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~萌えっ娘もんすたぁ外伝 すごいよ! イーブイちゃん~




ある春の昼下がり、風そよぐのどかな平原でのことである。

少年萌えもんトレーナー、レッドは木陰に腰掛けて涼をとりながら、何事かに頭を悩ませていた。
彼の目下の土の上にはそれぞれ赤、青、黄色にきらめく三つの宝石が並べられている。
それらを交互に見比べ、ああでもない、こうでもないと思案をめぐらせている様子である。
考え込んだままの彼の周りで、彼の萌えもんたちはめいめい気ままに羽を伸ばしている。
レアコイルは三人寄り合っておしゃべりに夢中だし、ペルシアンは爪の手入れに余念がない。
サイホーンは一人、主人の近くに静かに立ち、周囲の危険に気を配っている様子だ。

不意にレッドの右腕の下から、小さな生き物がスポンと顔を出した。
栗色の毛並みにウサギのような長い耳の少女、イーブイである。
「レッドさん、何を悩んでるんですか」
上半身の重みをレッドの膝に預け、あどけない顔で見上げる。
レッドはその頭をそっと撫でてやり、彼女を胡坐をかいた足の上に招いた。
「君のことだよ、イーブイ」
イーブイは小首をかしげ、大きな黒い瞳で不思議そうに三色の宝石を見下ろした。
「君を何に進化させるか考えていたんだ。次の町に着く前には決めておきたいからね」
「ふうん」
レッドの話を理解したのかしていないのか、イーブイは身を乗り出して宝石に手を触れようと手を伸ばした。
しかしその小さな手が宝石に行き着く前に、レッドがその体を抱き上げ、宝石から引き離す。
「駄目駄目! 触ったら進化しちゃうからね。よく考えて決めてからだ」
そう諌められるとイーブイは頬を膨らませて不満顔になり、
「むう、つまんないー!」
と、手足をバタつかせた。
もう少しでレッドの腕から飛び出しそうになるイーブイをなんとか押さえつけ、元通り座らせる。
「ようし、わかった。じゃあイーブイも一緒に考えよう」
「うん」
そう言われてようやく落ち着いたイーブイを、また暴れないようにしっかりと抱きながら、
レッドはこの煌く三つの石について説明を始めた。
三つの石の正体は炎の石、水の石、雷の石であり、イーブイをそれぞれに対応したタイプの萌えもんに
進化させる力を持っている、ということを、幼いイーブイにもわかりやすいよう、苦心して噛み砕いて
説明する。
イーブイはその説明を熱心に頷きながら聞き、その素直な様子はレッドを安心させた。……が。
「それじゃあこの中で、イーブイはどのタイプに進化したい?」
「ひこう!」
しかし次の瞬間その安心が間違いであったことを思い知らされる。
「ひこうって……あの飛行タイプ?」
「絶対、ひこう! だってわたし空を飛ぶのが夢だったのです」
イーブイはまるで屈託のない、朝日を浴びる新雪の様な笑顔で空を見上げて言った。
「そらを飛んで、白い雲をとってくるのです。それで、雨が降った時にその
 とっといた雲を空に放して、雨雲を追い払うのです!!」
幼さゆえの純粋な思考がレッドの眉間のシワを解きほぐす。しかし、
どちらにせよ彼にはイーブイの望みを叶えてやる術はなかった。ため息を漏らさぬように胸にため、
レッドはイーブイの頭を撫でる。
「残念だけどイーブイ、飛行タイプになれる石はないんだよ」
「どうして?」
「どうしてって、そんなのは誰も見たことがないからさ」
「でも、どこかにあるかもしれないじゃないですか。つきの石だって、隕石が落ちてくるまでは無かったじゃないですか」
よくぞこういう都合の悪い知識だけは持っているものだとレッドは感心した。
「ひこうの石が見つかるまで、わたし、進化しないですから! もし今進化して、あとで飛行の石がみつかっても、
 もうその時は元に戻れないですもんね」
とうとうこんなことを言い出して、イーブイはレッドの腕をするりと抜け出した。
あまつさえ三つの石に足で砂を蹴りかけ、すばやく走って逃げる。
そしてレッドから十分に距離をとった木の陰に隠れ、顔だけ半分出してこちらの様子を伺った。
レッドは、イーブイを叱らなければならないと思った。
萌えもんトレーナーの基本原則として、自分のモンスターに舐められてはいけない。
たとえ日ごろは和やかに接していようとも、いざというときには上下関係をはっきりさせなければならないのだ。
しかし、それができなかった。
木の陰からおずおずと送られてくる、怯えたような視線が、レッドから怒鳴る気力を奪った。
まさに暴力的ともいえる愛らしさである。
レッドは己の不甲斐なさを呪った。萌えもんトレーナー失格だ。

「何故、叱らないのです」
その時、上空から落ち着きのある女性の声とともに、広くたくましい翼を供えた影が舞い降りた。オニドリルである。
彼女はレッドの萌えもんの中でも一番の古株であり、トレーナーの立場を理解する優秀な萌えもんだ。
「い、今叱ろうと思ってたさ」
「甘やかしてはいけません」
彼女の言葉は短く簡潔で、説得力に満ちていた。
レッドには返す言葉も無く、情けない声で彼女にすがるばかりだ。
「じゃあ、お前からなんとか言ってやってくれ……」
「はい」

オニドリルはゆっくりとした歩みでイーブイのもとへ歩み寄った。
イーブイは木の陰に隠れたまま動かなかった。逃げずに不安げな目でオニドリルを見上げている。
やがて、オニドリルの大きな影がイーブイの姿を飲みこんでしまうほどまで二人の距離は近づいた。
「イーブイ」
「は、はい」
声こそ震えているがイーブイは目をそらさない。
気に食わない態度だ、とオニドリルは思った。
「空が飛びたいといったな。それでは私が連れていってやろう」
「えっ! 本当ですか!」
イーブイはまず驚いたように目を丸くし、それから笑顔になった。
先ほどまでの怯えはすでに微塵も感じられない。
「背中に乗っていいですか! 雲まで飛んでくれますか!」
すっかり遊覧飛行気分になっているイーブイをオニドリルはきつく睨めおろした。
「いいや、ダメだ。背中に乗るのは『運んでやる時』だけだ。お前は運ばれるのではなくて、自分で飛べるようになりたいのだろう?」
「はい」
「だったら乗るのは背中ではなく胸だな。風圧も気圧変化も私と同じに感じるのだ。それができないようでは空など飛べるはずも
 ないからな。どうだ、その覚悟はあるか?」
「あります!」
 幼さゆえの無謀か、イーブイは一欠片の迷いも無く力いっぱい答える。
 それを聞いてオニドリルは少しだけ、意地悪く笑った。
「いい返事だ」

イーブイが自分の胸につかまったのを確認し、オニドリルは翼を広げる。小さな体を支えるものは彼女自身のか細い手足以外に何も無い。
オニドリルはぐっと深く身を屈め、次の瞬間全身をバネにして跳躍した。一蹴りで木々の頭の高さまで跳んだ。
「わあ!」
イーブイの叫び声がまだ自分の胸にあるのを確認し、彼女は羽ばたきはじめる。
大気を確かに掴む力強い翼によって、二人はあっという間に高い空へと舞い上がった。
「む、無茶するなよ……」
地上でつぶやくレッドの姿が見る間に小さくなり木々の陰へ消える。空気が重みのある壁になってイーブイの小さな体に襲い掛かる。
地面を離れて20秒後には、彼女らはもう雲に手が届きそうな高さにいた。気温が身を切るように冷たい。
イーブイはまだ両手両足でしっかりとオニドリルの胸にしがみついている。ここまでついて来るなんて、とオニドリルは感心した。
しかし、これで許したわけではない。彼女は幼い少女に追い討ちをかけようとする。
「イーブイ、下の景色が見えるか?」
「うーん」
イーブイはしがみついたまま首を回して地上をかえりみた。
すでに千里先まで見通せる高度である。地上のさまざまな起伏が平面に見え、山々の頂を見下ろすことができた。
地上の生物が間違っても到達できないこの場所では、今日まで暮らしてきた世界がまるで違う一枚の絵のように眼下に広がっており、
ここでは自分など草の枝にたかる小虫よりもちっぽけなものだと思い知らされる。
無論、もし落ちれば地表に到達する前に絶命する高さである。翼の無い動物がこの景色を見れば正常ではいられなくなることを、
オニドリルは知っていた。
「きゃああ!」
イーブイが耳が痛くなるような叫び声を上げる。
「すごい! すごいぞおお! やっほおおおーーーーい!」
が、その叫びはオニドリルが期待したようなものではなかった。
ここまで余裕で構えていたオニドリルもさすがにこの娘は勝手が違うということに気づく。
「オニドリルさん! すごい! 大好き! すごい!」
「馬鹿か、お前――」
「もっととんで! もっと! 雲に手が届きそうなの!」
オニドリルに口を開く隙を与えず、イーブイは彼女の胸で大はしゃぎする。
はしゃぎすぎて本当に手を放しそうになり、イーブイよりもオニドリルの方が慌てた。
「雲なんて、そんなもの凍った水蒸気の塊だ。掴めるはずが無い」
「うそ! 私自分で確かめるもん! オニドリルさん、飛んで!!」
懲りるどころかますます増長していく一方のイーブイに、さすがのオニドリルも苛立ちを隠せなくなってきた。
「お前が私に命令しようなど、百年早い」
言うが早いかオニドリルは翼をはためかせ、急激に速度を上げて飛ぶ。 
――こうなったら、本当に振り落としてやる!
もちろん、すぐに追いついて助けてやるつもりだ。だが一瞬空に放り出されるだけでも、この小さな生き物に現実を教えてやるには十分だろう。
二度と空を飛びたいなどと言い出さないように、うんと怖い目に遭わせてやろう。そうオニドリルは心に決めた。
「速い速い速い――ッ!」
自分の胸から聞こえる叫びを追い越そうとオニドリルは全力で羽ばたく。
しかしなんとそれでもイーブイはしがみついて来た。小さな手足に渾身の力をこめて、必死でオニドリルについてきたのである。
「おおお、はやいぞお! 『こうそくいどう』よりもまだ速い!」
こ、こいつ――!
根性がある。オニドリルはイーブイの底力を認めなければならなかった。
体は小さいが、自分たちの仲間に相応しいだけの地力をちゃんと持っている……!
しかしそれでも、オニドリルはまだ彼女を仲間として認めたくなかった。認めたくない理由があった。
「こうなったら……!」
オニドリルはそこで羽ばたくのを止めた。
速度を落としたわけではない。自分の体重を支えるための羽ばたきを含めて全ての動作を止めた。
当然、オニドリルの体はイーブイごとぐんぐん高度を下げ始める。
「どうしたの!? オニドリルさん!」
不安になったイーブイが呼びかけるが、オニドリルは答えない。
燃料切れのロケットのように、二人の体は大気の底へと錐揉み落下していった。
「オニドリルさん! 具合悪いの!? オニドリルさん!」
「新入りの癖に……」
その言葉は激しい風圧の為にイーブイの耳には届かなかったが、オニドリルは確かにつぶやいた。

「私だってあんなにマスターに甘えたことないのにッ!」

口にしてから、オニドリルは急激に我に返った。
そうだ。この小さな生き物の気圧変化に対する耐性は、私の比ではないのだ。
驚かすだけのつもりが、このままでは本当に殺してしまう!
オニドリルは慌てて体勢を立て直そうとしたが、慌てたゆえに上手くいかなかった。
いつの間にか地表がもう手の届きそうな所に来ている。昇ったときの半分にも満たない時間で降りてしまった計算だ。
危険すぎる。
なおも落下するオニドリルの胸の上で、イーブイが叫んだ。
「よし! こうなったら私が飛ぶ!」
「馬鹿やめ――」
次の瞬間、イーブイの手はオニドリルの胸から離れていた。
スロー再生するようにゆっくりと、小さな体がオニドリルの元から離れていく。
「飛べえええぇぇぇぇーーーっ!!」
イーブイは中空でむなしくもがき、必死で空気を掻いた。
もちろんそんな事で彼女の落下速度が落ちることはなく、その体はオニドリル以上の速度で地表に近づいていく。
もはや世界は一枚の絵ではない。立体的に差し迫る木々と土と岩である。
オニドリルは即座に体勢を立て直し、全速力でイーブイを追った。しかし彼女の研ぎ澄まされた感覚は、
すでに自分がイーブイに追いつく前に地表に達してしまうことを悟っていた。
しかし諦めることはできない。たとえ自分は地表に激突しても、あの小さな生き物を救わねばならない。
そうでなければ自分を信じイーブイの教育を任せたマスターになんと申し訳ができようか。
オニドリルは全く速度を落とすことなく真っ直ぐ大地に向かって飛んだ。イーブイは草一本無い岩場へと落ちていく。
駄目だ。このまま岩に突っ込んだとしても間に合わない。
救えない――。

「レアコイル! ロックオン!」
主人の掛け声とともに、特殊な電波で感覚をリンクさせた三人のコイルたちは、三人で六つの眼と増幅された磁場感覚によって、落ちていく小さな影の正確な位置を掴んだ。
「ハイパーボール、射出!」
続いて投げられた小さなボールは、コイル達の能力によって帯電し、磁場の反発力によって弾丸のような速度で打ち出される。
超高速のハイパーボールは、しかし狙いを一切違えることなく、正確にイーブイに命中した。
ぽん! と小さな破裂音と共に、イーブイの体は一瞬のうちに光の粒子に分解され、ボールの中に納まった。
「サイホーン! じわれだ!」
次の指令でサイホーンが気合一閃、両の拳で地面を強く叩く。叩かれた場所から一直線に亀裂が走り、硬い岩盤が真っ二つに割れた。
オニドリルはその裂け目に入ることにより、岩に激突せずに速度を落とすことができた。
勢いを殺しきれずに壁に強く打ち付けられながらも、オニドリルは自分とイーブイの命が救われたことを知った。

「ようし、よくやった!」
俊足によって自分をここの場所まで運んでくれたペルシアンの隣で、萌えもんトレーナー、レッドが立っていた。


回収されたハイパーボールの中から、イーブイは目を回してこそいるものの、無事な姿で現れた。
それを見てようやく一同の表情が緩む。
「あー、よかった」
「ドキドキしたよー」
と、レアコイルたちがくるくる円を描いてイーブイの上を飛んだ。
大団円ムードの萌えもんたちから一歩離れたところで、オニドリルは俯いて土の上に正座していた。
その目の前にはレッドが腕を組んで立っている。
「この馬鹿。無茶なことしやがって」
レッドは拳を振り上げ、思い切りオニドリルの頭をはたいた。人間より頑丈なオニドリルにとってその打撃は痛烈と言うほどではないはずであるが、
しかし彼女は恨めしそうにレッドを見上げた。
「……私のことは叱るくせに……」
その目にはうっすらと涙が溜まっている。
レッドは少しうろたえ気味に口をへの字に結び、それからオニドリルの頭に優しく手を置いた。
「お前だから叱るんだろ。頼りにしてるんだから」
するとオニドリルはとうとう、溜まっていた涙を目から溢れ出させてレッドに抱きついた。
「マスター、ごめんなさい!」
オニドリルの翼の力は人間のそれと比べてとてもとても強かったので、レッドは内臓を体内に押しとどめておける限界まで
締め付けられたが、
「今後は気をつけるんだぞ、いいな」
と泡を吹きそうになりながらも威厳だけは保った。

丁度その頃、イーブイも気絶から復活した。
レッドはオニドリルの涙の抱擁から命からがら逃れ、喜んでいる萌えもん達の間を縫ってイーブイの前に出た。
険しい目つきで見下ろすと、イーブイは少しも変わらぬつぶらな瞳で見つめ返してくる。
「レッドさん、なんでそんなに怖い顔ですか」
まるで状況がわかっていないと言いたそうに首をかしげるイーブイ。相変わらず愛らしかった。
しかしレッドはなんとか心を鬼にする。
「イーブイ、お前もわがままを言ってみんなを困らせて、悪い子だぞ」
「……」
「今度からは俺やオニドリルの言うことをよく聞いて、大人しくするんだ」
「……はあい」
叱られたことがわかったらしく、イーブイはしゅんとうなだれた。
その様子を見てレッドはどこかホッとしたが、その時背中の後ろの方から、涙交じりの声が聞こえてきた。
「ゲンコツは……?」
「……」
イーブイは反省しているようだ。かわいい。
オニドリルは泣いている。
「いいか、イーブイ。俺はお前の主人として、お前をきちんと育てるために叱るんだぞ」
イーブイは小さく頷いた。
「よし、じゃあ今回はこれで許してやる」
と言ってレッドは、グーにした手をこちんとイーブイの頭にぶつけた。
その途端、
「ぴええええええええええええええええええん!!!」
「あー! 泣かしたー!」
「マスターが泣かしたー!」
「なーかしたー、なーかしたー!」
レッドは大絶叫と萌えもんたちからの大ブーイングの渦に巻き込まれることになった。
「お、お前ら、何言ってんだ!」
「……泣かしたぁー」
「オニドリル! お前まで!」
レッドは泣き続けるイーブイを前に右を見たり左を見たりしたが、次第に笑い声はイーブイにまで伝染し、
いつしかレッドを除く全員が大笑いしていた。
レッドは笑い声の中心で一人、ムスッとした顔で腕を組むしかなかった。


イーブイを進化させるのは当分先にしよう。とレッドは密かに誓った。
なにせ今でさえ手に負えないのだから……。

                                                         終。
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