5スレ>>128

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「どうして……?ずっと一緒に居てくれるんじゃなかったの?」 彼女の声が虚しく響く。 「世界を見せてあげようって…言ったでしょう?  いろんな所へ、連れて行ってくれるんでしょう?  なのに、どうして…?」 最愛の主からの返答は無い。 当然だ、その体は既に生を終えているのだから。 「不治の病だなんて…長くは生きられないなんて…一言も聞いてないわ。  どうして、教えてくれなかったの?  どうして、守れない約束なんか、したの?」 配下、あるいは部下となら辛うじて呼べるだろう者は、かつての彼女にもそれなりにいた。 だが、対等以上の関係を結んだものは、誰一つとしていなかった。 己が孤独であることに気付くことすらなく暮らしていた彼女を変えたのは、誰あろう主その人。 その彼を失った今、彼女に待っているのはかつての生活。 数えることを放棄するほどの間過ごしてきた生活、しかし今の彼女には拷問以外の何者でもない。 「大切だと、言ってくれたのは嘘?  何故、置いて逝くの?  あなたの居ない世界で生きることが、どれほど私にとって孤独で苦痛か、想像も出来なかったの?」 返事が無くとも、届かぬと知りつつも、溢れる思いは言葉を纏って零れ落ちる。 「嫌よ…お別れなんて嫌。一緒に居るんでしょう?  ずっと、一緒に……」 ─────────────────────────────────────────────────── セキチクシティ南西、グレン島から東に位置する双子島。 セキチクからグレンを目指すものは必ず通ることになるこの島に、ある仕事の都合で来ていた。 といっても、来るのが仕事なのではなく、目的を達成するための心当たりがこの島なだけだが。 仕事とは、人探し。 唐突に失踪したとある人物を探すため、ここまで足を運んだわけだ。 「ヤドラン、ご苦労。すまないが、もう一頑張り頼むぞ」 「はい、マスター」 道中波乗りで俺を乗せてくれたヤドランを労いつつ、中へ進む。 マサラから南下することでグレンへ向かった俺は、この島に来るのは初めてだ。 なのにここを心当たりと思ったのには訳がある。 唯一にして最大の理由は、勘。 ごく一般の人間なら、勘とはつまりが当てずっぽうということになるだろう。 だが、稀にそれが当てずっぽうの領域を超える人間が居る。 その程度によっては単に勘のいい人間と呼ばれるか、いわゆるサイキック(予知能力・透視能力)などと呼ばれるか、というだけの話。 俺の場合は後者の呼び方をされる域で、だからこそ俺の勘というのは行動を起こす理由足りえるのだ。 お陰で暗かろうと来たことが無かろうと道に迷うという経験はしたことが無い。勘だけで目的地へ向かえるからだ。 だから、今回の場合も敢えて内部の見取り図などは用意していない。足の向く方向に、俺の目的の人物が居るはずだから。 「道中の野生の萌えもんは任せた」 「了解、なるべく戦闘を回避する方向で進めます」 長年の相棒だけあって、俺の意図を読み違えることが全く無い。彼女、ヤドランがエスパーであるためだけではないだろう。 「…さて、この奥に居るのは間違いないだろうが…  どうなっているやら…」 独りごちながら、俺は奥を目指した。 はしごを下って、あるいは穴を飛び降りて。 三階ほど下へ降りたとき。 今までとは明らかに質の違う冷気に、俺達は背筋を震わせる。 寒さのせいは、無論ある。だが、それ以上に、その冷気の纏う気配に、寒さとは違うものを感じ取った。 「…ヤドラン」 「はい。間違いないと思われます」 念のために確認したが、予想通りの答え。そして、俺の勘も、探し人がここにいることを告げている。 「いきなり姿を隠した段階でただ事じゃないのは予測済みだが…  これほどの気配は…」 サイキッカーの勘といっても、もちろん人間の勘でしかない。 何もかも気付けるわけが無いし、そもそも俺は予知はあまりできない。 だからこそ、想定外の異常に戸惑ったのだ。 しかし、冷気が異常だったから探せませんでした、などと言って通用などしまい。 俺は嫌な予感を胸のうちに押しとどめながら、ヤドランに冷気の中心へ向かうよう指示した。 「マスター」 束の間の物思いから返る。 「どうした?」 「氷が…」 みると、明らかに陸地ではなく流れる水が凍ったものが目の前を塞いでいた。 「厚さを測れるか?」 「はい。計測します」 そう答えて念力で氷を調べ始めるヤドラン。 程なくして、人や萌えもんが乗って歩いても問題ない厚さと判明する。 「もうこれは間違いないな…」 ヤドランと共に氷にあがり、歩き始めた、その時。 前から人影のようなものが近づいてきた。 「人…?いや、萌えもんか」 近づいてくる気配は人のものではない。 俺の判断は、歩いてきた相手が判明することで、正しいと証明された。 「お引き取りください」 「長は、人と言葉を交わせるような状況ではない」 言葉をかけてきたのは、ジュゴンとパルシェン。 ここに暮らす萌えもんたちを束ねる側の萌えもんなのだろう。 「あんた達の言う長ってのが誰だか見当はついてる。  俺の用はそっちにはないんだ、下手に刺激したりはしないと約束する。  だから、通してくれないか」 俺の言葉に二人が顔を見合わせる。 「…分かりました。ですが、様子がおかしいと判断した場合は無理にでも離れていただきます」 「別に命を奪う、というわけではない。むしろ、お前の命の安全のためだ」 そう告げて、二人は俺達に背を向け歩き出す。 あたりは最早冷気の霧で、白一色に染まるほど。 はぐれないようヤドランの手を引き、俺は付いていった。 しばらく歩くと、唐突に霧が晴れた。 その向こうに広がっていたのは。 「「────!!」」 蒼と白で創られた世界。 向こうにうっすら見える壁、天井、床、例外なくどれもが飾る言葉を持たぬほどの、白。 それぞれの境すらも定かではないその白の世界に、墓標のごとくにそそり立つ蒼氷。 床から天井から、角度・大きさ・形、どれもが無秩序に乱立している。 それは敢えて言葉にするならば、凍てついた荒野。 その中心。 一際高い段の上、周りの氷柱とは比較にならない大きさの蒼塊、そのそばに。 彼女はいた。 夜明け前の空を宿したかの様な長髪、雪の白と水の青で彩られた、翼付きの服。 その横顔は抜けるように色が白く、幼さの残る顔立ちと相まって、まるで作り物の様な美しさを形作っている。 「フリーザー…」 そう。目の前にいる少女こそは、カントー地方の伝説に残る三鳥の独り、フリーザーだ。 だが、俺がかつて見たことのある姿───俺が探す男が連れていたときの印象とはまるで違う。 俺の知っている彼女とは明らかに、気配が違う。まるで生気が感じられないのだ。 「これは、一体…」 ヤドランも戸惑っている。 ひとまず目的の人は、と見回し、再び絶句する。 フリーザーがすがりつく、巨大な氷塊、その中に。 その男は眠っていた。否、本当に眠っていたのかどうかは定かではない。 苦しんでいる様子はない。静かな表情を見せている。 「一体、どういうことなんだ?何があったんだ、フリーザー?」 堪らず声をかける。途端に二人に静止されるが、構っている余裕は無い。 反応があるとは思えなかったが、果たして彼女は振り向いた。 その目には、何も映っていない。青と白を纏う彼女の唯一の紅の色彩は、赤錆のように濁っていた。 「どういう?……見てのとおり。  私が、この人と一緒に居るだけよ」 要領を経ているとは言いがたい答え。 なおも続く。 「この人ったら、ひどいのよ。自分が病気で、もうすぐ死ぬって分かってるのに、私に黙ってたの。  いろんなところに行こうって、ずっと一緒にいるよって、そう約束したのに、よ?  こんなに大切なことなのに、一度だって話してくれなかったわ」 ぽつぽつと、虚ろな言葉が続く。その顔には、思い出したかの様な微かな笑み。 ほとんど聞かれたから反射で答えているだけ、誰がここにいるのかなどどうでもいいのだろう。 「ずっと黙ってたのよ?一緒に居られなくなること。  ずっと一緒に居るっていったのに、それじゃ嘘つきじゃない。  いろんなところに連れて行ってくれるはずだったのに、それだって守れてないわ」 フリーザーの声に微かな熱が篭もり始める。 「私に黙っていなくなるつもりだったのよ、この人。  心配させたくないからとか、悲しむ顔が見たくないからとか、そんな理由つけて。  あんまりじゃない。言わなくっても結果が変わらないなら、せめて心配くらいさせて欲しかった。  だって、これじゃ裏切りでしょう?大切だって、そう言っておきながらお別れもさせる気が無かったなんて」 クスクスと、笑い声を漏らす。その声も、口調も、最早正気の域を外れつつあるのが明らかで。 「だから、お仕置きも兼ねて氷に閉じ込めたの。裏切り者は氷漬けにしてお仕置きするの。  これで、ずっとこの人と一緒。誰にも邪魔なんてされずに、いつまでも。  ふ、うふふ、ふフふふふフふフフフフフフ……」 可笑しそうに笑う。焦点の合わぬ錆付いた瞳で、虚ろな微笑みを浮かべ、乾いた声を上げて。 その眼はもう何も映してはいない。俺も、そばに控えるジュゴンにパルシェンも、己の生み出した氷の中、愛しい主さえも。 けらけらと笑い続ける彼女からこれ以上の話を聞くのは不可能だろう。 「仕方が無いか……失礼する」 そう断りを入れ、俺は、自分の最も得意とする力──読心──でもって、彼女の心の中から真実を拾い上げて纏めようとした。  一歩、踏み入って、見えてきたものは── あぁ───                                   ───あまりに強大な氷雪の力を持つがゆえに───     ───彼女はずっと此処に独りだった───                         ───それを彼女の主だった男が連れ出した─── ─暖かさと安らぎを教えてくれた───                                             ───初めて知ったその幸福に彼女は夢中になり───              ───なんら欠けた物の無い満ち足りた日々が瞬く間に過ぎ───                                  ───その安寧が突然崩れ去った───   ───愛した主の唐突の死去───                                                                             ───その時が訪れつつあるのを知りながら沈黙を貫いた主───                    ───せめて悲しみの到来を遅らせられればとのものだろうその想いは───         ───彼女に正しく伝わることが出来ず───                                       ───裏切られたという思いが彼女の中に産声をあげ───               ───主への無垢な愛と心に芽吹いた幼い憎悪が───                                 ───彼女の心を脆くも打ち砕いた─── ───愛しい主の亡骸を道連れに───                         ───独りで在り続けた暮らしに戻る───          ───壊れた心は何者も寄せつけず───                                         ───露と消えた美しい思い出の日々に揺蕩う─── 「…病死、か。自分の死期を伝えるのは、相手が大切であればあるほど辛く困難なものだろうが…」 相手を大切に思うから、悲しみから遠ざけようと口を閉ざすのか。 相手を大切に思うから、敢えて伝えることで来る日のそれを和らげんと願うのか。 正解などない、己の心のままに決めることしか出来ない。  何より、自分の想いが正しく伝わったかなど、終わりを迎えた側には知るすべも無い。 「俺は…どうするんだろうな」 己のそのときを思い浮かべ、ぽつり。 「マスターが口にしなくとも分かりますよ。だって、そうでしょう?」 ほぼ間髪入れずに返すヤドラン。 「…そうだな」 短く返す。 フリーザーはまだ笑っている、濁った瞳から涙をこぼしながら。 その心は元の姿を取り戻せるのか… 「邪魔をしたな。これで用は済んだ。おそらく、二度とはこない。  外には、伝説の萌えもんはここには居ないと流しておこう」 「気遣い、感謝します」 ジュゴン達に告げ、そこを後にする。 一度だけ振り返り、その男───先代リーグチャンピオン───に、僅かに黙祷をささげて。 蒼と白が折り重なる其処は、蒼麗たる彼女の玉座にして牢獄。 裏切りを故(ゆえ)として氷に封じ、愛する者とそこに在りつづける。 それは、彼女だけの楽園であり氷地獄(コキュートス)。

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