5スレ>>653


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 測定の後、ニドリーナさんをトレーナーの待機している部屋に案内し、私たちも別の部屋に移動する。
 モニタールーム。
 二人の様子を監視させてもらい、原因を探るためだ。
 本人達が気づかないような原因、本人達が秘匿した原因。
 ……黙って実行する、というのは心苦しいものがありますけど。
 後者を発見するにはこれが一番容易な方法と、私には見えた。
 椅子に腰掛け、ヘッドフォンを装着。二つあるうち一つはフーディンへ。
 ……ふぅ。
 これからやることが彼らを裏切るような行動なのだと思うと、やはり気が滅入る。

「いつの間にお嬢がこんな趣味を……俺の……せいだ……」
「そこ、勝手に落ち込まないでくださいな。私だって好きでやっているのでは……」
「何? そうなのか?」
「貴方ねぇ……」
「てっきり、『庶民の監視! 私のような人間だからこそですわね!』みたいなものかと」
「それは私の真似のつもりなのでしょうか……?」
「くくく、似ていただろう?」
「どこが似てるんですか全く……」

 フーディンと静かに笑い合っていると、肩に掛かっていた重りが軽くなったように感じられた。
 ……ありがとう。
 口にはしない。恥ずかしい。
 心を読まれていれば筒抜けなのだろうけれど、口にする、ということは勇気がいるから。





「明日、測定の結果が出るみたいです」
『ってことは……今日はここに泊まりなのかな』
「はい。そう聞きました」
『でもここ客間。ベッドない』
「お金払って泊まるわけじゃないのですし、ソファでも文句は言えないかと」
『寝袋に慣れてるから十分だけどね』
「それでも、天蓋つきのふかふかなベッドに期待してしまいます」
『お嬢様だね』
「ですね」

 マスターは考えるように唸った後、ノートにすらすらと文字を書いていった。
 何度か書き直し、

『お目覚めの時間に御座います、ニーナお嬢様』
「マスター……?」
『※ ロールプレイング』
「なるほど」
『お目覚めくださいませ。本日はご学友とお出かけになる予定が入っております』
「……時間まではもう少し余裕があるのでしょう? もう少し眠らせてください」
『左様で御座いますが、先日も同じようなことを仰られてお遅れなさったばかり』
「ではあと五分だけ……」

 そう言って腕を枕にし、ソファへ身を沈める。
 しばらくしても反応がないので様子を窺うと、マスターは筆を止め、肩を震わせて何かを堪えていた。
 なんでしょう、と思うより先にマスターの堪えは決壊。
 会話をノートに頼る彼にしては大きな笑い声が響いた。

「な、なんですかいきなり」
『だって、お嬢様なのに、あと五分って。おかしいよ、おかしすぎる』
「だからと言って、そこまで大げさに笑わなくてもいいじゃないですか」
『無理。笑う。笑うしかない。五分だけ、だけだって……五分……ふふ』
「あ、あんまり笑うとひどいですよ」
『恥ずかしがってる恥ずかしがってる。あははは』
「マ ス タ ー ?」
『すみませんもうわらいませんおこらないでください』

 平和でのんびりした時間はまだまだ続く。





 モニタールーム。

「だそうだお嬢」
「一応、何のことか聞いてあげますけど」
「あと五分だけ……毎日聞く言葉だな、と……くくくく」
「べっ、別にいいではありませんか。それで遅刻したことがあるならともかく」
「まぁ朝に弱いお嬢のために一つだけ言っておく。時間は確認しておくものだ」
「どういうことかしら?」
「なに、五分遅らせて間に合うのは、オレが起きる時間を五分早めているだけだと……」
「いい事を聞きましたわ。それでは早速明日から十分眠らせていただきます」

 と言うと十分早められるだけなので、十五分眠らせてもらい……。
 ……心を読まれてたら十五分になるから二十分……。
 これも読まれてたら……あぁどうしたものか。

「面倒なのでいつも通りでいいですわ」
「もっと悩んでくれてもいいのだぞ? くく」
「貴方を楽しませるために考え事をしているわけではないので」
「そうか。ところで、彼らの寝床は用意せんでいいのか?」
「……」
「カメラもマイクも設置されているのはあそこだけだ……かといって」
「食後、案内しなさい。監視はそれまででよろしいですわ」
「疲れるか?」
「えぇ。やはりこんな根暗なことはやるべきでないと結論が出ました」
「貴重な経験、だな」

 私は素直に頷いた。





 夕食後、僕らはフーディンに案内されて寝室の前までやってきた。
 お嬢様の方は色々やることがあるとかないとか。

『まさか畳、卓袱台セットでの夕食をこの豪邸でするとは思っていなかった……』
「出てきた食事はパッと見その部屋に似合ってましたけど……どれもグレードがケタ違いでした」
「そんなに褒めてもこれ以上の寝室は用意していないぞ?」
『貴方のことは褒めてないよ』
「客人、その心を抉るスプーンを是非手放して欲しい」

 壁に片手をついてどんよりと落ち込むフーディン。
 手にしたスプーンも可愛らしくくにゃりと曲がっており、芸が細かい。
 ともあれ到着したわけで、僕らはエスパー執事を放っておいて戸をあけ、明かりをともした。

「ぁ……」

 隣でニーナが声を漏らした。
 その理由は僕にもよく分かる。
 僕らの目の前にあるのは一体どんなVIPの寝室なのだろうか。
 華やかしいのに落ち着いていて、圧力のようなものがあるのに引き込まれるものがあって。
 正直何が何でどれがどう凄いのかなんてさっぱり分からない。
 僕も声こそ出なかったが、開いた口が塞がらなかった。
 そこにいつのまにやら復帰したフーディンが、

「どうだ、凄いだろう?」
『うん。これは凄い……貴方のことじゃないけど』
「こんなところに私達がいてもいいのか不安になってしまうほどです」
「ほら、彼女のようにお前も素直に感動するのがいいぞ?」

 手を頬に当て、ほわほわと何かを夢見ているかのようなニーナを見ていると、確かに素直に感動した方がよさそうな気もする。
 僕も素直にいこうと決め、ノートにペン先を走らせるが、

『負けた気がするから嫌だ』

 素直な気持ちで素直じゃない感想が出来上がる。
 フーディンは一度溜息をつくと、とても大きなベッドの脇まで移動し、

「何か問題があった時はこのボタンをワンプッシュすれば使用人がとんでくる。小さな用事でも気にせず利用するがいい」
「例えば、小腹が空いた時などでしょうか?」
『どんな用事なら呼んでもいいか、を答えてくれる使用人さんを呼べば解決だね!』
「それは何か違う気がしますマスター」
「さてと、オレの役目はこんなものだな。一晩ゆっくりしていくといい」
「はい。わざわざありがとうございます」

 お礼を受けて部屋を出ようとするフーディンに一言呼びかけて、

『引き止めるみたいで悪いんだけど、いいかな……?』
「どうした?」
『ここからだと、トイレ、どこ?』

 使用人を呼んでいては手遅れになりかねない疑問を解消しておくことにした。





 数歩ほど先を行くフーディンの後をあちらこちらへ視線を送りながら追って歩く。
 長い長い廊下を二人が黙々と歩くシチュエーション。とても息苦しい。
 とは言え僕は話しかけるのは得意じゃないし、向こうだって何を話せばいいかなんて分からないだろう。
 結果、僕は廊下に点在する調度品に、興味がないながらに熱心になってしまっていた。
 ……ウチにも一個くらい家宝みたいなのないのかなぁ。剣とか格好いいけど絵画とか陶器とかもいいなぁ。
 我が家のこんな家宝、とタイトルをつけたくなる妄想をしていると、ふいに、

「今夜二時。今の角を左に曲がったところで待つ。話がある」

 フーディンが沈黙を破った。
 ……?
 言葉の意味を掴み損ねる。
 今夜二時……話……?
 真面目な声色で言うものだから、なんとなく想像はつくけれど、

『大事な話?』
「今回の件について、オレの中にひとつ答えが出来た」
『それって、行かなきゃだめかな』
「来てくれた方が……いやどちらでも構わな……いやむしろお前を夜中に呼び出したことがお嬢にバレたりしたら……」
『どうしてそういう話に私を呼ばないのかしら、って?』
「そうそうそんな感じだ。客人を夜中に呼び出すこと自体にツッコミがないのが特徴だ」
『何かズレてるよね……お嬢様……』
「オレのような生真面目な萌えもんには苦労だらけなのだ……」
『な……なま……まじめ……?』
「その変則的な返答はお前がするべきものじゃない気がするがな……」

 話題が変わろうと、フーディンの最初の話は僕の胸に引っかかったままだった。





 真っ暗な部屋。
 見えないけれど隣には確かにニーナの気配がある。

「ねぇニーナ」
「な、なんでしょう?」

 就寝準備を終えて、僕らはベッドに横になっていた。
 キングサイズとはいえ一つのベッドで一緒、というのはいささか緊張するものである。
 荷物を含め、テントの中のほうが狭いことはお互い分かっているのだけど、何か違う。
 あぁでも、初めてテントで二人眠ったときもこんな感じだった気がする……。

「僕が旅に出た理由って、話した、っけ?」

 だからだろうか、僕はそのときと同じ質問をしていた。

「はい。萌えもんのことを調べる職に就くために、と」
「そっか」
「それが、どうかしましたか?」
「ううん。なんでもない」
「そうですか」

 わずかの緊張感の中、僕の頭に浮かぶのはフーディンの言葉。
 ……答え。
 一つの予感がする。
 話を聞けば変わってしまうのだと。
 変わらざるをえなくなるだろうと。
 もし、と僕は未来を思う。
 僕が変わってしまったら。
 僕の歩む先に、果たして彼女はいてくれるのだろうか。
 それぞれ別の道を行くことになりはしないだろうか。

「ニーナはこの旅に、目標、ある?」

 ややあってから、

「はい。ずっと、旅を始める前から追いかけていた目標があります」
「僕も似たようなのが、あるよ」

 ニーナと出会った時からずっとだ。
 この旅をきっかけにして、追いつきたいと思っていた。

「ふふ、ではどちらが先に達成できるか勝負ですね」
「負けないよ」
「負かしてあげます」
「勝つよ」
「勝たせません」

 僕らは合わせて小さな笑みを漏らした。
 笑みのついでに、

「勝ちたいな……」
「え?」

 旅の中での彼女の変化を見ていると、僕は少しでも距離を詰められているのかな、と不安になる。
 最初、彼女は僕の言うことを疑いもせずにただ聞き入れるだけだった。
 だけど、旅を始めて少ししてから変わりだした。
 僕の言葉を愚直に信じるのではなく、だが疑うというでもなく、彼女なりの考えに基づく返事をするようになった。
 中でも驚いたのは、僕が隠し通そうとした無理を、彼女が優しく引き出したこと。
 そのとき僕は大きな安堵と共に、強い焦燥感を覚えた。
 ……置いていかれてる。
 旅を始める前よりもずっと先を、彼女は歩み続けている。

「どうすればいいのかな……」

 心の中身が口からこぼれ出る。

「どうしたら……」

 答えを求めるつもりのない、弱音の呟きを部屋に漂わせ、僕は目を閉じた。





「どうすればいいのかな……」

 マスターの弱々しい言葉が耳に入った。
 彼は悩んでいる。
 私の及ばぬずっと先の場所で、まだ何かを背負っている。
 それが何なのか見当はつかない。
 それを知る為にも、隣に立ちたいとずっと願っていた。
 旅が始まってから、私は大きく変わったはずだと、自分でも思う。
 それでも彼の隣に立つには足りない。
 ……違う。
 彼のおかげで私は変われたのだから。
 どうする?
 だから私自身に問いかけた。
 助けたい。
 彼の元へ一歩を踏み出したいから。
 でも怖い。
 悩みから解き放たれた彼の歩みに追いつけなくなってしまうことが。

「どうしたら……」

 そう言って閉じた彼の目の尻、私は一瞬だけ光るものを見た。
 ……ズルいですね。
 一呼吸。
 ……本当に、ズルい。
 助けてもらっておきながら、相手が困ってる時は助けるかどうか悩むなんて。
 ……私はなんて卑怯なんでしょう。
 もし彼が私の立場に居たらどうしただろう。
 助けるかどうか迷っただろうか?
 助けた後のことを考えて恐れただろうか?
 違う、と否定の一語。
 ならば、と私の思考は続いた。
 ……助けましょう。
 その結果、彼の歩みが速くなったとしても、
 ……かならず追いつきます。追いついて、みせます。
 彼の悩みが何なのか、今の私には分からない。
 だけど、できることはあるはずだ。
 布団の下で、私は手を伸ばす。
 二、三度ベッドを引っかき、彼の手を握り締めた。
 そして言葉を紡ぐ。

「マスターなら……」

 貴方なら、解決できます。
 彼の不安がこれで少しでも解消できるなら、
 ……たとえ追いつけなくなっても、何度だって貴方を、助けてみせます。





 僕なら、と彼女は言った。
 ……僕のままでいるのなら。
 変わった先も僕であり続けられるなら、彼女は僕の行く先を歩いていてくれると。
 そう言ってくれた気がする。
 彼女に追い付けるのかどうかは分からないし、変わったとして自分の歩む速度がどうなるかも不明だ。
 それでも、彼女はいてくれる。
 僕の道しるべとなってくれるのだと。
 だから、
 ……変わりにいこう。
 手にある確かなぬくもりを感じ、
 ……変わりにいくよ。
 握り返した。
ツールボックス

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