「…ん」
目を覚ますと、突きぬけんばかりの青空が視界いっぱいに拡がっていた。
…どうやら横になっているらしい。
「よっ、こいしょ」
うめきながら体を起こす。
70を超えるとさすがに体も軋…まない。
「…え?」
上半身を腹筋で引き起こす。五年くらい前からできなくなってきていたことだが、全く問題なし。
ついでに身体を見ると…妙に懐かしいカッコしてんな俺、年甲斐もなく。
(…いや、違う)
よく見れば、年と比例して増えていた手の皺が全くない。
顔や体も触れてみるが、筋肉の量や肌の張りが明らかにおかしい。
「…年甲斐もないのはむしろ俺の中身ってか」
頭も妙にすっきりしている…どうやら俺は、昔ジムリーダーを始めたころの姿らしい。
…姿も、肉体も、頭も。
しかしこの頭の中身の記憶は、俺の七十数年間の年月をきっちりと記憶している。
「…どういうことだ?」
* * *
…俺の旅が終わったのは、もう50年は前の話だ。
ミュウツーを倒し、一応は自分の復讐にもケリをつけ、ジムリーダーとしての地位につき、
旅が終わってからも、それまで以上にいろいろなことをやってきた。
バカなこともいっぱいやった。
死にそうになった事も一度や二度ではなかった。
苦しい事、悲しい事もたくさんあった。
とんでもない事ばかりあった気がする。
思えば生きていたのが奇跡なくらいに。
だけど、それは悪くなかった。
…何より、あいつらと過ごす時間は楽しかった。
数人を除いて、もういない仲間たち。萌えもんの寿命は千差万別だが…
俺の仲間達のほとんどは、その過酷すぎる戦いゆえに俺より早く逝ってしまった。
…誰一人、そのことを後悔も、原因である俺を責めることもせずに。
そして、俺も静かに山の中で孫や孤児達を育てながら生き延び、やがてそいつらに看取られて…
あるいは、それ以外の死に方で、皆の後を追う。…それでいいと心から思う。
…なのに。
「花畑とはふざけてるな、畜生」
一瞬、本気でお迎えが来たかと思ったが、それにしては何かおかしい。
というか椅子に座ったまま往生とかどこの漫画だよ?
俺の周囲は、見渡す限り花畑だった。
様々な花が咲き乱れる、穏やかな空間。
「…こんな状況でなければ最高なんだがな…」
ぽつん、と。広い花畑の中央に立っている俺。
どうしたものかなぁ、などと考えていると。
「マスター!」
…背後から声がした。忘れようのない、懐かしい声。
振り返ると、そこにはやっぱり…あいつがいた。
水色の髪に、海のような蒼い瞳。
今の俺の横にいた時の――
「…シャワーズ」
「はい!」
ぱたぱた、と花を散らさないようにゆっくりと走ってくる。
「お前、どうしてここに…というか、何で俺もお前も若い頃の…」
「そんなの決まってますよ」
とても久しぶりなシャワーズの笑顔に、俺は心臓が高鳴るのを抑えられなかった。
「ここが夢だからです♪」
「…は?」
「ここは現実ではなく、マスターの夢なんですよ。…あなたの望む世界なんです」
「…なるほど」
俺は頷く。…そういう事か。
「ついでに、もう一つ聞いていいか?」
「なんでしょう?」
この仮説が正しければ…俺がなぜ夢を見ているのかが分かるかもしれない…!
息を吸い込み、俺は問いかける。
「…なぜお前はシャワーズに化けた?」
「え?」
「馬鹿にしてもらっちゃ困るな。こちとらあいつが寿命迎えるまで一緒にいたんだ、見破れないわけないだろう」
「………………ふふ」
にやり、と。本物ならあり得ないような顔で、シャワーズの贋者は嗤って見せた。
「さすが、伝説を残したトレーナー。私の変身があっという間に見破られるなんて」
「…誰だお前は。俺をどうするつもりだ?」
「それは貴方が知っているんじゃないかしら?
老人をわざわざ夢の中に連れ込んだりするくらいの価値があるもの…」
「…なるほどな」
…俺の持ってるアレを狙いに来たか…どこから情報が漏れたのやら。隠してないけど。
「だが…そう簡単に教えると思うか?」
「あなたが教えてくれれば…私もいろいろと対価を用意するわ。
たとえば、永遠に覚めない最高の夢、とか」
「却下だ。どこまで行っても夢じゃつまらん」
「そう。…じゃあ、この姿のまま貴方を痛めつけて、吐かせちゃいましょうか。
便利ね、このカッコ。ずいぶん戦い慣れしてる」
…こいつはシャワーズじゃない。分かっていても、若干気が乗らない。
そもそも生身で萌えもんと渡りあうのは相当辛いんだよな…シャワーズみたいな特殊型だと特に。
フライゴンやライチュウみたいな殴ったり蹴ったりとかならまだやれるんだが。
「…一つ聞きたい」
「何かしら?」
「ここは本当に俺の夢の中なのか?」
「そうよ。私の…ダークライの力であなたをここに閉じ込めて…ちょっと他の要素も混ぜ込んでるわ。
そっちは別の仲間の能力だけど」
「なるほど」
「…質問は終わり?…じゃあ…殺さない程度に痛い思いしてもらおうかしら」
「…なめんなよ」
先ほどから腰に感じている感触。おぼろげではあったが、先ほどの会話でその感触は確信に変わった。
かちり、という小さな音とともにそれは手に収まる。しっかりと利き手で握って、突き出すように構えた。
「!?」
「ひとつ世の中の法則というやつを教えてやろう。
偽物とばれた偽物はな、必ず本物に叩き潰されるっていうジンクスがあんだよ」
ここが夢だというのなら、俺が望む世界だというのなら――
「その姿をとったこと、後で後悔するんだな」
――その中に、お前がいないなんて事は絶対にありえない!
「出て来い、シャワーズ!」
「…えーと、マスター」
「何だ?」
「あれは誰でしょう?どこかでみた覚えがあるんですけど」
「鏡があればすぐにわかると思うんだが…今持ってなくてな」
うん、夢の中でも変わってないなこいつ。相変わらず可愛いわ。
「…つまり、あれは私の偽物ですか?」
「そういうことだ。…悪いが他のボールがなかったんだ、おまえに頼るしかない」
「それは全然いいんですけど…自分と戦うなんて初めてですから」
「そこは俺に任せろ。ずっとお前のトレーナーやってたんだ、それくらいはどうにかする。
…行くぞ、シャワーズ!」
「はい!」
そう。俺達が一緒なら敵なんてない、なんだってできる。
あのころも、今も。ずっとそう思っていたし、事実なんだってできた。
だから、きっと今も、このふざけた夢の中でも―――
「とにかく、水タイプの技じゃ牽制にしかならん。作戦は二つ。
近距離戦とフェイクだ、やるぞ!」
「はいっ!」
――俺達は、絶対に負けない。
「あーあ、そんな反則技予想外だわ。…でも、ちょっとだけ遊んであげる」
偽物のシャワーズ――ダークライというらしい――は、よく見ると影のような黒いオーラをまとっている。
対比しなければ分からないものだったが、逆にいえば今ははっきりとわかるということだ。
「じゃあ…小手調べと行こうかしら」
ダークライ・シャワーズの体から放たれたのは…冷凍ビームか!
即座にシャワーズが水の壁を展開する。凍りついた壁を足場に跳躍し、シャワーズが空中へと飛翔する。
「シャワーズ、なみのり!」
「了解!」
一瞬で放たれた大波がダークライへと襲いかかるが、相手は動かない。
…やはり、シャワーズの特性もコピーしているということか。
水タイプの技は、シャワーズの特性である貯水で無効化される。
相手もシャワーズをコピーしているなら通用しないのは百も承知だが、それならそれで使いようがある!
「…水タイプの技が私に効かない…ってことぐらい、あなたなら知ってると思ったんだけど?」
「知ってる上でそれを使いこなすのが、一流のトレーナーって奴なんだよ!
やれ、シャワーズ!」
「はいっ!!」
大波がD・シャワーズを覆い尽くす瞬間――波が、そこで静止した。
「な―――」
「叩き潰せ、アイアンテール!」
凍りついた波を打ち砕き、鋼の一撃が落下の衝撃とともに打ち下ろされる!
なみのりで放った波をふぶきで瞬時に凍らせ、相手の視界をふさいだ上でアイアンテールで氷ごと相手を打ち砕く。
かつて水タイプの的に挑む際に使った戦術の焼き直しではあるが、充分すぎる威力だ。
だが、命中の手ごたえはない。…ダークライの姿も見えない。
声だけが、花畑の空間にスピーカーか何かの用に響き渡る。
「ふ…ふふふ、さすがに『2対1』だとこの状態じゃ厳しいわね。
いいわ、今はあなたとシャワーズの絆に免じて退いてあげる…また夢の奥で待ってるわ。
ここから出たいなら、がんばって私のところまでやってきてね?」
「………」
…逃げたか。
「…逃げられましたね」
「気にするな…よくやってくれた。…久しぶりだな、シャワーズ」
「はい」
花畑で向かい合う。…俺は、こみ上げる何かを抑えきれずにシャワーズに手を伸ばし、思い切り抱きしめていた。
「え、ちょ…マスター!?」
「…悪い、ホントはこういうことしてる場合じゃないって分かってるんだ…」
夢の中だというのなら、これは幻想。目がさめれば、俺はまた一人なのだろう。
だが、それでも構わない。どんな形でも、俺はずっと――
「…会いたかった」
「…はい」
「5年の間ずっと…お前がいなくて寂しかった」
「…はい!」
ずっと、お前だけを求めていたんだ。たぶん、夢から覚めても、死ぬまでずっと求めている。
「ここがどこでも構わない…お前にまた会えて嬉しいんだ」
「…はい、私もです…マスター」
だから、もう少しだけ。
もう少しだけ、このままお前を抱いたままにさせてくれ。
最終更新:2009年01月10日 16:00