5スレ>>136(2)

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5スレ>>136(2)」(2008/02/15 (金) 19:59:42) の最新版変更点

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訳の分からない連中に絡まれて、ありがたく小銭をちょろまかしたその日の夜。 久々に食事らしい食事にありつくことができ、喫茶店の店長にも借りていた金を 半分ほど返すことが出来た。 時刻はもうすぐ11時になろうというところか。 いつも通りゲンガー、エネコ、カゲボウズの三人で愛車の中で横になっていると 不意にカゲボウズが話しかけてきた。 「起きて、ますか?」 「んー」 ゲンガーは気の抜けた返事を返した。 エネコは何もしゃべらなかったが、眠ってはおらず、会話に耳をすましていた。 「あの、ですね」 舌足らずな口調で、銀色頭がぽつぽつと話はじめる。 もし頼まれごとだったら、何だって聞いてやろうとゲンガーは思った。 「俺の名前を、呼んでもらえますか?」 誰かに目を見られるのが嫌いなのは、今でも変わらない。 しかし、ゲンガーは目を逸らさなかった。 カゲボウズがゲンガーの赤い目を見ていたいと願うように、 ゲンガーもカゲボウズの黄緑色の目を見ていたいと思うようになったからだ。 一切の感情が読み取れなかったはずの目。 しかし今は、違う。 「私も、呼んでくれる?」 ごろん、とエネコが横になったまま、頭をゲンガーとカゲボウズが居る側に傾けた。 体勢があれだった為、顔を見ることは出来なかったが、愛おしさは銀色頭と変わらない。 何だって、叶えてやる気だった。 「カゲボウズ、エネコ」 「もいっかい」 「エネコ」 「俺も…」 「カゲボウズ」 「私も ――― 」 静かに、しかし必死な響きが含まれたその声に、ゲンガーは応える。 壊れたテープレコーダーのように、カゲボウズとエネコの名前を呼び続ける。 「エネコ、カゲボウズ、エネコ、カゲボウズ ―――」 己でも馬鹿みたいだと思った。だがゲンガーはただ繰り返した。 撫でるように、何度も何度も繰り返す。 二人が眠るまで、それは繰り返された。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ その日は晴れだった。いわゆる快晴というものだ。 フロンだか何だかの影響でオゾン層が禿げはじめて、今年で何年目だろうか。 まあとにかく年々太陽光は強くなり、ゲンガーには過ごしにくい環境になってきた。 ゲンガーは一応ゴーストタイプだ。 吸血鬼のように日の光をあびたら灰塵と帰すわけではないが、あまり眩しいのは苦手だ。 同じくゴーストタイプであるはずのカゲボウズはというと、そんなゲンガーの様子に 気づいた様子も無く、きわめて健やかに太陽光を受け入れているようだった。 日の光を反射して、一層輝きはじめている銀色の髪の毛は 人間のそれよりも美しかったし、表情はどことなく眠たげだった。 人間の女子高生たちが、甲高い声で囁きあいながら二人の脇を通り過ぎていった。 そしてその会話には、ほんの少しの憧憬が含まれていた。 先のほうへ行くほど細くなり、半ば透けてすらいるように見える銀色の髪は ほとんど光に溶け込んでいるようにも見える。 染色ではとうてい真似の出来ない自然な色合いが人目をどうしても惹いてしまう。 思わず苦笑いしてしまうゲンガー。 そんな気配に気がついたのか、カゲボウズが眠たげな目をぱちりと開けて ゲンガーのほうを見上げた。 「…行きますか?」 「んー? いいや…」 別にこれといって目的があるわけでもない。所持金も夕べの一件でだいぶマシになったし 特に急ぐということは何もない。 嫌がらないのをいいことに、好き放題にぐしゃぐしゃと銀色頭を撫で回す。 しばらくすると目を回してしまったらしく、カゲボウズは座っていたベンチの背もたれに へたり込んでしまった。ちょっと非難がましい視線に思わず笑ってしまう。 相変わらず大して表情が変わるというわけではなかったが、それでも随分感情が見えるようになってきた。 急いでどうこうするつもりは全く無かったから、それで充分だと思う。 カゲボウズにはカゲボウズなりのスピードというものがあるのだろう。 能面みたいな顔が、ようやく綻びはじめたのだから。 とりあえず出来ることといえば、哀しい顔ばかりをするこの銀色頭を傷つけないように気を配ること。 当たり前のようなことしか出来ないじゃねえか、と思いゲンガーはふと己に呆れてしまった。 気を配るだなんて、つい最近まで一人で生きてきた跳ねっ返りの自分が、そんなことを するようになるとは。おおよそ人生において縁のない事柄だったのに。 有り得ないよな…と思わず口走ってしまい、それが聞こえたらしいカゲボウズが不審そうな顔をした。 もう見えなくなってしまった少女たちのほうを指し、慌ててゲンガーは誤魔化した。 「さっき通っていった女子高生、お前のこと見てきゃーきゃー言ってたぜ?」 「? 俺、変な顔してました?」 「ちげーよ、お前の銀髪が」 途端に曇る表情。 「 ――― やっぱり、目立ちますか? 」 小さな声で問われる。前髪すら光を受けて煌いて、とてもキレイだとゲンガーは思った。 何がそんなに気に食わなかったのか分からないので、正直に話す。 「いや、そうじゃなくってよ、うらやましかったんだろうさ」 「…何故?」 「そういうもんなんだよ、銀色とか、金色の髪の毛ってのは」 カゲボウズは遠くを見つめ、へえ、と生返事を返す。 「…気に入ってねえのか?」 「……好きでは、ないです」 どことなく焦点の合わない目をして、カゲボウズが答える。 「好きでは、ないです、これ」 ぽつりと呟き、次いでごめんなさい と謝罪の言葉が紡がれた。 何故謝るのかが分からない。 少しだけ腹が立った。 「ちょっと待ってろ」 「…?」 愛車に戻り、車内を引っ掻き回して探す。 探しているのは、本来はゲンガーのものではなく馴染みの喫茶店の店長から貰ったものだ。 軽く埃をかぶっていたので叩いて払い落とし、振り返ると困ったようにカゲボウズがこちらを見ていた。 きっとまた怒らせてしまったとでも思っているのだろう。 「ちょ、そっち向いてろ、そっち」 そう言うと、慌てて背を向ける。 頭に被せてそれで終わりだが、何せカゲボウズの頭には角のようなものが生えている。 仕方がないので網目のスキマを適当に見つけて、ズボッ と角をそこから突きぬけさせた。 毛糸の帽子から、銀色の角が突き出ていてちょっとシュールな光景になっていたが まあ、気にしない。 「全部隠すことはできねえが、これでちょっとはマシになるだろ」 カゲボウズはというと何をされたのか良く分かってないのか、まだぼけーっとしている。 やはりこの子供は他人よりテンポがずれているらしい。 「気に入らなけりゃ取れ」 いい加減外に居るのもうんざりしてきた。何事もやりすぎは毒なのだ。 さあ行くかーと盛大に伸びをして愛車に戻ろうとした時、後ろからおずおずとした声がかかってきた。 「…あの」 「あー? 行くぞー?」 「あの…ゲンガーさん…」 びっくりして足を止める。 そんな風に呼ばれたのは初めてだったからだ。 「ゲンガー、でいい」 「え」 「“さん”付けなんかされたら、虫唾が走る」 「え、あ、はい、ごめんなさい…」 「謝んな」 カゲボウズは喋ることに対して努力しているようだった。 それが分かったのでゲンガーもじっと待った。 「 ……あの…… おや、びん …… 」 ゲンガーは沈黙した。 というより応えようがなかったのだ。 幻聴か何かだろうかと思い、眉の根を寄せて耳の穴をかっぽじる。 「あの、おやびん…?」 「 ……………………… おやびん?」 こいつらを拾って約一週間。 人生における初体験が少々多すぎた。 「…おやびん?…おやびん?」 壊れたレコードのように繰り返すゲンガーに、ようやくカゲボウズも何が問題なのか気がついたらしい。 「あ、あの…これ、あ、その、ですから、あの」 その後に続いたのは、もはや支離滅裂で訳の分からない文体へと成り果てていて、 本筋に繋がっていないエピソードが7割を占めていた言葉の羅列だった。 …それでも それでもこんなに必死に、こんなに長く紡がれたカゲボウズの言葉をゲンガーは初めて聞いた。 つたない言葉でいっぱいで、パニックを起こしながらもカゲボウズは伝えてきた。 ゲンガーの要約によると、おおよそ次のようなものだった。 彼が昔いた場所では特に仲間らしい仲間もいなかったし、頼れる存在がいなかったそうだ。 そして同僚だったエネコとは常に語り合っていたらしい いつか頼れる存在が出来たら、二人でその人を慕って生きようと。 ちょっと前にとある人間がふらっと現れて、自分たちを連れ出してくれたものの その人間はとんでもなく非道な輩で、自分たちはあっさりと捨てられてしまったのだという。 だからその人間は慕わなかった。 そして今度はゲンガーと出会い、ゲンガーはいい萌えもんだからこの人を慕って生きようと 夕べエネコと二人で相談して決めたらしい。 …で、ゲンガーを何と呼ぶか相談に相談を重ねた結果 愛情と愛着を込めて「おやびん」と呼ぶことに決定したのだそうだ。 おやぶん、じゃなくて、おやびん。 何となく威厳のない呼び名だなあと、ゲンガーは思ったのだが。 「 ――― あの」 せっかく名前を呼んでくれたカゲボウズが、混乱してしまうほど沢山の言葉を紡いでくれたのだ。 「あ、ごめ…」 「ああああああああああっ! もういい、それでいい!!」 「え」 「いいっての! 好きに呼べ!!」 「え、でも」 「でももクソもあるかっ! 俺がいいっつったらいいんだよ!  段々悪くない気がしてきた!!」 「そ、そう、ですか?」 何だか大変なことになってきていると思うが、まあいい。 もう、いい。そういうことにしておこう。 慣れるだろう、そのうちに。 盛大に空を仰ぐと、眩しすぎる太陽に視線がぶち当たってしまった。 しまったと思った時にはもう遅かった。両目がチカチカして痛みを訴える。 慌てて地面に視線を戻すと、すぐ近くにカゲボウズが佇んでいた。 「おやびん」 「…あー?」 視線をそちらに向けると、カゲボウズがしきりに頭の毛糸帽子をこすっていた。 「嫌だったら、いいんだぞ」 「え?」 「それ、帽子」 「…や、嫌ですよ!」 「へ?」 「あ、ちが、そうじゃなくて、あの」 つまり総じて要領が悪いのだ。多少気を長くしておかないと、この先大変そうだった。 脱力していたゲンガーは生返事で頷いた。 そのせいで後々後悔するのだが。 「そうじゃ、なくって」 「あー」 「おやびん」 「んー」 「 ―――― ありがとう、ございます」 そっと、嬉しそうに、嬉しそうに 帽子を端っこを握り締めて、カゲボウズが笑う。 幽霊とはかけ離れた、生気あふれる穏やかな笑顔を浮かべる。 思考が止まってしまいそうになっている頭のすみで、 ゲンガーは顔も知らない誰かに苦情を述べた。 ――― あの戦士は、雷を纏わせて恐ろしい形相で立ち向かってきたあの子供は、 あれは何処へ消えてしまったんだ? 勿論その問いに答えるものなど、居はしなかったのだが。 だって詐欺だろうこんなの。 ついこの間まで能面みたいな面だったんだぞ?立派な詐欺だろうよ。 こんな顔で、笑えるなんて。 これじゃあ幽霊じゃなくて、雛鳥だ。 「どうしました、おやびん?」 「え? あ、あー、まあその」 悪徳商法じゃねえかと喚く己がどこかにいる。 いる、けれど。 「…そのうち、買ってやるからな」 「え?」 「帽子。ちゃんとした新しいやつ」 「いいです、別に、これで充分…」 「いや買う。絶対買うぞ。もう決めた」 「は、はあ…」 それもこれも、どれも、これも。 こいつがこんなに嬉しそうに、ありがとう なんて言ってくれたのだから。 笑ってくれたのだから。 もうどうだっていいのだ。 哀しそうに、ごめんなさい なんて言われるより何百倍も良い。 多少の詐欺がなんだ。 幽霊でも、雛鳥でも。 守ると決めたんだから、もうどうだって構わない。 「おおーーーい、おやびん、カゲボウズーーーっ!!」 「おうエネコ、遊ぶのはもういいのか?」 「みんなお昼だから帰っちゃったー」 「そうかそうか、もうそんな時間だったっけな。  俺らも昼飯食いに行くかー」 「わーいご飯ご飯~~!」 「おらカゲボウズ、行くぞー?」 「…あ、は、はい」 後になって、この雛鳥の中には間違いなくあの戦士が眠っていたのだと ゲンガーは知ることになるのだが。 『ありがとう、ございます』 それは、始まりの一週間。

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