4スレ>>216

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 並ぶ、ずいぶんと古ぼけた石碑。  そのひとつひとつに一本の花を手向け、線香をひとつひとつ置いていく。  はじめは両手いっぱいに持っていたはずの花束は、最早最後の一本を残すだけとなってしまった。  毎回、我ながら酔狂で在ると思わざるを得ないが、かといってこの行事を止める事は無かった。  此処は、彼女がかつて過ごした日々に想いを馳せられる、たった一つの場所だから。  ――最後の石碑の前に立つ。  ほんの少しだけ彼女の顔に影が差したが、それは一瞬のうちに掻き消え、笑顔を浮かべた彼は、他の石碑と同じように花を置いた。  塔を出た彼女は振り返る。  聳え立つこの塔は、今までいくつの魂を天へと還してきたのだろう?  果たして、彼女が花を手向けた石碑の主たちは、無事に天へと還っていったのだろうか?  空は、曇天。  塔の先端は、遥かに遠く、霞んで見えない。  塔から出て、センターへと向かう彼女に声をかける者がいた。  「終わりましたか?」  白髪の混ざり始めた初老の女性は、慰霊の塔の管理者、フジの名を継ぐ者だと彼女は知っている。  静かに近づく気配に、振り返らず言った。  「ええ」  「毎度のこと、お疲れ様です」  並んで歩く。  そして歩くと彼女と女性は、まるで祖母と孫がつれたって歩いているように見えた。  やがて前方にセンターが見えてくると、初老の女性は立ち止まり、彼女は歩き続ける。  その距離が数歩離れた時、初老の女性は口を開いた。  「後悔、していますか」  ――距離が止まる。  「あの頃に戻りたいとは、思いませんか」  その問いに、彼女は心の機微に鋭い初老の女性に気づかれないくらい、わずか口の端を綻ばせた。  変わらない。  それは自分の中でずっと思い続けてきたけど、それでいてずっと否定し続けてきたことだから。  「いいえ」  ――変わらない。  それはフジの名を継ぐ者たちが、彼女に一度は必ず言う言葉だったから。  「覚悟はしていました」  ――そして、今なお変わらない。返答の内容も、彼女の意思も。  「いえ、今もしています。彼女とともに生きると決めた時から、ずっと」  「……そうですか」  初老の女性は、それから口を開こうとはしなかった。  距離が再び動き出し、しかし再び止まることは無かった。  そう、覚悟はしていたのだ。  彼女と――ファイヤーと、同じ時間を生きる、そう決めた時から、ずっと。  「ミズホ」  センターの中から、炎を纏う彼女が現れ、小走りに近寄り抱きついてきた。  ミズホはそんな彼女を抱き返し、肩を掴んで目をあわせられるくらい軽く離す。  「もういいの?」  「ええ」  にっこりと微笑みかけて、今度は強く抱きしめる。  ファイヤーは少しもぞもぞと動いたけれど、心地よい笑みを浮かべながら身体をゆだねた。  他のもえもんは全てパソコンに預けてあるので、二人だけの空間だ。  あの頃と変わらない紫苑の町、あの頃と変わらない自分たち。  それだけのことだけど、だからこそ新しい仲間たちとは一線を画しておきたかった。  今日この日、この場所は、輝かしかったあの頃の面影を色濃く残す日だから。  どれだけの時間抱き合っていただろうか。どちらからでもなく自然と離れる二人。  「さて、そろそろ行こうか。何時挑戦者が現れるとも限らないからね」  そう言い、少し歩きながらファイヤーに目配せをした。しかし彼女は俯いたまま。  少しだけ不安そうな曇った表情で。  「ねぇ、ミズホ?」  言葉も、同じように曇り空。  「本当に後悔してないの?」  距離は止まらない。  「どうして?」  「今日のミズホはいつもより無理してるから」  「そう? そうでもないよ」  「してる。だって……」  ――今日は、フシギバナちゃんの命日でしょ?  そう彼女が言い留めたのが、パートナーとして以上の繋がりを持つミズホには容易に感じ取れた。  容易に感じ取れたけれど、あえてミズホは聞く。  「だって、何?」  「……」  「黙ってちゃわからないよ? だって、何?」  「……ずるいよ、わかってるくせに」  そう、分かっている。自分も、彼女も。どちらの想いも。  答えが出たことを理解して、ミズホは答えた。  「後悔は――してるよ」  答えた言葉の裏、ファイヤーが哀しむのが手に取るように分かる。  しかしこの言葉はかっこつけでも何でもない――本心からの言葉だった。  曇天を仰ぎ、遠き日を省見る。  自分たち以外のものが老いて行く、朽ちて行く、また死んでいく姿を、あまりにも多く見てきた。  自分たち以外のものが自分たちに向けた、その多種多様な感情の波を、よく見てきた。  それらは、彼女と同じ時間を歩み始めたばかりのミズホには、到底耐え難いものであった。  されど、耐えてきた。  否、耐えるしか道はなかったのだ。狂わないために、ただ狂わないためだけに。  見知った顔の死を重ねるたび、慣れた。  向けられる感情は、やがてそこから好奇心が消えることで、風化していった。  慣れるたび、風化するたび、自分の中から感情が薄れていく事が分かった。  何でも耐えられると思った。本気でそう思っていたのだ。  だが――。  「だけど、戻りたいとは、思わない」  後ろを向いて、まっすぐに見つめる。  「思っては、いけないんだ」  この言葉は、最後に逝った彼女への誓い。  この言葉は、くじけそうになった、自分への戒め。  そして――ファイヤーに対する、変わらぬ愛のために。  「だから――立ち止まってはいけないんだ」  距離が動き出す。ゆっくりと、やがて二倍の速度で。  再び抱きしめあう二人。つながった想いだけでは見えないものを確かめるため、しっかりと。  「……それじゃ、そろそろ行こうか。頼める?」  「うんっ……任せて、ミズホ!」  そして、火の鳥が飛び立つ。  向かう先はセキエイ高原――セキエイリーグ。  カントー地方のマサラタウンに住んでいた少女は、旅の果て訪れた灯火山で、運命的な出会いを果たす。  やがてチャンピオンとなった少女は、チャンピオンで在り続けた。  数百年間、王座に陣取り続けた彼女を、人は尊敬と畏怖をこめて「火の鳥の申し子」と呼んだ。

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