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【再会! 恐怖のお姉様!!】

正月は実家に帰るのが一般的である。
親に顔を見せるのも然り、遠方からの知り合いに挨拶したり、友達と懐かしの再会をしたりと、地元に居る事の多い期間だ。
もう1月も終わる? それはそうなんだけど、これにはしっかり理由がある。慌てないでほしい。

「今年は帰るのが遅かったじゃない」
 今日はもう1月25日。
 寒さ厳しい外から実家に戻った俺達に、温かい飲み物を入れてくれる母に、そんな一言を貰ったとしても何ら不思議じゃない。
「ちょ、ちょっとね。色々忙しくて」
 言いよどみながらもなるべく時期の遅れに関しては触れないようにする。
 そんな俺の心を共有してくれるパーティーの皆も、一様にその話題にはノータッチだ。
「えー? お兄ちゃん今年は帰らないってブーブー言ってたよー?」
 …前言撤回。
 約1名、全く事情を知らない子がいた事をすっかり忘れていた。
「親不孝な子ねぇ。教えてくれてありがとねー、ピカちゃん」
 皆、やりやがったといった雰囲気を漂わせるぐらいなら助け舟出してくれない?
 えっへんと胸を張るピカチュウを尻目に、我関せずといった顔で、コーヒーの香り漂うカップに口を付けだす。
「あ、明日には出るから! 次のバトルが俺を待ってるんだ!」
 ガラにもない熱血バトル野郎を装ってみる。
 無駄だとはわかっているが。
(ご主人様、誤魔化しきれてませんよ…)
フシギバナよ、小声でさりげなく伝えてくれなくてもわかっているさ。
「親の顔も見たくないって? 随分悲しい事言うのねぇ。あの子を見習いなさい」
 不満を漏らしながらも内心尋問を楽しんでそうな母の人差し指が指し示すのは、飲み終わった後のカップを率先して洗っているサンドパンの姿だった。
「え? どうしました?」
 自分が話題に上った事が予想外だったのか、きょとんとした顔で振り向いたサンドパンの顔は、それはもう家政婦じみていた。
「そ、そういうわけじゃないけどさ…。なんとなくだよ、なんとなく!」
 居心地の悪さを感じ、そそくさと2階の自分の部屋に帰ろうとする。
 皆が母に必死のフォローをしてくれていたようだが、ここばかりは舞い戻れやしない。

 言えないよな…。正月に帰ったらあの人がいるかもしれないから、なんて。


「……」
 やたら軋む部屋のドアを勢い良く開けてみると、恐怖はそこにいた。
「あら、おかえり」
 人のゲームを勝手にやりながら、口には硬そうな煎餅を咥え、くつろぎモードMAXといった感じでこちらに振り向くその視線。
 傍らにはビール缶が散らばり、読み捨てられた雑誌や吸殻で満載になった灰皿が無造作に置かれている。
「遅かったね。待ちくたびれたよ」
「ね、姉さん…」
 にこやかに微笑まれる。絶望は確かに今、ここにあった。


「いやー、正月に帰ったら可愛い弟が帰ってないっていうからさー。どうせこっちは気ままな旅人だし待っててもいいかなーってさ」
 1階の居間に連れ戻されて10分。
 皆の間に激震が走っていた。なんで玄関に靴がある事を確認しなかったんだ、俺…。
「わ、私はおつまみでも作ってきますね」
「私も手伝うよ!」
 人当たりの良いサンドパンとフシギバナがスタコラとキッチンに逃げるあたり、俺達の恐怖がわかってもらえようもの。
「お、お姉様!グラスが空になってますわ!」
 普段強気なギャロップですらこれだもんな。
 ビールグラス片手に快活に話すこの人は、俺が生まれる少し前に親父が仲間にしたというグラードン。
 フシギバナ(当時はフシギダネ)と出会う前から家に居て、俺を弟のように可愛がってくれた…と言えば聞こえは良いだろう。
 現実にはとにかく破天荒な人で、それはもう言葉では言い尽くせないほどの傍若無人な扱いをされたわけで…。
「…(くぴくぴ」
 オニドリル、お前はどうしてそんなに平静な顔をして日本酒を呷れるんだい?
 その肝っ玉を少しは分けてくれ。
「しっかし1年見ない間に皆ベッピンになって。レッドも隅に置けないなー、このこの!」
「姉者、それは我が主が良き男(おのこ)に成長したからというもの」
 キュウコンも冷静に受け答えしているように見えるが、冷や汗がしたたっているのが見える。
 わかる、わかるぞその気持ち。
「しかも新しい子までいるじゃん。可愛いねぇ。お名前は?」
「ピカはピカだよー。よろしくお願いしますっ」
 ぺこりと頭を下げたピカチュウがよほど気に入ったのか、しきりにピカチュウの頭をなでなでする姉さん。
「あんたが帰るまでずっと待っててくれたのよー? 感謝しなさい」
 母さん、あなたは去年の正月、酒に酔った姉さんに俺がエメラルドフロウジョンかまされる所を見てなかったんですか。
「それでさ、レッドはこの1年どんな風に過ごしたの? 色々聞かせてよ」
 トホホなんて陳腐な台詞は言いたくないけど、居るもんは仕方ない。なんとか話を引き伸ばして時が過ぎるのを待とう。
 とにかくベロベロになるまで飲ませないようにすれば…。


「ほら飲め飲めー!飲んでない奴は口移しで飲ませるぞー!」
 ご覧の有様だよ!予想ついてたよっ!
「お姉さん、そんなハイペースじゃお身体が…」
「あぁん? こんなもん酔ってるうちに入らないってばー」
 サンドパンの静止も聞かず、相変わらずの良い飲みっぷりを披露する姉さん。
 さすがにピカチュウには勧めないけど、他のメンバーはあまねく犠牲になっている。もちろん俺も。
 絡み酒怖い怖い。
(アンタが相手しなさいよ。お姉様でしょ)
 ギャロップ君、それは無理な相談というものだ。
 俺が帰ってきた事もあり、いつもより腕によりをかけた母の夕飯に舌鼓を打ち、姉さんの機嫌は最高潮。
 そんな姉さんに太刀打ちなんて出来ん!
 なるべく俺が姉さんの視界に入らないようにしてだな…
「こらレッド~、折角お姉ちゃんと再会したんだからもっと楽しそうにしろよ~♪」
(…ご指名入りました。ドンペリドンペリ)
 オニドリル、君の小声のボケにツッコむ余裕は今の俺にはないぞ。
「それとも何かー? もうこの子達にメロメロでお姉ちゃんとはオサラバ? 悲しいなー」
「そ、そういうわけじゃ…! うげっ」
 俺がその言葉の続きを言う事は無かった。皆の視線が一瞬にして俺に向けられたのがわかったからだ。
 チョークスリーパーかけられてたってのもあるけど…。このまま落ちれば楽か?
「もう24歳なんだしさー。そろそろパートナー決める時期じゃない?」
「ゲホッ、ゲホッ! ま、まだ早いよっ。心の準備も出来てないしさ」
 皆の視線が一掃強くなる。今の彼女らならきっと目線だけで俺を殺せるに違いない。
 うぅ、怖いよぅ。
「ほらほら、あんまりからかわないの。レッドだって考える時間があるでしょ?」
 母という意外な所からの助け舟に安堵する。皆、目が本気なんだもんなぁ。
「可愛い弟の将来が心配なだけだよー。身持ち固めてお姉ちゃんを安心させてほしいんだけどなぁ」
「そりゃ、こっちだって考えてるけど、何も皆の前で言わなくたって…」
 姉さんはせっかちだから聞きたい気持ちもわかるけど、こっちはまだまだそんなつもりはない。
 その事を皆も思い出してくれたのか、ようやく血走った目によるプレッシャーから解放される。
「んー。まぁレッドなりに考えてるなら良いんだけどさー」
 腑に落ちないといった表情の姉さんだが、ようやくこの話題は終われそうだ。
 自分の席に戻ってまたビールを呷りだす辺り、また込み入った話題を振られそうで戦々恐々とするのは変わりないけど。


 それからはなんとかメンバーの皆が世間話などで時間を繋いでくれて、どうにか酒宴もお開きとなった。
 夜も更け、眠ってしまったピカチュウ以外の皆は、和気藹々と姉さんのこの1年間の武勇伝に耳を傾けている。
 なんだかんだで女同士が一番会話が弾むもんなんだろう。
「ん? どうした主。厠かの?」
 席を外し、居間から去り行く俺をキュウコンが怪訝そうに呼び止める。
「いや、少し外の空気を吸ってくるよ。飲みすぎたしね」
 そう聞いて安心したか、キュウコンは軽く手を振り、また姉さんとの話に意識を戻した。


「ふぅ…」
 外は幾分冷えるものの、酒で火照った体には丁度良い。
 そぞろ寒さを抱える屋外も、陶然とした意識を我に返すにはうってつけだ。
「姉さんは相変わらずパワフルだな。我が道突き進んでる感じだし」
 タバコの煙をくゆらせながら、しばし物思いに耽る。
「パートナー、か。ずっと考えてるさ…」
 誰を生涯のパートナーに選ぶか、それは俺以上に、彼女らにとって重要な事だろう。
 向けられた複数の好意。しかし返せるのは1人だけだ。
「まだ、まだまとまってないんだ…」
 1人でグダグダ考えていても仕方ないとはわかっている。
 けれど、改めて聞かれると、自分でどうしたいかわからなくなってくる。
「優柔不断だな、俺」
「ホントにねー」
 どれぐらい考えを巡らせていたのかはわからない。だが割と長くそうしていたんだろう。
 藪から棒に声を掛けられ、ハッと意識が現実に戻った。
「姉さん」
「背後をとられちゃ何されるかわかんないよー? 特に私にはね」
 ええ、それは重々承知してますとも。何もされなかったのが不思議なぐらいだ。
「よっこいしょっと」
 火の粉で起用にタバコに火を点けると、姉さんはその場にあぐらをかいた。
 俺も座るように勧められ、その通りにする。
「皆は寝ちゃったよ。だいぶ酔っちゃったみたいね」
「そりゃ姉さんと同じペースで飲めば、普通はとっくにダウンしてるよ」
 姉さんだけで何杯飲んだのやら。数えてると途中で馬鹿らしくなる程度には飲んだんだろうな。
 しばらく2人で何をするでも、何を話すでもなく、ただ曇りがちな空をじっと見ていた。
 だが静寂はやがて、姉さんによって破られる。
「レッドはさ、あの子達と居て楽しい?」
「ああ。もちろん」
 切り出された話題は、弟を見守る姉ならば何ら不思議ではない。
 だがその表情は、どこか寂しげな、孤愁を帯びたものだった。
「それならいいんだ。自分でしっかりやれてるみたいだし」
 俺の携帯灰皿を取り上げ、タバコを強く押し付けた。
「お姉ちゃんも安心した。あの子達の話を聞いて、男としてもマスターとしても、一人前になったんだって思えたよ」
「まさか。俺なんかまだまだだよ」
 否定してはみるものの、姉さんはそうだよと言って聞かなかった。
「小さい頃は泣き虫で、よくイジメられててさ。しょっちゅうお姉ちゃんが助けてあげたよね」
「昔の話はよしてくれよ」
 あまり思い出したくない過去をほじくり返されるようで、こっ恥ずかしい。
「でもいつの間にかいっちょ前になって、リーグも制覇してさ。手が掛からなくなった頃には、あんたはもう立派な大人だった」
 胸をかすめる記憶を少しずつ紡ぎ出すように、姉さんはもう一度空を見上げた。
「ちょっぴり寂しかったかな。あんたの世話を焼くのは好きだったし、お姉ちゃんって慕われるのも楽しかった」
 よく見ると、姉さんの切れ長の目には、うっすらと涙が湛えられていた。
「でもそれ以上に嬉しい。やっぱ私の育て方が良かったんだよねー」
 涙を感付かれたくないのか、それとも照れ隠しか、姉さんの声のトーンが急に明るいものになった。
「馬鹿言うなって。姉さんには色々酷い事されてるんだ。仕返しは覚悟しといてくれよ」
「へー、言うじゃん。出来ないクセにー♪」
 鼻の頭をちょんちょんとつつかれる。
 言い返すしかなかったとはいえ、やっぱりこの人には敵わないだろうという事は俺も自覚している。
「ほら、家に戻ろ。風邪引いちゃうよ」
「へーい、って、おわっ」
 姉さんの左手が、俺の右手を力強く引っ張った。危うく転びそうだったじゃないか。
 だが悪い気はしない。
 昔、よく俺の手を引いてくれた手。それは見紛う事なき「お姉ちゃん」の手だった。
「遅れないのー。速く走る!」
「ちょ、ちょ、なんで飲んだ後にそんなに走れるんだよ!」
 来年は正月に帰っても良いかなと、ちょっとだけ思った。


「くぉら!いつまで寝てんの!」
 翌日、姉さんが立てた集団デート・プランとやらに付き合う事になり、パーティーメンバーに姉さんを加えてタマムシシティでの買い物に付き合わされた。
 寒いのに布団は引っぺがされるわ、皆の荷物は持たされるわ、実家に帰って疲れてくるってのも妙な話だ。
 やっぱ来年も遅れて帰省しよう。待ちぼうけという地味な仕返しをくれてやるんだ。

【あとがき】
(´・ω・`)新企画SSでCapri氏と合作してから6ヶ月、嫁ドリル個人の作品としては実に8ヶ月ぶりの新作です。覚えていただけてるでしょうか。
SSwikiの嫁ドリルのページでずっと????として隠してきた新キャラ、グラードン姉さんです。快活で強くて頼り甲斐のあるお姉さんキャラが
欲しくて、どの萌えもんにするか、書く直前まで悩んでました。

またしばらくSSからは仕事の関係で離れることになりますが、必ずや完結させます。長い目でお待ちいただければ幸いです。

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最終更新:2009年01月25日 02:58
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