家に戻ってきてから数日が経った。
そろそろ旅に戻ろうと思うのだが、母さんがあの手この手でひき止めようとするので、中々踏ん切りがついていない。
今日は生憎の雨で、仕事に出た母さん以外、つまり僕とニーナはやることも特になくて暇を持て余していた。
……外に行ければやることあるのになぁ。
会うべき人がいる。それは友達であったり、萌えもんであったり、様々だ。
だが外に出られない以上、家で時間を潰す他なく、ごろごろだらだらと過ごしていたら、あっという間にお昼を過ぎていた。
そして、時計が三時を示そうと言う時だった。
「マスター、提案があります」
ニーナが暇つぶしの案を持ちかけてきた。
二十分後、準備が完了した。
ニーナは部屋に、僕はエプロンを装備して、中身のない鍋をかき混ぜていた。
……勿論病んでなどいない。
そしてそのまま三時半になるのを待つ。
その時刻になると、ニーナの部屋から目覚ましの音が鳴り出した。
目覚ましは十秒と経たずに鎮められた模様。
だが、
……起きるかな?
廊下をこちらへ向かってくる足音はしない。
二分ほど待ったが、やってくる様子がないことを確認して、僕はニーナのいる部屋へと向かった。
部屋の前、数度ドアをノックして、
「ニーナ、おきてるー?」
……へんじはない。ただのおねぼうさんのようだ。
はいるよー、と言いつつ部屋に入ると、見事な蓑虫が転がっていた。
布団から出ているのは、ニーナの片耳だけというのが笑いを誘う。
蓑虫を軽くゆすりながら、
「おきてよニーナ。おきないと遅刻するよ」
「うー……あと少しだけ……」
「いっつもそうやって遅刻ギリギリで起きるからダメ! ほらおきておきて」
布団を引き剥がす。
下からは、ぎゅっと身を縮めた、乱れたパジャマを纏った「中身」が。
「もうご飯できてるから、準備できたらすぐ来てね」
「はーい……」
ニーナが欠伸を交えつつ返事をしたのを確認して、僕は居間へと戻った。
五分と経たぬうちに、ニーナが居間に姿をあらわした。
上から、寝癖、ワイシャツ、下着、生足という軽装備。
その姿にドキリとするが、何とか堪えて、
「ごはん並べてあるよ。食べたら洗面所、その間にアイロンかけるから」
「ありがとう……」
ふらふらーっとテーブルにつくニーナ。
ぱぱっとお皿を片付けて、
「ごちそうさまでした」
手を合わせて、ふらふらしたまま洗面所へ向かった。
僕は出しただけのお皿を軽く水洗し、食器乾燥機に突っ込んだ。
すぐさまスーツのアイロン掛けに着手する。
ささーっとアイロンを走らせていると、
「おはようございます」
「ん、おはよう」
目を覚ましたらしいニーナが再び居間に。
……あの格好には慣れないなぁ。
「はい、上下」
「ありがとうございます」
「部屋で着てね?」
「脱ぐものはないので問題ありません」
そういう問題ではありません。
背中を押して、部屋に押し込む。
時計を見れば、もういい時間になっていた。
「着替えたー?」
「はい。今出ます」
出てきた。
「どうですか?」
「う、うん……」
なんというか、こう……。
「微妙な反応ですね」
「あ、えと……」
あまりにも似合いすぎて言葉が出なかった。
男物の、濃紺でシャドーストライプのスラックスに、同色のジャケットをびしっと決めて、ネクタイをした姿は、凛々しさを感じさせる。
そしてそれは、しっかりもののニーナにはとてもよく似合っていた。
「ここ、ちゃんとしとかないと」
少し気になっていたネクタイのズレをととのえてあげる。
「うん、凄く似合ってるよ。大丈夫」
「あ、はい。ありがとうございます」
そんな格好で、決まっている状態からのふいの笑みは、心を抉り取るような一撃だった。
玄関まで移動してから、脇に置いていた鞄を手渡して、
「一日頑張ってきてね、いってらっしゃい」
「はい。いってきます。……」
そこで、順調な流れはぴたと停止した。
ニーナは僕のほうを見たまま、物足りないというように眉をひそめて、
「……」
目を閉じた。
……。
この状況だ。おそらく何を求めているかはおおよそ予想が付いた。
が、乗らない。
流そう。
そのためには茶化す必要があった。
……!
昨日目に入ったテレビの流れが使えるかもしれない。
深呼吸をして、
「ひ、暇を持て余した!」
「私たちの」
「「遊び」」
まさに言葉通りだったわけなのだけども。
「僕より僕のスーツが似合うだなんて酷いよ。うん」
「そんなこと言われてもですね……それに、マスターのエプロン姿かわいいじゃないですか」
「うーれーしーくーなーいーよー」
「ではこれから私以上にスーツが似合うようになればいいんですよ、マスター」
「そんなこといわれてもなぁ」
「私、マスターのスーツ姿、期待してますよ」
ウィンクしながらそんなこと言われたら、何も言えないやろー!
最終更新:2009年05月23日 00:42