5スレ>>635-4


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 宿の一室。
 非常にゆったりとした時間の流れる部屋。
 先ほど姿を見せたかぼちゃのベトベターがそれを乱した唯一だった。
 窓からのぞく空は、夕日を赤を失い始め、夜に染まり始めていた。

「ますたー」
「なんだ……?」

 ちょこんと正座でテレビに目を向けていたズバットが、青年に話しかけた。

「お菓子、余ってしまいましたね」
「そうだな。少なめに見積もったつもりだったんだけどなぁ」
「何しろ一人しか来ませんでしたから」
「まぁ下手に多く買って処分に困ることは避けられたし、いいとするか」
「残りは三つですから、ボクとますたーで一個ずつ……残りはどうしましょう」
「……食べたければ食べてくれ」
「! そうです。今日はハロウィンです」
「そりゃ……そうだが?」
「ではますたー。トリックオアトリート」

 呪文ひとつで部屋の空気ががらりと変わる。
 魔法のように。
 のんびりと平和な空気は一変し、熱を持ち始めた。
 ズバットの赤い瞳が青年の目を捉えて放さない。
 対して青年。
 視線をずらさぬまま、口の端をあげて、楽しげに一言。

「あげない。悪戯できるものならしてみるといいよ」

 青年の言葉は、ズバットの性格を理解しているが故に出たもの。
 お世辞にも活発とは言えない、どちらかと言えば真逆な彼女。
 そんな彼女に悪戯をする度胸なんてないだろう。
 そう踏んでの発言だった。
 だが、
 ハロウィンの魔法は、
 空気だけでなくヒトにも効力を及ぼしていた。

「……」
「……」

 青年も感じる。
 自分の揺れる気持ち。
 確信だったはずの言葉が、少しずつ曖昧になっていく感覚。
 ズバットの場合は更に顕著だった。
 赤の瞳は怪しげな輝きを放ち始め、酔ったかのように顔が赤い。
 一歩、また一歩と、ズバットは青年に歩み寄る。

「ますたー……」
「……」

 気付けば青年の片手は、ズバットに握られていた。
 握られた手の先、指の先には、幾つかの絆創膏。吸血の痕だ。
 ズバットはその手をゆっくりと、青年に見せ付けるように持ち上げ、口元まで運び、
 しかし、口を開かずに、唇で優しく指に触れた。
 この行動は、青年の予測の最大を、ひとつだけオーバーしていた。

「……!?」

 ばっ、と大げさに体を仰け反らせ、驚きを表現する青年。
 唇を離した瞬間に目を回して、倒れ行くズバット。
 彼ら二人にとってそれは、大胆な、悪戯だった。





「灯り、綺麗ですね。マスター」
「綺麗……かなぁ……? 不気味な気が……」
「そこは嘘でも同意してくださいっ」

 宿を取り、ハロウィン受け入れの準備をしたはいいものの。
 子供が一向に現れないまま夕方になってしまったので、僕らは町へ出ることにした。

「本当によかったんでしょうか……」
「何度もいうけど! 僕はニーナに喜んで欲しくて外に出たんだから! そういうこと言わない!」
「ふふ……お互い様ですね」

 そうだね、と笑いながら頷いた。

「ご飯、どこにする?」
「確か気になっていたお店が……あ、いえ、もっと回ってから決めましょうか」
「ニーナがそうしたいなら」
「では、まずはお昼のうちにいけなかったあっちへ行ってみましょう」

 くい、と手を引っ張られる。
 ……随分と遠い場所にいっちゃったな。
 僕を引く彼女は手を伸ばせば届く位置。
 だけど、今手を伸ばしても、きっと届かない。

「……あれ? なんでしょう……あの人たちは」
「……?」

 ニーナの歩みが止まり、その先には二人の仮装した萌えもん。
 大きな布袋いっぱいに何かを詰めて、こちらへ走って向かってきていた。

「とりっくおあとりーと!」

 先頭を行く、萌えもんがそう声を張り上げながら、袋から包みを取り出して、周りを行く人々に手渡していく。

「はっぴー……はろうぃん……ねぇニーノ、やっぱり何か違うよ……」

 後からそれを追う萌えもんは首をかしげながら、それでも包みを配っていた。

「元生徒会長が言ってたんだ。これがホントのハロウィンだっ。ユンも自信持ってくばれっ」
「その元生徒会長さんが怪しいと思うんだけどなぁ……」

 嵐のような二人組は瞬く間に接近し、トリックオアトリート、ハッピーハロウィンを告げて、ニーナにだけ包みを渡し、去っていった。

「……結局、あれはなんなのでしょう?」
「さぁ……?」

 とにかく言えることは、

「生徒会長とやらに騙されてた悲しい二人組ってことは分かった」
「明日学校でネタにされるんですね……」
「たぶん写真とかも撮られてて、新聞にされて全校に配られるんだよきっと」
「ついでに近所からの苦情もあったりして先生にまで怒られて……」

 南無。

「ところで……」
「何でしょう、マスター」
「なんで僕だけ貰えなかったんだろう……」

 見たところ、周りは一人も漏れず包みを手にしている。
 ……ハブっ!?
 みずしらずの人たちにまで除け者にされるなんて……あんまりだ……。

「マスター」
「……なに?」
「今日は、何の日でしたっけ?」
「ハロウィンだよ! そのくらいわかるよ!」
「ですよね」

 ……。
 んー……こんなような会話……どこかでした覚えがある……。
 思い当たった。
 クリスマスの日だ。
 あの時は確か……。

「あ、これは……チョコレートでしょうか……」

 考えてるうちにニーナは包みを開けていた。
 二粒の小さなチョコレート。
 それだけしかはいっていなかっただけに、それが物凄くいいもののような気がしてくる。
 まさか自分がこの言葉を言うとは思わなかったけど……。

「トリックオアトリート」

 言うなりニーナはチョコレートを二粒とも口の中に放り込んだ。
 ……。

「あれ……? 一粒ずつにしてくれるものだと思ってたんだけど……」

 疑問の視線はニーナのニコニコとした笑顔に弾かれる。
 おいしい、と微笑む姿を見て、追求する気はゼロまで落ちた。
 だが、その諦めを契機に、笑顔は不満へと一変する。

「……」
「……」

 山の天気みたいだ。
 個人的には山の天気のほうが対処はラクかな、って思ってる。
 ぼんやりしていると、ニーナは眉尻を下げて、不満をいっそう強く顔に表し、両手の人差し指をもじもじとお腹の前で合わせ始めた。
 ……?
 お手上げだ。

「えと……どうしたの……?」

 さすがに思い当たるとは言え、トイレ? とは聞けない。
 僕だって少しくらいは成長したさ。
 だが、僕の成長は、彼女の気持ちに対応できるほど大きくはなかった。
 なぜなら……。

「……悪戯、してくれないんですか?」

 そうやってニーナが答えを言ったというのに、その内容を理解するのに、三日も要してしまったからだった。
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