、今でもしてる」 「当時の仲間たちはどうなったんですか?」  先を予測したのか、若干青ざめた顔のコイキング。  そのコイキングを、安心させるようにひと撫でして、 「命は助かったよ」 「そうですかぁよかったぁ」  我がことのように安心するコイキングを見て、微笑を浮かべるトレーナー。  だが、その微笑みはすぐに消える。 「でも、全て元通りってわけでもなかった。  あいつらは、もえもんバトルには耐えられなくなった。半分死んだも同じかな。  俺は、そこで旅をやめた。旅に連れて行けるもえもんがいなかったってのもあるが、  それ以上に、あいつらに少しでも償わないといけないって、思ったから。  あいつらは、俺と一緒にいたくなかったかもしれないけど、俺は家に連れて帰ることにした。  野に放しても、俺のせいで生きてはいけないからな。  謝りながら、怪我が全快するまで、看病したよ」 「彼女たちは、マスターをどう思ってるんでしょう?」    トレーナーにむけての問いではない。思ったことが口から出てしまっただけ。  でも、その問いにもトレーナーは答える。 「始めは、急に態度を変えた俺に戸惑ってた。次に怒り。  怒られて当然だ。ずっと憎まれたままだろうって思ってた。  でも怒りはしても、憎まれはしなかった。  それどころか、許してくれた。  いつか自分たちにも命はあるんだと、気づいてくれるって信じ続けてくれてた。  いつか対等な存在として見てくれるって、期待し続けてくれてた。  それを教えてもらって、泣いた。自分の馬鹿さ加減に、もえもんのひたむきさ、優しさ、純粋さに」  当時のことを思い出したのか、トレーナーの目に涙が浮かぶ。つられるようにコイキングの目にも涙が。 「そして、しばらく一緒に暮らしてたんだ。そのとき、過ごした時間でやっと、あいつらが好きなものや趣味とかを知った。  色々遅すぎたけど、その一方で手遅れにならなくてよかった、なんて都合のいいことも考えたっけ。  なんていうか、浅ましいっていうのが、一番似合うかな。  んで、日常生活するうえで、不都合がなくなった頃、言われた」 「何を?」 「旅に出なさいって。あいつら四人全員から。  嫌だって言ったんだけどな。少しもえもんリーグに未練があったのを、見抜かれてたらしい。  それで『私たちに申し訳ないなら、私たちをこんなにまでして求めたものを取ってきなさい。  そしてリーグ制覇を手土産に、私たちが誇れるようなトレーナーになって帰ってきなさい』って、家を追い出された。  俺が、旅に出られる理由までつけてくれるんだから、俺にはもったいない奴らだよ。  んで、今に至ると」 「そんなことが……私たちは、彼女たちに感謝しないといけませんね。  マスターが、また旅に出たおかげで、出会えたんですから」  ふと、そこで思い出す。 「マスターの過去はわかったんですけど、私を進化させない理由がわかりません」 「ああ、それは、再び旅に出るときに誓ったことに関係する。  もう二度と、仲間を傷つけない、信頼を裏切らない、力のみを追い求めないって。  コイキングは、戒めで証なんだ」 「戒めと証?」 「そう、コイキングはもえもんの中で最弱だし、進化させると確かに強くなる。  だからって進化させると、強さのみを求めて、もえもんを道具にしていた、以前と同じなんだ。  コイキングに求めているのは、強さじゃない。俺に、過去を忘れないようにする証。  俺はコイキングを見て、二度と同じ過ちをしないように戒めている。  俺に必要なのは、強いギャラドスじゃなくて、コイキング自身」 「……私自身」 「それに、お前は役立たずじゃないぞ?  今言ったように、存在自体が俺に必要だし。料理だって美味い。足りない道具に、すぐ気づいて補充してくれる。  戦闘面じゃなくて、生活とか補助とかで役立ってる。  戦闘でも、一つ前のジム戦で役立ったじゃないか。お前が戦闘に出て、耐えてくれたおかげで、仲間たちがげんきのかけらで復活できた」 「今のままでも、役に立ってる? 本当に?」 「仲間にも聞いてみればいい。俺と同じ答えが返ってくるぞ」 「「「「「マスターの言うとおり!」」」」」 「みんな!」  扉が開いて、仲間たちが入ってくる。  トレーナーとコイキングは、驚いた表情で仲間を見る。 「お前たち、いつからそこにいたんだ?」 「わりと最初から聞いてましたわ」 「マスターに、そんな過去があったなんてなー」 「時々暗い影がさすと思ったら」 「驚きですー」 「悪い人だったんですねぇ」  それぞれの反応が返ってくる。 「軽蔑したろ」 「昔のマスターはな。  今は僕たちに、同じようなことしないだろ?」 「絶対しないっ」  力の篭った宣言が発せられる。 「ん、それが聞けたから安心だ」 「みんな、私って役に立てるのかな?」  トレーナーの言うとおり、聞いてみる。  すでに返事は得られているが、自信がなく、もう一度聞きたかったのだろうか。 「いないと、困りますわ」 「うんうん、料理美味しいしね」 「抜けてるマスターのフォローもできますからねぇ」 「マスターも好きだけど、コイキングちゃんも好きですよー」 「……みんなぁありがとぉ」 「うわっこれぐらいで泣くなよ!?」  泣き出したコイキングを、仲間で囲んであやす。  それをトレーナーは、苦笑しながら見る。  脳裏に浮かぶのは、謝れていない一人のもえもん。  再び旅を始めて、すぐにおつきみ山に謝りに行ったのだが、すでに他のトレーナーと旅に出たあとだった。  願う、俺のようなトレーナーではなく、もえもんを大事にしてくれるトレーナーに出会えているようにと。  想いはそれぞれに、夜は更ける。  仲間の絆を深めながら。  おまけ 「マスターが、時々お金を送金していたのは、以前の仲間のため?」 「ああ、あいつらにも生活資金は必要だろ?」  そのお金が、結婚資金として貯金されていることを、トレーナーは知らない。  トレーナーを送り出した理由の一つに、花嫁修業の時間がほしかったからという理由があることを、トレーナーは知らない。  少しだけ遠い将来、もえもんリーグを制した後、かつての仲間と今の仲間の総勢10人で、  トレーナー争奪戦が起こることを、トレーナーは想像できない。  おまけのおまけ  近い将来、プリンを連れた鼻血マスターに出会い、殴られることは別の話。

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