5スレ>>182

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「ご主人様っ」 「ん?どうしたの?」 「また、ご主人様の演奏が聞きたいですっ」 「私もー」「僕もー」 こうなると皆頑として譲らない。 「もう…しょうがないなぁ」 諦めて早く聞かせてあげた方が早い。 それを知っている僕は、背にしょっていたケースからギターを取り出す。 手際よく耳で調弦を済ませ、軽く爪弾いて調子を合わせ。 いつもの曲を歌って聞かせる。 CDを出すとか、そういう専門的に稼げるほどの腕前には程遠いが、 それでも路上で歌うと人が立ち止まったり、終われば拍手と僅かなお金がもらえるくらいにはなった。 今は町同士をつなぐ道路の途中、僕の萌えもんたち以外には野生の萌えもんくらいしか聞いてはいないだろう。 歌う曲はいつも同じ、友人同士がのちの再開を誓い合ってその場での別れを済ませる内容の歌。 僕の昔からのお気に入りであり、僕の萌えもんたちのお気に入りであり────── ──────僕の、決して叶うことの無いささやかな願いをそのまま歌ったものでもある。 君は今、何処で眠っているのだろうか。 僕のこの歌が、届けられればいいのに。 今でこそ萌えもんたちと共に各地を回り、ジムに挑戦などの合間に歌ったりしている僕だが。 以前の僕は、いじめられ続けた記憶に縛られ、家の外を恐怖の対象と捕らえていたことすらあった。 家の中に引きこもり、母親が運んでくる食事を取るだけの日々。 ただ、以前に買ったCDなどのお気に入りの曲を、口ずさんだりするばかりだった。 それが大きく変わったのは、彼女と出逢った、あの日。 町の誰もが寝静まった深夜、大きな光が僕の家のすぐ裏にあった森の中で輝いたのだ。 その光に眼を覚ました僕は、何故だか胸が騒いだ。 久方ぶりに服を着替え、誰も起こさないように気をつけて家を出て。 光の元へとたどり着いた僕が眼にしたのは。 黄色の帽子を被り、裾・袖に水色のラインが入った白い服をまとった、長い金髪の女の子だった。 僕があっけにとられてみている前で、その閉じられていた眼が開き。 「初めまして!私はジラーチというの。  あなたのお名前は?」 透き通った蒼い宝石のような瞳と、眼があった。 思わず見とれてしまっていた僕を、穏やかな微笑みも絶やさず随分辛抱強く待っていてくれたらしい。 どうにか、自分の名前を答えた。 「え、あ、ぼ、僕は……イオリ」 男の子の名前にあまり聞こえなくて、自分では好きではなかった名前。 それを聞いた、僕と歳もさほど違わないように見える少女は、嬉しそうに、 「よろしくね、イオリくん!  さっそくだけど、あなたの望みは何?」 そう、問いかけてきた。 事情がわからないことを僕が話すと、彼女、ジラーチは丁寧に説明してくれた。 簡単に箇条書きで説明すると、彼女は願い事をかなえる存在であること。 自分に叶えてあげることが出来なかった願いは未だかつて無いこと。 七日間だけ眼を覚ましていることが出来、七日が過ぎたのちは千年の眠りにつかなくてはならないこと。 千年の眠りののち、自分が何処で眼を覚まし誰のどんな願いをかなえることになるかは、自分でもわからないこと。 大体そんな内容だった。 たいていの人にとっては、彼女との邂逅はまたとないチャンスだろう。 途方も無い望みでも、彼女の力を借りれば容易くかなえられる。 けれど、そのとき僕が願ったのは、とてつもなく大きなものでも、現実を見失ったものでもなく、 本当にささやかで、だが僕にとってこの上もなく切なるものだった。 「じゃぁ……  僕と、友達になってほしい」 それからの日々は、本当に楽しかった。 出会って一日目は、二人だけで森の中、くたびれて立つのも面倒になるくらい遊びまわって。 二日目には、家に連れてきて両親に紹介して。 三日目からは、一緒に暮らし始めて。 四日目には、もう以前僕をいじめてきた子達からもいじめられなくて。 みんなで、毎日飽きもせずにあたりを駆け回って遊んで。 みんなで、いろんな歌を歌ったりした。 だから…… 別れの七日目は、本当にあっという間に訪れた。 初めて二人が出逢った森の中で、最後に言葉を交わす。 「今までありがとう!こんなに楽しい七日間、  初めてだったわ」 「こちらこそ、ありがとう。君のお陰で、これからも頑張っていけると思う」 まずは簡単に言葉を交わし。 後は、そのときが来るのを待つばかり。 ここが、最後のチャンスだから。 僕は、勇気を振り絞って話しかけた。 「ねぇ、ジラーチ……」 「なぁに?」 「まだ、お願いって、叶えてくれる?」 始めの友達になってほしいという願いのほか、ちっともそういうことを頼まなかったためか。 彼女は少し驚いていたが。 「もちろん!どんな願いなの?」 ずっと、考えていた。 七日間だけ眼を覚まし、千年も眠ることを繰り返すならば。 それは七日ごとに、彼女は一人ぼっちになるということ。 周りの願いを叶え続けて、彼女に得られる物など在るのか。 ずっと、願い事を叶えるという使命は、彼女に犠牲を強いてきたのではないか。 それだけが、ずっと僕の心に引っかかっていた。 「叶えて欲しい、僕のお願いはね…」 緊張して、喉がカラカラに渇く。 手が震えて、頭がくらくらしてきた。 それでも、言葉にする。 「君と、これからもずっと一緒に居たい。  千年ごとに七日だけなんて、あんまりだと思う。  もう、願い事を叶えてくれなくてもいい。  これから先も、君と一緒に暮らしたい」 僕の思いは、通じただろうか。 眼をまん丸にして聞いているジラーチ。 どんな願い事もかなえることが出来ても、それが自分の願いでは叶えられない。 なら、僕がそう願ってあげれば、全てがうまく行くはず。 まだ幼い僕は、単純にそう考えていたのだ。 「……ごめんね」 だから、彼女のその言葉が、始めは理解できなかった。 「叶えてあげたいけれど…  そのお願いだけは、私には叶えてあげられない」 何故? どんなお願いでも叶えてくれるんじゃなかったの? そういった僕の思いは、幸いにも言葉になることは無かった。 彼女の、悲しみを堪えた声色、今にも泣き出しそうな顔が、それをさせなかった。 「それを叶えてしまうと……  この世界が、終わってしまうの」 今度こそ本当に、理解できない。 一緒に居たい、たったそれだけで、どうして世界が? 僕のこの疑問は、彼女には言葉で説明するのは難しかったのだろう。 何も言わず、悲しげな顔のまま、そばによってきた彼女の両手が、僕の顔をはさむ。 瞬間──────                そもそも、彼女はこの世界の一部として存在していた。               この世界の中で生きていくもの、生き続けるもののために。                  世界からの、ある種ご褒美に近いものとして。         千年を乗り切って生存し続けた者達のなかで、彼女の眼に止まることのできたもの。                   それだけが、その褒美を甘受する権利を得る。              ほんの七日の間、己の抱くあらゆる望みを叶えることができ。                   次の千年を、再び生き抜いてゆく力とする。         千の年月を眠り、七日のみの目覚めを得るのは、世界が願いを叶える力を、蓄えるため。                千年の眠りを拒む時、それは彼女───ジラーチの終わり。         願い事を叶えられない、けれども千年の眠りという制約を持たないジラーチのいる世界。         それは、今いる世界を葬り去ったのちに、訪れる可能性のある世界の一つでしかない。                     だから、彼女は自由を手にし得ない。              世界を、それにつながる己自身を、滅ぼしつくさぬ限り────── 「そん……な……」 涙が止まらなかった。 「それ…じゃ…君はずっと…  これからも、そのままなの…?」 最早、お互いに堪える理由は無く。 声も上げず、二人して泣いていた。 「お別れは、私だって辛いの…  でもね、それが世界の…私の、選んだ道だから…」 この世界で、ただ漫然と生きていける生物など存在しない。 必死にあがき、それでも競争に敗れ、絶滅していった生物はごまんといる。 そのなかで、必死にこれまで生き抜いてきた命の系譜を、褒め称えたい。 その意思が、世界の一端にジラーチという姿を、心を与えた。 千年を生きながらえた命たちに、これからの千年もまた、生きて欲しいから。 しばらく泣いていたような気もするし、ほんの一時だった気もする。 いつしか互いに涙は止まっていた。 「どうしても、お別れかぁ……」 ぽつり。 そのまま、再び会話が途切れる。 「だったら……笑顔で、お別れしないとね」 「……うん、そうだね」 そうは言うものの、二人ともまだ顔はぎこちない。 「……そうだ、歌おうよ」 「歌?」 「うん。僕の部屋で聞いたよね?  あれ、僕のお気に入りなんだ」 「あの曲ね。私も気に入ったわ」 「なら、一緒に歌おう?」 草木も寝静まる深夜、町を少し外れた森の中。 かつては家の外───世界を恐れていた少年と、世界の化身の少女が歌う。 再会を誓う、別れの歌を。 ひとしきり、歌い終わった後。 少女の体を光が包む。 「お別れの、時間ね」 寂しげに、それ以上に満足げに少女が呟く。 「また、逢おうね」 少年が声をかける。 「逢いたいけど…でも…」 次に彼女が眼を覚ますのは千年後。 どうあがいたところで少年に再会するすべは無い。 「さよならって言っちゃうと、ほんとにお別れだから……  だから、また逢おうね」 少女は、少年の言わんとする意味を、汲んで。 「…うん!また、逢おうね!」 どうにか、最後はこぼれるような笑顔で。 少女を包む光はますます眩く。 その輪郭さえも光に融けきる間際、 少女は少年に寄り添い。 彼の唇に、己のそれをそっと、重ねて。 少年に、ほんの僅かな温もりを残し、 跡形も無く、姿を消した。 まるで夢の中にいるような表情で、少年は家に帰る。 寝静まったままの家の中をそっと自分の部屋へもどり。 己も眠りにつくためにベッドへ向かう途中。 机の上、CDを聞くためのプレイヤーの上に残されていたのは────── 歌が終わり、後奏が終わる。 「うーん……何度聞いても、ご主人様の歌と演奏って素敵です…」 「だよねー」「これなら歌で一生暮らせるんじゃない?」 「あははっ、ありがと」 いつものように絶賛してくれる萌えもんたちに軽くお礼を返し、ギターをしまう。 そのケースの中の端、代えの弦を入れるスペースに、弦に混じってしまってあるのは…… 長い、金色の髪の一房。 十数本を束ねたくらいのそれを、束の間眺めて。 ケースを閉じる。 「さぁ、次の町まではもう少しだよ。皆、頑張ろう」 「「「おぉーっ」」」 元気な声を返してくれる萌えもんたち。 この子達を見てると、僕もどんなに疲れてても元気が出てくる。 ケースを背負いなおし、皆と共に歩き出した。    ねぇ、ジラーチ。    友達が欲しいという願いを、君は確かに叶えてくれた。    だから、そのお礼と言っては何だけど。    僕は、僕に出来る精一杯で、生きて見せるよ。    君を生んだこの世界を、君と歌った歌と共に。

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