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伝説と呼ばれるものの大半はその力故、個体の絶対数が少ないだけと、言える。
だからこそ、その生体は解明していない部分が数多。
所持者も非常に少なく、また、研究などさせる事は非常に稀だ。
そして、ここにも、伝説と呼ばれる個体がいた。
炎を纏い大空を翔る美しい紅蓮の鳳、ファイヤーである。
―― ― ――
主を守る事が私の使命で、私の使命こそ主の下に存在する意義だ。
よもやこの様な傷を負う事でその使命を長らく果たせなくなろうとは思いもしない事態。
ゆっくり休めと言われたのだが……、本質からして出来そうにない。
――本質? 緋の四肢を振るい星の数ほどの弱者を葬った、狂鳳だ。
―― ― ――
「ちょっと家で転んだ位で庇って大怪我なんて大げさだよ、少し過保護すぎ。」
ファイヤーのおでこを突付き倒しながら言う。
ベッドサイドには色彩豊かな花が生けてある、もっとも私がやったのだけど。
――私?あぁ、ただの花屋ですよ。この子を捕まえたのだって偶然ですから。
口を閉じてじっとしてれば美人さんなのに、なんであんなに心配性なんだろう。
それに口調は粗野だし怒りっぽいし、何より私が擦り傷した程度でこの世の終わりみたいな……。
少し心臓が弱かったり風邪引いただけで入院したり傷が治り辛かったりするだけなのに。
――所詮、脆弱な とか言わない、人間だって生き物、花や動物だって同じだから。
「お忘れか? 主が切り傷一つ治すのに3週間かかった事もあるのだぞ?」
口を開いたらこれ、まったく顔に似合わないし、時代がかった口調なんて今時流行らない。
でも、私が転んだ代わりにこの子が守ってくれたんだ、……いや、何もない所で転んでも怪我一つしないけど。
「指先をすこーし薔薇の棘で切っただけじゃない、あれくらい絆創膏してればいいのよ。
なのにわざわざ消毒してガーゼ張って包帯巻いて。
あれじゃ重症患者みたいでしょ、大げさなのよ、大げさ。」
私は花屋なものだから、葉で切ったり棘で切ったりなんて日常茶飯事だ。
力仕事やってたって普段はなんとも無いんだ、心配性はこれだから困るね。
「第一私を庇うのだって、わざわざ横から飛びついて抱きかかえて壁まで吹き飛ばなくていいのよ。
背中を強打して怪我を増幅させた挙句、炎を出せなくなったり飛べなくなったりしたのはどこの誰?」
「それは、その、あー……。」
頭が弱いらしいのは結構前から周知の事実。
というより考えるのが苦手なのね、その場のノリでしか動かないもの。
「そんなんじゃ、私が本当の事故に会った時守ってもらえるか心配ねー。」
あ、しょげてる。
「これを機会にゆーっくり休んでまた元気に働いて頂戴。
いい? 絶対抜け出したりしちゃダメだからね。」
――貴女は巻き込ませ無い、……あ、ただの花市場のセリです。
―― ― ――
「――暇だ。」
主の言い付けは絶対、であるが、私は暇なのが苦手だ、暇で死ぬかもしれない。
枕元には主の置いていった『でぃーえす』なる物がある、が、私には何用の物か理解の範疇にない。
――……いや、抜け出しはせぬ、よ?
―― ― ――
雨は嫌い、花達にはいいけど私には毒だもん、冷えると心臓が……ね。
この火山のある島に移って来たのは、そうね、常に温暖な気候だから、というのが一番の理由。
カントーにいた頃は何度も入退院を繰り返してたけど、今では力仕事が毎日の花屋だって出来てる。
――我儘を言った娘に親は冷たかったけどね。
もう5年、まだ5年、やっとセリでナメられなくなったし、草木の萌えもん達とも仲良くなった。
花屋っていう職業、だけど一般のとは違うのかな、植物の萌えもん達を預かる事もある。
センターより、生花を扱う私の所の方が治りが早かったりするんだそうな。
――だけど、未だにクサイハナさんだけは苦手よ。
―― ― ――
――壊れた、不可抗力だ、使い方など知らぬ。
『でぃーえす』なるものが真っ二つになった、何故かは知らぬ。
都会派のサンダーならまだしも、私にこの様なものが扱えるはずなかった。
何故手を出したのだ……。
あの主は怒ると怖い、怖いのだ、トラウマなのだ……。
「――隠そう。」
決めてからの行動が早かった事など語る必要もあるまい。
―― ― ――
「あら……、靴紐が。」
ぷつっと切れた靴紐の代えを常備してる程、私の準備は用意周到じゃない、というか普通もって無いはず。
大体さっきから何かおかしい。
ニューラが10匹くらい列を成して横切ったり、ドンガラスの群が逃げていったり、そして今度は靴紐が切れた、両方。
不吉というか余りにも出来すぎていて笑いが起こる、普通笑うよね?
「……不吉なのかしら?」
今日仕入れた花は真紅の蘭、物珍しかったからつい仕入れちゃった、アハ。
後でバイトの子に怒られそう、また無計画にどうのこうのと……。
――珍しかったら気になるよね? ね?
―― ― ――
「これでいい……。」
万全だ、見つかるはずがない。
“真っ二つ開いた”『でぃーえす』なるものは隠した、あのクローゼットには私の服以外入っていない。
1種が何着も並んだクローゼットなど普通開けぬ。
――そこ、笑うな、笑うなって!
―― ― ――
家まで到着する間に、なんだろう、色々おかしかった。
箒にまたがって飛んでるムウマージがいたり、ホーホーが20匹くらい並んでたり。
極めつけはあれよ、数珠繋ぎになったアチャモ、可愛いけど不気味だったわ。
「何、これ」
玄関の前にいたのは、大量の……。
―― ― ――
「――何、これ」
外から主の声がする、緊張せざるを得ぬ。
当たり前だ、あの『でぃーえす』なるものは弟君から譲り受けたものだと聞いている。
破損したなどと言ったら殺されかねぬ、あの時やこの時やその時のようにだ……。
――不死鳥だからと言って本当に不死だったら苦労などせぬわ。
―― ― ――
「なんだろう、可愛いのにむかつく。」
100匹? 数えるのに疲れたわ。
エネコよ、えぇ、エネコが寝転んでたわ。
……ギャグじゃないわよ。
――ひとの家の玄関先で寝転ぶ群とか、普通ムカツクわよね?
腕力には、少し自信あるのよ。
―― ― ――
【ギニャー! ぐぶえー! ぎょぐあー!】
外で悲鳴が聞こえる……怖すぎる、主……。
玄関のノブに手をかける事すらも忌避されるではないか、主よ……。
【あにゃぁぁぁん……】
聞こえなくなった、聞きたくも無かったのだが……。
ガチャリ
「ひっ!」
「ただいまー、って何おびえてるのよ。」
―― ― ――
山積みにしたエネコはきっと寝ぼけてたのよね、うん。
「そういえばDS忘れて行ったんだけど知らない?」
玄関先でガクガクガタガタ震えるファイヤーというのも可愛いのだけど、そのままなのも邪魔ね。
「でぃ、でぃーえすでありますか、あう、あ、っとうん、クローゼットの中に……。」
何故クローゼット。
そして何故怯えるのかが少々理解できないのよー。
「壊した?」
「いいいいえ、いえいえいえ」
なんだろう、出掛けてから違和感が酷い、あの紅の蘭を手に入れてから何かおかしい。
怯えるファイヤーも、山のように積まれたエネコも、逆さづりにしたホーホーも、何かおかしかった。
――……というよりあれね、あの蘭が不幸のなんたらってオチなんでしょ?
私は短気だ、多聞における知識の上ですら自主的に短気と触れ込めるくらいには。
―― ― ――
クローゼットの中の『でぃーえす』なるものを主に差し出した。
何故か鬼気迫る主の冷徹な微笑と楽しげな声に逆らえなんだ。
「私がそのものを破損してしまいましてつい隠してしまう事態になりましてから……」
平伏する、徹底的に降伏する、主の犬だ、私は犬だ、犬、犬……。
――放つ気迫が変わった、というより消えたのか? 助かt
―― ― ――
2ヶ月らしい、入院。
いや、私とした事がついやっちゃったよ、あはははは。
火傷よ、火傷。
“二人”して全身火傷、あの蘭あったじゃない?
叩きつけたら燃えちゃってねー、ご覧の有様ですよ、あはは。
「主、余りげいむばかりやっていると、また視力がおちます。」
いやー、萌えもんってすごいわ、人間なら2ヶ月の所を1日で治るんだもの。
あぁ、そうそう、DS? 無事だったー。
開くのを知らないという可愛いファイヤーのドジよ、ドジっていいわよねー、可愛いわー。
――男のドジ? あんなのウザいだけでしょ。
―― ― ――
「主にも困ったものだ、私にまでやれと言うのだから。」
独り言が増えたかもしれぬ。
でぃーえすを買い与えられポケ……なんと言ったか、それを一緒にやろうなどと言うのだから。
主のは黒、私のは赤、お揃いにしたかったとは主の言だが本心は見えぬ。
――見える本心など信頼出来ぬよ、建前など所詮は……。
―― ― ――
「アンタん所の子はファイヤーなんだろ? 花屋が炎なんて相性よくないんじゃないか?」
退院してしばらくしたある日。
唐突に言われた台詞、常連トレーナーさんだったけど、タイプなんて気にしてないわ。
――だって綺麗で珍しいものに目が無いんだから。
―― ― ――
後日、この島の上空を紅蓮と蒼氷の鳳が舞う姿を見た者が居たらしいが定かではない。
――続かない、続けられるか、突発を。
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あとがき
あー、終わった。
長らく書いてないのは子守のせいか、自分の怠惰か。
――次回予告――
煙草のラストリメイクか砂地の続き。
それでは皆さん、お疲れ様でした。 CAPRI
最終更新:2009年02月05日 22:32