5スレ>>276

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 結成する、だったか。立ち上げる、だったか。  唐突に沸いた疑問を電話の相手に訊いてみたが、新米に分かる由もない。  冷や汗をかいてる姿が目に浮かぶぐらいどもっている部下をなだめて、仕事を確認させてから電源を切った。  仕事と云っても、ガラガラの屍をどう処理するかについてだ。  既に根回しはしてあるのだから後は萌えもんタワーに埋葬するだけなのに。肝の小さい男だと彼は嘆息する。   腰のボールを二個取って同じ質問を投げてみた。  リアクションがないのを奇妙に感じたが、ボールの中にいる萌えもんに音は通じない事実を同時に思い出す。  それにこのガルーラもイワークも新参だ。さっきの新米と同じ、困った態度をとるだけだろう。 「お前なら知ってるか」  顔は正面に固定したまま真横へ話しかける。  シルバーの輝きを持つ灰色の甲冑はしかし、暗く沈んだ瞳が纏っていてはその魅力も半減だ。  魅力を半減させている張本人は返答も待たずにソファから立ち上がった。  何日も人工の光しか浴びないと毒素のような物が胸を蹂躙するらしい。  例の現場は誰にも見られていないから、顔を見られてもすぐに通報はされないだろう。  味方である、今話しかけた少女以外には。 「マスター」  ジャケットを羽織ってサングラスに手を伸ばしたあたりで、少女は声を出した。  甲冑の擦れる音がやけに響くのは地の底だからだろうか。  彼は聞こえない振りをしてサングラスをかける。唯一の出入り口である扉に足を運ぶ。  その急ぎ足を引き止めるように、少女は先の質問に答えてないのに問いかけた。 「もう戻れないんですか?」 「もちろんだ」  失望の声も憤怒の叫びもなかった。  少女、サイホーンはとうに諦めていた質問をしたのだから。  彼、サカキは当たり前の返答をしたのだから。 「そんな目で見ないでほしいですねミスター。  怖い顔をしていると、今みたいにお友達が逃げてしまいますよ」  逃げてしまったよりは追い払ったが正しい。  サカキがミスターと呼んだ男、シルフカンパニー社長は一層深いシワを眉間に作った。  命を手中にされているとは思えない気迫に、サカキは感心にも似た愉快を覚える。  自分が指示すれば、その首に触れた凶器が10センチ進むと言うのに。 「何を言うか人でなしがっ。  わしのラプラスを痛めつけたのは貴様だろうが」 「私はただ、人間の話し合いに横槍を入れる凶暴な萌えもんを排除しただけです。  しかし水と氷を操れるラプラスがサイホーンにも勝てないとは……いや失礼」  分かっていて見当違いな台詞を吐く。愛玩用に育てられた萌えもんが百戦錬磨にどう対抗する。  戦いにおいて相性は大事だが、その優位を活かせる知恵と経験のない者に勝利は訪れない。  机のパソコンで連絡をとろうとしている秘書をペルシアンに牽制させつつ、サカキは続ける。 「貴方も見たでしょう。サイホーンのつのドリルがラプラスの軟い肌を貫いたその瞬間を。  萌えもんでああなのだから、人間はどうなってしまうのでしょうね。なあどう思う、サイホーン」  意見なぞ求めていない。口を動かしているその隙に何かされない保証もない。  そこを分かっているサイホーンは無言のまま、紅に塗れた灰色の凶器を突きつける。 「お、脅しのつもりか若造が!」 「脅し? いえいえ、ただの好奇心から来た質問ですよ。  もっともこのまま商談を拒否し続けているとそこのサイホーンもくたびれて、おっといけないいけない」  腹芸に長けても命のやり取りの経験はない老人は、それで言葉を失った。  もう二手三手押してやれば決まりだ。腹芸でも問題はないだろうが、やはりこちらが断然早い。  次の文句を考えていると、ちょっとした異変に気づいた。  サイホーンだ。少女は確かに無言だが、ただ無言なだけで、意思はありありと伝わってくる。  それぐらい表情が険しい。特に唇は強く噛み締められていて、あれでは何も喋れないと思うぐらいだ。  つい声をかけそうになったが、そんな余計な行為は、サイレンの如き警報がかき消した。  サイホーン以外の誰もがその音に意識を引きずられた直後、いの一番に占拠した放送が流れる。 「ボ、ボス! ガキが! アジトを潰したガキがまた邪魔」  豪快に前振りした割に、内容はそれだけだった。  力尽きたのか、途中でそのガキとやらに打ち倒されたか。  おそらくは前者だろうとサカキは思う。そいつは自分みたいに人間を直接狙う悪党ではない。  サイホーン、とかけようと思っていたものとは違う台詞を言った。 「ボールに戻れ。休んで賊を討つぞ」  指示を送れば頷くのが彼のサイホーンだ。  険しかった顔も無表情へと弛み、何もなかったみたいにボールに収まった。  老人が腰を抜かしているのを秘書が介抱しているが、サカキの視界には入らない。  数時間後、彼に久しく忘れさせていた敗走を思い出させる一介のトレーナー。  その男の顔と血が滲んですらいたサイホーンの白い唇が、ぐるぐると彼の頭を迂回していた。  室内に吹き荒れる砂嵐はサカキの現状を表しているといっていい。  事が起きるまでは秩序に沿って構築されていた粒が突如の嵐に蹂躙され取り込まれる。  一秒前は繋がっていた粒同士が離れ離れとなり過去は失せ、気づけば目も開けられぬ災害になっている。  皮肉なのは、サカキがこのフィールドで戦えば誰にも負けない地面を司るジムリーダーである事。  そして、組織の長からそんなトレーナーに戻った理由が、突如の嵐のようなイレギュラーのせいだという事だ。  組織、ロケット団はさながらそんな砂嵐に生き埋めにされた状態である。  シルフカンパニーの失敗で団員の七割は逮捕され、カントーの幹部は全員取り押さえられた。  タマムシのアジトを失ったせいでサファリパークを主とした密売ルートは尽く消滅。  唯一の希望はナナシマに送った幹部連中の成果だが、この警戒下で易々と帰ってこれるとは思えない。  詰んでいる。もう一手進められたらそれで瓦解する。  それはトランプで積み上げた塔のように、人の感慨を乗せる間もなく崩れ落ちるのだ。  否、喩えるまでもなくそういう、トランプみたいな脆いモノで組み上げた道だった。  ただ一つ違うのは、今回みたいに一気に崩れるか、一枚だけ剥がれるに留まるか。  歯噛みする。今回も一枚だけならまた組み直せるのだが。 「マスター」  顔を上げるとサイホーンがいた。  トレーナーになって、ジムリーダーの任について、悪を請け負って、全てを失おうとしている。  彼の全てを見続けてきたのは、唯一少女だけだ。  引切り無しにメンバーを変えている自分の萌えもんなのに、ずっと残っているのは運命かもしれない。  ガルーラはシオンでガラガラを殺したことを知って激怒した。この人殺しとなじられた。  イワークはその非力に捨ててやった。今頃スロットで売れ残っているに違いない。  ペルシアンはどこで生きているかも分からない。猫みたいな奴だったから、今頃自分なんて忘れているだろう。  奴との戦いの為に用意した萌えもんも、サカキの悪行を知ったらまた離れるのは自明の理だ。  なのに、少女はまだ自分の傍にいる。  それが気になって、でも訊くのも億劫だったから、一方的に語りかける。  あの日もあの日もあの日も。  言いそびれていた、不器用に過ぎる彼なりの優しさ。 「俺のやり方が気にいらないなら今すぐ出て行け。  奴を倒そうが倒すまいが俺はもうすぐ逮捕されるだろうから、追手は心配しなくていい。  お前とてこんな極悪人と心中したいとは思わないだろ」  少女は俯いて、思いつめたように黙り込んだ。  これで何回目だ。自分はどれだけこの純粋な少女を苛めれば気が済む。  後悔は無い。順風満帆に進んでいれば疑いもしなかった道だ。結果が違うから悔いるのは間違っている。  ただ、この少女には笑顔が似合うと思う、あまりにも身勝手な嗜好が、心に針を刺してくる。  その笑顔を奪い取ったのは紛れも無く自分で、それを残念だと感じているのも自分だ。  ならばこれは天罰か、とサカキは納得する。  それは数多い他人の笑顔を私益に還元した彼には分かり易い、とても単純な答えである。  だとしたら随分的外れな天罰だ。  もう彼は、それぐらいの罰では少しも揺るがないのに。  少女は動かない。こう言って去らなかった萌えもんを知らないサカキには、腑に落ちない行動だ。 「どうした? 真面目なお前だ、俺みたいな奴はもううんざりだろう。  振り返らずに、そこの扉から出ればいい。それでこの主従関係は終わりだ」 「なんで」 「ん?」  ぼそりとした、誰に言い聞かせる為ではないだろう呟き。  だが、それは自分に向けられたらしい。 「今更過ぎますよ。ここまでやっておいて、戻れないって言っておいて。  最後には私まで裏切るんですか。なんでそんなにひどいんですか貴方は!」  声は一句毎に張り上げられて、終わりには叫びに変貌していた。  少女の叫びは止まらない。  あの日もあの日もあの日も。  カタチだけでも犠牲者を偲ぶ為に言うまいと誓った、禁断の想い。 「ひどすぎる、ひどすぎますよマスター。  私だって本当は逃げ出したかった。貴方が悪事に手を染める度にどうにかなりそうだった。  貴方がシオンでガラガラを殺した時なんて、貴方を殺して死んでしまおうとすら思った。  シルフカンパニーでラプラスを貫いた時、彼女があの老人を案ずる瞳に胸が張り裂けそうだった。  でも、貴方から離れるなんてそれこそどうして出来ますか。  貴方は私のマスターだ。共に戦い共に生き、曲がりなりにもここまで上り詰めた。  このジムを持った頃の仲間も組織を結成した時の同志も残っていない。私だけが貴方の全てを知っている。  マスターを止められなかった罪悪感で狂いそうになる一方で、その優越感が私を引き止めた。  もう二人は一心同体なんだって、地獄の底まで一緒にいるんだって、それだけを支えに、耐えていたのに…!」  告白は少女がかろうじて保っていた倫理の全てを吹き飛ばした。  それともとうに吹き飛んでいたのか。  その慟哭を聞いてなお眉一つ動かさないサカキの前に、少女は跪いた。  毅然としながらも、とんでもない悪夢に怯える子供のようだ、とサカキは率直に感じた。 「やり直しましょう。  あのトレーナーを、憎きリザードを今一度倒して、やり直しましょう。  組織を立て直すのもいい。またここで静かにジムを守っていくのもいい。  私は貴方だけに尽くします。意思も自分も、マスターに害をなす全てを打ち破る為だけに費やします」  病める時も健やかなる時も。  死が二人を別つまで。 「だから二度と、そのような言葉を仰らないで、ください」  勝てる。  サカキは本当にそう思った。  とうに錆びつかせた筈のトレーナーの直感が、このサイホーンで戦えば問題ないと語りかける。  ならば、と。サカキは逆に問いかけた。  俺の直感よ。その根拠はなんだ。  献身か。独占欲か。それとも開き直りか。  応えはいらん。ただ言い切ってくれただけでありがたい。  そう、例えばあの瞬間と同じだ。  今はもうきっかけすら思い出せないのに、目を閉じれば炙り絵みたいに浮かぶ風景。  ロケット団を立ち上げた決意。先代ジムリーダーへの最後の一手。トレーナーを志した夢想。  その全てに背中を押してくれたあの声なら。  イレギュラーが現れない限り、負ける要素は生まれない。  跪くサイホーンに返事を渡さないまま、サカキは朽ちた窓から空を覗く。 「来い。俺たちはここにいるぞ」  なあ、宿敵。  覗いた窓に、初めて見るような少女の笑顔を垣間見た気がした。

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