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「5スレ>>234」(2008/02/28 (木) 16:43:22) の最新版変更点
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朝六時。
ベッドの片隅に置いた目覚ましのベルの音も、
百メートルちょっと先の市街地から聞こえるけたたましい車やバイクのエンジン音の助けを借りることなく、
俺はゆっくりと、両目を開いて布団の中から飛び起きる。
視力のせいで霞んだ視界を凝らしながら、ベッド脇の机をまさぐり、眼鏡を手にした後、それをかけると、
自分の周りの世界が一気に鮮明に、美しく変化していった。
カーテンを開けると、辺りはまだ薄暗く、少量ながら雪がちらついている。
薄暗くとも差し込んできた光は、豆電球一つしかない俺の部屋を十分に明るくしてくれた。
両腕を天井に向けて精一杯伸ばし、それから大きな欠伸を一つして、俺は部屋を後にする。
何ら変わりは無い、俺にとってはごく普通の、何の変哲も無い朝である。
「おはよう、ジュペッタ」
階段を降りて、キッチンへと向かった俺は、
俺よりも早く起きて朝食の準備をしてくれたジュペッタに挨拶をする。
彼女は何も言わず、黙って頷くと、あらかじめ準備しておいたトーストをテーブルの上へ出した。
ちょうど今出来た頃なのか、トーストは湯気を立てて香ばしい香りを出している。
座って、早速俺はトーストを口に運ぶ。
焼きたてということもあってか、サクッと音がしたあと、バターの甘くまろやかな味が口に広がる。
何度食べても食べ飽きない……そんな味だ。
実質、俺は何度もジュペッタが焼いてくれるトーストを食べるのだが、一度も飽きたとか、そう考えたことはない。
「うん、美味しい」
毎度お決まりの感想。
それでもジュペッタは嬉しそうな表情をすると、もう一枚トーストを差し出した。
俺は一礼をしてそれを手にして、皿の上に置く。
トーストを頬張りながら俺はジュペッタの方を見ると、彼女は笑顔で俺の事を見つめていた。
よほど褒められたことが嬉しかったのだろう。
それにしても、俺もちょっと違った感想を言わないといけないかな、と考えながら、2枚目のトーストを口に運ぶ。
食事中、それを含めた一日中、ジュペッタは一言も喋らない。
いや、喋れない、と言ったほうがいいのだろうか。
別に病気などで喋れなくなったわけではないのだが、それにはちゃんとした訳がある。
最初ジュペッタと一緒に生活し始めた頃は、沈黙の時間が続くことに息苦しさを感じたものだが、
今ではこんな沈黙も悪くは無いかな、と思っている自分がいる。
でもやっぱり、一度でいいからジュペッタと話がしたい、と思っている自分もいる。
今日の朝食も、一言もジュペッタは喋らないまま、時間は淡々と流れていった。
週六日、朝から晩まで働いている俺にとっては、週末にある一日限りの休みがとても貴重だ。
だから本心としては一日中家でゴロゴロして疲れを取りたいところだが、
週一しか休みがないということは、ジュペッタと一日中ずっと一緒にいられるのがこの休みの日しかないので、
いつも休みの日には、ジュペッタと散歩をするのが日課になっている。
散歩のコースは気分によって変えるが、必ず人通りが少なく静かな、市街地からはちょっと離れた路地裏を選ぶことが多い。
俺とジュペッタが静かな場所を好むのも理由の一つだが、もう一つ、俺たちではどうすることもできない理由がある。
玄関のドアを開けた途端、冷たい風が吹き込んできた。
コートを羽織っていても、その冷たさは身に染みる。俺は寒さのあまり身震いをした。
そんな俺とは違い、空から舞い降りてくる雪の結晶を目の前に大はしゃぎするジュペッタ。
俺のようにコートは羽織らず、薄手の黒フード一枚の彼女の格好は、見ているこっちが寒くなる。
「考えてみれば……初雪、だよな」
空を見上げ、俺の顔に付いては溶け、水滴となって頬を伝う雪を見ながら、小さく呟く。
そういや、昨日職場に設置されているテレビの天気予報で、明日は雪が降るとか言っていたな、と思いながら。
ふと、コートの裾を引っ張られてる感じがしたので、下を向くと、真っ赤な瞳を輝かせて俺を見るジュペッタがいた。
「おっと、悪い。それじゃ行こうか」
隣に目の高さ位までふわり、と浮かんだジュペッタと一緒に、俺はコンクリートの道を歩き始めた。
道の上に中途半端に溶けた雪のお陰で、歩を進める度に不快な音がして、俺は少々嫌な気分になったが、
一方のジュペッタは俺には不快にしか聞こえない音を、楽しそうに聞き入っていた。
「だよな、ジュペッタは聞くことしか出来ないもんな、幽霊だから」
そんなジュペッタを見て、俺はやや皮肉を込めながら喋る。
それを聞いたジュペッタは頬を膨らませた。
当然のことだが言葉は発しない。
「はは、冗談だって。やっぱり地面を踏めないのは嫌なのか?」
コロコロとその表情を変えるジュペッタが愛らしくて、口調に微笑が混じる。
こくこく、とジュペッタは首を上下に振って俺の質問に答えた。
「そうか……」
そこまで言われて、踏ませてやりたいのは山々だけど、俺がどうこう出来る問題じゃないからな……
そこまでは口に出すことは無く、騒がしい市街地に入るまで、俺とジュペッタは半溶けの氷が織り成す不協和音(俺にとっては)に聞き入っていた。
市街地に入るや否や、俺は自分の気持ちが更に滅入っていくのを感じた。
週末ということもあり、ただでさえ多い人が、更に多くなっている。
道路では車だのバイクだののエンジン音が、絶えることなく鳴り響いている。
それと眼前に広がる無駄に高い建造物の群れは、まるでいつかみたSF小説の挿絵みたいだ、と、そんな気分にさせた。
「さーて、とっとと行きますか」
ジュペッタに向かって放ったその言葉は、俺達の隣を通り過ぎていった若い女性たちの甲高い話し声によってかき消された。
そもそも、市街地になど出来るならば行きたくもないし、見たくもない。
職場は市街地の反対側にあるし、買い物なら職場の向かいにあるスーパーで買えるし。
だが散歩コースの路地裏へ向かうためには、どうしてもこの市街地を通らなければならない。
少々、いやかなり気が滅入るが、路地裏へ行くためだ、と自分に言い聞かせて我慢する。
ジュペッタも同じ気持ちだと思う。路地裏は相当気に入ってるようだし。
皆、俺……いや、ジュペッタの方を一瞬見てから、人々は俺たちの横を、前を、通り過ぎていく。
その視線は刺々しく、浴びてみていい気分だ、と思えるようなものではなかった。
だがその気持ちは顔に出すことなく、足早に市街地の中を歩く。
俺の目の前を歩く人々が、皆して同じ顔のように見えて仕方が無い。
路地裏へ続く小道への道は大体二百メートルあるかないか。
その道がえらく遠く感じる。
ジュペッタは人々が突き刺してくる視線に耐え切れなくなったのか、俺の左腕を、その小さな両腕でぎゅっと抱きしめた。
痛い、と俺が感じるほど抱きしめるあたり、相当怯えていることが窺える。
俺は空いてる右手で彼女の頭を撫でる。怯えないように、そっと。
そうやってジュペッタを支えているつもりの俺も、結局のところは彼女同様に怯えているのだと、
さっきから胸の痛みが収まらない俺は考えていた。
ようやく路地裏へと入り、耳障りな市街地の音達が俺たちの世界から抹消されるまで、俺はその足を止めることは無かった。
胸の内では色とりどりの感情が混ざり合っては、よく子供の頃やったような、
絵の具を全色混ぜてみるとか、好奇心に駆り立てられながらやったときに出来た色の、不気味で理解不能な色へと姿を変えている。
しかし、もしその色は何色に近いか? と聞かれたら、青、と答えるだろう。
どちらかというと悲しみが強いような、そんな感じだ。
あの市街地で人々がジュペッタに向けた、剣のような視線。
瞳の奥には憎しみ、妬み、差別――あまりいいような感情ではない。
だからといってジュペッタが何か大きな騒動を巻き起こしたとか、そんなものは一切無い。
じゃあ、何故人々はジュペッタに憎しみの矛を向けるのか。
ジュペッタは憎しみ、恨みなどの負の感情を原動力として生きている。
それは学会や、地方の研究所による萌えもんの生態の実験で確認済みである。
故に、人々が抱くジュペッタのイメージは、「悪者」「疫病神」として定着していった。
しかも誰が言い出したのかは知らないが、ジュペッタは他人の魂を喰らい、その飢えを満たしている……などという噂が一人歩きし、
さらにジュペッタに対するイメージを悪い方向へと確定させていったのである。
だから人々はジュペッタを見ると嫌な顔をするのだ。
それが俺とジュペッタが散歩コースとして路地裏を選んでいる理由にも繋がるのだが。
しかしそれはあくまで一般論。
確かにジュペッタは憎しみと共に生まれた。
だがそれは人が生み出したものであって、彼女自身はとても優しく、情操豊かな萌えもんなのだ。
だというのに、人々は「ジュペッタは疫病神」などの「固定概念」を作り上げ、それを聞き入れようともしない。
まるで殻にこもった亀のように、硬い殻の中に潜って聞く耳持たず。
俺が数百万の信者を従える宗教の長であったり、一国を統べる人間であったら、その「固定概念」を打ち砕くことは可能になると思うが、
生憎にも俺は一般人、権力も何も無い。だからこうやって喚くことしか出来ないのである。
いつの間にか、俺の足音しか聞こえなくなっていた。
その静寂はいつもは俺の心を清め、満たしてくれるのだが、今回はその静寂がひどく寂しく感じた。
俺はは立ち止まると、地面の上へと大の字になって倒れこんだ。
地面に背中がついたと同時に、コートの中へ水が染み込んでいくのが分かる。
突然の俺の行動に、心配そうに俺の顔を覗きこむジュペッタ。
「ごめんな、ジュペッタ。俺、お前の為に何もしてあげることができない」
ジュペッタはふるふると首を左右に振った。
「外に出る度、あんな風に見られて、本当にどうにかしたいのに、何にも出来ない。
いつも俺の為に朝食とか、身の回りの世話してくれるのに、俺はお前の為に何もしてない」
見たくないのに、
瞳を潤ませて今にも泣きそうなジュペッタの顔なんて、見たくもないのに。
俺の口から出る言葉は、謝罪の言葉でしかなかった。
「ごめんな、本当にごめんな、ごめん」
言葉を捜しても、見つかるのは謝罪の言葉。
自らの力不足を、嘆くような言葉。
「ごめんな……」
目頭が熱くなった。でも泣くのは必死にこらえる。鼻の奥がツーンとした。
「ありがとう」
「……?」
突如、俺の耳に聞きなれない声が入り込んだ。
周囲を見渡しても、誰もいない。俺とジュペッタの二人だけ。
――空耳だろうか。そう俺が考えた矢先に、ジュペッタの口元が動いた。
「そこまで私の為に頑張らなくてもいい」
さっき聞こえた声と同じ。
声の主がジュペッタだと分かると、俺は声にならない叫びを上げた。
驚きのあまり、言葉が出ない。
「ジュペッタ、お前――」
ようやく出た俺の言葉は、ジュペッタのか弱く、幼げな声によって遮られる。
「私は、今のままで十分幸せ」
「……!」
ジュペッタはそう言って、笑顔を作った。
一滴の涙を、俺の額に零して。
ジュペッタの特徴として、もう一つこんなことが確認されている。
ジュペッタは喋ると、体内にある負の感情を言葉と一緒に出してしまうらしい。
それが何を意味するのかというと、喋るということは、自らの寿命を縮めることになるのである。
ジュペッタは新たに負の感情を体に取り込むことが出来ない。
生まれたときに体内に存在していた負の感情が、そのまま命となり心臓となるのだ。
だから彼女、ジュペッタにとっては、喋るということは本当に危険なことになる。
ほんの、二言三言。
それにどのくらいの彼女の寿命が詰め込まれているのだろうか。
ジュペッタはそれ以降は喋らずに、くいくい、と俺のコートを引っ張った。
「そう、だな」
俺は大の字になった体を起こし、立ち上がった。
水を含んだせいか、コートが重く感じる。
それと――――
「くしゅん」
くしゃみが出るようになった。
やはり冬の外は長時間いるもんじゃないな、と思いつつ、
俺はジュペッタの方を見て、笑った。
「水臭い話はここで終わりにして……行くか」
そして、立ち止まっていた足を、再び前へ進める。
俺の隣に浮かんで、ジュペッタがついて来る。
――今のままで十分幸せ。
他人からは嫌な目で見られ、まるで世間から迫害されたような気がして、
俺たちには幸福など存在していなかったと思っていた。
だけど、幸福はここにある。こんなにもすぐ傍に。俺の大切な人と一緒に。
気持ち、並んだ俺とジュペッタとの間が、少し縮まった気がしたような、そんな気がした。
「三十八度……七分……」
翌日。
体温計の画面もにデジタル数字で表示された自分の体温を見て俺はあの時、真冬の外に大の字になって寝転ぶんじゃなかった、と後悔した。
一ヶ月の給料が出来るだけ多く欲しい俺にとっては、何とかマスクを装備したり解熱剤を飲んだりして、熱を押してまで職場に向かいたいところだが、
頭の中に鐘が鳴っているのではないかと思わせるくらいの痛みが走ってるし、ボーっとしてを仕事できる状態ではなかった。
だというのに相変わらず六時きっかりに起きてしまうのは、既に早起きが習慣として定着してしまったからなのだろうか。
止む終えず今日は休む、と同僚に連絡を入れて、部屋を出る。
怨霊に取り憑かれた気分ってこんな気分なのだろうかと訳の分からないことを考えながらキッチンへ向かうと、
いつものようにジュペッタが朝食の準備をしてくれていた。
俺の体調を案じてくれたのか、今日はトーストではなくお粥だった。
「ありがとな、ジュペッタ」
かすれた声で俺はジュペッタに礼を言うと、お粥をスプーンですくって食べ始める。
ちょっと水気が多い気がしたが、乾いた口を潤すにはちょうどいい位だ。
「うん、美味しいよ、初めてにしては結構上手じゃないか」
それを聞いたジュペッタは自慢げに胸を張って威張った。
結局は相変わらずな日常。
でもそれはとても幸せで満ちている日常だと、今なら声を大にして言える。
それは、俺に幸福の在り処を教えてくれた、初雪の日の出来事。
――――――――――――――――――――――
誰からもお咎めを喰らわないのをいいことに、調子こいてSS投下しまくってる寄せ壁です。
とりあえず推敲も満足に出来ない癖、投下しちまってる自分自重。
なんだか6作目になったこのお話、ジュペッタがメインです。
鹿氏クリア後ダンジョン彷徨ってる時に出くわして一目で惚れちまった訳で、つい書いてしまったのです。
ちなみに「魂を喰らって自らの飢えを満たしている」ってのは、図鑑変更パッチ当ててのジュペッタの説明文から勝手に解釈したもので、
「憎悪や憎しみを原動力としている」辺りは本家から引っ張ってきましたー。
え? そんな事は知ってる? ごめんなさい。
本当はこれ、ジュペッタが主人公に自分の気持ちを伝えて、最後には消えていく、というENDだったのですが、
それじゃあまりにも鬱じゃないか! ということで結末を変えてみました。
鬱表現に入り込む自分を抑えつつ書いてみたわけですが、鬱が出てる気が。ちくせう自分のいn(ry
とりあえずここまで調子こいてSS投下してしまったので、しばらくは頭冷やすことにします。
もうちょっと自分の文章力その他諸々勉強しないといけないなー。
って前にも言ったけど全く向上してないぜ……吸収力の無さ。