5スレ>>205

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ここはカントー屈指の商業都市ヤマブキシティにある萌えもんセンター。 各トレーナーにあてがわれる個室の中で、3人は難しい顔をしている。 「はぁ…」 「意外に難しいんですね」 「…………」 2月13日、時刻は23時をまわったところだろうか。 小さな三角形のテーブルに、向かい合うように座っている彼女達の中心には、1冊の本が置かれている。 『初心者でも出来る! 簡単☆女の子のお菓子作り』と銘打たれたその本は、彼女らの主から毎月少しずつ渡されるお小遣いをはたいて買ったものだ。 それだけに、3人の表情は真剣そのものである。 「……時間はあまりない。すぐに行動に移すべき」 クールにそう言い放ったのはオニドリル。頭が良く、戦闘力も高い。彼女らの主も、よく旅の道程やバトルの作戦を相談している。 「でも、もう少し工程をしっかり覚えないと。失敗作なんて渡したくないし」 それに対し反論するのはフシギバナ。彼女らの中で最も主との付き合いが長く、オニドリルを参謀とするなら、フシギバナは相棒といえる。 「レッドさんがいつ帰ってくるか分かりませんし、とりあえず最初の簡単そうな部分だけでも始めてみませんか?」 二人の間で難儀しているのがサンドパン。主(レッド)の率いる娘達は個性的な面子ばかりだが、その中で、皆との調整を担う、まさにパーティーの''良心''なのである。 他にキュウコン、ギャロップ、ピカチュウという面々がパーティーにはいるのだが、前者2人は飲み屋をハシゴするのだと言ってすぐさま出て行ってしまった。この調子では朝まで帰っては来ないだろう。 ピカチュウはパーティーの最新参であり、年齢も他のメンバーに比べると幼く、この時間までは起きていられなかったのだ。今は隣の部屋でスヤスヤと心地よい寝息を立てている。 レッドは用事があるといって先ほど外出し、現在この部屋には3人しかいない。 「……話し合っていても仕方ない。特に、私とフシギバナは」 「ま、まぁ、料理下手なのは認めるけど」 オニドリルとフシギバナ。共にパーティーの主力として活躍する2人だが、共通点がある。 そう。2人とも料理の腕が壊滅的な酷さなのである。 「まぁまぁ、お2人とも。私も手伝いますから」 そんな娘らが救いの手を求めたのがサンドパンだ。 何せサンドパンは、野宿の際の炊事を全て任されるほどの腕前である。 幾度となく彼女の手料理を食し、その実力を認めた2人が、彼女の手伝いを請うこととなるのも、自然な流れだった。 「でもお菓子作りはあまり経験がないので、お役に立てるかは分かりませんが…」 「いやいや、私達に比べれば、ずっと良いのが出来るって」 「……(コクコク)」 頼りにされるのが嬉しいやら恥ずかしいやら。 元の性分も手伝い、いつも以上に恐縮するサンドパンを、2人は盛り立てる。 「でも確かに、このままじゃいつまでたっても作れないよね。とにかくやってみよっか」 フシギバナがスクッと立ち上がる。その瞳に確かな情熱の炎を宿して。 何せ明日はセント・バレンタイン。 愛する人に想いを届ける、大切な日なのである。 【バレンタインに祝福を】 料理初心者である2人の腕前を考慮し、今回は市販のチョコレートを使用する。 ただ溶かして再度固めるだけでは芸がないので、少し手を凝らしてチョコレートマフィンを作る。 以上が前持った段取りで決められたことである。 既に可愛らしいエプロン姿に着替え、やる気マンマンで台所に立つ3人。 「それでは、先ほど下準備しておいたものを出して下さい」 サンドパンがそういうと、2人はいそいそとボウルやカップを取り出す。 その下準備とは、以下の3工程である。 ▼バターを常温で柔らかくしておく。 ▼チョコを湯煎し、溶かしておく。 ▼焼き上げる工程に入った時、ちょうど設定温度になるよう、あらかじめオーブンに予熱しておく。 「はい。それでは、作りながら順に説明していきます」 「了解!」 「……(コクリ)」 そういうと、サンドパンは戸棚から白い粉2種類と茶色い粉1種類を取り出した。 「こちらは薄力粉です。小麦粉のようなものですね。そしてこちらは膨らし粉、つまりベーキングパウダーです。そしてこの茶色いのがココアパウダーです。これをふるいにかけて合わせていきます」 サンドパンが実践するように、2人もふるいを振るう。 「ココアの良い香りがしますね」 「……白い粉…。チガウヨ、コレハコムギコダヨ…」 「それは危ないネタだからやめとこうよ」 思い思いに話しながらも、手を止めて雑談し出すようなことはない。 「これでOKです。ことまずこれは置いときまして、次はマフィンの生地作りに入りましょう」 ふるいを扱う程度なら難なく出来た2人も、いよいよ本生地の工程に入るということで、緊張した面持ちに変わる。 「まず卵と牛乳を合わせます。泡立てすぎないよう、丁寧に…」 グシャ サンドパンが説明を続けようとした矢先、台所の端のほうで異様な音がした。 「あ、あはは…」 苦笑いを浮かべるフシギバナ。 その手には無残にも、白身と黄身と殻が混在した、卵の成れの果ての姿があった。 「た、卵割るのって、難しいね。失敗失敗」 サンドパンはこう思ったという。先が思いやられる、と。 「卵は角ではなく平面で叩くようにすると、中に殻が入り込むことなく上手に割れるらしいですよ」 「……それ以前の問題。パワーキャラ?」 サンドパンが敢えて突っ込まず、それとなくかわそうとしていた事を、オニドリルは的確に突く。 だが彼女もまた、お世辞にも上手い方とは言えなかった。 「オニドリルだって、おっきい殻が入ったまま混ぜてるじゃん」 「……これはアクセント、隠し味、個性的な感覚」 「そ、それじゃダメですよ。オーブンで焼いた時にコゲてパサパサになります」 「……残念」 料理は初心者ほど、手の凝ったものや、セオリーから外れた独自の調理法で失敗するものである。 逆に言えば、初心者とはいえ、見本を参照し、手順通りにやれば、問題なくできるものである。 サンドパンにそう諭された2人は素直に反省し、サンドパンの見本通りに卵を割り、牛乳と混ぜる。 泡立てすぎぬよう、かといって力を抜きすぎぬよう、丁寧かつ慎重に。 「できましたね。次は、柔らかくなったバターをクリーム状に練ります。そしたらこのグラニュー糖を入れて、更に先ほどの卵と牛乳を混ぜたものを投入し、しっかりとかき混ぜて下さい」 「チョコはいつ出てくるの?」 「え~と、この次の工程ですね」 「……さっさと、やる」 「わ、わかってるよ」 ここにきて、サンドパンの脳裏に1つの推測が浮かび上がった。 (この2人、張り合ってるのかな?) 以前から仲の良かったフシギバナとオニドリルだが、おつきみ山で月見をして以来、どうもお互い競争心が芽生えたように思えるのである。そこで何があったかを、サンドパンは知らない(5スレの>>172参照)。 無論、普段からそうなワケではない。喧嘩しているようにも見えない。 ただ、時折こうして2人の間に見えざる火花が散っているように感じ取れるのである。いつもパーティーの皆を気にかけているサンドパンだからこそ気付く、微妙な変化だった。 「そ、それじゃ、お見本をお見せしますね」 だが考えていても仕方ない。意識を目の前の材料に向け直す。 2人は興味深そうに覗き込んでいる。 「わぁ、やっぱ手際が良いね」 「……お上手」 ハンドクリーナーで手早く材料を混ぜ合わせていく。 見よう見まねでサンドパンに続くものの、なかなか上手くいかない2人には、この光景は感銘を覚えるに充分なようだ。 頑張りすぎてつい力を入れすぎてしまうフシギバナ。 集中しすぎて細かいことまで気を回せないオニドリル。 そんな2人に、サンドパンは優しく手ほどきしていく。 (作るからには、美味しく食べて貰いたいですもんね) 2人が、慣れない事に必死に取り組んでいる理由。 お互いが競争しながらやっているのも、その方がやる気がでるからかもしれない。 先ほどの疑問にそう決着を付けつつ、サンドパンは2人を見守った。 「はい。次はいよいよチョコの登場ですよ。ここまで来れば、もう大詰めです」 「……お出まし」 「待ってました」 時刻は既に0時をまわっている。 レッドの帰りが遅いといつも心配する3人だが、今日だけは特別だった。 目の前には3種類の溶けたチョコが入ったボウルが並んでいる。 昼間、各々が自分のセンスで選んだチョコだ。 フシギバナのチョコは甘みの強いスタンダードな味。 オニドリルはチョコはビターな大人の味。 サンドパンのチョコは柔らかな甘みながら、ビターとまではいかない優しい味。 3者3様のチョコが、それぞれのボウルに投入される。 何せ、選んだチョコがそのままマフィンの味に反映されるのである。 軽い言葉を交わしていた2人も、この時ばかりは無言で真剣な表情になっていた。 「ここで再度、薄力粉を入れ、混ぜます。薄力粉の粒が見えなくなる程度の軽い混ぜ方で良いみたいです」 先ほどの本で最終チェックをしながら、サンドパンは指示した。 10分ほど過ぎ、3人とも生地が完成したようである。 「さて、いよいよ焼き上げの工程に入ります。190度のオーブンで15分ほど焼き上げれば完成です」 オーブンに入れる瞬間は、まさに緊張の一瞬である。 自分の作った生地が、この大きく四角い箱の中でどう変化するのか。 ワクワクすると同時に、一抹の不安も3人の中にはあった。 上手く出来上がるのか。 出来上がったとして、果たして''あの人''は美味しく食べてくれるのか。 「上手くできるよね?」 「……(ドキドキ)」 「きっと出来ますよ。お2人とも、あんなに一生懸命作ってたじゃないですか」 バタン 不意に、部屋の扉が開けられた。 「まさか、帰ってきた!?」 それは3人にとっては大問題である。 ラッピングどころか、まだ出来上がってすらいないのだ。 第一、これを渡すのは夜が明けてから、それぞれのタイミングでと決めている。 3人が深いため息をつきそうになった瞬間、聞こえてきたのはあの2人の声。 「うぅ…、気持ち悪い」 「ようやく着いたか…」 扉を開けたのは、酩酊状態のギャロップとキュウコンだった。 「まったく、おぬしが調子に乗ってちゃんぽんなどするからじゃ…」 「…しょうがないでしょ。場の空気ってもんがあるんだから」 どうやら、酒場でかなり盛り上がった様子。 ホッと息をつく3人。サンドパンとフシギバナが2人に水を飲ませ、隣の寝室へと誘導する。 よほど辛いのだろう。2人ともうんうん唸りながら床に着いた。 「……不意打ち」 「あ~、焦った。いきなりだもんねぇ。気付かれなくて良かった」 「あ、そろそろ15分経ちますよ」 オーブンの中を覗き込む3人。 そこには、ふんわりと焼き上がったマフィンの姿があった。 オーブンの戸を開けると、香ばしい匂いが部屋中に満ちていく。 「わ、美味しそうに焼けてますよ」 「ホントだ。う~ん、良い香り」 「……感無量」 それぞれの感想は別だが、まずは上出来な見た目に満足したようだ。 「それじゃ、味見してみようか」 「そうですね。お紅茶、お入れします」 「……私はコーヒーが良い。アリアリで…」 味見といっても、何も渡す分に手をつけるワケではない。 それぞれもう1つずつ、余分に焼き上げていただけの話である。 さて、問題の味だが。 「うん、美味しい」 「……我ながら上出来」 「良かった。これならレッドさんにもお出しできますね」 どうやら成功したようだ。 それからしばらく、3人による密やかなお茶会が開かれた。 お互いのマフィンを食べ比べたり、ラッピングを見せ合ったり、色恋話に華を咲かせたりと、人間の女の子と変わらない楽しい時間。 最後に''夜が明けたら勝負''と3人で気合を入れ、1時間ほどのお茶会は終わったのだった。 「ただいま~。ふぅ、疲れた」 全く、上流階級の社交場なんか行くもんじゃないな。 いくら俺がロケット団を追い払ったとはいえ、それは俺じゃなくてあの娘らの手柄なんだから。 シルフの社長め。俺だけ誘うなんてどういう了見なんだ。 「皆、もう寝ちゃってるだろうな。ん?」 俺は帰ると、出た時とは違う部屋の様子に驚いた。 台所の散らかり具合。 部屋に漂う甘い香り。 そしてテーブルの上に、可愛らしく包装された3つの箱。 「ああ、そうか…」 そういや明日(厳密には今日)は、そういう日だったな。 数日前から何かコソコソと出かけていたと思ったら、そういう事だったんだな。 だが最後の片付けを忘れてちゃ、いずれバレちゃうぞ? 寝室の戸をそっと開けると、仲良く川の字になって眠る3人の姿があった。奥に唸りながら寝てる2人とちんまいのが1人いるが、まあこいつらは違うだろう。 「黙っといてやるか…」 俺が貰えるって決まったワケじゃないのにな。何故かニヤニヤが止まらん。 「明日はしっかり驚いてやらないとな」 そう言いながら、俺は静かに調理器具の片付けをし、就寝前のシャワーを浴びるため、浴場へと向かうのだった。 ===フシギバナのケース=== 「おはようございます、ご主人様」 朝食を終え、部屋で一服していると、フシギバナが横からぴょこっと顔を覗かせた。 「おはよう。どうした? 何かいつもより元気だな」 「へへっ、今日は渡したいものがあるんです」 おお、フシギバナ。お前はやっぱり良き相棒だよ。真っ先に渡しに来てくれるなんて。 胸の感動を抑えつつ、平静を装う。 「はいっ」 「おお、これは噂に聞くバレンタインチョコというやつか!?」 ん、ちょっと不自然だったかな。 「ご主人様には普段からお世話になってますから。私からの感謝の気持ちです」 「ありがとう。喜んで受け取らせてもらうよ」 箱のリボンをほどき、開ける。 目に飛び込んできたのは美味そうな…、え~と、何ていうんだっけ? この食い物。 「チョコそのものじゃ味気ないから、マフィンにしてみたんです。美味しいですよ」 そっか、マフィンっていうのか。随分お洒落なお菓子にチャレンジしたもんだ。 しかし食ってみると、これがまた美味い。フシギバナよ、腕を上げたな。 「甘くて美味いよ。これから活動するって時に、甘い物を食うと元気が出るね」 「えへへ…(///)」 そういうと、フシギバナははにかんだ笑顔でそれに応えてくれた。 ===オニドリルのケース=== 「……マスター」 次に向かう場所までの日程、およびバトルの作戦打ち合わせをオニドリルとしていた時だ。 打ち合わせを始めた時から、いつも以上にソワソワし、チラチラをこちらの様子を伺っている。 「……ちょっと休憩、しない?」 そう言っておずおずと差し出されたのは、昨晩見かけた小さな箱の1つ。 そして2人分のティーカップ。 「……昨日、マスターに内緒で作った」 「お、バレンタインチョコか? ありがとう。まさかお前から貰えるなんて」 朝と同様、箱を開けると、これまた朝見たものと同じようなものが入っていた。 「えっと、マフィンっていうんだっけ?」 「……正解。お菓子好き?」 試しに一口いただいてみる。 ん、朝とはうってかわって苦味の強いチョコだな。こいつらしいチョイスだ。でも美味い。 「……はい、紅茶」 オニドリルの淹れてくれた甘い紅茶が、程良くマフィンとマッチする。 「ちゃんと紅茶との組み合わせも考えてあるな。さすがだ」 「………(///)」 俺の言葉を聞くと、照れくさそうにそっぽ向いてしまうオニドリルなのであった。 ===サンドパンのケース=== 夕食前の微妙な空き時間。 暇なので部屋に備え付けの雑誌をテーブルの上に置き、徒然なるままに読んでいるのだが。 壁|д゚)ジーッ 「………」 壁|д゚)ジジーッ 「………」 このプレッシャー…。 俺をオニドリル級の無口にさせたいなら、間違いなく有効な手段になるだろう。 「サンドパン」 Σ(゚Д゚ )ビクッ おいおい、そんなに驚くことないだろう。 「おいで。何か用があるんだろう?」 俺がそういうと、顔を紅潮させながら、静かにテーブルの向かい側にちょこんと座った。 読んでいた雑誌をパタンと閉じ、サンドパンに話しかける。 「何か渡したいんじゃないのか?」 「あの…、その…」 やっぱりか。 後ろ手で何かを隠しているのが見え見えだぞ、サンドパン。 「フシギバナとオニドリルに、作り方を教えたのは、お前だよな?」 「は、はい」 やけにあっさり認めたな。 あの2人があんなに美味いものを自分だけで作れるワケがないとは思っていたんだが。 でもこのままじゃ、いつサンドパンから話を切り出してくれるか分からないな。 「少し、外に出てみないか?」 サンドパンは黙って頷いた。 2月の半ばということもあり、外はとても寒い。 雪は深々と降っているが、街は家路を急ぐ人々や、ロマンチックなこの日を楽しむカップル達で混雑していた。 街の一角にある、比較的人気の少ない公園で、俺達は歩みを止めた。 「レッドさん…」 弱々しい声で、サンドパンが呼びかける。 「遅ればせながら、これ。受け取ってもらえませんか?」 それでも、外に出たことで少しは開放的になったのか、ようやくその小さな箱を渡してくれた。 「ありがとう。そのベンチに座ろうか。すぐ味わってみたい」 ベンチに腰掛けると、可愛らしいラッピングを開封し、中のマフィンを確認する。 「お2人と同じものですから、飽きてらっしゃると思います。無理はしなくても…」 「いや、食う」 スプーンがないため、そのまま齧り付く形となる。 おお、これは…。 「やっぱりサンドパンの料理は絶品だな。凄く美味いよ」 「あ、ありがとうございます」 緊張していた顔が、少しだけほころんだ。 このマフィンの優しい甘さと同じような、柔和な笑み。 「2人と同じなんてことないよ。それぞれちゃんと味が違う。これは、サンドパンの作ってくれたマフィンだ。飽きたなんて、言うワケないだろ?」 サンドパンの頭にポンッと手を置く。 特徴あるクセっ毛をクシャクシャと撫でてやると、またもやサンドパンの顔がみるみる朱に染まっていく。 「レッドさんの手、あったかい…」 気に入ってくれたようだ。 「フシギバナもオニドリルも、お前には感謝してたよ。でも1つだけ気になることがある」 「はい?」 俺はマフィンに噛り付いていた顔を、スッとサンドパンのほうに向ける。 「自惚れに聞こえたらごめん。でも、あいつらを支援したら、俺がそっちに流れるとは考えなかったのか? 俺だったら、1人良いトコ見せようとして、コッソリ1人だけで作って渡すぞ」 そう言うと、サンドパンの表情が真剣なものになる。 こいつがこうなるのは、誰にも覆せないような強い意志を示す時だけだ。 「それは違います」 きっぱりと、俺の意見を否定した。 「確かにそうすれば、レッドさんは私を見てくれるかもしれません。でも、それじゃ意味がないんです。皆さんと対等な条件で闘って、その中で私が選ばれないと、本当の意味で勝ったことにはならないんです」 「だから、敵に塩を送るようなことを?」 「敵じゃありません。志を同じくしている大切な仲間です。だからこそ、私は卑怯な手を使いたくない。あの人達にもちゃんと認めてもらえるフェアな方法で、あなたに選んでいただきたいんです」 「そうか」 どうもウチのパーティーの面子は、バラバラな性格のわりに似通った恋愛感を持っているようだ。 だが、それだけ真剣に俺との関係を考えてくれていることの証明でもある。 「お前の気持ちはよく分かった。でもな…」 俺は今まで密かに思っていたことを言うことにした。 「人にはそれぞれの得意分野がある。知識のある奴や、体力に自信のある奴、果ては色香で勝負する奴なんてのもいる。皆、自分の一番自信のある事で勝負してるんだ」 サンドパンは黙って俺の言葉に耳を傾けている。 「皆と同じスタートラインに立っていなくても良い。もしある分野で自分が秀でていても、別の分野では全く逆かもしれない。だから、自分の今持ってるリードを、無理して消してしまう理由はないんだ。それは決してアンフェアなんかじゃない。''個性を生かしてる''って言うんだ」 特に、皆の世話に追われるサンドパンはその傾向が強い。 常に皆と同調し、自分を隠してしまうんだ。特別に言っておく必要があると思う。 「だから、お前は料理のスキルで他の奴らに後ろめたさを感じる必要は無い。お前のやり方で良いんだよ。皆も、きっと認めてくれるさ」 言い終わると、俺は照れくさくなり、つい持っていた煙草に火をつける。 普段は皆がいる手前、おおっぴらには吸えないんだけどな。許してくれるのは同じく喫煙者のキュウコンだけだ。 やれやれ、最近何かとクサいセリフを吐きまくってる気がするが、本心なのだから仕方ない。 「レッドさんは、やっぱり凄い人です。自分の意見を否定されて、なおかつ食い下がって、最終的には納得させてしまうんですから」 おいおい、買いかぶりすぎだ。 「でも…」 スッと、煙草を取り上げられる。 すぐ横の灰皿にそれを落とすと、サンドパンは再び柔和な笑みに戻った。 少しヤニ臭くなった俺の手を、小さく震えるその手で、そっと握り締めて。 「やっぱり、私はこのやり方でいきます。自分が一番納得できる方法だから。いずれ、あなたが誰かと手を取り合って歩んでいく時。その手が、私の…この手であると信じてますから」 「そっか」 それもそうだな。 どうやらシルフの社長の小難しい話を延々と聞いていたせいで、いささか理屈っぽくなってたらしい。 サンドパンがこれでいくと言った以上、俺にはもう何も言えない。それがこいつのやり方だから。 「でも少しだけ、ワガママになってみても良いって思いました」 すると、サンドパンはそっと俺の目を塞ぐ。 「……」 頬に触れる柔らかい感触。 すぐに離されるも、その感覚はしばらく取れそうにないほど、俺の脳裏に焼きついていた。 「さあ、そろそろ行きましょう。皆さん、ご飯はまだかって待ち焦がれてますよ」 「ああ」 そう言うと、俺の手を握りながら突然駆け出した。俺も釣られて走り出す。 雪の街で、少しだけ大胆になったサンドパンと共に、皆の待つ場所へと帰ったのだった。 帰ると、皆に鬼の形相でこってりとしぼられたのだが、それはまた別の話。 《後日談》 「ちょっとこっち来なさい」 浴場から戻り、もはや完全に睡眠モードへと移行しようとしていた俺を、ギャロップが呼び出した。 いつになく大きな声なので、慌てて傍に駆け寄ったのだが。 「ほ、ほら!」 そういって押し付けられたのは、細長い袋。 中に棒状のものが4つか5つほど入っている。 「これは?」 「昨日のお土産よ! どうせ皆から貰ってるんでしょうけど、あたしだけ渡さないってのも決まりが悪いでしょ!?」 とすると、これはチョコなのか。 「言っとくけど義理よ! 義理! 店にあったやつで一番安物なんだからねっ!! (///)」 呼び出して物を押し付けて勝手に怒り出すのはどうかと思うが、まぁこれがこいつの味なんだろう。 「ありがとな。後でゆっくり味わわせてもらうよ」 「ち、違うからね!? これは決して選び抜いた末にこれにしたとか、どんなのが喜ぶかなとか考えて買ったんじゃないからね!?」 何故かワタクシ、服をつかまれて持ち上げられております。しかもブンブン揺さぶられております。 「んぅ? なんじゃ? それは」 ギャロップの後ろからにゅっと現れたのはキュウコン。 ぱっ、とギャロップの手が離され、ようやく解放される。 「ほぅ、これは…。昨夜の酒場に売っておったものじゃな?」 「あ、あ、あんたには関係ないでしょ!?」 「どおりで一回、厠の時間が長い時があったはずじゃ。それはあの店でも一押しの高級…」 「だああああっ!! 余計な事言わないでよ!!! あんたも、くれぐれも勘違いすんじゃないわよっ!!! ふんっ!!」 そう言い放つと、ギャロップは顔を真っ赤にしてプンスカ怒りながら寝室へと向かってしまった。 「素直でないのぅ。ところで主よ」 「ん? 何だ?」 「その菓子を使って、わらわと遊んでみる気はないか?」 遊ぶ? お菓子でどうやって遊ぶんだろう。 「簡単じゃ。その菓子の端と端を2人で咥え、徐々に…」 ああ、あれか。 「残念ながら、人の贈り物でそれをする気にはなれないよ」 「なんじゃ、つまらんのぅ。主との愛を確かめられる絶好の遊びなんじゃが…」 一方、寝室では 「あ゛~ん!! ピカも一緒に作りたかったよぉ~!!!」 「ご、ごめんね。ピカちゃん、あんまり気持ち良さそうに寝てたから、起こせなくて」 手足をバタバタさせ、ピーピー泣くピカチュウを、サンドパンがなだめていた。 【あとがき】 (´・ω・`)今回はサンドパンがメインです。しかし甘ったるい展開だなぁ。自分が書くとどうしても途中からこんな感じになってしまいます。当初は 各自が渡すシーンしか考えてませんでしたが、ちょっと味気ないなぁと思って次々と足していった結果、なんか料理教室みたいになってしまいました。 バレンタインネタと聞いて、料理好きの血が抑えられなかったんです。すいません。いや、チョコ作りに四苦八苦する娘たちを妄想してたら、つい…。 ちなみに作中でオニドリルが言っている「アリアリで」というのは、砂糖もミルクも両方入れてほしいという意味です。 もうね、ちょっと背伸びしてコーヒーを飲んでみるんだけど苦くて飲めないから紅茶にすれば良いのにって思うのに、 他の娘と違う自分を見せたくてやっぱコーヒーのままで頼んじゃって苦肉の策がアリアリっていう、そこが逆になんか、 とてつもなく可愛いっつうか萌えっつうか…あ゛あ゛っ、なんで伝わらないかなぁ!? 取り乱しました。申し訳ない。
ここはカントー屈指の商業都市ヤマブキシティにある萌えもんセンター。 各トレーナーにあてがわれる個室の中で、3人は難しい顔をしている。 「はぁ…」 「意外に難しいんですね」 「…………」 2月13日、時刻は23時をまわったところだろうか。 小さな三角形のテーブルに、向かい合うように座っている彼女達の中心には、1冊の本が置かれている。 『初心者でも出来る! 簡単☆女の子のお菓子作り』と銘打たれたその本は、彼女らの主から毎月少しずつ渡されるお小遣いをはたいて買ったものだ。 それだけに、3人の表情は真剣そのものである。 「……時間はあまりない。すぐに行動に移すべき」 クールにそう言い放ったのはオニドリル。頭が良く、戦闘力も高い。彼女らの主も、よく旅の道程やバトルの作戦を相談している。 「でも、もう少し工程をしっかり覚えないと。失敗作なんて渡したくないし」 それに対し反論するのはフシギバナ。彼女らの中で最も主との付き合いが長く、オニドリルを参謀とするなら、フシギバナは相棒といえる。 「レッドさんがいつ帰ってくるか分かりませんし、とりあえず最初の簡単そうな部分だけでも始めてみませんか?」 二人の間で難儀しているのがサンドパン。主(レッド)の率いる娘達は個性的な面子ばかりだが、その中で、皆との調整を担う、まさにパーティーの''良心''なのである。 他にキュウコン、ギャロップ、ピカチュウという面々がパーティーにはいるのだが、前者2人は飲み屋をハシゴするのだと言ってすぐさま出て行ってしまった。この調子では朝まで帰っては来ないだろう。 ピカチュウはパーティーの最新参であり、年齢も他のメンバーに比べると幼く、この時間までは起きていられなかったのだ。今は隣の部屋でスヤスヤと心地よい寝息を立てている。 レッドは用事があるといって先ほど外出し、現在この部屋には3人しかいない。 「……話し合っていても仕方ない。特に、私とフシギバナは」 「ま、まぁ、料理下手なのは認めるけど」 オニドリルとフシギバナ。共にパーティーの主力として活躍する2人だが、共通点がある。 そう。2人とも料理の腕が壊滅的な酷さなのである。 「まぁまぁ、お2人とも。私も手伝いますから」 そんな娘らが救いの手を求めたのがサンドパンだ。 何せサンドパンは、野宿の際の炊事を全て任されるほどの腕前である。 幾度となく彼女の手料理を食し、その実力を認めた2人が、彼女の手伝いを請うこととなるのも、自然な流れだった。 「でもお菓子作りはあまり経験がないので、お役に立てるかは分かりませんが…」 「いやいや、私達に比べれば、ずっと良いのが出来るって」 「……(コクコク)」 頼りにされるのが嬉しいやら恥ずかしいやら。 元の性分も手伝い、いつも以上に恐縮するサンドパンを、2人は盛り立てる。 「でも確かに、このままじゃいつまでたっても作れないよね。とにかくやってみよっか」 フシギバナがスクッと立ち上がる。その瞳に確かな情熱の炎を宿して。 何せ明日はセント・バレンタイン。 愛する人に想いを届ける、大切な日なのである。 【バレンタインに祝福を】 料理初心者である2人の腕前を考慮し、今回は市販のチョコレートを使用する。 ただ溶かして再度固めるだけでは芸がないので、少し手を凝らしてチョコレートマフィンを作る。 以上が前持った段取りで決められたことである。 既に可愛らしいエプロン姿に着替え、やる気マンマンで台所に立つ3人。 「それでは、先ほど下準備しておいたものを出して下さい」 サンドパンがそういうと、2人はいそいそとボウルやカップを取り出す。 その下準備とは、以下の3工程である。 ▼バターを常温で柔らかくしておく。 ▼チョコを湯煎し、溶かしておく。 ▼焼き上げる工程に入った時、ちょうど設定温度になるよう、あらかじめオーブンに予熱しておく。 「はい。それでは、作りながら順に説明していきます」 「了解!」 「……(コクリ)」 そういうと、サンドパンは戸棚から白い粉2種類と茶色い粉1種類を取り出した。 「こちらは薄力粉です。小麦粉のようなものですね。そしてこちらは膨らし粉、つまりベーキングパウダーです。そしてこの茶色いのがココアパウダーです。これをふるいにかけて合わせていきます」 サンドパンが実践するように、2人もふるいを振るう。 「ココアの良い香りがしますね」 「……白い粉…。チガウヨ、コレハコムギコダヨ…」 「それは危ないネタだからやめとこうよ」 思い思いに話しながらも、手を止めて雑談し出すようなことはない。 「これでOKです。ことまずこれは置いときまして、次はマフィンの生地作りに入りましょう」 ふるいを扱う程度なら難なく出来た2人も、いよいよ本生地の工程に入るということで、緊張した面持ちに変わる。 「まず卵と牛乳を合わせます。泡立てすぎないよう、丁寧に…」 グシャ サンドパンが説明を続けようとした矢先、台所の端のほうで異様な音がした。 「あ、あはは…」 苦笑いを浮かべるフシギバナ。 その手には無残にも、白身と黄身と殻が混在した、卵の成れの果ての姿があった。 「た、卵割るのって、難しいね。失敗失敗」 サンドパンはこう思ったという。先が思いやられる、と。 「卵は角ではなく平面で叩くようにすると、中に殻が入り込むことなく上手に割れるらしいですよ」 「……それ以前の問題。パワーキャラ?」 サンドパンが敢えて突っ込まず、それとなくかわそうとしていた事を、オニドリルは的確に突く。 だが彼女もまた、お世辞にも上手い方とは言えなかった。 「オニドリルだって、おっきい殻が入ったまま混ぜてるじゃん」 「……これはアクセント、隠し味、個性的な感覚」 「そ、それじゃダメですよ。オーブンで焼いた時にコゲてパサパサになります」 「……残念」 料理は初心者ほど、手の凝ったものや、セオリーから外れた独自の調理法で失敗するものである。 逆に言えば、初心者とはいえ、見本を参照し、手順通りにやれば、問題なくできるものである。 サンドパンにそう諭された2人は素直に反省し、サンドパンの見本通りに卵を割り、牛乳と混ぜる。 泡立てすぎぬよう、かといって力を抜きすぎぬよう、丁寧かつ慎重に。 「できましたね。次は、柔らかくなったバターをクリーム状に練ります。そしたらこのグラニュー糖を入れて、更に先ほどの卵と牛乳を混ぜたものを投入し、しっかりとかき混ぜて下さい」 「チョコはいつ出てくるの?」 「え~と、この次の工程ですね」 「……さっさと、やる」 「わ、わかってるよ」 ここにきて、サンドパンの脳裏に1つの推測が浮かび上がった。 (この2人、張り合ってるのかな?) 以前から仲の良かったフシギバナとオニドリルだが、おつきみ山で月見をして以来、どうもお互い競争心が芽生えたように思えるのである。そこで何があったかを、サンドパンは知らない(5スレの>>172参照)。 無論、普段からそうなワケではない。喧嘩しているようにも見えない。 ただ、時折こうして2人の間に見えざる火花が散っているように感じ取れるのである。いつもパーティーの皆を気にかけているサンドパンだからこそ気付く、微妙な変化だった。 「そ、それじゃ、お見本をお見せしますね」 だが考えていても仕方ない。意識を目の前の材料に向け直す。 2人は興味深そうに覗き込んでいる。 「わぁ、やっぱ手際が良いね」 「……お上手」 ハンドクリーナー(※あとがき参照)で手早く材料を混ぜ合わせていく。 見よう見まねでサンドパンに続くものの、なかなか上手くいかない2人には、この光景は感銘を覚えるに充分なようだ。 頑張りすぎてつい力を入れすぎてしまうフシギバナ。 集中しすぎて細かいことまで気を回せないオニドリル。 そんな2人に、サンドパンは優しく手ほどきしていく。 (作るからには、美味しく食べて貰いたいですもんね) 2人が、慣れない事に必死に取り組んでいる理由。 お互いが競争しながらやっているのも、その方がやる気がでるからかもしれない。 先ほどの疑問にそう決着を付けつつ、サンドパンは2人を見守った。 「はい。次はいよいよチョコの登場ですよ。ここまで来れば、もう大詰めです」 「……お出まし」 「待ってました」 時刻は既に0時をまわっている。 レッドの帰りが遅いといつも心配する3人だが、今日だけは特別だった。 目の前には3種類の溶けたチョコが入ったボウルが並んでいる。 昼間、各々が自分のセンスで選んだチョコだ。 フシギバナのチョコは甘みの強いスタンダードな味。 オニドリルはチョコはビターな大人の味。 サンドパンのチョコは柔らかな甘みながら、ビターとまではいかない優しい味。 3者3様のチョコが、それぞれのボウルに投入される。 何せ、選んだチョコがそのままマフィンの味に反映されるのである。 軽い言葉を交わしていた2人も、この時ばかりは無言で真剣な表情になっていた。 「ここで再度、薄力粉を入れ、混ぜます。薄力粉の粒が見えなくなる程度の軽い混ぜ方で良いみたいです」 先ほどの本で最終チェックをしながら、サンドパンは指示した。 10分ほど過ぎ、3人とも生地が完成したようである。 「さて、いよいよ焼き上げの工程に入ります。190度のオーブンで15分ほど焼き上げれば完成です」 オーブンに入れる瞬間は、まさに緊張の一瞬である。 自分の作った生地が、この大きく四角い箱の中でどう変化するのか。 ワクワクすると同時に、一抹の不安も3人の中にはあった。 上手く出来上がるのか。 出来上がったとして、果たして''あの人''は美味しく食べてくれるのか。 「上手くできるよね?」 「……(ドキドキ)」 「きっと出来ますよ。お2人とも、あんなに一生懸命作ってたじゃないですか」 バタン 不意に、部屋の扉が開けられた。 「まさか、帰ってきた!?」 それは3人にとっては大問題である。 ラッピングどころか、まだ出来上がってすらいないのだ。 第一、これを渡すのは夜が明けてから、それぞれのタイミングでと決めている。 3人が深いため息をつきそうになった瞬間、聞こえてきたのはあの2人の声。 「うぅ…、気持ち悪い」 「ようやく着いたか…」 扉を開けたのは、酩酊状態のギャロップとキュウコンだった。 「まったく、おぬしが調子に乗ってちゃんぽんなどするからじゃ…」 「…しょうがないでしょ。場の空気ってもんがあるんだから」 どうやら、酒場でかなり盛り上がった様子。 ホッと息をつく3人。サンドパンとフシギバナが2人に水を飲ませ、隣の寝室へと誘導する。 よほど辛いのだろう。2人ともうんうん唸りながら床に着いた。 「……不意打ち」 「あ~、焦った。いきなりだもんねぇ。気付かれなくて良かった」 「あ、そろそろ15分経ちますよ」 オーブンの中を覗き込む3人。 そこには、ふんわりと焼き上がったマフィンの姿があった。 オーブンの戸を開けると、香ばしい匂いが部屋中に満ちていく。 「わ、美味しそうに焼けてますよ」 「ホントだ。う~ん、良い香り」 「……感無量」 それぞれの感想は別だが、まずは上出来な見た目に満足したようだ。 「それじゃ、味見してみようか」 「そうですね。お紅茶、お入れします」 「……私はコーヒーが良い。アリアリで…」 味見といっても、何も渡す分に手をつけるワケではない。 それぞれもう1つずつ、余分に焼き上げていただけの話である。 さて、問題の味だが。 「うん、美味しい」 「……我ながら上出来」 「良かった。これならレッドさんにもお出しできますね」 どうやら成功したようだ。 それからしばらく、3人による密やかなお茶会が開かれた。 お互いのマフィンを食べ比べたり、ラッピングを見せ合ったり、色恋話に華を咲かせたりと、人間の女の子と変わらない楽しい時間。 最後に''夜が明けたら勝負''と3人で気合を入れ、1時間ほどのお茶会は終わったのだった。 「ただいま~。ふぅ、疲れた」 全く、上流階級の社交場なんか行くもんじゃないな。 いくら俺がロケット団を追い払ったとはいえ、それは俺じゃなくてあの娘らの手柄なんだから。 シルフの社長め。俺だけ誘うなんてどういう了見なんだ。 「皆、もう寝ちゃってるだろうな。ん?」 俺は帰ると、出た時とは違う部屋の様子に驚いた。 台所の散らかり具合。 部屋に漂う甘い香り。 そしてテーブルの上に、可愛らしく包装された3つの箱。 「ああ、そうか…」 そういや明日(厳密には今日)は、そういう日だったな。 数日前から何かコソコソと出かけていたと思ったら、そういう事だったんだな。 だが最後の片付けを忘れてちゃ、いずれバレちゃうぞ? 寝室の戸をそっと開けると、仲良く川の字になって眠る3人の姿があった。奥に唸りながら寝てる2人とちんまいのが1人いるが、まあこいつらは違うだろう。 「黙っといてやるか…」 俺が貰えるって決まったワケじゃないのにな。何故かニヤニヤが止まらん。 「明日はしっかり驚いてやらないとな」 そう言いながら、俺は静かに調理器具の片付けをし、就寝前のシャワーを浴びるため、浴場へと向かうのだった。 ===フシギバナのケース=== 「おはようございます、ご主人様」 朝食を終え、部屋で一服していると、フシギバナが横からぴょこっと顔を覗かせた。 「おはよう。どうした? 何かいつもより元気だな」 「へへっ、今日は渡したいものがあるんです」 おお、フシギバナ。お前はやっぱり良き相棒だよ。真っ先に渡しに来てくれるなんて。 胸の感動を抑えつつ、平静を装う。 「はいっ」 「おお、これは噂に聞くバレンタインチョコというやつか!?」 ん、ちょっと不自然だったかな。 「ご主人様には普段からお世話になってますから。私からの感謝の気持ちです」 「ありがとう。喜んで受け取らせてもらうよ」 箱のリボンをほどき、開ける。 目に飛び込んできたのは美味そうな…、え~と、何ていうんだっけ? この食い物。 「チョコそのものじゃ味気ないから、マフィンにしてみたんです。美味しいですよ」 そっか、マフィンっていうのか。随分お洒落なお菓子にチャレンジしたもんだ。 しかし食ってみると、これがまた美味い。フシギバナよ、腕を上げたな。 「甘くて美味いよ。これから活動するって時に、甘い物を食うと元気が出るね」 「えへへ…(///)」 そういうと、フシギバナははにかんだ笑顔でそれに応えてくれた。 ===オニドリルのケース=== 「……マスター」 次に向かう場所までの日程、およびバトルの作戦打ち合わせをオニドリルとしていた時だ。 打ち合わせを始めた時から、いつも以上にソワソワし、チラチラをこちらの様子を伺っている。 「……ちょっと休憩、しない?」 そう言っておずおずと差し出されたのは、昨晩見かけた小さな箱の1つ。 そして2人分のティーカップ。 「……昨日、マスターに内緒で作った」 「お、バレンタインチョコか? ありがとう。まさかお前から貰えるなんて」 朝と同様、箱を開けると、これまた朝見たものと同じようなものが入っていた。 「えっと、マフィンっていうんだっけ?」 「……正解。お菓子好き?」 試しに一口いただいてみる。 ん、朝とはうってかわって苦味の強いチョコだな。こいつらしいチョイスだ。でも美味い。 「……はい、紅茶」 オニドリルの淹れてくれた甘い紅茶が、程良くマフィンとマッチする。 「ちゃんと紅茶との組み合わせも考えてあるな。さすがだ」 「………(///)」 俺の言葉を聞くと、照れくさそうにそっぽ向いてしまうオニドリルなのであった。 ===サンドパンのケース=== 夕食前の微妙な空き時間。 暇なので部屋に備え付けの雑誌をテーブルの上に置き、徒然なるままに読んでいるのだが。 壁|д゚)ジーッ 「………」 壁|д゚)ジジーッ 「………」 このプレッシャー…。 俺をオニドリル級の無口にさせたいなら、間違いなく有効な手段になるだろう。 「サンドパン」 Σ(゚Д゚ )ビクッ おいおい、そんなに驚くことないだろう。 「おいで。何か用があるんだろう?」 俺がそういうと、顔を紅潮させながら、静かにテーブルの向かい側にちょこんと座った。 読んでいた雑誌をパタンと閉じ、サンドパンに話しかける。 「何か渡したいんじゃないのか?」 「あの…、その…」 やっぱりか。 後ろ手で何かを隠しているのが見え見えだぞ、サンドパン。 「フシギバナとオニドリルに、作り方を教えたのは、お前だよな?」 「は、はい」 やけにあっさり認めたな。 あの2人があんなに美味いものを自分だけで作れるワケがないとは思っていたんだが。 でもこのままじゃ、いつサンドパンから話を切り出してくれるか分からないな。 「少し、外に出てみないか?」 サンドパンは黙って頷いた。 2月の半ばということもあり、外はとても寒い。 雪は深々と降っているが、街は家路を急ぐ人々や、ロマンチックなこの日を楽しむカップル達で混雑していた。 街の一角にある、比較的人気の少ない公園で、俺達は歩みを止めた。 「レッドさん…」 弱々しい声で、サンドパンが呼びかける。 「遅ればせながら、これ。受け取ってもらえませんか?」 それでも、外に出たことで少しは開放的になったのか、ようやくその小さな箱を渡してくれた。 「ありがとう。そのベンチに座ろうか。すぐ味わってみたい」 ベンチに腰掛けると、可愛らしいラッピングを開封し、中のマフィンを確認する。 「お2人と同じものですから、飽きてらっしゃると思います。無理はしなくても…」 「いや、食う」 スプーンがないため、そのまま齧り付く形となる。 おお、これは…。 「やっぱりサンドパンの料理は絶品だな。凄く美味いよ」 「あ、ありがとうございます」 緊張していた顔が、少しだけほころんだ。 このマフィンの優しい甘さと同じような、柔和な笑み。 「2人と同じなんてことないよ。それぞれちゃんと味が違う。これは、サンドパンの作ってくれたマフィンだ。飽きたなんて、言うワケないだろ?」 サンドパンの頭にポンッと手を置く。 特徴あるクセっ毛をクシャクシャと撫でてやると、またもやサンドパンの顔がみるみる朱に染まっていく。 「レッドさんの手、あったかい…」 気に入ってくれたようだ。 「フシギバナもオニドリルも、お前には感謝してたよ。でも1つだけ気になることがある」 「はい?」 俺はマフィンに噛り付いていた顔を、スッとサンドパンのほうに向ける。 「自惚れに聞こえたらごめん。でも、あいつらを支援したら、俺がそっちに流れるとは考えなかったのか? 俺だったら、1人良いトコ見せようとして、コッソリ1人だけで作って渡すぞ」 そう言うと、サンドパンの表情が真剣なものになる。 こいつがこうなるのは、誰にも覆せないような強い意志を示す時だけだ。 「それは違います」 きっぱりと、俺の意見を否定した。 「確かにそうすれば、レッドさんは私を見てくれるかもしれません。でも、それじゃ意味がないんです。皆さんと対等な条件で闘って、その中で私が選ばれないと、本当の意味で勝ったことにはならないんです」 「だから、敵に塩を送るようなことを?」 「敵じゃありません。志を同じくしている大切な仲間です。だからこそ、私は卑怯な手を使いたくない。あの人達にもちゃんと認めてもらえるフェアな方法で、あなたに選んでいただきたいんです」 「そうか」 どうもウチのパーティーの面子は、バラバラな性格のわりに似通った恋愛感を持っているようだ。 だが、それだけ真剣に俺との関係を考えてくれていることの証明でもある。 「お前の気持ちはよく分かった。でもな…」 俺は今まで密かに思っていたことを言うことにした。 「人にはそれぞれの得意分野がある。知識のある奴や、体力に自信のある奴、果ては色香で勝負する奴なんてのもいる。皆、自分の一番自信のある事で勝負してるんだ」 サンドパンは黙って俺の言葉に耳を傾けている。 「皆と同じスタートラインに立っていなくても良い。もしある分野で自分が秀でていても、別の分野では全く逆かもしれない。だから、自分の今持ってるリードを、無理して消してしまう理由はないんだ。それは決してアンフェアなんかじゃない。''個性を生かしてる''って言うんだ」 特に、皆の世話に追われるサンドパンはその傾向が強い。 常に皆と同調し、自分を隠してしまうんだ。特別に言っておく必要があると思う。 「だから、お前は料理のスキルで他の奴らに後ろめたさを感じる必要は無い。お前のやり方で良いんだよ。皆も、きっと認めてくれるさ」 言い終わると、俺は照れくさくなり、つい持っていた煙草に火をつける。 普段は皆がいる手前、おおっぴらには吸えないんだけどな。許してくれるのは同じく喫煙者のキュウコンだけだ。 やれやれ、最近何かとクサいセリフを吐きまくってる気がするが、本心なのだから仕方ない。 「レッドさんは、やっぱり凄い人です。自分の意見を否定されて、なおかつ食い下がって、最終的には納得させてしまうんですから」 おいおい、買いかぶりすぎだ。 「でも…」 スッと、煙草を取り上げられる。 すぐ横の灰皿にそれを落とすと、サンドパンは再び柔和な笑みに戻った。 少しヤニ臭くなった俺の手を、小さく震えるその手で、そっと握り締めて。 「やっぱり、私はこのやり方でいきます。自分が一番納得できる方法だから。いずれ、あなたが誰かと手を取り合って歩んでいく時。その手が、私の…この手であると信じてますから」 「そっか」 それもそうだな。 どうやらシルフの社長の小難しい話を延々と聞いていたせいで、いささか理屈っぽくなってたらしい。 サンドパンがこれでいくと言った以上、俺にはもう何も言えない。それがこいつのやり方だから。 「でも少しだけ、ワガママになってみても良いって思いました」 すると、サンドパンはそっと俺の目を塞ぐ。 「……」 頬に触れる柔らかい感触。 すぐに離されるも、その感覚はしばらく取れそうにないほど、俺の脳裏に焼きついていた。 「さあ、そろそろ行きましょう。皆さん、ご飯はまだかって待ち焦がれてますよ」 「ああ」 そう言うと、俺の手を握りながら突然駆け出した。俺も釣られて走り出す。 雪の街で、少しだけ大胆になったサンドパンと共に、皆の待つ場所へと帰ったのだった。 帰ると、皆に鬼の形相でこってりとしぼられたのだが、それはまた別の話。 《後日談》 「ちょっとこっち来なさい」 浴場から戻り、もはや完全に睡眠モードへと移行しようとしていた俺を、ギャロップが呼び出した。 いつになく大きな声なので、慌てて傍に駆け寄ったのだが。 「ほ、ほら!」 そういって押し付けられたのは、細長い袋。 中に棒状のものが4つか5つほど入っている。 「これは?」 「昨日のお土産よ! どうせ皆から貰ってるんでしょうけど、あたしだけ渡さないってのも決まりが悪いでしょ!?」 とすると、これはチョコなのか。 「言っとくけど義理よ! 義理! 店にあったやつで一番安物なんだからねっ!! (///)」 呼び出して物を押し付けて勝手に怒り出すのはどうかと思うが、まぁこれがこいつの味なんだろう。 「ありがとな。後でゆっくり味わわせてもらうよ」 「ち、違うからね!? これは決して選び抜いた末にこれにしたとか、どんなのが喜ぶかなとか考えて買ったんじゃないからね!?」 何故かワタクシ、服をつかまれて持ち上げられております。しかもブンブン揺さぶられております。 「んぅ? なんじゃ? それは」 ギャロップの後ろからにゅっと現れたのはキュウコン。 ぱっ、とギャロップの手が離され、ようやく解放される。 「ほぅ、これは…。昨夜の酒場に売っておったものじゃな?」 「あ、あ、あんたには関係ないでしょ!?」 「どおりで一回、厠の時間が長い時があったはずじゃ。それはあの店でも一押しの高級…」 「だああああっ!! 余計な事言わないでよ!!! あんたも、くれぐれも勘違いすんじゃないわよっ!!! ふんっ!!」 そう言い放つと、ギャロップは顔を真っ赤にしてプンスカ怒りながら寝室へと向かってしまった。 「素直でないのぅ。ところで主よ」 「ん? 何だ?」 「その菓子を使って、わらわと遊んでみる気はないか?」 遊ぶ? お菓子でどうやって遊ぶんだろう。 「簡単じゃ。その菓子の端と端を2人で咥え、徐々に…」 ああ、あれか。 「残念ながら、人の贈り物でそれをする気にはなれないよ」 「なんじゃ、つまらんのぅ。主との愛を確かめられる絶好の遊びなんじゃが…」 一方、寝室では 「あ゛~ん!! ピカも一緒に作りたかったよぉ~!!!」 「ご、ごめんね。ピカちゃん、あんまり気持ち良さそうに寝てたから、起こせなくて」 手足をバタバタさせ、ピーピー泣くピカチュウを、サンドパンがなだめていた。 【あとがき】 (´・ω・`)今回はサンドパンがメインです。しかし甘ったるい展開だなぁ。自分が書くとどうしても途中からこんな感じになってしまいます。当初は 各自が渡すシーンしか考えてませんでしたが、ちょっと味気ないなぁと思って次々と足していった結果、なんか料理教室みたいになってしまいました。 バレンタインネタと聞いて、料理好きの血が抑えられなかったんです。すいません。いや、チョコ作りに四苦八苦する娘たちを妄想してたら、つい…。 (ハンドクリーナーと聞いて掃除機や洗剤を思い浮かべる方が多いかと思いますが、これは一般的にゴムベラと呼ばれる調理器具を指します。 あまり使われない用法かとも思いますが、過去の経験上、私にはその名称のほうがしっくり来るので敢えて使わせていただきました。混乱してしまった 方には申し訳ありません。商品名といった固有名詞ではなく、ちゃんとした一般名詞なので語法としては問題は無いかと思います) ちなみに作中でオニドリルが言っている「アリアリで」というのは、砂糖もミルクも両方入れてほしいという意味です。 もうね、ちょっと背伸びしてコーヒーを飲んでみるんだけど苦くて飲めないから紅茶にすれば良いのにって思うのに、 他の娘と違う自分を見せたくてやっぱコーヒーのままで頼んじゃって苦肉の策がアリアリっていう、そこが逆になんか、 とてつもなく可愛いっつうか萌えっつうか…あ゛あ゛っ、なんで伝わらないかなぁ!? 取り乱しました。申し訳ない。

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