5スレ>>242

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春は二人の誕生日。 二人の出会いを祝う日。 その日は彼女からお気に入りのモモの実を貰い、私はやすらぎのすずをプレゼントした。 チリンと小気味良い音をならすそれは、彼女の所在をより確かなものにしてくれる。 大人しくて素直で、聞き分けのいいヤツだった。純朴という言葉がよく似合う。 今でも、たまにそんな春の出来事を思い出す。 聞こえないはずのあの音が聞こえる。 「またぼうっとしてる。あんたの誕生日なんだからちっとはやる気出しなさいよ」 「なんで自分の誕生日なのに夕食買出しにつきあわにゃならんのだ……」 隣で手にスーパーの袋をぶら下げて歩く少女は私を見上げてムッとしたような顔をする。 ああまたこいつは、私に哀愁にひたる暇さえ与えてはくれないようだ。 「袋の中、卵も入ってるんだからねっ! 落として割ったりしたらあんたのあたまにべっちょり塗りつけてやるんだから!」 そりゃあ恐ろしいと、私は肩をすくませて荷物を持つ手に力を入れた。 少女の名前はピュルテという。 頭からにょっきり生えた耳のような黄色い突起物を除けば、金色のショートヘアーを持つ至って普通の少女である。黙っていれば割りと可愛い顔立ちでもある。 そんな横顔を他所に……私は空を見上げる。蒼く澄みきった空だ。 いつかの春、私はとても大事なものを失った。 モモの実が好物で、首にかけた鈴を鳴らして、いつも自分の所在をアピールしていた友達がいた。その鈴の音を聞くたびに、私の心は煽り風を受けたように軽くなる。 ねずみの寿命はどのくらいなのかと考えるようになったのはいつからだろうか。ねずみの平均寿命は3年くらい。 哺乳類は小型であるほど心拍数がはやいため短命である。かくゆう私の友達も体長は40センチと小型であり、通常のねずみの4,5倍程度の大きさしかない。 単純計算で言えば12~15年は生きられる計算だ。 それを知ったのが17歳の春。 友達はすでに16歳に届いていた。 寿命だったのだ。 「次はカブと大根ね。って根菜かぁ……あたしベジタブルはどうも苦手ね。ママさんなに作るつもりなんだろう……。」 母から渡された買い物メモを凝視する少女を横目で見守る。 私より少なくとも5つか6つは年下だ。 ピュルテは友達の死と同時に現れた。最近報道でよく耳にする「擬人化」というヤツなのだそうだ。 にわかには信じられないが、行方不明になっていたポケモンが人の姿となって飼い主の下に戻ってくるというとんでもな事象が稀にあると耳にした。 ピュルテも似たような境遇であるのは言うまでも無い。 鶴の恩返しじゃあるまいし。 とにもかくにも彼女の存在は私にとって困惑だった。 飼い主でもないのに私の家へと押しかけてきた黄色い耳を持つ少女。 友達の死を思い出して悲を打ち出そうとすると、彼女の奇声が飛んでくる。陰鬱な気分に陥り哀に落ち込もうとすると、彼女の容赦ないすてみタックルが飛んでくる。 彼女のお陰か、哀切に打ちひしがれるはずのあの日から、私は少しの涙も流していない。 そんな不思議な生活が始まって、今日でちょうど一年目になる。 一年目……か。 周囲を見渡すと近所の神社が見える。数百段ある石階段の隣には木々の生い茂った林道が見える。まだソメイヨシノの咲かない寂しい小道だった。 私は不意に記憶をくすぐる何かを感じた。あの先には自分の大切なものがあるとわかる。歩は自然とその林道の奥に向かっていく。 「ふぁっ!? こらぁ、どこ行ってんだ!」 突然進路を変えた私に背後から喚き声が聞こえた。「先に行け、後で追いつく」と簡潔に答えるが、そんな愛想の無い返事がおきに召さなかったようだ。 彼女は威圧的な気配を発しながら私の後についてきた。 「なんなのよ突然」 「今日で一周忌だ。忘れるところだった」 「だれの?」 「さあ、ね」 言葉を濁してピュルテとの会話を打ち切る。 林道を抜けると春の香りが充満する開けた空間にでた。 漣の音が聞こえる。かすかな塩の香りがする。 地上には芝生が丘の輪郭を沿うようにびっしりと生えている。それぞれの芝生は大気にゆれ、動物の毛並みのように優雅な波の流れを再現している。 斜光地形をした丘にはたくさんの光が集まる。風が吹きこむそこはかつての友達との思い出の場所だった。 友達は思い出と共にここに眠る。 丘の切れ目は海岸線の眺め。そこには絶景とはいえないけれど、途方も無い青く澄み渡る海がある。 埃を被った小さな墓標がそこにはあった。遺品である鈴も墓標の中央にかかっている。風に飛ばされないように墓石についたそれは、遠い記憶の彼女の首にかかっているそれをにわかに連想させる。 「なにこれ?」 ピュルテがしゃがんで墓標を見ている。 「友達の」 「この鈴は?」 「プレゼント」 「さっきから温度の無い口調ね……。バカにしてんの?」 ピュルテは言いながら、墓標の文字を見てなにかに気がついた。 「”思い出と共にここに眠る”……これだけ? これ、だれの名前もないじゃない」 「ああそれね、元々名前なんてつけてなかったんだよ」 友達は愛称などないまま、一匹の電気ねずみのまま死んでしまった。十数年間をそれで満足していたのに、いざ居なくなってみると名前くらい付けて置けばよかったと思う。 記憶に眠る彼女の呼び名はいつも”友達”であるからして、なんか思い出がチープに感じる。 「なんでポケモンって、人みたいに感情豊かなくせに、人より短命なんだろうな……」 いつの間にか、ふとした疑問を口にしていた。”友達”が死んだとき、ペットが死んだようには思えなかった。血を分けた兄弟が死んでしまったようだった。 自分の半身を失って、体内の重要な器官が異常をきたしたかのように血の流れが停滞する、そんな感じ。 ピュルテは急に立ち上がって、私をまっすぐ見つめた。 「ずいぶん寂しそうね」 「そりゃ……まあな」 心の穴は一年たった今でも小さくなっていないことを実感していたところだ。 そんな悲鳴は口にはしないが。 「私はゲットしないの? 今なら飼い主募集中」 「えぇ……?」 「なんなら日雇いでもオッケーよ」 気の無い私の反応にもウィンクで答えてくる。 たちの悪いジョークだ。というか普段の彼女を知っているとどこか気味が悪い。 「もうポケモンはこりごりだ。だいたい、おまえのどこがポケモンなんだよ……」 いつもの軽く聞き流す冗談。 ピュルテをポケモンとして持ち歩く自分を思い浮かべてみる。 『ピュルテ!10万ボルトだ!』ズビビビビ!『gyAAAA!!』あらゆる敵を問答無用で消し炭にし、駆逐していく我らがエースストライカー! 似合っている? のか? 「まったく想像できない……」 世界中のトレーナーが自分のポケモンを駆使して競合していくなか、自分だけはこんな少女を「いけ!ピカチュウ!」風に繰り出すのだ。 とても目立つ。ボールから飛び出した少女に相手は目玉をむき出しにするだろう。その隙に相手ポケモンを攻撃するという戦法も取れそうだ。 それを差し引いても、マジョリティどもに変態扱いされること必死だ。 つまりありえない。私が彼女を携帯することはありえないのだ。 だというのに今日のピュルテは嫌に真面目な顔をして、 「いいじゃない。あたしはこの子みたいに短命じゃないわよ」 墓標に視線を落としてピュルテが言う。意外な言葉だった。 そうだ、いつもなら「ジムバッチが何個もあったって、あんたの言うことは聞かないかもしれないけどね!」とむっつりとした反感を見せて、その後は蟲も近づけさせないほど機嫌が悪くなるのが常日頃の彼女なのだ。 「知ってる? ポケモンが人に変わる条件」 「んだよ……突然」 「ポケモンと人との関係じゃ満足できなくて、人として一緒に傍にいたいと思ったとき、ポケモンは人になるの」 なんなのだろう。 彼女は突然なにを言っているのだろう? 「好きだから、人として愛して欲しいから」 アクセのようなピュルテの黄色い耳がピクピク震える。それは彼女が感情的になっている証拠だ。 こんな場所で愛の告白? 「まああたしの場合は、あなたが泣いてたからだけど」 地べたを蹴っ飛ばすピュルテを見ながら思わず「……え?」とマヌケっぽく聞き返していた。 「悲しそうに、ポケモンの死を泣いていたから」 泣いていた――一年前のあの日、小さな亡骸を前にして嗚咽を漏らしていた自分を、ピュルテは見ていたというのだろうか? 友達をなくして悲しみにくれる自分を。 「私ならあなたより先に――死なないかもしれない」 彼女はニヤリと、挑発的な笑みを見せた。 「かもってなんだよ」 「絶対なんて自信はないもの。事故で死んじゃうかもしれないし」 でも、と繋げて「私ならもっと長い時間を一緒に過ごせる」と言った。 チリンと吹きずさむ風が墓石の鈴を鳴らす。 斜光の丘は光のあつまる場所。海岸線がオレンジ色に染まる頃、ひときわ彼女の背中が眩しかった。 「……さっさと買い物済ませて帰るか、腹が減った」 私は踵を返して来た道に戻る。 「まあ先に死んだりしたら。あたしが殺してやるけどね」 背後からの矛盾した返答に口元が緩む。 少しばかり心が病んだ私。 けれど彼女は、病的なまでに私のことを想っているのかもしれない。 絶対なんて自信は無い。けれど擬人化とはそういうものだ。ポケモンの想いの結晶。ポケモンの願いの最終地点なのだと思う。 「誕生日の記念にさ、あたしにもピュルテ《空白》じゃなくて、ちゃんとした名前をつけてよ」 唐突なピュルテの提案に笑いが込みあげてくる。 「いいじゃないかピュルテ。いい名前だぞ? お前には不釣合いだけどな」 「その言い方は喧嘩売ってるのよねぇっ?」 ピュルテ、フランス語で”純朴”という意味――。 それは偶然かな?と、ここにはいない純朴な彼女に聞いてみる。 ――Fin―― 飼っていたハムスターが死んでしまったときに思いついた(´・ω・`) ジャンハムのうずらちゃん、どうか安らかに……。

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