5スレ>>708


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 旅をするぐらいなのだから、この道で尊敬する人の一人や二人いるのが当然だ。
 かくいうオレも目標とする萌えもんトレーナーが二人ほど存在する。
 普段はその博覧強記ぶりを存分に発揮させ、オーキド博士とも交流のある大博士。
 そして一度戦闘となれば、相棒のウインディを筆頭に、全てを炎で焼いて焦がす兵達を率いるほのおタイプのスペシャリスト。
 グレンジムリーダー、カツラ。
 一人前のほのおタイプ使いを名乗るには、まず避けては通れない大御所である。
 そして今、オレはその男の陣取るジムへと足を踏み入れた。
 “かえんほうしゃ”飛び交う光景が日常なだけあって、屋内はあらゆる水分を排したサウナのようだ。
 唇が割れ、体の内が沸騰してる錯覚に襲われる。とはいえ、耐えられない環境ではない。
 オレをそんな体質にしてくれた元凶、というか、原因に話しかける。
「いいかリザードン。今日は胸を借りるつもりで、だけど勝つぞ」
「もちろんです。ほのおタイプの扱いなら、マスターが負けるはずありませんよ」
 同じほのおタイプには負けたくないのだろうか、自信たっぷりに握り拳まで作るリザードン。
 カントー最高峰のほのお萌えもんは他ならぬ彼女だと証明する為にも、今日は絶対に勝たなければならない。
 こういうのを親バカと言うのか。いや、おやバカか? ノロケ? ん? それは変だぞ。
「まずは“にほんばれ”ですよね。“かえんほうしゃ”の撃ち合いなら負けませんよ。
 ? マスター、どうかしましたか?」
 思ったより緊張しているのか、不毛な思考に陥りそうになる。頭を強く振った。
「いやなんでもない。えーとなんだ、ああ作戦だっけか。うん、初手は“にほんばれ”で合ってる。
 カツラのウインディは炎技に“しんそく”を交えたスピード戦略が基本だ。逆にお前は火力で押し切ればそれでいける」
「了解ですっ。いざとなれば“オーバーヒート”もいきますよぅ」
 敬礼する格好は本当に頼もしく、なんとか勝たせてやりたいと切に思わせた。
 善は急げだ。さっさとカツラ本人へ試合の申し込みをしよう。一筋垂れた汗を拭って奥に進む。
 ほんの2、3メートル歩いたところで、今までのジムでは見なかったものを目にした。
 明らかにこれ以上の進入を阻んでいるドアと、オレより少し背の高い妙な機械。
「ん?」
 ドアは押しても引いてもビクともせず、機械の方を見やると、これまた奇妙なボタンがついていた。しかも2つ。
 周りに人はいない。これで試合の受け付けでもするのだろうか。
「これ押さないと先進めないんですかね?」
 リザードンも機械のボタンに気づいたらしく、先ほどより少し声を落として口を開いた。
 変に悩んで彼女を怖がらせるのはまずい。せっかくの勢いが殺がれてしまう。
 今日の意気込みをこんな訳の分からない仕掛けで止められてたまるか。
 そんな思いを胸にして、二つあるボタンの右を押しこんだ。力を入れすぎたか、少し固い感触を指に受ける。
 途端、機械から無機質な音声が流れ出し、音声は言葉を紡いでその意図を伝えてきた。
「萌えもんクイズ! 正解するとドアが開いて次へ進めます! 間違えたら……。
 ……では第一問! 萌えもんキャタピーが進化するとトランセルになる?」
「…………」
「…………」
 二人の間に流れる沈黙。構わず喋る妙な機械。
 というか、なんだって。クイズ、だと?
「えーっと……このクイズに答えないと先に進めない、ってことですか?」
「あ、ああ。そういうことだろうな」
「なんだそんな事ですか。じゃあマスター、ちょいちょいって答えちゃってください」
 今夜風に乗りそうな太陽と今こそダンスしそうな星と月を携えた眼でオレを見つめるリザードン。
 一方オレはこの熱気溢れるジムには似合わない、冷たい汗を滴らせながら、震える指をボタンに向かわせる。
 こういう心境をなんと例えたらいいのだろう。二つあるボタンの、今度は左を押し込んだ。
 直後、響いたブザー音。活動を停止するリザードン。ああ、そうだ、この心境は。
「ばか……ハズレです」
 消えてなくなりたい。いや本当に。
 3秒後、コンクリートで組まれた砂漠に大量の水分が補給されたのであった。 


「バーカバーカバーカバーカバーカバーカ」
「ごしゅじんさまこっちおいでよー。なみのりごっこすればげんきになるよー?」
「お、落ち込まないでくださいマスター。わたしは全然、うぅ、まさかマスターがこんな、うぅう」
 やめてくれ! 特に一番最後の! オレが悪かったから!
 ひたすら流れる三者三様の励まし(実質罵倒)を背に、参考書に齧りつく。
 両脇には本の山、ドテラに牛乳ビンメガネにハチマチも完備だ。それにしても暑いなこの装備。
「ひどい話ねぇ。お互いやる気満々だったってのに、ええと、何の問題だったかしら?」
 三時間も続けて飽きたのか、罵倒をやめて今度は精神攻撃にうって出たのはストライクだ。
 リザードンが鼻声で問題を伝えると、大げさに「そう!」と頷いた。
「キャタピーが進化すると何になるかよねぇ? いやいや、そんなの萌えもんでも余裕ね、いやホントに」
「そうは言うけどな」
 背後に向き直ってストライクと目を合わせる。物凄いしたり顔だ。つい言い訳が口をついた。
「オレは元々リザードンを目標に旅を始めたんだ。セキチクまでは他の萌えもんに目もやらなかったぐらいなんだぞ。
 萌えもんの知識とか、萌えもん図鑑とか、そういうのはあいつに任せればいいんだ」
「あいつって、カメっち、もといカメックスのトレーナーですか?」
 話に入ってきたリザードンに頷く。
「この前図鑑100人超えたってメールきたし、オレは旅に必要な最低限の知識があればそれでいい」
 それを聞いてストライクがまた口を開いた。
「必要な知識とやらが最低限ないからまたこの娘泣かせちゃったんじゃない?」
「うっさい。だからこうやって勉強してるんじゃないか」
 弱みがこちらにある以上長くはやっていられない。意識を再び参考書のページに向ける。
 ボルテッカー。カゴのみ。グレーバッジ。つきのいし。32で進化。
 無数の言葉を意味ある一本の線にまとめられず、ただただ集中力が疲弊していくのだけが分かってしまう。
 まるで水を吸いすぎたスポンジみたく、情報が脳に染み込まずぼたぼたと零れ、そのまま落ちているようだ。
 そんな主人の背中をどう思ったのか、リザードンが近くまで寄ってきた。
「マスター、クイズに答えないって出来ないんですか? そんな無茶してまで勉強しても、体に毒ですよ」
「出来ない。聞いた話じゃジムのトレーナーは結構な数いるようで、全員相手にしたらボロボロになっちまう」
「それぐらいわたしがどうとでも」
「ダメだ。ほら、あっちで遊んでろ。ハクリューなんかは進化した力余らせてるから、発散させてやってくれ」
 リザードンは少し怯んで、しかし「わかりました」と笑顔でストライク達のところへ戻った。
 その笑顔が歪んでいたのは気にするべきなのか、仕方ないと割り切るべきなのか。
 しかし、彼女が泣いてしまう要因は、少なくともオレの不甲斐なさからきているものなら、なくしてやらないと。
 そんな気持ちなんぞ知ったことではないと、参考書は容赦なくオレに情報の洪水を叩き込んでくる。
 治水もままならないオレはひたすら呑まれるしかない。スポンジは水の重量に千切れかけだ。
 本に書き込む右手が止まる。しかしこんなことも知らなかったなんて、オレは今までどう旅を続けてきたんだ?
 頭を懸命に振って再び鉛筆を走らせようとした右手を、がっしりと掴まれた。
 思わず顔を上げると、ついさっきオレを止めようとした彼女の顔が。
「そ、そんなに勉強したいんだったら、わたしが教えてあげます。ほのお萌えもん家庭教師リザードンですっ」
 オレのリザードンってメガネしてたっけ。
 振り返ると、3本の割り箸と、フレンドリィショップのレシートが床に散乱していた。
 伊達メガネ税込みで3000円。ハクリューのお小遣い2ヶ月分に相当。


「あ、遊べって言われたから、王様ゲームして、それでわたしが負けて、やっぱりストライクが王様で、わたしは」
「わかったわかった。罰ゲームにオレの家庭教師やれって話になったんだな」
 メガネは雰囲気作りに買ってきたんだろう。ハクリューの奴、着実にストライクの遊び心を学習してしまっている。
 オレと向かい合うように座ったリザードンはひどく口をもごもごさせてオレに何かを伝えようとする。
「それで二人は海に行っちゃって、だから、わたし、わたしは決して」
 ああ、そういう事か。やっぱり小市民だなこいつ。
「分かった。あっちで遊んで、ハクリューはストライクと行っちまったんだな。
 じゃあ命令違反でもなんでもない。手伝ってくれるっつうんなら大歓迎だよ」
 言った途端、ぱぁっと明るい表情を見せるリザードンに抱く感情は、まぁ色々。
 とりあえずは意外とメガネが合う顔立ちだと言っておこうか。うん。
「じゃあ早速やりましょう! ぱっぱっぱっと、二人で片付けましょう!
 そうですね、それじゃあこのへんの本から問題出しますから答えてください」
 そして現実に引き戻される。こん畜生め。
 しかし二人でやるというのはいいアイディアではある。
 自問自答ではなく、質問して答えてくれる人がいるだけでも理解度にはかなりの差がある筈だ。
 冗談抜きでぱっぱっぱっと片付くかも知れない。
 リザードンはテーブルの脇に積んでいた山から一冊の参考書を抜き取って、凄い勢いで捲り始めた。
 ここまでの旅で文字の読み書きは問題ない。人間となんら変わらぬ速度で目を走らせ、すぐに止めた。
「あ、これならわたしでもわかる。じゃあいきますよ」
 オレの頷きに応えて、リザードンが問題を読み上げる。
 さっきの機械音声とはまるで違う、生きた声が文章を紡ぐ。
「萌えもんフシギダネが進化するとフシギクキになる。○か×か」
 そして声が生きてようがすんなり読んでくれようが分からないものは分からないのである。
 あと質問に答えてくれる人がいたとしても、こちらが質問も出来なければ何にもならない。
「さ、どっちですかマスター」
「…………」
「えーっと、まさか、これもわからない、とか?」
 素直に頷けたらどんなに楽だろう。
 いっそのこと勘、ダメだ。そんなんじゃ何の身にもならない。
 形勢逆転とでも言うべきか、今度はオレが口をもごもごさせる立場に落とされた。
 しかしそれも長くは続かない。目の前の彼女は、変なところで察しがいい。
「……うっ。マスター分からないんで」
「あーっと悪い! バツ、かなっ? うんそうだバツだ! どうだ正解かなっ?」
「うぇっ? そうです正解ですよマスター! なーんだ脅かさないでください」
「ア、ハハ、ハハハハ」
 これ以上なく乾ききった笑いが漏れる。こうなれば身になろうとなるまいと知ったことじゃない。
 またリザードンを泣かせるぐらいなら、勘でもなんでもいいから正解してやろうじゃないか。
 弛みかけていたハチマキを締め直す。気分だけでもと思って着けたものだが、意外と気合が入るもんだ。
 同じく気分で着けられているリザードンのメガネが、確かに光った。
「やっぱりマスターはやれば出来るんですよね。
 ここにある本だって、ぜーんぶ覚えられますよ。ねっ?」
 光の正体は、頷き以外許されない、夜にふんわり落ちてきそうな月明かりもビックリな瞳。
 ずるりとハチマチのずれる音がした。



 さいみんじゅつ。ゆめくい。ねむりごな。あくむ。うたう。ねむる。ねむる。ねむる。ねむる。
 せっかく覚えた萌えもんの知識が引き出せず、全てその類に変換されていく。
 萌えもんの笛に文句を言いたい。どうして人間にはただのいい音色しか聞こえないのかと。
「おいリザードン、次、は、なに」
 ただ声だけでリザードンを探る。息も絶え絶え、視界は既に暗闇に落ちている。
 外もすっかり夜が更けて真っ暗なのか、それとも一周して昼なのかの理解すら苦しい。
 壊れた頭を探っても、休憩もなしにひたすら勉強していた映像しか出てこない。
 なんでここまで頑張っているのか、失念しかける目的を手繰り寄せるのも一苦労だ。
 それを失えば、オレはすぐにオチてしまう。
「お前を、泣かせたくない」
 今回ばかりはそれだけじゃない。
 呼びかけに反応がない。手を伸ばして、そこにいる筈のリザードンに触れようとする。
 思考と発言の区別もつかなくなってきた。
「あと、お前が、一番の、ほのお萌えもん、だって」
 それを証明しなくちゃいけない。それをカントー中に知らしめたい。
 いくらなんでもリザードンだって、カツラを打ち倒してその称号を得れば。
「自信、持つだ、ろ?」
 こつん。
「リザードン? おい、答えろって、次の、問題」
「マス、タァ」
 声がした。オレよりずっとはっきりしてない、心のこもらない声。
 なんだ、お前もう寝てるのか。そりゃあそうか。
 オレも多分、今、眠っちゃってるから。
「頑張りましょお……クイズ答えて、ジムリーダーに勝って、マスターが、一番凄い、ほのお萌えもん使い……」
 それを夢で見ちまうのは、もったいないぞ、リザードン。


「ただいまー」
「どう? お勉強ははかどってるかしら?」
「あのねあのね、あたしがなみのりしたら、ストライクがバサーってきっちゃってね、あれ?」
「ん? どうしたのハク……あらら」
「むー! リザードンだけずるいー! あたしも、うわぁっ」
「しー、よハクリュー。罰ゲームの期限は今日までだし、まだ私たちは遊んでましょう」
「そうなの? でもでも、これじゃおべんきょうじゃなくておひるねじゃないの?」
「いいのよ。この子達ならどうにかするでしょ。そっちのが面白そうだし」
「? あたしわかんない。しんかしてもあたまってよくならないんだね」
「その内良くなるわよ。さっ、海に戻りましょ」
「はーい」
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