5スレ>>341

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ある晴れた日の昼下がり。テラスのチェアに寝転んで、俺は太陽を掴むように左手を伸ばした。 指に輝くそれに目をとめて、後ろにいた妻に声をかける。 「…なあ、シャワーズ」 「どうしました?」 「俺達、今年で結婚3年目で合ってるよな?」 「え、えぇ、合ってますけど…どうしたんですか?」 あれから―― 結構な月日が流れた。およそ3年。 俺とシャワーズはちょっとした苦労の末結婚した。…言うほどの事でもないので、細かい説明は省こう。 あの時のリーグ戦の結果などのおかげで、今では俺もトキワシティジムのジムリーダーなんかやってる。 仲間たちもみんなここにいる。とはいっても、ファイヤーはともしびやまだし、 バタフリーはまた旅に出ていった。今度は「そのうち帰ってきます」とは言ってたけどな…。 ライチュウとキュウコンもなんとか成長期を乗り越え、だいぶ体も安定してきている。 フーディンは全く変わった様子がない。フライゴンもこっちに完全になじんでいるが、ジョウト弁はそのままだ。 「マスター、このジムももうすぐ3年なんですね」 シャワーズもそんなに変わりがない。未だに俺の事を「マスター」と呼んでくるし。俺もバトルで戦わせてるから大きな事は言えないか。 フシギバナやプテラも、今は部屋の中で何やらやっているらしい。性格も外見も、そんなに変わってない。 喜ぶべきかどうかは考えないが、少なくとも俺達はあの冒険の日々からそう変わってはいない。 …けれど、変わったものは俺ではなく、その周りの環境と言うか―― 「義兄さん、お茶入りましたよー?いります?」 「あぁ、悪いな…というか、お前そのカッコは何だよ」 声に振り替えれば、そこには麦わら帽子に白いワンピースの美少女…に見える美少年が立っている。 こいつはミツキと言って、俺の義理の弟にあたる。 トキワジムリーダーに任命されるすぐ前の話だ。シロガネ山の調査に行ってた父さんが帰ってきて、 同時に一人の少年を連れてきた。調査の途中、シンオウ地方で拾ったらしい。(人を犬かネコみたいに言うのもどうかと思うけど) 記憶喪失で、道路の端にぽつんと立っていた所を父さんが見つけたとかなんとか。 父さんが拾ってから一年連れ回して、こっちに来たのが12歳。 父さんはジムリーダーになった俺にコイツを預けて、また旅立っていった。 …まぁ、まじめだし、見た目いいし、教えた事はすぐ覚えるうえトレーナーの才能も俺よりあるみたいだし… すごく優秀で優しくていい子なんだけど…見た目がどう見ても可愛い女の子だから、女装とか普通に似合うわけだ。 「…今度は誰だ?フーディンかフライゴン?」 「いえ、フシギバナに…」 「…後で俺から何とか言っておく。お前も嫌なら嫌って言えばいいんだよ」 「ボクは別に嫌じゃないんですけど…可愛いもの嫌いじゃないし」 (…本人がこれだからな) 女装癖というよりは、優しく寛容すぎるのだろう。…なんか悪い奴に付け込まれなければいいんだが… まぁ…トキワにいる限りは俺がどうにかできるんだけどな… テラスの机の上に置いた書類を見やる。…どうしたものか。 「ミツキ、後でちょっと相談したい事がある。お前の手持ちみんなと来てくれ」 「…?はい、分かりました」        ―― 一つの終わりは新しい始まり。    ―― 彼らの旅はまだまだ続く。         ―― それは、『復讐者』の物語の終焉。  ―― それは、『探究者』の物語の始まり。 「…クロ、クロバット!いないの?」 トキワジムの居住空間の廊下を歩きながら、パートナーを呼ぶ。 彼女はたいていこの時間、日の当たるところには進んで出たりしない。 おそらくはここにいるであろう。ボクの部屋の扉を開ける。 「クロバッ…うひゃぁぁっ!?」 部屋に踏み込んだとたんに飛び出してきた影に掴まれ、ベッドに投げ捨てられる。 影は仰向けに倒れたボクに飛びかかり、乱暴にワンピースを剥ぎとり始めた! 「ちょ、ちょっと、落ち着いてよ!」 「ダメ、もう駄目ぇ…ごめんなさいね、『みぃ』…私、もう我慢できないの…」 「わかったよ、分かったから!服破いちゃダメだってば!」 僕を押さえつけていた力の割には軽い影がボクから退いてから、ワンピースの片方の肩ひもをはずす。 …自分でも分かるくらいに白い肌が薄暗い闇にさらされるのを感じた。 「ほら、来ていいよ」 「ん…」 影はボクの腰に腕を回して抱擁し、晒した肩に顎を乗せる。 そのまま彼女は――僕の首の付け根に齧りついた。 「っ……」 「ん…ちゅ…」 体の内側から、自らが吸われていく感覚。大きな虚脱感と喪失感、そして小さな痛みと快感。 数秒間のはずなのにとても長く感じる時間が終わると、影はボクから離れた。 「…ごめんなさい」 ベッドに座り、うつむき加減になってこちらに謝罪を向けてくるボクのパートナー。 淡い紫色の長い髪が揺れているのが綺麗だな、なんて思うと、なんとなく愛しさがこみあげてきた。 「いいんだよ、気にしないで?最近あんまり飲ませてあげられなかったし…」 「…でも…」 「クロバットはあんまりそういう顔してるの、似合わないと思うな。  ほら…行こう?義兄さんがボク達に話があるんだって。ミカルゲとドンファンも呼びに行かなくちゃ」 「…そうね、行きましょう」 クロバットは、彼女がゴルバットの時にオツキミ山で出会った。義兄さんにトレーナーとしての訓練のために連れて行ってもらった先で、 ボクが初めてゲットした萌えもんだ。 なんというか、お嬢様みたいな性格で…上品な口調で喋っている。ボクとももう2年ほどの付き合い。 プライドが高くって、ちょっとキツイ所もあるけれど、反面女の子らしい面も時々見せてくれる。 バトルももっぱら彼女が主力を務めてくれている、ボクの頼れるパートナーだ。 「ドンファンはたぶん外だろうし…ミカルゲは?」 「みー」 「わっ、いたの?ごめんね、気づかなくて」 「うなうなー」 耳元から聞こえた、声とも音とも取れないモノ。ボクの肩の上にいた小さな人型の影――それがミカルゲだ。 僕らとは全く異なる言語を話している。ボクにはそれが分かるんだけど、何故分かるのかは知らない。 小柄だけど、細かいことに気が配れるいい子だと思う。 「ミカルゲも一緒に来て。ドンファンを迎えに行こう」 「ふなみー」 トキワジム裏の山の麓。ジムから徒歩2分の、さまざまな野外トレーニング施設を並べた場所。 整理運動を終えて、ドンファンはベンチに腰かけた。 トレーニング開始から2時間。今日のノルマは完全にこなした。だが、少々物足りない気もする。 どうせまだ昼すぎだし、もう少しトレーニングを…と思った矢先。背後から声をかけられた。 「お疲れ様、ドンファン」 「主…」 白いワンピース姿の美少女…に見える少年が、タオルを差し出していた。 あわてて立ち上がろうとするドンファンを止めて、タオルで汗を拭いてあげる。 「あ、主、何もそこまで…」 「いいからいいから」 「ふみにゃー、ふふぁー」 ミカルゲもタオルの端を取ってしきりにドンファンの頭をこすっている。クロバットは日が苦手なので、そばの木陰に。 彼女はトキワに迷い込んできて暴れている所を、ボクとクロバットで捕獲の上で説得してここに連れてきた。 それ以来ボクを「主」って呼んで慕ってくる。ドンファンは忠義に篤い昔の騎士みたいな性格してるんだよねぇ… ドンファンが僕からタオルを取って、自分で汗をぬぐった。 「そ、それで主。何か御用ですか?」 「うん、義兄さんがみんなを集めてきてほしいって。シャワー浴びてからでいいから、僕と一緒にきて」 「承知しました、すぐに戻ります」 言うが早いかドンファンはジムの方へ走っていった。多分大急ぎでシャワーを浴びて汗を流してくるのだろう。      * * * 十数分後。 「…早いな、ミツキ。クロバット、ミカルゲ、ドンファン…全員いるみたいだな」 一般の家よりもちょっと大きなリビングにおかれたテーブルの上にB4サイズの封筒を置く。 その向こうには、義弟とその手持ち萌えもんたち。クロバットは主人の隣に座り、ミカルゲは肩の上、ドンファンはその後ろに立っている。 「義兄さん、話って何ですか?」 「ああ、そうだな…お前まだそれ脱いでなかったのか。  …まぁいい。マサラのオーキド博士のところに俺がこの前行ったんだが、  その際にちょっと依頼をされてな。ジムの誰かに頼むか、もしくは俺が行く事になってる」 「えっと、それでどうしたんですか?」 「ミツキ、父さんがお前を見つけたのはシンオウ地方だったな。  お前、昔の自分の事って気になるか?」 「うん、それはまぁ…気にならないって事はないですけど」 一息置いて、俺は義弟に問いかけた。 「行きたいか?お前がいたシンオウ地方に」 「…?…はい、行けるなら…」 机の上に置かれた封筒をミツキに渡してやる。 「俺に頼まれた依頼の内容は、端的に言えばシンオウ地方への『お使い』だ。  まぁ…博士も俺なら断らないと踏んで来たんだろうな…昔からのつきあいだし。  その封筒の中に詳しい資料も入ってる」 「………」 難しい顔をしながら書類を眺めるミツキに苦笑を洩らしながらも、俺は説明を続けた。 「目的地はマサゴタウン、ナナカマド研究所だ。  旅費は支給分と、ついでに俺からも上乗せしておく。難しく考えずに、ついでに観光旅行でもして来るといい」 「…ありがとう、義兄さん」 「お兄様、ありがとうございます」 「気にすんな。俺も仕事が減って助かる。出発は明後日の朝だ、クチバの船着場まではフライゴンに送らせる。  …ちゃんと準備はしていけよ?」 「はい!」 と、俺は一つ大事なことを忘れていた。手元にあったモンスターボールを、ミツキに手渡す。 「ピンプクのボールだ。戦闘には向かないが、旅の助けにはなるだろうしな。  あいつもこっちに来てから一度も遠出なんてしてないし、せっかくだからお前から言って連れて行ってくれ」 「はい」       * * * 「…マスター、よかったのかい?」 「何がだ?」 「弟君の事だよ」 ミツキ達が出て行ったリビングに、フーディンが入ってきた。隣で話を聞いていたらしい。 …まぁ、あえて何も言わないけど。 「あいつももう15だし、保護者がいなくたって平気だろ」 「最近、ギンガ団とかいう連中がシンオウで暗躍してるらしいけど」 「…クロバット達がついてる。あいつらなら大丈夫だ」 「…それもそうかもね」 (…けど…何か悪い予感がするな…) 「マスター?どうかしたのかい?」 「…悪いなフーディン、みんなを集めてくれるか」      * * * 「…と言うわけで、義兄さんがピンプクも一緒に連れていくようにって…  一緒に来てくれる?」 「は、はい!未熟者ですが、よろしくお願いしますです!」 小さな体をまっすぐ伸ばして体制をとるピンプクに苦笑しながら、ボクは彼女の部屋を後にする。 ミカルゲはいつの間にかどこかへふらふらと飛んで行き、ドンファンはトレーニングに戻っていた。 廊下を歩くのは、ボクとクロバットだけ。 「初めてだね、僕らだけで旅行に行くのって」 (せっかくなら二人きりがよかったのに…) 「…?何か言った?」 「何でもありませんわ。それよりみぃ、早く準備を始めましょう。直前になってあわてるのはおろかものですわよ」 「うん、そうだね」 記憶を取り戻すことには、少し不安がある。ひょっとしたら、知らない方がいい記憶なのかもしれない。 …けど、まずはお使いを済ませて、観光を楽しもう。せっかくクロバットやミカルゲ、ドンファンと一緒なんだから。 義父さんが言っていた言葉を思い出す。 「過去に何があっても、今お前が生きてていいと思うのならそれでいいだろ。  お前の義兄だって、過去にトンでもない悪意を抱えて生きて来たんだ。それでもアイツは今幸せそうに生きてる。  …それで充分なんだよ」 過去は知りたい。けれど、それ以上に大事なものが今のボクにはあるんだ。      * * * 二日後、クチバ港。 「よっ…と。よっしゃ、着いたでみー坊。忘れもんないか?」 「うん、大丈夫。ありがとう、フライゴン」 「いやいや、お礼はいらんて。それと、マスターから餞別や」 と、フライゴンがボクに渡してくれたのは―― 「…?スプーン?」 「言うとくけどこれでカレーでも食うたらフーディンが怒るで?  『何があるか分からないから持って行け』やて」 「…うん、分かった。ありがとう!」 「それと、これも持っていき」 そう言って渡されたのは、ハイパーボール? 「ウチのや。マスターがもしもの時のためにウチについて行けって言うてな。  お邪魔かもしれんけど、よろしゅう頼むわ」 「ううん、そんな事ないよ。ね、クロバット?」 『ですわね。この際、人数は多い方が楽しいでしょうし』 「おおきに。ほな、そろそろ乗ろか」 「うん」 ボールにクロバット達がいるのを確認して、ボク達はシンオウ行きの船に乗り込んだ。 シンオウまで一日はかからないが、船で一晩過ごすことになる。 船が出発して、港が見えなくなるまで、ボクはずっとそれを見ていた。 …不安と期待が入り混じっている。ボクの旅が、ここから始まるんだ―――。   「……………」 「……………マスター?」 「いや、今回はここ特に何もないんだなーって思ってな」 「そんな、ないといけないものでも無いでしょうに…」 「それもそうか。しかし…腹減ってきたな…」 「あ、もうこんな時間ですね。晩御飯にしますね?」 「ああ、頼んだ。なんか手伝おうか?」 「大丈夫ですよ、ニュースでも見ててください」 「…ん?『シンオウに時空間のブレあり?』…まぁ…大丈夫だろうな」     
ある晴れた日の昼下がり。テラスのチェアに寝転んで、俺は太陽を掴むように左手を伸ばした。 指に輝くそれに目をとめて、後ろにいた妻に声をかける。 「…なあ、シャワーズ」 「どうしました?」 「俺達、今年で結婚3年目で合ってるよな?」 「え、えぇ、合ってますけど…どうしたんですか?」 あれから―― 結構な月日が流れた。およそ3年。 俺とシャワーズはちょっとした苦労の末結婚した。…言うほどの事でもないので、細かい説明は省こう。 あの時のリーグ戦の結果などのおかげで、今では俺もトキワシティジムのジムリーダーなんかやってる。 仲間たちもみんなここにいる。とはいっても、ファイヤーはともしびやまだし、 バタフリーはまた旅に出ていった。今度は「そのうち帰ってきます」とは言ってたけどな…。 ライチュウとキュウコンもなんとか成長期を乗り越え、だいぶ体も安定してきている。 フーディンは全く変わった様子がない。フライゴンもこっちに完全になじんでいるが、ジョウト弁はそのままだ。 「マスター、このジムももうすぐ3年なんですね」 シャワーズもそんなに変わりがない。未だに俺の事を「マスター」と呼んでくるし。俺もバトルで戦わせてるから大きな事は言えないか。 フシギバナやプテラも、今は部屋の中で何やらやっているらしい。性格も外見も、そんなに変わってない。 喜ぶべきかどうかは考えないが、少なくとも俺達はあの冒険の日々からそう変わってはいない。 …けれど、変わったものは俺ではなく、その周りの環境と言うか―― 「義兄さん、お茶入りましたよー?いります?」 「あぁ、悪いな…というか、お前そのカッコは何だよ」 声に振り替えれば、そこには麦わら帽子に白いワンピースの美少女…に見える美少年が立っている。 こいつはミツキと言って、俺の義理の弟にあたる。 トキワジムリーダーに任命されるすぐ前の話だ。シロガネ山の調査に行ってた父さんが帰ってきて、 同時に一人の少年を連れてきた。調査の途中、シンオウ地方で拾ったらしい。(人を犬かネコみたいに言うのもどうかと思うけど) 記憶喪失で、道路の端にぽつんと立っていた所を父さんが見つけたとかなんとか。 父さんが拾ってから一年連れ回して、こっちに来たのが12歳。 父さんはジムリーダーになった俺にコイツを預けて、また旅立っていった。 …まぁ、まじめだし、見た目いいし、教えた事はすぐ覚えるうえトレーナーの才能も俺よりあるみたいだし… すごく優秀で優しくていい子なんだけど…見た目がどう見ても可愛い女の子だから、女装とか普通に似合うわけだ。 「…今度は誰だ?フーディンかフライゴン?」 「いえ、フシギバナに…」 「…後で俺から何とか言っておく。お前も嫌なら嫌って言えばいいんだよ」 「ボクは別に嫌じゃないんですけど…可愛いもの嫌いじゃないし」 (…本人がこれだからな) 女装癖というよりは、優しく寛容すぎるのだろう。…なんか悪い奴に付け込まれなければいいんだが… まぁ…トキワにいる限りは俺がどうにかできるんだけどな… テラスの机の上に置いた書類を見やる。…どうしたものか。 「ミツキ、後でちょっと相談したい事がある。お前の手持ちみんなと来てくれ」 「…?はい、分かりました」        ―― 一つの終わりは新しい始まり。    ―― 彼らの旅はまだまだ続く。         ―― それは、『復讐者』の物語の終焉。  ―― それは、『探究者』の物語の始まり。 「…クロ、クロバット!いないの?」 トキワジムの居住空間の廊下を歩きながら、パートナーを呼ぶ。 彼女はたいていこの時間、日の当たるところには進んで出たりしない。 おそらくはここにいるであろう。ボクの部屋の扉を開ける。 「クロバッ…うひゃぁぁっ!?」 部屋に踏み込んだとたんに飛び出してきた影に掴まれ、ベッドに投げ捨てられる。 影は仰向けに倒れたボクに飛びかかり、乱暴にワンピースを剥ぎとり始めた! 「ちょ、ちょっと、落ち着いてよ!」 「ダメ、もう駄目ぇ…ごめんなさいね、『みぃ』…私、もう我慢できないの…」 「わかったよ、分かったから!服破いちゃダメだってば!」 僕を押さえつけていた力の割には軽い影がボクから退いてから、ワンピースの片方の肩ひもをはずす。 …自分でも分かるくらいに白い肌が薄暗い闇にさらされるのを感じた。 「ほら、来ていいよ」 「ん…」 影はボクの腰に腕を回して抱擁し、晒した肩に顎を乗せる。 そのまま彼女は――僕の首の付け根に齧りついた。 「っ……」 「ん…ちゅ…」 体の内側から、自らが吸われていく感覚。大きな虚脱感と喪失感、そして小さな痛みと快感。 数秒間のはずなのにとても長く感じる時間が終わると、影はボクから離れた。 「…ごめんなさい」 ベッドに座り、うつむき加減になってこちらに謝罪を向けてくるボクのパートナー。 淡い紫色の長い髪が揺れているのが綺麗だな、なんて思うと、なんとなく愛しさがこみあげてきた。 「いいんだよ、気にしないで?最近あんまり飲ませてあげられなかったし…」 「…でも…」 「クロバットはあんまりそういう顔してるの、似合わないと思うな。  ほら…行こう?義兄さんがボク達に話があるんだって。ミカルゲとドンファンも呼びに行かなくちゃ」 「…そうね、行きましょう」 クロバットは、彼女がゴルバットの時にオツキミ山で出会った。義兄さんにトレーナーとしての訓練のために連れて行ってもらった先で、 ボクが初めてゲットした萌えもんだ。 なんというか、お嬢様みたいな性格で…上品な口調で喋っている。ボクとももう2年ほどの付き合い。 プライドが高くって、ちょっとキツイ所もあるけれど、反面女の子らしい面も時々見せてくれる。 バトルももっぱら彼女が主力を務めてくれている、ボクの頼れるパートナーだ。 「ドンファンはたぶん外だろうし…ミカルゲは?」 「みー」 「わっ、いたの?ごめんね、気づかなくて」 「うなうなー」 耳元から聞こえた、声とも音とも取れないモノ。ボクの肩の上にいた小さな人型の影――それがミカルゲだ。 僕らとは全く異なる言語を話している。ボクにはそれが分かるんだけど、何故分かるのかは知らない。 小柄だけど、細かいことに気が配れるいい子だと思う。 「ミカルゲも一緒に来て。ドンファンを迎えに行こう」 「ふなみー」 トキワジム裏の山の麓。ジムから徒歩2分の、さまざまな野外トレーニング施設を並べた場所。 整理運動を終えて、ドンファンはベンチに腰かけた。 トレーニング開始から2時間。今日のノルマは完全にこなした。だが、少々物足りない気もする。 どうせまだ昼すぎだし、もう少しトレーニングを…と思った矢先。背後から声をかけられた。 「お疲れ様、ドンファン」 「主…」 白いワンピース姿の美少女…に見える少年が、タオルを差し出していた。 あわてて立ち上がろうとするドンファンを止めて、タオルで汗を拭いてあげる。 「あ、主、何もそこまで…」 「いいからいいから」 「ふみにゃー、ふふぁー」 ミカルゲもタオルの端を取ってしきりにドンファンの頭をこすっている。クロバットは日が苦手なので、そばの木陰に。 彼女はトキワに迷い込んできて暴れている所を、ボクとクロバットで捕獲の上で説得してここに連れてきた。 それ以来ボクを「主」って呼んで慕ってくる。ドンファンは忠義に篤い昔の騎士みたいな性格してるんだよねぇ… ドンファンが僕からタオルを取って、自分で汗をぬぐった。 「そ、それで主。何か御用ですか?」 「うん、義兄さんがみんなを集めてきてほしいって。シャワー浴びてからでいいから、僕と一緒にきて」 「承知しました、すぐに戻ります」 言うが早いかドンファンはジムの方へ走っていった。多分大急ぎでシャワーを浴びて汗を流してくるのだろう。      * * * 十数分後。 「…早いな、ミツキ。クロバット、ミカルゲ、ドンファン…全員いるみたいだな」 一般の家よりもちょっと大きなリビングにおかれたテーブルの上にB4サイズの封筒を置く。 その向こうには、義弟とその手持ち萌えもんたち。クロバットは主人の隣に座り、ミカルゲは肩の上、ドンファンはその後ろに立っている。 「義兄さん、話って何ですか?」 「ああ、そうだな…お前まだそれ脱いでなかったのか。  …まぁいい。マサラのオーキド博士のところに俺がこの前行ったんだが、  その際にちょっと依頼をされてな。ジムの誰かに頼むか、もしくは俺が行く事になってる」 「えっと、それでどうしたんですか?」 「ミツキ、父さんがお前を見つけたのはシンオウ地方だったな。  お前、昔の自分の事って気になるか?」 「うん、それはまぁ…気にならないって事はないですけど」 一息置いて、俺は義弟に問いかけた。 「行きたいか?お前がいたシンオウ地方に」 「…?…はい、行けるなら…」 机の上に置かれた封筒をミツキに渡してやる。 「俺に頼まれた依頼の内容は、端的に言えばシンオウ地方への『お使い』だ。  まぁ…博士も俺なら断らないと踏んで来たんだろうな…昔からのつきあいだし。  その封筒の中に詳しい資料も入ってる」 「………」 難しい顔をしながら書類を眺めるミツキに苦笑を洩らしながらも、俺は説明を続けた。 「目的地はマサゴタウン、ナナカマド研究所だ。  旅費は支給分と、ついでに俺からも上乗せしておく。難しく考えずに、ついでに観光旅行でもして来るといい」 「…ありがとう、義兄さん」 「お兄様、ありがとうございます」 「気にすんな。俺も仕事が減って助かる。出発は明後日の朝だ、クチバの船着場まではフライゴンに送らせる。  …ちゃんと準備はしていけよ?」 「はい!」      * * * 「…マスター、よかったのかい?」 「何がだ?」 「弟君の事だよ」 ミツキ達が出て行ったリビングに、フーディンが入ってきた。隣で話を聞いていたらしい。 …まぁ、あえて何も言わないけど。 「あいつももう15だし、保護者がいなくたって平気だろ」 「最近、ギンガ団とかいう連中がシンオウで暗躍してるらしいけど」 「…クロバット達がついてる。あいつらなら大丈夫だ」 「…それもそうかもね」 (…けど…何か悪い予感がするな…) 「マスター?どうかしたのかい?」 「…悪いなフーディン、みんなを集めてくれるか」      * * * ミカルゲはいつの間にかどこかへふらふらと飛んで行き、ドンファンはトレーニングに戻っていた。 廊下を歩くのは、ボクとクロバットだけ。 「初めてだね、僕らだけで旅行に行くのって」 (せっかくなら二人きりがよかったのに…) 「…?何か言った?」 「何でもありませんわ。それよりみぃ、早く準備を始めましょう。直前になってあわてるのはおろかものですわよ」 「うん、そうだね」 記憶を取り戻すことには、少し不安がある。ひょっとしたら、知らない方がいい記憶なのかもしれない。 …けど、まずはお使いを済ませて、観光を楽しもう。せっかくクロバットやミカルゲ、ドンファンと一緒なんだから。 義父さんが言っていた言葉を思い出す。 「過去に何があっても、今お前が生きてていいと思うのならそれでいいだろ。  お前の義兄だって、過去にトンでもない悪意を抱えて生きて来たんだ。それでもアイツは今幸せそうに生きてる。  …それで充分なんだよ」 過去は知りたい。けれど、それ以上に大事なものが今のボクにはあるんだ。      * * * 二日後、クチバ港。 「よっ…と。よっしゃ、着いたでみー坊。忘れもんないか?」 「うん、大丈夫。ありがとう、フライゴン」 「いやいや、お礼はいらんて。それと、マスターから餞別や」 と、フライゴンがボクに渡してくれたのは―― 「…?スプーン?」 「言うとくけどこれでカレーでも食うたらフーディンが怒るで?  『何があるか分からないから持って行け』やて」 「…うん、分かった。ありがとう!」 「それと、これも持っていき」 そう言って渡されたのは、ハイパーボール? 「ウチのや。マスターがもしもの時のためにウチについて行けって言うてな。  お邪魔かもしれんけど、よろしゅう頼むわ」 「ううん、そんな事ないよ。ね、クロバット?」 『ですわね。この際、人数は多い方が楽しいでしょうし』 「おおきに。ほな、そろそろ乗ろか」 「うん」 ボールにクロバット達がいるのを確認して、ボク達はシンオウ行きの船に乗り込んだ。 シンオウまで一日はかからないが、船で一晩過ごすことになる。 船が出発して、港が見えなくなるまで、ボクはずっとそれを見ていた。 …不安と期待が入り混じっている。ボクの旅が、ここから始まるんだ―――。   「……………」 「……………マスター?」 「いや、今回はここ特に何もないんだなーって思ってな」 「そんな、ないといけないものでも無いでしょうに…」 「それもそうか。しかし…腹減ってきたな…」 「あ、もうこんな時間ですね。晩御飯にしますね?」 「ああ、頼んだ。なんか手伝おうか?」 「大丈夫ですよ、ニュースでも見ててください」 「…ん?『シンオウに時空間のブレあり?』…まぁ…大丈夫だろうな」     

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