1スレ>>341

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その子は生まれつき目が見えませんでした。 無明の闇の中をはたはたと、音と匂いを頼りに動き回ります。 ですが何も怖いことなんてありませんでした。 近く遠く聞こえてくる、ともだちや、家族の声。 近く遠く香る、優しい隣人たちの匂い。 それらが、いつでもすぐ側に誰かがいてくれることを、教えてくれていたからです。 ときどき肩に乗せてくれる、ごつごつした肌の感触が少し気持ちいい、大きい人。 ときどき肩をつつきにからかいに行く、丸っこい感じの小さめな人。 ときどき肩を並べて飛び回る、同じ年代の仲良い子たち。 ときどき肩を並べて眠る、その子の両親と、きょうだいたち。 大勢の仲間と、知り合いと、ともだちに囲まれて、その子は幸せでした。 けれど、ある日突然、その幸せはくだけ散ってしまいました。 不意にやってきた誰かが、その子をさらって行ってしまったからです。 両親は嘆きました。友人たちは悲しみました。知り合いも何人か姿を消していました。 その後、残された彼ら彼女らが、連れて行かれたその子の姿を見ることはありませんでした。 少しのときが過ぎました。 その子は元気でした。 その子を連れて行った男の子はとても優しく、とても丁寧に、その子の面倒をみていたからです。 その子は、最初は聞き覚えの無い音、かいだことの無いにおい、触ったことの無い何か、色々な未体験におびえていました。 会ったことの無い誰か、かいだことの無い誰かの匂い、聞いたことの無い誰かの声、そんな色々に触れるたびに、恐れおののいていました。 けれど、色々なことにだんだんと慣れてくれば、それがとても楽しいことばかりなのだと、いつの間にか気づいていました。 男の子といつも一緒にいる、すべすべした肌の大きい人は、良く体の上にその子を乗せて、とても速く空を飛んでくれます。 その風を切る音、空気の匂いを、その子はすぐに好きになりました。 男の子といつも一緒にいる、きのこみたいな匂いのする人は、良くその子に、おいしいきのこを食べさせてくれます。 その味と、触感を、その子はすぐに好きになりました。 男の子といつも一緒にいる、やわらかな羽根を持っている人は、良くその子を温かく包んで、一緒に眠ってくれます。 その温かさと、柔らかさを、その子はすぐに好きになりました。 そしてなにより一番好きになったのは、ときどき男の子が、優しく頭をなでてくれる、そのときの感触でした。 もう少し時がすぎました。 その子は、自分の体がずいぶん大きくなっていることに気が付きました。 小さかった翼は広く力強くなっていました。小さかった歯は牙と呼べるほどに鋭くなっていました。 もうひとりで、男の子の匂いが届かなくなるところまで飛んでいけるようになっていました。 けれどそれはとても寂しいことだと思ったので、その子もずっと男の子の側にいるのでした。 ある朝、起きたとき、顔のところに奇妙な感触を覚えました。 何かが巻きつけられているようでした。 それは、今まで怪我をしたときに、男の子が巻いてくれた、包帯というものの触感にそっくりでした。 どうしてこんなものが巻いてあるの、とその子は、不安そうに周りのみなに問いかけました。 けれど男の子は、小さく笑い声をあげただけで、何も言わないまま、その子を抱き上げました。 一緒に外に出ました。男の子の体温がとても気持ちよく、いつしか不安は消えていました。 朝の空気が涼やかでした。以前は知らなかった、夜露に濡れた草の匂いが鼻をくすぐります。 それと同時に、包帯で巻かれたあたりから、とても不思議な感覚が襲ってきました。 それは、その子が知っている、今まで感じたことのある、どの感覚とも違っていました。 男の子の手がやさしく触れ、顔の包帯をそっと巻き取りました。 その瞬間、ぱっと、世界が広がったような気がしました。 一瞬、何が起こったのか理解できなかった後、すぐ、何かが降りてくるように、その子は自分がどうなったのかを悟りました。 そう、その子に、新しく目が付いていたのです。 青空の意味を初めて知りました。太陽のまぶしさを初めて目にしました。草の色を初めて理解しました。 そしてその子は、自分を抱きかかえてくれている男の子のほうを、すっと見上げました。 そして、そのとき初めて、涙という言葉の意味を知りました。 「よろしくね、ゴルバット」

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